★ きみがため ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-7057 オファー日2009-03-14(土) 07:22
オファーPC ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
ゲストPC1 コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
<ノベル>

「ファレルさん、偶然ですね」
「ええ、本当に」
 コレット・アイロニーの満面の笑顔に、ファレル・クロスはいつもの詰まらなそうな顔を静かに微笑ませた。
 偶然と言うよりは蓋然である。ファレルは所用の帰り道であった。陽が傾き掛けた春の夕空になんとなくコレットの顔が浮かんで、もう学校は始まっている時分であるからと思い出し、綺羅星学園からの帰り道を横切ってみたのだ。その時に、丁度コレットが歩いてきたのだ。
「今、帰りですか?」
「はい。この辺りに用事があって」
 それは正しく言えば間違いであり真実ではなかったが、そういう事にしておく。それにコレットは「そうだったの」と言ってまた花のように微笑んだ。
 ゆっくりとした歩調。それはファレルにとっては心地良いものだった。それとコレットの住む児童養護施設での楽しげな話に花が咲く。コレットは学校でのことを喋りたがらない。別に聞きたいわけでもないが、学校帰りであるのにその話題が出ないのは、なんとなく不思議だった。
 その時である。
 ぞくりと背筋に悪寒が走って、ファレルは振り返る。そこには黒い塊が蹲っていた。
「あら、可愛い黒猫」
 ファレルの横からコレットが顔を出す。コレットの緑の瞳と目が合うと、それは甘えるように猫のような撫で声を出す。
「捨て猫かしら……可哀相に、こんなに痩せて」
 コレットが眉根を寄せると、その塊はまた猫のように鳴いた。ファレルは眉間に皺を寄せる。そんなファレルを余所に、コレットは鞄からお弁当箱を取り出す。どうやら残りをやろうというつもりらしい。その肩を掴むと、コレットは緑の大きな瞳でファレルを見上げた。
「構わない方がいい。それが、双方の為ですよ」
「そんなこと言わないでください。こんなに痩せて……可哀相ですよ」
 コレットの声に、それはか細い声を上げてみせる。ファレルは嫌悪感と共に一瞥して、しゃがみ込もうとするコレットの肩に置いた手に力を入れてとどめる。
「餌が取れないなら、それが宿命なんです。厳しいようですが、一時の同情で構う方が残酷なことですよ」
 コレットはしばらくファレルと黒い塊とを見比べていたが、塊がか細い声をまた出すと、そのまましゃがみ込んで弁当の残りを与えてやった。嬉しそうな鳴き声を上げ、美味しそうに弁当の残りを食べてみせる黒い塊に、ファレルは目を眇めた。コレットはそれを嬉しそうに眺めている。
 ファレルは一つ息を吐いて、それから首を振った。
 この、何に対しても一途な優しさを向けられること。それは彼女の美点である思う。しかし同時に、とても危険なことだとも言えた。
「コレットさん、そろそろ行きましょう。日が暮れます」
 それでコレットもようやく腰を上げ、二人は家路へとついた。
 その後ろ姿を、黒い塊が見つめている。

「あら」
 コレットが世話になっている児童養護施設に着いた時である。振り返ったコレットが顔をほころばせ、ファレルは小さなため息と共に振り返った。
 そこには、黒い塊。コレットが黒猫と言ったそれが、また猫のような撫で声を一つ。
 不愉快さを増すファレルなど気にも留めず、コレットは「おいで」としゃがみ込む。黒い塊はそれがわかるのか、撫で声を上げながらコレットにすり寄った。
「コレットさん」
 黒い塊を抱き上げながら、コレットは緑の瞳でファレルを上目遣いに見つめ返す。ファレルは黒い塊に手を伸ばす。
「あっ」
 途端、塊は牙を剥き細く鋭い音共に、ファレルの手に一筋の赤が走った。
「ファレルさんっ、」
「大丈夫です、ただのかすり傷ですから」
 無造作にシャツでそれを拭うと、コレットに紫の瞳を向けた。
「それでは、私はこれで。……可愛がるのはもう止めませんが、飼おうなどとは思わないことですよ」
「う……ん。送ってくれてありがとう、ファレルさん」
 コレットの花のような笑みに小さく会釈して、ファレルは背を向ける。
 猫のような撫で声が一つ、耳に響いた。

  ◆

 夜。
 空には猫の爪のような月がぽっかりと浮かんでいる。
 それはコレットの寝息を聞きながら、むくりと体を起こした。
 少女らしい愛くるしい部屋の中、それだけが邪悪であった。
 それは舌なめずりをしながら、コレットのベットへと近付く。一歩、また一歩と踏みしめるたびに、その体は音もなく隆起していった。鋭い爪が柔らかなカーペットを踏みしだき、口元からは幾本もの牙が並び、ゆらりとその姿をカーテンに映す。コレットは静かな寝息を立てている。凶悪で醜悪な獣と呼ぶに相応しいそれは、歓喜に喉を振るわせる。
「そこまでです」
 ふわりとカーテンが靡き、獣は俊敏に振り返った。姿は見えない。何処と探していると、体がふわりと浮かんだ。何、と思う間もなく、獣は窓から飛び出し地面に叩き付けられていた。
 喉を低く鳴らすと、ふと黒い影が覆う。慌てて飛び退けば、そこにはファレルが詰まらなそうな顔をして立っていた。
「コレットさんにも困ったモノですね。まあ、それでこその彼女でもありますが」
 ファレルはただポケットに手を突っ込んだまま微動だにしない。獣は唸り声を上げながらファレルに突進する。……しようと、した。途端に獣は爛と光る目を見開いた。苦しい。
「分子レベルで空気を固めました。貴方はもう身動き一つ取れませんよ」
 細めた眼を半月に歪めて、ファレルは獣を一瞥する。獣は藻掻くことも出来ず、ただファレルを見下ろした。
「さて、どうしてやりましょうか。電気双極子をマイクロ震動させて丸焼きにするのも面白いですが、それでは詰まりませんね」
 獣は怯えた。今まで、これほどの恐怖を感じたことがあったであろうか。そこにいるのはただのちっぽけな人間。自分にはただの餌でしかない。なかったはずだ。
 ファレルはやがて紫の瞳を獣へ向けると、くすりと笑った。
「せっかくですから、固めた空気を有効利用しましょう」
 途端に、獣の姿が大きく歪む。圧縮された空気に押し潰されていく。獣は悲鳴を上げることも命を乞うこともできず。

 ぶち。

 暗い月夜に赤い鮮血が飛沫く。ファレルのシャツに赤黒いシミが滲み、カラリと音を立てて一つにフィルムに変じた。転がった獣の残骸を焼き払う。
 ファレルはそっとコレットの眠る窓辺に寄った。ベットの中では、コレットが静かな寝息を立てている。その片隅に「黒猫」の寝床としたのだろう、柔らかなタオルを敷き詰めたバスケットが目に入った。
 ファレルは小さく息を吐いて、それからコレットにもう一度目をやる。
「おやすみなさい、良い夢を」
 窓を閉め、ファレルは空を仰いだ。
 冴え冴えとした月が、ぽっかりと浮かんでいる。

  ◆

「あの黒猫ね、いなくなっちゃったの」
 学校からの帰り道。偶然にも遭遇したコレットは、長い睫毛を伏せてそう言った。ファレルが少し眼を細めると、コレットは「ごめんなさい」と上目遣いに見る。それにやれやれと微笑むと、コレットはばつが悪そうに視線を落とす。
「ファレルさん、血が」
「ああ、すみません。嫌なモノを見せてしまいましたね」
 首を振るコレットに苦笑し、ファレルはパーカーのファスナーを上げた。
「大丈夫なの?」
「私の血じゃありませんから。それより、その黒猫ですが」
 長い睫毛に縁取られた大きな緑の瞳がファレルを見つめている。
 ──この少女を守る為ならば、自分は何だってしよう。
「きっと飼い主の所へ戻ったんですよ」
 そう、優しく優しく微笑んだ。

クリエイターコメント大変長らくお待たせ致しました。申し訳ありません。
木原雨月です。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いに思います。
何かお気づきの点がございましたらば、ご遠慮なくご連絡くださいませ。
この度はありがとうございました。
公開日時2009-04-21(火) 18:50
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