★ 咎人の罪過 ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-7551 オファー日2009-05-06(水) 23:15
オファーPC ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
<ノベル>

 男はふらふらと街を彷徨っていた。
 ──なんで、なんでだ、こんなはずじゃなかったのに。
 男は乱暴にエイル・ハウスの扉を開けた。数人かが驚いたように男を見つめる。しかしすぐに視線を反らし、ひそひそと喋りだす。男は唇を噛んで、端の席を選んで座った。給仕がおそるおそる注文を取りにくる。男はワインと短く言い、料金を放る。給仕は少し困った顔をしながら、それをポケットにしまい込むと下がった。
 ひそひそと声がする。
 男はうつむいて目を閉じた。目を閉じればなお一層、声が耳に届いて、頭を抱えるようにして耳を塞ぐ。
 ──こんな、こんなはずじゃなかった。
 やがてこつりと音がして、ワインが運ばれてきたのだとわかる。グラスに開けると一気にそれを煽った。一瞬ふわりと飛ぶような感覚がある。それほど上等なワインでもなかろうに、今の男には何よりも慰めになった。
 二杯、三杯と重ねていくうちに、それが慰めではなくただ虚しくなるだけであると気付く。それでも今は酒を煽らずにはいられなかった。そうしていれば、ひそひそとした声が遠ざかるのが、わかるからだ。
 瓶がだいぶ軽くなった時。
 ふと目の前に見知らぬ紳士が座っていることに気が付いた。
 男はワインを注ぎながら、鼻で笑う。
「俺になにか用か。それともあれか、ボウジャクフジンナフルマイを糾しにきたか。金は払ってんだ、文句言われる筋合いはねぇがな」
 そう言って、一気に煽った。紳士はじっと男を見つめ、静かに口を開く。
「あんまり不味そうに飲んでいるから、私も飲んでみたくなってね」
 男は口を開けて笑った。
「そうかい、それじゃ飲むといい。親父! もう一本だ」
 先ほどと同じ給仕はワインとグラスを一つずつ置いて、そそくさとその場を離れた。くつくつと喉の奥で笑いながら、男は紳士のグラスにワインを注ぐ。紳士は色を楽しみ、香りを楽しみ、そして味を楽しむ。
 一つ一つの洗練された動きに、男は目が離せなくなっている自分に気が付く。すと向けられた金色の瞳に吸い込まれるような気がして、慌てて視線を反らし煽る。
「どうだい」
「君が不味そうな顔をしていた理由がわかるよ」
 紳士の答えに、男は笑った。笑って、やがて沈黙する。紳士はただ、じっと黙ってそこに座っていた。
 ふいに熱いものが込み上げて、男はまた酒を煽る。
 この人にならば、言っても良いだろうか。
 男は目の前に神父が座っているような気になった。自分がいるのはエイル・ハウスでなく、懺悔の間だ。
「俺は『狩る者』に所属する者だ」
 ちらと紳士を見る。紳士はただあの吸い込まれそうな美しい金の瞳で、ただ優しく男を見つめている。
 酒の勢いもあっただろう、男は饒舌に語りだした。
 それは、罪の告白だった。

  ◆

 幼い頃から武人に憧れていた。
 それは飢饉や戦争、内乱が相次いで勃発し、剣で道を開く大人たちをよく目にしていたからだろう。
 貧しい家に育った彼は、師匠と呼べる人もおらず、ただ我流でひらすらに棒切れを振って体を鍛えた。故に型は我流。しかし武芸の勘に目覚ましかった男は、村を通りがかった『狩る者』の一団に迎えられた。
 『狩る者』。
 それは、闇に跋扈する不死者をその名の通り狩る一団である。
 不死者は陽のもとで生きる者たちを脅かす、恐ろしく、浅ましく、憎むべき存在であった。少なくとも、少年であった男はそのように理解していた。
 武人として剣を振るい、人々の安息をも与えられる。
 これぞ天職と、男は信じて疑わなかった。自分を一団に迎え入れてくれた団長は気持ちのよい男で、彼に従い、不死者を狩るためあちらこちらへと飛び回った。戦いに明け暮れる日々は時に辛くもあったけれど、武人として自分を認めてくれるこの一団の中はとても心地よかった。
 だから、気付かなかったのだ。街の人たちの、自分たちを見る視線に。
 不死者の情報を追って、一団はとある村へとやってきた。いつものように旅宿へと入り、酒と食事を用意させる。突然の大所帯に、店は大わらわだ。女給が忙しく立ち回っている。酒が長旅の疲れを癒し、自然と気も大らかになる。
「きゃっ」
 突然、女の高い声が響いて、男は目をやった。そこには、エイル片手に女給に絡んだ先輩。周りではニヤニヤと笑うだけで、女給を助けようともしない。もちろん、男も見物している一人だ。
「困ります、放してください」
「いいじゃねぇか、酌をしろよ」
 女給の細腕が、狩る者を生業としている男に敵うはずはない。慌てて旅宿の主が駆け寄った。
「どうかお許しください。後生です」
 深々と頭を下げた途端、大きな音と女給の悲鳴が響いて、男は目を見開いた。先輩が主を蹴り飛ばしたのだ。主はまったくの無防備さゆえに、派手にテーブルに突っ込んで転んだ。拍子にテーブルに乗っていたゴブレットや皿などが音を立てて床に散らばった。
「俺が誰だかわかってんのか、ぁあ?! 夜な夜なウロツく不死者どもを狩る、『狩る者』だぞ!」
 主はすっかり怯えて床に蹲る。その横腹を先輩は蹴り着ける。それでも主は「お許しください」「どうかお願いします」と繰り返した。周りは囃し立て、とても止める様子は無い。男も声を上げた一人だった。女給が泣き出し、さらに声は大きくなる。
 その時である。ふと視線を感じて男は顔を上げた。先客連中が固まって、色の無い目でじっとこちらを見つめているのだった。視線は反らさぬまま、ひそひそと話している人々もいる。そそくさと出て行く者もいる。
 男はそれらを一睨みし、そうすれば客らは目を反らす。それに少しの優越感が広がり、エイルを煽った。
「それぐらいにしておけよ、俺は寝る」
 団長が言い、宿屋となっている二階へと上がる。その際に先輩が捕まえていた女給を連れて行く。女給の悲鳴が聞こえ、主が縋って懇願する。それに先輩が軽く肩をすくめ、主をもう一蹴りし、主はまた床に這いつくばった。女給の悲鳴と団の笑い声が重なる。先輩はどっかりと座ると、転がった主の肩を踏みつけた。
「エイルだ!」
 それに主はよろよろと立ち上がり、奥へと戻って行く。
 見送って座ると、また白々とした視線を感じた。男はもう一度そちらを睨み、しかし酒を飲む気にもなれず、かといって布団に入る気にもなれず、残りのエイルを煽って外へ出た。
 外はすっかり暗くなっていた。貧しいこの村では、夜に灯りをつけておくのももったいないと考える者が多いのだろう。家々の明かりはなく、月明かりが道を照らしていた。酒の入った体には、夜風が心地よい。
 しかし、何かもやもやとしたものが胸を覆って、気分は晴れなかった。
 旅宿での熱気が冷えるまで、ぼんやりと月を、ざあざあという木々のざわめきを聞いていた。

 それから、男は居心地の悪さを感じていた。
 街の人々の視線。それは、決して自分たちを歓迎しているものではなかった。
 男は初めて疑問に思った。
 『狩る者』の存在は、人々に安息を齎すものではないのか。
 ならば歓迎されるのが当然で、こんなにも冷ややかな視線を送られるはずもない。
「来るぞ」
 団長の声に、男はハッと顔を上げた。
 今日も空は晴れて、月が明るい。灯りを持たずにいられるのは、彼ら『狩る者』にとって好都合だった。
 緊張の走る中、風が吹き抜ける。それに血の匂いが混じっているのを感じ、男は剣を抜いた。月夜が照らす道に目を凝らす。
 ひときわ強い風が吹き抜けて、それは姿を現した。口元と襤褸と化した服にべったりと血糊を付けた、不死者だ。団長の合図。男は駆け出す。月明かりに剣が煌めく。不死者が咆哮する。生臭い息を頬に感じた時。男の剣が、不死者を袈裟に切裂いた。絶叫。直後、後詰めの先輩が、先を赤く熱した銀の杭で心臓を貫いた。
「大丈夫か」
 団長が後ろから声をかける。男は頷いて、転がる不死者ではなくなったものを見つめた。その顔は恐怖に歪んでいて、ひどく動揺した。

 一団は砦へと戻った。近頃は、街の端に構えた砦に詰めることが多い。以前ほど、あちこちへ行かなくなったのだ。もちろん街のエイル・ハウスや食堂があるタヴァーンへ向かう者もいる。昼間ということもあり、武器の点検をし、一眠りしようかと考えていた。
 血糊を洗い落とし、磨く。刃こぼれもなく、良い状態に保たれいている刃に満足して仕舞う。そこで男はふと昨夜のことを思い出した。
 特に攻防をする間もなく、あっという間に切り伏せた不死者。そういえば、最近はあまり怪我もしない。そして、近頃はかなりの頻度で出動している。そのどれもが、この砦に近く日帰りで行けてしまえるような場所ばかりだ。
 男は剣を壁にかけると、部屋を出た。
「団長」
 銀の杭を前に腕組みしている団長は、振り返らずに返事を返す。
「近頃の不死者は、ずいぶんと楽ですよね」
 言うと、団長は腕組みを解いて振り返った。その眼孔の鋭さに、思わず一歩後ずさる。
「何が言いたい?」
「え、……と、その、俺が腕を上げた、ってのもあるかもしれないんですけど、……その、一カ所での数も多いし、倒しやすいというか」
 しどろもどろに答えると、団長は座れというように腕を振る。積み上げた木箱に腰掛けると、団長は静かに口を開いた。
「お前もそろそろ知って頃だ、話しておこう。俺たち『狩る者』は、蘇った不死者が犠牲を出すのを待ってから狩っている」
 男は目を見開いた。
「犠牲者が出てから、狩る。そうすりゃ、犠牲者は不死者となって蘇る。そしてその不死者となった犠牲者はまた犠牲を出し、そして俺らが狩る。そういうことだ」
 男は思わず立ち上がった。手が震えるのを自覚した。耳の奥で何かが鳴っている。
「それは……それじゃ、俺たちが、俺のしていることは」
「いいか。狩る者がいなけりゃ、俺たちに意味はねぇ。だが不死者がいれば、団の存在意義は保たれる」
 男は目の前が真っ暗になった気がした。まるで船酔いでもしているかのような目眩に襲われた。ふらふらと戸口へと向かう。
「団がなけりゃ、俺たちゃ食い扶持がねぇ。そこんところを、よく頭に叩き込んどけ」
 後ろから団長の声がする。男は振り返ることなく、扉を閉めた。
 どうやって歩いたのか、気が付けば男は街の中を歩いていた。怒鳴り声と悲鳴、何かがひっくり返る音。目を向ければ、先輩たちが笑いながらテーブルを蹴り飛ばしているところだった。
 その振る舞いは、一歩離れて見れば、傍若無人以外のなにものでもなかった。「護ってやっている」ことを笠に着た、真っ昼間からの浅ましい振る舞い。
 ──こんな。
 男は拳を握ってその場から離れた。とても耐えられない。
 ──なんで、なんでだ、こんなはずじゃなかった。
 ずっと平和を生きる人々のためと思い、剣を振るってきた。ずっと自分が『狩る者』の一員であることを誇りに思って生きてきた。
 それなのに。
 ──こんなはずじゃ、なかった。
 そう。
 こんなはずでは、なかったのだ。

  ◆

 男は一気にワインを煽る。すでに瓶は二本、三本と転がっていた。
「俺は馬鹿だからよ、今まで気付かなかったんだ。気付かなかった、そんな馬鹿な俺が、」
 言葉にならず、男はまたワインを煽った。
「そんな馬鹿な俺がっ、俺はむかっ腹が立って仕方ねぇんだ!」
 吐き捨てるように言って、男は耐え切れなくなった。胸の奥につかえていたものを吐き出したせいだろうか、言葉はもう出て来なかった。ただ嗚咽を漏らしてワインを煽る。
 黙って聞いていた紳士は、口を開く。
「今の君に必要なのは不死者ではなく、不義に立ち向かう勇気だ」
 不義。
 歪んで行く視界の中で、その声が、その金の瞳が、やけに焼きついて離れなかった。

  ◆ ◆ ◆

 ゆるゆると太陽が沈み、辺りは闇に包まれる。
 生温い風の中、一人の壮年に導かれ、彼らは行進していた。
 壮年はやがて立ち止まると、すとその腕を上げる。
「君たちはもう人間ではない。乾きに突き動かされるだけの獣でもない。力の扱いを心得た本当の不死者」
 静かな声が降り注ぐ。
「──君たちの無念を晴らすことを、許そう」
 ざあざあと風が吹く。
 闇に紛れ、ただ金の瞳が揺れている。

  ◆

 男が目覚めたとき、紳士の姿はもうなかった。
 酒瓶も片付けられており、代金を渡そうとすると、主は既に頂戴しております、と頭を下げた。
 釈然としないままエイル・ハウスを出ると、空は既に暗くなり、月だけがぽっかりと浮かんでいる。
 ふらつく足で団の砦まで戻ったとき、異変を感じた。濃い血の匂い。背筋が寒くなる感覚。男は駆け出した。酒のせいでその足取りはひどく危うかったが、扉を開けて見たそこには。
 喉を食い破られた、『狩る者』たちの屍。
 夥しい量の血が床を濡らし、男の足元まで流れ込んでくる。むっとした熱気が、まだ彼らが温かいことを知らしめる。突っ伏した同胞の血が、積み上げられた箱を伝い音を立てて落ちた。
 男は夢でも見ているのかと思い、瞬間、背筋が凍りつく。
 振り向いてはいけない。
 振り向かなければならない。
 見てはいけない。
 見なければならない。
 奥歯がカチカチと音を立てる。手が震えて止まらない。
 男はゆっくりと、ゆっくりと振り返った。
 そこにいたのは、血に濡れた不死者。
 そしてその不死者を従えた、金の瞳の紳士。
 それは昼間にエイル・ハウスで会った紳士に間違いなかった。
 男は背中を流れる汗を感じていた。舌が喉に張り付いてうまく呼吸ができない。
「あん、た……が」
 ようやくもれたのは、それだけだった。それより先は、続けられなかった。しかし、金の瞳の紳士はあっさりとそれを首肯する。
「蘇ったばかりの不死者は力の使い方を知らぬ。それどころか、自分がまだ人間だと思っている者も少なくない。そしてそうした不死者は、特殊な技術などなくとも倒せてしまうものだ」
 男は絶句した。
 呼吸すら、忘れた。
「だから私が教えたのだ。その力の扱い方を。ただ渇きにのみ突き動かされる存在ではなく、不死者として存在するために。そして」
 紳士は金の瞳を細める。
 月の光に照らされて、それは奇妙に幻想的だった。
「無念を晴らすことを許した」
 男は呆然とそれを聞いていた。
 ならば、自分が昨夜手をかけた不死者は、完全な不死者ではなかったということなのか。
 ならば、自分が昨夜手をかけた者は、一体何者だったのだ。
 今まで、自分がしてきたことは、なんだったのだ。
 今まで、自分が、手にしてきたものは。
 紳士はただ金の瞳を男に向ける。
「死を畏れぬ者は生をも蔑ろにする。『狩る者』とは何か、今一度己が心に問え」
 声が響く。
 夜の闇に溶けるように消えてゆく彼らの後ろ姿を、男はただ見送ることしかできなかった。
 ざあざあと風が吹く。
 男は立ち尽くしていた。
 闇に浮かぶ、月光の下。

クリエイターコメント大変お待たせ致しました。お届けが遅くなり、申し訳ありません。
木原雨月です。

名前を出そうかどうしようか迷い、結局だれ一人として名前を出すことなく終えてしまいました。
長老様だけでも、と思ったのですがどうにも見つからず。
厳しく優しく、ヒトと不死者の間で愛の鞭を振るう長老様にひどく心打たれた記録者でありました。
お気に召していただければ、幸いです。

口調や設定など、お気付きの点がございましたら、どうぞご連絡くださいませ。
この度はオファーをありがとうございました。
公開日時2009-05-26(火) 18:00
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