★ Tempo Rubato ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-7384 オファー日2009-04-11(土) 01:48
オファーPC ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
ゲストPC1 マナミ・フォイエルバッハ(cxmh8684) ムービースター 女 21歳 DP警官
<ノベル>

 春の風を切りながら、MVアグスタ F4-1000R 1+1が疾走する。
 テールからフロントフェンダーまでのデザインはスピードと俊敏さを象徴しながら、赤のシャープなグラフィックが柔らかいカーブを形成している。そしてその赤がボディーカラーのボドニー・ブラックを強調し、精悍な印象を与えた。
 そんなバイクを走らせるのは、ハンス・ヨーゼフである。
 彼が向かっているのは、とあるマフィア映画から実体化した組織拠点、銀幕市南部の海沿い、工場などが立ち並ぶ工業地帯である。彼らは映画の中と同じくヴィランズとして活動しており、その殲滅依頼がハンスの父が経営するヴォルムス・セキュリティを経由してきたのだ。ハンス一人で向かっているのは、他の社員の手が空いていなかったから、そして彼の力量をよく知っており、信頼しているからだった。
 ハンスは海岸線を走って行く。暖かくなってきたとはいえ、人影はまばらだ。
 そんな中、ハンスは見覚えのある後ろ姿を見つける。晴れとも曇天とも言えない中に、金の髪が潮風に揺れている。スピードを落とし、歩くその少し前でフルフェイスのヘルメットを外した。眼の覚めるような赤毛がぱさりと頬に掛かる。
「マナミ、か?」
 振り返った女性、マナミ・フォイエルバッハはパッと明るい笑顔を浮かべた。
「ハンス! よく私がマナミだってわかったわね?」
 マナミには血を分けた一卵性双生児の姉がいる。外見や趣味、好みまでもが同じで、親ですら見分けを付けられないでいた。気配や雰囲気もそっくりで、いかに彼女が所属する刑事部能力捜査課Division Psychicの仲間内であろうとも、一目で見分けられる人間は皆無だった。時々こっそり入れ替わっていたりもするのだが、違和感がまるでないせいでやはり気付く人間は少ない。
 だから、マナミはとても嬉しかった。ハンスとはこの銀幕市で出逢ったのだが、好みど真ん中ストライク。運命の人だと思っているので、余計にだ。思わず声も弾む。
「どうしたの、こんなところで?」
「どうしたの、じゃない。この辺りにマフィアがたむろしてる事ぐらい、あんただって知ってるだろう」
 言うと、マナミは「ああ」と事も無げに笑った。
「今からそこへ向かう所なのよ」
「はっ?!」
 ハンスの美しい緑の瞳が大きく見開かれる。そんな驚いた顔もカッコいい、なんて思いながら、マナミは言葉を続けた。
「これからそのマフィアに殴り込みに行くの。対策課から依頼が出ててね、引き受けたのよ」
 ハンスは呆れて声も出なかった。相手の規模は少なくとも一小隊、三十名以上であろう。その中に単身で向かおうとは、無鉄砲と言おうか豪快と言おうか。しかもそれで大丈夫だと思っている辺り、豪放磊落とはこのことかと頭を抱える。
「危険だ。マナミは攻撃手段がほとんどないだろ」
 マナミの能力はプレコグニション、つまりは予知である。クレヤボヤンス『見えないものを見る能力』の中でも未来視と言われる予知能力の持ち主で、一瞬先から後の事象を予知できる、というものだ。攻撃的な能力ではないため、マナミは護身術を学んでいた。
 だが、これから向かう先は特殊な能力は持たないものの、攻撃的で荒くれ者揃いのマフィアである。いくら瞬間的な未来予知ができるとはいえ、あまりに無謀過ぎる。
 しかしマナミはあっけらかんと笑ってみせた。
「心配してくれるの? ありがと。でも大丈夫。私は警察官なんだから平気よ」 
 そう言ってさっさと歩き出す。腰にはFN ブローニング・ハイパワーと警棒。ハンスは息を吐いた。それほど深い付き合いをしているわけではないのだが、マナミという人となりは知っているつもりだ。結構強引なところがあり、それと決めたらどんなに止めても引き返すような事はしないだろう。
「……分かった」
 ハンスが言うとマナミは振り返り、深紅の瞳で碧の瞳を見返す。
「引き返す気がないのは、分かった。だから、無茶な事はしないでくれ。俺が先に行くから援護を頼む」
 マナミは瞬き、それから笑った。

 マフィアのその拠点は入り組んだ工場地帯のほぼ中央にあった。それらが実体化したせいか、工業地帯は奇妙に静まり返っている。
 ハンスは海岸線側の工場にアグスタを隠すと、愛刀を腰に下げる。愛銃ジェリコ941も持ってはいるが、純銀を特殊な製法で加工した長剣による剣技がハンスの最も得意とするところだった。
 一通りの装備を確認し、ハンスはロメオ・Y・ジュリエッタに火をつける。名前からしてソフトな香りをイメージさせるこの葉巻だが、意外にも重厚な香りを醸し出す。一日に平気で一カートンも消費することがあるハンスには、携帯しやすく、シガーカットもシガーマッチも必要ないミニシガリロが気に入りだ。
「大丈夫なの」
 マナミが心配そうに言うと、ハンスは軽く笑ってみせる。
「こそこそしても始まらない。正面から突破する」
「そっちじゃないわよ」
 睨め付けるように見上げると、ハンスは苦笑した。
「落ち着くんだ。一本だけ我慢してくれ」

   ◆

 そこは廃工場に見えた。今にも垂れ込めそうな空の元手は、いっそう不気味に見える。
 しかしそれに臆する二人ではない。百戦錬磨のヴァンパイアハンターと、サイキックテロ組織と相対してきたDP警官なのである。足音を忍ばせて二人は速やかに走る。
 金網によって封鎖された上部には、電流が流れていると思しきフェンス。入り口と思しき場所にはご丁寧に武装した男が五人ほど。
 二人は視線を交わし無言で頷き合う。
 潮風が強い。ビル風ならぬ工場風となって、一陣の風が吹き抜けた。男共は、何が起こったのかわからなかったであろう。訳の解らぬ首から血を噴き出し、かと思えばフィルムへと変ずる。地に降り注いだ鮮血に、ハンスは碧眼を細めた。
 ヴァンパイアハンター、ハンス・ヨーゼフ。その実態はヴァンパイアと人間のハーフ、ダンピールだ。彼の身体能力は人間のそれを遥かに上回り、たかだか二メートル程度のフェンスなど軽々と越えてしまえるだけの脚力を持つ。
 動くものがないことを確認し、ハンスは厳重でもないフェンスの鍵を斬り落とす。錆びた鉄の音と共に扉が開く。マナミは素早く体を滑り込ませ、ドラム缶の一角を指す。そこへ駆け込むとほぼ同時に銃声。銃声。銃声。火花を散らして金属音が響く。
「ギリギリだな」
「十分でしょ」
 笑うマナミに、ハンスは肩をすくめる。
「二時の方角へ十メートル。三秒でこれはマシンガンね、乱射してくるわ。そこから十一時の方角へ走っていくと拳銃を持った連中が三、四人。そこを直進すれば工場の入り口よ。頭上に注意して」
「了解。五分後、入り口で落ち合おう。遅れるなよ」
「こっちの台詞」
 視線を交わし、ハンスは走った。転がるようにドラム缶の影に入った瞬間、けたたましい銃声。ドラム缶越しに十一時の方向を見れば、発砲している男が四人。ハンスはマシンガンが止まると同時に地を蹴った。
 その恐るべき脚力で間合いを詰め、まず一人。剣を返して二人、踏み込んで三人。そこでようやくハンスに気付いた一人が銃を向けてくる。マシンガンは沈黙している。味方に当るのは避けようとする良心ぐらいはあるらしい。更に踏み込んで頭だけを傾ぎ避け、四人。振り向き様に五人。乾いた音がするかしないか、ハンスは駆け出している。
 男たちがいた場所から廃工場までは細い直線だった。マナミの言った通りだ。駆け抜ける。
 目の前にぽっかりと口を開けた黒い穴。あれが工場への入り口であろう。ドラム缶の細い道を抜けた瞬間、ハンスは殺気を感じた。咄嗟に剣を上に薙ぐ。そのまま地面に叩き付けると、小さな呻きと共に男はフィルムへと変じた。
 その頭上を弾丸が走る。振り向けば、仰向けに倒れていく男。
「十時の方向へ」
 マナミの声。ぽっかりと空いた暗闇の中に、やはりドラム缶が積み上げられている。その影に転がり込むと、また銃声が走った。
「助かった」
「こちらこそ。お陰で走りやすかったわ」
 それに小さく笑って、ハンスは辺りを見回す。ダンピールである彼には、闇の中であろうともモノを見失わない視力が備わっている。
 入り口から中央までは広い空間。そこに無数の男たち闇の中だからだろうか、奴らは姿を隠そうともしていない。ナイフか拳銃を構え、こちらが動くのを待っているようにも見える。入り口から右手側は今ハンスたちが隠れているのと同じようにドラム缶が積まれている。その先に階段があるのが見え、それを追っていくと暗視スコープ付きのライフルが三挺、それからマシンガンが黒く光っている。
「俺が正面から行く。マナミは隠れてろ」
「私だってやれるわ」
「援護を頼む、って言っただろ。はっきりした数はわからないし、上からも狙ってる」
 マナミは少し考えて、それから頷いた。
「無茶はしないで」
「こっちの台詞だ」
 軽く手を振って、ハンスは長剣の柄を握り直す。息を吐き、吸って鋭く短く吐いて闇の中に躍り込んだ。
 あまりに唐突な出現に、彼らは驚いただろう。目前に碧の瞳が一瞬光って、次には己から迸った血と天井を仰ぎ見よう。それは鋭い風切り音と共にあっという間に六人を切り伏せる。銃声が一つ、響いた。ハンスはすでに入り口正面奥のドラム缶の影に潜んでいる。
「八時」
 マナミの声が響く。瞬間、ハンスは剣を走らせている。
「一時」
 恐るべき脚力と凄まじい瞬発力、そして正確無比な剣捌き。それが最小限の動きで最大の力を発揮させる。
「四時」
 振り抜いた剣を瞬時に逆手に持ち替え突き刺す。更に左手から迫るナイフを持った男を剣を引き抜きながらその顎を蹴りあげた。銃声。誰かが痺れを切らして撃った。だがそんな弾に当るようなハンスではない。
 連中は困惑しているだろう。女の声が響いたと思えば、それとまったく別の方向から呻き声とフィルムの落ちる音。姿を捉える事もできない。マシンガンやライフルも火を吹いているが、尽くが味方を撃ち抜いて終わっている。
 ハンスはその場で踏みとどまり、目の前の男の首を切裂いた。ようやく捕らえた姿に、集中砲火。ハンスは正面の男の懐に飛び込み、下から剣を斬り上げる。声を上げて襲いかかってくる男の腕ごとナイフを斬り飛ばし、肘で鳩尾を強打する。翻筋斗打ってひっくり返る男の後ろから鋭い銀が閃く。首を仰け反らせてそれを避け、猫のようなしなやかさで後方へ回転、その着地点目掛けてナイフが振り下ろされる。それを横に転がって除け、体勢を直すと同時に地を蹴った。剣を水平に突き出し、左胸に銀の光が吸い込まれる。引き抜きながら血を浴びないようバックステップ。銃弾がその軌跡に命中し、ハンスは目の前の黒服を二人切り伏せ、また入り口左手のドラム缶群に身を隠した。
 血糊を拭き落とし、ちらりと反対側を見やる。マナミが階段の上まで登り詰めていた。軽く口元を綻ばせ、ハンスはドラム缶を見上げる。重なっているのは三個程。中身は空と思われる。
 ハンスは思い切りドラム缶に体当たりをした。盛大な音を立ててドラム缶が床に転がる。短い悲鳴とマシンガンが吼える音。ハンスは転がるドラム缶に潜みながら、一人、また一人と斬り払っていく。ライフル隊もハンスに狙いを定めたようで、一瞬動きが止まるたびに正確にその脳天を狙って打ち込んでくる。それを避けながらハンスはまたドラム缶に体当たりをし、崩す。マシンガンが吼え続けている。
 ──今だ!
 マナミはうつ伏せになり、FN ブローニング・ハイパワーの撃鉄を起こす。視線の先には、マシンガンを操る黒服の男。深紅の瞳が鋭利さを増し、引き金を引く! マシンガンとライフルの音に掻き消され、FN ブローニング・ハイパワーが火を吹く。それは見事に男の顳かみを貫通した。マナミは走る。
 マシンガンの音が止み、ライフル隊が顔を上げる。そこにはすでに、マシンガンを構えたマナミがいる!
 マナミが操るマシンガンが火を吹き、ライフル隊は落ちていく。床に達する前にフィルムへと変じ、更にハンスが切り伏せたフィルムが転がる。上から見下ろすマナミには、ドラム缶に潜む男たちがよく見えた。マシンガンの発する爆音と空薬莢が転がる高い金属音、そしてハンスと共に次々とフィルムへと変じ落ちていく音。殲滅は順調だった。
 そう。
 その時までは。
 あまりに順調で、だから気付かなかった。
 眼に見える敵が先で。
 眼に見えない敵に気付かなかった。
 マナミは何が起こったのか分からなかった。気付いた時には体は宙に投げ出され、まるで水の中を漂っているかのような錯覚に陥った。ただ眼には、ハンスの鮮やかに輝く碧の瞳だけが映っていた。
「マナミッ!」
 ハンスは叫び、マナミに向かって跳躍した。背中に幾つもの衝撃があったが、ハンスは歯を食いしばっただけでその腕にしっかりとマナミを抱きとめた。着地点に黒服。ハンスは小さく舌打ちをして、腰からジェリコ941を引き抜き、一瞬で照準を合わせる。バランスを崩しながらであったが、発射された.40S&W弾は脳天と首をそれぞれに撃ち抜いた。着地と同時にドラム缶の影に飛び込む。
「マナミ、大丈夫かっ!」
「だい、じょ、ぶ……っ!」
 瞬間、マナミはハッと深紅の瞳を見開いて、ハンスの体を渾身の力で突き飛ばした。上から黒い影が躍り込み、固い金属音が響いた。一拍遅れて、ハンスがぶち当ったドラム缶が盛大に音を立てる。マナミはハンスを突き飛ばした反動で後ろに転がり、ドラム缶の影に飛び込んだ。
「やれやれ、あれだけ喰らっておいて死にもせんとは、恐ろしい街だ」
 降り立った影が言いながら立ち上がる。ひょろりとした長身。ハンスも決して小さくはないが、頭一つ分は高いだろうか。黒髪を香油で撫付け、眼には鋭い光が宿っている。手には反りの強い斬る剣。日本刀だろう。その刀身には銀を弾いて冷たく光っている。
 ハンスは剣を構えた。撃たれた背中が痛くないわけがない。激痛がハンスの額に玉の汗を浮かせている。いかにダンピール故の強靭な体と驚異的な回復力を持っていようと、それは変わらない。ただ、急所は外れていた。だから動ける。剣を握り、立つことができる。それだけだった。
「随分と暴れてくれた。名を聞いておこう」
「これから死ぬ者に、名乗る名など無い」
 言うと、男は鷹のように鋭い眼を細めた。
「つまらないジョークだ」
 男はゆらりと居合い抜きの構えを取る。かと思った瞬間、ハンスは身の毛がよだつ風を感じた。 音も無く上着がすっぱりと裂ける。ひらひらと深紅の髪が数本、舞った。男の表情は変わらない。ハンスは口元を軽く歪ませる。
「名を聞くなら、先に名乗ったらどうだ」
「これは失礼した」
 男はやはり変わらぬ表情で、構えを解くこともなく抑揚の無い声で淡々と告げた。
「レヴィ・ヴォルター。組織の頂点に立つ者だ」
「ハンス・ヨーゼフ。ヴァンパイアハンター」
 静寂。互いの呼吸しか聞こえないかのような、張り詰めた空気。
 動いたのは、ほぼ同時だ。地を蹴り、互いに間合いを詰めた瞬間に剣戟を繰り出す。ハンスの長剣が真直ぐにその心臓を狙う。レヴィはそれを虎のように地に伏せ、その勢いを殺さぬまま居合い抜きで斬る。除ける暇はない。パッと赤が散り、ハンスは顔を歪めてレヴィの上を飛ぶように転がり、体勢を戻すと同時に地を蹴り、レヴィの眼前に迫る! 流石にそれほどのスピードには着いて来られないと見え、レヴィは微かに瞠目し、その顎をハンスの掌底が打つ。
「ハンス、六時へ!」
 更に追い討ちをかけようとした所で、マナミの悲鳴にも近い声が耳を刺した。レヴィの仰け反る体を蹴り倒しながらバックステップで下がる。丁度ハンスの立っていた場所に、銃声が轟く。
「卑怯な」
「卑怯? 違うな、戦略というものだ。卑怯というならば、貴様のその不死身と思える体こそが卑怯よ」
 レヴィはゆっくりと首を回しながらその無機質な眼でハンスの碧眼を見返す。
「我が組織はただここにある。それの何が悪いのだ」
「被害報告を知らないと思うな。世界にはルールというものがある。ただでさえ危うい均衡の上で成り立つこの街で、そのルールに沿えないあんたは邪魔だ」
「これは異なことを。我らが意思でこの街に来たとでも? この溶け切った砂糖のような街に?」
 レヴィの黒い眼孔が光る。ハンスは姿勢を低く構えた。
「我らには我らのルールがある。そのルールを押し付けたのはこの街だろう。そしてそのルールの下に生きようとしている我らを、今度は邪魔だという。浅ましいことだ」
 言葉が終るか否か。レヴィの姿が掻き消える。どこ、と思う暇もない。凄まじい殺気に全身が反応した。
 鋭い金属音と腕に重い痺れ。構え直す間もなく、横腹へ第二撃。それは飛び退ってなんとか避けた。第三撃でついに寒いほど鋭い刃がハンスの心臓を目掛けて突進してくる!
 それを避けようとして、ハンスは眼を見開いた。後ろ。すぐそこにはドラム缶。その後ろには。
 ──マナミ!
 ハンスは逃げようとする体を無理矢理押さえつけ、僅かに体を捩り、その剣を掴む。吹き飛びそうになる意識を掻き集めて、そこに踏みとどまった。
「ほう、致命傷は避けたか。若い割りにはなかなか懸命な判断だ」
 ボタボタとハンスの血が滴る。美しい顔を歪ませて、ハンスは歯を食いしばった。自分からは動けない。動けば、後ろにいるマナミをこの男は迷わず殺すだろう。
 マナミは動けないでいた。いや、動いても動かなくてもハンスに不利になることは分かり切っている。もどかしくて叫びだしてしまいたかった。
 その時、マナミの脳裏にまるで雷のような衝撃が走った。三時の方向。FN ブローニング・ハイパワーを構えた。音も色も臭いも何もかもが消えて、その引き金を引いた。
 すべてがスローモーションだった。
 マナミが黒服を一人撃ち抜いた所で、十二時の方角からやはり撃たれ、マナミの手からFN ブローニング・ハイパワーが弾け飛ぶ。九時の方角に人の気配。マナミは警棒を腰から抜くと、振り向き様それを叩き付けた。三時の方角から、凄まじい殺気。振り向いたそこには。
 レヴィ・ヴォルター。
 深紅の瞳いっぱいに漆黒が広がる。一点、赤を纏った銀が閃き。
 銃声。
 たった一発の。
 レヴィがゆっくりとマナミに向かって倒れていく。
 高く響く空薬莢の落ちる音。
 レヴィの体は地面に倒れ伏す直前。
 プレミアフィルムとなって転がった。
 一瞬の静寂。
 工場が消え失せ、全ての色と音と時間が戻ってきた。
 晴れとも曇りともいえなかった空は、美しい夕焼けに染まっている。
 唐突に何かがのしかかって崩れかけたマナミを、ハンスの腕が支えた。
「大丈夫か」
「こっちの台詞」

  ◆

 MVアグスタ F4-1000R 1+1を隠していた工場まで戻ると、二人はそれぞれの依頼主に報告を入れる。
 それが終えてようやくハンスは肩の力が抜けたのか、ロメオ・Y・ジュリエッタに火を付けた。
「ハンス」
 煙を吐き出したところで、振り返る。マナミが後ろに手を組んで立っていた。
「さっきは庇ってくれてありがとう。でも」
 その顔が曇る。ハンスの吹くの裾を掴んで、マナミは眼を伏せた。
「無茶は、しないで」
 ハンスの服が黒いせいか、血はあまり見えない。しかし、確かに斬られたのだと、破れた服が語っている。
「いや、あの程度は無茶でも何でもない」
「ウソ。真っ青な顔してた」
 小さな子供が拗ねるように口を尖らせるマナミに、ハンスは声を上げて笑った。
「なによ、心配してるのに」
「いや。それより」
 マナミの頬に手をやって、ハンスは静かに微笑む。
「……それよりも、怪我が無い様で良かった」
 碧の瞳が深紅の瞳を見つめる。
 マナミは眼を伏せ、頬を撫ぜる手を握った。
「家まで送る」
「ありがと」

クリエイターコメントお待たせを致しまして、ほんっっっっっっとうに申し訳ありませんでした……っ! 木原雨月です。
初々しくも大人な雰囲気が出るような感じを目指してみましたが、いかがでしょうか。お気に召していただければ幸いです。
何かお気付きの点などがございましたら、どうぞご連絡くださいませ。
この度はオファーをありがとうございました!
公開日時2009-05-30(土) 21:00
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