★ 氷上炎舞 ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-7556 オファー日2009-05-08(金) 12:25
オファーPC 麗火(cdnp1148) ムービースター 男 21歳 魔導師
ゲストPC1 流紗(cths8171) ムービースター 男 16歳 夢見る胡蝶
<ノベル>

 ──寒い。
 肌を突き刺す冷気。
 歯の根が合わずに音が鳴る。
 ──……さむ、い。
 氷に閉ざされた空間。
 あまりの冷気に生命が死滅した世界。
 ここがどこだかわからない。
 何故ここにいるのかわからない。
 温度を感じない人形の体を持つはずが、寒さに震えている。
 風の吹き荒ぶ音。
 白と青の世界に、温度を奪われた肌は白を通り越して蒼い。伏せる金の瞳は力無い。ただ宵闇のような群青の髪だけが激しい風に煽られ、そこに存在することを主張する。
 途端に、耳に氷が悲鳴を上げる音が飛び込んだ。
 金の瞳を開けば、氷塊が盛り上がり赤を撒き散らしている。爆風に乗って白い顔に赤が弾ける。その温かさに全身が目を醒した。氷塊の悲鳴と耳障りな肉を喰い破る音が、風に巻き上げられる。そのたびに赤が散り、白と青の世界に彩りを添えていく。
 かじかむ手足を叱咤して、少しずつ後ろに下がる。奥歯を噛み締め、少しずつ、少しずつ。
 ビキ。
 それは大きな音だったかもしれない。だが吹き荒ぶ風の中ではほんの小さな音でしかなかった。気付かない。その下がる正に後ろで、氷塊がひび割れているのを。
 ──大罪人だっ!
 頭を殴られたような衝撃があった。それは、過去の記憶によるものだ。だから気付いたのは、フラッシュバックしたその後だった。目の前には白と青の氷に覆われた大地。背中が熱い。だがそれもすぐに治まる。引き裂かれた背中は青い蝶へと変じ、元の姿を取り戻したからだ。耳の奥で潮騒の音がする。本来は有り得ない、その音がする。
 ──大罪人が生まれたぞ!
 足に激痛が走る。有り得ない筈の痛覚によって、顔を歪める。
 ──禁忌を犯したのだ。
 血は出ない。美しい青い揚羽蝶がその傷口から飛び立ち、再びその姿を取り戻していくから。背中を押し潰される。声も出ない。胸が嫌な音を立てる。息が苦しい。苦しまない筈のそれなのに、苦しい。青い蝶が舞う。
 ──たかが愛玩人形が。
 ひらひら、ひらひらとこの氷の大地に舞う。何羽も、何百羽も、美しい胡蝶が舞う。
 ──人形が、意志を持つなんて。
 瞬間。刹那か。それは叫んだかもしれない。びょおびょおと吹く風に巻き上げられて、声は聞こえなくてわからない。それよりも目に映る過去が「今」を拒絶したのか。「すべて」を拒絶したのか。
 青い青い火柱が立ち上った。
 一瞬にして氷を溶かし、襲い来る氷塊が蒸気を上げながら風に巻かれながら消えていく。
 金の瞳が水と化した氷の中に沈んでいく。
 ──漆黒の荊を。
 ──煉獄の炎でその魂、滅するまで灼かれるがいい。

  ◆

「っくそ、面倒なハザードだな」
 麗火は苦々しく舌打ちをしながら、風の吹き荒ぶ氷の大地を彷徨っていた。
 彼を寵愛する風によって、その足が覚束無いことはない。また焔によって適温に保たれ、寒さに震える事もない。だが、吹き荒ぶ風は視界を奪う。見回してもどこまでもが氷の世界で、このハザードの原因を突き止めようにも、どこに原因が或いは元凶があるのかわからない。
 焔が、風が、心配そうにその頬に寄り添う。それに微かに眉をしかめた時だ。青い炎が立ち上ったのを見たのは。
 なんという、力。
 麗火はもう走っていた。
 白と青の世界では方向感覚がすぐになくなる。しかし麗火は魔導師である。あの青い炎は非常に強い力を持つ。炎は既に見えないが、行使されたその方向を誤ることはない。
 そこに立った時、麗火は目を見開いた。そこは氷が溶け、巨大な池となっていた。ひらひらとこの景色にはまるでそぐわない青い揚羽蝶がひらひらと飛んでいる。その中に、一つの影。青い髪の、人間だ。
「おいっ!」
 麗火は水に飛び込んだ。よほどの高温で溶かされたのか、水はわずかに温い。底は深く、重たくなった服に舌打ちをしながら、麗火はその人物の体を支える。
「暴れるな、こら……っ、!」
 腕を滅茶苦茶に振る青い髪を抱えていくのは無理だと判断し、麗火は襟首を引っ掴んでどうにか氷の岸まで辿り着く。
 岸に上がれば途端に風と冷気が体を打った。焔がそれを喰い止め、風が青い髪の人物を引っ張り上げる。その時、少年には腰から下がなかった。息を呑む麗火の前で、あの青い揚羽蝶がひらひらと舞い、少年の足を形成していく。麗火は顔をしかめた。焔が警戒するのを押さえながら、とにかく服を乾かした。焔によればそれは一瞬である。
 少年は咳き込み、水を吐く。それから顔を上げると、焦点が合っていないのだろう、ぼんやりと麗火を見上げた。どうやら少年の瞳は淡い金色である。それから何度か瞬きをし、ようやく口を開いた。
「あ……ありがとう、ございました」
「これをやったのはお前だな」
 それを半ば遮るように、麗火。少年はまた幾度か瞬きをし、それから池を振り返る。麗火を振り仰ぐと、こくりと頷いた。麗火は眼鏡の奥で深紅の瞳を細める。
 この少年は、自分と同じく強過ぎる炎の寵愛を受けているのだろう。しかし、それを制御する術をしらないのだ。だから、己の身まで灼いてしまう。そも、青い炎は高温の証なのだ。
「強い炎は暴れ馬だ」
 唐突に口を開いた麗火に、少年は黄金の瞳を上げる。
「暴れ馬はとにかく手綱を握り、振り落とされないようにすることが第一」
「あの」
 少年が困惑したように言葉を挟むが、麗火はそれを無視する。
「手綱が握れなきゃ死ぬ。握れても振り落とされれば死ぬ。……或いは、死と同じ苦痛を味わう」
 最後の言葉に、少年の金の瞳に薄い光が差す。
 麗火はそれを見逃さない。
「自己を手放すな。自分の存在を誇示しろ。自分が主人なのだと叩き込め」
 麗火が軽く腕を上げる。焔が戯れるようにその手に纏わりつく。少年は目を見開いた。
「応えさせろ」

 風が吹き荒び、氷塊の魔物が、或いはこの極寒に適応した魔物が襲い来る、氷に閉ざされた世界。
 そこに、鮮烈な赤と耿耿とした青が躍る。
 身を灼きながら、それは少しずつ炎の加減を覚え始めていた。赤い髪の人は、この暴風に髪一筋も靡かせず、じっと座ってこちらを見ている。
 眼鏡越しの茶色い瞳が、怖いと思った。なぜ自分にそんなことを教えるのか、見当もつかない。
 ただ、自分が操る炎に翻弄されることを防ぐには、彼の言うことは有効に思えた。
「う、……あ!」
 炎を手に留めていたところ、急激に炎が噴き上げてそれは手を灼く。氷の大地に突っ込み、灼けた手が蝶へと変化し散っていく。漆黒の翅に青く輝く模様の美しい揚羽蝶。
 元々、彼はこうして体を蝶に変化させ、人の目を楽しませる愛玩人形だ。
 今はそれを応用し、一度蝶と変化し戻ることで傷を治している。
 肩で息をし、胡蝶が体に戻るその合間に、ここがムービーハザードという場所で、これを起こした原因を突き止め解除すれば、ハザードも解消されるのだと教えてくれた。銀幕市という場所に来て間もない彼に、また一つ知識が増える。
 もう一度、と息を整えたところで赤い髪の人が立ち上がった。
「どこへ」
「後は好きにしろ」
 突き放すような言い方に、なぜか心が揺らいだ。
「好きに?」
「力の使い方は教えた」
 眼鏡の奥の瞳はもうこちらを見ていない。
「逃げるも進むも、お前の自由だ」
 背を向けて歩き出す。
「あ、の! おれはルーシャ……流紗!」
 なぜ名乗ったのか。それはわからない。ただ、「待って」という言葉は無視されると、そう思ったのか。
 その人は振り返らず、軽く手を挙げた。
「レイカ」
 その手に、深紅の炎が宿る。
 あの、鮮烈な赤。
 レイカと名乗った背中が見えなくなって。
 背後で氷の割れる音がした。振り返れば、全身を深い毛で覆った魔物が牙を剥いている。
 倒さなければ。
 死なない為に。
 そう、腕を持ち上げた時。
 流紗は震えている事に気付いた。

  ◆

 真っ赤だ。
 床も、壁も、辺り一面真っ赤だ。
 そして立ち尽くす自分も。
 ──いらないの。
 響く声。
 麗火は目を見開いた。
 ──あなたじゃなければよかった。
 目の前に氷塊。避ける間などなかった。
 ──あなたならよかった。
 ぽつりぽつりと落ちる言葉。
 自分を否定する、言葉。
 深紅の中で、それはかくりと小首を傾げて言うのだ。
 ──どうして、あなたは生きているの?
 目の前に氷の地面。
 風は吹いていない。彼を愛するそれが防いでいるから。
 寒くもない。彼を愛するそれが温めているから。
 それなのに、どうして。
 震えが止まらない。
 ──あなたなんて、生まれてこなければよかった。
 真っ赤だ。
 辺り一面。
 そこには棺が並び。
 親しかった友人たちが苦痛に歪んだ顔で納まっている。
 窪んだ眼下は漆黒の闇。
 恨めしそうにただ立ち尽くす真っ赤な麗火を見ている。
 ──おまえのせいだ!
 青が迫る。
 焔が怒っている。
 赤は消えない。
 ──おまえばかりが、なぜ愛される?
 名前を呼びそうになって。
 呼べない自分が腹立たしい。
 呼ぶ資格がない。
 自分には。
 ──どうして、おまえばかりが許されるんだ?
 彼の名を呼ぶ資格がないことを、麗火は誰よりも知っている。
 真っ赤に。
 真っ赤に染まっている。
 床も、壁も、自分自身でさえも。
 その足元には、赤が塗りたくられている。
 それは真っ赤な道だ。
 青い大地か。
 真っ赤な道だ。
 真っ赤な、真っ赤な。
 血で出来た、道だ。
 その周りは漆黒。
 いや、氷の大地。
 いいや、漆黒の眼下で恨めし気に見上げる、かつては友人だった者たち。
「……解ってる。自分の居る場所が、どれだけ血に塗れた地獄かってことくらい……っ!」
 麗火は拳を握りしめた。
 わかってる。
 忘れる筈がない。
 忘れてなんかいない。
 いつだって「記憶」として、頭のどこか、胸の奥底にあるそれを、見せつけなくたってわかっている。
 だから大切な人は作らないと決めた。
 大切な人でなければ、悲劇は起きないから。
 大切な人でなければ、悲劇にならないから。
 目の前に青い爪。
 風が吹き荒れ、麗火を引き倒した。焔が噴き、その爪を焦がす。
 今、目に見えているのは、氷の大地か、真っ赤な道か。
 麗火は拳を握りしめる。その手に血が滲む。
「わかってる!」
 忘れられない。
 忘れようとしても。
 刻まれる記憶。
 今この瞬間すら。
 刻まれていく。
 刻まれ、積もっていく。
 忘れることを望むことすら許されない。
 それが神子。
 生まれながら、世界の為にと大義名分をを追って神の為だけに生きる存在。
 だから揺れたりしないように生きてきた。
 誰かとともに歩むことも、温かさを求めることも諦めた。
 平気なふりをして、生きてきた。
 殺されかけたことがある。
 けれど、与えられた愛情もある。
 祈りや願いがある。
 魔導師として忌み嫌われた。
 それゆえに、友人たちは命を奪われた。
 その犠牲がある。
 ──レイカ。
 呼ばれる名前がある。
 揺らいだりしない。
 たくさんの惨劇があった。
 悲劇があった。
 それは麗火が大切と思った故に。
 だからそれに応えるのは、麗火の義務だ。
 果たすべき義務であり、行使するべき権利でもある。
 だから諦めない。
 諦めたりしない。
 死んだりしない。
 呼ばれる名前が眉間に皺を作ろうとも。
「レイカさん!」
 青い、焔。
 麗火は顔を上げた。
 青い髪。金の瞳。震える手。それでも立つ、
「流紗」
 氷が悲鳴を上げる。麗火の真下からそれは現れた。麗火は目を見開く。
 立ち上がろうとしたが出来なかった。体中が悲鳴を上げている。目が翳む。舌打ちをして、拳を握った。
「焔っ!」
 叫んだ。応える。深紅の焔が。そして重なる。深い青い炎が。
 衝撃。
 盛り上がっていく氷が止まる。
 どうやらそれは、氷の巨人。
 流紗は顔を歪める。指先がちりちりと灼ける。
 麗火は歯を食いしばった。
「……っ許す、好きなだけ暴れろ!」
 一喝。
 深紅の焔が大きくなる。
 青い炎が腕を灼き、その腕が蝶と散る。
 流紗は唇を噛んだ。
 声が響く。
 大罪人と罵る声が、世界の禁忌と嘆く声が。
 ただの人形、人の命に応じてのみ動き、美しい蝶を散らせる事で人々の目を楽しめるだけの存在。
 それがどうしてか、意志を持った。
 意思を得て、魂を得た。
 魂を得て、生物となった。
 それがどうしてなのか、誰にもわからない。
 運命の悪戯。
 そう呼ぶほかは。
 愛玩人形でなければならなかった儚い『胡蝶』。
 しかし胡蝶は生物となった。
 悔しいと思う。
 その手に有り余る青い炎が、流紗を灼き尽そうとする。
 ……やはり出来損ないには無理なのか。
 悲しいと思う。
 悔しいと思う。
 この身にあるその力を、御する事すらできないのか。
 ──暴れ馬はとにかく手綱を握り、振り落とされないようにするのが第一。
 ハッとした。
 声が響く。
 眼鏡越しの傲慢な茶色い瞳がこちらを見ている。
 ──手綱が握れなきゃ死ぬ。
 流紗は金の瞳を真直ぐに氷の巨人へと向けた。
 その肩と思しき場所が深紅に染まっている。
 流紗は歯を食いしばった。 
 言うことを聞け!
 汗が噴き出す。この極寒の地で。瞬きもしなかった。散り舞う蝶の動きが鈍くなる。
 ──自己を手放すな。
 声。
 流紗は今はない腕に力を込める。
 おれは流紗。
 そう、それが名前。
 おれは流紗だ。
 ──自分の存在を誇示しろ。
 流紗だ。
 おれは流紗。
 おまえはおれだ。
 蝶と弾けた腕が、戻っていく。
 ──自分が主人なのだと叩き込め。
 おまえはおれのものだ。
 おまえはおれの力だ。
 もう、灼けてもいいなんて思わない。
 負けたりしない。
 おまえはおれの力だ。
 腕が真直ぐに伸びる。
 それでいい。
 そうだ。
 これだ。
 ──応えさせろ。
 青い炎が煌めきを増す。
 群青の髪が炎に揺らめく。
 炎がその手から放たれる。
 真直ぐ。
 真直ぐに氷の魔物へ向かって。
 そうだ。
 それでいい。
 流紗は奥歯を噛み締める。
 もっと強く。
 もっと強く。
 あの氷の魔物を打ち砕くのだ!
 赤と青の炎が躍る。

  ◆

 轟音が響き、氷の巨人が膝を折った。
 途端、麗火の体が投げ出される。それを風がふわりと抱きとめ、流紗の元へと運ぶ。
 深紅の焔が猛る。
 紺青の炎が吼える。
 氷の巨人が真っ白な濃霧の中に消えていく。
 ふわ、と麗火の頬を暖かさが包む。
「よくやった」
 流紗は顔を上げる。
「まだまだ未熟だな」
 眼鏡越しの茶色の瞳が見下ろしてくる。
 その口端が不敵に笑っている。
 それでも流紗は、なんだか嬉しかった。
 麗火が顔を上げる。
「終わりみたいだな」
 氷の大地が消えていく。
 代わりに家々の立ち並ぶ路が現れ、空は夕焼けに染まっている。
 優しい赤に、ほっとした。
「じゃあな」
 赤い髪が、夕焼けの色に溶けていく。
 流紗はただそれを見送った。
 何か言いたかったけれど、なんと言えば良いのかわからなかった。
 けれど。
 自分の手を見下ろして、それからまた顔を上げる。
 もう赤い髪は見えない。
 けれど、もしも。
 もしもまた、逢えたなら。
 その時はきっと、「ありがとう」と伝えよう。
 夕焼けの空の向こうから、宵闇の群青がやってくる。

クリエイターコメントお待たせ致しました。
木原雨月です。

お二人の距離感を、どれぐらい、このくらいか? どうだ! ……こ、こうか? うむむ……と唸りながら執筆しておりました。
氷の大地での戦闘ということで、うっかりギャグに走りそうなところをぐぐっと押さえてこのようになりましたが、いかがでしょうか。
戦闘そのものよりも過去の描写に力を入れ過ぎた感が否めないのですが……
楽しんでいただければ、幸いに思います。

口調や設定など、何かお気付きの点がありましたらばお気軽にご連絡くださいませ。
この度はオファーをありがとうございました!
公開日時2009-06-10(水) 18:30
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