★ ぬくもり抱きて ★
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
管理番号105-4743 オファー日2008-09-16(火) 21:51
オファーPC 神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
<ノベル>

 有難うございました、という店員の声を背で聞きつつ、神龍 命(シェンロン ミン)は自動ドアをくぐる。
「あ、雨」
 出てくる時には降っていなかった雨が、ぱらぱらと降り出していた。命は「良かった」と小さく呟き、持っていた傘を開く。そして、購入した肉まんの入った袋は、雨に濡れてしまわないように抱きかかえた。
「持っていけっていうの、正解」
 小さく命は呟き、笑う。肉まんを買いに行くと告げた時、同じ見世物小屋の仲間の一人が「雨が降りそうだから、傘を持っていけ」と教えてくれていたのだ。もしその助言がなければ、今頃雨に降られながら帰る羽目になっていただろう。
(雨、大正解だよォ。見世物小屋に帰ったら、お礼を言わないといけないねェ……)
 くすくすと笑いながらそう考え、はた、と足を止める。
「見世物小屋」
 ぽつり、と呟く。
 それは命が肉まんを買うためにちょっとだけ抜け出してきた所で、今から命が帰る場所だ。
「見世物小屋は、ボクの何、なんだろうねェ……?」
 そう呟いたその時、ざあざあ、と雨が一層強く降り始めた。


 気付いた時、一人で立っていた。
 雨が降っていたような気がする。曖昧な記憶で、どうも要領を得ない。
 両親は傍にいなかった。気付けば両親はおらず、一人でぽつんと道端に立っていた。何か言われたような気がするが、怒鳴り声だけが印象的で、肝心の言葉自体を覚えてはいない。
 立っているのがだんだん疲れてきて、ちょこん、と座った。
 寒かった気がする。体を小さく縮ませ、はぁ、と息を手に吹きかけた。白い息がふわふわと空気中に浮いて、冷たい掌をほんのりと暖めるのが楽しかった。
 それを続けていると、目の前に影が出来た。大きな影だ。
「どうした」
 声をかけられ、きょとんと小首を傾げた。小さく震えていたら、その大きな影がふわりとコートをかけてくれて、温かくなった。
「親は?」
 問われ、首を横に振る。怒鳴り声からは言葉が思い出せないし、顔すらも分からない。とにかく怒っている顔ばかりが浮かんで、どのような顔かといわれても分からないのだ。
「名は?」
 再び、首を横に振る。名前というものが自分にない事は、悟っていた。
 怒鳴り声、怒りの顔。
 頭の中を支配しているのはただそれだけで、他は何もない。こうしてぽつんと道の端にしゃがみ込んでいるのでさえ、どうしてだか説明できない。
 大きな影はそっと手を伸ばす。その手に反応し、びくりと身をすくめる。
「かわいそうに」
 ぽつりと影は言い、手を伸ばすのをやめてしゃがみ込んだ。それで、目線が同じになる。
 影は男だった。優しい目をして、コートにくるまって震える子をじっと見ていた。
「私と、来るか?」
 男はそう言い、自らの名を告げる。そうして、ゆっくりと手を伸ばす。子の目線となるように。
「見世物小屋をしているんだ。そこにお前が来てくれると、嬉しい」
「うれしい?」
 恐る恐る聞き返す声に、男は深々と頷いた。「とても」
 子はゆっくりと男の差し出した手を取る。男はその小さな手を、ぎゅ、と優しく強く握り締める。冷たい掌が、男の鼻の奥をくすぐった。
「そうだ、名をあげないといけないな」
 男はそう言い、空を見上げる。鼻の奥をくすぐった何かを、振り払うように。
「名、なんて」
 要らない、と言おうとするその言葉を遮り、男は「そうだ」と言いながら、微笑む。
「命、はどうだ?」
「命?」
「そう。命を大切にするように……命を守る盾となるように」
 男はそう言って、命と名づけた子に「行こう、命」と促す。
(命……)
 要らないと思っていたものを、男は与えてくれた。胸の奥底から、温かさが染み出てくるようなものを。
 なんだか、丸くて、ふわふわしていて、うっとりするような。
 命は小さく笑う。男に着せてもらったコートが暖くて、貰った名前がくすぐったくて。
「どうした? 命」
 優しい声が、命を呼ぶ。命は礼を言おうと男を見上げ、どう呼べばいいのかを迷う。男の名は教えてもらったが、その名で呼んでもいいものだろうか、と。
 困っていると、男はそれを察して「よし」と頷く。
「私の事は、師範と呼ぶといい。そうすれば、呼びやすいだろう?」
 男の言葉に、命は大きく頷く。
「はい、師範」
 師範と呼ばれた男は、嬉しそうに笑って頷いた。


 しとしとと降る雨の中、命は小さく笑う。
(それから、いっぱい教えてもらったなァ。生き方とか、武術とか)
 その後、命は見世物小屋の者達に育てられた。一般常識だとか、マナーだとか、最低限の学力だとか。勿論、見世物小屋の舞台に立つ為の武術も。
「師範」
 ぽつり、と呟く。命に名前を、居場所をくれた師範は、もういない。交通事故で亡くなってしまったから。
 今でも口にするたび、胸の奥がびくりと震える気がするけれど、それでも命は立っていられた。苦しくて、悲しくて、辛くて、どうしようもなくなってしまったけれど、命は一人ではなかったから。
 見世物小屋の皆がいたから。居場所があったから。
 師範の舞台に立つようになったが、何も怖いことは無かった。
 師範が教えてくれた武術を使って、見世物小屋の人たちと共に過ごす舞台に、怖いなんて気持ちが湧き上がるはずもない。
 胸に抱いている肉まんが温かい。まるで師範があの日差し出した、掌のよう。
(ボクは、大切にしているよ)
 あの日貰った、名前のように。
(ボクは、盾になれるかなァ)
 あの時与えられた、名前のように。
 既にもうなっているのかもしれないし、これからなるのかは分からない。だけど、命は思う。
 師範がつけてくれた名前だから、恐らくはそうなるのだろうと。
 そうして、ふわりとかけられたコートのように暖かく包み、差し出された掌のように優しさが溢れ出すだろう。
 ぱら、ぱら、と傘を叩く雨音が和らいできた。もうすぐ雨が止みそうになっているのだ。
「雨は、いつか止むもんねェ」
 命は呟き、傘を畳む。既に雨は霧雨のようになっていて、空もどことなく明るくなっていた。
 雨は、もう止むだろう。
「見世物小屋は、ボクの居場所」
 空が明るい。雲の隙間からは、光がこぼれる。
「大切な所で、銀幕市とボクを繋ぐ所」
 足が無意識に速まった。相変わらず胸に抱く肉まんは温かい。胸に宿る気持ちと同じように。
 目の前に見世物小屋が見えた。命の姿を確認し、団員達が「おかえり」と手を振っている。
 命は駆け出し、満面の笑みでそれに答える。片手に肉まんを、もう一方には傘があるから、手を振ることが出来ない。
 だから、笑顔で答える。
「ただいまっ!」
 見世物小屋の中いっぱいに広がったその声に、負けないくらいの大きな「おかえり」が響き渡るのだった。


<胸に在るぬくもりを抱きつつ・了>

クリエイターコメント お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。
 この度はプラノベのオファーを頂きまして、有難うございました。いかがでしたでしょうか。
 ほのぼのさを前面に出しつつ、中にきゅっとなる感じにシリアスさを入れてみました。大事な過去のお話なので、イメージが崩れていなければ幸いです。
 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
 それでは、またお会いできるその時迄。
公開日時2008-09-25(木) 18:50
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