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<ノベル>
綺麗な花があった。
名を、スイセンと言っただろうか。
銀幕広場の一角に、ひっそりと。
ただ一輪、咲いていた。
聖林通りのとある雑貨ショップ。昼時の店内に人影は少なく、店主は時期の過ぎたクリスマス特集の棚を狭くしてお正月特集の棚を広げるという作業をしていた時だった。
「いらっしゃいませー」
ふと横に人影を感じて、屈んでいた身をクリスマス棚の方に寄せてお正月棚の場所を開ける店主。
「あ、違うの」
そういったのは、店主も知った顔の少年だった。何度も足を運んでくれる、常連。来るたびに幸せそうに商品を選び、嬉しそうに買っていくその少年の姿を見るのが、店主は好きだった。自分に、誰かに。贈り物を選ぶ人の姿は、はたから見ても幸せなのだ。
「ああ、こっちかい?」
少年の言葉と、後ろのクリスマスの棚をチラチラと見る少年に、店主が気がついて場所を開ける。
ありがとう。そういってから飛びつくように棚を見る少年。ふわりと、青白い髪が揺れる。
クリスマスも過ぎた26日。多くの人の関心は過ぎ去ったクリスマスなど忘れてお正月用の雑貨に向いている。そんな中、クリスマス雑貨を熱心に選ぶ少年の姿に、店主の顔には自然と笑みが浮かぶ。
「うん。これがいい」
誰に、という訳でもなく呟く少年。少年の選んだものが気になった店主はどんなものを選んだのかを確認しようとそっとその手に目を向ける。
小さなクリスタルオーナメント。雪だるまモチーフのそれは、クリスマスシーズン少し前に店主がめっぽう気に入って仕入れたものだったのだが、どうにも人気の伸びなかったものだった。そんな事情があるからだろうか、少年がそれを選んだのが店主は余計に嬉しくなる。
「これください」
嬉しそうに、少年。
手渡されたオーナメントを持ってカウンターへと入る店主。少年も後を歩きカウンターの前に立つ。
「プレゼントかい?」
問いかけた店主に、考え事をしていたのだろう。え? と返す少年。すぐに元気よく答えるのだった。
「うん!」
レドメネランテ・スノウィス(レン)が銀幕広場に着いた時、丁度クリスマス装飾の片付けが始められたところだった。
昨夜まで綺麗に夜を彩った光も今はなく、観客も居ない寂しげな中での撤去作業。
十数秒。レンはその光景を眺めた後に、ツリーを見上げた顔を下げて目を瞑る。そして再び目を開け、目的の場所へと歩く。
広場の片隅のベンチ。レンはそのベンチに後ろ向きで座って、その先にある花を見つめる。
それは一輪の綺麗なスイセンの花。淡い黄色の花びらの一つに小さな白ニット帽を被り、葉にはきらりと輝く雪の結晶はクリスタルオーナメント。
「こんにちは。スイさん」
にっこりと笑って言ったレン。その言葉は目の前のスイセンに対してだ。スイセンからの返事は、ない。
「昨日はクリマススパーティーがあって。来れなくてごめんね」
申し訳無さそうにレン。クリマスス。以前にそのスイセンとクリスマスの話題を話していた時と同じ間違い。一度憶えてしまったものは、そうそうその間違えに気づく事はないものだ。
「もう……一年経ったんだね」
葉に輝く雪の結晶のクリスタルオーナメントにそっと触れて、レンは言う。そのオーナメントは、一年前のクリスマスの日にレンがそのスイセン、スイに贈ったものだった。一年前の聖なる日。魔法によって一日だけ人の姿になることができたスイに。
その日から、レンは特別に用事のある日を除いては欠かさずこの広場に来て、花に戻ってしまったスイに話しかけていたのだ。日々の事、感じた事、気持ち。些細な事から深いことまで。
「初めて逢ったのは、クリマススの日だったよね」
大切な記憶をやさしくなぞるように、思い出しながらレンは話しかける。
寂しそうにひとりでベンチに座っていたスイ。
みんなで遊んで楽しそうにしていたスイ。
涙を流して逃げ出したスイ。
ありがとうって笑ったスイ。
「去年もプレゼントしたね」
言いながら小さな紙袋を取り出し、がさがさとあける。摘んで出したのは雪だるまモチーフのクリスタルオーナメント。ついさっき、馴染みの雑貨ショップで買ってきたものだ。
「憶えてる? クリマススは、大切な誰かにプレゼントをあげる日なんだよ」
一日遅れちゃったけどね。そう言ってえへへと笑い、もともとの雪の結晶のオーナメントと取り替える。
「こっちは、貰ってもいいかな」
二つは重そうだから。
葉と茎の間にちょこんと立っているように乗せられた雪だるまは、きらりと太陽に輝き、そのスイセンにはよく似合っていた。
うん。レンは小さく頷き、ベンチの上で正しい向きに直る。そして横を向けばスイセンが視界に入るように少しずれる。
「一年、かぁ……」
手に持った雪の結晶のオーナメントを見ながら感慨深げにそう呟き、レンはこの一年間のことを思い浮かべる。
楽しいことが沢山あって。
嬉しい事も沢山あって。
そして辛い事、哀しいことも、やっぱり沢山あって。
きっとどれも大切な事だった。
「…………」
広場の撤去作業は続く。ポスターは剥がされ、色のついた電灯もどこかへ除けられ、高くそびえ立つツリーを彩っていた数々の装飾品は次々と外されていく。そんな様子をぼんやりと、レンは見ている。
ちくり、ちくりと。何かの棘がレンの胸を刺す。
みんなが望んだクリスマスも、こうして終わって過ぎ去っていく。それは何に対しても等しく訪れる。楽しかった夢も、いつかは終わるのだ。
そんな夢の終わりを、レンは心のどこかで意識しはじめる。
この街の夢が醒めれば、のぞみちゃんの目は醒めるのだろう。その時自分は、大好きなお父様とライエンの元へと戻れるのだろう。それは望みに望んだ事だった。
――けれど。
大切な人達への想い。楽しかった思い出。この世界で培ってきた沢山の気持ちは、どうなってしまうのだろう。
ちくり、ちくり。
戻りたいけれど、失いたくなくて。でも自分がどんなことを考えようと思おうと、この世界は否応無しに進み、やがては結末を迎える。夢が醒めるという結末を。
「分かっていたことなんだ……」
力なく、レンは笑う。元気を出す為に笑おうとして、それが出来なかったのだ。
そう。分かっているのだ。
この世界は、レンの元々の世界とはまるで違う。けれど、似ている。どちらの世界でも、レンは夢の存在なのだ。そのことがレンの二重苦となる。
分かっているのだ。
「スイさんは」
スイセンに顔を向け、レンは言う。
「スイさんはこの土地で生きていけるんだよね……」
ムービースターのような存在だが、スイは普通のスイセンの花だ。ムービースターによって魔法をかけられた事のある、普通の花。だから、この夢が醒めた後にもこうして咲いていられると、レンは言ったのだ。
「もし……!」
溜めていたものを吐き出すように、早口に。けれど言い淀む。きゅっ、と。雪の結晶のオーナメントを握ってこんどはゆっくりと続ける。
「……もし、ボクがいなくなっても。ボクのこと忘れ――な、い……」
ちくり、ちくり。刺さった棘は深く深くに潜り込もうと、強く痛む。
時間にして30秒ほどだろうか。もうその話は終わったのだろうと思わせるほどの間を空けてから、再びレンが話し出す。
「……ううん。忘れてね」
そう言ってスイセンから視線を外し、下を見るレン。オーナメントを握っていた手を緩め、その手のなかをじっと見る。
「ボクもきっと忘れてしまうから。前を向いて歩くのに、忘れる事も、大事……」
何度も途絶える言葉で、ゆっくりと時間を掛けてレンは言った。視界に映るクリスタルのオーナメントがぼやけてぐにゃぐにゃと揺らぎ、きらきらといくつものプリズムを創りだす。
「だから……忘れてね」
それはきっと正論だ。全てを忘れてしまえば、気になって立ち止まる事もない。誰かの声に振り返ることもない。前を向いて、歩いていける。
ならばどうしてだろう。
そう言ったレンの身体が小さく震えているのは。
何かに耐えるようにぎゅっと口をつぐんでいるのは。
ぐにゃぐにゃに揺らいだ視界は何も見えないのは。
答えなんて、レン自身も分かりきっていた。
けれども決して、口にしなかった。
結局その日、レンは夕暮れになるまで、クリスマス装飾の撤去作業を見ていた。
どこを見ても綺麗にドレスアップしていたここ数日の装飾も、それ以前の見慣れた広場に戻り、残るのは大きなツリーを持って行くだけになっていた。
――レンは思う。
覚悟というのは少し違うかもしれないけれど。
この先にある未来を受け入れる準備は出来ている。
喜びも、哀しみも。
何があっても、どうにかして。
前を向いて、歩こうと思う。
けれど、かみさま。
もしも願いが叶うのなら。
今年も無事に終わりますようにと。
だた、それだけを願う。
ツリーが撤去される前に、レンはベンチから立ち上がり、スイセンを見る。
いつものように、嬉しそうに背伸びして広場を見ている。
「そろそろいくよ」
レンがそう話しかけると、夕日に照らされた雪だるまのオーナメントが、きらりと一つ。オレンジの光を反射した。
お正月のおめかしは、またその時にすればいい。
その時まで、此処にいられますようにと。
お願いしたから、きっとだいじょうぶ。
「また、明日ね」
――うん。また明日。
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クリエイターコメント | こんにちは。依戒です。 クリスマスプラノベのお届けです。 ええ。クリスマスといっても、クリスマスの終わりですね。 楽しい楽しいクリスマスも、終わりは来る。
うん。色々と語りたい事は長くなりそうなので、例の如く後ほどブログであとがきとしてお喋りしようと思います。 この場では少し。
お久しぶりのスイ登場! 一応補足しておきますと。ノベル内のスイセンは、依戒の過去ノベル【聖なる夜の魔法】にでてくるスイセンですね。 ご指名ありがとうございます(言ってみたかっただけ、意味不明) と、なんだかこのまま話を進めるとやはり長くなってしまいそうなので、こちらもあとがきで。
ノベル内容。 もの悲しい雰囲気。それでも、と。 描写のせいもあるでしょうけど、私自身。いい意味で色々な事を感じながら書くことが出来ました。 こういうタッチのノベル、実はとても好きです。 素敵なオファー。ありがとうございました。
オファーPLさまが。このノベルを読んでくださっただれかが。 ほんの一瞬でも、幸せな時間だったと感じてくださったなら。 私はとても嬉しく思います。 |
公開日時 | 2008-12-26(金) 18:20 |
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