★ First Birthday ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-5948 オファー日2008-12-17(水) 21:06
オファーPC 梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
ゲストPC1 クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
<ノベル>

                   ☆


 寂しげな銀幕広場を吹き抜ける寒風に、僕は巻いたマフラーを口元まで引き上げる。
 年末ということだけあって、ちらほらと見える人は忙しなく走る人か僕みたいに誰かを待っている人。どちらも時計を気にしているという部分では大差ないかもしれない。
「梛織、大丈夫かな。少しおそ……くもないね」
 考えると急に時計が気になるもので、僕は腕時計を確認する。けれど、待ち合わせの時間はまた10分以上先だった。そういえば今日はいつもよりハプニングが少なくてかなり前に着いてしまったのだった。ハプニングを見越して二時間も前に家を出てしまう。そんな自分の体質が恨めしい。
「それに……」
 ハプニングが少なかった、とは言っても。通常30分もかからない距離を一時間半はかかった。何故か蕎麦屋の自転車が突っ込んできたり、何故か近くのゴミ箱が爆発したり、何故かバスジャックにあったり。
 何故か? そんなの決まっている。僕がいるからだ。
「……はは」
 小さく笑うと、口を覆ったマフラーに吐息が篭り、入れたままの指先が少し温かくなる。
「はぁ〜」
 もう一度、今度は意識して長く息を吐く。指先からじわじわと温かさが広がる。
 けれども、心配だ。ハプニングが少なかったということは、これから後に沢山待っているのかもしれない。今日はちょっと、勘弁して欲しい。
「あ」
 そんな事を考えていた時に、待ち人は来た。途端にこころが踊り、でも一瞬後には少しだけ悲しくなる。
「おはよ。梛織」
「……ああ、おはよう。リチャード」
 黒のフォーマルスーツを着崩して更にゆるゆるのネクタイというその格好は、フォーマルなのにラフという突っ込みたいものだったが、やめた。よく似合っていていいという理由と、もう一つ。梛織の表情がそうさせなかったからだ。
 そう。梛織が来た時に少しだけ悲しくなった原因。梛織はまだ、落ち込んでいた。本人に確認するまでもない、一目で分かる。
「何食べようか。コンビニとか?」
 明るく努めて、僕は言う。
『わざわざ待ち合わせまでしてコンビニ!? いいのそれで!?』
 梛織はそんな突っ込みを入れて、ははっと口を緩めて笑う。
 ――はずなのに。
「うん……? ああ、そうだな」
 僕の目から少しだけ視線を逸らして、そう言うのだ。
「なんてね、冗談だよ。喫茶店、いこうか」
「……ああ」
 歩き出した僕の半歩後ろを、梛織が歩く。なんだか、ぎこちない。
 あの日から、梛織は傷を負って苦しんでいる。未だに癒えないその傷は、別の傷を生む。
 いくつものことで傷ついている梛織を見るのが、どうしようもなく痛かった。

 喫茶店に着いた時には、会話はすっかりとなくなっていた。最初こそ僕が色々と話しかけていたけれど、話しかけるたびに梛織を苦しめている気がして、途中からはずっと話せなかったのだ。
 テラスの席について、ランチのセットメニューを注文する。梛織も同じものを頼んだ。
 やがて注文したメニューも届き、食べ始める。話を切り出せない僕に、梛織が気が付き、何気ない話題を振ってくれる。けれど、僕の返事に、申し訳無さそうに梛織が顔を伏せる。笑えないのを苦しんでいることなんて、すぐに分かった。
 いやだ。
 こころが、痛くなる。
 会話の無いことが嫌な訳じゃない。辛そうな梛織を見るのが、嫌だ。
 ここに来る前に、決めていた事が一つあった。
 その事を、これからすることを考えると、少しだけ手が震える。
 それを言ったらどう思われてしまうか。余計に傷つけてしまうかもしれない。
 自分なんかが、口を出してもいいのだろうか。名前すらなかったただのモブが、物語の主人公である梛織に。
 それでも、このまま見ている事なんて出来なくて。
 ぎゅっと拳を握って、僕は口を開いた。
「……梛織の、馬鹿」
 小さな声は、少し震えていたかもしれない。
「うん? ……あぁ、ごめん」
 梛織は一度僕を見て、やっぱり顔を伏せて続けた。
 そんな梛織を見て、こころが昂ぶった。気がついたら、大きな声で僕は叫んでいた。
「梛織のバカ……っ!!」
 びくりと顔を上げて、梛織が僕を見た。
 大きく、その目は見開かれていた。


                   ★


 思考もろとも大きな金槌で叩かれたような。
 その一瞬。恐らく俺は何も考える事が出来ていなかった。
「梛織のバカ……っ!!」
 ガタンと、テーブルに手をついて立ち上がり、リチャードが叫んだ。こんなリチャードは今まで見た事無かったし、こんなことをするなんて考えた事も無かった俺は、驚いて声すら出なかった。
 勢い良く立ち上がった拍子に白いマフラーがダッフルコートの茶色ににはらりとかかる。
 カフェオレみたいだ。
 蘇った思考は初動動作にそんな場違いなことを思い浮かべ、すぐに正常にもどっていく。
 少し上に視線を向けると、荒い息のリチャード。怒ったような。でも泣いているような顔。そこで初めて、俺は自分の失態に気がついた。
 あぁ。やっちまった。
 笑えない状態で、今日の日に来るべきじゃなかったのだ。今日は俺とリチャード、二人の誕生日。笑わないといけない日だ。それでもリチャードと会うことを望んだ俺は、結果、こんな形でリチャードを傷つけて。
 ふと気がつけば、俺たちの席に注目が集まっている。出来事を考えると当たり前かもしれない。自分だってこんな状況に遭遇したら一度くらいは目を向ける。見続けるかどうかはその状況次第だろうけど。
 それでもリチャードは、そんな視線にも気がついた様子は無く、あの怒ったような泣きそうな目で俺を見ながら、ゆっくりと席に着く。
「あのこと、知ったとき……凄く心配した」
 こころの奥から吐き出すように、まっすぐに俺を見てリチャードが言う。
 あのこと。きゅうと、こころが締まる。途端に申し訳なくなり、俺は答える。
「……ごめん」
「違う。そういうことを言いたい訳じゃなくて。一歩間違えれば梛織がキラーになっちゃってたかもしれないとか。もしかしたら命そのものだって……!」
 言葉を詰まらせて、リチャードは小さく首を振ってから続ける。
「……違う。こういうことが言いたい訳でもなくて。今日会った時も梛織がこんな状態だったら言おう言おうって、考えてたのに。口に出してみると纏まらなくて」
 感情を露わにして喋り続けるリチャード。何もいえずに、俺はじっと聞いていた。
「正直に言うと、少し怒ってた。梛織は勝手だよ。人のことばっかり大事にして、自分を傷つけてまで」
 でも。と。リチャードは続ける。
「色々考えた後に、それでいいんだ。って、僕は思ったんだ。だからそのことに関しては、もういい。少し怒ったりもしたけど、僕の知ってる梛織だったら、あの時あの行動以外の選択肢は無いし、そんな梛織が僕は好きだ」
「……」
 言葉が、出ない。
「だけど、今の梛織は梛織じゃないよ。苦しいの、すごく分かる。ううん。きっと僕の考えている何倍も苦しいんだと思う。誰よりも優しい梛織だから。でも、ごめん。嫌な事言うよ?」
 釘を刺してから、リチャードが続ける。
「梛織がそんな状態で、次のチャンスが出来た時に、梛織のしたいこと、出来るの?」
「――っ!」
 その言葉に、はっとする。
「こんな事言って、ごめん。でも梛織だから言う。梛織だから言いたい。梛織のしたいこと。止めたいけど、止めないよ。それが梛織だから。だからさ、頑張って。……こんなこと言うの、無責任かもしれない。大したこと出来ないくせに、頑張ってってだけ伝えるなんて。僕にできる事、少ないと思う。でもさ……。悲しいこと、一人で抱えてないで、僕に言ってよ。嬉しい事だって勿論さ。知ってる、梛織? 誰かと分かち合う事で、悲しいことは半分に。嬉しい事は二倍になるんだよ」
 リチャードが喋っている長い間。何も考える事が出来なかった。色々な気持ちがぐちゃぐちゃに混ざって。でも確かなものが一つ。強く、強くこころに浮かんで。
「何があっても、僕は梛織を待ってるから。だから、一緒に歩こう?」
 突然に気がついて、俺は片方の手で目を覆う。
 ああ、やばい。
 片方の目から、ほんの一滴だけ。頬から顎を伝い、テーブルへと落ちた。

 どのくらい経ったろう。気持ちの落ち着いた俺は、目を覆った手をよける。眩しい世界の中で、リチャードの笑顔が俺を迎えてくれた。
 こころに、何かが灯るのを感じた。久しく感じていなかった気がする。
「ありがとう」
 鏡を見なくたって分かった。
 自分が自然と笑えていたことを。


                   ☆


「ええっと、赤、青、青、緑、赤、みど――っ! ちょっと、はや……! 梛織そっち!」
「わか……っ! ちょっ。余裕ない!」
 バシバシと、響く音楽に合わせて叩くボタンの音が忙しなくなるにつれて、梛織も僕も早口になる。
「あ、ちょ! ちょ……っ! やば」
 ありゃ、と。止まってしまった音楽に梛織がこっちを向いて笑う。
 とても自然に。
 喫茶店を出た僕達は聖林通りを歩いて店をひやかして回った後、ゲームセンターに来ていた。今やっていたのは音楽に合わせてボタンを叩くゲーム。二人で挑戦できるタイプのものを、僕は梛織と一緒に挑戦していた。
「なかなか難しいな、これ」
「だね。歩きつかれて入ったゲームセンターなのに、余計に疲れちゃうね」
「ほんと。意外と重労働」
 既に十分ゆるゆるなネクタイを緩める仕草で、梛織。目が合って不意におかしくなり、二人で笑う。
「あはははっ」
「よーし、次はあっちのゲームで……って、あれあれあれ?」
 別のゲームに向かおうとした梛織が変な動きで今まで遊んでいたゲームに戻る。と思ったら、僕も何もないはずなのに何かに引っ張られるように梛織の隣、ゲームの前に立たされる。
「え? え?」
「なん……だ、これ」
 後ろを向いて歩く梛織。けれど、その足はちっとも前に進まない。その場で足を動かしているだけだった。
 それは僕のほうも同じで、前に進もうとしても足が空回るだけでちっとも進めないのだ。
「まさか……」
 恐る恐る振り返ってゲーム画面に視線を向ける梛織。同じように僕も見る。するとそこには、コインも入れていないのにさっきと同じゲームが開始される。
「もしかして……これってクリアするまで開放されないとか、そんな系?」
 画面を指差して、梛織。なんだか僕も、そんな気がしてならない。
「……なのかなぁ。どうしよう、梛織」
「どうしようったって、クリアするしかないよなあ。ま、タダで遊ばしてくれるってなら歓迎だろ」

「なぁ、リチャード……」
「なあに、梛織」
 僕達がゲームセンターから解放されたのは、それから二時間は経ってからだった。その間ずっと、同じゲームをやりっぱなし。クリアしては課題の難度をあげられ、その繰りかえし。
「なんか色とりどりのバーが振ってくる幻覚が見えるんだけど、これヤバイかな?」
 どっしりと疲れたような声で、梛織。
「僕も同じだから、大丈夫……な、はず?」
 同じような声で、僕も返す。
「晩御飯どーしよ。俺の事務所で食べるか? なんかソファーに寝転がりたい気分」
 梛織のその言葉に、僕ははっとして時計を確認する。その仕草に気がついた梛織がはてな顔で訊ねる。
「うん? なにかあんの?」
「あ、うん。ちょっと付き合って貰ってもいい? 梛織」
 いいけど? と、不思議そうに返す梛織を見るのが、おもしろくて仕方なかった。知った時、梛織はどんな顔をするかな。と。はやる気持ちを顔に出して感ずかれないように。僕は勤めて普段通りに振舞ってある場所へと足を進める。
「……? リチャード。何か嬉しい事あった?」
「……っ!? なな、なんで!?」
「いや、なんとなく?」
 どきりとしながらも、それ以上追求される事はなく僕達は歩を進める。
 海岸沿いを歩き、やがて見えてきたのは高級そうなホテル。銀幕ベイサイドホテル。
 中へ入り、フロントへと向かう。こんなとこに用事? そんな梛織の声を聞きながら、受付の応対に話しかける。
「予約してました、リチャードと梛織です」
「リチャード様に梛織様ですね。少々お待ちください」
 そう言ってモニターを確認する受付。梛織を振り返ると、梛織は口をぱくぱくさせて何かを喋っている。
「リ、リチャード……おまえまさか」
「うん。予約しちゃった」
「しちゃった。って、そんな。買い置きのお菓子食べちゃった。みたいに……」
 驚いたように言う梛織。そのまま確認の終わった受付からキーを受け取り、エレベーターに乗り込んで部屋へと向かう。
「うわ。すごいなこれ……」
 部屋に入って梛織。あらかじめ本で部屋を確認していた僕も、その豪華さに驚く。
「ベッドもふかふかだし。持って帰ったらダメかなこれ」
「はははっ」
 僕がコートを脱いで掛けている間、梛織はベッドやソファーと一通り確認した後に、僕のほうに向き直り、少し言いにくそうに訊ねる。
「それで……リチャードこれ」
「僕の奢り。地道な安心タンス貯金」
 だから心配しないで。と笑ってみせる。が、そんなわけにいかないと梛織も返す。
「確かに俺の誕生日だけど、リチャードの誕生日でもあるんだ。俺だけ奢ってもらう訳にいかないって」
「じゃあさ」
 うん? と、梛織が返す。
「来年のこの日は、梛織が奢ってよ」
「来年……」
 僕の言葉を繰り返す梛織。けれどすぐに、にっと笑って続ける。
「……だな。それで再来年はまたリチャードな」
「うん。勿論その次は梛織で、そのまた次は僕」
 いいな、それ。と二人で笑う。
 ここは銀幕市。二人はムービースター。
 けれどもどちらも、それについては何も言わなかった。
「ねえ、梛織。……僕」
 視線で返す梛織。僕は続ける。
「こんな風に誕生日を祝ってもらうの、一緒に祝えるの、初めてで」
 感謝しても、本当にしたりない。どうしたら僕の気持ちが全部梛織に伝わるのかが分からなくて。
「俺もだよ」
 梛織がそう答える。
「こんな言葉でしか伝えれないけど。梛織には本当に感謝してるんだ」
「俺もだよ。なんて言えばいいのかな、親友って、こういうものなのかな。って。ありがとうな」
 笑顔で、梛織が言う。それだけで十分だった。


                   ★


「なぁ、リチャード」
 目の前に広がった信じられない光景に、思わず俺はリチャードに尋ねる。
「どうしたの? 梛織」
 平然を装って返すリチャードだったが、バレバレだ。声が少し上ずっている。
「これ、ほんとに俺らの料理だよな? 部屋間違ったりしてないよな?」
 目の前の光景。それは豪華すぎるディナーだった。部屋に運ばれたのは二人分とは思えない量の豪華ディナー。
「多分、あってると思う。梛織、沢山食べると思って、料理のコースを少し変えたんだ」
 なるほど。うん、それなら。
「期待に応えなくちゃ、な」
「沢山動いてお腹も減ってるしね」
 ブレザーの上にテーブルナプキンを掛けながらリチャード。そういえば、なるほど。正装でと言ったのはホテルに来ることになっていたからだったのだ。
 ……しかし。
 首に回したナプキンを結ぶのに四苦八苦しているリチャードを見ながら、思う。
 ブレザーというのは、どうにも学生っぽく見えてしまう。まあ、似合っているという点ではバッチリなんだけど。
 やったよ、梛織。ナプキンを掛けてそんな視線で俺を見るリチャードを見ながら、俺もナプキンを掛ける。そして二人で乾杯する。
「誕生日、おめでとう」
 お互いが、お互いにだ。
 そうしてプレゼントの交換。リチャードからのプレゼントを受け取り、俺はリチャードに渡す。
「先に見るよ」
 そう言って包装を開けるリチャード。嬉しそうに声を出す。
「うわぁ」
 リチャードに贈ったのは、淡い茶色のセーターに写真立て。それにネクタイピンだ。
 リチャードはまず最初にセーターを広げて、自分に合わせてみせる。
「似合うかな?」
 笑いながら言うリチャードに、そのセーターは良く似合っていた。
 次に手に取ったのは写真立て。シルバーで縁取られたシンプルなそれは、“Happy Memory”との文字が彫り込まれている。一目ぼれして決めたものだ。
 最後のネクタイピンは、若者向けのデザインで、ターコイズが埋め込まれている。ターコイズは12月の誕生石で、お守りとしての意味のある石。いつも危険な事件に巻き込まれるリチャードにと、選んだものだ。
「ありがとう、梛織」
 まっすぐに向いて言うリチャードになんだか照れくさくなって、俺はリチャードからのプレゼントを開ける。
「これは」
 包みを開けてみると、そこには銀古美の懐中時計。細いチェーンのついたシンプルなものだ。
 懐中時計を少し眺めてみる。と、あることに気がつく。
 懐中時計と、ホテルの時計の時間が微妙に違うのだ。
「あれ?」
 丁度5分。ホテルの時計が狂っているとは考え難いので、懐中時計が5分間遅れているということになる。そしてそれを裏付けるようにリチャードも言う。
「ごめんね、梛織。その時計。一日に必ず5分だけ遅れちゃうんだ。時計としては微妙なものかもしれない」
「これは、5分前行動をしろってお告げかな。あ、でも次の日には10分、15分。ははっ。いや、いいよ。ありがとな、リチャード」
 時計としては微妙なもの。とリチャードは言った。と、いうことは、時計としての機能以外で、持っていてほしい理由があるということ。勿論。時計としてだって使えないわけじゃない。毎朝時間を合わせたっていいわけだし。
 けれどまあ、深くは考えずに。俺は食事で汚れないように懐中時計を仕舞う。
「それじゃあ改めて」
「うん」
「いただきます」

 夕食を食べた後、話したりぼんやりとしたりして過ごした後、年度変更に合わせて初詣をかねた散歩へと出た。
 途中、降り出した雪に。二人して立ち止まって空を見上げる。
「雪」
 灰色の空から静かに降ってくる雪は、まるで螺旋階段でも降りてくる様にゆっくりと、円を描きながら。
「なんだか、しんみりしちゃうよね。一年も終わりなんだなー。って」
「そうだなあ」
 空を見たまま、リチャードの言葉に答える。
「でもさ。俺らって得だよな」
「ん?」
 何が? とリチャードが俺を見る。
「だってさ。頑張った一年。その終わりに、最高の日が待ってるんだぜ? 毎年」
 きょとんと、俺を見るリチャード。けれどすぐにその表情が崩れて。
「あははっ。そうだね」
 そう笑っていた。
 再び歩き出して寺院に着いてみると、辺りは除夜の鐘を近くで聴こうという人々でごったがえしていた。
「うわぁ。すごい人」
「だなあ。あそこに並べばいいのかな。折角だからついていくよな?」
 そうだね。リチャードに確認をして二人で並ぶ。人数の割には、自分たちの手でつこうという人は少ないのか、前を見る限り108より前につけそうだった。
 ――ゴォーン。
「お。始まった」
 響き渡る鐘の音に、会場はがやがやと騒がしくなる。けれどそんな話し声などは意に介さないかのように大きな音で鐘は鳴る。
 ――ゴォーン。
 列は進み、やがて順番が回ってくる。
「緊張するね」
 言葉通りの表情でリチャード。
「思いっきり叩きすぎて、鐘が落ちてきたりしてな」
 はは、まさか。とリチャードが笑う。
 そうして二人で撞木の紐を握り。勢い良く後ろに反らし、力いっぱいうつ。
 ――ゴォォォォォォン。
 一際大きい音に満足してリチャードを見ると、リチャードも同じように鐘を見ている。が、その顔が不意にゆがみ、何かを呟いている。ん。と、聞き取ろうと耳を向ける。
「な、な、な、梛織」
 そうやってリチャードが上を指差すものだから。嫌な予感を感じならが俺は指された上を見ると。
「……マジ?」
 除夜の鐘が、俺たち目掛けて降ってきたのだった。


                   ☆


「なーおー。ど、どうしよう。これ」
 真っ暗な世界で、僕はそこにいるはずの梛織に向かって話しかける。
「どうしよったって……なぁ?」
 姿は見えないけれど、梛織の声。さっきの僕の声もだったけど、篭ったように反響している。
 そう。僕達は降ってきた除夜の鐘の中に閉じ込められたのだった。
 なんだって、こうも、次から次へと巻き込まれるんだろう。
 何度も悩んだそれは、もうきっとどうしようもないこと。自分ひとりならば諦めもつくけれど、他の人を巻き込んでとなると申し訳ない気持ちで一杯になる。
「ごめんね……梛織」
「ん? 何が?」
 呟いた言葉に、何気ないように梛織が返す。
「…………」
「ま、俺といるときはいいよ。なんとかしてやるし、刺激があって楽しいしな」
「うん。ありがと、梛織」
 ははっと笑って梛織。気を使ってくれる梛織の優しさが分かるから、素直にそれに甘える。
「それよりもリチャード一人のときが心配だよ俺は」
 その言葉に小さく笑って答え、二人でどうするかを考える。
「まぁ。すぐに助けは来るだろうし、今は」
「今は?」
 梛織が気になるところで止めたので、先を促す。すると梛織は、危ないから動くなよ。と言って何かをしている。それに気がついた僕がまさか、と思った瞬間。
 ――ゴォォォォン。
 鐘が鳴り響いた。
「ちゃんと終わらせてやらないとな。95回目だっけ?」
 内側から、蹴りで。梛織は鐘を鳴らしていたのだった。
 そうしているうちについにうたれた鐘も落ちてくる前から数えて107回になり。
「これでラストお!!」
 ――ガゴォォン。
 最後に放たれた梛織の蹴りは、鈍い音を伴って。
 除夜の鐘を、壊した。
 うっすらと灯った世界は、暗いところに居た所為か夜なのに明るく見えた。半壊した鐘の中から見たのは、きょとんとしている沢山の人達。
「……梛織?」
 恐る恐る、僕は梛織を見る。
 梛織は見たまんま、やっちゃったー。というような顔で外の人達を見ている。
「に、に……」
 に、に、煮干し? そんなことが頭に浮かんだ瞬間。
「逃げるぞ……!」
 梛織が僕の手を取って走り出す。
 いきなりの事につんのめりながらも、どうにかバランスをとって僕も走る。
「ごめんなさ〜い」
 そう叫びながら。


                   ★


「あんなもの弁償すれったって出来ないしなあ」
「まさか壊れるとは、ね」
 寺院から逃げ出した俺とリチャードは、次は初詣にと杵間神社の石段を登っているところだった。
「ひびでも入ってたのかな。まさか凍ってたなんてことはないだろうし」
 登る石段は、やはり人でいっぱいだ。列になっている石段を登りながら、俺はあることに気がついてリチャードに話しかける。
「ああ、そうだ。明けましておめでとう」
 さっきのごたごたで忘れていた。もう年は明けているのだ。
「あ、ほんとだ。明けましておめでとう」
「今年もよろしく」
 二人して言う。
 長かった列も少しずつ進んでいく、俺たちの順番が来る。
 ――チャリン。
 お賽銭を投げ込んで二拝二拍手。そして一拝。
 途中、片目を開けてリチャードを見てみると、同じようにしたリチャードと目が合った。向こうもそう思ったのだろう。バツが悪くなって慌てて目を閉じる。
「さて。御神籤引こうか」
「だね」
 御神籤の売り場に向かい、御神籤を引くと、売り子の巫女がリチャードの顔を見て声を掛けた。
「あら。あなたは」
「あ、どうも」
 そのまま軽く話し込む二人。聞こえてくる会話から察すると、どうやらここ最近、リチャードは頻繁にこの神社に通っていたようだ。
 何が、という訳ではないけれど、どうにも釈然としない何かを感じる。けれど、出来るだけ顔には出さないように押さえ込む。
「それで。例のものは役に立っているのかしら」
「わああぁ。ダメです。ダメです。ストップ」
 巫女の言葉に、リチャードが慌てたように止めようとする。突然だったので気になってリチャードを向くと、リチャードは巫女の口と俺の視線の間に手を挟むようにしてその顔は俺を見ている。
「ん?」
 どうかした? といった俺の顔を、巫女が覗き込む。
「なるほど〜。この人に」
「なんでもない! なんでもないよ梛織!!」
 はてな顔の俺に、リチャードが慌てて言う。
「はーい。それじゃあ心臓に悪い話はこの辺にして。次の方〜」
 からからと笑って次の客に御神箱を差し出す巫女。ふう。と胸を撫で下ろしたリチャードが背中を押すので、俺も離れていく。
「さて、おみくじおみくじ」
 気にはなったが知られたくない事っぽいので、俺も自分の御神籤を開ける。
「お。へっへー」
 ちらりと見た後、そこに書いてある文字をリチャードに見せる。
「大吉。リチャードは?」
「うぅ……これ」
 呻いて見せるそれには、しっかりと大凶の文字。やっぱりー。と落ち込むリチャードを慰めながら、その御神籤を結ぶ枝に歩いていく。
「ちょい、見せて」
 枝の下に着たとき、そういって俺はリチャードのおみくじを受け取る。そしてそのまま自分のおみくじと重ねて枝に結ぶ。
「え、梛織。いいおみくじは結ばなくてもいいんだよ」
「違う違う。大吉と大凶だろ? 一緒にしておけば小吉くらいにはなるだろ」
「梛織……」
「誰かと分かち合う事で、悲しいことは半分に。な?」
 二人。石段を下る。
 もうすぐ朝日が昇る。二人の誕生日が過ぎていき、新しい一年が始まる。
 その一年は、去年の一年とは違う。けれども同じ、大切な一年。
 ふとリチャードを見ると、リチャードもこっちを向いて微笑んだ。
 だから俺も、同じように微笑んで返した。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。
誕生日プラノベのお届けにあがりました。

そう。まず言いたいことは。
誕生日おめでとうございます。
そして、明けましておめでとうございます。
今年もどうか、よろしくお願い致します。

あぁ。絆! 絆! 絆!
いいですよね。絆。

と、暴走してしまわないうちに話を進めましょうか。長くなるお話しは後ほどブログにて……。

そうそう。今回、人称を少し特殊な方法で描きました。
一人称なのですが、視点が変更していくという感じで。
☆と★が視点変更の合図です。
少し読めば分かるようにはしたつもりなのですが、一応。

最後となりましたが、この度は素敵なプライベートノベルのオファー、有難うございました。
もう書いている間中しあわせいっぱい。お二人の絆が素敵過ぎます。

と、それではこの辺で。
オファーPL様が。ゲストPL様が。そしてこの作品を読んでくださった方が、ほんの一瞬だけでも幸せな時間と感じてくださったのなら、私はとても幸せに思います。
公開日時2009-01-01(木) 00:00
感想メールはこちらから