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<ノベル>
なんだって、こう……。
意図的に。鳳翔 優姫は苦笑してみせる。
歩く通りは聖林通り。そして視界の先には、ハート。ハート。ハート。そしてチョコ。
別にハートのモチーフが目にするのも嫌なほど嫌いな訳じゃない。チョコレートにしても然りだ。
ならば何が。こうして気に入らないのだろう?
決まってる。
優姫が目にした先、ハートのチョコが描かれたのぼりに書かれたその文字。
St. Valentine's Day
2月の14日。そう、いわゆるバレンタインデーだ。
この日が嫌いかと問われれば、NOと答えるだろう。ただ、この日をこんなに盛り上がる日とした習慣を作った張本人が今目の前に現れたのなら、およそ容赦無しに殴ってしまうかもしれない。
それは何故か。
この日、2月14日は優姫の誕生日だからだ。
誕生日が、年に一度、無条件にはしゃいでもいい日だとするならば、これはおかしい。
優姫の周りには、浮かれたように通りをあるく人々。それらの人々はみな、今日が誕生日なのだろうか?
そんなはずはない。
いわば、自分だけの特権のはずなのだ。今日を無条件にはしゃいでもいいのは。
「……ふぅ」
小さな溜息が優姫の口から漏れる。
優姫自身、分かってはいるのだ。自分はただ、むくれているだけ。
別に今まで全ての誕生日をむくれて過ごしてきた訳じゃない。ただ、今日に限って祝ってくれる人達が揃って忙しく、手が空かなかっただけ。
むくれるには十分な理由。そうじゃないだろうか?
もしもこの場に同じような境遇の人がいたのなら、きっと同じようにむくれているに違いない。
ほら、あの人みたいに。
丁度前から歩いてきた人の顔を見て、優姫はほんの少しだけ気が晴れる。
優姫の視線の先。可愛い顔をぷくーっと膨らませて歩いていたのは、リゲイル・ジブリールだった。
それも偶然というかなんというか。リゲイルも今日、2月14日が誕生日であり、優姫と同じように知り合いが揃いも揃って忙しかったのだ。それで同じように、ぶらりと市街へと出てきたのだ。
けれど、お互いにお互いのそんな事情などは知らず、二人はすれ違う。
――その時。地面がぐらりと大きく揺れた。
優姫は咄嗟に振り向き、バランスを崩して今にも転んでしまいそうなリゲイルを後ろから支える。
「……ぇ? あ、ありがとう」
突然の揺れに戸惑い、後ろからの手助けに驚き、それでもリゲイルは首で後ろを振り向いて優姫を見ると、にこっと笑ってお礼を言う。
「いいよ……ところで」
リゲイルの笑顔を見て、ついさっきまでのぷくっとしたリゲイルの顔を思い返した優姫は、なんだか面白くなって冗談に訊ねてみた。
「きみ、今日が誕生日だったりする?」
「え……」
どうして分かったの? リゲイルがそう返そうと口を開いたのと同じ時。二人の意識は、飛んだ。
「う……ん? え!?」
じわじわと覚醒を始めたリゲイルの意識だったが、目の前の光景に急激に目が覚めた。
「……僕としては、あと一、二分は眠っていて欲しかったかな」
どこかバツの悪そうに言った優姫の顔は、リゲイルのごく近くにあった。そしてその手はリゲイルの着ている黒×オフホワイトボーダーのパーカーにのびて……。
「え?」
そこでリゲイルは気がつく。自分の今日の服装はパーカーではない。コートの下には丁度目の前の女性が着ている様なネイビードットのブラウスだったはず。
「……え? え?」
訳が分からなくなって固まるリゲイルに、やはりバツが悪そうに優姫が口を開く。
「一応言っておくと、服を取り替えたのは僕じゃないし、今は襲おうとしている訳じゃないからね?」
「う……ん」
頭が巧く切り替わらないリゲイル。優姫の言葉を思い出し、二人の服装が入れ替わっている事に気がつく。そういえば憶えている記憶の最後に見たのは今自分が着ているパーカーにカーゴパンツ。そして自分が今日選んだ服はネイビードットのブラウスにスカート。
「随分大きなバッキー。きみ、ムービーファンだよね? 見れば分かると思うけど、どうやら僕達――」
リゲイルの思考が働いてきたのを顔で確認した優姫は、立ち上がってリゲイルから離れる。そしてそのまま横を向いて先を続ける。スカートのフリルが一足遅れて優姫に着いていく。
「――ハザードに巻き込まれたみたいだよ」
二人の目の前には、まるで迷宮内に迷い込んだように壁に挟まれた道が続いていた。
それは、ある男女の物語。
街娘であるユウヒは、年頃の街娘なら皆そうであるように、街でも話題の青年騎士であるリゲルに恋心を抱いていた。
一方それはリゲルも同じで、いつも自分を見守っていてくれるユウヒに想いを寄せながらも、それを伝える事が出来ずにいた。
しかし、厳格なリゲルの父は、それらのお互いの感情はリゲルの騎士道の精進に邪魔になると考え、リゲルには内緒でユウヒに過酷な条件を与えるのであった。
それは遥か東にあるという、チョコレートと呼ばれる食べ物を無事、持ち帰って来いという条件だった。それを持ち帰った時――
「――リゲルとの婚約を認めるというリゲルの父の言葉に、ユウヒは旅に出る決意を固めるのであった。…………だって。なに、コレ?」
読んでいた本から目を離し、訝しげな顔を作る優姫。
それは一般的な本で、どちらの持ち物でもないのだが、どういう訳かいつの間にか持っていたものだ。ちなみに本の内容は優姫が読んだ所で途切れている。
「うーん……。どこかで聞いたことがあるようなないような」
小さく唸って考えるのはリゲイル。両方の人差し指でこめかみを押さえてグリグリと回している。
「ま、なんとなく予測はつくけどね。名前とかも露骨だし……。きみ、リゲルっていう名前、もしくは良く似た名前じゃない?」
「え。どうして……って、そっか。この本ね。わたしはリゲイル・ジブリール。今更になっちゃったけど、よろしくね」
優姫から本を受け取ってパラパラと眺めて、リゲイルが言う。
「僕は優姫。鳳翔 優姫。よろしくね」
二人はお互いに自己紹介をした後、身体の具合や能力の具合。自分に異常が無い事をそれぞれ確かめ、とりあえず本のことは後回しにして迷宮内を歩きだす。
「〜〜♪」
「…………」
探検気分でにこにこ顔のリゲイルと警戒半分不満半分といった優姫。言うまでも無いがハザードへの警戒だ。では残り半分の不満はというと、既に10分程歩いているのに何一つ変わらない道への不満と、未だ交換されたままの服装。つまりは現状への不満だ。
話し合った結果、服についてはそのまま進む事にした。交換された状態のままということだ。こういう状態で来たということは、何か意味があるのだろうと。本の中ではリゲルが男役でユウヒが女役だった事だし。
一応脱ぐ事は出来た。リゲイルが目を覚ます前に優姫は入れ替わっていたコートを脱いでみたのだ。
更に10分ほど歩いた所で、ようやく道が拓けた。大きな部屋のような場所に出たのだ。
部屋のような。というのは、その表現が非常に曖昧だったからだ。
天井はある。ずっと向こうにまた壁に挟まれた通路が延びている。だからきっと、部屋なのだ。けれどそこは、一言で表すのなら、川だった。部屋の左から右に水が流れている。
「……」
拓けた道を確認した時なんて嬉しそうに走ったリゲイルだったが、出くわしたのが川だ。反応に困って優姫を見る。軽く肩をすくめて見せて優姫が返す。
「……川?」
「……だね」
見たまんま、川だ。辺りには木が茂っていて、この水が何処から流れてきて何処へ流れていくのかは良く分からない。
「超えて行けっていうことだよね? 多分」
「だと、思う。うん。結構深い」
都合のいい感じに水面から顔を出している石を見ながらリゲイル。その言葉に川に近寄って優姫。
――バササッ。
「――っ!」
重い羽音に優姫が身構える。一呼吸遅れて不恰好な鳥のような生物が左の茂みから飛び出す。
「……?」
バランスの悪い三つの羽でよろよろと飛んでいく鳥を見て首を傾げるリゲイル。どうにも腑に落ちない様子だ。
「なに?」
そんなリゲイルの様子に気がついて優姫。
「今の鳥、どこかで見たことがあるような気がする」
「元となった映画があるはずだから、それじゃない? 僕ははじめて見たよ、あんな変な鳥」
それよりこれ。と優姫が川を見て続ける。
「大丈夫?」
活発そうではあるが、リゲイルは普通の女の子。石を飛んで川の向こう岸まで行くなんて平気だろうかと優姫は心配していた。
「うん」
大丈夫。リゲイルの言葉に、優姫が川へと向かってジャンプする。トントンと軽やかに石を移り変わりあっという間に川を越える。
――が、川を越えたはずの優姫の姿は、どういう訳かリゲイルの隣にあった。
「え?」
キョロキョロと辺りを見回して優姫。確かに石を飛んで渡ったはずなのに、渡る前へと戻されている。
「おっかしいなぁ」
そうひとりごちて、もう一度同じように飛んでみる。が、やはり向こう岸に着いた所で戻されてしまう。
「別のことをしろ。って意味だよね」
とは言っても。と優姫は部屋内を見回して別の可能性を考える。
「もしかして」
そこへリゲイルが閃いたようにしてぴょんと飛び出す。
「わ……っと」
不安定な足場にバランスを取りながら石を進むリゲイル。少しばかり不安そうに優姫がそれを見守る。
最後の石を蹴り、リゲイルが着地する。そしてゆっくりと辺りを見回す。
「やっぱり!」
優姫の時とは違う結果に、リゲイルが声をあげる。
先にリゲイルが渡らなければならない。つまりはそういうことだった。
「なるほどね」
次に優姫が渡る。トントンと軽やかなステップであっという間に石を飛ぶ。
「あれ……? あ!」
優姫を見ながらなにか違和感を感じるリゲイル。そして唐突に思い出す。
リゲイルは、このハザードの元となった映画を知っていたのだ。本にあった冒頭に不恰好な鳥、今体験している川越えの場面。そしてバレンタイン。
「足元、気をつけ……」
そうして思い出したこの先の展開。たしか映画の中では。
「――え」
そう。こんな風に足を滑らせた優姫の手をリゲイルが咄嗟に掴んで。
――バシャーン。
二人一緒に水の中。
「ごめん、大丈夫?」
半身を川に座ったままで優姫。
「うん。この映画のこと、思い出した」
「こうなる結果だったってこと? それならあと1秒早く思い出して欲しかったかな」
冗談っぽく優姫が続ける。
「そうしたら、コートは脱いで飛んでた」
笑って言う優姫に、釣られてリゲイルも笑う。
「あははっ」
可笑しくなって、二人はしばらく笑い合っていた。
無事に(?)部屋を抜けた二人は、また長い通路を歩いていた。幸い、迷宮内は結構暖かく、とりあえず風邪の心配は無さそうだ。
「バレンタインの起源をモチーフにした映画で――」
歩きながら、リゲイルは記憶に残っているこの映画のことを優姫に話す。
かいつまんで話すと、映画自体はどちらかといえば童話風なもので、とある男女の物語がバレンタインの起源となっているというものだ。
「ということは、僕はめでたく女性役を割り当てられたってことだ」
スカートを軽くつまんで優姫。
恐らくは優姫の格好がどちらかというと男性っぽかったので、二人の格好が入れ替わったのだろう。と二人は予測する。
「露骨に嫌味っぽいね」
普段から男と間違われる事も多いし、その手のことは大した気にしていない優姫だったが、なんだかなあと小さく溜息をつく。だってどう見たってこの場合、リゲイルが女役ではないだろうかと。
「それに……」
優姫が気に食わないのはそれだけでは無い。元々バレンタインにむくれていた所だというのに、こんな風にバレンタインの物語を強制的に演じさせられているのも、はっきり言って不快だった。
「ほんと、やってられない。投げ出しちゃおうかな。そのうち終わるよね」
立ち止まってふう、と溜息。
「嫌味……って?」
何が? とリゲイル。先ほどの優姫の言葉に対してだ。どうやら優姫の意図は伝わなかったらしい。
「うん? ……なんでもないよ」
改めて説明する事でもないと誤魔化した優姫の口は、少しだけ緩んでいた。
「誰かの解決を待つなんて勿体無い! 行こう。きっとこれから楽しくなるよ」
男役を割り当てられたリゲイルは、なんだか自分が王子様になったような気がして、ウキウキで優姫の手を取って進んでいく。
「あ、ちょっと」
手を引かれて仕方なく歩幅をあわせる優姫。こめかみを小さく掻き、なんだか調子狂うなぁ。と小声で呟く。
でも、今のこの姿は。
第三者がもしいれば、外から見える印象を優姫は意識する。
この役割宛ても、案外適切だったのかもしれない、と。
「……あれ?」
それに気がついたのは、リゲイルだった。
「続きが出てる」
なんのことはない。本の事だった。
ハザードに巻き込まれていつの間にか手にしていた本。その本の続きがいつの間にか書かれていたのだ。
「やっぱり? えーっと、どれどれ」
横から覗き込む優姫に、リゲイルが声に出して読んでいく。
「旅支度を終えて街を出たユウヒ。街から出て東の――」
――東の森へと入っていくが、その足は川に阻まれてしまう。
どうしようかと迷っているユウヒの前に現れたのは、なんとリゲルだった。リゲルは偶然、旅荷物を背負って街を出るユウヒの姿を見つけ、後をつけていたのだ。
リゲルは川で立ち往生しているユウヒから事情を聞き、それならば自分も一緒に行くと言って水面に出ている岩を伝って川を渡って見せたのだった。
リゲルと同じように渡ろうとするユウヒ。しかし最後の岩を蹴った所で足を滑らし、それを支えようとしたリゲルもろとも川へと転んでしまう。すっかり水浸しになってしまった二人は、そこで急に可笑しくなり、二人で笑い合うのであった。
「これって……」
「さっきの僕達のやったことだね」
読み終わったリゲイルの言葉に、優姫。
「これを完成させる事がハザード解決に繋がるのかな。そんな気がしない?」
「わたしもそんな気がした」
はぁ。と溜息をつく優姫に小さく笑ってリゲイル。次はどんなことがあるのかなあと楽しそうにしている。
それからも幾つかのアトラクションをこなしながら、二人は少しずつ本を完成させていく。
森を抜けたら次は山。過酷な岩の道を上ったり。魔物が住まう、谷を抜けたり。
そしてやがて二人は目的地である東の国へとたどり着く。
「本の方は、どう?」
新しい部屋に行き着いたところで、優姫が訊ねる。
「あと少し。もうそろそろ完成だと思う」
ぱらぱらとページを捲りながらリゲイル。本のほうは残り数ページになっていた。
「これで終わりだといいんだけど……」
言いながら辺りを眺める。そこは大きな図書館のような場所で、壁中が本棚になっていて所狭しと本が並べてある。
「普通の本、かな」
適当に本棚から一冊を抜き取ってリゲイルが言う。
「まさか、これ全部読めって言う訳じゃないよね」
と、優姫。僅かに口元が引きつっているのは、今までの流れなら十分に有り得るからだ。
「あははっ。まさか」
歩いているうちに、部屋の出口へと着く。そこにはイーゼルがあり、開かれた本が乗っている。
そしてどこからか(恐らくはそのイーゼル上の本なのだろう)声が聞こえる。
――問いその一。一般的なバレンタインデーの由来とは。
「……?」
思わず、はてな顔で見合わせる二人。
「一般的……?」
「と、言うと。映画外ってことだよね? 映画内だったらまだ分からないしね。この映画がバレンタインの起源をモチーフにしてるから」
話し合う二人。ここに来て普通のクイズが出てきた事に驚く。
「うーん。なんだったっけ。聞いた事はあるんだけど……」
忘れちゃった。とリゲイル。
「もしかして、この部屋の沢山の本はこの中から答えを探せって事なのかな。親切というかやりすぎというか……こんな大量の本をいちいち読んでたらおばあさんになっちゃうよ」
もう一度部屋を見回して肩をすくめる優姫。そして記憶にあるバレンタインの事を言葉にしていく。
「知識としてしかしらないけど。聖バレンタインの日。ウァレンティヌスが処刑された……殉教した日とされているね」
バレンタイン。そしてそれにまつわる話を少ししたところで、イーゼルの本から正解との声が聞こえる。
「おぉ〜」
感心したようにリゲイルが優姫に話しかける。すごいすごい。と嬉しそうに手を叩いている。その素直なリゲイルの称賛に優姫は少し照れたようにこめかみを掻く。
「いや、たまたま知ってただけだよ」
――問いその二。川に生息していた鳥の羽の数は。
今度は映画内の問題。二人は川で見た不恰好な鳥を思い出して話し合う。
「羽? 何枚だったっけ。さ……ん、枚?」
「だった気がする。そんなバランスの悪い数で飛べるのかなって思ったから」
自身無さそうに言ったリゲイルの言葉を優姫が肯定する。
「三枚」
そう結論付けて、二人は答える。正解。とイーゼルの本から答えが返る。
出される問題は映画内、外、それも普通の問題からなぞなぞと呼べるレベルのものまでと多岐にわたった。二人は何度か長考しつつもなんとか部屋の大量の書物は開くことなく進めていく。
――それでは、最後の問いです。
「……!」
最後の。その言葉に二人が反応する。
――二人の願いは。
「……願い?」
どういうこと? というニュアンスで優姫とリゲイルの声が重なる。
「婚……約?」
順当に考えれば、そうだろう。二人はその為に旅を始めた。しかしイーゼルの本から正解の言葉はない。
「何か知ってる?」
映画内でその類の手がかりはあった? と優姫がリゲイルに聞く。リゲイルは少し考える仕草をするが、小さく首を振る。
「ごめんなさい。ちょっと憶えてない。……そんなのあったかなあ」
ありがとう、と考え込む優姫。
「幸い、間違えてもペナルティはないみたいだし。とりあえず思いつくもの言ってみようか」
「うーん。あ、旅を続けたい」
「早く旅を終わらせたい」
「美味しいものが食べたい」
「お金持ちになりたい」
ぽんぽんと言ってみるが、どれもHITしない。それどころか段々と正解する見込みも無さそうな答えになっていく。
「願い……願い。まったく。禅問答じゃないんだから……」
はぁ。と大きく肩をすくめて優姫。ちらりと部屋の本棚を見回して首を振る。
「ヒントとか……ダメ?」
イーゼルの本に話しかけるリゲイル。返答はない。
刻々と、時間だけが過ぎる。優姫はじっと目を閉じて答えを考え込み、リゲイルは手に持っている本をぱらぱらとめくりはじめる。
リゲルとユウヒの二人は、ついにチョコレートがあるという東の国へと辿り着く。
チョコレートはその国では誰もが手軽に手に入れれる食べ物で、二人も簡単に手に入れることが出来た。
ユウヒはチョコレートを手に、リゲルとの旅の事を思い出す。
様々な事があった。最初はリゲルとの婚約を認めてもらおうと一人で旅に出たのだが、リゲルが追いかけてきてくれた。
二人は思う。
もしも、チョコレートを手に入れることが出来なくても。二人の想いは、覚悟は決まっていた。
だからそれは、一種の儀式のようなものだった。
リゲルに向かい合ったユウヒの手にはチョコレート。そしてそれを差し出し、何かを呟く。
チョコレートを受け取ったリゲルは、にっこりと笑顔を見せ、こくりと一つ、頷くのであった。
「やっぱり、増えてないかぁ」
落胆するようにリゲイル。もしかしたら本にヒントが載っていないかと思ったのだ。
「映画もこんな感じのラストで終わってたし、こっちの本ももうページ残ってないし。ヒントはないのかなぁ」
うーんと唸るリゲイルのその言葉を聞いて、目を閉じていた優姫がぴくりと動いた。
「……?」
ゆっくりと目を開けてリゲイルの持っている本を覗き込む。
「もうページがない……?」
「え、うん」
本のほうは最後のページまで文字が浮き出ていて。もう一ページも残っていなかった。
「と、いうことは。もう映画は終わっているんだよね? それなのに問題は続くの?」
そういえばおかしいね。リゲイルが答える。
「ねぇ、もう一度。最後の問いを言ってもらっていい?」
優姫がイーゼルの本に向かって話しかける。少しの間を置いてイーゼルの本から声が聞こえる。
――二人の願いは。
「…………」
「ねぇ、これ。リゲルとユウヒとは言ってないよね? もしかして」
あっ、と。お互いに顔を見合わせる。どうやら二人とも気がついたみたいだった。
「だいじょうぶ?」
「うん」
1,2,3.とリゲイルがカウントを取る。そうして二人の口から出た言葉は。
「Happy Birthday」
「…………」
変わった視界に、二人は安堵の息を着く。
「本当に誕生日だったとはね」
「すごい偶然」
二人が立っているのは、銀幕市の聖林通り。ハザードに巻き込まれたところと同じところだった。服も元通りに戻っている。
二人は無事に戻ってきたのだった。
「楽しかった」
「……ま、気分は晴れたかな。でももう、こりごりだ」
お互いを見合い、思わず笑いが漏れる。
「そういえば、今日は誕生日なんだよね。おめでとう!」
不意にリゲイルが優姫に言う。
「ありがと。そういうきみも。おめでとう」
ありがとう。とリゲイルが嬉しそうに笑う。
「ね、ね。折角の誕生日。チョコレートケーキ食べていこうよ」
プレゼント。と優姫の腕を取ってデパートへと引っ張り込もうとするリゲイル。困ったようにしている優姫だったが、嫌そうには見えなかった。
「でも僕は、何も用意していないよ」
申し訳無さそうに優姫が言う。二人とも誕生日なのに自分だけが貰うのは。という事だった。
そんなの構わないよ。リゲイルが言う。
「これからもずっと、友達で居てくれる?」
それが何よりのプレゼントだから。とリゲイルが微笑む。同じように、優姫も微笑んで返す。
「ありがとう。でもそれじゃあやっぱり不公平だ」
その言葉に首を傾げるリゲイル。優姫が続ける。
「だって、僕もそのプレゼントがいい」
あははっ。楽しそうに二人は笑う。
「分かった。じゃあこれはバレンタインのプレゼントっていうことで」
「ホワイトデーは期待してるね」
優姫の言葉にリゲイルが冗談っぽく返し。二人は笑いながらデパートへと向かうのだった。
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クリエイターコメント | こんにちは。依戒です。 バレンタイン、いえ。誕生日……。 バレンタインバースデーノベルのお届けにまいりました。(実はこの単語、以前ノベルタイトルにて使ったネタ)
はい。さてさて。 バレンタインですね。 私? 私は……。べ、別にいいじゃないですか私の事なんて。
こほん。さて、長くなる叫びは後ほどあとがきという形で書かせていただくことにして、ここでは少し。
なんかとても自由に書いちゃいましたけど、よかったのかな……。楽しく読んでいただけたのなら幸いです。
最後になりましたが、この度は素敵なプライベートノベルのオファー、ありがとうございました。 このお二人、とてもいいです。ペア好きの私は終始顔が緩みっぱなしでした。
オファーPCさま。ゲストPCさま。そしてノベルを読んでくださった方の誰かが。 ほんの一瞬でも、幸せな時間と感じて下さったなら。 私はとても嬉しく思います。 |
公開日時 | 2009-02-14(土) 19:30 |
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