★ 月が照らす先 ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-7596 オファー日2009-05-17(日) 22:17
オファーPC ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
ゲストPC1 コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
<ノベル>

「うわぁぁぁぁぁん」
 幼い泣き声が、響く。
 そこは銀幕市にある児童養護施設。夕食を終えて子供たちは好き好きに過ごしている時間のことだった。
「だいじょうぶ」
 泣き声を増す子供に寄り、抱きしめる女性がいた。コレット・アイロニーだ。
 どこまでも優しい声で、ふわりと包むように子供を抱きしめるコレット。泣きじゃくって抱き返す子供。
「うぅ……ひっ、うぁ」
「だいじょうぶ……」
 しゃくりをあげる子供を、ぽんぽんと。抱きしめた背中で落ち着かせるように叩きながら、コレットは言う。泣いている子供、そしてその周りで泣きそうになっている子供たちみんなに言うように。
 この子が泣いている原因を、コレットは知らない。けれど、理由は分かる。だから、どうしたの? とは聞かなかった。その代わりに、大丈夫。と、安心させるように囁く。
 この日より少し前の事だ。銀幕市上空に浮かぶマスティマを、子供たちは見た。明らかな変異だ、見るなというほうが無茶だろう。それはどこまでも暗く、恐怖を煽る異形。すぐに大人たちは子供を施設の中に入れて、出来るだけ外に出さないように、マスティマを見ないようにさせた。
 けれども、その姿を脳裏に焼き付けた子供たちは何かの弾みで、ほんの些細な事。例えば、食器を落して割れる音がした。施設の大人が電話などで席を外した。あるいはただ転んでしまった。そんなことをきっかけにマスティマを、その恐怖を思い出して泣いてしまうのだ。
「だいじょうぶ……」
 だからコレットは、安心させるようにそれだけを言うのだ。
 子供たちに、そして自分に。


 ――パタン。
「……ふう」
 後ろ手にドアを閉め、コレットは小さく息をつく。ようやく子供たちを寝かしつけて自分の部屋へと戻ったところだ。
 施設内では割と年齢の高い方であるコレットは、他の子供たちの面倒を見るということが多い。いわゆるお姉さんのような役割だ。勿論、大人の職員もいるのだが、その手だけでは間に合わないし、何よりも同じ施設にいる人達は家族に近いものがある。面倒を見るのが嫌ということは微塵もない。
 けれども、だからといってコレット自身に負担が無い訳でも、勿論無い。コレットだって不安が無い訳などないのだ。
「…………」
 微かに震えている自身の手を意識し、コレットはその手を胸の前で抱く。
 不安が無い訳がない。
 恐怖が無い訳がない。
 コレット自身、今まで多くの銀幕市での事件に関わってきた。今回のマスティマ関係でもやはり彼女は関わっている。
 だからコレットは知っている。この銀幕市にいる、沢山のファンやスター、エキストラ達がどれだけ頼りになるかを。
 けれどコレットは知っている。その全ての人達が力をあわせても、絶対にどうにかなると言える状況では無いことを。
 勿論。どうにかできると信じている。自分に出来る事は多く無いが、どんなことでもしようとも思っている。でも、そんな思考とは無関係に。恐怖や不安が出てきてしまうのだ。これはもう、どうしようもない。
 子供たちの前では必死に隠してきたが、部屋に戻るとそれまで押さえ込んでいたそんな不安が一気にふきだす。恐ろしいくらいの寒気に止める事の出来ない震える手。鏡を見るまでも無い。今の自分はきっとひどい顔をしている、と。コレットは自分で気がついていた。
 何度も、何度も。恐怖に抗うようにコレットはぎゅうと目を閉じて首を振る。
 自分がそんな不安を感じてしまったことが原因で、もしかしたら先のことを悪い結果にしてしまわないだろうか。
 そんなことが有り得るはずが無いのは分かっている。けれどもコレットはそう考えてしまうのだ。
 たまらなく、怖い。


 異常なほどに暗い銀幕市を、ファレル・クロスは歩いていた。
 マスティマとの決戦を数日後に控えた今、中心街や避難地区以外の場所の活気は恐ろしく乏しい。既に避難地区へと移動している人達も少なく無いし、そうでなくても夜遊びで騒ぐという気分でもないのだろう。
 ならばファレルは? 勿論、夜遊びに歩いている訳ではない。彼は勿論目的があって歩いていた。
 と、言っても、しっかりとした理由付けで目的を持って、という訳ではなく。なんとなしに自然と足が向いていた。そうせずには居られなかった。まぁどちらにしても、ファレルには特に関係ない。
 何が彼にそうさせる? それの答えは、目的地について足を止めたファレルの視線の先にあった。
 そこにある建物は児童養護施設。小さくは無い建物の幾つもの窓には、ほんの2〜3部屋だけまだ明かりが漏れている。
 ファレルは目当ての部屋を探す為、端から順に窓の数を数えていく。
 目当ての部屋の明かりは消えている。ということは、彼女はもう寝ているのだろうか。
 それならばいいんだ。そう考えたファレルは身体を反転させて歩いてきた道を戻ろうとする。
「……?」
 そのとき、反転する視線の中に彼女の姿を見た。
 再び、ゆっくりと振り返ってファレルはたった今見たその姿を確認する。間違いない。それはコレットだった。
 施設の敷地内にある簡易遊具に、コレットは座っていた。砂を敷き詰めた地面から盛り上がって置いてある石のテントウ虫。その背中に座ったコレットは、ピクリとも動かないで地面を見ていた。
 そのコレットの姿を見たファレルは、ほんの一瞬だけ顔を顰める。そうしてゆっくりと近寄っていく。
 ――ザッ、ザッ。
 驚かせないように遠くから足音を立てて近づく。しかしコレットは顔を上げない。
 ――ザッ、ザッ、ザッ。
 やがてファレルはコレットの直ぐ前まで来る。月の光を遮ってファレルが作った影に、ようやくコレットが気がついて顔を上げる。
「どうしたんですか……」
 こんな時間に。と、そう続く筈だった言葉は、ファレルの口からは出なかった。
「……ファレル、さん」
 くしゅっと、すぐに笑顔を作るコレット。その笑顔は、ファレルにはどうしようもないくらいに痛々しく思えた。
 ゆっくりとした動作で、ファレルはコレットの後ろに腰掛ける。テントウ虫の左右の羽に、それぞれコレットとファレルが背中合わせで座る形だ。
 言葉が、でない。
 恐らく、こうだろうと。そうファレルは思ってここに来たのだった。きっとコレットは不安そうにしているだろうなと、そう思ったら自然とここに足が向いたのだ。
 それなのに、たった今、コレットが見せた表情。たったそれだけでファレルは言葉が出なくなった。
 不安を隠せない泣きそうな顔。でもファレルを見つけて、恐らくは心配させないように作った笑顔。
 なんと言えばいいのだろうか。
 言葉が、でない。
 時折吹くささやかな風の音が、静かな空間に流れるように聞こえる。
 月明かりを受けた二人の影は重なって、二人のどちらにも似つかない形で佇んでいる。
「だいじょうぶ――」
 ぽつりと。
「――ですよ……ね?」
 それはコレットの、言葉だった。
「あ、あれ……?」
 ファレルが口を開く前に、コレットは続けて喋る。不思議そうに聞こえたその言葉は、コレット自身不思議でたまらなかったからだ。
 だいじょうぶ。子供たちのときと同じように、そう言おうとしたコレットだったが、気がつくとその後の言葉まで言っていた。不安なことは、言いたくなかったのに。自分のことで他の誰かに迷惑をかけたく無いから、大丈夫だよって見せようと思っていたのに。
「だいじょうぶ――」
 聞こえたファレルの声に、コレットは思わず振り返る。
「――ですよ」
 振り返ったコレットの視線の先、同じようにファレルも振り返っていた。一見、いつもの彼の様な、つまらなそうな表情。けれどこの街で沢山の時間をファレルと過ごしたコレットには、彼の今の表情は全然違って見えた。
 やわらかくて優しい、とても安心できる笑顔。
「あ……ぁ、あ……」
 一瞬で感極まったコレットは、泣きそうな声の後、心から安心したような笑顔をファレルに向けた。
 そんなコレットを見て、ファレルは小さく一つ頷くと、振り向いていた身体を戻した。取り残されたコレットはやはり同じように自分の身体も戻す。
「ありがとう。ファレルさん」
 背合わせにいるファレルに対して、コレットがそうお礼を言う。
 コレットには分かっていた。ファレルがどうして今、この場にいるのかというのを。自分を心配してここに来てくれたんだということを。
「いえ、お礼を言われる程のことを、私はしていませんよ」
「ううん。すごく、安心できました。だから、ありがとう」
 ゆっくり首を振って、とても穏やかにコレットは答える。小さく、ファレルが笑ったように息をした。
「そうですか……。それならばよかった」
 言い終わってから、ファレルはそっと立ち上がり、続ける。
「それでは私はそろそろ行きます。貴女も、そろそろ戻ったほうがいい。少し肌寒くなってきたようですし」
 ここに来た目的は達成できた。コレットの表情を見てもう大丈夫だと判断したファレルは戻る事にした。自分も彼女も、マスティマの対策に追われている身だ。あまり睡眠時間を削るわけにも行かないと。
 歩き出したファレルに、コレットは慌てたように声を掛ける。
「あ、あのっ!」
「……はい?」
 思わず大きくなってしまった声に口を押さえるコレット。首だけで振り返ったファレルだったが、なかなか先を続けないコレットに身体全体で向きなおす。
「…………」
 月が映したファレルの影は、ファレルから真っ直ぐに伸び、コレットのほんの十センチほど手前で途切れていた。
「どうしました?」
 先の紡がれない言葉に、訝しそうにファレルが言う。
「……また」
 ぼそりと、コレットが呟く。
「……また?」
 また、何だろう。と、ファレルが返す。
「はい。また」
 コレットは元気にそう言って、顔を上げる。そして笑顔を見せてもう一度ファレルに言う。
「また」
 ああ、なるほど。すぐにファレルは気がつく。コレットの言ったのは、また何々する、の類ではなくて。また会おう、といういみでの、また。なのだと。
「ええ。それでは、また」
「はいっ」
 そう言って背を向けたファレルに、嬉しそうにコレットは答えた。
 離れていくファレルの影を見えなくなるまで見送ったコレットは、完全にそれが見えなくなると立ち上がり、施設へと戻っていった。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です
プライベートノベルのお届けにまいりました。

ええと、ノベル内で分かるようにはしたつもりですが、マスティマ決戦の少し前の出来事ですね。

不安、希望。
そしてファンとスターという切なさ。

さて。長くなることは後ほどブログでということで、この場では少し。

お任せという事で好きに捏造した感じで書いてしまったのですが、よかったでしょうか……。少しばかり不安です。

さて、最後になりましたが。
この度は素敵なプライベートノベルのオファー。ありがとうございました。
少し前に書いたように、
不安と、それに対する希望。そしてなにより切なさを感じながら書きました。

オファーPL様がゲストPL様が。作品を読んでくださったどなたか、
ほんの一瞬でも幸せな時間と感じてくださったのなら、私はとても幸せに思います。
公開日時2009-06-17(水) 21:50
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