★ ギンイロミカヅキ ★
クリエイター瀬島(wbec6581)
管理番号867-6986 オファー日2009-03-10(火) 23:36
オファーPC 針上 小瑠璃(cncp3410) エキストラ 女 36歳 鍵師
ゲストPC1 相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
<ノベル>

 石造りの長い長い通路に、女の細く高い声が響く。

 ___わたしのお願いを聞いてくださってありがとう、勇者様。
 ___でもごめんなさいね、出口の場所……知らないの。勇者様がとっても素敵だったから、わたしだけのラビュリントスに閉じ込めてしまいたくって……。

 通路に向けて手を指し広げ、はにかんだように微笑む女の名はアリアドネという。そのアリアドネが、「閉じ込めてしまいたくなった勇者様」……とは果たして……?

「な、何だあこの迷路!?」
「あほ、うちが聞きたいわそんなん!」

 どうやら「勇者様」らしい……相原圭と針上小瑠璃の魂の叫びが、どこまでも続く巨大迷路に空しくこだました。そもそもどうして二人は迷路に居るのか、その前にこんな迷路がいつの間に銀幕市内に出来ていたのか。疑問……というよりツッコミどころが多すぎる。
 二人が通ってきたはずの扉は何時の間にか消えており、事の重大さが改めて二人の背中に忍び寄る。

「……出口、探しますか」
「そやな……」
「うふふ、無駄だと思うけれど楽しんでいってね★」
「うっさいわ!」
「小瑠璃さん落ち着いて!」

 ……さて、さて。圭と小瑠璃が一体何をどうしてこうなってしまったのかは、小一時間ほど前に遡らねばなるまい。


***


 ころーん……からーん……。


 綺羅星学園の終業を告げるチャイムがスピーカーから流れる。相原圭は音の余韻もそこそこに、通学鞄をいつもより大事に抱えてそわそわと教室を後にした。いつも聞いている勉学からの解放音は、今日の圭にとってはボクシングのゴングと同じに聞こえたかもしれない。何故なら圭の手元には二枚のプラネタリウム無料鑑賞チケットがあり、圭が足を向けているのは鍵屋カミワザだったからだ。口実と対象が揃っているとくれば、他に説明も要らないだろう。賽は投げられた、というやつである。
 数日前から昨日まで延々続いていた雨が今朝方やっと止み、銀幕市は久しぶりに雲ひとつない晴天に恵まれていた。アスファルトのあちこちに残る大きな水たまりが、夕陽を反射して優しく輝く。それを避けて歩きながら、圭は何やら思案顔でああでもないこうでもないとぶつぶつ呟いていた。

「チケット貰ったんでよかったら……」
「プラネタリウムとか行く奴居ないし、あげますよ!」
「小瑠璃さん、オレとデートとか駄目ですか……いや駄目駄目駄目だろ!!」

 カミワザに向かう道すがら。脳内で今日の決め台詞……という名の単なる誘い文句を考えあぐね、頭をくしゃくしゃかきむしる圭。すれ違う人々が物珍しい視線を投げて寄越すことでようやく、恥ずかしい脳内ボイスが声になっていたことに気づいて居た堪れなくなった。
 カミワザに向かうだけなら、いつものように何でもない話をしに行ったり、この間自転車の鍵を直してもらった時のように、用事があったりするなら楽なのに。

「デート……かなあ、やっぱ」

 思わずまた口に出てしまった単語にぶんぶんと首を振り、両手で頬を軽くパンと叩いて背筋を伸ばす。
 そうこうしているうちに、あの角を曲がればもう目的地というところまで来てしまった。今日は何故だか、カミワザへの道のりがやけに短い。

「プラネタリウム?」
「はい、学校でタダ券二枚もらったんで……」
「そんなん、行くに決まってるやろぉ! んふふ」
「はい! じゃあ一緒に……えっ?」

 カミワザの玄関先。
 時代を感じさせる、といえば聞こえがいいが、信楽焼の狸やらマッチで点火するタイプのストーブやら、相変わらず古めかしいアイテムがひしめき合っている。もしかしたら小瑠璃はムービースターで、この家……カミワザもどこかの映画から実体化したのではないかとすら思える内装である。そんなことをいつも思う所為か、圭はカミワザに足を踏み入れると何処と無く緊張してしまう癖があった。この家の中では綺羅星学園の制服が思い切り浮いて見えるというのもあるし、いつも世話になっている小瑠璃が居るというのもあるし……。
 そんな中で小瑠璃にプラネタリウムのチケットを差し出すのは、圭にはかなり勇気の要ることで。どうにか格好のつくように、憧れの人の前でドキドキしているのを悟られないようにと、震え気味の手にぎゅっと力を入れてチケットを差し出したのだけれど。

「プラネタリウム、久しぶりやなあ……。丁度仕事もはけたし、行こかぁ」

 圭の震える手に気づいているのかいないのか、チケットを受け取った小瑠璃は嬉しそうに目を細める。小瑠璃は実はプラネタリウムが大好きだった、というのを知らなかった圭は、難なく首を縦に振ってもらえて呆けたような顔を返してしまった。嬉しいことは嬉しいけれど、何だか呆気無くて実感が薄い。

「……間抜け面晒して、どないしたん?」
「あっ、や、何でもないっす……へへ」
「そうかぁ。ほな行こか?」
「はいっ!」

 ぽかんとしたのも一瞬のこと、圭はいつもの調子で笑顔を向けた。小瑠璃もその様子にうんと頷き、ツナギの埃をパンと払って玄関に降りる。いざ行かん、デートのようなそうでないような、ちょっと素敵なお出かけに。


***


 道すがら、他愛も無い話に花が咲く。この間のチョコレートクルーズで何を作っただとか、隣の誰かに酒を奢ってもらったとか、景気の話、学園のこと、他にも色々、何を喋ったか忘れてしまうほど。

「いいなあ、オレも早くお酒飲めるようになりたいです」
「何言うてんの、あと三年もあるやない」
「だって、羨ましかったから」
「何がや?」
「小瑠璃さんにお酒奢るなんて、カッコイイじゃないっすか」
「……アホか。成人してもな、酒に飲まれるひよっこのうちは、まだまだやで」

 案外小瑠璃さんよりいける口かもしれませんよ?と嘯いて、背伸びした笑みを隠すように半歩先を行く圭。小瑠璃は曖昧に微笑み、ほな楽しみにしとこかぁ、と気の入っていない答えを返す。
 先のことなど、誰にも分からない。無垢に未来のことを楽しげに語る少年は、見ていて心地よいけれど、時々眩しい。夜空に浮かぶ満月や、真昼の太陽が目に痛いのと似ているなと、小瑠璃は少し笑った。
 プラネタリウムが好きなのは、そんな理由からじゃないけれど、と。


***


「小瑠璃さん」
「何や?」
「あれ、あの女の人。何してるんすかね」
「ほんまやなあ……」

 天文館までもう少しというところで、圭が足を止めて或る光景を指差した。見れば、古い雑居ビルの通用口で若い女性が立ち往生しているようだ。

「ちょっと行ってくるっす」
「あ、ちょっと!」

 女性を放っておけない圭のことだから、助けに行くであろうことは小瑠璃にも容易に想像がついた。時計を見れば、時刻は夕方の五時に差し掛かろうというところ。天文館の最終上映時間は六時半、少しくらいなら道草を食ってもいいだろう。可愛い性分を隠せない少年の背中を微笑ましく見つめ、小瑠璃も後を追った。

「お姉さん、どうしたの? 困ってるなら力になるよ」
「……まあ、ご親切なお方。この扉が開かなくて困ってしまったの、鍵が壊れているみたいで」
「んー? 鍵やったら、うちが開けたるで」
「あッ、そっか。さすが本職」

 銀色の髪を腰まで伸ばした優雅な女性は、圭が差し伸べた助けの手に安堵の微笑みを浮かべる。歳の頃は二十三、四といったところだろうか、化粧ッ気は薄く、肌理の整った白い肌が美しい。しかし紫色の瞳は焦りか不安か、よく分からないけれども好ましくない感情に揺れているようだ。

「ほな、ちょっと退いてんか。シリンダー錠やったら、一分もあれば開くやろ」
「まあ……鍵職人さんですのね?」
「そんなとこや。鍵屋カミワザ、ご贔屓に」

 サービスでも宣伝は忘れずに、小瑠璃は愛用のシザーケースから極細ピンを何本か取り出す。
 女性を助ける役回りを買って出たはずなのに、おいしいところを取られてしまった圭は面白くない顔を……と思いきや、子供が手品を見るように小瑠璃の腕前を見守っていた。
 圭は、小瑠璃の横顔が好きだ。鍵や、他の何かを一心に見つめている横顔が。自分を見てくれている時の顔も勿論大好きなのだけれど、横顔は特別だ。そこにあるのに手の届かないところにあるように見える、そんな距離感を思わせてくれるから。

 かり……かちかち……。

 かちん……ぴん……!

「開いたでえ」
「すっげえ! ほんとに一分かかってない!」

 いつか、自転車の鍵を託した時の思い出に浸る時間は無かったらしい。女性に鍵を手渡し、ドアノブに手を掛けた小瑠璃はもう職人の顔ではなく、プラネタリウムを待つ少女の顔に戻りかけていた。

「ほな、お嬢ちゃん。これでええか?また開かんくなったら言うてや」
「ありがとうございいます! ああよかった、これであなたたちを閉じ込められるわ」
「……え?」

 がつん。
 どすん。

 ……ばたん。

 一瞬の静寂。

 暗転。

 小瑠璃と圭に驚きを感じさせる暇すら与えず、二人を取り巻く世界から一気に光が消えた。

「な、何だあ……!?」

 そして話は冒頭の一場面にやっと繋がるわけで。


***


 もしかしたらお気づきの御仁も居るだろうが、圭と小瑠璃の前に広がった光景は紛れも無くムービーハザードであり、銀髪の女性はムービースターである。


「アリアドネとか、いうたな。ほんまに出口は知らんのか?」
「知らないこともないけれど、そこまでの道順を忘れてしまったわ」
「そういうんを、知らんって言うねや!」
「小瑠璃さんおおおお落ち着いて!」

 落ち着いていられるかと鼻で溜息を吐き、ジト目でアリアドネを半睨みする小瑠璃と、アリアドネを庇うように二人の間に立つ圭。何だか圭の将来を暗示していそうな構図であるが、圭はとりあえず二人……というか、小瑠璃を宥めようと必死だ。何か話題を探そうとしたところで、三人の目の前に三叉路があらわれた。

「小瑠璃さん、ほら。分かれ道っすよ」
「うーん……左右ならまだしも、三叉路かぁ……どっち行こか?」
「そうっすね……じゃあ、真ん中で!」
「あんたは単純でええなぁ」

 あまり悩む様子もなく、すたすたと足を進める圭に、小瑠璃とアリアドネも後を追う。
 その、刹那。


 かたん……がらららら、がしゃん……!!


「!? な、何やぁ!?」

 突然、圭が選ばなかった左右の道から、金属と金属が擦れ合う派手な音が響いた。

「あら……お兄さん、素敵。間違った道を選んでたら、天井が落ちて潰されちゃうところだったのよ」
「そ、そ、そういうことは早く言ってほしいっす!」

 しれっとアリアドネが告げた事実に震え上がる圭。何気なく放り込まれたとはいえ、この迷宮。一筋縄ではいかなそうである。


***


 のっけから手荒い歓迎を受けはしたが、それ以降はあまり害の無い分かれ道が続いた。迷宮につきものの怪物が出るということもなく、このまま迷いさえしなければ良いように思えたが……。

「あ、また分かれ道っすね」
「またかぁ……」

 さて、次の分かれ道には扉があり、それぞれ赤い錠前がついていた。
 さっきの三叉路と違って、これなら小瑠璃が何とか出来そうだ。

「小瑠璃さん、開けられますか?」
「そやな、やってみるわ……どっち開けよか?」
「うーん、小瑠璃さんが決めてください。オレさっきので懲りたっす……」
「まぁ、そやなあ。ほな左いっとくわ」

 左側の扉前にしゃがみ込み、腰に巻いたガンホルダーとシザーケースを身体の前に回し、合いそうな道具をいくつか取り出して錠前を確かめる小瑠璃。それを後ろから眺める圭とアリアドネ。磨き上げられたピックフックが鍵穴に差込まれ、しばらくの間、金属同士が触れ合う音だけがかちゃかちゃと響いた。しかし……。

「痛ってえな、あんま手荒く扱うんじゃねえよ」
「……うわ!」
「どうしたんすか!?」
「鍵が、鍵が喋りよった!」

 小瑠璃が素っ頓狂な声を上げ、僅かに後ろへ飛び退いた。

「おいおい錠前が喋っちゃ悪いかよ、お嬢ちゃん」

 赤い錠前はさも当たり前のように悪態を吐いたが、悪い悪くない以前の問題ではなく、モノが喋ること自体が小瑠璃の常識からは確りと外れていた。勿論、そういうムービースターも居るには居るのだろうが……。

「わ、悪いとは言うてへんけどもやなぁ」
「まあいいやな、とりあえずその歯医者みてえな道具は取ってくんねえか? 俺はそんなもんじゃ開かねえよ」
「何やて……?」

 確かに鍵穴が口のように動く錠前には、鍵屋の鍵が合うとも思えない。小瑠璃はなるほどと頷いてピックフックをガンホルダーに仕舞いこんだ。

「で、どないしたら開くんや?」
「そうだねえ。今日の俺は……そうだ、恋の話が聞きたいねえ」
「はぁ?」

 突然要求された「鍵に取って代わるもの」は恋の話らしい。面食らった小瑠璃に構わず、赤い錠前は鼻で笑うように続ける。

「そうさあ、恋の話。別に誰の話でも鍵は開けてやるけどよ、俺ァ可愛いお嬢ちゃんの話がいいねえ」
「……」

 話せるようなことなど……と思い返して、ふっ、と。銀幕市に魔法がかかってからの思い出が小瑠璃の頭を過ぎった。もう言葉を交わすこともない人、あれは、果たして、恋だっただろうか、と。
 口に出すことはおろか、思い返すことも意識して避けてきた思い出を、今ここで言わなければならない。そうしないとここから出られない。少し辛い選択肢を選んでしまったなと後悔したが、今更逆の扉を開けようとするのは躊躇われた。

「うちは……」
「お、オレさ!ちっちゃい頃好きな子が居て……」
「……相原?」

 言いかけた言葉を遮ったのは圭の声だった。見れば、いつもは見ることの無い慌てたような恥ずかしそうな表情の圭が其処に居た。

「好きな子に好きって言いたかったんだけど、オレいじめられッ子だったから、そんなこと言えなくて。こんなオレじゃ駄目だって、いつか堂々と好きって言えるようになろうって、思ってて。……でも、思ってるだけで何も出来ないうちに、その子は転校してったんだ。すっげ口惜しかったし、哀しかった。……こんなんでいいだろ! 誰の話でもいんだよな?」

 口を挟む余裕を与えない早口で、懸命に言葉を紡いだ圭の気遣いが、小瑠璃の胸に迫った。

「ふうん……チャラ男の癖に可愛い話じゃねえの。いいぜ、開けてやんよ」
「っしゃ!」


 がちり。


 赤い錠前はくつくつと性格の悪そうな笑みを零し、それからただの錠前のように押し黙った。すると錠前はひとりでに開かれ、次に進む為の道が示された。

「……おおきに、ね」
「……うっす」

 扉を押し開けて先に進んだ圭の制服の裾をちょんと掴んで、小瑠璃が少し目を細めて囁いた。圭はさっきの話の恥ずかしさと相俟って小瑠璃と目線と合わせられず、ちょっぴり硬派な返事でお茶を濁した。それが何だか可愛らしくて、小瑠璃はまた少し笑った。
 その様子を、一歩後ろから着いて来ているアリアドネが羨ましそうに眺めていた。


***


 かつん……こつん……。

 石畳の通路に暫くの間、三人の無機質な足音だけが響いた。小瑠璃の安全靴、圭の革靴、アリアドネのハイヒール、それぞれが違う音、違う歩幅で奏でる音は何だか楽器のように思えてくる。
 それでも沈黙があまり好きではない圭は、ずっと思っていた疑問をふとアリアドネにぶつける。

「アリアドネさんは、どうしてこんな巨大迷路に住んでいるの?」
「理由なんか……無いわ」
「本当に?」
「……」

 黙りこくったアリアドネを横目に、聞いてはいけないことを聞いてしまったかな、と圭は少し後悔した。しかしそれも一瞬のことで。

「……昔ね、この迷宮の一番奥に棲んでいる化け物を倒してくるから、そしたら結婚しようって言われたの」
「……?」

 ぽつぽつと語られ始めたのは、きっと映画にも出てこなかったであろうアリアドネの哀しい身の上だ。圭は共感するようにアリアドネの瞳を見ながら頷き、小瑠璃は聞いていないフリでじっと耳を傾けた。

「でも、帰ってこなかったの。いつまで待っても帰ってこなかったの」
「……」
「最初のうちはね……あの人の無事を確かめたくて色んな人に探索をお願いしたの。でも駄目。誰も帰って来なかったの、テセウスのように」
「テセウス?」
「オトコの名前、やろ……?」
「……そうよ」

 じっと、聞いていただけの小瑠璃が口を挟んだ。
 小瑠璃は決して、アリアドネが出ている映画を見たわけではない。けれど、小瑠璃には分かる。何故分かると言われても、きっと小瑠璃は返事に困っただろう。アリアドネは女で、小瑠璃も女、強いて理由を挙げるなら、それだけでいい。

「……」
「……」
「……」

 それきり、三人は黙ってしまった。
 圭は話を振った立場上沈黙が辛くて、何か声を掛けようとするが、何を言っていいか分からなかった。

 かつん……こつん……。

 石畳の通路に、また三つの足音だけが響いた。


***


 それからいくつかの分かれ道を選び、何度か同じところをぐるぐる回って、三人の前に今までのどの扉より大きな扉が立ちはだかった。

「……あら、驚いた。久しぶりに見るわ、最後の扉よ、これ」
「マジで!?」
「ええ、でもね……」

 感慨深げな圭と小瑠璃を横目に、アリアドネは髪飾りにつけられた紅珊瑚の鍵と象牙の鍵を外して二人の目の前に差し出した。

「最後の扉の鍵よ。どちらかは本物で、どちらかは贋物なの。間違えたら二度と出られないから、慎重に選んでね」
「何やて!?」
「うそお!?」

 ここまで来ておいてこんな仕掛けが待っているとは誰も思うまい。二人は差し出された鍵を前に、ただ立ちつくすしか無かった。

「珊瑚か……象牙か……あかん、本気で分からん……!」
「一生出れないとか何でだよ……」

 今まで通った道のりや開けて来た扉に何かヒントがあるかもしれないと頭をフル回転させる小瑠璃であったが、考えれば考えるほど深みにはまってしまう。

「さっきは錠前が赤かったから、次は白の象牙……いや、また赤で珊瑚っちゅうこともある、し……ああ!」

 普段は策士とも言われる小瑠璃も、こうなってしまっては形無しである。

「……相原!」
「は、はい!」
「あたしはあかんわ、あんたが選び」
「オレっすか!?」
「意外とな、純粋なあんたのほうが、ガッと開くかもわからんで……」

 眼鏡を外して目頭を指で解しながら、小瑠璃は半ば冗談のように笑ってみせる。

「開かんかったら、まぁ……ここで一生暮らそか?」
「えっ」

 その一言が本気だなんて圭も思わないけれど、責任は重大だ。
 二つの鍵を手にとって、さっきの小瑠璃のように悩む圭。


「……象牙よ」
「え?」


 アリアドネが突然囁いた選択肢。
 圭はそれを選択肢として認識するのに若干の時間を要した。

「……アリアドネさん?」
「いいから……象牙なの」
「……本当に? ……いや……ごめん」

 信じるべきだよね、と言いかけて飲み込み、圭は両方の鍵を握り締めた。
 象牙の鍵を利き手に握り、暫く見つめる。

 この鍵が正解でなくてもいいかもしれない。
 ここにずっと居れば、ひょっとしたらアリアドネは寂しくないかもしれない。小瑠璃さんは少しだけがっかりするかもしれないけれど、自分はここに閉じ込められるならそれもいいかもしれないと思い始めていた。

(何でだろう……)

 考えても、圭自身が納得のいく答えは出なかった。
 否、答えなんて既に出ているのだ。

「小瑠璃さん。時間かかっちゃったお詫びに、ここ出たらお茶おごるっす」
「……? そやな、とびっきりのお茶な」
「うん」

 圭は鍵をそれぞれ片手に一本ずつ握り、アリアドネに向かい。

「アリアドネさん」
「なあに、圭君」
「珊瑚の鍵はオレにくださいね」
「……駄目よ、大事なものなのに」
「オレと小瑠璃さんは象牙の鍵でここを出ますけど、けど」
「けど……?」
「アリアドネさんには、また会いたいっす」
「……!」
「だから珊瑚の鍵は、取り返しに来て欲しいっす」


 がちり。


 象牙の鍵が、鋼の錠前に差し込まれた。


 ……がちゃん……。


「……開いた!」
「……ほんまや……!」


***


「外やぁ……!」
「うお、まぶし!……くねえ!」

 重い鉄の扉を押し開けて外に出る二人を待っていたのは、とうに暮れてしまった空と三日月の光だった。小瑠璃が時計を見れば、もう21時になろうというところで。

「プラネタリウム……終わっちゃったっすね」
「しゃぁないな……今日は、この空に免じて許したるわ」
「うっす」
「その代わり、今度また行こな」
「……はい!」

 ツナギの胸ポケットから天文館の無料鑑賞券を取り出してひらひらさせ、月の光の下で微笑む小瑠璃は綺麗な顔をしていた。

「……アリアドネさんも行きましょうね!」
「えっ」

 開けっ放しになっていた扉から二人を見ていたアリアドネは、まさか自分に声が掛かるとは思っていなかったのか、きょとんと圭を見返した。

「珊瑚の鍵、大事なんすよね?」
「! ……うん」

 制服のポケットに紅珊瑚の鍵を仕舞いこみ、圭は笑う。
 アリアドネも、つられて笑った。

 久しぶりに見た晴れの夜空は、迷い続けた三人を優しく照らし、また来る明日が楽しくありますようにと期待するのに充分な美しさだった。
 デートのようなそうでないような、ちょっと素敵で不思議なお出かけは、ひとまずおしまい。プラネタリウムの無料鑑賞券をもう一枚調達するべきかなと思案しつつ、圭はポケット越しに紅珊瑚の鍵をそっと撫でた。

クリエイターコメントお待たせいたしました、【ギンイロミカヅキ】お届けです!
迷宮の二人を描くのにかなり骨が折れましたが、
大変楽しく執筆させていただきました!
アリアドネさんの設定が浮かぶまでプロットが完成しなかったのは秘密なのです…
お待たせしてしまって申し訳ありません。

今回はお二人のキャラクターや台詞回しなど
「こうだったら萌えるなあ」という瀬島の捏造魂てんこ盛りでお届けさせていただきました。
お叱りの言葉をお待ちしております。

あらためまして、この度のご指名本当にありがとうございました!
公開日時2009-04-06(月) 00:20
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