★ 想い出のあとさき ★
<オープニング>

 魔法の終わりが報された翌日、対策課にスターの女性が現れた。
 相談相手に指名された邑瀬文は、嫌な予感を覚えながら対応にあたる。
「私は、すべてを憎んでいました」
 彼女はそう切り出した。穏やかな、愁いを帯びた微笑みを浮かべて。
「そうですか」
 邑瀬は適当に相槌を打つ。
 彼女は胸元に手を当てて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「実体化してからというものの、憎しみのつのる日々でした。魔法も、銀幕市も、……あの少女も、何もかもすべて許せませんでした。ムービーキラーにならなかったことが、不思議でなりません。良かった思い出も、ありますよ? けれど、この生は愉快なものではありませんでした。終わりを告げられた時は、涙が出るほど嬉しくなりました。だからどうか」
 ――プレミアフィルムを、残さないでください。
 深々と頭を下げられて、邑瀬は困惑した。
「私は、死ぬとフィルムになるのでしょう?」
「スターの方なら、そうですね」
「残って欲しくないのです。私がいた痕跡も。フィルムの記録も」
「はあ」
 ではどうして欲しいのか。
 心中でのぼやきを聞いたかのように、彼女は願いを告げた。
「私のフィルムを燃やして欲しいのです」

 そんな相談が指名で何件も重なれば、邑瀬も対応を考えなければならない。
 しかし植村に「フィルム燃やしていいですか?」と尋ねるのも問題がありすぎる。
 まず、そんな申し出に責任者は胃を痛めるだろう。もし許可が下りても、そう触れ回るわけにはいかない。『対策課が公認した』となれば、それはそれでトラブルの種だ。
 思案することしばし。邑瀬は軽く呟いた。
「……内緒でやってしまいましょう」
 独断専行すればすべて解決だ。バレなければ一番平和に片がつく。
 ――それにしても。
「この手の相談、他の人が受けてる気配はないんですよね……」
 課内で働く同僚の姿を順番に眺め、邑瀬は眉間に皺を刻んだ。

 その後、相談に来たスターに邑瀬は囁いた。
「あなたのフィルムをここへ郵送してください。後は私が燃やします」
 市内の郵便局留めのアドレスを、そっと見せながら。





 魔法が終わり、夢が醒めて。
 問題がなくなり、対策課もなくなった。
 フィルムを引き取りに郵便局に赴いた邑瀬は、思いがけない事態に困惑した。
 アドバイスしたのは数人。住所を見せたのも同じだけ。
 だが、思ったより多くの郵便物が彼を待ち受けていた。口コミで噂が広がったようだ。
 一人で終わらせるのは、大変骨が折れる量だった。
 そこで邑瀬は辺りを見回し、目についた人物に声をかける。
「すみません、手伝っていただけませんか?」

 他人の想い出を処分するのは、抵抗がある。まして、対策課職員としてフィルムの重みを知っている身だ。
 けれどフィルムの主は、燃やすことを望んでいた。
 強い遺志は変えられないから――叶えてあげよう、と邑瀬は決めていた。

種別名シナリオ 管理番号1067
クリエイター高村紀和子(wxwp1350)
クリエイターコメント===!重要な注意!===
このシナリオでは「PCさんのフィルム」を燃やすことはできません。
=============

こんばんは、高村です。空気を読まないシナリオのご案内です。
集まったフィルムを燃やして、灰は海に撒きます。
皆さんにはお手伝いをお願いします。
一連の行為に抵抗のある方は、参加しないことをおすすめします。

ストーリーの流れはほぼ決まっています。
プレイングには、PCさんの心情や魔法がかかっていた頃の思い出、あればフィルムと一緒に燃やしたい思い出の品など、お書きください。
コメント冒頭にある通り、プレイングにPCさんのフィルムを燃やす内容が書かれていても、一切描写いたしません。

薄暗いシチュエーションですが、出会いがあれば別れがあるもの。
そして別れの後には、また新しい出会いがあることでしょう。

参加者
ムジカ・サクラ(ccfr5279) エキストラ 男 36歳 アーティスト
葛西 皐月(cnhs6352) ムービーファン 女 16歳 高校生
針上 小瑠璃(cncp3410) エキストラ 女 36歳 鍵師
本陣 雷汰(cbsz6399) エキストラ 男 31歳 戦争カメラマン
<ノベル>

「えらい、ぎょーさん集まっとるもんやなぁ」
 針上小瑠璃は懐かしむように目を細めた。
 プラスチックのコンテナに小包が積まれている。封を切るまでもなく、シルエットを見れば中身の察しがついた。
 邑瀬は肩をすくめた。
「正直、甘く見積もっていました。それほど銀幕市は嫌な場所だったんでしょうか」
 小瑠璃は答えを知らない。
 知っているのは、己のプレミアフィルムを燃やしたいスターがいて、邑瀬がそれを叶えるつもりだ、ということ。
「……しゃーないから手伝うてやるわ」
「ありがとうございます」
「あの、何をするの?」
 やりとりを見ていた葛西皐月は声をかけた。兄への手紙を出しに来たのだが、不審な男女は割と目立つ。
 小瑠璃は簡潔に答えた。
「これからプレミアフィルム燃やすんや」
「え! どうして?」
 驚いた皐月に、邑瀬がさも当たり前のように言う。
「ご自分のフィルムを残したくない、という方々がいますので」
「頼まれたからって燃やすのも、おかしな話やけどなぁ」
「……私は弥平さん、バッキーが大好きだから魔法に感謝したけど」
 皐月は手首に巻いた黄色のリボンに触れる。ピーチ色の相棒がいた名残だ。
「そうじゃない人もいるのね」
「多少は。さて、話を聞いたからには一蓮托生ということで、お手伝いをお願いします」
 慇懃に頭を下げる邑瀬に、皐月はわかったと両手を挙げた。
「それで、どこで燃やすの? どうやって運ぶの?」
「それはですね――」
「待たせたな。材料を調達してきたぜ。バンは駐車場だ」
 説明するより先に、本陣雷汰が現れた。飄々とした男に皐月は戸惑ったものの、邑瀬と親しげに話すのを見て手伝い仲間だと察しを付ける。
「ほな、台車借りてくるわ。辛気くさいことはちゃっちゃと済ませよか」
 小瑠璃は声をかけ、郵便局のカウンターに向かった。
 局員と話していると肩を叩かれる。振り返ると、とてつもなく不機嫌な顔をしたムジカ・サクラがいた。
「……フィルムを燃やすってのはお前さん達か?」
「そうや。手伝ってくれるん?」
 郵便局員が息を呑むが、構わず答える。ムジカは眉間の皺を深めて、くわえていたラムネにがりりと歯を立てた。
「そうだな」
「決まりや。男手増えたでー!」
 小瑠璃が報告する。これからの作業を考えればおよそ場違いなほど、明るく。



 積み込み作業はスムーズに進み、荷物と一行を乗せたバンは雷汰の運転で海岸に到着した。
 六月の海は穏やかで、漂着したマスティマ戦の痕跡はあれど、戻ってきた『日常』を象徴するかのような光景だった。
「さくさく作業するわよ!」
 ふと動きを止めた大人達に、皐月がはっぱをかける。
 積んだ時より、下ろす時の方が時間がかかった。
 封も切られない小包は、一つ一つが重くて手首が痺れた。フィルムの他に何かが同封されているような、そんなふくらみもある。
 ムジカは終始不機嫌だった。魔法を快く思わなかったのは一緒だが、フィルムという存在の証明を自ら消したがる、その感覚が理解できなかった。努力の有無など関係なく、スターはフィルムを残せる。それが……ずるい。
 進みの遅い作業でも、続ければ終わる。
 そして出来た小さな山に、雷汰は灯油をかけた。特有の匂いが鼻につく。風上から邑瀬が、ライターの火を放った。
 たちまちオレンジ色の炎がフィルムを包み、思い出ごと灰に変える。形あるものが形ないものへ、もう誰にも届かないものになっていく。
 ムジカは鞄に手を突っ込み、丸めた紙を投げ入れた。
 自分が演じた芸術の神から、燃やせ、と頼まれた絵だった。彼の残した絵は少なかった。大きなものはほとんどが、どこかの壁に描かれたグラフィティだ。
 役割とはいえたやすく『神』を名乗った男の、奇跡の名残をぽんぽんと灰にしてやる。機械的に作業を繰り返していると、指が硬い物に触れた。平たく丸い感触を掴み、指先が白くなるまで握り、結局は手を離した。
 皐月は自分の肩に手をやり、いなくなった重みに寂しさを感じた。
 けれど、魔法がかかるまでバッキーはいなかったのだ。いない方が当たり前だ。楽しかった思い出が次々とよみがえるが、それはすべて過去のことで終わったことで。
 ――だからけじめを、つけてしまおう。
 手首のリボンに触れた。端を引くとほどけて、潮風にたなびく。
 いつまでも思い出を反芻して、すがってばかりではいられない。形ある思い出を片付けて、未練を断ち切ろう。
 火勢の収まってきた焚き火に、腕を伸ばす。簡単なことだ。握りしめた指を一本一本、開いて。さようならとお別れを告げる、ただそれだけ。
 たったそれだけ、なのに。
 皐月の手は本人の命令を無視して、リボンから離れなかった。どうしてなのかわからない。努力すればするほど、指は硬直する。
「っ、う……」
 じわりと目頭が熱くなり、後は止まらなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい」
 お揃いにした弥平さんのリボンを胸に抱く。小瑠璃は彼女の肩を、あやすように叩いた。
「無理せんでええんよ。無理して、思い出を捨てなくてええんよ」
 小瑠璃は、灰鋼というムービースターを思い出した。一時期『カミワザ』に下宿していた。そしてフィルムになった。それは、小瑠璃自身が対策課に届けた。
 もし彼が最後の日まで生きていて、フィルムを燃やして欲しいと申し出たとしたら。
「それは、傷つくわぁ」
 皐月に聞こえないよう、小さく呟く。
 ただ物として
「うちは、あんたらが来てから、びっくりさせられる事は多いわ、悲しい事も苦しい事も有るわでなぁ……」
 さんざんな出来事が矢継ぎ早によみがえり、苦い気持ちになる。
「でもな、楽しい思い出もぎょうさん貰たで。おおきにな」
 小瑠璃は笑う。遠くへ引っ越す友人に向けるような、慈しみを込めて。
 邑瀬はしゃがんで頬杖をつき、炎を見ていた。
「おかしな日々の連続で、ネタ帳と黒革の手帳が厚みを増しましたよ。それもこれもすべて、あなたたちがいてくれたお陰です」
 雷汰は手持ち無沙汰に、煙草に火をつけた。
 リオネの魔法は刺激的な日々をくれた。それを楽しいと思った。だが、そうではない連中も少なからずいると知っていた。
 例えばスターは、意思とは関係なく呼び出されたわけで、個人感情も色々あっただろう。死ぬ日が宣言されたなら、死に方を選ぶ権利もまた、あるだろう。
 すべての結末にハッピーエンドがあるわけではない。そして、どんな結末を最良と思うかは人それぞれだ。
 炎は勢いを無くし、やがて消えた。
 雷汰がバケツで水をかけると、賑やかな音と湯気が上がる。
 スコップを手に、それぞれ灰を海に運んだ。
 水葬などという上等なものでは、決してなかった。
 燃やした未練の残り滓を、海に頼んで拡散させる。
 言葉も少なく作業を終えると、暗くなった空には星が輝いていた。
 道具の片付けまで終えたところで、小瑠璃が提案する。
「なぁ、打ち上げに飲み会せんか? しんみりは終わりにして、後は楽しくいこうやないの」
「うんうん、ぱーっと楽しみましょうよ!」
「未成年はほどほどにな。一仕事終えた後の酒か。楽しみだ」
 三人の意見がまとまる。邑瀬がにこやかに言った。
「アルコールを楽しみたい方にも、ディナーを楽しみたい方にもおすすめのダイニングバーに案内します。ムジカさんはどうされます?」
「俺は用事がある。……後で合流する」
「お店はこちらです」
 邑瀬の差し出したショップカードを受け取って、ムジカはきびすを返した。
 巨大なグラフィティが描かれた倉庫を、ぽんと買い取って。彼の存在を残してやる。
「さーて、色々聞かせてもらうで! 皐月のバッキーはどんな子やったん?」
「弥平さんは……でも、もういなくなっちゃったから、いつまで引きずってても」
 興味津々な小瑠璃に、皐月は寂しそうな顔をする。雷汰は両手を広げた。
「悪いことじゃないぜ。忘れないのも引きずってるのもな」
「そういう雷汰は、銀幕市にどんな思い出があるん?」
「そうだな……。色々あるが、俺はこいつの思い出話が気になるな」
「差し障りのあるものは、時効が過ぎてからお話しします」
 振られた邑瀬は、隙のない笑顔で答えた。



 スターとバッキーと、不思議な日々は去っていった。
 けれど今日も明日も、日常は続いている。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました。
なくした物は、戻ってきません。だから尊いのだと思います。
心に思い出があれば、形なんてなくてもいいじゃないですか。

銀幕市での一時、楽しんでいただけたら幸いです。
公開日時2009-07-14(火) 18:30
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