|
|
|
|
<ノベル>
対策課で植村から説明を受けた5人は、初対面の人も居るということでひとまず自己紹介から始めることにした。
「トトだよ。よろしく」
「ぽよんす! 太助だ、よろしく」
「水瀬双葉、よろしくね」
「狩納京平だ、よろしくな」
――いや、正確には4人。なぜなら。
「頭痛ぇ……」
残り1名、三嶋志郎は二日酔いでグロッキー状態だったから。
「おいおい、大丈夫か?」
果たして依頼を受けるつもりなのか、それとも酔いが醒めていない状態で反射的に返事しただけなのか。この状態ではそれすら分からない。
「……で、なんだっけ? 傘と雨雲と少女?」
どうやら話は聞いていたらしい。メンバー的におそらく一番大人な京平が声をかけると、多少おぼつかないが一応返事はあった。
「ああ。穏便に解決してくれって事らしいが、来んのか?」
「対策課の依頼なんだよな。そんなに危険じゃなさそうだし、人捜しなら人数居た方がいいだろ」
酔い醒ましついでに依頼をこなして報酬を貰えれば一石二鳥というものだ。そんなわけで一つよろしくと、ようやく自己紹介をした志郎だった。
本当に大丈夫かと周囲の人達が思ったかどうかは定かではない。
幸い天気には恵まれ、絶好の雨雲捜索日和(?)である。
市役所から遠目でそれっぽい雲を確認した一行は、とりあえず近くまで行ってから別々に少女を捜す事にした。
「傘を持たずに雨宿りしていたら現れる……って事よね」
「カサをくれるなら悪いこじゃないよね」
道中、双葉とトトは少女がどんな子か話ながら歩いていた。
「そうだよね、仲良くなれたらいいな」
「うん。銀幕市のヒトはみんな良いヒトだから、怖がらなくって大丈夫って分かってもらえるといいよね」
恥ずかしがり屋さんなのかなとか、望みがあればなるべくかなえてあげたいねとか、傘が人にぶつかっちゃったら危ないよねとか。
優しく、そして微笑ましいやりとりを眺めながら、太助と京平がその後に続く。
「まーでも怖いものは怖いよなぁ」
「だな。件の嬢ちゃんがこっちで何を見たかにもよるわな」
懐の広い人が多いこの街のことだ、事情さえ分かれば受け入れて貰えるだろうが。それを知らずに原作で追い回されていたり、あるいはヴィランズが退治されるところを見ていたら、怯えるのも仕方ないことだろう。
どうやって接触しようか話しつつ、京平はさっきからついついある一点に目が行ってしまうことを自覚していた。
「ん、どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
それはもっふりふわふわな太助のお腹。時折見かけたり噂に聞いたりで気になっていたが、魔性のおなかはやはり伊達じゃなかった。なんかこう、もふもふしたい衝動がじわじわと。
「おーい、大丈夫かー」
その太助が声をかけたのは、一番後ろからふらふらとついてくる志郎。酔いが抜けていないのか頭痛のせいか、その足元はおぼつかない。
(大丈夫なのかよ、あれ)
おなかの魅力から意識を逸らしつつ、これはこれでどうしたもんかねぇと少しだけ頭を悩ませる京平だった。
やがてぽつぽつと雨が降り始める。
別行動に入った後、トトは浮遊金魚のアカガネを先行させながら少女を捜していた。
捜しながらトトの脳裏に浮かぶのは、銀幕市に来てからの様々な楽しい思い出。
せっかく実体化したのだから、少女にも楽しい思い出をいっぱい作ってもらいたい。
それに、水に関わるスターならひょっとしたら手伝えることもあるかもしれないし。
(――そういえば、しろうは結局どうしてあんなにふらふらなのかな?)
トトは依頼を受ける前に二日酔いでふらついている志郎が気になって色々質問したのだが、どうにも答えをはぐらかされるばかりだったのだ。
あれは一体何だったのだろう?
雨は次第に強くなる。
酔い醒ましにいいやと雨を浴びながら歩いていた志郎だったが、雨足が強まってきたのでやむなく近くの軒先に潜り込む。
「寒いな……」
季節は晩秋、濡れた身体に当たる風は刺すように冷たい。後で風邪を引かないか少しだけ心配になる。
「にしてもなぁ」
うっかり「飲み過ぎた」なんて呟いて依頼を受ける前にトトから質問攻めにあったのも少し堪えたが、そもそも志郎が二日酔いになった大本は市民課だ。ついでに居酒屋。
腹を満たすついでに軽く飲むかと入った店で市民課の飲み会をやっていた。それはいい。
「……高梨ちゃん、飲み過ぎだぜ」
志郎にとって不幸だったのは、高梨が酒乱状態で暴れ回っていたこと。「あたいのしゃけが飲めないのきゃー」と誰彼構わず口にお酒を流し込んだり、たまに炙りサーモンも押し込んだり、愚痴をこぼしたり色んな意味で攻撃したり以下諸事情により省略。
もちろん志郎も巻き込まれたわけで、限度(ちなみに志郎の限度は缶ビール1本である)を軽く越える酒を飲まされ酔い潰されて。
介抱してくれた別の職員(頬が腫れていた)の話によれば、店員が烏龍茶と間違えてウーロンハイを出したのが事の発端らしい。お詫びに自分の分のお代まで出して貰ったが、割に合うのかどうかははなはだ疑わしい。ついでにしっかり口止めもされた。
――思い出したら頭痛がひどくなった気がする。と、そこへ。
「うおっ!?」
コトン、と傘が飛んできた。大仰に避けたが落ちている場所を考えれば避けなくても大丈夫だった。とはいえ。
「誰だよ、危ないな」
そう言って傘を拾って、数瞬後。
「――って、ちょっと待て」
傘が飛んできたということは、近くに捜している少女が居るということ。志郎は二日酔いのせいか、本来の目的をすっかり忘れていたのだ。
さーっと鳴っていた雨音は、次第にざーっと変わってゆく。
双葉は噂で聞いたとおりに傘を持たずに雨宿り。
水をはじく外套を纏ってはいたものの、完全に雨を防げるわけでもないのでタオルを取り出して服の上から身体を拭く。
双葉は傘を投げ込まれるのを待ち続ける。
実は雨にあった人が全員傘を投げ込まれていたわけではなく、例の少女が偶然見かけた時だけ投げられているのだが、噂は不思議な方が良く広がるわけで。
とにかく、双葉は待ち続けた。強くなる雨音に僅かばかり期待しながら。
そして、コトンと音がする。
落ちている傘を拾いながら、双葉は声をかけた。
「こんにちは。こわがらないでお話しましょ」
返事はない。強いて言えば、沈黙と雨音が返事だろうか。
「あたし双葉、よろしくね! キミのこと、よかったら教えて」
返事はなくても、話し続ける。相手が安心するように、なるべく優しく。
「隠れることないよ。悪いって思うから傘をくれるんでしょ? だったら絶対みんなと仲良くなれるよ。ね?」
きっと、悪い子じゃないから。だったら、銀幕市でもやっていけるはずだから。
「一緒にみんなと仲良くなる方法かんがえようよ」
この声が、届いているかどうかは分からない。でも、届いてくれたら、そして出てきてくれたら。それは、とても嬉しいことだと思う。
心なしか、雨が少し弱くなったような気がした。
雨はますます強くなる。
ざーざーと降りしきる雨の中、太助は狸姿で少女を捜していた。しかも直立歩行で。
少女は人を怖がっている。でも、明らかに人じゃない姿なら。この方が安心してもらえるかもと考えてのことだった。
と、ちょうど路地の曲がり角。いきなり飛び出してきた人影は曲がった方向に居た太助に驚く間もなく正面衝突。
「わっ」
「きゃぁっ」
尻餅をつく、1人と1匹。
「――ったたぁ、お、大丈夫か?」
「ひゃぅっ!?」
先に起きあがった太助がそう声をかけながら少女を見る。全身びしょ濡れで、何故か両手で沢山の傘を抱きかかえている。
この子がそうか、と話をしようとした太助だったが。
「す、すみませんっ」
傘を抱えたまま器用に立ち上がったかと思うと、そう言って少女は一目散に駆けだした。
「あ、待って」
ご丁寧に1本落としてある傘を拾って、太助は声をかけながら追いかけた。
雨は、確実に強くなっていた。
ざざざざと降りしきる雨の中、少女は全力疾走を続けていた。
器用にも両手で沢山の傘を抱えながら、必死で太助から逃げていた。
見つかった、見つかった、見つかった――。
少女は偏った情報しか持っていなかった。そして何より、1人の時間が長すぎた。
孤独は不安を増幅させる。
受け入れられる可能性はある。でも駄目だったならそこで終わり。
言ってくれないと分からないと言われるかもしれないけれど、言う方は文字通り命がけ。
だから少女は逃げ続ける。駄目だった時のリスクがあまりに大きいから。
それはまるで、私を受け止めて見せてと言っているようにも見えて。
そしてそれは、スーツ姿の2人の男性――京平の式神、太郎丸と次郎丸によって実現される。
少女は、影に受け止められた。その一瞬だけ、雨は滝になった。
擬音が「ざ」から「ど」に変わるくらい強まった雨の中。
軒下で雨宿りをしながら、京平は式神の知らせを待っていた。
和紙の折鶴をセキレイの式神にして広範囲に飛ばし、太助と追いかけっこをする少女を見つけ太郎丸と次郎丸に迎えに行かせたところだ。
影を渡る能力のある2人なら、すぐに追いつくだろう。影で相手の動きを止めることも出来る。
ほどなく、次郎丸が傘を持って京平の元へ戻ってきた。
「仰せの通り、少女は太郎丸が抑えております。これは我が主へと少女が」
「んっ、あんがとさん。で、嬢ちゃんの様子は?」
「かなり怯えている様子でした。あと、捉えた時に一瞬雨が滝のように」
となると、少女の感情も雨に影響するのか。そんなことを考えながら、京平は他の人達を集めに動き出した。式神のおかげで京平にはそれぞれの位置が手に取るように分かっていた。
強い雨が降り続く中、6人は一堂に会していた。
「ねえ、キミのこと教えてくれないかな」
「あまゆき、かざね……雨に雪に風に音……」
双葉は風音の手を握りながら、落ち着かせるように優しく話しかけていた。
「かざねっていうんだ。ねえ、かざねはどうしていつも雨雲と一緒なの?」
「それは……私が、雨女と雪女の子供だから……」
その横から質問を投げかけるトト。風音が怯えているのにも構わず次々と話しかける。
「そっか。ボクも妖怪なんだよ。ほら、この子達はアカガネとクロガネ。それにボクも雨を降らせたり水を操ったり出来るんだ。あ、そういえばかざねの両親ってどっちがお父さんでどっちがお母さんなの?」
「えっと、わかんない……私達、性別ないから……」
「そうなんだ。でもかざねは女の子だよね」
「私の世界、妖怪はみんな見た目は女の人……」
「へー。ねえねえ――」
矢継ぎ早に繰り出される質問に風音がしどろもどろしていると、そこへ志郎が割って入った。
「あー、ちょっとちょっと」
「え、な、なんですか……」
「雪、降らせてくれない?」
「はい……?」
「いや、二日酔いで頭が痛くてさ。雪女の血も引いているんだろ?」
「……あの、えっと、制御までは、出来なくて……」
「ああ、自由には降らせることは出来ないのか。そうかそうか、いや無理ならいいんだ」
「えっと、ごめんなさい、ね……」
「いーっていーって」
相変わらずふらついた足取りで少しだけ離れる志郎。2人のやりとりを聞いていたトトは、ふと何かを思いついたような顔をし、数珠を取り出すと風音に差し出した。
「え……?」
「水神さまから貰ったお守りだよ。ボクもね、雨を降らせることが出来るけれど上手くいかないこともあって、そんな時はこれに助けてもらっていたんだ。かざねにも使えるかはわからないけど、ボクはもう無くても大丈夫だから。とりあえず、試してみて」
「えっと、大事なもの、だよね? いいの……?」
「うん」
トトから数珠を受け取った風音は、両親に言われたやり方を思い出しながら空に向かって念を飛ばした。すると――。
「お、雪だ」
雨は次第と収まって、みぞれを経て小降りの雪へと変わっていった。
「うそ……凄い」
「ありがとな」
「いえ、お礼は、えっと……」
「あ、トトだよ」
「トトさんに、言ってください。私じゃ、無理でしたから……」
「そうか」
志郎にお礼を言われ、照れながらもそう返す風音。心なしか怯えの中に嬉しさが混ざっているように見えるのはきっと気のせいではない。
「どうだった?」
それからトトに言われるがまま色々試してみた風音。
「えっと、強さは調節できます……でも止ませるのは無理……」
「そっかぁ。じゃあそれはあげるね」
「え……あの、本当に、いいんですか?」
「うん。お友達のしるし」
「お友達? 私が……?」
「あ、トトくんいいなー。私も風音ちゃんのお友達になりたい」
「えっと、あの……」
トトと双葉のお友達宣言に戸惑っていると、少し離れてなにやら話をしていた太助と京平が近づいてきた。この2人は片や追いかけ、片や捕まえた人なので最初は少し距離を置いた方が落ち着くかなとしばらく他の人に風音を任せていたのだ。
案の定、びくっとしたのが再び手を握っていた双葉には伝わって。
「だいじょうぶだって。こー見えて根はいい人よ……多分」
「多分は余計だろ」
微妙なフォローに京平は思わず突っ込みを入れた。
「んでさー、とりあえず喫茶店にでも入らないか? 外より落ち着いて話も出来るだろうしさ」
ついでに暖かいものでも飲もうぜとの太助の提案にひとまず場を移そうとする一行。
「……あ、あのっ!」
一緒に行こうと双葉に手を引かれた風音は、一連の流れについていけずについ大声を上げてしまった。
「ん、どした?」
一斉に注目され、太助にそう尋ねられた風音は少し気後れしながらも口にした。
「えっと、その……退治とか、しないんですか? 雨降らせて迷惑で困るとか……」
ああ、そういうことかと口にしたのは誰だったか。
とにかく、風音のその問いには言葉は違えど皆が同じような答えを返した。
別に悪意を持ってやっていたわけじゃないから大丈夫、って。
喫茶店に入り、濡れた服をタオルで拭いてから席に着いた。
びしょ濡れの風音は双葉も手伝い、太助には京平が体を拭くという名目でここぞとばかりにわしゃわしゃごしごしもふもふと。
風音が抱えていた傘は傘立てへ。本数が多く入りきらなかった分は近くに立てかけたり手すりに引っ掛けたり。
これで今喫茶店にいるお客さんも傘が無くて困ることはないだろう。風音の抱えていた傘の柄には「ご自由にお使い下さい」と書いたビニールテープが貼ってあった。
「うん、妖怪系って大変なんだよなぁ」
ひとまず注文をして、風音の身の上話を一通り聞いて太助はそうこぼした。出身や種族にもよるが、妖怪と聞くと定番はやっぱりホラーとかそっち方面だし。
「でもな」
京平が言葉を継ぐ。
「せっかく両親から授かった能力だ。何も恥じるこたぁないだろ」
「そうですけど……」
その言葉には頷きつつも、未だ風音の表情には不安の影が残っている。ならばと、京平は自分のことを持ち出した。
「さっき嬢ちゃんを捕まえる時に使った能力な。俺ァこの能力の所為で嫌われ者だったが、それでも誰かの役に立つってぇのが分かったし、俺みてぇな異端者でも構わねぇって言ってくれる奴も居る。嬢ちゃんがちぃっとばかり雨や雪を降らしたぐれぇでグダグタ言う奴なんざ、放っておけば良いのさ」
「そうだな。非常にセンシティブな問題だが……」
京平の言葉を志郎が継ぐ。二日酔いはどうやら醒めたらしい。
「俺だって一つ間違えば社会の害悪になるんだ」
そう言いながら、志郎はおもむろに上着のポケットに手を入れた。そこから取り出されたのは、弾丸。
「この弾丸は必要ならいくらでも取り出すことが出来る。俺にしか取り出せないようだがな。一歩間違えれば、俺だって数多くの人間を不幸に出来るんだ」
弾丸を再びポケットに仕舞い、志郎は何も持っていない手を風音の頭に乗せた。
「だから、使い方次第なんだよ。俺のこの能力も、あんたのその能力も、な」
そして、その言葉をさらに太助が引き継ぐ。
「だからさ、大事なのは能力よりも性格だって。傘を投げたのだって困っているのを助けたかったからだろ? だったら大丈夫だって。雨も必要なものだしさ」
「別に悪意があったわけじゃなし、それくらいで退治されるこたぁないさ。この街にゃ、懐の広い奴がたくさん居るんだ、心配すんな」
「そうそう。気にするなよ。フツーに生きていりゃいいさ。それから考えればいいじゃん。まだそんな難しいことを考える歳じゃないさ」
京平と志郎がさらに言葉を継いで、トトも頷いて。
「……でも、私普通に暮らせるのでしょうか?」
「それは今から一緒に考えるのよ」
風音が口にした不安は、双葉が笑顔で取り払う。そして。
「ねえ、私達のこと、信じてくれないかな」
「はい……あの、私のこと、信用してもらえるのですか?」
「もちろんよ、ね?」
双葉に顔を向けられた4人は皆同時に頷いた。
「ね、だから私達のことも信じて」
「……はいっ」
双葉のその言葉に風音はようやく笑顔を見せて。
「ありがとう。嬉しいっ」
隣に座っていたのを良いことに、双葉は思い切り風音を抱きしめた。
「――で、風音ちゃんがみんなと仲良く出来る方法、なにか思いつかない?」
運ばれてきた温かい飲み物や軽食に手を付けつつ、双葉は他の人達に意見を求めた。考えるの苦手だし、と思考を読まれたら探偵目指す人間がそれでいいのかなんて突っ込まれそうな理由もあったのはここだけの話。でも苦手なところを協力してもらうことで補うのは決して悪いことではない。
「そうだなあ、雨降りアルバイトなんてどうだ?」
「雨降りアルバイト?」
太助の提案をオウム返しにする双葉。
「ほら、植物には水道水より雨水の方が良さそうだろ? 広い畑とかは水まきだけでも大変だと思うし」
「公園の花壇や競技場の芝ってぇのもあるな。水道代もかからねぇし、喜ばれると思うぞ」
京平も賛同した太助の案に、双葉は実際その様子を想像してみた。
「それイイ。風音ちゃんはどう?」
「素敵です。私でも役に立てることがあるんですね」
「おう。要は発想の転換でどうにでもなると思うぞ。降らせてしまうじゃなくて、ずっと降らせられると思えばいいんじゃないか」
「本当ですね。どうして気付かなかったんでしょう、私ったら」
太助の言葉にクスリと微笑む風音。
「あと、ある程度制御出来るようになったんだよな」
「はい」
「だったらこれから冬だし、雪も喜ばれるぞ。雪合戦とか雪だるまとかかまくらとか、雪遊びがいっぱいできる」
「もうすぐクリスマスだし、小雪を降らせてホワイトクリスマスを演出とかも素敵だよね」
「あ、それいいな」
そんな感じで、素敵な方に話が盛り上がるとどんどんアイデアは浮かんでくるもので。
「映画撮影で雨や雪のシーンが欲しい時なんか大助かりだよな」
「消火活動を手伝うってぇのはどうだ?」
「この前水のお祭りがあってね、雨を降らせたら喜んでもらえたよ」
他にも解体作業の防塵とか、理科(地学)のお勉強とか、ダイノランド雨天観光ツアーなんてのまで出たりして。
そのうち誰かがボケたのか一同大笑いもしたりして。いつの間にかすっかり楽しいティータイムとなっていた。
外の雨は、タップダンスを踊っているような小気味良い音を立てていた。
「よっし、それじゃ市役所に行くぞー」
喫茶店を出て、右手を突き上げておーって言いそうな感じに太助が声を上げた。
事件になっていたのは原因が分かればきっと大丈夫だし、住むところもアルバイトも対策課とかの仲介があった方が断然良い。
そんなわけで登録とか報告とかその他諸々のためにしとしと雨の中を雑談しながら市役所へ。
道中、双葉はふと話の途中で風音の表情が一瞬揺れたのに気が付いた。
「……ん? まだ何かありそうね」
「え? あ、えーっと……」
そう話を振られて、僅かに顔を赤らめる風音。
「いいじゃん、言ってごらん。手伝えることなら手伝うから」
「ああ、いえ、私も普通に暮らせるんだなぁって思っていたら、ふと思い出したことがあって」
ふむふむ、と双葉に加えトトが風音の顔をのぞき込む。
「傘を投げていた時に、素敵なお姉さんをお見かけして。ついうっかり見惚れてしまって姿を隠すのが一瞬遅れてしまったんですけれど」
植村さんが言っていた話かなと2人は顔を見合わせた。ということは。
「思い出したら胸がドキドキしてきて。会えたら告白してみようかもっと時間置いた方がいいのか、どうしようかなって思いまして」
ひょっとしてこれって一目惚れなんでしょうか、なんて話を前を歩いていた3人もうっかり聞き耳を立てていて。すっかり酔いが醒めたはずの志郎は、その話を聞いて盛大にすっころんだ。
「おわっ、大丈夫か?」
「ひょっとしてまだ酔いが醒めてねぇのか?」
太助と京平に助け起こされながら。
(うっわー、あの話はした方がいいのか? しない方が幸せなのか?)
頭の中ではそんな事を考えていた志郎だった。
市民課の窓口に座っていたのは高梨ではなかった。
「ちょっと頼みたいことがあるんだが」
「わっ、三嶋様!? なっ、ななな何でしょうか?」
窓口の職員の慌てようと怯えように、事情を知らない人達は何がどうなっているのやらさっぱり分からずに少しだけ混乱した。
「いや、この子の住民登録をお願いしたい。あと、高梨さんはどこに?」
「え、高梨ですか……」
しばし戸惑った窓口職員は、やがて観念したように後ろを指さしながら場所を教えた。
「奥のデスクにいますけど……話とか出来る状態じゃないですよ」
記憶は残らないのですけど、もの凄く落ち込んで使い物にならなくなるんですよと志郎だけに聞こえるように呟いて、職員は引き出しの中から書類等を取り出し始めた。
「だ、そうだが」
「「あ、あははは……」」
指し示された先を見れば、どんよりした空気を背負ってため息を吐いたりしている風音の思い人が居たわけで。トトと双葉が思わず乾いた笑いをあげたのも無理はない。
「これは……話にならなさそうね」
「そうですね……」
「まあ、仕方ないよ。元気になるまでいっぱいお仕事とかしてお姉さんに覚えられるようにがんばって」
「はい、そうします」
双葉が風音を励ましたところで、気を取り直して風音はトトと双葉に付いて貰いながら書類を書き始めた。
「何かあったのか?」
「あー……聞かないでくれると助かる」
「そうか」
京平の質問をはぐらかす志郎。昨日の今日ということもあり、市民課の様子見ついでに当人の様子次第では何か言ってやろうかと考えて取り次ぎを頼んでみたのだが、あまりの落ち込みように毒気が抜かれてしまった。
風音が書類を書いている間に、太助と京平は風音の住み場所とアルバイトについて職員と相談した。
他にどこもなかったらダイノランドを提案しようとしていた太助だったが、それは杞憂に終わった。話を聞いていた水道局の人が浄水場に住まわせてくれることになり、ついでに仕事の面倒も見ると申し出てくれたのだ。水道設備を使わずに散水出来るので、水道局としても省エネ&経費削減になるから大歓迎なのだそうだ。
「幸せになれたら……ううん、絶対幸せになれるよ」
「はい、頑張ります」
「かざねー、早くー」
「あ、トト君待ってー。あっ、今日は本当にありがとうございました」
双葉と笑顔でやりとりし、挨拶をしてからトトを追いかける風音。これから水道局の人と一緒にお仕事先を覚えてまわるらしい。
すっかり仲良し3人組になっている光景を眺めながら、太助・志郎・京平の3人はトト達を見送った。頑張れよ、元気でなとそれぞれ声をかけながら。
「しっかし本当、色々ある街だよなぁ」
「でも楽しいこと沢山あるぞ」
「そうだな」
3人のスターは語り合う。最近は不穏な空気も漂っているけれど、素敵なことも沢山ある街だから。時には困ることもあるけれど、せっかくこの街に来たのだから楽しく過ごして欲しい。悔いのないよう生きて欲しい。お互いに、他のスターも、まだ見ぬ新たなスターにも。
「見て、虹。きれーい」
双葉の声に3人が空を見上げる。風音が去った後の雨上がりの空は、七色の帯を締めて澄んだ空気を運んでくる。日々新たに加わる彩りが無数の糸となって毎日を織り上げてゆくこの街で。時にほつれたりもするけれど、織り上がった日々が愛しく思えるものになりますように。そんな想いを胸の片隅に秘めながら、4人はそれぞれに歩き出した。無数の色の虹の、そのうちの1つの帯をしっかりと握りしめながら。
|
クリエイターコメント | まずはご参加下さった皆様、ここまでお読み下さった皆様、 ありがとうございました。 楽しんでいただけていれば幸いです。 素敵な結末を迎えられたのは ひとえに参加して下さった皆様の素敵プレイングのおかげです。 毎回プレイングとキャラシートを読んでたっぷり妄想してから書き始めるのですが、 今回は意外なプレイングに妄想して椅子から転げ落ちたことを ここに告白しておきます。 いえ、決して悪い意味ではなく視点が面白かったとかそういう感じでですよ。
【ムービースターの新生活】シリーズはこれが最後ということで 各シナリオに参加して下さった方々に改めて感謝しつつ、 今回はこれにて失礼いたします。
|
公開日時 | 2008-11-28(金) 18:10 |
|
|
|
|
|