★ 好奇心、猫を満たす ★
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号589-8421 オファー日2009-06-26(金) 01:46
オファーPC 花咲 杏(cyxr4526) ムービースター 女 15歳 猫又
ゲストPC1 狩納 京平(cvwx6963) ムービースター 男 28歳 退魔師(探偵)
<ノベル>

 天気がよくて、ぽかぽかで。走るとちょっと暑いけれど、歩いている分には時折吹く風が心地いい。塀の上の木陰を優雅にお散歩中の黒猫──花咲杏は、優しく撫でるように吹いた風に目を細めた。
「気持ちええなぁ。お昼寝したらごっつ気分ええやろけど、……何かそれも勿体無いしなぁ」
 言いながらそのしなやかな肢体をうんと伸ばして、ふるふると身体を揺らす。大きく欠伸をしたらそのまま眠ってしまえそうな心地にうっかり流されたくなったが、そうしようと決意する前に視界の端に知った顔を見つけた。
 猫が獲物に飛びかかる前のように身を低め、尻尾を大きくゆらり、と揺らす。気配を殺しながら窺う先は、狩納京平。一瞬でお団子と結びつく──京平にとって喜ばしいかどうかは置いておく──陰陽師だ。
(突然襲い掛かって、脅かしたろかな〜)
 むくむくと悪戯心が巻き起こり、今にも飛びかかろうとした時に京平が何かに気づいたように顔を巡らせた。思わず一緒になってそちらに視線をやるのは、杏が潜んでいるのとはまったく別方向を向いたから。
 好奇心旺盛な猫のまま窺っていると、馬鹿でかい荷物に押し潰されそうになっているお婆ちゃんがよたよたと歩いているのを見つける。
(誰や、ばあちゃんにあんなもん持たす阿呆は〜っ)
 手伝わねばと咄嗟に人型になろうとしたが、それより先に京平が声をかけている。
「そこまで下を向いてたら、その先の石にも気付かねぇだろう。何処まで行くんだ? 手を貸す位は出来るが、入用かい?」
 さっきまで吸っていた煙草はちゃんと消していて、人好きのする笑顔を向けた京平にお婆ちゃんも嬉しそうにしている。お言葉に甘えようかねぇとおずおずと頷いたお婆ちゃんに遠慮すんなよと笑いながら重そうな荷物を引き取った京平は、煙草を取り出して火はつけないまま銜え、もう片手で歩く手助けまでしている。
(うぬう、やるな、京平はん!)
 うちの出番なしやんと心なし嬉しそうに心中に呟いた杏は、猫型を取ったままであるのをいい事に気配を潜ませながら尾行を開始する。


 天孤使いの陰陽師は、こうして悪戯心を起こした猫をひっそりと従えて一日を始めた。


 あの後、京平は助けたお婆ちゃんの家に招き入れられ、縁側でお茶とお菓子をご馳走になりながら愚痴とも家族自慢と持つかないお婆ちゃんの話に延々と付き合っていた。屋根の上でそれを聞くともなしに聞きながら、これが木陰であればいっそ寝てやるのにと杏がヤサグレ出した頃、ようやく腰を上げた。
「長い事邪魔して悪かったな。茶、美味かったぜ。ご馳走さん」
「こっちこそあんな重い物持たして悪かったねぇ。ああ、ほら、お礼だよ、このお菓子は持って行きな」
 年寄りの愚痴に付き合わせて悪かったねぇとお婆ちゃんが幾らか申し訳なさそうにしたそれに、京平は何言ってんだと笑う。
「こっちこそ、別嬪さんと話せて楽しかったぜ。菓子も美味かったし、遠慮無く貰っとくな」
「また上手い事言って、やだよう。いつでもお菓子は用意しとくから、またおいで」
「ああ、またあんな重い物を運ぶ時は声掛けてくれ。一人で無茶すんなよ」
 じゃあなと手を揺らして歩いていく京平を暑かった屋根の上から見下ろし、ばあちゃんキラーとぼそりと呟く。
 美味しそうなお菓子も羨ましいとぽつりと呟き、ようやく移動する京平の後を再びつける。さすがに喉が渇いたからと人型を取り、通りかかった自動販売機で水を買う。
 相手は探偵業を務める京平とはいえ、隠れる気もなく普段通りに過ごしているならよほどでない限りは見失わない。くぴくぴと水を堪能しながらの尾行は余計に甘い物がほしくなり、張り込みの鉄則は牛乳とアンパンやったやろかと半ば本気で考えていたのだが。
 近くにコンビニを探そうにも、いつの間にか人気のない裏路地まで来ている。もうちょいマシなとこ歩きぃやぁ、と愚痴る間に京平は誰かに声をかけていた。
「其処を通りたいんだが、退いてくんねぇか」
「はぁ? 通りたいなら通ればいいだろ、何で俺らが退かなきゃなんねぇんだよ」
「俺らのほうが先にここにいたっつーの。言い掛かりつけてんじゃねぇぞ」
「先にいるから態々声を掛けてんだろうが。……一度は断ってやった、後悔すんなよ」
 いつの間にか火をつけている煙草の先が、ほう、と赤を強くする。それに合わせるように細く笑った京平は、狭い路地に向かい合って立ち、向かいの壁に片足を伸ばして明らかに通行の邪魔をしている男たちの交差している足を問答無用で蹴り飛ばしていた。
 よほどの勢いで蹴りつけたのだろう、男たちは無様な悲鳴を上げて足を庇い、ますます邪魔な事に身体を屈めている。京平は躊躇いなくその背を踏みつけて押し潰し、奥にいた為に潰れた連れを見て青褪めている男ににっこりと笑いかけた。
「通れって言ったのは其方だ、文句はねぇだろうな?」
「い、言ったけど、言ったけど普通そんな事するか!?」
 鬼かお前と青褪めたまま批難する男に、京平は僅かに目を瞠ると煙草を外してくくっと笑った。
「悪いな、俺は其れを使役する方だ。……何なら本物を拝ませてやろうか?」
 特別サービスだと殊更優しく告げるバリトンは甘く、内容に関わらず思わず聞き惚れそうになる。とはいえそんな呑気な事を考えていられたのは影からこっそり顔を出して覗いている杏だけだったらしく、男は悲鳴さえ上げられない様子で即座に踵を返した。が、その襟首を捕まえて引き戻した京平が、まぁ待てよとその男の肩に腕を回して煙草を揺らした。
「他人様の通行の邪魔だろ、持って帰れ」
 迷惑だと肩に回したほうの手で足元のもう一人を示すと、捕まった男は逆らう気力もないらしくかくかくと激しく頷いた。そのまま気を失っている男を抱え上げると、一目散に逃げていく。
(野郎には容赦ないなー。言うか、阿呆には、か)
 あれは容赦せんでもええと深く頷いた杏は、何かしら気にしたように振り返ってきた京平から姿を隠しついでにまた猫型になる。こっちのほうが追尾しやすいと側の壁にひらりと飛び上がり、屋根まで登る。
 京平は何となく腑に落ちなさそうな顔をしていたが、まぁいいかと呟いて止めていた足を進める。うにゃうと小さく鳴いた杏は、屋根の上から軽やかな追跡を再開した。


 順調な尾行は、商店街に入ってちょっぴり邪魔をされた。確かに猫が商品の側に座り込んでいたら「おっ」と思われても仕方のないところだが、何もあんなに追い回さなくてもよいではないか。
(まぁ、美味しそうな魚は限りなく魅惑的な香りでものごっつ誘惑してきたけどもっ)
 でもちょぴっと舐めたり、ちょぴっと爪に引っ掛けて落としたり、したかったけどまだしてなかったのに。失礼な話だ。
 ぷいぷいと憤慨しつつ魚屋のおっちゃんをまいて人の形を取り、さっきの場所まで戻る。そう遠くまでは行ってないはずだと踏んで少し足を速めると、どうやら商店街でも人助けに勤しんでいたらしい京平は複数人からのお礼に軽く手を上げて応え、もう喧嘩すんなよと見送っているところだった。
(喧嘩の仲裁!? くぅ、オイシイとこ見逃してもたやんかーっ)
 魚屋のおっちゃんめーっと拳を震わせつつ、またふらりと歩き出した京平を追いかける。
 今度はドジを踏むまいと、素早く身を隠しつつ追いかける。何だか本当に探偵にでもなったみたいで、ちょっと楽しい。
 ターゲットはただ今、ふらふらと歩行中。前方に公園発見。中からサッカーボールが転がってきました、じゃれつきたいっ。──ではなくて。
 猫としての本能を必死に押さえ込んでいると、転がってきたボールがそれ以上離れていかないように京平が軽く足を伸ばしてそれを止めた。そのまま足の動きだけでひょいとボールを跳ね上げ、鮮やかなリフティングを披露している。
(これは猫として襲い掛かるんが筋とちゃうのん、襲っとくべき!?)
 思わず本気でうずうずする、杏の目が見据えているのはボールだろうか、京平だろうか。
 どっちにしろ楽しい反応は返ってくるはずだと半ば本気で実行しようかと血迷いかけた時、すぐ側で唸り声が聞こえて視線を落とした。
 こちらに向かって体勢を低くし、牙を剥くようにして唸っているのは割と大きな茶色い毛並みの犬。赤い首輪をしているところからしてどこかの飼い犬だろうが、生意気にも杏に向かって喧嘩を売っているらしい。
「うちが、わんこ相手に引き下がるとでも……?」
 舐めんなー! とばかりに目を大きくして爪を伸ばし、シャーっと威嚇し返す。途端にその犬はびくんと身体を竦めて尻尾を足の間に回すと、ふぅんふぅんと鼻を鳴らすように鳴いて縮こまる。
 勝った、とにんまりして腕を組み、ふふんと勝ち誇って見下ろしていると何だか後ろが騒がしいような……?
 自分が何をしていたかを思い出してそろそろと振り返ると、サッカーボールを追いかけて出てきた子供たちに囲まれた京平の目はばっちりと杏を見据えていた。
「よう、嬢ちゃん」
 楽しそうだなと笑いかけられ、あっちゃあと額を押さえた。


 子供たちと一頻り遊んだ後、誰より楽しんでた杏は疲れたー! と楽しそうに声を張り上げた後、ごろにゃんと喉を鳴らして見上げてきた。
「なぁなぁ、京平はん。お腹減らへん?」
 減るよな減ったよなぺこぺこやんなと期待に満ちた目で声を弾ませられ、無理なく笑う。
「そうだな、団子でも食いに行くか?」
「いやったー! 京平はん、せやし好きやー!」
 別に奢るとは言ってないんだけどなとちらりと考えるが、言う気にはならない。ぴょんぴょんと飛び跳ねている姿は可愛げだし、こんな小さな子と割り勘なんてせこい真似をしては男が廃る。
(実年齢はさておき、って処だが)
 それを言っては野暮というもの。何より団子の一つや二つで、破産するでなし。
 早よー! と既に大分先を行っている杏が振り返ってきて急かすので、さすがに子供たちとサッカーをする間は銜えていただけだった煙草に火をつけながら少しだけ足を速める。
 焦れたように戻ってきて横に並んだ杏は、何でそんな楽しそうなん? と不思議そうに尋ねてくる。
「いいや、杏嬢ちゃんと団子が食えるのは光栄だと思ってな」
「せやろせやろ、団子に甘酒つけたなるくらい光栄やろ♪」
「別に構わねぇが、それで晩飯食えるのか?」
「甘いもんは別腹なんー。ちゅーか、おとーさんみたいな事言うな、京平はん」
 寧ろおかーさんかと本気らしく考え込む杏に、勘弁してくれと苦笑する。杏はそんな京平を見上げて楽しそうににこおと笑い、スキップでもするような足取りでまた先に向かう。
 妹でも見守るように仕方なさそうに笑いながら目を細めた京平は歩調をのんびりしたものに変えて、何処にと告げたわけでもないのに贔屓にしている甘味処へさっさと入っていく杏を追いかけて店に入った。
「遅いー、京平はん。もう先頼んだでー」
「杏嬢ちゃんが早過ぎるんだろう。俺の分も頼んでくれたのか?」
「勿論、ここ来たら黒蜜団子やろっ」
 それは外せへんよなと力強く同意を求められ、確かになと何度となく頷く。
「此処の黒蜜団子は絶品だからな」
「せやんねぇ! 一回食べたら他のお団子食べられへんわ……」
 杏が美味しいねんとうっとりしたように呟いているところに、店員が団子を運んできてありがとうございますと満面の笑みを浮かべる。ぱぁっと顔を輝かせた杏がそれでも感嘆を堪えるのは、黒蜜の上からたっぷりとかけられた黄な粉が飛ぶのを恐れてだろう。いただきますの声さえ潜めて嬉しそうに食べ始める杏に笑みを殺せないまま、京平も同じく団子を食べる。
 相変わらずとろりとした黒蜜が舌に優しく、しばらくは食べるほうに熱中してしまったが、ふと思い出して向かいの杏に目を向ける。一皿既に食べてしまい、追加しようかどうかを迷っている風情に目許を和ませながら、まだ残っている一本を進呈する。うにゃあんと足をじたばたさせて喜んだ杏が有難く! と素直に団子を食べるのを眺めて茶を飲み、聞いてもいいかと問いかける。
「んん?」
「嬢ちゃん、暫く俺の事を尾行してたろう?」
 肘を突きながら語尾を上げると、杏が幾らか気まずそうな顔をした。
「どっから気づいてたん?」
「そうだな、とりあえず魚屋の親父に追い回されてたのは確実に知ってるな」
「そこかぁ! でもその前は知らんやろ?」
「裏路地でちらっと気になる気配があったが、あれも杏嬢ちゃんだな」
「上手い事隠れた思たのに、気ぃついてたんかぁ。せやけどその前からつけてたで〜」
 嬉しそうに笑って告げる杏に、さすがに京平も呆れて片眉を僅かに上げた。
「何で見つけた時に声を掛けてくれなかったんだ?」
「んー、何となく? いきなり声かけんのも無粋や思たし……、探偵はんの普段の姿て気になるやん」
 せやし、と何の気負いもなくつらっと答えられては、京平も苦笑めいて笑うしかできない。
「で、探偵の一日は面白かったか?」
「えらいお腹空くから食料は自力調達が基本や思いました!」
 握り拳を突き上げるようにしてひどく熱く主張され、思わずはっと声にして笑ってしまう。しばらく笑いを止められずに笑っていた京平は、今度アンパン差し入れるなぁとにっこり笑う杏に手を伸ばし、ぽんぽんと頭を叩くようにして撫でた。


 好奇心旺盛な猫は喉を撫でられたくらい嬉しそうに目を細め、うにゃあとちょっとだけ照れたみたいに笑った。

クリエイターコメント不慮の事故により、お届けが予定していたよりも遅くなってしまいました、申し訳ありません。
それでも一からの書き直し作業さえひたすらほっこり楽しんで書けました、素敵にほのぼのなオファーをありがとうございます!

オファー文を拝見した時から思わず口許が綻んでしまいましたので、その空気をまるっと表せてたらいいなと頑張りました。
少しでもお心に添う形で表現できていましたら光栄です。

最後に近い時間をお任せくださいまして、誠にありがとうございました。
公開日時2009-07-02(木) 18:20
感想メールはこちらから