★ 笛吹きたちのピロシキ ★
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
管理番号938-6507 オファー日2009-01-31(土) 18:00
オファーPC 小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
ゲストPC1 ケイ・シー・ストラ(cxnd3149) ムービースター 男 40歳 テロリスト
<ノベル>

 ケイ・シー・ストラ率いるテロ集団『ハーメルン』は、現在、ダウンタウンの一画に住んでいる。老朽化して使われなくなった公民館を悪役会が押さえたので、年が明けてからそこに引っ越した。
 竹川導次が彼らの引っ越し後に対策課にそのことを届け出たが、公民館の住所を見て植村直紀は青褪めた。なぜなら近くには、あの小隊が住むボロアパートがあって……。
 しかしそれはまたべつの話である。


                    ★  ★  ★


「ごめんくださーい」
 小日向悟が古めかしい引き戸の玄関をノックして声をかけると、体格のいい白人男性が口をモグモグさせながら出てきた。額の上にはガスマスク。彼は悟の頭から爪先までを舐めるように見て、訝しげな顔をした。
「見た顔だな。なんの用だ?」
「ケイ・シー・ストラさんにお話があるんです」
「――リーダー、お客さんです」
 ストラの名前を出すと、男は拍子抜けするほどアッサリ取り次いでくれた。奥から出てきたストラもまた、なにか食べていたようだった。
「こんにちは」
「プリヴェット。探偵が私に何用だ」
 ストラはあまり人の名前を呼ばない。自分を指す記号が『探偵』であるらしいというのを知り、悟の顔はフワッと自然に崩れた。
「ちょうど食事中ですよね。これ、おみやげです。よかったらどうぞ」
 悟は携えてきた大きな紙袋にストラに渡した。すでになにごとかといった面持ちで彼の後ろに十数人のロシア系の男が集まっていたが、ストラが受け取った紙袋の中身を見て、いっせいに歓声を上げた。
「ピロシキだ!」
「ピロシキじゃないか!」
「食え」
 ストラはそんな外野のほうを振り返りもせず、温かい紙袋を後ろに差し出した。男たちは大騒ぎしながら、紙袋を奪い合うようにして中に戻っていく。
「取引というワケだな。貴様の要求を聞こう」
「オレにコマンド・サンボを教えてほしいんです」
 悟は柔らかな笑顔のままで、持ってきたボストンバッグを叩いた。中身がパンパンに詰まっている。
「大学は春休みに入ってます。だから、1ヶ月くらい住み込みで、みっちり教えてもらえたらなって」
「……ここは日本だ。格闘を学びたいならば、カラテやジュードーを選ぶのが自然だろう。コンバット・サンボはソヴィエト軍が編み出した徒手格闘術だ……言うなれば殺人術だぞ。日本人にも、探偵にも似つかわしくない」
「ダメでしょうか」
 そうは言いつつも、悟の背筋はピンと伸びたままだったし、足元も揺るぎない。ストラは腕を組み、しばらく黙っていたが、やがて中から感激した声が飛んできた。
「リーダー! フクート、フクート・ハラショー!」
 たぶんピロシキの感想だろう。ストラは片眉を跳ね上げてチラッと振り向き、悟に向き直って、無表情で溜息をついた。
「同志は貴様を炊事担当として迎え入れる気があるようだ。だが、短期とはいえわれわれと生活を送るからには、同志として対等に扱うことになる」
「準備も覚悟もできてます」
「ハラショー。理想的な返答だ。入れ、サトリ」
「ありがとうございます! 頑張ります」
 ストラがズカズカとブーツを履いたまま中に入っていったので、靴を脱ぎかけた悟は、若干戸惑ってから土足で公民館の中に入った。
 中ではピロシキ祭りが催されていたが、それまで彼らが食べていたらしい物体を見て、悟はガラにもなく絶句した。
 これはひどい。おかゆなのかオートミールなのか液状化した挽肉なのかわからないものが、無骨なアルミの器に盛られていた。手作りの焼きたてピロシキで彼らが感激するのも納得だ。とにかくひどい。
 ソレを見れば、ベイサイドホテルその他の厨房でならしたピンチヒッター悟の腕が、否が応でもテンションを上げる。
「同志たちよ。1ヶ月間だけだが、われわれ『ハーメルン』のメンバーがひとり増えることになった。コンバット・サンボを学びたいそうだ」
 男たちがざわめく中、悟はほわっと笑って頭を下げた。
「小日向悟です。よろしくお願いします」
 テロリストに一般市民が自己紹介して一礼するというのも、なかなかシュールな光景である。


 そもそも悟がコマンド・サンボ(本来はコンバット・サンボと言うのが正しいらしい。ストラはべつに言い間違えていたワケではないのだ)について興味を持ったのは、ケイ・シー・ストラの情報を見て、さらにインターネットでサンボの紹介動画を見たからだった。解像度の低い動画の中でも、流れるような動きはいっそ芸術的にも感じられるほど美しく、悟の心をガッチリ掴んでしまったのである。
 誰かがどこからともなく持って来たハーメルンの装備一式に着替えさせられてから5分後、早速悟は洗礼を受けることになった。
「貴様は理論が得意だろうが、こういった技は身体で覚えたほうが早い。――私を殴ってみろ」
「え?」
「殴れと言っている。耳が聞こえないのか、このдуeeюがッ!」
 罵倒された。これ以上の質問は無意味かつ危険だ。悟はこれまでに人など殴ったこともなかったが、仕方なくストラに殴りかかった。
 一瞬、右腕のすべてに痛みが走った。
 次の瞬間には薄汚れた天井が見えた。
 ドスン、という自分が倒れる音も、背中に走る鈍い衝撃も、気がついたら自分の中にあった。
(あ、オレ、投げ飛ばされたんだ。たぶん腕を取られて……)
「考えているヒマがあるなら立て。立って私を殴ってみろ!」
 ハッと悟が我に返ったとき、自分を覗きこむストラが再び罵倒してきていた。
 その後悟はストラをなんとか殴ろうと努力したのだが、なにをしてもムダで、どうやってもダメだった。殴れと言われてパンチを繰り出せば、アッサリ手首を掴まれて投げ飛ばされる。蹴ってみろと言われて足を振り上げても、やっぱり足首を掴まれてタタミに叩きつけられる。
 ストラから攻撃してくることはないのに、ダメージを負っているのは自分のほう。
 けれど、ストラは悟の攻撃を防いでいるわけではない。まるで――悟の力を吸いこんでしまっているかのようだ。
(そうか)
 何十度目かに立ち上がったとき、悟は気がついた。
「わかった……、わかりました。相手の攻撃が、自分の攻撃になるんですね。ストラさん……じゃなくてリーダーは、ただ待っているだけじゃない」
「ハラショー。32回目の死で学んだか。――貴様のクセはだいたいわかった。細身に見えるがしっかり筋肉もついているようだ。アレクセイ! 格闘訓練の際はしばらくサトリと組め」
「ダ・ヤア!」
 ずっと立ちっぱなしで様子を見守っていたガスマスクのひとりが、悟のそばに歩み寄ってきた。
「おまえ、根性あるんだな」
「1日目であきらめるワケにもいきませんから」
「ハハハ、それもそうか。よろしくな」
「あ、はい……っぅわ」
 ガスマスクが差し出してきた手を握り返した瞬間、悟の身体は宙を舞っていた。さすがは『先輩』である。悟がタタミに叩きつけられた瞬間、ガスマスクたちが全員爆笑した。
「新入りで遊ぶな、馬鹿どもが! さっさと2人ひと組になって受け流しの訓練を始めろ」
 ストラの怒号で、ガスマスクたちはすぐに笑うのをやめ、そそくさとコンビを組んでいた。
「ホラ、寝てるなよ」
 悟の相方になったガスマスクが手を伸ばしてくる。
 ちょっと躊躇してからその手を握ると、悟は引き起こされたのちにやっぱり投げ飛ばされていた。予想どおりだったが、対処できなかった自分が情けない。
(これは、前途多難だなぁ)
 すっかり見慣れた天井をあおぎながら、悟は呑気にそう考えていた。


                    ★  ★  ★


 ハーメルンは普段、格闘よりも基礎体力づくりのトレーニングや射撃訓練に重きを置いているらしかったが、悟が加わったことでストラは若干気を利かせてくれたようだ。ちょうど公民館の広間がタタミだったこともあって、メンバーは毎日数時間ストラに投げ飛ばされることになった。
「貴様のせいで訓練がつらくなったぞ! 自分は格闘が苦手なのに」
「リーダーの格闘熱に火がついたじゃないか、どうしてくれる!」
「肩外されたぞ! 貴様がリーダー焚きつけたせいで!」
 と、最初のうち一部ガスマスクによる新人いびりがあったのだが、彼らも数日で悟に『餌付け』された。
 悟は前もって彼らの好む食べ物をリサーチしてあった。典型的なロシア料理で感激しているところはその目で実際に見ている。果たして彼らはピロシキとボルシチで単純に喜び、アッサリ懐柔された。
 それにしても、ストラとその同志たちの飲みっぷりと言えば、肝臓が異次元なのではと思わせられるほどだ。毎夜毎夜、各人がウオッカをひとビンあけている。さほど酒には強くない悟も、しつこく勧められるので本当に困った。
 一度悟は、「あまり飲むと肝臓を悪くしますよ」ともっともな忠告をしたのだが、「悪くしたら健康なヤツと取り替えればいいじゃないか」と常軌を逸した答えが返ってきたので、悟はそれ以上ツッコまないことにした。
 また、洞察力も持ち合わせる悟は、新人いびりがなくなった時点で確信し、嬉しくなった。
 ハーメルンのメンバーには、あまり自分の意思というものがない。ストラの分身、もしくはコピーともいえる彼らは、無表情で冷静なストラの感情を共有していると言っていいようだ。ストラの感情を判断するときは、彼ではなくガスマスクたちを観察したほうがわかりやすい――悟がソレに気づいたのは、「入隊」してから2日後のことだった。
 だから、新人を疎ましく思う者がいなくなったということは、ストラから完全に信頼を置かれたということでもあるだろう。
 ストラは何日経っても無表情のままだったけれど、悟は嬉しかった。


                    ★  ★  ★


 悟がハーメルンと共に生活するようになって、3週間が過ぎた。
 その日は、いつもより長い十数キロのランニングから始まった。時刻は早朝6時、しかも10キロ近い装備を身につけた上で、靴底の硬いブーツを履いて走らなければならない。目標は杵間山で、到達後はそのまま射撃訓練に移るという。
 空が白い朝だった。かなり冷えこんでいて、息が白くなる。
 白い空を、鳥が飛んでいくのが見えた。
 ザカザカと、リズミカルな重い音が、ダウンタウンの住宅街を通り過ぎていく。
 途中、犬の散歩をしている初老の男とすれ違った。男はギョッとした様子で道を譲る。黒いガスマスクの集団が通り過ぎるのを、彼は黙って見ていたが、きっと人数を数えたりはしていなかっただろう。もし数えていれば、最近18人になったハズのハーメルンが19人になっていることに気づいて、首をひねっていたかもしれない。
 住宅街を抜け、ひと気のない道を走り、杵間山の登山路の入口で、ようやく休憩の許可が出た。10分間だけの休息だが、メンバーはガスマスクを頭の上に押し上げて草むらの中に腰を下ろし、笑顔を見せながら水や酒を飲み始めた。
 メンバーはどうやら戦闘行動に必要な消耗品なら、弾薬に限らずなんでも無尽蔵にポケットやポーチから取り出せるらしい。1日目、悟が絶句したドロドロの食べ物も、彼らが『生産』した非常食だったようだ。今は、周りのメンバーがヒョイヒョイと携帯食のクラッカーやチョコレートバーを悟に投げよこしてくる。
「あ……、どうもありがとうございます」
「おまえの料理とちがって、マズイけどな」
「アレ、サトリは脱落してなかったのか。意外と体力あるんだな」
「遅れてたヤツなら、ドラグノフだぜ」
「しんがりになっただけだ。自分は遅れてない」
 ハーメルン唯一のスナイパーは、そうむっつりと言い放って水筒の水をガブ飲みしていた。が、
「ドラグノフ」
 ストラが近づいてきたので、スナイパーは慌てて立ち上がった。
「ダ、ダ・ヤア! リーダー、自分はホントに遅れてません!」
「なにを言っているのだ? ……貴様のドラグノフを貸せ」
 悟は一瞬ストラの言っていることが理解できなかったが、直後のふたりのやり取りを見ればすぐにわかることだった。ドラグノフはドラグノフという名前の狙撃銃を持っていたのだ。
「サトリ、私について来い。他の者は私とサトリが戻るまで休んでいろ。休憩は延長だ」
 まだランニングの疲れは抜け切っていなかったし、もらったチョコレートバーも食べかけだったが、ソレは命令だった。悟は立ち上がり、ストラについていった。どこに行ってなにをするのか、聞く必要はない。コレは命令なのだから。


 キレイな野鳥の群れが、大木の枝で羽根づくろいをしている。野鳥の朝は早い。バードウォッチングに最適の時間帯はすでに過ぎている。しかし、スッと伸びるあざやかな青の尾羽は、冬の山の中ではそこそこに目立った。
 スナイパーライフルのスコープ越しに見れば、なおさらだ。
「貴様は年のわりに落ち着いている。私の見立てでは、格闘戦よりも狙撃に向いているのだがな――どうだ、撃てるか」
「リーダーの命令ですから」
「私は、撃ち殺せるのかと聞いている」
「……」
 青い鳥には、罪などない。遠くの木にとまって、羽根づくろいをしているだけだ。誰を襲っているわけでもない。たぶん、かれらが普段食べているのは虫か木の実だ。悟に迷惑をかけることもないハズだ。
「――撃てます」
「ハラショー。では、肩の力を抜け。だが、ドラグノフのリコイルは強烈だ。無様にひっくり返りたくなければ、膝も使ってしっかり固定しろ。この距離ならば必要ないが、通常は当然、風向きを考慮に入れる。焦りは禁物だ。『そのとき』が来るのを待て。ターゲットと風がとまる瞬間を。1日でも2日でも待つ覚悟で待つのだ。『そのとき』が来たら……」
 ストラが視線を自分に向けたのが、スコープを覗いたままの悟にもわかった。
「おのれの息もとめろ。そして、殺せ」


 銃声が響き、オナガの群れが、姿には似合わない、しわがれた叫び声を上げて飛び立った。


「――惜しかったな」
 悟はスコープで、ストラは双眼鏡で、青い尾羽だけが草むらに落ちていくのを見た。
 肩に、撃ったときの反動がまだ残っている。指には、罪もない生物に向かって引金を引いた感触が残っている。結果として弾丸は鳥に当たらなかったけれど、自分は、撃った。
 悟はなにも言わず、スコープから目を離した。冬の山が視界に広がる。
「貴様をハーメルンの参謀として迎え入れる準備が整っているが」
「ありがとうございます。オレにとっては、これ以上ないくらいの言葉です。でも……」
「ソレはわかっている。だが、まだわからないことがひとつある。参謀や探偵として優れた貴様が、なぜ、その覚悟を持つに至ったのかだ」
「……」
 悟はドラグノフの安全装置をかけた。
「オレには、大切な人がいるんです。銀幕市は……本当に危険なところになりました。ネガティヴパワーだけでも大きな問題なのに、いまは神話の中の存在まで介入してきているんです。オレはもう……安楽椅子に座ったままでは、いられなくなりました。たったの1ヶ月で、プロのストラさんや不死身の殺人鬼くらい強くなれるハズはありません。でも、なにもしないワケにはいかなかったんです。ストラさん……オレはあなたに、とても失礼なことをしていたかもしれません。許してもらえますか? ……納得してもらえますか?」
 悟はジッとストラの顔を見つめた。ストラはなにも言わなかった――そして、彼が先に視線をそらした。まるでまぶしいモノでも見てしまったかのようなそらしかただった。
「貴様は見上げた戦士だ。あとはアレクセイを投げ飛ばせるようになれば充分だろう」
 ストラは悟からドラグノフを取り上げて、立ち上がった。
「休憩は終わりだ。射撃訓練に移る」
「ダ・ヤア!」
 ハーメルン語の返答にも、すっかり慣れた。草をかき分け、悟はストラのあとについていく。
 残りのメンバー17人は、すでに射撃訓練の用意をして待っていた。


                    ★  ★  ★


「お世話になりました。楽しかった……って言ったら失礼ですけど、本当に楽しくて、充実した1ヶ月だったと思います。皆さんの言葉をもう少し覚えたかったのが心残りですね」
「1ヶ月なんて言わないで、ずっといろよ。おまえのピロシキとボルシチが食えなくなるのはつらい」
「またパウチのメシに逆戻りだ」
「レシピ作ってストラさんに渡してありますよ」
「誰が料理なんかできるっていうんだ。われわれはテロリストだぞ」
「……だから生活レベルを上げるべきではなかったのだ」
 約束の1ヶ月が経って、「除隊」する悟との別れを惜しむガスマスクの総意は、「これからメシがマズくなるのがつらい」の一言に尽きた。ストラは後ろで腕を組み、苦虫を噛み潰したような面持ちだった。
「それじゃ、オレはこれで。――アレクセイさん、格闘訓練の相手、本当にありがとうございました」
「なんだよ、もう二度と会えないってワケでもないのに……っっ!?」
 悟が差し出した手をアレクセイが握り返した次の瞬間、ガスマスクたちが口笛を吹いた。ドスンというにぶい音のあと、彼らは爆笑した。
 悟自身が拍子抜けするくらい、あざやかに、容易く、100キロ近い男の体躯がひっくり返ったのだ。
 相手の腕を引いてから軽く押して、バランスを崩して、足を払う。
 それだけのこと、だがそれだけのことを覚えるのに、最低でも1ヶ月はかかる。
 悟に投げ飛ばされて、ガスマスクがひとり呻く中、腕組みをしたままストラが笑った。
「クラースナヤ! ハラショー! 合格だ、戦士よ!」
「スパシーバ」
 悟は満面の笑みで、ソレに答えた。
 

クリエイターコメントオファーに加えてNPCゲスト指定、本当にありがとうございます。パルクールの訓練風景も入れようかなと思ったのですがストラが目立つだけなのでやめました。ハーメルンはその後、相変わらずドロドロのなにかを3食食べているようです。
公開日時2009-02-14(土) 00:00
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