★ The bottom line is that…. ★
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号589-7662 オファー日2009-05-20(水) 08:57
オファーPC 流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
ゲストPC1 レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
<ノベル>

(随分と用心深いのね……)
 表面上は普段と変わらないまま、流鏑馬明日は心中にそっと嘆息した。
 潜入捜査は、基本的に根気が第一だ。知識だけでなく実践としても分かっているはずなのに、その明日をして溜め息をつかずにいられないほど今回はひどく時間を取られた。
 潜入前に立てていた計画では、今頃はとっくに情報を流して終わっていたはずなのに。情報を得るどころか、その組織の幹部との顔合わせさえまだ許されていない。今日になってようやく幹部の控える本拠地まで案内されてきたが、それだって完全に信用を得たためではなかった。
(大幅に予定が狂ってしまった。これで失敗したら、目も当てられない……)
 とにかく必要としている情報を得るまで、大人しくしているのが吉だろう。いっそ全員纏めて引っ捕らえろと言われたほうが、気分的にも時間的にも楽だとしても。犠牲を最小限に押さえて壊滅させるには決定的な証拠が必要で、それを手に入れる為の潜入捜査なのだから。
 我慢、根気、努力、忍耐、と自分に言い聞かせるように心中で繰り返しながら案内されるまま足を進める。その間も頭の中では建物の構造を描き、逃走ルートの確認は怠らない。
(まぁ、実際に逃げ延びる為なら多少の怪我には構っていられないけど)
 単独での潜入捜査の利点は、それが自分である限り多少の無茶をできるということだろう。自分だって死ぬ気はさらさらないが、他人が一緒であれば守るべく最善の手を打たねばならなくなる。臨機応変に対応してくれる相手ならばいざ知らず、誰かを守りながらの逃亡は少しきつい。
(今回はそれがないだけ……、)
 やりやすいと続けたかった言葉は、前方から歩いてきた連中が引き摺るように運んでいる姿を見つけて消えていった。
 誰かが明日の顔をじっと観察していたとしても、その時に見られた変化と言えば僅かに眉が動いた程度だろう。それは表情に乏しい明日にとって最大の驚きの表現だったと言えるかもしれないが、幸いな事に、彼女を案内していた内の誰もそれに気づかなかった。
 思わず名前を呼びそうになったのを制するように、引き摺られていた相手は少し顔を上げると不敵に笑って言う
「ハッ、不釣合いな美人もいるんじゃないか。ご機嫌だな、交代してくれよ。野郎に嬲られるよりはましだ、歓迎するぜ」
 両手足を縛り上げられ、見るからにリンチを受けて傷だらけの被害者は、けれどどこか淡々とした声で揶揄するほどの気力はあるようだった。それはどこからどう見ても、レイ。だろう。
(……こんなところで何してるのかしら)
 多分に捕まって暴行を受けている場面だとは思うのだが、それがレイには何とも似つかわしくない。
 凶器を持って取り囲むように運んでいるのは複数人だが、手足を縛られたところでどうにかなりそうな程度──あくまでも一般人基準ではない──だし、声の調子や言葉の内容から察するに、多分わざと捕まっているのだろう。逃げる気配もないところを見るとまだ情報を得られていないか、若しくは何かを仕掛けていてその時間を稼いでいるといったところか。
 咄嗟に判断して知らず開きかけていた口を噤むと、レイは一瞬だけだが誉めるようににやりと笑った。やはり、彼はわざと捕まっているらしい。
「おい、何してる。鼠の始末はあいつらの仕事だ、さっさと来い」
 先に立って案内していた男が振り返って声を尖らせるそれに、一つ頷いて意識を戻す。
 ここで下手を撃っては、辿り着くまでの今までの努力がすべて水泡と帰す。助けがほしいならばそれとなく伝えてくるだろうし、見なかった振りをするのがお互いの為だと何とか自分に言い聞かせて顔を逸らそうとしたのだが。
「勝手に口開いてんじゃねぇ!」
「聞かれた事には答えられねぇくせに、何を色気出してやがんだ」
 うぜぇんだよさっさと吐けその面変えて欲しいのか等々、ありがちな台詞を吐いては殴る蹴るしている。どうにも甚振る事を楽しんでいるらしい様子に、つい耐えかねてやりすぎだわと眉を顰めて吐き捨てていた。
 痛みを堪えるように顔を伏せていたレイが、何やってんだと言わんばかりにサングラスの下で顔を顰めた気もする。それでも既に口を開いてしまった以上は誤魔化せるはずもなく、案内していた男が不審も露に振り返ってくるのを目を逸らさずに見据えた。
「何が目的かを聞き出すのに、暴力しか使えないなんて低俗すぎるわ」
「あ? いいんだよ、どうせここに入り込んでくる奴の目的なんざぁ知れてる。見せしめに嬲り殺していいって命令は出てるんだ」
 あれはもう死体決定なんだと下卑た顔で答えられ、不愉快極まりなく目を眇める。途端に彼女を案内していた男の一人が銃を取り出して、明日の額に突きつけてきた。
「ついでにいやぁ、お前が何の目的で入り込んできたかも別に気にしちゃねぇんだよ。上がとりあえず通せと言うから案内してるが、それだけだ。不審な様子を見せりゃ始末していいとも言われてる」
「そう。なら、アナタは案内をするだけの簡単な役目も果たせないと証明するために、ここであたしを撃つのね?」
 自分の役立たずを披露したいのならお好きにどうぞと目を見据えたまま強気に吐き捨てると、苛立った男が撃鉄を起こす。まずい事になったとちらりと頭の片隅で思ったが、引き金を引かれる前に腕を押さえつけてしまえば体術で勝る明日が勝てるだろう。ただここまでの努力を無駄にした自分を腹立たしく思っていると、短気な男が何かしら喚きながら銃を撃つ前にいきなり警報が鳴り響いた。
「……何かあったみたいね。早く始末して向かったほうがいいんじゃない?」
 それとも一緒に行ってあげましょうかと声をかけると、憎々しげに睨みつけてきた男は銃底で殴りつけてくるとレイを嬲っていた連中に怒鳴るように声をかけた。
「お前ら、こいつもそれと一緒にどっかに放り込んどけ! とりあえず何があったか、確認しに行く。──このびーびー煩ぇ警報も止めてこい!」
 今すぐだと怒鳴りつけると額を押さえてよろめいた明日を見て舌打ちを残し、男は銃を片付けながら走っていった。
 一先ず目先の危険は免れたようだが、ふらついたまま別の男に突き飛ばされるようにして近くの部屋に投げ込まれ、両手足を縛られた。ぐったりしたレイを同じく投げ込むと、男たちはその部屋に鍵をかけて警報を止めに行ったらしい。
「この状況で見張りもつけないなんて、高が知れてるわね……」
「相手が抜けてんのは歓迎だが、無茶が過ぎるぜ」
 俺の繊細な心臓を止める気かと揶揄するようにぼやいたレイは、溜め息めいた息を吐きながら髪をかき上げて座り直している。いつの間にか、手足を縛っているロープは彼の束縛だけ解いている。逃げるだけなら容易かったのだと教えられたようで、ごめんなさいと目を伏せるようにして謝罪した。
 レイはちらりと苦笑すると、分かってないだろうから言っとくがなと軽く明日の頭を小突きながら言う。
「美人が消えるのは、この世で最も許されざる罪悪だ。理由が俺なんて、もっと艶っぽい状況でだけにしてくれ」
 今回は無事でよかったぜと呟いたレイは、少し殴られすぎたかと首をこきこきと鳴らしながら調子を整えている。精密機械に何て事してくれやがるかねと殊更おどけた口調は、明日の為だろう。
「余計なお世話だったわね。アナタの仕事の邪魔までして、ごめんなさい」
「いや、情報は既に手に入れてる。半分終わってるから気にするな。ああ、必要ならそっちにも入用なだけ流すぜ。デート二回で重要情報ゲットだ、安いもんだろ?」
 気安く笑いかけてくるレイは、ミラーシェードのサングラスのせいで目を窺えないからかどこまで本気が読み難い。とりあえず気になる事があって、軽く首を傾げた。
「あんまりそうしてふざけていると、彼女さんに怒られない?」
「っ、……あー……、真顔で尋ねるのだけはやめてくれ、頼むから」
 どうせ流す気ならそのまま流しといてくれよと苦笑するような苦情に、分からないままも何度か目を瞬かせてごめんなさいと謝罪する。レイは口許を苦い笑みで飾ったまま、明日を縛るロープを爪に仕込んだチタンカッターで切ってくれた。成る程、自分のロープもそうして切ったのかと納得している間も壁に凭れかかって座り直しているレイに逃げる気はなさそうだった。
「逃げないの?」
「ああ、まだ半分終わってねぇ。メイヒも今は休んでろ、後で嫌でも暴れるんだ」
「レイと一緒なら、心置きなく逃げられそう。宜しくお願いします」
 言って生真面目に頭を下げると、レイはどこか楽しそうに手を揺らして腕を組むと軽く天井を仰いで小さく溜め息をつく。
「しかし自分でやった事ながら、煩ぇな、これ」
「警報? レイが鳴らしたの?」
「情報を取る時に、システムは乗っ取ってあるからな。でなきゃ、あんないいタイミングで鳴らないだろ」
 にやりとして言われたそれで、助けてもらってばっかりねと申し訳なく目を伏せた。
「気にするな、デートの一回でチャラにしてやるよ」
「……お茶や食事に行くのは構わないけど、三回も行くと確実にアナタの身が危うそうなんだけど」
 それでもいいのかしらと本気で悩むと、レイは何故かずるずると壁に背を滑らせている。
「あ。その三回分、彼女さんに約束を取り付けてくるのはどう? それならお礼に、」
「やめてくれ、ガキじゃあるまいし誘うなら自分で声をかけるっ」
「……そう、ね。確かに今のは野暮だったわ、ごめんなさい」
 だとしたら何がお礼に代わるかしらとまたしても考え込むのに、レイは何故か頭を抱えまでして溜め息をついている。天然怖い天然怖いとぶつぶつ聞こえるが、何の話だろうと内心首を傾げる。
(天然が怖いなら養殖がいいのかしら。養殖。何の? 魚? あ、お寿司屋さんに行きたいとか?)
 それではここを無事に出ればお寿司に誘おうかと口を開きかけ、しばし考える。
 無事にここを出たら、美味しいお寿司を食べに行こうね。なんて素敵死亡フラグ。
(でも思った時点でフラグは立ってるのかしら)
 だとすれば口にしても一緒だろうかとかなり真面目にずれたことを考えていると、どうやら立ち直ったらしいレイがサングラス越しでも分かるほど呆れたようにこちらを見ている視線に気づいた。
「ごめんなさい、巻き込むとまずいから出てからにするわ」
「何の話か分かんねぇ。それより、メイヒはどうなんだ」
「あたし? そうね、お寿司は好きなほうだと、」
「何の話だ」
 会話してねぇと嘆いたレイは、そうじゃなくてと溜め息混じりに否定してまた見据えてくる。
「俺を散々冷やかしてるくらいだ、想い人と順調って事か?」
「っ……!」
 表情には出なくとも、行動には出た。思いきり後退ったせいで、背中が壁にぶつかる。結構痛い。
「何の話?」
「そこまでいっそ見事に反応しといて、惚けられると思うか?」
 メイヒもそんな反応するんだなとどこか面白そうに眺められ、僅かに眉根が寄る。
「あたしは……、別に。何も」
「何だよ、何の進展も無しとか言うなよ?」
 ちょっとくらいはあるだろうと揶揄するように語尾を上げられ、進展、と心中に繰り返して黙り込む。
 一緒に映画を見たり、ストラップを貰ったり、嬉しかった記憶の幾つかはすぐにも思い浮かぶ。けれどそれは果たして進展なのだろうかと悩んでいると、沈黙を誤解したのかレイも同じく戸惑ったような沈黙を抱いて面白がって乗り出させかけていた体勢を戻している。
 違うのよと口を開きかけたが、上手く言葉にならなかった。レイも何か言葉を急かすではなく、頭の後ろで腕を組むような形でそのまま壁に凭れかかった。
「相手がムービースターじゃ、躊躇って当然か」
「スターだから……、──どう、かしら。ただこの想いを告げて、関係が変わるのが怖い。それは、相手がスターでもエキストラでも変わらない気がするけど……」
 気はするが、分からない。実際に彼女が「想い人」とだけ言われ、真っ先に思い浮かぶのはムービースターの「彼」だけだ。ファンの場合もエキストラの場合も分からない、というのが正直なところだ。
 言葉少なに語ったそれに、レイは少しだけ複雑そうな沈黙で答える。
「レイは、彼女がスターではないから躊躇うの?」
 あの人に素直に想いを告げる事に? と尋ねると、黙ったまま片手で頭をかいたレイはいつもの少し皮肉な笑みも浮かべないで、視線の先などいつも分からないのにまだ隠したげに顔を逸らした。そのまま応える気がないのだと諦める少し前に、ぽつりと口を開いた。
「性分だ。──なかったとは言わねぇけどな」
 のらくらと、気持ちを誤魔化して逃げたほうが楽だ。何れ消えると分かっているなら、相手にも期待させないほうがいい。
 そう考えて突き離した時期もあったみたいだなと、どこか他人事のように語られたそれは明日の胸にもちくんと刺さった。
 何れ消える。
 それはこの街に魔法がかかった時から、誰もが頭の片隅で分かっている事だ。ムービースターも、バッキーも。皆消えて、街は元に戻る。
 それが自然な形と分かっているから、今は皆で一時の夢にはしゃいでいるのだろう。
「……分かってる」
 分かっている。多分。きっと。分かっているのだと、言い聞かせている。
「でも、相手が何れ消えるかもしれないなんて……、スターに限らないわ」
 本当は、この世にある全てに「明日の保証」なんてない。スターのみならず、明日だって職業柄、一般人よりずっとその保証は低いだろう。
 それなら条件は同じはずだわと、レイの顔は見られないままも歯向かうようにぽつりと呟くと、また沈黙が横たわる。びーびーと、相変わらずの警報だけが耳に痛い。
 どうしてこんな話をしてるのかしらとちらりと疑問に思い始めた頃、そうだなとレイが警報に紛れるように呟いた気がして顔を上げた。
「──実際、逃げてた俺の台詞じゃねぇが。残されてる時間ってのは誰の目にも見えねぇ。それが明日でも……、……まぁ、あれだ。幸せだって笑ってくれてりゃあいいとは思うぜ」
 誰が、とは口にされない。それは明日への気遣いか、照れが勝ったための誤魔化しかは分からないけれど、少なくとも髪をかき上げる仕種で隠しがちな彼の口許には優しい微笑が浮かんでいた。
「とりあえずまぁ、後悔すんな。自分の気持ちでも逃げたきゃ全力で逃げりゃいいし、関係を維持したきゃそれを守り抜け。メイヒならできるだろ」
 殊更簡単そうに言われたそれに、明日は僅かに眉を上げた。そしてすぐに自分でも意識しない程度にふと口許を緩め、そうねと頷いた。
「珍しく本音を語るのも、戦場での死亡フラグっぽいわ」
「どこへの納得だ、それは」
 楽しそうに不吉な事を言うなよと、突っ込むレイもどこか楽しそうだ。
 結局ずっと鳴り続けていた警報がより甲高く鋭く、種類を変えて切迫気味に響き始める。それを合図のようにレイが立ち上がるので、明日も同じく立ち上がって軽く裾を払った。
「フラグも立てまくったら流れるんだったか?」
「そうね。ここを脱出したら、お寿司を食べに行きましょうか」
「だから何で寿司なんだ。美味い酒でも飲みに行こうぜ」
 何だか張り合うように競って死亡フラグを立てながら、レイが壁に投射した地図と建物内の人数を確認する。
「とりあえず、ここを突破したらいいのね?」
「ああ、システムも完全に破壊できたし後は逃げるだけだ。情報なら後で好きなだけ分けてやるよ、メイヒのおかげで思ったよりリンチも軽くすんだしな」
「ありがとう。情報料は上司と掛け合っておくわ」
「助かるぜ。あ、デートは別払いだからな」
「……懲りないわね」
「言ったろ、性分だ。さて、脱出までに何人倒すか賭けるか?」
「死亡フラグの続きね、乗ったわ」
 生真面目に頷き、レイと顔を見合わせると自然と笑みを交わす。レイにも明日にも「確かな明日の保証」はなくても、二人ならばここを逃げ延びる率はかなり高いはずだ。
 せっかくレイの本音にも似た言葉を聞けたのに、ここで死ぬには惜しい。何より羨ましい言葉のせいで、「あの人」の顔を見たくて仕方がない。
(あら、これも立派な死亡フラグかしら)
 まるでお約束ねと自分を冷やかすように心中で揶揄した明日は、隠し持っていた銃を引っ張り出しながらドアを蹴り破ったレイの後に続いた。

クリエイターコメント今回は無謀にもアクションシーンにも手を出してしまおうか……! という志だけならばあったのですが。書きたいところを書き綴っていたらどうにも長くなりすぎた為、スルーの憂き目に……っ。
と、目につく大きな反省点は伏してお詫び申し上げつつ、お互いに羨ましかったり自分の気持ちを再確認したりする状況を思いきり楽しんで書かせて頂きました。答えが明確に出ていないけれど、ぼんやりとした輪郭をお二人様ともに相手に伝わるほどの言葉にはして頂きたいなぁと。オファー文を拝見した時に受けた勝手な思いをテーマに書かせて頂きました。
意図されたところと別の着地点だったらどうしようとおろおろしてますが、素敵状況の綴り手に選んで頂けたことに多大な感謝をしています。オファーありがとうございました!
公開日時2009-05-31(日) 10:20
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