★ 動物園に行こうよ! ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-7957 オファー日2009-06-06(土) 21:46
オファーPC レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
ゲストPC1 コーディ(cxxy1831) ムービースター 女 7歳 電脳イルカ
<ノベル>

「パパ、お願い願いお願いーっ!」
「あのなぁ……」
 くりくりとした青い瞳が、真剣にレイを見上げている。先ほどからずっと、彼女はこの調子だ。ぎゅうっと彼のコートを伸びるからやめろと言いたくなるほどに握りしめているコーディは、頑として譲らないとばかりに金の髪を揺らした。
「お願い! 一回でイイの、パパと動物園に行くノっ!」
 レイは口を開いて何か言おうとして……やめた。サングラスの奥で僅かに眉根が寄せられる。口を結んで、快い答えが返ってくるまで目をそらすまいと、じっと必死に見つめ続けてくるコーディに、丸一日位付き合ってやるのも、まあいいか、なんて結論が出たのだ。
「……わかった」
「本当?! 約束?」
 降参と言う様に軽く腕を上げると、その胸に飛び付くようにしてコーディはぱっと顔を輝かせた。
「ああ、約束だ」
「やった! ありがとうパパッ」
 言うなり、ぎゅうううっと抱きしめてくる。見た目は子供が嬉しさの余りに力いっぱい抱きついているだけだが、コーディの膂力は流石に子供と比べるわけにはいかなかった。
 レイの耳に自分のあばら骨が上げる悲鳴が、聞こえた……ような気がした。

 *

 日は、まだ十分に高い。午前の日差しをたっぷり浴びながら、コーディはうきうきと、動物園の入り口から伸びる列に並んでいた。もうすぐ開園だ。動き始めた人の波に、はぐれないようにレイとつないだ手をひっぱるようにして、彼女は小走りに走り出した。
「子供一人と、あと大人一人」
「はい、楽しんでくださいね」
 入場料を払って中に入れば、優雅に水辺で群れるベニイロフラミンゴの鮮やかな赤色が視界に飛び込んでくる。
「わぁ……!」
 わさわさともっさり感たっぷりに移動するフラミンゴの柵に飛び付かんばかりに駆け寄る。斜めを振り返れば……あそこの檻にいるのはライオンではないか!
「パパ、パパ! あっちにライオンがいるノ!」
「そんなに急がなくても逃げない……って、聞いてねぇか」
 口を開いたレイは、手を握ったままあっさり彼女に引っ張られてライオンの檻の前まで一緒に到着。百獣の王はご機嫌も麗しいようで、格子の間から入る日差しを浴びてのんびりしているようだった。と、不意にそのライオンが、ゆったりと身を持ち上げる。どこか威厳を感じさせるその獣が、口を開いた。肉食獣らしい牙が覗くが、それは威嚇のためではないようだ。
 立派な鬣からして『彼』だろう獅子は、その牙の覗く口で、――朗々と、歌いだしたのだ。
「さあ、ショーが始まる。楽しい音楽に乗って、歌おうではないか!」
 軽妙なリズムに乗って、彼は歌い続ける。
「歌、歌ってル……!」
 くいくいとレイのコートを引っ張ってコーディが瞳を見開く。レイはあごに手を当てて呟いた。
「ムービーハザード、か……?」
「そのリズムの前には、壁など存在しない。軽やかなメロディーが、心を揺らす」
 いつの間にか動物たちと人々を隔てていた柵がない。コーディは呆然と、悠々と区画から出てくるライオンを見つめた。コーディと目が合うと、金色の鬣を揺らして彼はウインクひとつ。
「ようこそお嬢ちゃん。楽しんでいきたまえ」
「……ウン!」
 もこもことした紅色の翼を優雅に揺らして、フラミンゴの一群がやってくる。彼女たちは細い脚でマスゲームのように隊列を組んで過ぎていった。紅色の雲たちが流れゆく先は猿山で、頂上ではボス格の猿がソロパートを高らかに歌い上げているところだった。
「うわぁ……!」
 どこからも歌声が聞こえる。柵のなくなった檻の内側からのっそりと虎が姿を現す。細く綺麗に響く声を紡ぎだして、彼女は軽やかに歌を紡ぐ。コーディはライオンに別れを告げて猿山の方に駆け寄った。ソリストのボス猿に、他の猿達がハーモニーを合わせている。と、駆け寄った彼女の膝あたりで、「痛っ」と声がした。
「あっ、ああ、ごめんネ!? 大丈夫?」
「うわあ、びっくりした。大丈夫だよ、ありがとう」
 コーディが慌てて助け起こしたのは、小柄なペンギンにしても小さなペンギンだった。彼はきょろきょろとあたりを見回しながら、続ける。
「ごめんね、ぼくもきょろきょろしてたから……」
「ウウン。……どうしたの? 何か探してルノ?」
「うん……みんなとはぐれちゃったみたいなんだ、ぼく……」
「迷子か」
 歩み寄ってきたレイにこくんと頷いて、コーディはペンギンの片翼と手をつないだ。
「一緒に探してあげる! あのネ、わたし、コーディ」
「ぼくのことは、コンって呼んで。紺色の、紺。ペンギン係のお兄さんがつけてくれたの」
 コーディは嬉しそうにコンの手を引いて、名前がそっくりだねとにっこりとした。そうしてから、困ったように辺りを見回す。コーディとてこの園内に詳しいわけではないのだ。レイが見守っていると、彼女はてこてこと猿山に近寄って、一番上に立って歌うボス猿に声をかけた。
「コンニチハ! 聞きたいことがあるんだけど……」
「何だいお嬢ちゃん」
 にやり、と歯をむき出しにして笑ってボス猿が応える。
「ペンギンさんたち、見なかっタ?」
「ペンギンか……連中ならあっちに行ったぜ」
 ついっと一方向を示して彼はにたにたと笑った。なんとなーくあまり気持ちのいいものではなかったのだが、コーディはありがとうをいうと、コンと一緒にそちらへ向かうことにした。
「パパ、はぐれないでネ!」
「はいはい」
 コートのポケットに手を入れてレイはついていく。入口で見たペンギン舎はてんでちがう方向だったような気がしたのだが、まぁ彼女の行きたい方に行けばいいと思ったのだ。コーディとコンは仲良く手をつないで歩いて行く。二人で歌など口ずさんでご機嫌だ。
「歌を歌えば、どきどき、わくわく♪」
「うきうき、楽しくなってくる♪」
 軽やかに歩く二人の横合いから、お二方、どちらへ? と三頭ほど連れ立ったシマウマが歌にのせて問うてくる。
「コンが迷子になっちゃったから、みんなのことを探してるノ」
「みんなのこと、見なかった?」
 二人が口々に訊ねると、シマウマたちはその鼻を寄せ合ってもそもそと囁いた。
「みんなとは?」
「みんなとはペンギンさんの隊列のことですかな」
「ペンギンさんの隊列を見かけなかったかと」
「見かけなかったかと聞かれると」
「聞かれると我々としても答えねばなるまい」
「……見たのかなぁ」
「……んー」
 もしょもしょと話しているシマウマたちを不安げに見つめながらコーディとコンは囁き合った。と、その不安げな様子に気づいたのか彼らはもそもそをやめて口を開いた。
「見ましたぞ。係の青年と一緒に列をなしているところを」
「見ましたぞ。帰るところと彼らは言っていた」
「我々は彼らに挨拶をしたくらいだ」
「ありがとう!」
 コーディとコンはぱっと頭を下げて駆けだした。それを見送りながらシマウマたちがはて……と呟く。
「我々は彼らを見たが」
「見たがそちらではない気がするが……」
「まあ、彼女らにも意図があろう」
 どうやら、猿にはからかわれてしまったらしい。それでも気付かず元気よく駆けて行くコーディとペンギンを見失わないように、レイは小走りに歩きだした。

 *

「ああら、かわいこちゃんたち、どうしたのかしら!?」
 元気よく駆けて行く二人を、またまた引き留める声があった。オペラ歌手もかくやと言うほどの声量で歌う様に引き留めたのは、もったりと歩みよって来るカバだ。すこし派手だが優しそうなその声に足を止めた二人は、振り返ってその傍らに立つ男性に少しびっくりした。身につけている作業着からして飼育員であろうが、なんというか……顔が怖かったのだ。やたら彫りが深い。
「うふふ、迷子になっちゃったのかしら? お母さんか……あら、そちらお父さん?」
 おおらかに問うてくる彼女に、コーディは一回頷いてからふるふると首を振った。
「うん、パパ。でも、迷子になったのは、コーディじゃなくてコンなノ」
「ああら! そっちのペンギン坊やだったのね!」
 妙な迫力を湛えつつカバのおばさんはあらあらまあまあと繰り返しつつ近寄って来た。思わずコーディの後ろに隠れるコンを見て、彼女は微笑みながら歌う。
「恐がらなくても大丈夫よ、迷子の坊や。ペンギンのエリアは、そう遠くはないわ」
「――ドコ?」
「ここからなら、今来た道をまっすぐ戻るか、この道を真っすぐ行けばいいわよ」
 彼女は首を振って二つの道を示しながら迫力ある歌声で歌い上げた。と、同じくやたら迫力のある顔の飼育員が、コーディの方にしゃがみ込んで口を開く。
「お嬢ちゃん」
 渋い重低音がメインの声も、なかなか凄みがあって怖い。
「は……ハイ」
「どうもハザードに巻き込んでしまったようで……動物園で暮らしたいというムービースターも多く預かっているからか、こういうことが起こりやすいようなんだ。せっかく来てくれたのに、すまないね」
 強面に渋い声の怖そうな印象とは対照的に真摯で優しげなその言葉に、コーディはううんと首を振った。
「すっごく楽シイ! 友達もできたし、みんな楽しそうに歌を歌ってるから」
「そうか、それはよかった。……楽しんで行ってね」
 カバと飼育員に手を振って別れを告げると、コーディとコンはカバのおばさんに教えられた道のうち、逆戻りではない方の道をてくてくと歩きだした。鬱蒼としたジャングルをイメージしているらしい細い小道が続いている。どこかで鳥の鳴き声や、羽ばたく音がした。コーディはコンの手を引きながら時折後ろを振り返っていて、どうやらそれが、レイがちゃんと一緒にいるかを確かめているようだったことに気付いて、彼は苦笑した。迷子が増えないか心配されているらしい。
「ふたぁりで手をつないで歩いて、どーちらへ?」
 黒い体に真っ黄色の嘴をもった鮮やかな鳥が、くるると鳴きながら軽やかに歌う。
「ペンギンさんたちのエリアに行くノ」
「それはケッコウ。彼らは飛べないけども、僕ら鳥となかーま」
 楽しげに歌って彼はばさばさと飛んで行った。それを見送るようにコーディとコンはまた駆けだす。慌ててレイも見失わないように駆けだした。
「もうすぐかなぁ」
「うん、見覚えある!!」
 ぱたぱたと駆けて行くと、ジャングルのごとき木々から視界がぱっと開けた。白熊がビブラートの良く効いたテノールで歌い切り、どぷんと水槽に飛びこむ。そして、入れ替わるようにぴょんぴょんと飛び上がるように水から上がってくる黒い姿の一群……ペンギンたちだ!
「みんなだ!」
「着いたネ!」
 コーディとコンが駆け寄ると、ペンギン達があっ、と声を上げた。
「紺! どこに行ったかと思えば」
「どこに行っていたの?」
「途中でみんなとはぐれちゃったんだ……コーディが、連れて来てくれたの」
「まあ! ありがとう、お嬢さん」
 ペンギンのうちの一匹がひょこひょこ進み出て来てコーディに頭を下げた。
「紺がご迷惑掛けました。連れてきてくださって、本当にありがとうございます。代表してお礼を言わせていただきますわ。そうだ、お礼に一曲」
 明るく軽やかなリズムに乗せて、十数羽のペンギン達が踊りながら歌いだす。

 *

「パパ、あっちにアライグマがいるノ!!」
「そんなに急いだって、逃げねぇ、よ……」
 そういえば朝もそんなことを言った気がする、とレイは思いながら元気よく駆けて行くコーディを追いかけた。彼女のその金髪も青い瞳もブルーのワンピースも、晴れた陽射しによく映える。
「パパ! 早く早く!」
「わかったわかった」
 もそっと立ちあがって可愛らしい声で歌って踊るアライグマを、キラキラした瞳で見つめ、拍手を送っていたコーディがぱっと振り返る。
「パパ!」
「……なんだ」
「連れてきてくれてありがとう!」
 真っ青な瞳が、晴れ渡った空と同じ綺麗な青が輝いてこちらを射る。サングラスの奥の瞳を細めて、レイは微笑んだ。
「――ああ」

 天気もいいし、動物園に行こうか。
 きっと楽しい思い出が、君を待っている。




クリエイターコメントこのたびは、オファーありがとうございました!
振り向いてくれないパンダも、きっとご愛敬。

お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2009-06-29(月) 18:10
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