★ Hacker and Chemist ★
クリエイター西向く侍(wref9746)
管理番号252-2637 オファー日2008-04-11(金) 21:06
オファーPC レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
ゲストPC1 ティモネ(chzv2725) ムービーファン 女 20歳 薬局の店長
<ノベル>

 ソフィーヌは警備室のデスクに腰掛け、上機嫌でマニキュアを塗っていた。なにもかもが順調だ。
 銀幕市に実体化し、最初こそ動揺したものの、よくよく考えてみれば暴れ回る舞台が変わっただけ。やることは、映画の外(ここ)でも、映画の中(そこ)でも同じだった。
「どう、ハンス?」
 深紅に染め上げた人差し指に、吐息を吹きかけながら、ソフィーヌは訊ねる。
 ボスのなまめかしい問いかけに、ハンスと呼ばれた厳つい男は身震いしてから答えた。
「へい、金をかき集めるのに時間が欲しいと」
「ふふ、常套手段ね。お相手は誰?」
「市役所の対策課ってとこの、ウエなんとかって奴でさ」
「対策課? 過激派暴力組織対策課(カウンター・テロ)かしら?」
 ハンスは肩をすくめて返事にかえた。
「私たちも嘗められたものね。せめてプロの交渉人(ネゴシエイター)くらい雇って欲しいものだわ」
 人を魅了する艶やかな微笑とは裏腹に、彼女のハイヒールは人をひどく沈鬱にするモノを足蹴にしていた。時に蹴りつけ、時に踏みつける。
 まるで無頓着に扱われているそれは、命の抜け殻、いわゆる死体だった。
 彼女の足下だけではない。電話機を手にするハンスのすぐそばにも、熱心にパソコンのモニターを見つめる痩せぎすの男の隣にも、死体は転がっていた。その部屋――警備室だけで計五つの命が奪われたことになる。死因はすべて銃殺だ。凶器であるサブマシンガンは、入り口の見張りに立つ二人の男たちの手の中にあった。
 命ある者もまた五名。
「あーあ、つまらない。張り合いがなさ過ぎるわ」
 ソフィーヌは、今度は逆の手にマニキュアを塗りはじめた。身代金を要求しているものの、彼女自身は、部下たちほど金銭にこだわりがない。ゾクゾクするような刺激こそが、犯罪に手を染める動機だった。
 突如、ソフィーヌの作業が止まった。部下の様子がおかしいことに感づいたからだ。
「どうしたの、マルフォイ?」
 このビルの管理システムを掌握すべく、キーボードを叩き続けている痩せぎすの男――マルフォイ。彼はボスの呼びかけがまったく耳に入らないらしく、振り向きすらしない。
「おい、マルフォイ! ボスがお呼びだぞ!」
 代わってハンスが、マルフォイの肩を叩いた。マルフォイが「うるさい」とその手を払う。びっしょりと汗をかき、ひたすら画面に集中している風だ。
 ソフィーヌとハンスが訝しげにしていると、マルフォイはついに「チクショウ!」と叫んでキーボードから指を離し、そのまま握り拳をつくってデスクに叩きつけた。薄型のノートパソコンがくらくら揺れた。
 部下が落ち着くのを数秒待ってから「どうしたの? あなたらしくないわね」と、どこか楽しそうにソフィーヌが問うと、マルフォイはようやく我に返って恥ずかしそうに告げた。
「すみません、ボス。俺たちとは別に、ここのシステムにハッキングかけてる奴がいまして……」
「ハッキング? 対策課ってやつかしら?」
「わかりません。わかりませんが、こりゃあ、そうとうな腕前ですぜ。言い訳になっちまいますが、自分なんかが太刀打ちできるレベルじゃねぇです」
 腹立ち紛れにマルフォイがエンターキーをパンと叩いた。すると、ノートパソコンの画面が急にブラックアウトした。「あ?」と口を開けたままの彼の眼前で、再び液晶が光を発する。
 四角い世界に、テロリストたちに見覚えのない映像が流れた。
 暗闇に立つひとりの男。それは精緻に造り込まれた3Dモデルだ。着衣は白の上下で、どことなく拘束衣を思わせる。両目に包帯を巻いている点が、寒々とした印象を与えた。
 画面内で、男が口を開いた。スピーカーがしゃべる。たしか音量はミュートにしてあったはずなのに。
「テロリスト諸君」
 錆を含んだ声音は鉄の意志を感じさせる。
「これからおまえたちを制圧する」
 ハンスが、ぎりと歯を鳴らした。
「人質を使って逃走しようとしても無駄だぜ。このビルのセキュリティは俺が掌握した」
 はっと気づいて、マルフォイが席を立った。すぐさま警備システムのコンソールを操作し、人質がいる部屋の映像を、壁に設置されたテレビ画面に映し出した。そこには、このオフィスビルの従業員が見張りによって銃口を突きつけられ、身じろぎひとつ出来ないでいるはずだった。
 ところが、彼らの目に飛び込んできたのは、拘束されていたはずの人質たちが雪崩を打って逃げ出している姿だった。見張っていた同胞は死んでいるのか生きているのか床に倒れ伏している。
「おい! 逃げられちまうぞ!」
 ハンスが唾を飛ばしながら怒鳴る。
「逃げられないように閉めといたはずの防火シャッターまで全部開けられちまってる」
 マルフォイがお手上げの状況を示すため、実際に手を挙げた。セキュリティ・システムの管理権を剥奪された彼には、どうしようもないことだった。
「さて、これでおまえたちの取るべき道はふたつしかなくなったわけだ」
 盲いた男が人差し指を立てた。
「ひとつ。おとなしく諸手をあげて投降する」
 つぎに中指。
「ふたつ。この俺にぶちのめされるまでそこで待つ」
「ふざけやがって!」
 気の短いハンスが腰のホルスターから銃を抜いた。ノートパソコンに向かって目をすがめる。
 冷たい銃身をそっと、ソフィーヌのたおやかな繊手(せんしゅ)がおさえた。
「落ち着きなさい」
 真っ赤な唇は、たしかに笑いの形に歪められている。だが、灰色の瞳は笑ってなどいなかった。
 まっすぐに射すくめられたハンスは無言で銃を納めた。
「こちらの声は聞えているのよね、盲者さん(ミスター・ブラインドネス)?」
「ああ。こんなナリをしているが、見えてもいるぜ」
 男が顔の包帯を指でなぞった。
 ソフィーヌは部屋を見回して、監視カメラのレンズが自分に向けられていることに気づいた。
「三つ目の選択肢というのはどうかしら?」
 デスクの上で足を組みかえながら、監視カメラの方に向き直る。大きくスリットの入ったスカートがなまめかしい。彼女はまったくテロリスト然としておらず、格好もセクシーなカクテルドレスだった。
「あなたが私たちの仲間になるの。身代金が取れたら、きちんと分け前は払うわ」
「笑えねぇ冗談だ」
「あら、冗談なんかじゃないわよ。是非とも考えて欲しいわ」
「人質が解放された今、身代金は手に入らない」
「人質があれだけだと思って?」
 沈黙。
「爆発物……か」
「さすが調べが早いわ。まるで魔法ね。でも、いくらあなたでも物理的にすべての爆弾を止めることは不可能。どう?」
 再び沈黙。
 3Dモデルである盲者の表情はうつろで、そこからは何も読みとることができない。
「ふふふ。あなたは優秀な侵入者(ハッカー)だけど、交渉者(ネゴシエイター)ではないようね」
「たしかに……俺はハッカーだ。ネゴシエイターじゃない。ハッカーはハッカーなりに動くとするさ」
「またお話できるかしら?」
「近いうちに、な」
 ぶつんと画面自体が消えた。コンピュータの電源が切れたのだ。
「交渉事はね、怒ったら負けよ。ミスター・ブラインドネス」
 ソフィーヌはぺろりと唇を舐めると、つぎの手を打つべくハンスやマルフォイに指示を出しはじめた。



 パソコンのUSBコネクタからコードを引き抜くと、神経系に軽い負荷がかかり、全身をぴりっとした電気刺激が通り抜けた。腕のコネクタからもコードをはずす。
「さて、どうするか……」
 男はグレーのコートをひるがえし、そばにあったデスクに腰掛けた。彼こそが先ほどテロリストに宣戦布告した人物だったのだが、その均整の取れた体つきからミスター・ブラインドネスを想像するのは難しい。
 実際、彼は盲目などではない。パソコンの画面に表示されたあの姿は、電脳世界での活動を容易にするための仮のものだ。現実世界で、両の目を飾っているのは包帯ではなく、サングラスだった。
 彼は対策課の依頼を受けて、テロリストを鎮圧するためにこのビルに潜入していた。いわゆるオフィスビルとして建設されたこのビルは、上階こそ大手情報系企業が借り受けたのだが、その後借り手がなく、下階はデパートチェーンを営む某企業が買い取りショッピングセンターとなっている。
 彼はまず、一階にある銀行のATMからビル全体の管理システムに接続、セキュリティ・システムに進入して、テロリストどものちんけなハッキング・プログラムにダミーのデータを流すことで易々と彼らを欺いた。つまり、監視カメラの映像等を書き換え、みずからは堂々と人質の囚われている部屋に乗り込み、見張りを倒して全員を逃がすことに成功したのだ。
 ここまでくれば、あとはテロリストのボスたちのいる警備室に乗り込むだけで事は済むはずなのだが、それでは一抹の不安が残る。
「やっぱり監視システムが旧式過ぎた」
 温感センサーや生体感知センサーなど、彼がいた映画の中では、この世界にない高感度の監視装置が多々存在した。それらを使用すればビルに仕掛けられた爆弾その他など、簡単に発見できたはずだ。
 ところが、このビルには風景を切る取るだけの監視カメラしかない。カメラに映らない位置に巧妙に罠を仕掛けられては、ネットの中からでは探しようがないのだ。
 だからこそ、彼は宣戦布告めいたものを実行したのだ。爆弾という彼の発言も実は、はったり(ブラフ)だった。
 相手は交渉の面で優位に立ったと思いこんでいるはずだ。そのために、苛ついたかのような演技も行なった。つけこむなら、今、だろう。
 問題はショッピングフロアの客たちだった。彼らもしくは彼女らは、無用な混乱を避けるため、なにも知らされずに買い物をしている。そのすべてを退避させようにも、さすがに感づかれて爆弾を使われることになるだろう。
 爆弾をひとつずつ自力で解除するか。爆弾を爆発させる暇をあたえず、一気にテロリストたちを制圧するか。
 前者であれば時間がかかりすぎる。相手に余裕をあたえてしまう。
 後者であれば一工夫必要になる。宣戦布告は、爆弾の存在をつかむというプラス面と同時に、自分という敵の存在を相手に知らせるというマイナス面も持ち合わせていた。もはや不意を突くのは容易ではないだろう。
 ここは慎重に考えざるをえない。
 と、そこで彼に声をかける者がいた。
「あら、やっぱりレイさんですね」
 呑気な呼びかけに、はっと振り向くと、まったく気配を察知させず、女性がひとり部屋の入り口に立っていた。黒いチャイナ服にズボン、いつもの白衣を今日は身につけていない。さすがにオフだから、だろう。頭の上でハーブ色のバッキーが「ぶみゅうぶみゅう」と鳴いていた。
「ティモネ?!」
 意外な人物と出会った。ティモネはこの銀幕市で薬局を営んでいる人物で、ミスター・ブラインドネスことレイは、よく彼女の店へ薬を買いに行っていたので顔見知りだった。
「なんでこんなところに?!」
 なにせ、彼が今いるのは、人質が監禁されていた部屋の隣にある某企業のパソコン・ルームなのだ。
「下のショッピングフロアで買い物をしていたら、レイさんの姿が見えたので。今日はオープン一周年記念で大抽選会なんですよ。なんと特賞は最新のスポーツカー!」
 ニコニコと笑顔で説明するティモネに、開いた口がふさがらない。
「見えたのでって、おまえ。そんなことでこんなとこまで――」
 ついてきたのか?と続けようとして、口ごもる。自分の姿を見かけてちょこちょこと後をついてくるティモネが、飼い主についていくペットを思わせて。不覚にもそんな想像をしてしまった自分が妙に恥ずかしかったのだ。
 ティモネは不思議そうに首をかしげた。
「レイさんこそ、いったいこのようなところで何をしているのです?」
 ふと脳裏にある考えが浮かび、うかつにも言葉にしてしまった。
「ん? そうだ。ティモネ、ちょっと手伝って――いや、なんでもねぇ」
 敵は自分を独りだと思っている。ここでティモネに爆弾の処理をしてもらえば、相手を出し抜くことが可能かもしれない。しかし、すぐに思い直した。いくらスター疑惑の絶えないティモネでも一応はファンなのだ。それに、女性でもあった。危険な真似はさせたくない。
「あらあら? なにか言いかけてやめるのは卑怯ですよ?」
「卑怯って……」
「あ、そうだ。先日うちのお店にレイさんとこの大家さんがいらして。レイさんが、うちであーんな薬やこーんな薬を買っていくんですよ〜ってお話したら、ものすごーくびっくりしてましたわよ」
「なんだその、誤解を招くような言い方は?! つーか、変な噂を流すんじゃねぇっ!」
 わなわなと肩をふるわせるレイ。あまり感情を表に出さない彼にしては珍事の部類だ。そんなレイにティモネはいつもどおりの笑顔で応じている。
「ったく……大人をからかいやがって」
「そういえば、先日うちのお店にオーラン――」
「あー、もう、わかった! わかったから、やめてくれ」
 レイは降参するように両手を上げた。
「実はな――」
 いまこのビルで起こっている事件を手短に説明する。ティモネは相変わらず笑みを崩さず、まるで緊張感のない様子で最後まで聞いていた。
「わかりました。レイさんが爆弾を処理する間に、テロリストさんたちをぶちのめせばいいのですね?」
「いや、ぶちのめさなくてもいいから。言ったことだけやってくれりゃあ――」
 レイの言葉に耳を貸さず、ティモネはすでに臨戦態勢だ。どこからどう取り出したのか、長大な死神の鎌がその手におさまっている。
「最近ちょっと運動不足だったので、ちょうどよかったわ」
 しかもひたすら軽い調子だ。
「おい、相手はテロリストなんだ。銃とか持ってんだから、気を付けて――」
「はいはーい」
 後ろ手にひらひらと手を振ってみせる。
「ったく、調子が狂うぜ」
 可能な限り早くすべての爆弾を処理して、ティモネの応援に駆けつけなければ。爆弾の場所を特定し、ティモネを援護すべく、腕から伸びたコードを再びパソコンへと接続する。
「テロリストのボスといい、ティモネといい、今日は女難の相でも出てるんじゃねぇか」
 ぶつぶつこぼしながら、レイは電脳世界へとダイブしていった。



 マルフォイはノートパソコンを小脇にかかえて、ひたすら階段を駆け上がっていた。ハッカーの常か、ふだんから運動をしないため、少し身体を動かしただけですぐに息が切れる。
「チクショウ! あいつめ! エレベーターまで止めやがって」
 あいつというのは、もちろんレイのことだ。
 マルフォイは状況を打開するため、ソフィーヌの命令で中央制御室へと向かっていた。そこにはメイン・コンピュータが置いてあるはずで、そいつを押さえてしまえばなんとか逆転できるかもしれない。
 もちろん敵が抜け目のない男だとはわかっている。罠が仕掛けてある可能性は大いにあった。しかし、彼にもハッカーとしてのプライドがある。
「やられ……っぱなし……じゃ…ねぇぜ」
 とぎれとぎれに独りごちながら、なんとか中央制御室の前にたどり着いた。あたりに人気(ひとけ)はない。ソフィーヌの読み通りだ。
 ミスター・ブラインドネスは爆弾を処理するのに必死になっているはずで、中央制御室まで手が回るはずがない、というのがボスの考えだった。
「くくく。ここから反撃開始だ」
 ドアノブに手をかけようとして……マルフォイは身をこわばらせた。
 なんと肩を叩かれたのだ。
 誰もいないはずだ。それなのに、彼の肩には確かに叩かれた感触が残っている。
 まるでホラー映画に迷い込んだ心境で、マルフォイは首をひねろうとした。意志に反して動きは遅い。
 つつと、彼の頬になにかが突き刺さった。
 とっさに銃口を突きつけられている自分を想像する。
 明るい声音が想像を裏切った。
「あらあら、ひっかかっちゃいましたね」
 しなやかな人差し指がマルフォイの頬をつんつんしていた。
「……っ! ふざけやがっ――」
 振り向きざまに、ノートパソコンを放り出し、脇のホルスターに収まっていた銃を抜く――よりも早く、マルフォイの意識が暗転する。
 あとには大鎌を振るったティモネ。そして、プレミアフィルムがひとつ、乾いた音をたてて床に転がった。
「先にしかけたのは貴方ですから。恨まないでくださいね」
 赤い瞳が妖しい光を放つ。薄い唇には微笑。
「レイさんの言ったとおりでしたね。まずはここに敵がやってくるって」
 ティモネが腕を振ると、鎌がいずこともなく仕舞われる。
「さて、おつぎは……」
 ティモネは何事もなかったかのように軽い足取りでその場を立ち去った。



 ハンスに下された指令は、ミスター・ブラインドネスの始末だった。元来、それが彼の本職であったし、虚仮(こけ)にされた恨みもあった。
 彼は敵を仕留めるにあたりもっとも確実な方法を選択した。下手に動き回るようなことはせず、爆弾のそば、トイレの個室に身を隠した。ビルに設置した爆弾は全部で五つある。敵が起爆装置の解除を目的に動いているなら、遅かれ早かれ絶対にここに現れるはずだった。
「臭い思いをしてまで待ってんだ。さっさと来やがれ」
 身勝手なつぶやきを転がしながら、両の手では黒光りする拳銃を転がす。
 待ちかまえてから数分も経たずに、誰かがトイレに入ってくる気配がした。タイミングはばっちりだ。
 息を殺す。気配も殺す。ついでに敵も殺す。
 甲高い足音がトイレ内に反響する。ハンスが潜んでいる個室のちょうど前に、ゴミ箱が置いてある。その中にこそ爆弾はあった。
 足音が止まった。思惑どおり真正面だ。
 銃身を持ち上げる。がさがさとゴミ箱を漁る音。
 ハンスは無言で引き金をひいた。
 殺(や)った。
 殺し屋はこみあげてくる喜びをこらえきれずに、立ち上がった。銃創の空いた個室のドアを蹴破る。その向こうには、ミスター・ブラインドネスの間抜けな死体が倒れ込んでいるはずだ。
「ワリぃな。殺し屋にまで情けはかけねぇ」
 耳元でささやかれ、驚愕と後悔とが脊髄を這い上がった。と同時にハンスの意識が暗転する。
 あとには指先のチタンカッターを仕舞うレイ。そして、プレミアフィルムがひとつ、乾いた音をたてて床に転がった。
「俺の左目は温感センサーも兼ねてるんでね。丸見えさ。さて、あと二つ」
 レイは何事もなかったかのようにグレーのコートをなびかせてその場を立ち去った。



 マルフォイを阻止したあと、ティモネはまっすぐに警備室へと向かっていた。今頃レイは爆弾を回収しているはずだ。
「中央制御室を守りきったら、俺が来るまで待て」
 レイはそう言ったのだが、なぜかそうする気にはならなかった。
 それに、せっかくのショッピングが台無しになったのになぜか気分は悪くない。むしろ良い方だ。
「ティモネさんはどうしてこんなに気分が良いんでしょうね?」
 誰とはなしに問いかけてみる。頭上でアオタケが「ぶみゅう」と答えただけだった。
 そのうちになんの妨害もなく警備室の前に出た。もちろんレイが監視カメラなどの警備システムを操作して、テロリストに気づかれないようにしているのだが。
 ほそっこい指をとがった顎に当てて、しばし考えを巡らす。
 考えがまとまったのか、うんと大きくうなずいて、大鎌を振りかぶった。
 そのままドアに振り下ろす。じゃこんと風斬り音がして、アルミの板が斜めに分断される。ハイヒールの踵で蹴り破った。
「おこんにちわ」
 乱暴な突入の割にお気楽な挨拶だったため、マシンガンをかまえたテロリストたちも一瞬呆気にとられてしまった。
「てめぇ!」
 やや遅れてティモネに銃口を向ける。
「やめなさい!」
 ボスの制止がかかった。
 テロリストたちは引き金をひくことはやめたが、とりあえず構えた銃はおろさない。なにせ相手は酔狂な大鎌をひっさげているのだ。
 ソフィーヌが、突然現れたティモネに好奇の視線を浴びせつつ、口火を切った。
「まさか女だったとはね。ミスター・ブラインドネス、じゃなくて、ミズ・ブラインドネス。ハッカーにしては大胆だこと」
「なんのことかしら?」
「交渉術のつもり?」
「交渉なんてするつもりはないわ。私は貴方たちをぶちのめしに来ただけよ」
 過激な発言に、男たちが一斉に色めき立つ。期せずしてレイの台詞と同じだったから、なおさらだ。
 ソフィーヌは動揺を表にあらわさない。ハンスとマルフォイとの連絡が途絶えてしまったときに、予測していた事態のひとつだ。この女は、どのような手を使ったのか、我がチームのハッカーもアサシンも始末してのけたのだ。だが、この短時間にもう一仕事は絶対に無理だ。
「そんなことをして、ただで済むと思っているの?」
 ソフィーヌが胸の谷間から細長いプラスティック製のスイッチを取り出した。爆弾の起爆装置だ。それをしなやかな指先でもてあそびつつ、意味ありげに微笑む。
 ハンスとマルフォイを消し、さらにすべての爆弾を解除できるわけがない。切り札は彼女の手中にある。
 ティモネの表情が暗くなった。
「これが何かわかったようね」
「押してみたら?」
 ティモネがこともなげに言い放った。
「そんなに暗い顔をして。もしかして駆け引きかしら?」
「ですから、貴方たちと駆け引きなんてするつもりはないわ。それに、ちょっと落ち込んだのは、私には隠せない場所だったからちょっとショックを受けただけ」
 さすがにソフィーヌも顔を曇らせた。あのブラインドネスとはあまりに反応が違い過ぎる。
「もしかして、あなたはブラインドネスじゃない?!」
 ようやく思い至り、起爆装置のボタンをひとつ押してみる。コンマ数秒で爆発音が響くはずだ。そのはずなのに……
 ソフィーヌは美しい顔を醜く歪めて舌打ちした。
「爆弾が解除されてるわ! さっさとこいつを始末して脱出するわよ!」
 命令が下れば、部下たちの動きは素早かった。薬局の主人に狙いをつけたふたつの銃口がほぼ同時に火を噴いた。
 ティモネはほとんど勘で身を沈めていた。アオタケが悲鳴をあげる。一発も着弾しなかったのは奇跡と言っていいだろう。
 そして、二射目が当たらなかったのは、奇跡でもなんでもない。助力のおかげだ。
 突然に警備室の電気が消えた。真っ昼間なので世界が真の闇に包まれたわけではない。それでも、動揺を誘うには充分だった。
 ティモネは迷いなく走り、迷いなく鎌を振るった。
 マシンガンの男たちが、斬り裂かれ、一編のフィルムと化す。最後に刃の先をソフィーヌに突きつけた。
 ソフィーヌは多少引きつった笑顔で両手を上げ、降参の意志を態度を示した。
「まさか私たちがこれほどまでにあっさりと制圧されるなんてね」
「だから言ったでしょう。ぶちのめしに来たって」
 ティモネは余裕の笑顔だ。
「信じているのね」
 ソフィーヌの言葉の意味がわからず、ティモネは真顔で小首をかしげた。
「ミスター・ブラインドネスのことよ。彼がこの短時間で爆弾を解除してるって信じてたから、あれほどまでに無造作に『押してみたら?』なんて言えたのでしょう?」
 なぜだか急に恥ずかしくなってきた。
「さっきだってそう。普通なら銃を向けられたら、萎縮してしまうわ。怖がるなという方が無理よ。でも、彼が助けてくれるって信じてたから怖くなかった。明かりが消えたとき、ひとりだけ動けたのは、彼のしてくれたことだとわかっていたから。違うかしら?」
 あまり考えたことはなかったのだが、彼女の言うとおりなのだろうか。妙に意識してしまい、耳たぶが熱を持ってきた。
 ティモネは気がつかない。ソフィーヌの手の平が何かを包んでいることに。
「ひとつ教えてあげましょうか?」
「え?」
「交渉術の基本はね、相手の心理状態を支配することよ」
 彼女の手から金属製の物体が転がり落ちた。
 ティモネが思わずそちらへ視線を送った瞬間、光と煙とが、彼女の五感から視覚と嗅覚を奪った。煙幕だと脳が認識するよりも速く鎌を引き戻したが、標的はするりと脇をすり抜けて、すでに出口へと向かっていた。
「アオタケ!」
 ならばバッキーで吸い込もうと相棒の名を呼ぶが、こちらも煙を吸い込みむせている。
 ティモネは白煙を突っ切った。ソフィーヌはすでに廊下に躍り出ている。
 鎌を投げつけようかと考えた時には、敵はこともあろうに廊下の窓ガラスを突き破って、外に身を投げていた。ちなみに、ここは地上八階だ。
 吹き込む風に髪をなびかせながら、身を乗り出して外を覗くと、どこからどう取り出したものか簡易パラシュートでゆっくりと降下していくドレス姿があった。
「出身は秘密兵器満載の某スパイ映画ってとこかしら」
 自分の間抜けさに腹が立つような、脱力するような、苦笑するしかないような。
「さて、レイさんになんて謝ったらいいかしら」
 さして困った風でもなく、頭の上のバッキーを撫でる。アオタケはまだケホケホと咳をしていた。
 その間に、ソフィーヌは地上に達し、パラシュートを切り離すと、あらかじめ用意してあったと思われるスポーツカーに乗り込んでいた。急回転するタイヤとの摩擦に、アスファルトが悲鳴をあげ、勢いよく車体が滑り出す。
 と、ティモネの唇に薄い笑みが映った。大鎌をまたもや収納する。
「いくわよ、アオタケ」
 言うが早いか窓枠に手をかける。一瞬のためらいもなく、両脚を跳ね上げた。身を投じた先は、もちろんなんの足場もない空中だ。
 しなやかな身体が宙に舞う。浮遊感、そして急激な落下感。ビル風が逆風となって立ちはだかり、チャイナ服を吹き飛ばす勢いだ。アオタケは必死につかまり――いや、吸い付いている。
 瞬きするたびショートカットされ、近づいてくる地上の景色。それは死へのカウントダウンだ。徐々に近づきつつある、命の終わり。それでも、彼女が笑っていられるのはなぜだろう。
 あと十メートル。あと八メートル。あと五メートル……
 ティモネは全身がふわりと柔らかいものに包まれるのを感じた。
「お久しぶり」
「あのなぁ、お久しぶりじゃねぇよ」
 疲れたような声音はレイのものだった。彼は、いわゆるお姫様抱っこ状態でティモネを抱きかかえていた。
 八階の高さからダイブした人間を、まったくのノーダメージで受け止めることができたのは、奇跡でもなんでもなく純然たる計算の結果だった。落下速度、自重、風の抵抗、すべてを左目(マシーン・アイ)で読みとり、彼女を無傷で保護するためにはどう動けばよいのかを瞬時にはじき出す。全身の半分以上をサイバー化している彼には、理論を実践するだけの能力も備わっていた。四肢に埋め込まれた衝撃吸収装置(ショック・アブソーバー)は、必然的に自重が重くなるサイボーグにっては必需品だ。それを外に向けて利用することもできる。
「無茶しやがって。俺が受け止められなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「さぁ?」
 ニコニコととぼけた感じの笑顔を見せるティモネを、レイは「まったく」とかなんとかつぶやきながら助手席におろした。
「この車、展示してあった大抽選会の特賞に見えるんですけど?」
 まっさら新品のシートの感触を楽しみながら、ティモネがぽんぽんとダッシュボードを叩いた。レイは真っ赤なスポーツカーの運転席から立ち上がって、彼女を受け止めたのだ。
「あの女が車で逃げるのが見えたもんでね」
 サイドブレーキを引き、シフトレバーをドライブに入れながらしれっと答える。
 まだ誰も乗せたことがないこの新車は、レイがショッピングセンター内から運転してきたものだ。買い物客で賑わう店内を爆走するとは、迷惑きわまりない。
「レイさんってくじ運がいいんですね」
「まぁな」
 ブレーキを緩めると同時にアクセルを全開に踏み込む。爆音を上げながら最新のスポーツカーが走り出す。
 タイヤの焦げる臭いを残して、レイとティモネが走り去ったあと、息を切らしながら店内から走り出してきたショッピングフロアの店員が数人。
「ドロボー! 車を返せー!」
 もちろん、彼らの声など遙かに届かない。



 レイのドライビング・テクニックは天性のものだ。それにティモネを拾った際に使用したような計算能力が加わるので、安心この上ない――はずだ。
「レイさんだったら、もっと丁寧に運転できるのでは?」
 右に左に激しく揺れながら、それでも慌てた様子もなく、ティモネが素直な疑問を口にした。
「個人的な趣味でね」
 サングラスの奥はうかがい知れないが、口元を見れば一目瞭然で、彼は楽しそうだ。
 聖林通りを、時に反対車線にはみ出し、時に赤信号を無視し、激走していく。追跡相手の後ろ姿を確認できる位置に追いつくまで時間はさほどかからなかった。
「さて、どうするかな」
「膝に内蔵されたロケット砲で吹き飛ばすとか?」
「んなもん、ねぇよ」
 とりあえず、速度をさらに上げて横に付ける。ソフィーヌがぎょっとするのがわかった。さすがにここまで追いかけてこられるとは思っていなかったのだろう。
「あら、お二人とも早かったわね」
「手荒な真似はしたくねぇ。さっさと車を止めてもらおうか」
「あなたが本物のミスター・ブラインドネスね」
「ようやくまた会えたな」
「そうね。でも、すぐにまた……さよならよっ!」
 ソフィーヌがレイたちに向かってハンドルを切る。
 車体同士が激突する。激しい揺れがレイとティモネを襲い、車輪が滑った。ハンドルをカウンター気味に逆側に入れ、なんとか持ち直したものの、スピードが落ちてしまい、相手に距離を与えてしまった。
「嘗めた真似してくれるぜ」
 レイはにやりと不敵な笑みでアクセルを踏み込んだ。一般車を巧みにかわしながら、再びスピードを上げていく。
 突然ティモネがハイヒールを脱ぎはじめた。ぽーんと車外に放り出してしまう。
 あまりのことに呆気にとられているレイの隣で、彼女はすっと助手席から立ち上がった。風圧にのけぞりながらも、片足をダッシュボードに乗せてふんばり、上体を前傾させる。先ほどのダイビングで緩んでいたのか、髪留めが突風にさらわれ、長髪がたなびいた。
「おいおい! なにしてんだ?!」
 そちらに気を取られ、あやうく対向車にぶつかりそうになり、ハンドルを切る。ティモネの体勢が崩れ、振り落とされそうになったが、なんとか持ちこたえた。
「危ないだろーが! さっさと座れ!」
「もう一度横につけてくださいな」
「はぁ?」
「私がなんとかします」
 するりと鎌が現れる。
「心配しなくても大丈夫です。もちろん車の方を狙いますから」
「いや、そうじゃねぇだろ。心配なのは――」
 言葉に詰まる。
「あら? 心配してくださるの?」
「……ったく、今日の俺は女難の相が出てるって決定だぜ」
 ぼそっと漏らすレイに、ティモネは相変わらずの笑顔を向けている。
「……わかった、わかったよ。いいか? チャンスの女神様に後ろ髪はないって話だ。しくじるなよ」
「オーケー、ボス」
 嬉しそうに答えたあと、真剣そのものの眼差しで前方の獲物を射た。もはやレイもまた自分の仕事に集中した。
 ティモネは車の揺れがまったくなくなったことに気づいた。レイが丁寧な運転に切り替えたのだ。だからといって、スピードが落ちることはない。チャンスは急速に近づいていた。
「いくぜ」
 静かに宣言すると、レイは前方のタクシーをかわして、一気にソフィーヌの運転する車の真横に躍り出た。
 そのチャンスを逃さないティモネの一閃。
 テロリストの女ボスは驚愕する暇もなく、前後左右に揺れまくった。地面をすくうように振り切った大鎌が、車輪だけを引き裂いたのだ。四つの脚のうち、二つを失った機械は、もはや走ることも、歩くことも、制御されることもできない。
 ソフィーヌの車は、遊園地のティーカップのように、二度、三度と回転し、ついには街路樹にぶつかって停止した。彼女の逃走劇は完全に幕を閉じた……かのように思われた。



「あなたが本物のミスター・ブラインドネスね」
 ソフィーヌは壊れた車から走って逃げるようなことはせず、悠然と、そして優雅に座席から立ち上がった。衝突によるダメージなのか、首筋をしきりにさすっている。
 レイは「ああ」とだけ短く返答した。
 ソフィーヌは、ぶすぶすと黒煙をあげるボンネットに腰掛け、足を組んだ。逃げるつもりはなさそうだが、白旗をあげているとも思えない行動だ。
 歩み寄るレイとの距離が一メートルほどになったとき、ソフィーヌは気高い雌豹のような笑みを浮かべた。
「あのお話、考えていただけたかしら?」
 レイが無言で足を止めると、彼女は「三番目の選択肢よ」とつづけた。
「相変わらず、笑えねぇ冗談のままさ」
「それは残念ね」
 肩をすくめてみせる。
「あなたとだったら、良いパートナーになれると思うのに」
「根拠のない話だぜ」
「そうかしら?」
 ソフィーヌが身を乗り出す。豊かな胸の谷間があらわになった。サングラスの向こうで、視線が下がるのがわかる。
 彼女はすっと立ち上がると、無造作に近づき、両腕をレイの首にまわした。よけたり払ったりするのが許されないほど、自然な動作だった。
「こんなに自然に抱き合えるのに?」
 ソフィーヌの甘い吐息がレイの耳元をくすぐる。
 レイはついに「パートーナーね。たしかに、いいかもな」と言って、ソフィーヌの腰に手をまわし――
「ただし、物騒なものは仕舞ってもらわねぇとな」
 ソフィーヌが身を固くした。彼女は今まさに極細の針をレイの首筋に突き刺そうとしていた。
「よくわかったわね」
 憎々しげな口調で吐き捨てる。
「さっき首筋を撫でてただろう。あのときに髪の中から針を取り出すのが見えたんでね。おっと、それ以上動いたら脇腹に穴が空く」
 腰にまわしたレイの指先にはチタンカッターが仕込まれている。その気になれば、あっという間にソフィーヌの胴を引き裂くことができる。
「針より速く斬り裂く自信があるぜ。そろそろ観念するんだな」
 ソフィーヌが歯ぎしりし、レイが勝利を確信したとき。
 すこーん。
 ものすごく良い音を立てて、針ではなくハイヒールが、レイの後頭部に突き刺さった。
「なっ?!」
 あわてて振り返るとティモネがそっぽを向いて立っていた。自分で脱ぎ捨てたハイヒールを探しに行っていたはずなのだが。
「拾ってきたものをまた投げたら意味ねぇだろーが」
 ティモネの態度にどういった反応をしてよいかわからず、けっこう見当違いのツッコミをするレイ。
「あら、レイさんそんなところにいらしたんですね。ちょっと手がすべってしまいました」
 使い古されたボケで切り返すティモネ。
 レイが「だーっ!」と叫びだしたい衝動を必死にこらえていると、ソフィーヌがラストチャンスとばかりに動いた。するりと身をかがめて腕(かいな)の檻を抜け出す。太股に隠したホルスターから銃を抜いた。
 レイであればそのような動きなど事前に察知できるはずだし、そもそも最初から左目が銃の存在を感知していたにもかかわらず、このような行動を許してしまったのは、ティモネに気を取られていたからと言わざるをえない。
 ソフィーネはさらにアスファルトの上を横転した。その行為は、彼女の狙いがレイにないことを示していた。レイをよけてまで撃つ相手といえば、他にはいない。
 いまだそっぽを向いており、テロリストの動きに気づいていないチャイナドレスの薬師だ。
 アオタケが「ぶみゅう!」と警告を発した。それでも、ティモネが銃弾よりも速く動けるはずはない。
 銃声。
 遅れず着弾音。
 間もなく擦過音。
 静寂。
「ふふふ。あの娘(こ)がうらやましいわ」
 地面に寝そべったまま、ソフィーヌが艶やかに笑う。その手にはもう銃はない。
 同じく彼女の眼前に倒れ込んでいるレイは、無言だ。彼の右腕には奪った銃があり、左腕には弾丸がめり込んでいた。装甲の厚い部分で受け止めたので、出血はそれほど多くなかった。
「ねぇ? なにも言ってくれないの?」
「この格好でなに言ってもきまらねぇだろ」
「たしかに、ね。ふかふかのベッドの上ならまだしも、アスファルトじゃあ、ね。あら、なんだか眠く……」
 ソフィーヌの灰色の瞳がシャットダウンされる。
「こうでもしなきゃ、また面倒なことになりそうだからな」
 指先から針を出し麻酔薬を注射したレイは「やれやれ」とつぶやきながらゆっくり立ち上がった。
 駆けつけたティモネの顔はまるで――



「今日は楽しいショッピングのはずでしたのに」
「そいつは悪いことをしたな」
「悪いと思うなら、レイさんなにかお詫びをしてくださいな」
「はぁ? お詫びってのは請求するもんじゃねぇだろ。そもそも自分が無理やり――」
「そういえば、先日うちのお店にリオ――」
「ぐっ。わかった、わかったから。それ以上言うな」
「うふふ。なにを買っていただこうかしら。ねぇ、アオタケ」
「ぶみゅうぶみゅう」
「ちょっと待て。バッキーにもなにか買うのか?」
「もちろんです」
「意味がわかんねぇ……ったく、今日は本当に女難の相だぜ。もう間違いねぇ」
「…………さっきは――」
「ん? 今なんて?」
「さ、レイさん、いきますよ。この特賞のスポーツカーで堂々とショッピングセンターに乗り込みましょう」
「あ。しまった。ちょっと待った。それはちょっとマズイぜ」
「さぁさぁ、乗ってください。今度は私が運転しますわ」
「いや、だから、ちょっと待て。って、おまえ、わかっててやってるだろう?!」
「あらあら、なんのことやら」
 スポーツカーに乗せようとコートを引っ張るティモネと、それを嫌がるレイ。二人のやりとりは、市民の通報を受けてやってきた警察官の職務質問によって中断されるまで、延々と続いたのだった。

クリエイターコメントお待たせいたしました。最初にご依頼を受けてからだいぶ時間が経ってしまいましたが、ここに侵入者と薬師の物語をお届けします。

お二人の関係がうまく表現できていればいいのですが、なんだか依頼とだいぶ違うような気がして何回か書き直しました。
書き直したのですが、自分の中ではどうしても作中のような関係が揺るがず。
もっとツンツンさせなきゃ!もっとクールに!などと考えても考えても、このパターンに戻ってしまうという……
自分のイメージに偏ってしまった気がしますので、リテイク等あれば遠慮なくお申し付けください。

ちなみに、鎌と平手の中間(?)をとってハイヒールにしてみましたw
最後の「――」の部分にはお好きな言葉をどうぞw
公開日時2008-04-28(月) 19:50
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