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<ノベル>
<1>
人型をした巨大な鉄の塊が空から落下してきたというのに、銀幕市に被害が及ばなかったのは、地面に激突する前にその姿が淡い光につつまれ、かき消えてしまったからだ。
あとに残ったのは、アスファルトに倒れ伏す一人の若者――シュウレンだけだった。
「くっ、早く兄さんを止めなければ……」
アスファルトに叩きつけられたにもかかわらず、彼は不可思議な力で守られ傷ひとつ負っていない。すぐさま立ち上がると、ヘルメットを脱ぎ捨てた。
「これが、地球……」
鼻孔から入ってきた新鮮な空気に、おもわずつぶやく。ふだん宇宙空間で生活しているため、彼が呼吸しているのは人工の空気だった。酸素や窒素などの構成や成分比が違うわけではないが、地球の空気はおいしいと感じる。
「ここが、母さんの故郷なんだね」
しばし目を閉じ、感慨にふけった。亡くなった母を思い出し、涙が頬をつたう。
「母さん、僕は……兄さんを止めるよ」
自分自身に確認するように力強く宣言する。
振り仰げば、白い機体がゆっくりと山地へと向かっていた。それはシュウレンを誘っているように思えた。
兄が待っている。決着をつけようとしている。
シュウレンは唇をかみしめた。自分ひとりでは――オルヴィアンだけでは兄にはかなわない。軍の訓練校に在学していた頃から、模擬戦闘で兄に勝てたことはなかった。そしてそれは先ほどの戦闘でも身にしみた現実だ。
彼の手は自然と宇宙服の胸ポケットに伸びていた。そこから取り出されたのは、色とりどりの小さな石だった。
「司令官は、地球にはまだ機甲神がいないと言っていた。だけど、どこかにいるはずだ。この地球の抗体となって戦う運命の者たちが」
シュウレンはその可能性に賭けることにした。彼が手にしているのは、機甲神の素体となるエネルギー石だ。これをもとにしてロボットを創り出すことのできる者こそが、惑星に選ばれし者なのだ。
「頼む、地球よ。僕に力を貸してくれ」
シュウレンの願いに呼応するように、小さな玉石はそれぞれ主人となる者たちのもとへと、光の尾を引きながら飛んでいった。
チェスター・シェフィールドは、お気に入りの格闘ゲームに夢中になっていたところ、いきなり後ろ頭をこづかれ首をすくめた。
「っ――うそっ! マジで?!」
画面内では、無防備になった自分のキャラが相手の攻撃を受けて宙に浮いている。
周囲のギャラリーから「痛恨のコンボミスだな」などと嘆息混じりの声が聞こえた。
「誰だよ?!」
頭を叩いた相手を捜そうとふり返ってみたが、とうてい手など届きそうにもない場所に観客が立っているだけだ。みんな何を言われているのかわからず、きょとんとしている。中には「おいおい、負けた言い訳探してるのかよ」などと毒づく者もいた。
「くっ! お、俺の連勝記録が……」
誰に八つ当たりすることもできず、がっくりとうなだれるチェスターを、順番待ちの若者が押しのける。
逆らう気力もなく席を立った彼の視界の隅に、水色の光がちらついた。ゲームの筐体の真横になにかが落ちている。
「なんだ?」
拾い上げると、それは小さな宝石のようだった。これこそが彼の頭にぶつかった物体なのだが、後頭部に目があるわけでもないチェスターがそのようなことを知るよしもない。
「え?!」
宝石が強く輝く。
チェスターはその瞬間、すべてを理解した。
いまこの惑星に危機が迫っていること、それに対抗するために他星の守護者が戦っていること、自分が戦わなければならないこと。
「なかなかおもしろそうだな」
チェスターは不敵な笑みを閃かせると、みずからの機甲神を創り出すためにゲームセンターをあとにした。
ルイス・キリングは暇だった。本当にやることがない。
あまりに暇なので、さっきからすね毛の数をかぞえ始めたところだった。
「426本、427本、428――っと?!」
突如、ガラス窓を割って流星が飛来した。ブルーの光は、ルイスの股ぐらをかすめて畳に突き刺さる。
「あっぶねぇ! すね毛、かぞえ間違えるとこだった」
そっちかよ! とツッコんでくれる同居人はいない。いれば、そもそもすね毛などかぞえていない。
「なんだこりゃ?」
い草にめり込んだ青い石を指先でつまみ上げると、様々なイメージが奔流となって彼の脳に押し寄せた。
「これってマジかよ!」
彼は自分が機甲神のパイロットとして選ばれたことを知り、驚喜した。巨大ロボットで戦うのは男の浪漫であったし、すね毛をかぞえるよりもそちらの方が数倍楽しいに決まっている。
と、そこで宝石がルイスの手からこぼれ落ちた。みずからの意志を示すように、その場から飛び去ろうとする。どうやら、ロボットによる戦闘を夢想して不気味な薄ら笑いを漏らすルイスに不安をおぼえたようだ。まぁ、宝石でなくとも、銀幕市の住民であれば、百人中百人が人選ミスと思うだろう。
「ちょ、こら、待て!」
ぴょんぴょん飛びはねながら、宝石を追いかけるルイス。
果たして、彼は無事に機甲神の使い手となることができるのだろうか。
二階堂美樹(にかいどう みき)もまた、機甲神の乗り手として選ばれたひとりだった。
彼女の場合、ほかの二人とは少々事情が違い、選ばれたというよりは選んだといった方が正しいかもしれない。
銀幕市の空に黒白の二体のロボットを発見して、美樹は跳び上がらんばかりに驚いた。
「れ、れ、れ、れ、れ、レヴィディオン!? それに、お、お、お、お、オルヴィアンじゃないの!」
彼女は原作であるアニメ映画の大ファンだったのだ。
「ってことは、あれに乗ってるのは……シュウレンとレンマ様!」
こうして美樹は、堕ちていくオルヴィアンに駆け寄っていった。
シュウレンを発見したとき、ちょうど宝石を解き放つところだったのが彼女にとっての幸運で、飛び散る宝石のひとつに喜々として飛びついたのは、彼女がその意味を知っていたからだ。
赤色のエネルギー体をにぎりしめ、シュウレンに話しかける。
「あのぉ、シュウレン……くん、よね?」
「そうだけど、君は?」
シュウレンは、初めてやってきた地球で見知らぬ女性に話しかけられ、ひどく困惑した様子だ。
対して美樹は、生のシュウレンに目眩を覚えた。
「こ、これでレンマ様にまで会ってしまったら――」
あまりの感動とトキメキに気絶してしまうかもしれない。
「ええっと、なぜ僕の名前を知っているのですか?」
「え? あっ! ああ、それはね」
美樹はこの世界とムービースターとの関係をできる限り簡潔に説明した。最初は理解不能を示していたシュウレンも、周囲の様子を見て次第に実感がわいてきたようだった。
「信じられない。ここが僕のいた世界じゃないなんて」
「最初はみんな同じよ。でも、現実として受け止め――」
爆音が耳朶(じだ)を叩いた。
遠く見すかせば、杵間山付近でレヴィディオンが戦闘を繰り広げているのが見える。銀幕市を破壊しようとする巨人の動きを察知して、有志のムービースターが防衛戦を展開しているようだ。
「いけない。早く兄さんを止めないと」
美樹は思わずガッツポーズをとった。「兄さんを止める」という台詞はファンの間では伝説と化しているものだったからだ。
「生で聞いちゃった……」
妄想が暴走する。
「ど、どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもないわ」
あわてて涎をぬぐう。
「それより、私もいっしょに戦うわ」
そう言って、赤いエネルギーストーンをシュウレンに見せる。
「あなたが地球の守護者!」
美樹は微笑むと、「さぁ、いきましょう!」と宝石を天に掲げた。
「いくわよ! 地球よ、我が呼び声に応えよ! ランドグリーズ!!」
赤い光が膨張し、人型をかたちづくっていく。美樹のイマジネーションから生み出された機甲神は、スリムな体型の赤い機体だった。
美樹はランドグリーズのコクピットで興奮にうちふるえた。
「まさか自分が機甲神のパイロットになれるなんて、し・あ・わ・せ」
「すまない。僕は……」
地上でシュウレンが何かを言いかける。
「わかってるわ。機甲神は一度やられてしまうと、ダメージを回復するまで具現化できないのよね。とりあえず、私ひとりでレヴィディオンを止めてみるわ」
美樹はランドグリーズを起動させた。
男は優美な動作でパワーストーンを拾い上げた。その色は、男の服装と同じ、黒だ。
宝石をつまんだ指先から、情報が流れ込んでくる。
「これはこれは、大変なことに巻き込まれてしまったようだ」
言葉とは裏腹に、少し楽しそうな口調だ。
彼の肩のあたりでは、小さな蝙蝠が「ろぼーと! ろぼーと! ぷっぎゅぷー!! (訳:かっこいー!!)」と飛び回っている。
男はその様子を見て「やれやれ」と肩をすくめた。もとはといえば、使い魔に連れ出されてこのようなところまで足を運んだのだ。
使い魔はそのようなことなどまるで気にせず、空を駆ける白いロボットを見上げて大はしゃぎだ。
男は微笑を浮かべると、
「たまには地球の危機を救う英雄というのも悪くはない、か」
黒い宝玉がひときわ強い輝きを放ちはじめた。
<2>
「こいつら、地球人ではないのか?!」
レンマは群がってくるムービースターを蹴散らしながら、混乱の極みにあった。彼の知っている地球人は、空を飛んだり、手から稲妻を放ったり、そういった能力は持ち合わせていない。
「かまわぬ! ここが地球ならば、すべて消し去るのみ」
再びフォトニック・バスターを放とうと、レヴィディオンが両腕を胸前でクロスさせる。
「待ちなさい!」
敵味方共通周波数で飛び込んできた通信は、女の声だった。
「女、か?」
通信用のサブ・モニターが開くと、勝ち気な顔つきの女性が映っていた。
「貴様、何者だ?」
「私の名前は、二階堂美樹。地球の守護者よ」
「ふん、シュウレンめ。助けを求めたか」
「あなたと話しがしたいの」
「地球人と話し合いだと? 笑わせる。俺は地球を破壊する。ただそれだけだ」
美樹が沈黙する。レンマは「話し合いをあきらめたか」と思ったが、実際はあこがれのレンマと会話でき、顔がにやけてしまいそうになるのを必死にこらえていただけだ。
ようやく妄想をおさえて、美樹が口を開く。
「あなたは――」
問答無用とばかりに、レヴィディオンがフォトンキャノンの巨大な銃身を持ち上げた。銃口の指し示す先には、滞空するランドグリーズがいる。
光のエネルギーを圧縮して撃ち出すフォトンキャノンに銃弾というものはない。ただ灼熱の塊がすべてを溶かし、破壊し尽くすのみ。
美樹は咄嗟にランドグリーズのバーニアを吹かしていた。
かろうじて光弾を避けたものの、ランドグリーズの脇腹の装甲が溶解する。彼女の機体は機動力を上げるため、防御力を犠牲にしている。極限まで薄く削られた装甲は、たやすく貫かれてしまうのだ。
「さすがレンマ様、原作どおり問答無用ね」
美樹はどこか嬉しそうだ。
「そんなレンマ様が大好きだけど……でも、やられるわけにはいかないわ!」
ランドグリーズがレヴィディオンに向かって突進する。
「愚かな!」
レンマはまだキャノンの狙いを美樹からはずしていない。連射可能な砲撃に対して、一直線に立ち向かうのは愚の骨頂というものだ。
光芒が炸裂する。
その瞬間、ランドグリーズに変化が起こった。両腕が胴体に収納され、両脚もまた短くたたまれる。その代わりに、バックパックの形状が変形し、大きな可変翼が開いた。戦闘形態から飛行形態へと変わり終えるまで、その間わずか数秒。
「なにっ?! 変形だと!」
深紅の閃光と化したランドグリーズは、先ほどまでの数倍のスピードでレヴィディオンに迫る。
レンマは舌打ちして、それでもキャノンの引き金をひく。
「甘いわ!」
美樹が操縦桿を倒すと、ランドグリーズは通常の飛行機ではあり得ない方向転換を実行し、攻撃をかわした。二枚の可変翼が変幻自在の飛行を可能にしているのだ。方向転換の際にパイロットにかかる横Gの類は、リムーバブルフレームに支えられた球形のコクピットが吸収している。
もちろん美樹は、猛スピードで飛行する機体を反射神経と動体視力だけで乗りこなしているのではない。各種センサーが取り入れた情報を、ランドグリーズ内部のコンピュータが計算し、ある程度最適の進路を示してくれているのだった。
前方モニターに緑の矢印が現れる。複雑に曲がりくねったコースをたどり、最終的に矢印の先が指し示しているのは、目的地――レヴィディオンだ。
「行けーっ!!」
美樹がブースターを全開にする。
すべての射撃をかすることもなく回避し、なおかつレヴィディオンの眼前まで到達したランドグリーズ。
「まさか……」
レンマの口から驚愕が漏れ出る。
美樹は不敵に笑むと、飛行形態から戦闘形態へ機体を変形させつつ、右手首に内蔵されている短刀型のサーベルでレヴィディオンを斬りつけた。
サーベルがレヴィディオンの左肩に食い込んだ。
と見えたものの、激しい火花が散り、サーベルがランドグリーズごと弾き返される。
「やっぱりサーベルじゃ――」
衝撃を吸収するはずのコクピットが微震した。ぐしゃりと嫌な音がして、ランドグリーズの胸部装甲がひしゃげる。蹴り上げたレヴィディオンのつま先がめり込んでいた。
「きゃっ!」
美樹が思わず目をつむる。彼女は兵士として訓練を受けたわけではないので仕方がない。しかし、それが命取りになるのが戦場だ。
フォトンキャノンの銃口が、前方モニターいっぱいに映った。
「やられるっ?!」
チェスターは、創り出した機甲神にグロスターと名付けた。みずからの出身地にちなんだものだ。
流線型のフォルムにホワイト・アンド・ブルーのカラーリングが、優美な海棲生物を思い起こさせる。たとえば、イルカやその類の生物だ。しかし、そのイメージを裏切るかのように、両肩からは長大な砲身が生えていた。二門のプロトン・キャノンだ。
「侵略者ってのは、あれか?」
モニターを望遠に切り替えると、白い機体と赤い機体が交戦していた。直感的に、赤い機体が仲間だと知る。チェスターはグロスターを加速させると、マシンガンを撃ちながら白い機体を牽制した。
何発かが命中したが、着弾場所に光が明滅し、ダメージを与えられない。それでも相手の気を散らすことはできたらしく、赤い機体は高速でその場を離脱していた。
通信モニターが開く。
「ありがとう。助かったわ」
ジャーナルで幾度か見かけたことのある顔だ。
「俺はチェスター。こいつはグロスター。あんたとは、どうやらお仲間みたいだね」
「私は二階堂美樹。この子はランドグリーズよ。あなたも地球に選ばれた機甲神の乗り手ね」
「この映画に詳しそうだね。よかったら、いろいろ教えてくれね?」
「あの白い機体はレヴィディオン――」
もちろんチェスターも美樹も、レヴィディオンとの戦闘をこなしながら会話している。
ただし、ふたりとも決め手を欠いているため、グロスターはマシンガンで牽制程度の銃撃を、ランドグリーズは左腰部に備え付けられたレールガンでこれまた牽制程度の砲撃を行っているだけだ。
「なるほどね。事情は了解した。だけど、そのシュウレンってのはともかく、レンマってのは一度倒さなきゃ話しもできそうにないみたいだな。ここで復讐したって何にもならないのにさ」
「私はね、できればレヴィディオンの破壊だけは阻止したいの」
「原作どおりの結末は嫌ってこと?」
「そうね。できれば、レヴィディオンを起動不能にして、シュウレンとレンマが仲直りできるような場をつくってあげたい。自分でも、すこし甘い考えかなって思うけどね」
美樹が苦笑する。
「それでも、私はこの映画のファンだからそう思っちゃうの」
チェスターもまた微苦笑して答えた。
「ま、俺も銀幕市に来てからいろいろ見てきたからな。その気持ち、わからなくもないさ。どっちにしても、ゲーセンがなくなるのも、銀幕市がなくなるのも困るし。あいつは止めるぜ」
「ええ。問題は止め方ね」
ランドグリーズは高速移動を戦術のメインにすえた撹乱機体だ。グロスターは砲撃メインの支援型。どう考えても、相手に致命的な一撃を加えることができない。実際に、ランドグリーズのサーベルも、グロスターのマシンガンも効果がなかったのだから。
「なんで攻撃が当たってるのに効かないんだ?」
「レヴィディオンにはフォトニックシールド発生装置がついてるの。実弾兵器は光の障壁がふせいでしまうわ」
「卑怯くさいな」
チェスターが舌打ちする。実弾が効かないとなると、グロスターの兵装ではプロトン・キャノンか奥の手のグラビトン・キャノンしかない。どちらも狙いをつけてから射撃まで時間がかかってしまう。
「ねぇ、あいつの動きを止めれる?」
チェスターが訊ね、美樹が「やってみるわ」と答える。
二体が示し合わせて動き出そうとしたそのとき、
「はーっはっはっはー! 真打ち登場っ!!」
通信とか敵味方共通周波数とか、そういった生やさしいものではない。その笑い声は、外部スピーカーによって銀幕市の空中に響き渡った。
「この声ってさ、もしかして……」
チェスターがやれやれと首を振る。
「アンソニー?!」
美樹がその名を叫んだ。
「そこにいるのは、ヘレン? ヘレンか!」
もちろん彼の名はルイス・キリング。美樹も美樹であり、ヘレンではない。それでもなぜか二人はそう呼び合っていた。その理由は――めんどくさいのでここでは省略する。
スカイブルーのメタリックボディが陽光を照り返す。剣をイメージさせる鋭角なデザインと、背に負った巨大な二枚の翼が特徴的な機体だ。ただし、左側の翼には血色の鎖が巻き付いており、封印されている。両手には黒と白、色違いのビームキャノンを装備していた。
「俺様とブラッディ・ナイトが来たからには、もう安心していいぜ!」
むしろ不安なのは、なぜだろう。
「あのさ、ビーム兵器とか積んでる?」
過剰な自己紹介は無視して、チェスターが淡々と訊ねる。
「このアルとルアはビームキャノンだぜ。なんで?」
「いや、答える前にさ、スピーカーで話すのやめようぜ。敵に筒抜けだ……」
アハハと乾いた笑いで誤魔化して、ルイスはスピーカーから通信に切り替えた。
「で、なんで?」
もう一度訊ねるのと、美樹が「あぶない!」と警告を発するのとはほぼ同時だった。
しびれを切らしたレンマがフォトンキャノンを撃ってきたのだ。
「こうなったら、ぶっつけ本番よ! 私とチェスターがレヴィディオンの注意を引きつけるから、その間にアンソニーがキツイの一発ぶちかまして!」
言いながら、ランドグリーズを飛行形態に変形させ、飛び去る。
「それしかないね」
チェスターのグロスターもまた、ルイスのブラッディ・ナイトを援護するため散開した。
「なんだか、わかんねぇけど。とにかく了解だぜ、ヘレン!」
ルイスはレンマへ立ち向かっていった。
美樹はステルス装置を起動させた。
ランドグリーズの周囲に一種のエネルギー場が形成され、短時間ではあるがレーダーから姿を隠すことができる。ただし、これにはマイナス面もある。荷電粒子砲が多用できなくなるのだ。ステルス力場の形成には多大なエネルギーを使用するため、荷電粒子砲へのエネルギー供給が滞ってしまうためだ。
「荷電粒子砲が使えないとなると、レールガンしかないのよね」
レールガンは実弾兵器だ。レヴィディオンのフォトニックシールドを破ることはできない。
「それに……」
レヴィディオンから受けた蹴りの一撃。あれが効いているせいで、動力系統が一部破損している。通常のスピードが出ない。
「援護に徹するしかないわね」
レンマの死角から、姿を消して、一撃をお見舞いする。相手の気をそらすのだ。
美樹はレールガンの照準をレヴィディオンに合わせた。
チェスターは、ランドグリーズのヒット・アンド・アウェイによって翻弄されるレヴィディオンに、二門のプロトン・キャノンを向けた。レーダーに映らないランドグリーズは、肉眼で確認するしかなく、当然それには限界がある。機体性能がどうこうという話しではなかった。
「今ならいけるか?!」
チェスターがプロトン・キャノンの引き金に指を置くと、センサーが指紋を確認しモニターに照準が現れる。
両肩の巨砲に仄かに明かりがともった。
「そのままじっとしててくれよ……」
画面上のふたつのサークルが、チェスターの微調整によってしっかりとひとつになった。
「デュアル・プロトン・バスター!!」
ふたつの奔流がひとつに合わさり、真一文字にに駆け抜け、白い巨人にぶち当たった。
さしものフォトニックシールドも、プロトン・キャノンの同時斉射には耐えきれず、小爆発を起こしながら、レヴィディオンとレンマが無防備な状態となる。
「そこだっ!!」
それまで中間距離からアルとルアでランドグリーズの援護射撃をしていたブラッディ・ナイトが、右翼を外側に展開させた。すると、翼に収納されていたボード状の物体がそこから射出される。ファングと呼ばれる小型の自律攻撃兵器だ。
無数のファングは空中を不規則に舞いながら、あらゆる方向、あらゆる角度からレヴィディオンへビームの嵐を浴びせかける。
「弾幕集中だぜ」
フォトニックシールドの恩恵を受けられない機体は、無抵抗にその牙を受け入れていく。
そこにチェスターの声が届いた。
「ルイス! そこをどいてくれ!」
見ると、グロスターの腹部装甲が開放され、そこに漆黒の闇が生まれつつあった。チェスターの奥の手、グラビトン・キャノンだ。
「原作では、レヴィディオンのフォトニックは、オルヴィアンのグラビティに敗れるんだろ。だったら、これでとどめだぜ」
チェスターは操縦桿から両手を放し、コンソール中央に据えられた拳銃型の操作レバーを握りしめていた。グラビトン・キャノンはこうして撃たなければならない。だから、この間グロスターは動けない。仲間の支援なくしては撃てない、それゆえに強力な一撃だった。
紫電を放散させながら、闇の球体が大きさを増していく。白色球体であるフォトニック・バスターとは真逆のパワーだ。
「いくぜっ! メイヘムっ!!」
チェスターが引き金をひく。エネルギー塊が電撃をまき散らしながら、レヴィディオンに迫った。
為す術もなく直撃を受けるレンマ。装甲がはじけ、重力波のゴゴゴという響きがすべてを消し去っていく。
「んじゃ、ま。最後の一撃ってことで」
ルイスが宣言した。
「コクピットは狙っちゃダメよ!」
美樹の注意に「わーってるよ、ヘレン」とウィンクを返して、アルとルア――二挺のビームキャノンを手の中でひとつに合わせた。両手で持っても余りある長大なそれが、まさか剣だとは誰も思うまい。銃口から黄色いビームの光が伸びる。
ブラッディ・ナイトの全高すら超えて、クロス・ブレードは完成した。
「混血児って境遇には同情するけどな。その辛い過去が自分自身を強くするんだぜ! それをわかるんだよ!」
ルイスが雄叫びをあげながら、レヴィディオンに斬りかかった。
敵機体は、いまだグラビトン・キャノンの影響で闇色に包まれ、一部しか見えていない。それでも、狙いをはずすことなどありえない。一刀両断。それで終わりのはずだった。
<3>
「なにっ?!」
あまりの眩しさに、ルイスは思わず目を細めた。
「なんだよ、これ?」
ブラッディ・ナイトのクロス・ブレードの刀身が消滅していく。それはあたかも、レヴィディオンの放つ光に、レーザーが溶かされていくかのようだった。
「ブレードの刀身は熱エネルギーの集合体だぜ? なんでそれが溶けるんだよ?」
まったく意味がわからない。
「バカっ! アンソニー! 早くそこから離脱して!」
悲鳴に近い美樹の声。
気が付くとブラッディ・ナイトの腕が、脚が、胴が、光に触れているすべてが細かな粒子に分解されつつある。
「嘘だろ、おい」
フルブーストで後退するも、意志を持つモノのように光が追いかけてくる。
少し離れた場所で様子をうかがっていたチェスターも、その異様な光景に寒気を感じた。
「いったい何が起こってるんだ?」
「レヴィディオンが、フォトニックのすべてを解放したのよ。こうなる前に決着をつけたかったんだけど」
美樹は苦渋に満ちた表情だ。
「フォトニックエネルギーの本質はその意志にあるの。自らの意志を持ち、指向性を持って行動するエネルギー。それがフォトニック。触れた物はすべて浸食、分解してしまうわ」
「くそっ! やっぱり卑怯くさいな」
「映画では、自暴自棄になったレンマ様がフォトニックを解放してしまい、シュウレンは兄を倒すしかなくなるの。私、ふせげなかった……」
「おいおい、ヘレン。落ち込む前になんとかしろよ!」
ルイスがすぐそばまで後退してきていた。ブラッディ・ナイト、ランドグリーズ、グロスターの三体は、そろって敵から――うねくる光の帯から逃げるしかすべがない。
レンマの高笑いが響いた。
「くっくっく。地球人どもよ、いや、地球よ。フォトニックの光に呑み込まれてしまうがいい!」
いまやレヴィディオンは全身を白光に包まれ、さながら神のごとき様相だ。外部装甲はすべて破壊され、薄型の内部装甲がむき出しになっている。そのため、スリムな外見へと変わっていた。フォトンキャノンはチェスターのグラビトン・キャノンに消滅させられたのか、その手にはない。
「堕ちよ、うるさいハエども!」
レヴィディオンの腕の装甲はすでにない。むき出しの、フォトニック・バスターを放つための反射レンズのひとつがきらりと光った。
七色に明滅する光弾が三機を襲う。
「きゃっ!」
美樹は咄嗟にランドグリーズの左腕に付いているシールドでガードした。反重力効果を持つ物理シールドなのだが、いともたやすく消し飛んだ。
「ファング!」
ルイスはファングを呼び集め、自機とチェスター機の前に展開させた。グロスターは防御兵器を持たない。その分もカバーするためだ。
ところがファングの防御壁もまた、ランドグリーズのシールド同様に、一撃で消滅してしまった。
「これは、さすがにヤバイんじゃないか?」
ルイスが珍しく弱音を吐いた。
「もう一回来るぜ!」
そう言ってチェスターが機体を旋回させる。
「逃げても無駄よ。エネルギー自体が意志を持っているのだから、追いかけてくるわ」
美樹があきらめたように言った。
三者三様の反応をすべて無視して、またもや光弾が放たれる。
水色のブラッディ・ナイト、赤のランドグリーズ、青と白のグロスター、それらを消し去るべく迫る白い球体。
誰もがある程度覚悟を決めたが、しかし、光弾は突如としてその進行方向を変え、遙か上空へと吸い込まれていった。
「ヘレン、何かしたのか?」
美樹があわてて首を振る。
「俺もなにもしてない」
チェスターも不思議そうだ。
静かだが、力に満ちた声が、すべてのコクピットに届いた。
「ノーリー・メ・タンゲレ――我に触れる勿れ」
美樹が頬を朱に染めながら、笑顔をこぼした。
「ブラックウッドさん!!」
彼女らの後方に、圧倒的な存在感を持って漆黒の機体が滞空していた。それは、胸前で両手を組んで祈りを捧げるヴェール姿の乙女に見える。機体色の黒と相まって、死者の魂に安らぎを与えんとする女神にも似ていた。
地球の守護者、最後にして最強の機甲神、ブラックマリア。
隣には、復活したオルヴィアンもいる。
「みなさん、遅くなってすみません。兄さんは責任をもって僕が止めます」
そう言って、反重力剣エフレイエを構える。
「若者よ、そう気負うこともなかろう。ここには、仲間がいるのだから」
ブラックウッドは特に語調を強めたりはしない。であるのに、チェスターもルイスも美樹も、そしてレンマも胸に力がわいてくるのを感じていた。
「どうやら状況は最悪に近いようだ。私がどうにか時間を稼ごう。君たちは態勢を立て直して、最後の一撃にそなえたまえ」
ブラックマリアが、他の四体を制して、前へ出る。
「おいおい、ひとりで大丈夫なのかよ?」
ルイスの疑問に、美樹が答えた。
「黒い機体は、地球最強の証よ。ここはブラックウッドさんに任せて、私たちは私にできることをやりましょ」
「そういうことだね」
チェスターも同意し、グロスター最大最強の一撃を放つべく準備をはじめた。
「とは言ったものの、さて、どう攻めるかな」
さして困った風でもなくブラックウッドは独りごちた。
ブラックマリアのコクピットは三十度ほどに傾けられた柩型をしており、彼はそこに仰臥するかたちで操作している。彼らしい操縦法だ。
「神々しくも、禍々しい」
全天周囲モニターに映るのは、まさしく光、光、光。
「ぷぎゅ! ぷっぎゅ! ぷっぎゅぅ!!(訳:ご主人様、攻撃です! 回避行動をとってください!)」
彼の肩には常のとおりに、蝙蝠がいる。しかし、いまやただの使い魔ではない。パワーストーンの効果によって、機甲神の一部となっているのだ。その証拠に、使い魔の瞳には電子の光が宿り、緑色の数字や文字列が右から左へとハイスピードで流れていく。
「ぷぎゅっ?! ぷぎゅ!!(訳:やっぱりダメです。間に合いません。重力レンズを!)」
使い魔の指示に従って、ブラックウッドがブラックマリアを操る。
ブラックマリアの、両胸をはじめヴェール部分などにあるいくつかの円形の文様が、薄く紫色に発光した。その結果、機体の周囲に重力レンズが展開され、飛んできた光球を無害な方向へと弾き返す。まわりからすれば、陽炎のような空間のひずみに、光の玉が流されていったように見えたことだろう。
「先ほど、レヴィディオンの攻撃をそらしたのも、その手か」
通信モニターが開き、レンマの顔が映し出された。
「私はパートナーの言うとおりに動いているだけでね。よくはわからないけれど、重力レンズと言うらしいよ」
ブラックウッドは正直なところを答えた。そもそもこのブラックマリア自体、彼のイマジネーションというよりも使い魔のイメージに支えられて具現化した色合いが強い。
使い魔はなにやらテンション高く叫んでいる。パイロット補助のための、高速演算用の人造人間や、コンピュータの創り出した立体映像などに憧れていたようで、とにかく嬉しいらしい。
「使い魔だかなんだか知らんが、俺の邪魔をするなら、貴様も消し去るのみ」
「君たちの事情は映画を見た使い魔に聞いたよ。さながら君はエデンを追放されたカインだね」
「カイン、だと?」
「地球の文化に疎い君にこのようなことを言っても甲斐がない、か。私はただ憐憫をもって弟アベルに力を貸すとしよう」
「ふん、望むところ。もともと我々の間に問答など無用なのだ」
一方的に通信が切られた。
モニターにレヴィディオンの姿が戻り、両腕をクロスさせる様子が映る。
「ぷっぎゅ!? れび、れび、ぷっぎゅぷっぎゅ!!(訳:大変です! レヴィディオンが最大級の攻撃を準備しています!)」
ブラックウッドは「ほぅ」と言ったきり、特にあわてた様子もない。必死に打開策を見つけようとしている使い魔の力を信じているのだ。果たして、使い魔の脳内ではじき出された結論はこうだった。
レヴィディオンがフォトニック全開のフォトニック・バスターを撃つ際、最大爆発に備えてエネルギーフィールドが縮退する瞬間がある。わずかコンマ数秒の世界だ。そこに、ブラックマリアの共有振動をぶつけ、エネルギー自体を中和する。そうすることにより、短時間ではあるが、フォトニックの鎧をはぎとることができるだろう。
「ぷ、ぷ、ぷぎゅぅ……(訳:だけど、成功確率はわずか三パーセントです……)」
うなだれる使い魔の頭を優しく撫でると、ブラックウッドは仲間たちへの通信回線を開いた。サブモニターが四つ現れ、シュウレンが、チェスターが、美樹が、ルイスが、映る。
「今からブラックマリアがレヴィディオンを無力化する」
使い魔がはっと頭を上げた。
「おまえがそう言うのなら、確率など関係ないよ」
「ぷっぎゅぅ……(訳:ご主人様……)」
「そこに君たちの想いを込めた一撃を放ちたまえ。特にシュウレン君、兄上を止めるのは君の役目であると、私は思う」
シュウレンが決意の瞳で力強くうなずいた。
「うぉっし! やったるぜ!」
ルイスがガッツポーズをとる。
「決着をつけてやる」
チェスターもやる気満々だ。
ただ美樹だけが辛い表情を浮かべていた。
「美樹君、レンマ君を救いたい気持ちは皆同じだ。今はその想いをぶつけることしかできないのだよ。君は君の想いを貫けばいい」
「…………はい!」
美樹の笑顔を確認して、ブラックウッドは正面を見据えた。そこには止めるべき相手がいる。
「さぁ、美しい歌声を聞かせておくれ、ブラックマリアよ」
地球を消滅させるために着々と力を蓄える侵略者レヴィディオンに、オルヴィアン、ブラックマリア、ブラッディ・ナイト、グロスター、ランドグリーズ、五体の守護者が最後の決戦を挑む。
ブラックマリアの組んでいた手のひらがほどかれる。慈愛によってすべてを包み込む聖母のように、大きく広く、両の腕(かいな)は開かれていった。合わせて頭部が持ち上がり、天を仰ぐような格好になる。
先ほど重力レンズを創り出した文様が、今度は小刻みに震え出す。いくつもの紫の光輪が、水面に広がる波紋のように、空気中にとけ込んでいった。特に手のひらで作動する文様がひときわ輝いている。
「準備は整った」
あとはタイミングを待つだけだ。
「ぷっぎゅーぷぎゅ!(訳:ご主人様、十秒前です!)」
使い魔の両目は、高速演算によって緑一色に染まっている。
「咎人よ、汝の大いなる罪を悲しめ」
ゆっくりと、淡々と。しかし、その裏側に熱い祈りを込めて。
「ぷぎゅ!(訳:今です!)」
ブラックウッドの金色の瞳が一瞬だけ血色の眼光を閃かせた。
「オムニア・ウァーニタース――全ては空虚である」
ブラックマリアの全身から発信された共有振動が、大気を振るわせる。振動とはまた、音でもある。それはまるで嘆き悲しむ女の悲鳴のように聞こえた。
「なんだとっ?! フォトニックが押さえ込まれる?」
本物の悲鳴はレンマのものだ。限界まで濃縮したはずのフォトニックエネルギーが急速にしぼんでいくのだから、当然だ。彼を護っていた光の障壁が消えていく。
「中和されているのか! おのれ、地球の守護者め!!」
レヴィディオンはバックパックからビームソードを抜きはなった。そのまま、バーニアを吹かして、ブラックマリアに突進する。
「ぷぎっ!(訳:あぶないっ!)」
使い魔が叫んだが、フォトニックの中和にすべてを使い果たしたブラックマリアは動けない。
「あわてる必要はないよ。私たちには仲間がいるのだから」
ブラックウッドがそうつぶやくと、予言を現実に変えるように、ルイスのブラッディ・ナイトが二体の間に割って入った。
クロス・ブレードがビームソードを受け止める。
「貴様! そこをどけっ!」
「どくもんかよ!」
ルイスはコクピットで、みずからの首にかかったロザリオを引きちぎった。と同時に、ブラッディ・ナイトの左翼を拘束していた赤い鎖もちぎれとぶ。
「限定解除だ!」
両翼を解放した機甲神は、スカイブルーからシルバーへと染まり、今までにない力を発揮しはじめた。
「兄なら兄らしく、弟の手本になりやがれってんだ!」
クロス・ブレードで袈裟懸けに斬りかかる。受け止めながらも、レヴィディオンは力負けし、退がらざるをえない。
「我ら兄弟のことを、貴様にとやかく言われる筋合いはない!」
「この分からず屋!!」
ブラッディ・ナイトは、つばぜり合いから全力で相手を突き飛ばした。為す術なく堕ちていくレヴィディオン。
ルイスはクロス・ブレードの合体をいったん解除し、今度はふたつを別の形に結合させた。それは、巨大なライフルだった。
「チャージ完了!――っ、いやまだだ、まだ足んねぇっ!」
ルイスは、レンマがよみがえりかけたフォトニックでシールドを張るのを確認したのだ。
「チャージ、120%! っしゃ、果てまでブチ抜けっ! グランッッッッドォ・クロォォォォォォォォォォス!!」
銀色の熱塊が、光の障壁に激しくぶつかった。だが、貫くことはできない。
「押し切れないか?!」
「ハハハ。この程度でフォトニックを破れるとでも!」
レンマの高笑いに、冷静な声が重なる。
「悪いね。まだ俺がいるんだ」
チェスターだ。
グロスターが二度目のグラビトン・キャノンを撃つべく狙いを定めていた。いや、それだけではない。今度は、二門のプロトン・キャノンまでもが発射体勢にある。いやいや、まだだ。両腕に収納されていたガトリング砲二門までもが標的に向けられていた。まさしく全弾発射だ。
「あんたもいい加減に目を覚ましなよ。いつまでもいじけてるのはカッコワルイぜ」
「ふん、地球人に俺の胸のうちはわかるまい」
「あ、そう。だったら、殴ってでも目を覚まさせてやる」
チェスターは、シートの後背から照準装置を引き出した。それを顔の前にもっていき、五つのサークルをすべてひとつに合わせる。両手は銃型の操縦桿をつかんでおり、人差し指は引き金にかかっていた。
「喰らえっ! コード・レッド!!」
グロスターのモノアイが光り、全砲門が火を噴いた。
グロスターのコード・レッドが、ブラッディ・ナイトのグランド・クロスとともに、レヴィディオンのフォトニックシールドを撃ち貫く。
「やったか?!」
しかし、レンマは、レヴィディオンは無事だ。ただ、バリアを破壊したに過ぎない。
「っ! このままじゃ、ブラックマリアが中和したエネルギーが復活しちまうぜ」
ブラッディ・ナイトもグロスターもすぐには次の攻撃に移れない。
そこに飛び込んでくる影がひとつ。
美樹のランドグリーズだ。彼女は飛行形態のまま、わずかに残ったエネルギーをステルス装置に注ぎ、特攻を敢行したのだ。
「私にはもう、レールガンも荷電粒子砲も残っていないわ。だったら、これよ!」
ステルス装置によるエネルギー力場をわざと反転させる。そうすることによって、身を隠す効果はなくなってしまうが、わずかながら身を守る効果が得られる。
「心中しようというのか?!」
レンマがうなる。
「心中なんて冗談じゃないわ! 私もあなたも生きるのよ!」
ランドグリーズの体当たりで、さしものレヴィディオンもともに地上へと押されていく。
「あなたはシュウレンがどんな気持ちでいるのか知ろうともしない!」
「あのような裏切り者のことなど知ったことか!」
「シュウレンは裏切ったんじゃないわ! 偶然、守護者の軍に命を救われたのよ!」
「そのような戯言を誰が信じると言うのだ!」
「誰ですって? お兄さんである、あなた以外にいないって、決まってるじゃない!!」
「ならば、貴様はすべてを赦せというのか?! シュウレンも、母も、この地球も!!」
「あなた以外に、誰がシュウレンを赦せるというの!」
「そうだ! 俺以外にはシュウレンを赦せる者はいない! 守れる者もいない! だから、俺はシュウレンを守ってきた。そうだ。だから、俺は――」
ふたりの通信回線に、シュウレンが割り込む。
「美樹さん、どいてください。僕が――オルヴィアンがレヴィディオンを斬ります!!」
ふり返ると、オルヴィアンがグラヴィティ・スラッシュで追いかけてくるのが見える。
「――っ、待って、シュウレ――」
言い終わる前に、レヴィディオンがランドグリーズを振り払った。
「――だから、俺は母を、地球を赦すことなどできんのだ。シュウレンを、弟を苦しめた母を、地球を……」
電波障害で途切れとぎれの通信。
それは、美樹にだけ届き、シュウレンには届かない。
「兄さん、これで終わりにしよう! 反重力剣エフレイエ! 一刀両断! グラヴィティ・スラァァァァッシュ!!」
「ダメえぇぇぇぇぇぇっ!!!」
白い機体と黒い機体が、ぶつかり合い、すべてが無色になった。
見下ろす黒い機体――オルヴィアン。
「……兄さん。僕は――」
墜ちゆく白い機体――レヴィディオン。
「さらばだ、愛する弟よ」
「こんなのって……こんな結末なんて……」
美樹は両手で顔を覆った。
映画の結末となにも変わらなかった。
「そうかな?」
暖かい声音は、闇色の紳士のものだ。
美樹はあわてて顔を上げた。
「あぁ……」
思わず嗚咽がもれる。
黒いマリアが不出来なカインにも手をさしのべ、地上へと堕ちてゆく機体を、優しく受け止めていた。
「みんなの想いが届いたのだよ。原作であれば、両断され、爆砕するはずのレヴィディオンだったのだから」
確かに、レヴィディオンは傷を負っているものの破壊されずにいた。寸前でシュウレンが思いとどまり、エフレイエを振り抜かなかったのだ。
「兄さんの声が聞こえたんだよ」
「そうか」
「兄さん、僕は……」
「もういい、何も言うな」
レヴィディオンもオルヴィアンも、白と黒の宝石へと戻っていく。
「ま、仲直りできてよかったよな」
ブラッディ・ナイトも水色の宝石へ。
「ゲーム感覚でやれるかと思ってたけど。思ったよりしんどかったぜ」
グロスターも青色の宝石へ。
「こ、こ、こ、このあとどうなるのかしら? 映画にはない展開よね? も、も、も、もしかして、シュウレンとレンマ様ったら銀幕市でいっしょに暮らしちゃう?!」
ランドグリーズも赤色の宝石へ。
「カインとアベルがともに手をたずさえる結末か。悪くはない」
ブラックマリアも黒色の宝石へと戻っていった。
こうして、レンマとシュウレンの物語は悲しい終わりを迎えなかったのだった。
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クリエイターコメント | お待たせいたしました。 納品〆切日にアホな失敗をやらかしましたが、無事に(?)納品です。
今回は趣味全開ということで非常に楽しく書かせていただきました。 機甲神の設定はすべてノベルに反映させたかったのですが、一部ストーリーの流れから反映できなかった点があります。我ながら残念でなりません。 二名のPL様にいたってはイメージイラストまでつくられており、さらに気合いが入った次第です。 ちなみに、機甲神の素となる宝石は後日シュウレンに返したことになります。
また次の機会がありましたら、シュウレンとレンマをよろしくお願いします。 なお、口調や設定等で気になる点がありましたら、遠慮なくご連絡ください。 |
公開日時 | 2009-01-21(水) 19:00 |
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