★ 上陸の日 ★
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
管理番号107-5607 オファー日2008-12-06(土) 00:33
オファーPC ギャリック(cvbs9284) ムービースター 男 35歳 ギャリック海賊団
ゲストPC1 ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
<ノベル>

 空が、高い。
 蒼天を、かもめがゆっくりと舞っていた。
 はじめのうち――、ギャリックは、それが冥界の空であると信じて疑わなかった。
 敵の剣に服は裂かれ、帽子はどこかへいってしまい、何発もの銃弾が、すでにギャリックの胸板に埋まっている。最後の記憶は、甲板を染めたおのれの血と、マストが折れる船があげる悲鳴のような音――そして荒れ狂う空に閃いた雷だったはずだ。
 彼を一種の義賊と見るものもいたが、それでも非道をはたらいたことはある。だからギャリックは、自分が天国の門をくぐれるなどとは思っていなかった。
(地獄にも――海があるのか)
 その嗅覚は潮の匂いを嗅いでいる。
(だったら悪いことはなんにもねぇ)
 自分が、大の字に甲板に倒れているのはわかったが、指先一本たりとも、力が入らなかった。かろうじて、まぶたの上げ下げができるだけだ。
 傷の痛みも、もはや遠い。
 青空を、雲が流れていく。
 ずいぶん、陸が近い空だ、とギャリックは見てとった。
 団長、団長――、と、耳慣れた声が彼を呼んだ。
 そうか、みなもいるのか。
 納得して、目を閉じる。
 ギャリック海賊団、全滅――か。ならいい。今度はこの地獄の海を荒らしまわってやろう。
 だから今は……
「うるせぇ。すこし……眠らせろ……」
 泥の眠りが彼の意識を溶かしてゆく。どこかで、誰かが歌っているのを、聞いた気がした。


  髑髏の旗は海賊の船
  ほれ気をつけろ 容赦はないぞ
  ヨー・ホー! ヨー・ホー!
  やつらは海賊 陽気だけれど
  お宝ぶんどりゃ 火をかける

  髑髏の旗は海賊の船
  はやく逃げろよ 二度目はないぞ
  ヨー・ホー! ヨー・ホー!
  やつらは海賊 義侠はあれど
  誰の指図も 受けやせぬ

  ヨー・ホー! ヨー・ホー!
  やつらは海賊――



「ふん……」
 遠眼鏡の中に見える岸は、きらめく光のあつまりだった。
 海は穏やかに凪いでいる。
 それはさいわいだった。
 ひとたび時化れば、満身創痍のギャリック号はひとたまりもなくバラバラになって、海の藻屑と化していただろう。船はかろうじて浮いているというだけの有様だった。
 団員たちは――動けるものたちは、という意味だったが――日が暮れてからは遮光ランタンを手に、船のあちこちを修繕にかかっていた。だがいかんせん、積んでいる資材にも限りがあって、どこかで調達する必要があった。
 と、なると、あのまばゆい光の城のような街へ行く必要があるのだが。
「ここがどこかわかったか?」
 ギャリックは遠眼鏡を構えたまま、訊ねた。
 団員たちもみな負傷者だったが、中でもいちばん傷が重いのがギャリックだった。団長という立場上、その首を狙ってくる敵は多かったし、それでなくとも、この男は戦いとなれば率先して前へ出て、自分から部下の盾になってしまうのだ。
 だが、今のギャリックはさほどの怪我人にも見えない。裸の胸には包帯を巻いているけれど、そのうえに上着を羽織っただけの格好で、潮風吹きすさぶ甲板に立っても足取りはしっかりしていた。
「それがさっぱり」
 ウィズは肩をすくめた。
「星の位置が違うとか」
 寡黙な航海士がいつになく戸惑っているようだと、ウィズは言った。
「そうか……」
 あの戦いがあった海でないことはわかる。
 だがギャリックはじめ、船員たちが倒れ伏していたのはせいぜいが一日か長くて数日というところで、あの海から流されてもまったく見知らぬ場所に出るとは考えられなかった。もっとも、それを云うならば、そもそも敵はどうなったのかなど、不自然なことが多すぎる。
 だが、海には、想像もつかない不思議があるということは、ギャリックたちも承知していた。
 実際、そうした海の神秘や驚異に遭遇し、繰り広げた冒険の記録がかれらの航海日誌には残されている。船の墓場、巨大な大渦、生きた島、船幽霊、暗礁へ誘う海の魔女、蜃気楼の都、大王烏賊、ゆらめく鬼火の群れ……。
 ゆえに、ギャリックは、生来のおおらかな性格もあって、ひとまず、目の前の事実は事実として、それに驚くよりも、今これからをどう生きるかを考えているのだった。
 せっかく、あの苛烈な戦いを誰一人欠けずに生き延びたのだ。それを祝わずして何としよう。
「ウィズ」
 ギャリックは言った。
「夜のうちにあの町に上陸して探ってこい」
「了解。そうこなくっちゃ」
 ウィズは溌剌と応えた。
 かれらが見る街がどのような場所か、この時点ではわからないことだらけだ。そこへ単身、偵察へ行けというのだから、それは危険な任務であったが、ウィズの瞳は輝いていた。かれら――ギャリック海賊団の心は、つねに冒険へと向かっていたから。

 ★ ★ ★

 そして――。
 夜陰に乗じて上陸を果たしたウィズは、小舟を磯の岩場に隠すと、慎重に街へと侵入した。
 そこで彼が見たものは、それまでに経験したどんな冒険よりも、目を見張るものだったかもしれない。のちに彼は語ったものだ。オレが海賊団で最初に、この銀幕市を見たんだ、と、どこか誇らしげに。
 物陰づたいに忍び込んだ街は、夜だというのに白昼のように照らされていた。
 整然と舗装された道が交錯し、驚くほど高い塔のような建築がいくつもそびえている。それは以前、立ち寄った砂漠の国に残る滅びた王国の遺跡を思わせ、相当の絶対的な権力をもつ王が治めている都市だとウィズは考えた。これだけの建造物を完成させるには何百人もの奴隷が必要だろうからだ。
 ふいに、唸りをあげて、見慣れない金属でできた乗り物とおぼしきものが通り過ぎて行った。
 非常に進んだ技術をもつ国であることはあきらかだった。
 慎重に接するべきだな、とウィズは思う。友好的に通商でもできればいいが、荒事は避けたほうがよさそうだ。なにせ、頼みのギャリック号があの状態だから、なにはともあれ、船を修理しなくては。
 もっと街中へ移動する。
 この街は果てが見えないほど広い。そして、城壁が見当たらないことも奇妙だった。外敵に攻められたらどうするつもりなのだろうか。そんなものが必要ないほどの軍事力をもっているとでもいうのか。
 夜遅いせいだろうが、通りに人の姿はなく、ひっそりとしていた。
 背の高い街路樹が並ぶ通りを歩けば、軒をつらねるのは商店だろう。どの店も、ガラス一枚を通りに面した側に嵌めて、棚に商品を陳列していた。これも不思議なことだった。衣服に雑貨とさまざまな物があるが、これではガラスを割れば簡単に盗めてしまう。
 そのときだった。
 突然、路地から若い男女のふたりづれがあらわれたのだ。
 ウィズは周囲に人の姿が見えないのに警戒を怠ったことに舌打ちしたが、こういう場合は堂々としているほうがあやしまれずにすむと判断し、そのまますれ違った。
 かれらとウィズの風体はあきらかに違っていたが、どうやら酒に酔っている風の男女だったから見過ごされることを祈った。
「……」
 行き違い、安堵の息をついたとき。
「あーーー!」
 女が大声をあげた。
「思い出した! あれよ、あれ、ほら『グランドクロス』!」
「それって……あの海賊が出てくる……?」
 海賊、という単語に尖った耳が反応する。
 いくつかの国ではおたずねものの海賊団だ。まさか、ここにも手配が回っていたのか!?
 ウィズは、脱兎のごとく駆け出していた。
 うしろで、男女がなにごとか言っているのが聞こえたが、手近な路地に飛び込み、ウィズは走った。
 ――と、どん、となにかにぶつかった。
「あ、すんません」
 頭を下げたのは、建物の勝手口から出てきたばかりの……
「!?」
 どうみても直立したドラゴンにしか見えない生き物だった。しかし人語を喋った。
「もーう、ドアを開けるときは気をつけなきゃダメだにゃー」
 ぴょん、とドラゴンの肩にちいさな猫が飛び乗った。
 猫だ。
 猫だと思うが、これも人語を喋った。
「ねえ、大丈夫? って、ねえ!」
 反対方向に走り去るウィズに、猫が叫んだ。
(なんだ……この街は……? なんか……なんかヘンだぞ――)
 ウィズは真夜中の銀幕市を走りまわった。
 そこかしこにある標識や看板の文字を、知らないはずの文字なのになぜか読めると気づいたのは、そのすぐあとのことだった。

「ギンマク市……そういうのか、この街は」
 ギャリックはウィズの報告に頷く。
「で。ここは大陸のどのあたりなんだ」
「いやあ、それがですね」
 いつになく歯切れわるく、ウィズは言い淀んだ。
「わからなかったのか」
「いや……どう説明したらいいか……。いいですか、団長。ここは……オレたちがもといたのとは、全然、別の世界なんです」
「……」
 海賊団長は、がっしりした顎をなでた。
「そいつは。ものすごく遠くにきちまったということか」
「そうとも言えるけど……、仮に、船を直して、延々とこの海を行っても行っても、オレたちのいた海には戻れません」
「そんなに遠いのか」
「まったく別の海だと思ったほうがいいかも」
「別の海」
 そこでようやく、ギャリックは目を見開いた。
「するってぇと」
「この世界の海のどこを探しても、セアニーナ島も、ラ=ヴェーネも、アルタゴスもないってことですよ」
 ウィズは、今まで帰港した土地土地の名を挙げた。そしてそこに二度と戻れないのだということも。
「まるで海の端っこの滝からおっこっちまったみてぇじゃねえか」
「まあ、そんなもんですね」
 ウィズは言った。
 昨晩。
 あのあと、公園を見つけたウィズは、しばらく、樹木の間に身をひそめて夜明けを待った。
 そして朝になって、通りを、あの轟音をあげて走る乗り物が無数に行きかっているのを、ウィズは見たのだ。
 どこにこれほどの人がいたのかというほどの人波もあった。
 そしてその雑踏の中には、比較的、ウィズたちに近しい風体のものもいれば、あきらかな異形の存在もいた。
 その中に、しばし、ウィズは隠れるのも忘れて突っ立っていたが、誰も彼をあやしむ様子はなかったのである。
 やがて、ひとりが声をかけてきてくれた。
(もしかして、来られたばかりなんですか?)
 そして『市役所』という場所に行けばよいと、親切に教えてくれたのである。
「……そういうわけで、ある程度のことは、市のほうで斡旋してくれることもあるようで」
「そうなのか。ずいぶんと太っ腹なところだ」
「オレたちみたいな連中が街には相当いるらしいですよ」
「ふうん。そいつは退屈しねえ。……じゃあ、船をもっと岸に寄せても大丈夫だな」
「早めにそうしたほうがいいと思う。ただ資材がすぐ集められるかどうか……。ここの船は鉄でできているのが多いっていうし……。それで、団長、オレ、考えたんですけどね」
 ウィズは、しばらくのあいだ、船を使って店を営んではどうかと話した。
 この街の人間にとってみれば、ウィズたちの存在やこの船のようなものは珍しいものらしい。それを売りにして、生活費や修繕費を稼ぐことができる、というのがウィズの考えだった。途方にくれるものも多いなか、たった一日で、事態を理解し、受け入れ、生きる方策まで考え出したウィズの機智は讃えられるべきだろう。そして、そういうことはおまえに任せる、とだけ言ってすませたギャリックの鷹揚さも。
「……わかった。世話になる以上は、この街の領主に挨拶にいかなきゃならんな」
 そう言って腰をあげる。
「それがね、団長。実は……」
 しかし、次にウィズが言った言葉に、ギャリックは目を丸くした。
 異世界にきてしまった、ということよりも、そちらのほうがよほどギャリックの胸をうったようであった。

「野郎どもよく聞け!」
 団長の大音声が甲板に響き渡る。
 団員たちは作業の手をとめて、彼の言葉の続きを待った。
「俺たちはこの銀幕市に滞在することになった。船はこんな調子だが、まだ沈んじゃいねえ。直ってもあまり遠くまではいけないらしいが……ともかくだ。みんな揃って陸に上がれた。誰も欠けちゃいねえ」
 ひとりひとりの、顔を見回す。
「みな揃って、またこの船に乗っていられる。今はそのことを――盛大に祝おうじゃねえか!」
 最後の言葉を聞いて、わっと歓声があがった。
 それが、宴会を始める合図であることを、みな知っていたから。
 
 ★ ★ ★

 銀幕市には、領主も王もいない――。
 ギャリックをなにより驚かせたのは、そのことだった。
 皇帝も、貴族もいない。
 市民の話し合いで選ばれた、市長という代表がいるだけだという。
 酒杯を片手に、ギャリックは甲板のへりに立つ。
 背後では阿鼻叫喚の宴。前方には、銀幕市を臨む海。
 日が落ちて、陸風が、ぼろぼろになったギャリック号の帆をばたばたいわせ、ギャリックの頬をなでていった。
「王も貴族もいない国、か」
 海の涯には、そんな場所があったのか――という感慨が、ギャリックの厚い胸を満たす。
 身分の不自由も差別もなく、誰もがわけへだてなく暮らす国を……生家を出奔し、傭兵稼業を経て船乗りになったひとりの男が、かつて夢みた。
「面白い街だな、ここは。銀幕市……、しばらく、錨を下ろさせてもらうぜ」
 杯の葡萄酒を、ギャリックは銀幕市の海へと、そっと注ぎ入れた。


  髑髏の旗は海賊の船
  ヨー・ホー! ヨー・ホー!
  やつらは海賊――


(了)

クリエイターコメントおまたせしました。
記念すべき初上陸のエピソードを書かせていただき、光栄です。
団長中心のお話として構成してみました。
考えてみると、ムービースター視点での実体化直後話ってなにげにはじめて書いたかもしれません。
イメージに沿うものであればさいわいです。
公開日時2009-01-05(月) 19:50
感想メールはこちらから