|
|
|
|
<ノベル>
彼は時々、懐かしむような目をしてここではないどこか遠くを見つめていた。
少しだけ寂しそうで、少しだけ優しい目をしたその横顔を、見ている事しか出来なかったのだけれど。
夏の到来を告げるように風鈴がチリンと涼やかな音をたてた。
振り返る彼の目は今ここを見ている。
「ゆうべはえらかったね」
・:.:★.::.・
「わっ……」
と声をあげてリガことリゲイル・ジブリールは西日が水平線を彩る黄金色の空に見入っていた。
「珍しな」
狐の面を頭につけて赤いマフラーを巻いた少年が遠くを望むように目の上に手を翳す。それから晴れてよかったな、と笑った。
うん、とばかりにリガは大きく頷く。
夕焼けが赤く染まるのは、大気中に含まれる塵や埃や水蒸気により光が散乱して赤くなるからだという。昼まで降り続いた霧雨に空気が洗い流され澄み渡ったせいだろう。
梅雨の合間の晴れ間にリガは少しだけ背伸びをして深呼吸してみた。
気持ちがいい。
何度もはずれる梅雨明け予報に辟易したところだった。明るい朝が好きなリガは外の空気以上に気分も滅入る日々が続いていたのだ。
しかし昼から雨は止み、今は雲ひとつない晴れた空。
それに今日は、リガの住む銀幕ベイサイドホテルのすぐ傍の海岸で祭りがあるのだ。
》 》 》
それは昨日まで遡る。ホテルのフロントで見つけた祭のポスターに好奇心も手伝って、リガが行ってみたいなと眺めていたら、狐面を付けた少年―――斑目漆が「ほな、行くか?」と声をかけてくれた。
彼は友達兼護衛であり、リガが道端で拾った正義の味方だった。
リガはロシアの大富豪の長女に生まれ、今は両親の莫大な遺産で銀幕ベイサイドホテルに一人で暮らしているお嬢様だった。大金持ちであるがゆえに、狙われたり、営利目的で誘拐されそうになる事もしばしばで。しかし本人はその性格ゆえか全く危機感を持っていないので、漆が見兼ねて護衛を買って出た、というわけである。
それでもリガは漆を正義の味方だと思っている。自分の目には根拠のない自信があった。
翌日。せっかくだから夏の風物詩を満喫しようと、漆がお祭り用の衣装と言って浴衣を持ってきてくれた。それは手先の器用な漆の手縫いの浴衣で、リガの好きな赤色の可愛い柄の浴衣だった。
とはいえ和服なんて初めてで、リガには渡されても着方がよくわからない。リガは気にしないと言ったが、漆は自分が着付けるのはさすがに憚られたようで、結局、いつもお世話になっている部屋係のホテルのお姉さんに着付けて貰うことになった。
いつもは膝上15cmくらいのミニスカートばかり着ているリガには、何だか歩きにくくて変な感じだったけど、浴衣が可愛くてワクワクした。
和服だから髪はアップにしないとね、と結い上げられ、立ち鏡を覗いて驚いた。
まるで自分じゃないみたいだ。
変装というわけではないが、潜入捜査な気分になってくる。お祭りに潜入だ。
浴衣とお揃いの巾着袋を手に部屋を出ると、リビングにはリガの着替えを待っていた漆がいた。いつもの見慣れた忍者装束とも洋服とも違う。浴衣、というのでもない。
後で、あれは甚平だと教えてもらった。
祭にはまだ早い、というのに、ちょっと行きたい場所があるから、と言って二人はホテルを出た。
外はあいにくの霧雨。だけど天気予報では午後から晴れるという。
《 《 《
「ほな、行こか」
いつの間にか狐面をつけた漆が祭囃子の聞こえてくる方へリガを促した。
「うん」
元気に答えてリガは初めての夏祭りに参戦する。
しかし祭りの始まる露店の袂でリガは思わず足を止めてしまった。
人ごみに怖気づいた、というわけではない。単純に驚いているのだ。
陽が沈み薄暗くなりつつある通りに並んだ提灯に火が灯る。明るすぎない照明は何だか不思議な空間をかもし出していた。そこに行き交う人の多さは昼間の比ではない。一体どこから集まってくるのか。
笑いあいながら足を止めてはたこやきやえびせんべいを買い、食べ歩く。露店や屋台の並ぶ道にたくさんの人が賑わっていた。その殆どがリガたち同じ浴衣や甚平を着ているのだ。
「お嬢、はぐれんようにな」
言われてリガは頷いた。
「万一はぐれたら、そこから絶対動きなや。必ず俺が見つけたるさかい」
「うん」
なんておざなりに答えたものの、リガは微塵もはぐれるなんて思っていなかった。自分が見失う事はあっても、彼が自分を見失うなんて考えられなかったのだ。それは彼が護衛だから、とかそんな理由ではない。もっと別の自信がある。
あまり自覚のないらしいリガの返事に面の内側で漆はやれやれと舌を出した。彼自身、自分が彼女を見失うなんて考えてもいなかったが、落ち着きがなくて注意力散漫で、その上、その身を狙われているのだ。挙句、自分の予想をはるかに上回る行動を取る事がある。あの時自分を拾ったように。だから、念には念を入れておくのだった。
歩き出す小路は見るもの見るものが真新しくて、リガはその都度誘われるように右へふらふら、左へふらふら好奇心の赴くままに露店を覗いた。
その一歩後ろを漆がのんびりと付き従う。案内役であっても彼が先導するような事はなかったし、はぐれないようにと手をつなぐ事もなかった。傍目には兄と妹ぐらいに映っているだろうか。
「あ、お嬢……」
何かを見つけて一目散に走りだすリガに苦笑を滲ませながら漆が追いかける。
全部の露店を回るわけにはいかないリガが一番最初に選んだのはかき氷屋だった。
ずらりと並ぶかき氷は彼女の好きな戦隊ものの5色よりもたくさんの色が並んでいる。
それでも何味がいいかと尋ねられてリガは元気に「赤!」と答えた。
漆は屋台のおやじにイチゴのかき氷を頼む。
リガは氷が削られカップに山を作っていく様を、興味津々で見つめていた。そこに赤いシロップがかけられる。
「はい、どうぞ。お嬢ちゃん」
屋台のおやじがリガにイチゴのかき氷を手渡した。
「ありがとう……冷たっ……」
氷なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、初めての体験が新鮮で楽しい。周囲を見回して、真似するようにスプーンでざくざく氷とシロップを混ぜ合わせながら口の中へ。
「冷たーーーーーーーーーーーーい!」
舌の上で冷たく甘く溶ける氷に、思わずじたばたしてしまう。
「どや? 美味しいか?」
尋ねた漆にうんと頷いて、リガはスプーンでかき氷をすくうと、面を被った漆の口元へそれを差し出した。
「え?」
「はい」
「……ああ」
困惑を面で隠し、漆は口だけ出して差し出されたスプーンをくわえ込んだ。味も温度もあまり感じないのは別の方に意識が向かっているせいだろうか。イチゴのかき氷の味は、どこで食べてもそう変わるものではないだろう。食べさせてもらったというこのシチュエーションが何だか慣れなくて、照れ隠しのように漆は舌を出した。まるでアッカンベーでもするように。
「わっ!」
リガが目を丸くする。
漆の舌が真っ赤だったからだ。
巾着から手鏡を取り出して自分も舌を出す。
「キャー!」
悲鳴をあげてわたわたした。
「どうしよう、どうしよう。舌真っ赤になっちゃった」
「ああ、イチゴのシロップのせいだよ。すぐおさまるさ」
かき氷屋のおやじが笑って言った。
「なーんだ。元に戻らなくなったらどうしようかと思っちゃった」
リガはホッと胸を撫で下ろす。しかし落ち着いて考えてみれば、イチゴのかき氷を食べているのは自分たちだけではない。他の人たちも舌の色が元に戻らなかったりしたら、一億総人口カラフルな舌になってしまう。
「くっくっくっ……」
傍らで押し殺したような笑い声が聞こえてきて、リガは振り返った。狐の面で顔が隠れて表情が見えないが、漆が腹を押さえて笑いを堪えているのがわかった。
バカみたいに大騒ぎしてしまった恥ずかしさに頬を赤らめつつリガは漆を睨んだ。
知ってて漆は舌を出してみせたのだ。自分を吃驚させようと思ったのに違いない。
それがなんだか悔しくて、少し頬を膨らませて歩き出すと、音もなく漆が付いて来た。音もないし、忍者だし、気配だってないはずなのに、何故だか彼がちゃんとそこにいるのがわかるのがちょっと不思議だった。
かき氷を食べ終えて、次のターゲットを探す。
屋台にかわいいぬいぐるみや、戦隊もののフィギュアが並んでいるのを見つけてリガはそちらへ誘われるように近づいた。
「あ…あれ欲しい」
と指を差す。
しかし、売っているというわけではないらしい。看板には『射的』と書いてあった。
「射的?」
「ああ。おもちゃの鉄砲で欲しい景品を撃ち落したら貰えるんや」
「へぇ〜」
「やってみよか?」
「落とせる?」
「まかしとき」
「うん」
そうして店のおやじから渡されたのはコルクの弾が5個。
「どれが欲しいん?」
漆がおもちゃの銃に弾を詰めながら尋ねた。
「えっと、……あれ!」
リガが指差したのは、さっきからみんなが弾を当てているがビクともしない大物だった。重心を崩さなければ撃ち落せない。
漆が銃を構える。
狙いを定めて引鉄をひいた。
コルクの弾が勢いよく飛び出すとそれは一直線に的に向かう。弾が当たった瞬間、足元をすくわれたように景品は一つ跳ねて転がり落ちた。
「やった!!」
思わずリガが飛び上がって拍手した。
射的を楽しんでいた者達も、通りすがりの者達も、屋台のおやじも、思わず狐の面を付けた少年に注目する。
わっと歓声があがり瞬く間に人だかりが出来た。
凄いね、とか、上手だね、といった声が飛び交う。
そんな視線を煩わしげに、しかし表には出すでもなく漆は銃に2つ目のコルク弾を詰めた。
「他に欲しいもんあるか?」
尋ねられて、リガは正直に言えば、これと言って欲しいものがあるわけでもなかったが、こういう時は何故か難易度の高いものが欲しいような気がしてきて。
「じゃぁ、あれ!」
リガは皆がなかなか撃ち落せないでいた景品を指差した。
漆が構える。
何故だか他の面々も息を呑んで彼を見ていた。
漆が引鉄を引く。
景品が落ちる。
歓声と拍手が沸き起こる。
それを何度繰り返しただろうか。リガが選んだものを殆ど百発百中で撃ち落とす漆に、気付けば大量の戦利品をゲットしてしまっていた。屋台は開店休業である。青い顔をしている屋台のおやじに愛想笑いを返して撤退すると、さすがに持ちきれない戦利品を、欲しいものだけ残して、余りは全て小さな子どもたちに配ってしまった。
「私もなんかやってみたいなぁ……」
お礼を言って嬉しそうに景品を貰っていく子供たちを見送りながらリガが呟いた。
とはいえ、射的は既に開店休業。何か自分でも出来そうなゲームを探して歩く。
「あ、あれやってみたい」
リガが指差したのは輪投げだった。
「大丈夫か?」
「まっかせてよ」
リガは気合をいれるみたいに浴衣の袖をまくりあげると、茣蓙の向こうに座っているおやじに声をかけた。
「小父さん。1回」
「はいよ」
おやじから5つの輪を渡されて構える。
「もっと肩の力抜かな。優しく持ってな、そっと置く感じやで」
漆のアドバイスにリガはまず深呼吸してみた。肩の力を抜く。それから輪を優しく持って狙いをつけた景品の上に、そっと置くような感じで手を放す。
輪はふわりと飛んでスポンとそこに収まった。
「わっ……」
思わず呆然とそれを見守る。驚きの方が大きすぎて。それからじわじわと感動が湧き上がった。
「やった!!」
嬉しくて、リガは思わず漆に抱きついていた。
取れた景品は、きっとどこかのお店で簡単に買えてしまうようなものに違いない。だけど、自分で勝ち獲ったという付加価値は絶対に得られないものだった。
「お嬢もなかなかやるな」
「ふふん。まっかせなさい」
しかしビギナーズラックもここまでか。5本渡された輪は2勝3敗で戦いを終えた。
それでも他の人たちを見ているとまずまずの成績らしい。
満足して輪投げを後にすると、今度は金魚すくいが目に止まった。赤色の可愛い魚を、ポイと呼ばれる薄い紙を貼った丸い枠ですくうゲームのようだ。紙が破れたら終わりらしい。
今度は漆とリガの二人で挑戦することにした。
「紙は最初に全部浸こてしもた方がえぇよ。ほんでこうやって……」
漆が手本を見せる。
「水も一緒に掬たら破れるさかいに気をつけるんやで」
言われるままにリガはさっそくポイを水に浸けてみた。紙が濡れて水の抵抗で、動かさなくても今にも破れそうだ。
斜めにして、出来るだけ水の抵抗を受けないように金魚の下へ持っていく。と漆は簡単に言ってくれるが、金魚を追いかけている内に、あっという間に紙は破けてしまった。
リガは枠だけになってしまったポイを覗き込む。
金魚のプールの向こう側で麦藁帽子を被った痩せたおやじが残念だったね、と笑った。
何だか悔しい気分でカラッポの金魚受けボールを見下ろす。
「わぁ! 狐のお兄ちゃん、凄い!」
子どもたちの声に振り返ると、漆が見事な手さばきで金魚を掬っていた。既に手持ちの金魚受けボールは真っ赤だ。一体何匹すくったのやら。なのに紙は一向に破れる気配もない。
「……凄い」
金魚すくいのおやじもポカーンと口を開けている。
「なんやこれ以上掬たら金魚がかいそうやなぁ」
小さいボールに犇きあっている金魚を見ながら言った。表情は見えないが苦笑めいたものが声に滲んでいる。
「こんなにたくさんいても大変だよ」
リガが言って、金魚は広いプールへ返してやることにした。
自分と漆とバッキーの分、と言ってリガが3匹だけビニールに入れてもらう。
小さな袋の中で泳ぐ金魚を目の高さに、ビニールを指でつんつんとつつくと、金魚達は逃げるようにわっと離れて、狭いビニールの中をぐるりと回った。金魚たちが元気よく泳いでいるのに満足してリガは再び歩き出す。
やがて両側に並んでいた露店の小路が開けると、海と砂浜が広がっていた。海の家の傍に露店が並んでいるが、砂浜は星明かりだけで薄暗い。なのに露店の並んでいた道よりも人が集まっているのに訝しむ。
「お嬢」
漆が空を指差した。
「え?」
彼の指差す方を見やる。
その瞬間、空に大きな光の花が開いた。
それは一つではない。
体を震わす大きな爆発音を連ねながら次々にあがったのである。
その度に、歓声とどよめきが起こった。何もない砂浜に人ごみが出来ていたわけである。
「椰子……八重芯……百花園。あれは牡丹かな? 紫陽花か」
漆が隣で花火の名前を挙げていった。
夜空に咲く大輪の花を、リガは暫く放心状態で見上げていた。
初めての夏祭りで、初めてのかき氷。初めての輪投げに、初めての金魚すくい。
そして初めての―――。
無意識にリガは漆の甚平の袖を握り締めていた。興奮していた。ビリビリと空気を震わせて響く花火の音に共鳴するみたいに、早鳴る胸が止められない。ドキドキとワクワク。
夜は嫌い。
暗いのは嫌い。
だから、夜空を明るく照らす花火に魅入られた。
夜空の花火は暗い海をも彩った。水上スターマインは海に映るそれと相俟って円を描く。
最後に大きなしだれ柳が何ともいえない余韻を残して夜の闇に消えた。
それでもまだリガは動けなかった。
胸の中でまだ花火の音は続いている。
ドンドンドンと強く胸を叩く。
なのに、見物客は一斉に動き出した。
人の波に漆がリガの肩を叩く。
「お嬢?」
早く移動しなければ、押し寄せる人の波に飲み込まれ、もみくちゃにされてしまう。
だけどリガはやっぱり動けないでいた。
初めての花火に感動して。もう少し見ていたくて、もう少しこの余韻に浸っていたくて。
だが人の波はそんな事おかまいなしで、帰路であるリガたちの元へその先へ押し寄せてくるだけだ。
「…………」
漆がリガの手を取った。
人ごみに浚われそうになりながら、それでも漆は道を作ってリガをそちらへと導いていく。
リガの住む、ベイサイドホテルとは逆方向へ。
「え?」
人ごみに我に返ったリガが辺りを見回した。どこへ行くのか。
「もっかい、花火しよ」
漆が言った。それに目を見開く。
「……出来るの?」
「あんな派手なんはムリやけどな」
人がまばらになって漆は狐面をあげるとリガに笑顔を見せた。
その顔をマジマジと見る。
花火が、もう1回出来る。
「うん!!」
それから2人はコンビニで花火を買って、近くの神社へ出かけた。
いつもはお化けもからっきしダメなリガにとって、夜の神社なんてありえない場所だったが。
長い石段を登っていくその胸の内は、心配よりも不安よりも、期待の方が大きい。
「せやけど、えらい人やったなぁ」
石段をのぼりながら漆がのんびりと言った。
「偉い人?」
リガが首を傾げる。
「そんな人、いたの?」
お祭りにそんな人が来ていたのだろうか。全く気付かなかった。
しかしどうやら、そういう事ではないらしい。
「いや、そうやのぉて。凄い人やったなぁ、っていうか」
「凄い人?」
リガの頭の上に疑問符が連なる。時々、漆はこうやってよくわからない言葉を使う。単にリガが知らないだけかと最初は思っていたが、どうにも違うような気がした。
「うーん……たくさんの人? あ、でもちょっとちゃうかなぁ……えらかったなーって、疲れたなーっていうか」
リガはやっぱりわからない顔できょとんと漆を見上げていた。
「あんま使わへんか。うーん。えらいすんません…とか、えらいおおきに…とか、こういうん、なんていうんやろう。えぇっと……たいへん、みたいな?」
「たいへん……」
リガは置き換えてみる。
今日はたいへんだったね。今日はたいへんな人混みだったね。たいへん申し訳ありません。たいへんありがとうございました。
ああ、なるほど。『えらい』とは、どうやら『たいへん』という事らしい。
確かに、祭りはたいへんな人出で、花火の後の混雑ぶりは更にまたたいへんだった。人ごみと慣れない着物と草履に、リガはたいへん疲れている。
それでも、そんな疲れが吹っ飛ぶくらい、今は花火に夢中でもあったが。
「うん。今日はえらかったね」
リガはそう言って笑ってみせた。
なんだか、疲れたね、というよりは、たいへんな人ごみに負けずに頑張って力いっぱい遊んだ自分を、褒めてるみたいな気がした。もしかしたら、半分くらいはそんな意味合いもあるのかもしれない。頑張った自分を褒めるように。
えらかったね。
いっぱいいっぱいえらかったね。
それは何だかまるで、両親を亡くしてから漆に出会うまでの自分に向けられているような気がした。
人気のない境内で金魚は木の枝に吊るして、水の張ったバケツを用意すると、花火大会の名残を惜しむように手持ち花火に火を点ける。
夜空に咲く大輪も綺麗だったが、自分の手の先で開く花も充分にリガの周りを照らしてくれて綺麗だった。
暗い夜空を切り裂くように振りまわしてみる。
「流れ星!」
「危ないがな」
と言いながら、漆はロケット花火を飛ばしていた。
ねずみ花火に追い掛け回されて、最後は線香花火で幕を閉じる。
「そういえばお嬢……」
花火の残骸に水をかけながら漆が言った。
「うん?」
空を見上げる漆につられたようにリガも空を見上げる。
「明日には梅雨が明けるとえぇな」
「うん」
・:.:★.::.・
夏祭りのポスターは、祭りが終わった翌日もまだ貼られたままになっていた。
ガラス細工の並ぶその店内で、リガが商品を店員に包んでもらっている間、漆はゆうべの事を思い出しながら、そのポスターをぼんやりと眺めていた。
リガが今、包んでもらっているのは、昨日、祭りの前に買った風鈴である。お好みで柄を入れられるというので頼んでおいたのを、今日取りに来たのだ。
どんな柄を頼んだのか、聞いてみても後でのお楽しみ、と笑うだけでリガは教えてくれなかった。
リガが紙袋を手に店を出る。
そうして昨日二人で花火をした神社の境内でリガはその風鈴を取り出した。
「ジャーン!」
漆の前に掲げてみせる。
「…………」
そこにはサニーデイのリガのバッキーと、漆の狐面が描かれていた。
漆は柔らかい笑みを向けて、それから、どこか照れくさそうに空を仰いだ。
紺碧の硝子を透かして見たようなコバルトブルーの空には雲ひとつない。
「梅雨開け、したんかな」
「そうだね」
風鈴がチリンと鳴った。
まるで、夏の到来を告げるように。
|
クリエイターコメント | オファーありがとうございました。 楽しんで書かせていただきました。 キャライメージを壊していない事を祈りつつ。
また、会える日を楽しみに。 |
公開日時 | 2007-08-03(金) 19:50 |
|
|
|
|
|