★ Prayer ★
クリエイターあきよしこう(wwus4965)
管理番号125-6340 オファー日2009-01-15(木) 02:05
オファーPC 二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
<ノベル>

 
「キャーーー!? ……何、これ……」
 思わず悲鳴をあげて恐る恐るそれを覗き込む。
 それから時計の秒針がきっかり一周する間、炊飯器の中をじっと凝視していた二階堂美樹は、ようやく状況を理解して、日本海溝よりも深いため息を吐き出した。
 炊飯ボタンと保温ボタンを押し間違えるとお米ってこんな風になるのか。一つ勉強になった。
 我ながら感心する。迂闊。どうするのよ、これ。内心で呟きながら美樹は炊飯器の蓋を閉じた。
 今日は家人はみんな出払っている。
 弁当でも買ってくるか。
 脱力しつつコートを取ると、バッキーのユウジがちょこんと腕に掴まった。
 コートを羽織ながら立ち鏡の前へ。
 色素の薄い瞳が自分をしっかと見据えている。ソファーに寝そべって絡まった髪を軽く手櫛で整えた。肩にかかるかかからないかのその毛先は遊ばせたままで。夜だし外は暗いし近くのコンビにまでだ。わざわざ化粧を直すほどでもなし。
 肩に乗るユウジに視線を移した。サニーデイのバッキー。曲がったDP警察帽の向きを直してやる。キリリとしたその表情に笑みを返して。
 美樹は財布をポケットに突っ込むと家を出た。さすがに日付変更線を越えた深夜。人通りどころか車通りも少ない。出ませんように南無南無と内心で唱えて小走りにコンビニへ。店内も客はまばらで、美樹は弁当コーナーへと歩き出した。
 その途中。ふと視界に飛び込むスポーツ新聞の見出しに、足が止まる。
 “ハングリーモンスター”。
 最近、仕事が忙しくて、担当事件以外の世情に疎い。
 ジャーナルでも話題になっていた。ファンが死ぬとバッキーはハングリーモンスターになるとか。
 嘘だと思っていたわけではない。ただその時は、何となく想像出来なくて、リアルに感じられなかった。仕事の事で頭がいっぱいだったせいかもしれない。
 だけど今は違った。事件が解決して人心地ついて。そんな自分の中に、それはストンと収まった。

 ―――ファンが死ぬとバッキーはハングリーモンスターになる。

 どこか実感のなかったそれが突然リアルに変わった。そうだ。そうだった。
 無意識に半歩よろめく。
 その背が誰かとぶつかった。ぶつかった拍子に肩に乗っていたユウジが転がった事にも気付かないほどの動揺で。
「す…すみません」
 慌てて謝って頭を下げる。相手の男は「いえ」と困惑げに少しだけ笑って答え、買い物袋を手に店を出て行った。
 自分よりも年下。大学生ぐらいだろうか。遊んでる風には見えなかったから今日は徹夜でゼミのレポートといったところか。などと職業柄か勝手にプロファイル。
 とにもかくにもホッと息を吐く。嫌な想像はさっさと忘れて弁当を買って帰ろうと、自分の肩を振り返る。
 そのまま美樹は愕然と目を見開いた。
 ユウジがいない。
「え?」
 辺りを見渡すと、今ぶつかって出て行った男の背負うリュックから顔を出すユウジの姿が目に止まった。
「キャーーー!!!」
 今日、何度目かの悲鳴をあげて美樹が慌てて追いかけるが、タッチの差。男はユウジに気付いた風もなくマウンテンバイクに跨って走りだしていた。せめて前のカゴにでもリュックを入れてくれれば気付いたかもしれないが、相変わらず背負ったままだ。それ以前に、そもそも彼のマウンテンバイクにカゴなんて付いていない。ハンドルからぶら下がる買い物袋。
 万事休すか。
「待ってーーー!!」
 と呼ぶ声空しく、瞬く間に遠ざかるマウンテンバイクに、美樹は半ばパニックに陥っていた。
 そこにあるのはただユウジを取り戻さなきゃ。それだけだ。落ち着いて考えてみたら、もしかしたら、もっと効率のいい方法を思いついたかもしれない。
 しかし彼女の中にあるのは、今見失ったらもう2度と会えなくなるかも、という思いだけだった。
 待ってるなんて性に合わない。
 美樹は警察手帳を取り出すと職権濫用甚だしく、通りかかった車―――ドラマでもないのにそんなに都合よくタクシーなどは通らない―――を強引に止め、有無も言わせず開いた助手席に乗り込み、茫然としている運転手に向かって言った。
「追って! 早く! あのマウンテンバイク!!」
 美樹の気迫に気圧されたように運転手が車を走らせる。
 美樹は助手席で遠くに見えるマウンテンバイクを睨みつけながら、まるで祈るように両手を握り合わせていた。



  》 》 》

 ユウジの事を思う。このまま、はぐれてしまったら? このまま一人にしてしまったら? 自分の夢を食べられなくなったらお腹がすいてしまうかも―――。
 今までは他人事だった事が突然身近になる感覚。
 ハングリーモンスター。
 大丈夫。自分が死なない限りは。言い聞かせる。
 だけど。
 美樹は両手を額に押し付けた。
 この銀幕市は危険に満ちている。ヴィランズ、ハザード、キラー、ティターン。大きなものから小さなものまで数え上げたらキリがない。
 警察官であるがゆえに危険と隣り合わせでいる自分。使命感か、それとも正義感か、はたまた好奇心からか、いや全部だ。その全部で自分はそれに飛び込まずにはいられなくなるのだろう。今までがそうだったように、きっとこれからもそうなのだ。
 けれど、万が一自分が命を落としたら、落としてしまったら、ユウジはモンスターと化し、スター達を襲ってしまう。

 その事実に行き当たって、それを想像して美樹は一瞬息が詰まるのを感じた。
 どうして、と思う。
 口惜しげに強く睨みつけた先―――マウンテンバイク。それがユウジなのか、もっと別のものなのかはわからない。
 ただ、どうして、と思う。どうして夢の神はそんな風にバッキーを作ったのだろう。ファンと運命を共にするのでもなく、ファン亡き後、神の力に戻るのでもなく。
 どうしてバッキーはファンを失うと狂う存在に―――。

  《 《 《



 胸が痛む。それを飲み込んで。
 赤信号で止まる車。遠ざかるマウンテンバイク。追いつきかけたのに、手が届きそうだったのに、また届かなくなるユウジ。



  》 》 》

 狂ったバッキーに喰われるスターの事を、夢の神はどう思ってるのだろう。何も考えていないだけなのか。それとも夢の神にとって数多いるスターは子どもの落書き程度のものなのだろうか。
 ファンが管理しきれなくなれば力づくで消してしまえばいいと。その程度の。
 だけど、マジックやクレヨンで描いた落書きは容易には消えない。無理に消そうとすれば汚れは益々広がる。鉛筆だって強く書いた後はうっすら凹んで跡が残る。紙くずにして捨てようとしたって無理矢理そうすれば描いた子どもの心に傷となって残る。
 簡単に消えてなくなるものなんて、ない。
 酷いと思う。思ってしまう。
 嫌な気分に美樹はかぶりを振った。そうだったら許せないかもしれない。だけどそうではないと信じたい。スター達をそんな風には思いたくないから。
 だけど、夢の神に一つだけ、一つだけ感謝している事がある。

 ―――自分をユウジに会わせてくれた事。

  《 《 《



「あ…あの、一方通行なんですが……」
 運転席の男の遠慮がちの声が美樹の思考を遮った。
 マウンテンバイクが通りを曲がって行く。一方通行。こちらからは車両の乗り入れ禁止。正式な捜査でもなければ、ごく私的な事件―――しかも自分のおっちょこちょいが招いた―――である以上、さすがに違法行為はさせられない。
「ありがとう」
 美樹は口早に言って車を飛び降りた。
 前から来る車を避けようと止まっているマウンテンバイクに向かって走りだす。
「待ってよ……」
 声をかけるが聞こえないのか、マウンテンバイクが走りだした。
「待ってって言ってんでしょ……」
 追いかける。しかしどんどん開く距離。はぁはぁと息があがってくる。
 と、カランと足が何かを蹴った。転がる空き缶。
 ハッとしたように美樹はそれを拾いあげると振りかぶった。



  》 》 》

 オリンポス、ティターン……神々の思惑がどんなモノでも関係ない。自分はユウジが好きだ。大好きだ。
 絶対狂わせない。狂わせたりなんかしない。
 自分は死なない。何があっても死んだりしない。
 それは誓いで、呪(まじな)いで。

 言葉に魂を込める。

  《 《 《



「待てって言ってんでしょーがー!!」
 美樹はマウンテンバイクに向かって力いっぱい空き缶を投げつけた。
 それが見事に男の後頭部にヒットする。
「いてっ!!」
 マウンテンバイクが止まった。こちらを振り返る。
 美樹はマウンテンバイクに向かって駆け出した。



  》 》 》

 もし―――。
 夢の終わりが来たとしたら、自分はユウジを抱きしめて笑顔でありがとうと言って、それからわんわん泣きながらお別れするんだ。
 だから、それまではずっと一緒にいる。
 ずっと。

  《 《 《



「いってーなぁ……誰だよ!?」
 後頭部をさすりながら憤然と睨みつける男。
 けれど美樹はそれを無視して男の背中に回りこむとリュックからユウジを拾い上げた。
 きょとんとした顔で自分を見上げてくるユウジにホッとして、ホッとしたら気が抜けて、美樹はそのままへなへなとへたり込む。
「え? ちょっ!? ……お姉さん?」
 突然地べたに座り込んだ美樹に男が慌てたように声をかけた。
 しかし美樹はそれどころではない。ただユウジをぎゅっと抱きしめて。
「良かった……本当に、良かった……」

 一人にしてごめん。もう絶対一人にしないから。
 絶対狂わせたりしないから。

 強く強く、ただそれだけを願って。


 但し、わんわんと泣くにはまだ早かった。



  》 》 》



 それから。
 マウンテンバイクの彼には平謝りで謝って、ユウジを追いかけるのに必死で殆ど迷子状態だったのと、夜に女の子一人は危険だと言われたのと、お化けがほんのちょっぴり怖かったのも手伝って、コンビニまで送って貰ったりもして、コンビニに戻ると弁当は全部売り切れで撃沈して、そしたら保温で炊いちゃったご飯はレンジでチンするといいよ、なんて豆知識を教えてもらったりして、お礼と謝罪をこれでもかってくらい投げつけて彼と別れると、さっそく家に帰って実践、何とか夕食にありつけて、ようやく日常に戻って、日ごろの運動不足と自分の迂闊さを呪いながら眠りについた。
 今日は夢を見ないくらい爆睡かもしれない。

 だけどきっとユウジの夢を見る。

クリエイターコメントオファーありがとうございました。
楽しんで書かせていただきました。
キャライメージを壊していない事を祈りつつ。

また、会える日を楽しみに。
公開日時2009-02-04(水) 19:20
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