★ Black Dayの人魚姫 ★
<オープニング>

 ねえ、あたし、おなかがすいたの。
 おなかがすいたことしか、かんがえられないの。
 みんながあたしの、だいじなはっぱをたべようとしたわ。
 だからあたしだって、みんなをたべていいでしょう?

 そうしたらきっと、はながさくわ。
 まっかな、はなと、まっくろな、はなが。

 ★ ★ ★

「やりがいのありそうな依頼がたくさんありますのう。たまには妾も、何か手助けをしましょうかえ」
『対策課』の掲示板をチェックしながら、珊瑚姫は呟く。いつも自分が騒動の種になり、皆の助力を乞うているのでたまには、と言えば聞こえはいいのだが、早い話が短期アルバイト物色中なのだった。
 その様子をみとめた職員の女性が、カウンターから声を掛ける。
「珊瑚さん? 珍しいですね。もしかして、お暇なのですか?」
 長い髪を編み込んでバレッタで止め、銀縁眼鏡をかけた姿は、有能そうな事務員にしか見えないが、彼女は不条理ホラー出身のムービースター『シンデレラ』である。ホワイトデーに起こったムービーハザードがきっかけで実体化し、今は市役所の嘱託職員としてすっかり顔なじみになっている。
「おんや、しんでれら。――いや、暇というか、かふぇのばいとは短時間ですし、銀幕べいさいどほてるの仕事も、みす銀幕こんてすと以降一段落したゆえ、生活がちょっと……」 
「それなら、新しいバイトを始められてはいかがですか?」
「はて?」
「市長のお家に通いで勤めてらしたハウスキーパーさんが、ご家庭の事情でおやめになるのですって。それで、新しいひとを探しているのですけど、なかなか決まらないみたいで」
「柊邸勤務は、好条件そうですがのう?」
「それが……。私が実体化したきっかけもそうでしたけど、『綺羅星ビバリーヒルズ』って、なぜか他の住宅街よりムービーハザードに見舞われやすい場所らしいんです。市長のお宅もしょっちゅう巻き込まれる可能性があるので、剛胆で物怖じしない、修羅場をくぐり抜けてきた性格のひとじゃないとつとまらないんですって」
「ほほ〜う。上手いですのう、しんでれら。そう云えば妾がその気になると思ってくのくのっ! わかりましたっ! 今から『楽園』に走りますえ!」
「……どうして『楽園』に……?」
「れぎなん&森の娘たちに、ぽっぷできゅーとな和風めいど服を作成してもらうのです、超格安お友達価格で!」
「……つまり、形から入るんですか……」
 少し考えてから、シンデレラは、ディープな銀幕市民しか知り得ない提案をした。
「レーギーナさんに衣装をお願いするのでしたら、源内さんも連れて行ったほうがいいですよ。そうしたらきっと、タダになります」
「ほほう?」
「源内さんの男性としての矜持がどうなるか、わかりませんけど」
「そんなことは大事の前の小事。何としても連行し、仕立てて貰っためいど服に着替えたら速攻で柊邸へ突撃しますえー! 善は急げです」
「待って下さい、今日、市長宅で何かが起こるとリオネちゃんが予言してて……あーあ、行っちゃった」

種別名シナリオ 管理番号157
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメントこんにちは、神無月まりばなです。
色モノDay+ホラーなプリンセスシリーズ(はい、なしくずしにシリーズ化です。計画性がなくてスミマセン)第2弾、まいります。
このたび、ムービーハザード多発地帯『綺羅星ビバリーヒルズ』の柊市長邸に、珊瑚姫がハウスキーパーとして押しかけることになりました。この機会に、レーギーナ様と森の娘さんたちに和風メイド服を仕立ててもらうつもりです。
→協力NPC:レーギーナ
(http://tsukumogami.net/ginmaku/app/pc.php?act_view=true&pcno=275)

皆様にはご一緒に『楽園』へ行って頂き、源内ともども素敵メイド服を着せられてしま……うことも可能です、はい。
んが、一応本題はソレではなく、市長宅に出現した、マーメイド型の肉食植物『人魚姫』(B級SF映画出身)が、お腹を空かせて動物とか人とか手当たり次第に食べようとしているので何とかしてください、という依頼でございます。
植物のことゆえ、レーギーナ様に助言を請うというアプローチもあるかと思います。

それでは、漢女(…)希望のかたもそうでないかたも、ご参加をお待ちしております。

参加者
白亜(cvht8875) ムービースター 男 18歳 鬼・一角獣
片山 瑠意(cfzb9537) ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
八之 銀二(cwuh7563) ムービースター 男 37歳 元・ヤクザ(極道)
<ノベル>

ACT.1★ヲトメたちよ、『楽園』に集え!

「あ〜れ〜〜!?」
「……?」
 全力ダッシュした珊瑚は、市役所に面した歩道の角を曲がってすぐさま、顔見知りの美少年に正面衝突……しかけたが、そこはそれ無駄に高い運動能力が幸いして横っ飛びしたため、事なきを得た。
 美少年のほうは何を隠そう白亜であり、こちらも涼やかでおとなしげな容姿からは想像もつかぬ跳躍力で、軽やかに避難することに成功した。華奢な腕に抱えている冊子は『ムービースターの背景を知ろう:世界観総まとめガイドブックその10』。これは『対策課』が銀幕ジャーナルに委託して作成し、ひと月に一度無料配布しているガイドブックシリーズのひとつである。世界観が入り乱れ日々混沌の度合いを高めている銀幕市民のために、せめて相互理解の一助になればと始められた福利厚生事業であるが、最初は小冊子であったその本は巻を重ねるごとに分厚くなり、今は電話帳サイズになってしまって持ち運びも一苦労であった。
「……珊瑚姫?」
 澄んだ大きな瞳をしばたたかせて、白亜はそれだけを言った。真面目な彼は、できる限りガイドブックを熟読するようにしている。今日も、新しく『(略)その11』が発行されていると聞き、差し替えに行く途中であったのだが。
「おお、白亜ではありませぬか。丁度良かったですえ〜。銀幕市の名物かふぇ『楽園』へともに行きませぬか? 美少年を同伴すれば、れぎなんもさぞご機嫌麗しいでしょう! そして市長宅ではうすきーぱーをするのです!」
 言うなり、がっつりと腕をホールドし、逃がすまいとする。
「でも、あの……」
「いったん仮設住宅に戻りますゆえ、『(略)その10』は置いておけば宜しい。『(略)その11』は、改めて源内に取りに行かせましょうぞさあさあ」
 引きずり、引きずられ、珊瑚と白亜は仮設住宅に向かった。
「源内〜! 今から速攻で『楽園』に……。おや? 悟! いらっしゃいませですえ〜!」
 駆け込んだ源内の部屋には先客がいた。麦茶入りの湯呑みを手に向かい合って正座し、談笑しているのは小日向悟である。肩に乗せたバッキー『ファントム』ともどもふたりを振り返り、柔らかな笑みを見せた。
「お邪魔してます、珊瑚姫。それと、白亜くん」
「私の名を?」
「ジャーナルで読んだから。ナイトメアとの対決も、『まるぎん』の攻略も感動したよ。オレ小日向悟、よろしくね。あ、この子は『ファントム』っていうんだ」
「よろしく……」
 人懐こい笑顔とともに差し出された手を、おずおずと白亜は握り返す。
「悟は気配りさんですから、何か困ったことがあったら相談すると宜しいですえ。ぴらみっど事件のとき、源内が世話になりましてのう。それ以来、ときどきこうして様子を見に来てくれるのです」
「このところ急に暑くなったし、源内さんの体調はどうかなって思ってたんだけど、元気そうで良かった」
「ほんに有り難いことで」
 ほっこりと笑う悟を見て、珊瑚は目頭を押さえる。が、はたと袂を引っ込めたかと思うと、ずずいと顔がくっつかんばかりに詰め寄った。
「ところで悟は、『楽園』に行ったことがありますかえ?」
「いや? でも噂だけは聞いたことがあるかな。森の女王様が店主をつとめる、美味しいスイーツが評判のお店だよね」
 銀幕ジャーナルの愛読者である悟が、かつてレーギーナ絡みで繰り広げられた阿鼻叫喚だったり血と汗と涙だったりな女装絵巻を知らないはずはないのだが、穏当な表現に留めるあたり、さすが気配り名人である。
「この機会に、行ってみませぬかえ? 妾のばいと用衣装代が、只になるかどうかがかかっているのです! 着替えたら、柊邸で家事をこなすのです」
「事情はよくわからないけど、姫のお役に立てるのなら」
「感謝しますえ! ささ、源内も」
「……女王レーギーナか。あの外見はもっのすっっごく好みなんだが、しかしありゃあ、危険な女だろう? あまり近づかないほうが身のためだとは思う……ああでも、森の娘たちはどの子も別嬪だしなぁ、ええと、リーリウム、イーリス、ニュンパエア、マグノーリア、ラウルス、サリクス、クエルクス」
 森の娘たち7名の名前がさらっと出てくるあたりが源内である。悟はくすっと吹き出してから真顔に返り、小声で言う。
「『楽園』はいいとしても、今日、柊邸へ行くのは危険かも知れないよ。ヴィランズ出現を示唆する、リオネちゃんの予言が出てるようだから」
「そりゃまた。いったいどんな」
「『人魚姫』らしいんだけど、詳しくは……。ちょっと気になるし、少し調べてから合流しようかな」
 悟はいったん、『対策課』へ向かうらしい。結局源内は、白亜ともども、珊瑚にぐいぐい背を押されるまま、『楽園』という名の超絶空間へ出かけることにした。
 ――つまりは、美人とお近づきになりたい誘惑に負けたのだった。

 滴るように鮮やかな緑で満たされたカフェダイニング、『楽園』。
 採光豊かな店内には眩しい夏の陽が射しているが、木々の葉と紗のカーテンが適度に遮っているために、室温・湿度は適度に保たれ、居心地は最高である。
 平日の昼下がり、こころ落ち着く緑と、スイーツの甘い香りに包まれながら、3人の男たちが和やかなティータイムを楽しんでいた。
 それも、片山瑠意、刀冴、八之銀二という、いろんな意味で銀幕市選りすぐりのスペシャルな面子である。
 彼らに憧れている人々にとっては、目を疑うほどのレアな顔合わせだと思えるかも知れない。
 しかしこの3名は皆、『楽園』の常連であった。瑠意は刀冴と親交があり、兄のように慕っているし、刀冴と銀二はお互いを『兄弟』と呼び合い、凄絶な戦闘下に於いてその背を守り合うほどの信頼深い仲である。また、瑠意と銀二は、ピラミッド探索時に『銀幕コモン散策隊』の構成メンバーであったりもしたから、3人が仲良く集う図というのも、決して珍しいことではなかったのだ。
 何かある度に駆り出され、忙しい彼らだが、たまにはこんな穏やかな時間を過ごしてもいいだろう。
 ……しかし、回りはなかなか、そっとしておいてはくれないもので。
 今も、偶然居合わせた七瀬灯里が、このシャッターチャンスを逃がしてならじと、撮影に余念がない。
「すみませーん銀二さん、心もちティーカップを持ち上げて、こっち向いてください。刀冴さんと瑠意さんは、そのまま自然にお話してる感じで――そうそういいですよー。絵になりますねー」
「……あのな。俺たちは普通に茶を飲んでるだけで」
「そんなに面白いもんじゃねぇと思うがなぁ」
「他に撮るものたくさんあるよ? 新作スイーツメニューとかさ」
 男たちの困惑をものともせず、灯里はシャッターを切る。
 そんなところへ珊瑚姫が、こちらも殿方2名を引っ張って合流したのだった。
「おやぁ? 銀幕市注目すぽっとの取材中ですかえ、れぎなん? しかも、瑠意と刀冴と銀二が『もでる』とは豪勢な。よくすけじゅーるを押さえられましたな?」
「取材でもなければモデルとして招集したわけでもありませんのよ。偶然、こうなりましたの――よくいらしてくださったわ、珊瑚姫、源内さん。お連れの可愛らしい殿方を紹介してくださるかしら?」
 きららかな金髪を華麗に揺らし、レーギーナは薔薇もかくやとばかりの微笑みを見せた。
「こちらの、小野小町も悔し泣きしそうな美少年は白亜と云いますえ。後で、おっとり爽やかな癒し系好青年、悟もやってくる予定です。今日ここに参りましたのは、話せば長いことながらかくかくしかじかで」
 少しかがみ込んだレーギーナの耳に顔を寄せ、珊瑚は事の次第を語り……というか、すみませぇん和風メイド服何着か只で作って下さ〜いその代わりこの場に居合わせた殿方ズを同じバイトに誘ってメイド服着なきゃいけない流れを作るんでそしたらもう好きに弄んでいいんで〜♪ という内容の、乙女としてちょっとどうよな極悪提案をした。しかし森の女王陛下におかれましては、それはなかなかに魅力的なオファーだったらしい。
 そして、話は決まった。女王と姫の談合で、決まってしまった。殿方ズの意思、完全無視。
「了解いたしましたわ。もちろん協力させていただきます。メイド名は、亜子さんに悟子さんに源内子さんで宜しいかしら。冴子さんに瑠衣香さんに銀子さんも揃っていることですし、華やかになりますわね」
「ちょーっと待ったアアア! レーギーナ君。何をどういきなり了解し協力するのか聞かせてもらおうじゃないかッ! 珊瑚姫君ッ! その戦慄極まりない恐怖の提案はどういうことだァ? ……いや、いい。聞きたくない。言わんでいい」
 飲みかけのハーブティをがたがたがたんと置いて、銀二が立ち上がる。顔色は蒼白だ。滅多に拝めないほどの豪快な動揺ぶりである。
「へえ。柊市長邸のお手伝いさんか。面白そうですね」
「家事が好きなだけ出来るってのは、いいな。人手が必要なら、協力しようじゃないか」
 いち早く戦慄の事態を察してしまった銀二とは違い、幸い(?)にして、メイド服作成依頼も瑠衣香発言や冴子発言も聞こえなかった刀冴と瑠意は、至極まっとうな頼もしい返事をしてくれた。特に刀冴は、大好きな家事を思いっきりしていいとあって、大乗り気である。
(大らかでさっぱりしていて、素晴らしい殿方たちですのぅ……)
 その清々しさに、珊瑚はちょっぴり良心が痛んだものの、そこはそれ、これはこれである。
「くぅ。申し訳ないが、心を鬼にしますえ〜」
「鬼に……? うん、それが必要な時もある」
 トラウマをいろいろ克服してきた白亜は、微妙にボケの混ざったいい感じのツッコミが出来るようになりつつあった。この調子で成長すれば、銀幕市にあまた存在するツッコミの達人にいつか肩を並べる日がくるだろう。
 たとえ今日のところは、そのツッコミが我が身を直撃することになったとしても。

ACT.2★えっと、まあ、その……。

 しゅるるるる、と伸びたツタが、銀二のたくましい両腕と両脚を拘束する。
 その姿はまるで、磔にされた聖者のようだ。
「そしていきなり俺かァァー!!! 逆さ吊りよりはマシだが……いやいや、そんな問題じゃない。断じてないッ!」
 男の中の男、みんなの兄貴、八之銀二。
 ――巻き込まれ属性。
 加えて、レーギーナと愉快な娘たちに女装させられた回数、銀幕市ナンバーワン。
 本日のテーマ『和風メイド(ゴスロリテイスト含む)』。堂々たる犠牲者、第一号!
「ざけんなぁッ、何が哀しゅうてメイド服なんぞ着せられにゃ……落ち着いて話し合おう、な? コスプレしなくとも家事は出来るだろう?」
 説得にかかってみるものの、んーなことやる気全開モードのイーリスたんが聞いてくれるはずもなく。
「心配なさらないで。イーリスはちゃんとベビーピンクの着物を用意しました」
 うふっ、と小首を傾げられるのみである。
「そんなデフォルト、忘れてくれ頼むから」
「珊瑚姫から手描き友禅についてお伺いし、頑張りました。完成までに26もの工程を踏む、手間のかかるものでしたし、ベビーピンクを美しく染めるためにそれは苦労しましたけど……。いつの間に、なんて野暮なことは聞かないでくださいね。森の娘としての矜持がありますので」
「俺の矜持は無視かァ! その色とセットにさせられるのは甚だしく不本意なんだがってか流石に手馴れてるな娘達ッ!」
 銀二の抵抗も空しく、ラウルスも手を貸して、あれよあれよという間に二部式の着物風ミニドレス(着替えが簡単なよう配慮/当然ベビーピンク/絶対領域は死守)、差込式の作り帯(レースのフリルつき)、江戸打ち紐の帯締め、白絹のエプロン、カチューシャがわりの、着物と同生地のビッグサイズな髪リボン(当然ベビーピンク)が、彼の姿を彩ったのだった。
 メイクは品よく、金髪縦ロールのウィッグ(たとえ和風メイドでもこれは譲れないらしい)は、思い切ってポニーテールに。
「……ほう。変われば変わるもんだな。これなら守備範囲だ」
 明日は我が身ということも忘れ、源内が不穏なことを口走る。何がどう守備範囲だというのか、やめてよもう聞きたくないのアタシ。ゴスロリ和風メイド銀子は、磔状態のまま、がくりと項垂れた。

「あ、兄者にも、一族にも、あわす顔が、ない……」
 同じように、白亜も涙ぐみ、こうべを垂れている。
 こちらはリーリウムとニュンパエアによって、淡い水色地に蝶と手鞠柄をあしらったミニ丈レース付き着物ドレスを着付けられ、和紐の編み上げブーツを合わせられていた。ショートカットを引き立て、細い首すじが映えるように、襟もとは内襟+フリル襟の二枚仕立てという凝りようである。
 パニエはあくまでもふんわりと。スカート部分は、エプロンも含めて全円接ぎ合わせなし。くるんと回ると可愛らしく広がるのが制作者のこだわり(絶対領域は死守)らしいが、そんなことを事細かに説明されても、白亜の睫毛はいっそう涙の粒で濡れるだけだ。
「まあ……。綺麗な肌」
「お化粧するのが勿体ないくらいだけど、でもほら、紅をさすと、ね?」
「可愛い! 本当のメイドさんみたい」
「このまま『楽園』のウエイトレスになればいいのに」
 森の娘たちに弄ばれつつ、大江山の鬼は、
「……私は生活力がないので、たぶん、皿を割る」
 生真面目にも、そう答えることしか出来なかった。

 びしっ! ばしっ!
 鞭のように、自在にツタがうなる。素早く逃げようとした刀冴だったが、すぐにその足首を絡め取られ、もんどり打ちかけた上半身を、別のツタで宙づりにされた。
 常勝将軍、絶体絶命。
「女装するなんて聞いてねぇぞ! おいこら、そこの女王陛下!」
「そんなに震えて、可愛いこと。怖がることはありませんわ。痛くないようにしますから」
「そうですとも。レジィ様はそれはそれはお上手ですので、素直に身を任せてくださいな」
「って、痛いかも知れない局面があるのかよっ」
「脱毛させていただきますもの。首から下を、しっかり全部。さ、マグノーリア?」
「はーい。いったんお召し物を脱がさせていただきますね♪」
レーギーナとマグノーリアは、輝くようなイイ笑顔で銀幕ジャーナルチェックすれすれのセクハラに取りかかった。刀冴は半泣き状態で拒否っている。
(……この写真、編集長に却下されるでしょうか?)
 記者としてものすごく美味しい状況が展開されているので、灯里は当然激写に余念がない。んが、あまりにも刺激的な光景にちょっと頬を染めてみる彼氏ナシ23歳であった。
 全身脱毛シーンの詳細描写は記録者の胸の小箱に収めておくとして、ともあれ、イーリスが矜持にかけて用意した刀冴用衣装は、しなやかな黒地に白百合の花が映える、世にも美しい手描き友禅だ。
 襟元と袖口にふんだんにレースとフリルをあしらっており、当然ミニ丈である。当然絶対領域死守である。またしても美脚披露である。
「……似合いますわ」
「刀冴さんは長身で筋肉質ですが、細身ですものね」
 アップに結い上げられた髪には風鈴状の簪で飾りつけがされ、はっと目を惹くあでやかさ。
 やはり源内から、これなら守備範囲発言が飛んでしまう羽目になったところで、今度は瑠意の絶叫が響く。
「嫌だァァァァーーーーーー!!! 女装は嫌だアアア!」」
 全身全霊で無駄な抵抗をしている男が、ここにもひとり。
 こちらも刀冴と一緒に、仲良く女王陛下のツタにとっつかまっていたのだった。
「瑠衣香さんったら、何を今更。桜の下では、素敵なウエディングドレス姿まで披露してくださったのに」
 触れてほしくないトラウマをピンポイントでぐっさりやられ、瑠意の双眸に涙が浮かぶ。
「ちょ、花見の時も言ったけどさ、ナイトメアの時にものっそ感動した俺の立場ってッ!」
「イーリスは瑠意さんのために、刀冴さんとお揃いの衣装を作りました」
「紫地に白百合ね。こちらも素敵」
 自由に動く首だけをぶんぶんと横に振りまくっているものの、哀れなるかな、今の瑠意は蜘蛛の巣に囚われた可憐な蝶。
「瑠意さんは、そんなに体毛が濃いほうじゃないようだから、全身脱毛まではしなくていいかしらね」
「でもレジィ様。たしなみとして、脛の部分だけでも」
「そうね、マグノーリア。お願い」
「はい♪」
 ナチュラルに服を脱がし(強制脱毛が脛部分だけなら何も全身ひん剥かずともよさそうなものだが)絶叫をBGM代わりに、女王様と森の娘たちは楽しげに着付けを済ませ、メイクを整える。脱毛後のすらりとした脚には、ハイソックスを穿かされた。
「……ねぇ、これマジで何かオカシクねぇか?!」
 弱々しくそう訴えたときは既に、レーシィでガーリィでフェティッシュな和風メイドの瑠衣香ちゃん絶対領域つき一丁上がりの巻。その肩にちょこんと乗ったバッキー『まゆら』も、お揃いのふりふりエプロンをつけていて、これはこれでマニアにはたまらないかと。

 うんうんあれなら守備範囲とまんべんなく呟きながら、手首に絡まるツタを何とか解いてもらおうと、源内は女王様へ直訴する手段に出たのだが。
「なあ、レーギーナ」
「何かしら、源内さん」
「犠牲者、じゃなかった、協力者がこれだけいれば、もう俺なんかの出る幕はないよなぁ? あんたや森の娘たちの綺麗な手を、これ以上わずらわせるのは申し訳なくて」
「まあ。そんなことを気にしてくださってたの? でしたら、拘束は解きますわ」
「そうか! いやぁ、わかってくれて嬉しいぞ」
「どういたしまして。こちらこそ、作業が効率的に進んで有り難いですわ。お召し物はご自分でお脱ぎになってくださるのね」
「…………ぇ? うぁdhばlfのlsjdbck−−−!!! ksんkっsなskl@!!!!」
 問答無用で驚異の強制全身脱毛を展開され、赤地に御所車文様のゴスロリミニ丈着物を着付けられ、源内の悲鳴が往生際悪くこだまする。
「源内子さーん。すげぇ綺麗。俺の守備範囲かも」
 地獄へ道連れとばかりに、瑠衣香ちゃんからの冷やかしが飛んだ。

 阿鼻叫喚にまぎれて、悟はとうに合流していた。彼はまったく抵抗せずに、潔く森の娘たちの手を借り、着替えを終えている。
 明けそめる空に似た繊細な朱色地に、散りばめられた鷺草。二部式の着物は、皆よりもやや長めに、パニエのふくらみも控えめになっている分、軽やかに編まれた兵児帯をふわっとあしらい、アクセントをつけていた。
 施されたメイクは、目元にも朱を入れるアレンジがなされているため、シャープな印象となり、デキる美人メイドといった風情である。
「むう〜。悟は随分と美人さんになりましたのぅ〜」
 皆様の尊い犠牲の甲斐あって、イーリス渾身のメイド服を何着もゲットしておきながら、珊瑚は殿方陣のあまりの艶姿にショックを受けていた。乙女のアイデンティティが揺らいでいるのである。
「なんだかんだ言って銀二はべびーぴんくが似合いますし、白亜はあのままめいど喫茶でなんばーわん街道まっしくらな感じですし、瑠意は反則的に可憐ですし! そして刀冴のあの美脚は何事ですか!? 源内はどうでもいいとして、妾は自信喪失しましたえ。もう立ち直れませぬえ〜。うわーん」
「まあまあ、姫には姫の魅力があるよ」
 こんなときでも珊瑚をフォローする悟に、古風なつくりのメイドキャップを仕上げに被せながら、 ニュクスが言った。
「悟さんは、嫌がらないんですね? 女装がお好きなようにも、見えないのに」
「姫のためですし、それに、森の娘さんたちが喜んでくれるのなら」
「……優しいのね」
 レーギーナがつと手を伸ばし、悟の顎をひと撫でする。ぞくぞくするような瞳を、悟はにっこりと見つめ返した。
「そんなでもないです。優しく見える男には、気をつけたほうがいいですよ」
「それはわかっているつもりよ。わたくしに何か、聞きたいことがあるようね?」
「はい。今日、『綺羅星ビバリーヒルズ』の柊邸に現れるはずの、人魚姫について」

ACT.3★史上最強のメイド

 人魚姫が、泣いてるよ。
 かなしんで、おこって、泣いてるよ。
 おなかが、すいたって。
 みんながあまり食べさせてくれないから、大きくなれないし、花を咲かすこともできないんだって。
 なのにみんなは、だいじな葉っぱを食べちゃうんだって。
 だからね、そのかわり、みんなを食べたいんだって。
 
 リオネの予言をもとに、悟が特定したところによれば、それは、シンデレラの出身映画と同じ監督の手による、B級もいいところなSFホラー「恐怖の半魚人 −黒い日の復讐−」であるらしい。
 ――ある大企業の実験室で、遺伝子操作により生まれた半人半魚の少年がいた。怪力と超能力を持つ彼は、自分の遺伝子が地球由来ではないことを知り、人類への復讐を誓う。それは日蝕の日だった――
 とりとめのないストーリーを無理やり要約するならば、以上のようになる。
 いろんな意味で話題になった映画だった。主人公の少年がものすごい大根で感情移入できなかったとか、脚本が観念的で理解できねぇぞコラとか。なのに何故か脇役陣にそうそうたるハリウッドスターを取り揃えたり、CGも凝りまくっているので制作費だけは大作並みだったこととか。いったい監督は何を表現したかったのかと、未だに語り草になっているトンデモホラーである。
 脇役のひとりには、ややマッドな女性研究員役としてSAYURIが配されている。血の海と化した実験室で少年と対峙し、力尽きて殺されるさまは天晴れ名演技にしてこの映画の唯一の見どころだとまで言われ、大女優の華麗なる履歴の中で、ひときわ異彩を放っているのだった。
 作中には、『人魚姫』と呼ばれる、幼生の肉食植物が登場する。
 サイズも見かけも人形のようで、緑色の巻き毛に覆われた顔だちはビスクドールのように愛らしい。腰から下は銀色のうろこ状の葉で覆われ、魚の尾に似た形状の根を伸ばしている。
『人魚姫』を植えた鉢は、実験室の片隅に据えられていた。
 もともと凶暴な植物であり、成長すると人を襲って食べてしまうほどなので、液状の栄養剤とひき肉を最低限与えるに止めながら、幼生状態のまま「飼って」いるのだ。
 どうして、そんなに面倒くさいことをしてまで置いているかというと、ひとえにその葉っぱが、香ばしさといいぱりぱりな触感といい、油っぽくないポテトチップスのごとくに美味しいからである。いわば、人魚姫は、研究員のティーブレイク用スナックとして置かれていたのだった。

「……今のところはまだ、出現している気配はないわね。だけど、かわいそうに」
 悟から人魚姫の設定を聞き、レーギーナが深いため息をつく。
「オレは、可能であれば彼女を救ってあげたいと思う。助言を、いただけますか」
「そうね……。銀子さんを食べて、満足してくれるといいんだけど」
「いろんな手順をすっとばしていきなり俺が犠牲かア!」
(すっげー! この修羅ってる時に)
(ブラックなトークをかます女王様も女王様だが)
(ツッコミ役の矜持を忘れない兄弟も凄ぇな)
(……見習わなければ)
 こちら、上から順に、瑠衣香、源内子、冴子、亜子の心の声である。
 全員、ドレスアー〜ップとメイクアー〜ップを終えたあとで、ツタから解放されていた。ずらりと横一列に並んだそのさまは、圧倒的壮観だった。
 灯里は、それはもう夢中でシャッターを切りまくっている。
(すごい記事になりそう……! ええっと、タイトルは【ゴスロリ和風メイド戦隊「漢女組(ヲトメグミ)」、柊邸に出陣!】とか、どうかしら)
(たぶん、盾崎編集長は無言で却下すると思うなあ)
 何となく灯里の気持ちを感じた悟は、こっそりそう思いつつ、
「あまり、人魚姫をいじめないでくださると嬉しいわ。悟さん、守ってあげて?」
 レーギーナの言葉に、頷くのだった。
 
 ★ ★ ★

『綺羅星ビバリーヒルズ』は、杵間山の麓の南斜面に広がる広陵地帯に、自然の起伏を生かして造成された瀟洒な住宅街である。
造成時に切り出された天然石材は、そのまま住宅用に転用されているし、山林の樹木も運ばれて、銀幕市名物の椰子の木ともども、各住宅の庭木となっている。本家ビバリーヒルズを品よくオリエンタルナイズしたかのような和洋折衷ぶりは、美観にも環境保護にも配慮した結果といえた。
 住宅街のちょうど中央付近に位置する柊邸は、赤煉瓦と天然石材造りの、2階建ての洋館である。
 高い天井と、大きな吹き抜けのある螺旋階段、40畳はあろうかというリビングを備えた豪邸だが、テニスコートやらプールやらがあってあたりまえのご近所様に比べれば、むしろ慎ましやかかもしれない。
 ただ、この家に住んでいるのが、柊市長とリオネと、最近家族の仲間入りをした怪獣島出身の首長竜(現在柴犬サイズ)『ぎっしー』だけなのは、いささか無用心だという声も多い。
 この辺一帯が、ムービーハザード多発地帯であれば、なおのことである。
「わあ……! メイドさんがいっぱい。うれしいな」
 一同を迎え入れたのは、ひと足先に帰ってきていたリオネだった。いつもは庭の池にいる『ぎっしー』もとことこやってきて、歓迎するかのように首を伸ばし「きゅる〜」と鳴いている。
 市長はタウンミーティングの評決で忙しく、遅い帰宅になるらしい。
「きてくださって、ありがとうございます。リビングのおそうじと、おうせつ間ふたつのお片づけと、おせんたくと、夕食のしたくをおねがいします」
 リオネはおしゃまに頭を下げる。ゴスロリヲトメイドたちを見ても驚きもせず、むしろ目を輝かせながら、「きもの、きれーい♪」などと言うあたり、さすがは神の娘。太っ腹である。
「いい家じゃねぇか。こりゃあ、家事のしがいもあるってもんだ」
 柊邸に足を踏み入れてからというもの、強制女装のショックもどこへやら、刀冴は俄然上機嫌になっていた。
 清掃用具入れはどこだ? ――おうここか、台所はこっちだな、広くて清潔でいいねぇ、設備も充実してるぞ。
 なんてこった、本格的な石窯がある! これは俺にパンを焼けってことだな。よぉし、受けて立ってやる!
 ……などと、生き生きうきうきテンション高く、鼻歌まじりで働き始めた。
「俺も手伝いますよ」
 瑠衣香と冴子、ペアルックのメイドたちは素晴らしいコンビネーションで仕事を片づけていく。ふたりの手による今夜のディナーは、さぞ絶品だろう。
「よし、力仕事は任せろ」
 銀子姉貴は粗大ゴミをコンパクトにするべく、ヤクザ蹴りを繰り出していた。
 絶対領域を守りながらでは蹴りにくそうだが、失った何かを取り戻すような漢らしいアプローチである。
「あ〜〜〜れ〜〜〜!!!」
「……………ぅわ」
 珊瑚と亜子はともにドジっこメイドとして、お約束的に皿を割り洗濯機を泡で溢れさせモップを飛ばしては、皆の仕事を無駄に増やしていた。

 ――そして。

ACT.4★はらぺこ人魚姫と漢パン

 鼻腔をくすぐる、甘く香ばしい匂い。パンの焼ける香りは、幸せな日常の象徴といえよう。
 しかし銀子は、冴子が見事に焼き上げたパンを見た途端、帆布を引き裂くような悲鳴を上げた。
 強制女装に匹敵するほどの、動揺ぶり。それは、天板の上で渋くポーズを決めている物体が『漢パン』だったからに他ならない。
 漢パン――作り手の情熱に「漢魂」をたっぷりと加えて丹念にこねる、銀幕市一の漢、八之銀二を思い描いて讃えまくりながら作成する、凝った趣向のパンのことである。とある古民家で焼かれてからというもの、評判が評判を呼んでいるらしい。
「これが噂の漢パンか。形状さえ気にしなければ、普通に美味そうだな」
「……食べてみたい……けど」
「齧りついたら悲鳴を上げそうで」
 今にも動き出しそうなほど超絶リアルに銀二を模しているパンを見ての、源内子、亜子、瑠衣香それぞれの感想である。
「君達ッ! 頼むからパンと俺を見比べて、今まさに大事な一線を越えようとしてる表情をするのは勘弁ッ!」
 握り拳で訴える銀子の隣で、悟子はパン皿への移動に手を貸していた。
 何かに思い至り、はっと顔を上げる。
(……そうか。レーギーナさんは、聡明だな)

 かしゃ……ん。かっしゃーん。

 ――そのとき。

 地下から、音が響いてきた。
 何かが暴れているような、気配がする。

 ★ ★ ★

 一同は、走る。
 柊邸地下1階、シアタールームへと。
 招かれざる客が、出現したようだ。
 小規模映画館を凌ぐほどに設備が整った、柊市長の癒しの場ともいえるその部屋に。

「思ったよりすばしっこいやつだな。どこにいる?」
 人魚姫を威嚇するため、【明緋星】を抜きはなち、刀冴はすうと目を細める。
「ふむ。椅子の影に隠れているようだな」
 背中合わせで身構えているのは銀二。いざとなれば、ヤクザ蹴りも辞さないつもりだ。
 あまりいじめてくれるなとレーギーナは言ったけれど、兄弟や親愛なるものに危害を加えそうになったら、話は別だろう。
 瑠意は詠唱する。影に棲まう蛇アポピスを召還する呪文を。
「原初の渾沌に微睡む偉大なる蛇、アポピスよ、われ汝を呼ばわる。かの者は汝がために捧ぐる聖餐の子羊なり」

 ビスクドールの顔。生き物のように動く、長い緑色の髪。
 椅子の影に潜んでいた人魚姫の動きが止まった――ように見えた。
 しかし次の瞬間、魚の尾に似た根がしなり、強く床を叩く。

 反動を使って跳躍した人魚姫は、空中で牙を剥き――

 悟の腕に、噛みついた。

 ★ ★ ★

(あのね、あたし、おなかがすいたの)
(うん、わかってるよ)
(あなたを、たべてもいい?)
(ごめんね。それはだめなんだ。だけどキミの力になりたいし、キミを救いたい)
(どうして?)
(キミは、泣いてるから。お腹が空いてるからだけじゃなくて、傷つけられて泣いている)
(……あのね。だれもあたしに、やさしくしてくれなかったの)
(コペンハーゲン港の、≪人魚姫の像≫を知ってる?)
(ううん)
(≪人魚姫の像≫はね、幾度もヒトの手によって破壊されている。でもその度復活してきたんだ)
(はっぱがたべられても、またはえてくるみたいに?)
(そう。キミは傷つけられた。でもオレがもうそんな想いはさせない……きっと守るから。誰かを傷つける以外の幸せになれる方法を、一緒に探そう?)
(だって……! だってだって! おなかがすいたんだもの!!!)

 人魚姫は話せない。悲痛な叫びは、声にならない。
 だから誰も、気づかなかった。彼女が絶望の底にいたことに。

「これを、食べるといいよ」
「……これを、食べろ」
 悟と、そして白亜は、同時に差し出す。
 人魚姫の空腹を本当に満たす食事はなんだろうと考えて、地下に降りる前から、持っていたものを。
 
 ――銀幕市一の漢の、形代ともいうべきパンを。

ACT.5★そのころの市長

「お疲れ様です、市長。ようやく評決も終わって、一段落ですね。これからがもっと、大変なのかもしれませんが」
「そうだね。ところで君、これから予定はあるかね?」
「いえ、特に何も」
「良かったら、飲みにいかないかね」
「ええっ? 構いませんけど、いいんですか?」
「うん……。今日は何だか、家に帰りたくないんだよ。朝方、リオネが妙な予言をしてね」

 あのね、おうちにメイドさんがたくさん、待ってるよ。
 ベビーピンクのメイドさん。
 水色のメイドさん。
 朱色のメイドさん。
 黒と紫の、ペアのメイドさん。
 それと……。

ACT.6★秘密

 人魚姫が旺盛な食欲で漢パンを平らげている間、刀冴はまんざらでもなさそうに笑い、瑠意は飛び散る中身(苺ジャム)にのけぞり、銀二は「これが本当のメイドの土産か……」と戦慄の表情で身震いし、白亜は、床に落ちていた銀色の葉っぱを食べてみたい誘惑と戦い、珊瑚と源内は、漢パンの正しい食べ方は頭からか足からか腹からかそれともいっそ八つ裂きかと議論していたので――『それ』に気づいたのは、悟だけだったかも知れない。
 シアタールームに揃えられたDVDのラインナップには、SAYURIの出演作が網羅されていることと。
 目立たない場所に小さなフォトスタンドが置いてあり、SAYURIの写真が飾ってあったことを。
 それも、ハリウッドに渡る前であろう、ずいぶんと若い頃の――

ACT.7★しょくばのはな

 結局、人魚姫は、鉢植え状態で市役所のカウンターに置かれることとなった。
 身分はシンデレラと同じく、嘱託職員扱いである。
 定期的に漢パンを差し入れさえすれば、凶暴化せず、しかも幼生のまま、花を咲かせることができるのだ。
 ただ、設定では、その色は、日蝕を連想させる赤と黒のはずが……。

 人魚姫が銀幕市役所で咲かせた花の色は、ベビーピンク、だった。

クリエイターコメントこんにちは、神無月まりばなです。この度は、『ドキッ☆ 男だ(ら)けの和風メイドファッションショウ!』(違)にご参加くださいまして、まことにありがとうございます。といいますか、わたくしこれほどに『絶対領域』という単語を連発したのは初めての経験です。オトナの階段をひとつ登らせていただきました。
レーギーナ様や森の娘さんたちの気合い入りまくりなご協力によりまして、皆様の麗姿に新たなる地平を切り開くことができた由、お慶び申し上げます。そして殿方ズの尊い犠牲のおかげで、珊瑚姫は素晴らしい和風メイド服を、ちゃっかりデザイン違いで何着もゲットすることができました。
珊瑚はこれからも、柊邸にて「ハウスキーパーは見た!」を繰り広げる予定です。謎がいっぱいの市長のプライベートを、さらに探っていこうと思います。
あ、タウンミーティング終了後、市長と植村さんのツーショット飲み会で何が話されたかは永遠に秘密ですv

★白亜さま
白亜さまはそのままメイド喫茶にお勤めすれば瞬く間にナンバーワンじゃん? と素で思いました。挿し木養殖アイデアに感心しつつ、漢パンネタは前のめりにいただきましてございます。ツッコミ修業中なのは、わたくしの暴走で……。

★小日向 悟さま
美少女な悟子さま、お色気秘書風悟子さまに引き続き、美人和風メイド姿まで拝ませてくださるとは、何という気配りさんなのでございましょうか。そして、人魚姫に対する同調は悟さまなればこそ。深い優しさに感激いたしました。

★片山 瑠意さま
瑠衣香ちゃんは妖艶お姉さまバージョンでも大変な美貌ですけれど、ゴスロリ和風メイドバージョンもまた、えもいわれぬ味わいがございますね。泣いて嫌がる姿に胸きゅん。源内を冷やかしてくださってありがとうございますv 

★刀冴さま
伝説の美脚再び! そして漢パンは、それはもうと・う・ぜ・ん作っていただかなければ! その造形美と絶品の味わいが、空腹の人魚姫を救ってくださいました。お手数ですが、ときどきでいいので、市役所に差し入れいただければ幸いでございます。

★八之 銀二さま
えっと、あの、いろいろご愁傷さまです……。で、でも、銀二さまの漢っぷりが、迷える食人植物を更正させ、無害な「職場の花(ベビーピンク)」に導いたのだと思えば……。そ、そんなに遠い目をなさらないで……。

それでは皆様、お疲れ様でした! 
また、次なる冒険でお会い出来ますことを祈りつつ。
公開日時2007-08-02(木) 12:20
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