★ 【神さまたちの夏休み】雪にのせた想い ★
<オープニング>

 それは、何の前触れもなく、唐突にやってきた。

 銀幕市タウンミーティングがいったん終了となり、アズマ研究所の件はいまだ片付かないものの、あとはどうあれ先方の出方もある。
 そんなときである。リオネが勢い込んで、柊邸の書斎に飛び込んできたのは。
「みんなが来てくれるんだってー!」
 瞳をきらきらさせて、リオネは言った。嬉しそうに彼女が示したのは、見たところ洋書簡のようだった。しかし郵便局の消印もなければ、宛名書きらしきものも、見たことのない文字か記号のようなものなのだ。
「……これは?」
「お手紙ー」
 市長は中をあらためてみた。やはり謎の文字が書かれた紙が一枚、入っているだけだった。
「あの……、これ、私には読めないようなんだけど……」
「神さまの言葉だもん」
「……。もしかして、お家から届いたの? なんて書いてあるのかな」
「みんなが夏休みに遊びに来てくれるって!」
「みんなとは?」
「ともだちー。神さま小学校の!」
「……」
 どう受け取るべきか、市長は迷った。しかし、実のところ、リオネの言葉はまったく文字通りのものだったのだ。
 神さま小学校の学童たちが、大挙して銀幕市を訪れたのは、その数日後のことであった。

★ ★ ★

「……わぁ」
 聖林通り沿いにあるテディベア専門店。その店先のショーウィンドウに手をつけて、少女は何度目かの感嘆の声をあげた。
 少女の名前はチオナ。腰まである純銀の髪はうっすらとウェーブを描き、子供ながら整った顔立ちに綺麗なブルーの瞳。フリルのついた白いドレスを着た姿は、まさしく西洋人形のようだ。
 そんな少女が手をついて熱心に見つめる先には、30cmほどの大きさのテディベア。かれこれ十分近く眺めている。見かねた店主が外に出て少女に声を掛ける。
「こんにちはお嬢ちゃん。良かったら中で見るかい? 他にも色々なテディベアがあるよ」
「あ、え……いえっ!」
 真剣に眺めていて周りなど気にしていなかったのだろう、チオナは突然の呼びかけに驚いて、ペコリとお辞儀をすると駆け出していった。
「ありゃ。声掛けないほうがよかったかな」
 テディベア専門店の店主は頭を掻きながらそう呟き、店内へと戻っていった。
 店を離れたチオナだが、100メートルほど駆けたあと、今度はケーキショップの前で立ち止まって感嘆の声をあげる。
「わぁ……おいしそう」
 綺麗にデコレーションされた沢山のケーキを前にふらふらとショーケースに近づく。
「あら、可愛いお客さんね。いらっしゃい」
「――っ!」
 そしてまたも突然の言葉に驚き、すばやい動作でペコリとお辞儀をして、すぐに駆け出す。
 元々チオナは人見知りが激しい性格なのだが、今回はそれに加えていつも傍にいてくれる母親がいないので、チオナはいつも以上に臆病になっていた。
「……ままぁ」
 一人ぼっちを意識したチオナは涙声で呟く。
 そもそもチオナは銀幕市にくるつもりは無かった。確かに銀幕市に興味はあったし、訳あって銀幕市にいる友達にも会いたかったのだけど、母親と離れて見ず知らずの場所に数日間滞在するというのはチオナの中ではあり得なかった。それがどうしてこんなことになったのか、チオナは思い浮かべる。
「チオナ。いい機会だから行ってらっしゃい? ママもいつまでもチオナの傍にいれるわけじゃないんだから、そろそろママが居なくても大丈夫なようにならなくちゃ」
 母親の言葉を思い出してみる。とたんに不安がこみ上げてくる。もしかしたらママは私がいらなくなったのかもしれない。銀幕市に一緒に来た友達も自分を置いて先に帰ってしまうかもしれない。知らない場所に一人ぼっちなせいか、そんな不安が次々と頭をよぎる。
 チオナはポケットから一通の手紙を取り出す。この手紙は銀幕市に居る間、ホームステイする家の人に渡しなさいと背中のリュックの中身と一緒に、ママが持たせてくれたものだ。だけどもしかしたらこの手紙には、ホームステイの後も私の面倒をお願いする内容のことが書いてあったりするのかもしれない。もし今日、その家に行ったら、もう二度とママには会えないのかもしれない。
「嫌だ、嫌だよままぁ」
 悲しみの感情を抑えきれず、チオナは泣きながら聖林通りを駆け出した。

「はぁ……。困りましたね」
 電話を切り、市役所職員の植村直紀は静かに呟く。
「一件くらいこういう状況になるだろう、とは予想していたのですが……。実際になると……困りますね」
 映画実体化問題対策課の現場責任者である彼は、普段から困るような状況は多いのだが、今回はちょっと訳が違った。
 数日前に急遽知らされた神さま小学校の学童達の銀幕市訪問。神さま小学校にいるリオネの友達が、夏休みを利用して彼女を訪ねて遊びに来る。というものだ。
 その際にトラブルが起こった場合、映画実体化問題対策課で対処するようにとのことだった。
 そのことを聞かされた時、最も可能性があるだろうと植村直紀が予測したのは神さまの子供達の扱う魔法に関してのことだった、子供とはいえ神さまである。いやむしろ、子供だからこそ危険な事が起こりえると感じていた。そしてもう一つ、行方不明の子供が出てくるだろうなと思っていた。そしてどうやら今回の事件は後者のようだった。
 神さまの子供達は銀幕市滞在中は、銀幕市民の家にホームステイすることになっているのだが、時間になってもホームステイ先に姿を見せない子供がいるらしい。
「はぁ……。困りましたね」
 再び、溜め息とともに呟く。
 しかし起こってしまった以上、何もしないわけにはいかない。神さまの子供達は魔法でその身を守られているとはいえ、何かあったら重大な問題になりかねない。何も物理的に傷つけられることだけが危ないとも言えないだろうし。
 植村直紀はパソコンに向かい、今回の事件の依頼書を作り始める。
「ええと……名前は」
 横に置いた資料をパラパラと捲り、行方不明の子供を確認する。
「……チオナさん、と」

 さんさんと照りつけていた太陽も落ち始めて、茜色に染まっていく公園の噴水を、チオナはベンチに座って見ていた。
 聖林通りからすこし外れた場所にある公園。噴水の中ではチオナと同じくらいの年の子供達が楽しそうに遊んでいる。チオナとは違う、笑顔で。
 そして遊んでいた子供達も一人、また一人と母親が迎えに来て姿を消していく。
 やがて子供達はいなくなり、チオナはしゃくりをあげて泣きだした。
「ひっ……ふえっ……ままぁ」
 寂しさ、悲しさ、不安。そんな感情が止めようもないくらいにチオナの中に渦巻く。
 ――ヒュウウウ。
 何処からか冷たい風が吹いた。その風が雪を運び、吹雪となってチオナの周りを包み始めた。そして一瞬のうちに、公園内は猛吹雪に包まれた。

 そう。チオナは雪を司る神さまの子供だった。

種別名シナリオ 管理番号187
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
クリエイターコメント初めまして、新人ライターの依戒 アキラ(えかい あきら)です。


早速ですがシナリオの説明を。

リオネを訊ねてきたチオナでしたが、彼女と会った後、一人で市内を散策しているうちにホームシックにかかって事件を引き起こしてしまったようです。

今回、プレイヤーの皆様にプレイングしていただきたいのは、猛吹雪の中、チオナのいるベンチまで進んで、彼女を慰めて吹雪を止めること。です。また、吹雪が止んだあともチオナは数日間、銀幕市に留まるので、どこかで見かけたら遊んであげてください。
その他にも、みなさんの柔軟な発想で色々考えてみてください。
要はチオナが銀幕市を出る時に彼女が笑顔で帰れる様にしていただきたいのです。

また、公園でチオナに接触する場合、植村直紀の依頼で来たのか、気になって来たのか、はたまた巻き込まれたのか等を読み取れるようなプレイング、または明記をお願いします。

吹雪の度合いとしては、3メートル先も見えないような猛吹雪です。きっちりと公園の敷地内だけに吹き荒れています。


最後となりましたが、プレイヤーの皆様に一瞬でも幸せな気持ちを感じていただけるように精一杯執筆しますので、素敵なプレイングを心よりお待ちしています。

参加者
八之 銀二(cwuh7563) ムービースター 男 37歳 元・ヤクザ(極道)
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
フェイファー(cvfh3567) ムービースター 男 28歳 天使
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
<ノベル>

「うーん……どうしよう」
 閑静な住宅街。太陽も沈みかけ、うだるような暑さも多少収まってきた夕暮れ時、三月薺(みつき なずな)は自宅の玄関前をうろうろしながら、何度目かのその言葉を呟いた。
 セミロングの長さの髪は綺麗な金髪で、お気に入りのうさぎを模したリボンを風が揺らしている。
「どう思う? ばっくん」
 ラベンダーカラーのバッキーを優しく持ち上げ、問いかける。すると問いかけに対する答えだろうか、くりくりとした目を薺に向け、ほんのすこし首をかしげる動作をする。
「うん、そうだよね。このままじゃ駄目だよね! 心配だもん」
 本当に意思疎通が出来たのかどうかは不明であるが、薺は納得したように頷いた後、彼女のバッキーであるばっくんをしっかりと胸に抱き、住宅街を駆け出す。が、すぐに呼び止められる。
「おう。三月君。どうしたんだ? このままじゃ駄目だ。とか叫んでいたが」
「あ、銀二さん」
 大柄な体躯に白スーツ。灰色の髪をオールバックにした強面の顔にサングラス。見るからにその筋の雰囲気を出しているが、今は堅気。それが八之銀二(やの ぎんじ)だった。
「何か困りごとか? 俺に出来ることなら、力になるが」
 困っている人を見るとどうにも放っておけない。見てない振りをしてやり過ごすような自分は、自分自身が許せない。そんな考えを、銀二は持っていた。
「あ。本当ですか。実はちょっと困っていて。お願いしたいです」
 以前の薺なら怖くて話をすることも出来なかったかもしれない。だけど銀幕市に魔法がかかって以来、彼女は積極的に人と接する努力をしてきたのだ。そして何より、銀二は見た目こそ怖いが、その心は優しいことを薺は知っていた。
「ふむ……神さまの子どもがホームステイに来るはずなのだが、来ない」
 薺から事情を聞いた銀二は、確認するように呟く。
「はい。植村さんには問い合わせたのですが、駄目で」
 しゅんとして言う薺。銀幕市の良さを知って欲しい。自分にその手伝いが出来るなら。そして自分自身も素敵な思い出を作りたいと思い、ホームステイ受け入れに立候補した薺だったが、いきなりのトラブルで少し弱気になっていた。自分の家に来るのが嫌なのかもしれない。そんな負の感情がどうしても頭をよぎる。
「三月君」
 銀二の、少し大きめの声に薺が俯いていた顔を上げる。
「チオナ君といったか。その子どもは今頃きっと迷子にでもなっているのだろう。神さまとはいえまだ子どもなんだ、多くの不安や恐怖を感じているはずだ」
 真剣な顔でそこまで言った後、ほんの少しだけ唇に笑みを浮かべて銀二は続ける。
「その子は必ず見つけて、無事に三月君の家まで来れるようにする。だから三月君は美味しい食事でも用意してその子を待っていてくれ」
 言うやいなや、銀二は薺に背を向けて歩き出す。そしてどうにもフォローするのが板についてしまった自分に少し苦笑する。
「ありがとう。銀二さん」
 聞こえないくらいの小さな声で呟き、先ほどの負の感情を追い払うように軽く頭を振った後、薺は胸に抱いていたバッキーに視線を向け、話しかける。
「料理の下ごしらえはもう終わってるから、私も探しに行っていいよね? ばっくん」
 先ほどと同じように、くりくりとした目を薺に向けて首をかしげるバッキー。
「うん。そうだよね。このまま待っているだけなんて、無理!」


 夕刻とはいえまだまだ暑い季節。長袖の服にフードまで被ったその少年は日陰を選ぶように住宅街を歩いていた。
 目深に被ったフードから覗く白に近いふわふわの青い髪。そばかすが浮かぶ肌は雪のように白く、困ったように垂れ気味の瞳は凍った湖のように綺麗な青色。
 レン(レドメネランテ・スノウィス)は何かを感じて立ち止まった。居候先の家へと続く道をゆっくりと歩いている時だった。
「……あれ? 雪の……匂い?」
 レンが感じたのは懐かしい故郷を思い出させる雪の匂いと冷気の感覚だった。
 レンは向かっていた家の方角と雪の匂いのする方角を何度か見比べた後、小走りで雪の匂いのする方角へと向う。
 その場所はすぐに見つかった。聖林通りから少し外れた場所にある公園、その公園の敷地だけをきっちりと吹き荒れる猛吹雪。そして集まりつつある野次馬。
「わぁ! 雪だぁ……!」
 不安そうに公園を見つめる野次馬の中、レンは思わず感嘆の声をあげる。そして躊躇いもせずに猛吹雪の公園内に入っていった。
「わー。さむーい」
 公園内に入ったレンは、被っていたフードから顔を出し、吹き荒れる吹雪に目を細めて嬉しそうに言う。
 映画「星に至る道」から実体化したレンだが、実体化後、故郷のような雪景色を見ていなかった為、かなりはしゃいでいる。
「雪だぁ! 雪だぁ〜」
 ――ぼふっ。
 雪が積もった公園を無邪気に走り回るレンだが、積もった雪に足を取られて転ぶ。
「あはは。転んじゃった」
 楽しそうにそう言った後、身体を反転させて仰向けになる。
「雪……冷たいよぅ」
 絞るようにだしたその声は震えていて、目尻からは涙が一筋、零れ落ちた。


 公園前、騒ぎ立てる野次馬から一歩離れて、薺は公園を見ていた。
「うーん……怪しい、よね? ばっくん」
 胸に抱いたバッキーに話しかけてみるも、眠たそうなとろんとした目で薺を見ている。
 バッキーから目を離し、再び公園を見る薺。公園の敷地を境に吹雪が吹き荒れているので、公園の外側から見たら白い壁のようにも見える。
 近づいて観察する薺。公園内は吹雪で数メートル先までしか見えず、まだ公園内に入っていないというのにものすごい冷気に身体が震える。
「ひゃっ!」
 試しにと腕を入れる薺だが、すぐに勢い良く腕を戻した。
「冷たい、でも……!」
 もしもチオナちゃんが何かに巻き込まれてこの中にいるとしたら。その可能性は低いかもしれないけど、今、ここを探さずに通り過ぎて後悔することだけはしたくない。そんな想いが薺に勇気を与える。
「寒いかもしれないけど、平気だよね? ばっくん」
「平気じゃないよ。寒いのは嫌だよー」
「――っ!!」
 バッキーは喋れない筈なのに、返事が来たことに驚く薺。
「ってな具合か?」
「ぎ、銀二さんっ!?」
 冷静に考えればすぐに気が付くはずなのに、自分のバッキーが喋ったと本気で思ってしまった薺は、銀二の登場に上擦った声をあげる。
「ふっ、なかなか様になっているじゃないか」
 くっくっと愉快そうに笑いながら嫌味を言うのは黒のジャケットにスラックス。長い金髪を後ろで一つに纏めている女性的で端正な顔立ちの長身痩躯の男。シャノン・ヴォルムスだ。
 一方、銀二はつい、軽口で冗談を言ったことを後悔していた。シャノンとは何度か揃って依頼や修羅場を潜り抜けてきた、いわば戦友のようなものなのだが、シャノンは皮肉や嫌味の類がいやに巧いのだ。
「しかし、植村から聞いて来てみれば……良くも悪くも子どもっぽいと言った感じだな」
 続けて言うシャノンに薺ははてな顔をする、が、植村という単語と、銀二が一緒に居るということから、すぐにチオナに関連したことだと気が付く。
「どういうことですか? この吹雪はチオナちゃんに関係あることなんですか?」
「ああ。どうもこの吹雪はチオナ君が起したものらしい。植村君の所に行ったら俺とシャノン君が依頼を頼まれたって訳だ」
 薺の問いに銀二が説明する。その間、シャノンは公園内と外の境目を調べたり、注意深く周りを観察している。
「どうして……チオナちゃんが」
「チオナとやらは、雪の神さまの子どもだそうだ。まぁ、我儘を言って甘えて大人を困らせるのはガキの仕事ではあるんだがな、これは行き過ぎだな」
 めんどくさそうに言うシャノン。その口ぶりはチオナの心情を分かっているかのようだ。
 実際、シャノンには確信があった。植村直紀から聞いた大まかな情報と小学生という年齢の心理状態等を統括して、大体の予想はたてていた。それが実際に公園にきて状況を見て確信した。
「私、チオナちゃんの所に行ってきます!」
 そう言って吹雪の公園へ入ろうとした薺を、銀二が押さえる。
「まあ、焦るな。三月君の気持ちも分かるつもりだ。行くななんて野暮なことは言わん。だが、行くのならこれを着ていけ。バッキーだって寒いのは嫌だって言ってたろう?」
 銀二はニヤリと笑って防寒着を薺に渡す。
「え、でもこれ。お二人は……」
 渡されるままに受け取ってから、気が付いて薺は言う。二人とも薺に渡した防寒着以外の荷物を持っていなかったのだ。
「ふん。そんなもの俺には必要ない。吹雪など問題にならないな。この程度、大した障害ではない」
「この状況で三月君を放っておいて自分だけ防寒着を着るほど、俺は腐ってはいないさ」
 薺が防寒着を着る前にさっさと吹雪の中へと入っていくシャノン。それを引き止めるべく追う銀二。
「あ、ありがとうございます!」
 聞こえるように叫んでから急いで防寒着を着る薺。最後にバッキーのばっくんを懐に入れる。
「よし! これで寒くないよね? 行くよばっくん」
 吹雪の中に入ってすぐの場所で薺を待っていたシャノンは、その声を聞いて、口元を歪めながら隣にいる銀二に言う。
「ほら、問いかけられているぞ? 返事はしなくてもいいのか? ばっくん」
 ばっくん。を強調するように言ったその言葉に、銀二は苦笑し、思う。
 ほらな、やっぱり。


「ふぁ〜あ。こうつまんないと眠くなっちゃうぜー」
 ふわふわと空中を飛行しながら欠伸をして呟くフェイファー。白い四枚の翼にかかる長い黒髪は癖がついていて、浅黒のジーパンにジャケットから覗くノースリブの白いTシャツにはI ラブ(ハートの絵)愚民(Ignorant masses)とデザイン英字で書いてある。
 翼を見なければ一見して人間の兄ちゃんの様なフェイファーだが、その翼が示すとおり、立派な(?)天使である。
「あー。駄目だ、なんかしてないと眠っちゃいそうだぜ。よし! 愚民に幸せでも……ん? なんだあれ?」
 何かを見つけて止まるフェイファー。ちなみにフェイファーのいう愚民に幸せとは、人間に幸せの後押しをする。つまりは仕事のことである。
「あれ、吹雪か? んー」
 吹雪に包まれた公園を見て。
「あっちのほうが面白そうだな」
 そう言い放ち、公園のほうへと向かう。
 公園の上空五十メートル付近、吹雪が吹き荒れている境目の場所でフェイファーは一度止まり、パチン。と指を鳴らす。瞬間。フェイファーの周りの空気が特殊なものに変わる。
 火の精霊の力を借りた温度保護だ。
 そしてフェイファーは公園の中央付近から吹雪内を降りていった。


 公園内。噴水の近くのベンチに座って、チオナは泣いていた。
 誰も居ない寂しさ、母親に会えない悲しさ、そして母親に捨てられたかもしれないという不安。結果。色々な感情が抑えきれないほどに込み上げてきて、魔法が暴走してしまって吹雪を起してしまった。
「ふえっ……ままぁ」
 チオナの泣いている姿も、泣き声も、そして母親を求めるその呟きも、チオナ自身が起した吹雪によってすべてかき消してしまう。
 だからチオナがどんなに泣いても、その姿も声も、誰にも届くことはない。
 ――はずだったのだ。
 ふと、チオナは少しの違和感に俯いていた顔を上げる。
 凍っていて噴出さない噴水の上、空中から、誰かがゆっくりと降りてきた。
 四枚の白い綺麗な翼を持つ青年。フェイファーだ。
 地上に降りて一直線にチオナに向かって歩いてくるフェイファーを見て、チオナは自分を母親の元へ連れて行ってくれる天使が来た。と思った。チオナ自身は見えるけど、普通の人にはこの吹雪の中で噴水の場所から自分のいる場所まで二十メートルくらい、自分の姿を確認するなんてできっこないからだ。
「えっと、確かこの辺だったよなー」
 言いながらチオナに近づくフェイファー。上空から見て、吹雪の中心の場所は分かっていたのだが、中心には何があるか分からないから警戒して近くに下りたのだった。だからチオナが見えていた訳ではなかった。雪の精霊や風の精霊の力を借りれば視界は確保できるけど、まぁいいや。とそのまま歩いたのだ。
「ぁ……天使……様?」
「ん? おおっ! 誰かいたのか、こんなとこで何してんだ?」
 チオナの問いかけに、その存在に気づいて返すフェイファー。
「え、あ……ままの所に……」
「あー……何の話?」
 話が見えずにそう答えるフェイファーに、チオナの顔は見る見るうちに歪んでいく。
「ふえっ……うぅ……うぇぇぇん」
「え? 俺? 俺?」
 いきなり泣き出すチオナに、フェイファーは自分を指差し困り顔。
「なんだ? 迷子か? ってかこの雪、おまえか? あーもう。泣き止めって!」
 なおも泣き止まないチオナ。それどころかフェイファーの口調にさらに泣き声を強める。
「わーった。しょうがねぇ。おまえの親が来るまで俺が遊んでやっから。泣き止め」
 普段はオレ様思考のフェイファーも、泣きじゃくる子ども相手では流石に調子が狂う。
「うえぇぇぇぇぇん。ままぁ。ままぁぁ」
 しかしチオナは、親が来るまでという言葉に、捨てられたという想いが重なり。さらに激しく泣きじゃくる。
「あーー……ったく、しょうがねぇな」
 フェイファーはめんどくささそうにそう言うと、パチンと指を鳴らし、天使の正装に服を変える。普通の人間に翼が生えた様な容姿のフェイファーだが、実際はエネルギー体であり、指を鳴らす行為(聞こえないくらいに早いショート詠唱と起呪)で光の屈折率を調節して服装等を変えたりと、色々なことができる。
 正装に変えたあと、精神を統一して宙に浮き手を掲げ、喉の奥から人の言葉ではない旋律を紡ぎ、雪の精霊を呼ぶ。
「……シェチュリートー……オァザ……デューゲ……」
 そしてフェイファーは雪の歌を謳う。
 発せられる声は、ソリストで言うテノールの声。透明感のある力強い明るい声色。喉からというよりは体全体から放たれるエネルギー。人の言葉という旋律とは掛け離れた天界の歌詞によって紡がれる歌に、フェイファーの声、エネルギーの届く範囲だけ文字通り、世界が色を変える。夕暮れを遮っていた吹雪の暗さは綺麗な雪色の世界に変わり。吹雪が和らぐ。それはフェイファーが呼び出した雪の精霊がフェイファーの歌により影響を受けたからだ。
「……ぁ」
 天使様。チオナが無意識に出そうとした言葉だが、まるで声にならない。
 自分が悲しんで泣いていたことすらも忘れ、チオナはただフェイファーを見ていた。
 どれくらい時間が経っただろうか。フェイファーが創った雪色の世界に、誰かが足を踏み入れる。
「わぁ……」
 レンだ。レンはしばらく雪の上に仰向けになっていた後、吹雪がどこかを中心に吹いていることに気が付き、その方向に歩いてきてここにたどり着いたのだ。
 そしてフェイファーとチオナを挟んでレンと逆側からも、薺、銀二、シャノンの三人が雪色の世界に足を踏み入れる。
「……ほう」
 そう呟いたのはシャノンだった。
「叙情的で旋律的な独唱。例えるならばアリアに近い。だが、人の言葉では無いな」
 そう言った後、シャノンは目を瞑り聞く体勢に入る。
 薺は入った瞬間から、瞬きすらも忘れてフェイファーの歌とその世界に見入る。
 フェイファーとは顔見知りだったはずの銀二も、しばらくするまで歌を謳っているのがフェイファーだとは気が付かず、ただ見惚れていた。
「……ウォワスノ……デューグ……」
 フェイファーが創りあげた世界。そしてその姿は、綺麗という言葉すら口に出すだけで色あせてしまう気がして、賛美を表現できる言葉が思いつかないほどだった。
「っとな。どうだ? 泣き止んだか?」
 謳い終わったフェイファーは、にっか。と笑ってチオナに話しかける。チオナはまだ余韻が残っていて、コクリ。と頷くだけで言葉を出すことは出来なかった。
「よっし。んじゃ次は雪のダンスを見せてやるよ。特別だぜー?」
 と、そこまで言ってフェイファーはチオナ以外の人間が周りにいることに気が付く。
「お。ギンじゃん?」
 フェイファーは何人かの中に見知った顔を見つけて話しかける。人間の名前なんて覚えないフェイファーだったが、最近は自分の居候先のリビングに訪れる人に愛称を付けて呼んでいた。
「あ、ああ。フェイファー君。……それに、チオナ君だな?」
 その銀二の声に、凍っていた空間が溶け出したように他の者達もフェイファーとチオナの周りに集まる。
「ぅ……あ……」
「ははっ。ギンの顔怖いってさ。俺に任せとけって!」
 フェイファーの言葉にむぅ。と言いながら引く銀二。
「俺はフェイファー。まぁ見て分かるかもしれないけど、天使な」
 フェイファーはそう言った後、銀二の腕を掴んでチオナの前に出す。
「んで、こいつはギン……あれ? 名前なんだっけ?」
「八之銀二だ。銀二でも銀でも。まぁ好きに呼んでくれて構わん」
 びくっとして泣きそうな顔をするチオナに、すかさずフェイファーが言う。
「ああそうそうヤノギ……まぁいいや。ギンは顔は怖いけど、結構優しい奴だぜ。俺には適わないけどなー」
 少し持ち直したチオナを見て、銀二は薺を振り返って、頷く。薺は軽く深呼吸をしてから、防寒着のフードを取ってチオナの前に出る。
「わ、私っ! 三月薺です。私……、あ! この子はバッキーのばっくん!」
 薺は、自分がチオナのホームステイ先の住民だというのを言おうと思ったが、やめた。
「シャノンだ」
 シャノンはそれだけ言い、レンの方を見る。
「えっと。ボクも自己紹介して、いいんだよね?」
 自身無さそうにレン。それに銀二が間髪いれず答える。
「もちろんだよ、レドメ君。久しぶりだな」
「ああ。氷雪の国の王子様か」
 加えてシャノンも言う。
「あ、銀二さん。シャノンさん。お久しぶりです。えっと、ボクはレドメネランテ・スノウィス。長いからレンでいいよ。アナタの名前は?」
 笑顔でチオナに手を差し出すレン。
「ぁ……う……」
 怯えたように呻くチオナ。しかしレンは手を戻さない。
「…………チオ、ナ」
 十秒くらいの硬直の後、チオナはおそるおそるレンの手を取って握手する。
「うん。よろしくね。チオナちゃん」
「チオナ、チオナ、チオナ……うん。人間みたいにごちゃごちゃした名前じゃないから憶えておいてやるよ」
 と、フェイファー。
 自己紹介を終え、みんなの問いかけに、チオナは自分がこの公園で吹雪を起してしまった理由を少しずつ話し始める。自分がどうして銀幕市に来たのか、そして母親と会えない悲しさ。捨てられたかもしれないという不安を泣きそうになりながら話す。
「そんなこと、絶対にないよ!」
 真っ先に声を上げたのはレンだった。
 レンはチオナが思っている。捨てられたのかもしれないという感情に過去の自分をシンクロさせていた。
 実はレンは陰謀で城から追い出された事があった。そして、それがたった一人の父親のせいだと思っていた。でも実際は叔父の仕業で、王である父はとても心配してくれてた事を話す。
「側にいない間、ずっと心配してくれているんだよ」
 一生懸命に言うレンに、チオナは、その通りなのかもしれないと思い始めていた。
「うん。そうだよ。レン君の言うとおりだよ」
 薺も頷く。口には出さないが、家族が居なくて寂しさで不安になる事を共感する。
「そうだなぁ。自分の子が可愛くないなんて親はそうそういないぜー?」
「うむ。そうだな」
 フェイファーと銀二も頷く。
「でも……もしかしたら……だって、何でチオナを銀幕市に」
 それでもチオナは、一度持ってしまった不安を完全に消すことは出来ずに弱弱しく呟く。
「やれやれ」
 シャノンは大きく溜め息を吐いてからそう言い、チオナの前に出て、話しかける。
「何時かは独り立ちしなければならないかも知れん。だからこそホームステイをさせたんだろうがな。だが、二度と母親と会えないと言う訳じゃ無いし、チオナがいらなくなったんじゃない、愛してるからこそなんだろう。何時までも傍に居られないかもしれない事を知っているんだ」
 最後の言葉を聞いて、チオナが嗚咽をあげ始める。小学生という幼い年齢には、シャノンの言葉は少し重いものなのかもしれない。しかしシャノンはチオナを想ってこそ、さらに言葉を続ける。
「これは居場所を増やす機会とでも思えばいいんだと思うがな。甘える相手を増やすとかな。実際に居場所が無くなったんじゃない」
「ふえっ……うぇぇ」
 再び悲しみや不安がチオナを襲い、声を上げて泣き始める。
「いいか。良く聞けよ?」
 泣きながらもシャノンを見上げてその声を聞くチオナ。
「俺は好きなやつがいれば何処だろうと抱きしめる。年齢も性別も関係ない。好きだから抱きしめるんだ。いいな?」
「ううっ……」
 シャノンの言葉はチオナにとって辛く感じた部分もあったが、自分の為に言ってくれているというのが伝わるから、泣きながらもチオナはちゃんと聞く。そしてシャノンの問いかけにコクリと頷く。
 ――ばふっ。
 瞬間、そこにいるシャノン以外の人間は絶句した。
 チオナが頷いた瞬間に、シャノンはチオナを抱きしめたのだ。そのあまりにストレートな表現と、見ている方が恥ずかしくなる流れに、薺やレンなどは赤面している。
「いいか? 嫌いなやつを抱きしめる奴なんてこの世にいない。誰だって好きなやつは抱きしめたいもんなんだ」
 抱きしめたまま、シャノンは続ける。
「チオナ、チオナは母親に、こんな風に抱きしめられたことはないのか?」
 それを聞いた瞬間。チオナはさっきとは違う涙が止まらなくらいに溢れてきた。何故なら、チオナは母親の愛を確信できたからだ。
 泣き虫なチオナが泣いていると、いつだってこんな風に抱きしめてくれた母親を思い出す。あの行為は、チオナのことを愛しているという証明だったのだ。
「うぇぇぇぇぇぇん」
 雪色の世界の中、シャノンは泣いているチオナをいつまでも抱きしめていた。


「ねぇねぇチオナちゃん」
 チオナが泣き止み、シャノンから離れたところで、レンはチオナに声を掛ける。
「こういうの、好き? えいっ!」
 掛け声と共にチオナが座っているベンチの横に、うさぎの形をした氷が現れる。
「わ! 大好きですっ!!」
 それを見て興奮したように大声を上げたのは薺だった。
「あ……すいません。つい……うさぎ。大好きで」
 氷のうさぎに駆け寄ってそれを触っていた薺が、気が付いて言う。それを見てチオナを含む全員が楽しそうに笑った。
 うなだれる薺。その防寒着の袖をちょんちょんと引っ張って、チオナは言う。
「チオナもうさぎとか、クマとか……好き」
 嬉しそうに氷のうさぎを撫でながら言うチオナ。
「あ、そうだ。折角みんな知り合えたんだし、遊んだりしたく、ないかな?」
 レンの提案に薺、フェイファーが相槌を打つ。
「ふむ、それはいい考えだな。が、しかし」
 と、銀二。さらに続ける。
「ここにいると分からないかもしれないが、今はもう夜だ。チオナ君を心配している人だっている。今日のところはとりあえずその人達を安心させて、後日、今度は明るい太陽の下であらためて遊ぶのはどうだろうか?」
「あー。ここじゃあ外の様子もわかんねぇか。チオナ。この吹雪、解けるよな?」
 フェイファーは精霊を鎮めて公園の吹雪を消すことは出来たが、あえてチオナに言う。
「……うん、解いた」
 チオナがそう答えた後、フェイファーが指をパチンと鳴らすと、辺りは雪色の世界から夜の公園へと様相を変える。
「では、みんな都合のいい日を教えてくれ」
 銀二が一人一人聞いて回る。
「ぁ……いいの?」
 その銀二の行動に本当に遊んでくれるの? という意味を込めてチオナは言う。
「当たり前だよ。みんなと話していた時間は純粋に楽しかった。チオナ君もそうだろう?」
「えへへ。チオナちゃんはもう友達だよ。だから遊ぼうよ」
「うんうん。私も絶対に参加しますっ!」
「おっけー。みんなまとめて俺が遊んでやるぜー」
 思い思いに喋る中、シャノンがチオナに近づいて言う。
「チオナは一人じゃないことを理解してくれ。俺も見かけたら声を掛けるし、我儘を言ってくれても構わん」
「シャノン君。あとは君だ、二日後の昼からは空いているだろうか?」
「ふん。さぁな。仕事が入ればいかんぞ」
 そっけなく言うシャノンに、チオナがシャノンのスラックスを引っ張って言う。
「……シャノンも、来て?」
 その言葉に驚いた顔をして見せたシャノンだが、すぐに愉快そうに笑い始める。
「くっくっく。早速我儘か。大物だな、貴様は」
 言った後も笑いが収まらないらしく、そのまま続ける。
「ふふっ、いいだろう。仕事がきてもその時間は空けておこう。くっくっく」
「あ、それじゃあ私! お弁当作っていくのでみなさん昼食は食べないで来て下さい! チオナちゃんも一緒に作ろう?」
 張り切って言う薺。そして思い出したように付け加える。
「あ、実はチオナちゃんのホームステイ先。私の家なんだよ!」
 それを聞いて嬉しそうな顔をするチオナ。なんだかんだいって今からみんなと別れて知らない人の家に行くのは少しだけ抵抗があったのだ。
「よし、では俺とシャノン君は植村君のところへ報告にいくとする。フェイファー君。もう遅いから三人を宜しく頼む」
「おっけー。任せとけって」
 それを聞いて銀二とシャノンは公園を出て行く。
「楽しくなりそうだな。シャノン君」
 公園を抜けて、銀二はシャノンに言う。
「…………ふん」
 一方、公園内では二人を見送った後、みんなで帰ろうかという時に薺が叫ぶ。
「あー!」
 突然の叫び声に驚く薺以外。フェイファーが訊ねる。
「なんだあ。大声出して」
「すいませんフェイファーさん。レン君を送ってからチオナちゃんを私の家まで送ってきて貰えませんか? これ、私の家の住所です」
 早口で言ってから自分の家の住所をメモに書き、それを渡す。
「ん? 一緒にいかねぇの?」
 レンとチオナはきょとん顔で二人を見ている。
「あはは。実は夕食をまだ作ってなくって。下ごしらえは済んでるのですぐ出来ますけど! あ、出来るだけゆっくり歩いてきてください〜」
 そういい残して薺は公園を走り去っていく。


「あはっ。なんかお兄ちゃんになったみたい」
 星空の下、楽しそうに手を繋いで歩くレンとチオナ。その二人の数歩後ろを両手を頭の後ろで組んだフェイファーが歩く。
「チオナちゃんが起した吹雪あるよね? ボク、あれ見て故郷を思い出してさ。すごく嬉しかったんだよ」
「……ほんとう?」
 ニコニコしながら話しかけるレンに、チオナは自分がかけた迷惑を悔いるような顔で言う。
「うん。本当だよ。ボクの故郷があんな感じの吹雪が吹く国でね。懐かしくって、涙でちゃった。えへへ。ありがとう」
 思い出してまた涙が出そうになったレンだが、どうにか持ちこたえて笑顔で返す。
「よかった……」
 沢山の人に心配も迷惑もかけてしまったけど、一人でもこんなに喜んでくれた人がいたんだって、チオナは嬉しくなる。
「あ、もうすぐそこだから、ボク行くね!」
 言い終わる前に走り出すレン。チオナは小さく手を振っている。
「さって、後はこの住所の所に行くだけだけど」
 そう言ってフェイファーはチオナに近づくと、チオナを姫抱きする。
「ぁ……」
「ちょっと寄り道していこうぜ?」
 急なことに驚いて声を漏らしたチオナに、フェイファーはにっと笑いかけてそう言うと、背中にある四枚の翼でチオナを抱いたまま空を飛ぶ。
 そのままあちこちを案内するフェイファー。銀幕広場、市役所、映画館、カフェなどの上を飛び、その場所についての話をしていく。最初は怖がっていたチオナも、すぐに慣れて嬉しそうにはしゃぐ。
「案内するには昼間のほうが都合よかったけどさ」
 そう言ってグングンと上昇していくフェイファー。やがて銀幕市が一望できるくらいの高さになり。そこで停止して続きを言う。
「これは、夜のが見応えあるだろ?」
 それは銀幕市の夜景だった。よく言われる、宝石をばら撒いたとはまさにその通りで、様々な色の光が止まっていたり動いたり。お祭りだろうか? 光の道が出来ていたりと。瞬きする間にすら変わっていく幾千の光がそこにはあった。
「わぁ……きれい」
 夢中になって見ているチオナにフェイファーは優しく話しかける。
「この街も、住んでるやつらも。案外悪くねえだろ?」
 そう言って振り向いたチオナににっか、と笑いかける。
「……うん!」


「……それでね。羊のメーくんに乗ってね。あ……これ、出来た」
「あ、ありがとー。それじゃあ次はこの入れ物に、さっき一緒に作った料理を綺麗に入れていってくれるかな?」
 その日、三月家の台所は普段と少しだけ違っていた。
「へぇ〜。いいなぁ。私も羊に乗ってみたいなぁ」
 楽しそうに話しているのはチオナと薺。二人は自分の住む世界についてあれこれと話しながら大量のお弁当を作っていた。
「でも……この世界の、ぬいぐるみ? ふかふかの動物の。……あれ、すごく可愛い」
「あ、うん。そう。ぬいぐるみ。そっかぁ。神様の世界にはぬいぐるみ無いんだね」
「っと、あ! もうすぐ時間きちゃう!」
 時計を確認した薺が慌てたようにそう言う。
「できたよ……なずな」
 慌てたように冷蔵庫の扉を開け閉めしていた薺の袖を引っ張り、チオナが言う。
「あ、ほんと!? やった〜完成〜〜! それじゃあ準備していこっか」
 そしてお互い準備にかかる。薺は外に出る準備をしてから大きめのバスケットを引っ張り出して、それにお弁当を入れる。
「ばっくーん。どこー?」
 準備が出来た薺はバッキーのばっくんを呼ぶ。リビングのソファーでごろんとしていた筈なのに、今見ると居なくなっていたのだ。
「ぁ……」
 玄関の方からチオナの声がしたので行ってみると、ばっくんはそこでチオナにじゃれていた。
 いつの間にチオナに懐いたんだろう。と一瞬考えたが、楽しそうな顔に頭から飛んでいく。
「うん。それじゃあ出発ー!」
 チオナが薺の家に来てから二日。今日はみんなで遊ぶ日だった。


「まさか、貴様が一番先に来ているとはな」
 待ち合わせの公園に来たシャノンは、自分より先に来ていた銀二に向かって呟く。ちなみに、約束した時間はまだ二十分ほど先である。
「俺が組んだ予定だ。自分が遅刻するわけにはいかんからな。そういうシャノン君こそ、意外だな。フェイファー君とシャノン君がラスト二人だと思っていたが」
「しかし、俺が二番目でよかったな。くっくっ」
 銀二は無言で続きを促す。
「いやなに。二番目に来たのが王子様なんかじゃあ。誘拐にしか見えないと思ってな」
「…………」
 愉快そうに含み笑いするシャノンに銀二は苦笑する。
「あ、こんにちは!」
 やって来たのはレンだった。それを見てシャノンは露骨に笑い出す。
「え? あ、ボク。何か変なこと言いました?」
「いや、レドメ君のことじゃない。気にせんでいい」
 心配そうに言うレンに銀二が渋面で答える。
 約束の時間にさしかかろうという頃、薺とチオナが大きなバスケットを持って到着する。
「お待たせー!」
「こん、にちは……」
 荷物が重かったのか、肩で息をする薺と照れくさそうに言うチオナ。
「ふむ。予想通りにフェイファー君が遅刻か」
 そう銀二が呟いた時。チオナが大きな木の方を指差す。
「……あれ」
 フェイファーは大きな木の枝の上で寝ていた。
 フェイファーを起こし、六人は公園内でお弁当を広げて食事を始める。
「じゃーん!」
 食事中、薺は掛け声と共にデジカメを取り出した。
「これから、チオナちゃんの両親宛のビデオレターを撮りたいと思いますっ!」
 そう宣言して録画を始める薺。
「初めまして! チオナちゃんの友達の薺です!」
 色々喋ったあとに、薺は突然レンのほうにデジカメを向ける。
「はい次レン君」
「ふえっ!? ぼぼ、ボ、ボクっ!?」
 突然の指名に驚いて、慌てふためくレン。
「えと、はじ、はじ……」
「確かに、これは恥だな」
 すらっと言ったシャノンの言葉に全員が笑い出す。
「ふぇぇ……」
 レンは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いていた。
「ご馳走様」
「旨かったな」
 昼食を食べ終わった後、レンは持ってきたバッグをごそごそと探りカップを取り出す。
「カキ氷。いらない?」
「……かきご、おり?」
 首をかしげて返すチオナ。それを見て、レンは魔法でふんわり氷を出し、いちごのシロップをかけてスプーンを刺し、チオナに渡す。
「食べてみて。美味しいよ」
 レンが笑顔で渡すと、チオナも笑顔で受け取って口に運ぶ。
「わぁ、おいしい」
「俺も食ってみたいなそれ!」
「あ、私もいいかな?」
 フェイファーと薺もレンにカキ氷を作ってもらう。フェイファーは練乳にし、薺は練乳といちごを散々迷った末にいちごにした。
「銀二さんとシャノンさんも、どうですか?」
 レンがそう言うと、銀二とシャノンが顔を見合わせて、お互い苦笑する。
「ごほん。そうだな、すまないが練乳で頼む」
「俺はいちごだ」
「は〜い」


 その後、遊園地に行って映画館に行って。六人はそれぞれにはしゃいで、騒いで、楽しんだ。年も性別も種族も、何も関係ない。全員で笑いあうその姿は、まぎれもなく友達だった。
 夕方になり、そろそろお開きの時間となって、最初の公園に戻った。チオナが泣いていた公園だ。
「……あの。みんな、そ……の」
 さて解散。という時に、チオナが話し出す。夕焼けに染まるその身体は、震えていた。
 みんなそのことに気が付いたのだろう。誰一人ふざけることなく、真っ直ぐにチオナを見つめて聞いていた。
「その……色々と、あ……ふえっ」
 泣き出しそうになりながら、震えるその身体を勇めるようにぎゅっと強く目を瞑る。
「……あり、がとう」
 言うべき時は沢山あったのに、どうしても言えなかったその言葉。今更遅いかもしれないけど、どうしても伝えたくて、その言葉の後に続ける。
「チオナ……みんなのこと…………」


 楽しい時間はあっという間に過ぎ、気が付くとチオナが神様の世界に帰るときがやってきていた。
「チオナちゃーん。早くー」
 向こうの世界から一緒にやってきた友達がチオナを呼ぶ。友達がいるのはバスの様な形をした神様の世界の乗り物。それは向こうの世界へと向かう為に、今ここにある乗り物。それに乗ると、銀幕市とはさよならということになる。
 ぎゅっ。とチオナは一体のぬいぐるみを抱きしめる。
 別れ際に薺がくれたうさぎのぬいぐるみ。所々ほつれを縫った後があるのは、それは薺が大切にしてきた証だ。
「チーオーナーちゃーーん」
 あの時。ありがとうと口に出来たその後、本当に伝えたかった想いは結局口に出すことが出来なかった。
 ――だから。
 最後にチオナは、銀幕市に魔法をかけた。


「ううっ……ひっく……」
 薺は泣いていた。
 別れが来るのは分かっていた。自分はきっと泣くだろうなとも思っていた。だけど悲しいものはしょうがない。涙が出るのはしょうがないのだ。
「ひっ……うぅっ」
 ずっと慰めていてくれた居候も、今は距離を置いて心配そうに薺をちらちらと見ている。
 雪だ。居候のそんな声に、薺は顔をあげる。慌てて見た窓の外には、純白の雪が優しく降っていた。
 それを見た瞬間。薺は涙を拭って笑顔を作る。
 次から次へと涙が溢れてくるけど。
 悲しくて上手に笑顔になれてるか分からないけど。
「……うん。私もだよ」
 そう、優しい声で呟いた。
 居候が何してるの? と心配そうに言ったから、薺はこう答えた。
「だって、伝わったから。チオナちゃんの想いが」


 誰も居ない露天風呂。銀二はそこで湯船に浸かりながらチビチビと日本酒を飲んでいた。
「ふぅ」
 大きな仕事を終えた後、この露天風呂でこうして酒を飲むのが銀二の密かな楽しみでもあった。大した大きくない露天風呂の代わりに、予約を入れれば貸切で使えるのだ。
 そうしていると、銀二はふと、降ってきた雪に気が付く。
「露天風呂で雪見酒か……最高だな」
 ふっ、と笑みを浮かべて言う。
「ああ……」
 そして誰かに話しかけるように、銀二は続ける。
「最高だ」
 銀二の背中に彫られた灰色の日本狼が、同じく彫られた月に向かって吠えていた。


 長袖の服にフードまで被ったレンは、その日も日陰を選ぶように住宅街を歩いていた。
 お気に入りのカフェで大好物のパフェを食べた帰りだった。
 それなのに何故だか気分はぱっとしない。理由は分かっていた。
 ふっ、と雪の匂いと冷気を感じて立ち止まる。
「あはは。なんだかあの時と似てるね」
 そう呟いてフードから顔を出し、降ってきた雪に両手を広げる。
「……あれ?」
 こみ上げてきた想いに、涙が頬を伝う。
「この雪、あったかいや」
 降り続ける雪の中、レンはいつまでも両手に雪を感じていた。


 その時、シャノンは入った依頼の説明を受けていた。
「要は、襲ってくるやつらを殺してそいつを守ればいいんだろう?」
 長々と説明する依頼主に対し嫌気が差してシャノンは簡潔に言う。
「いや、一人で十分だ。それでいい。報酬は……」
 話も終盤に差し掛かった頃、窓の外に雪が降っているのをシャノンは見た。
「話は中断だ。雪が止んだら戻る」
 そういい残して立ち去る。依頼主が何か喋ってたが全て無視して窓を開け、その窓から隣のビルの屋上まで跳躍する。
 そして鉄柵に寄りかかり、空を見上げる。
「ふん。仕事がきても空ける約束だからな」
 そう、口元を緩めて優しく呟いた。


 雪が降り積もる蒼の世界を、フェイファーは病院の屋上から見ていた。
 いつも浮かべている口元の笑みも、その時は無く。無表情という言葉が相応しいくらいにぼんやりと佇んでいた。
 どのくらい経っただろうか、やがてフェイファーは口元に笑みを戻すと、目を閉じて何度か首を振る。
「さーってと。仕事でもすっかな」
 普段の彼を知るものなら、その言動に驚いたことだろう。ぐーたら天使のフェイファーの口からそんな台詞が出たことに。
 うーん。と伸びをした後、雪に負けないくらいに綺麗な白い翼を広げ、フェイファーは飛び立っていった。


 ――みんなのこと、大好き。

クリエイターコメントこんにちは。依戒アキラです。
これが初作品となりますが、精一杯書かせていただきました。如何でしたでしょうか?
ほんの一瞬だけでも、これを読んだ誰かが幸せを感じてくれたなら、私は嬉しく思います。

そして私のシナリオに参加して下さった5名の方々に、この場を借りて心よりお礼を申し上げます。
素敵なプレイング。本当に有難うございました。私の技量では活かしきれない部分もあったかと思いますが、どうか大目に見てやってください。頑張って成長していきますので。

作品に関してのご感想等ありましたら、是非是非お送りください。叱咤激励どんなことでも、私が作品を書く糧となりますので。

最後となりますが、私の作品を読んでくれた全ての方々に、感謝を。
公開日時2007-08-21(火) 21:00
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