★ Afterimage ★
クリエイター唄(wped6501)
管理番号144-4685 オファー日2008-09-13(土) 21:21
オファーPC DD(csrb3097) ムービースター 男 24歳 便利屋
<ノベル>

 硬質な靴の音を立てビル郡の合間を歩く。
 喧騒、銃声、音楽は既に金切り声でしかない。空気汚染すら、生物の肺に適応してしまったこの時代、酸素ボンベを売る会社は数十年前に次々と世間から姿を消していった。
 決して居心地が良いとは言い切れない、だからと言って今以上の環境が世界中のどこにあるのだろうか。
 そんな風に、DDの居る全ての視界が本来どういう場所なのかについて、今時子供ですら考えない幼稚とも言える考えを持てば、頬に生暖かい雫が飛んだ。
「……うぇ」
 自宅兼便利屋を営むビルへの道を歩む途中、頬にかかったのは魚が飛び散らせるような生臭い、血。とても人の物とは思えない、その臭いとは裏腹にちらと横目で見やった先には人の形に酷似した『誰か』が同じような『誰か』に覆い被さられている瞬間で。
(ひでぇなぁ、ありゃニコルの最新型だ)
 覆い被さった人間は己より下と見下した者にもう一度、ナイフを刺す。薄笑いの後、また数回刺し、返り血を啜る様な瞳で脳が最期の悲鳴を上げる相手の財布を文字通り、一生懸命捜していた。
「おい、兄ちゃん……」
「んん? あー、なんだ」
 この世の中では当たり前の光景を、DDは今至近距離で眺めている。
 一つの命が消え、対して中身の無い財布を取り上げる狂気の沙汰を、自らとは全く無縁な生命の血を浴びながらただ黙々と、瞳孔は開ききり口元からは涎にも似た粘液を垂らし続ける狂乱した者のナイフを眺めながら。
 そうしてふいに、DDの黄金色に赤く染まった狂乱の瞳がこちらへと牙を剥いてきた。金が足りないのか、財布が見つからなかったのか、そんな事はどうでも良い。
 DDは肩に掴みかかろうと伸びてくる常人より長い腕を軽く交わし、その手首を掴むと、身を屈め、相手の傾いた足に一撃をくれてやる。
 その間、無言にして刹那。街の喧騒が消える。
 なぎ倒した相手の身体は幾分か人間の皮膚より硬く、手首から肘に収納した刃で喉を掻き切るのにほんの少しだけ、力が必要だった。
「これ貰ってくわ、あんたにゃもう必要ねぇだろ」
 刃で二つに割れた傷口に指を入れながら、向かってきた生き物は死刑囚の如く、ただひたすらに生への執着を求め暗く沈んでいく眼と声にならない悲鳴を自らが殺した『何か』に縋りながら示している。
「あー、いいモン貰った、っと」
 DDの前で今日消えた命はいくつだろう。昼に起床して、食べる物が無いと出かけただけで死体という死体があちこちに投げ捨てられている。いずれもただの喧嘩か、金の取り合いか、さして変わらぬ事情で『殺される』羽目になったのだろう。無残ではあるが食事時に眺めていたい物ではない、それだけだ。時間が経てば名ばかりの治安部隊が処理にやってくる。つまり、この肉塊は生き物であろうとなかろうと他者からすればどうでも良い、歩く的という感覚が今この街全体に広まっていた。

 街に居る古い者はこう言う。
『数十年前は統率者が子供たちに教育の場を、無職の者には職を与えると馬鹿五月蝿く言っていたもんだ。 だがどうだ、そんなくそ真面目な統率者は住民選挙に選ばれた途端、妻をめった刺しにしちまった。 理由? くたばってた方が燃えるんだってよ』
 真実かどうかは分からない、一つ言える事は今、DDが自らを襲った者の命を奪った理由。命を奪う事に良心が痛まないわけではないがニコル社製のジャックナイフが気に入っただけであった。
 これは古い者達の間では高値で取引され、若い者達の間では持つ事でステータスにもなる。どちらもどうでも良かったがつまり。

 そういう事だ。

 ***

 住処に帰り、持ち帰ったナイフをデスクに放り投げ、科学合成物質で強引に作られたビニール袋を開き一言。
「解せねぇ……」
 中身は出来合いのナポリタンスパゲッティー、この時勢人間を雇う食品会社などある筈もなく、全てが機械管理された調理に包装は一寸の狂いも無かったが、DDはかつて『あった』国の国旗に似せたパッケージを開けた途端、整った眉を潜め暫し唸った。
 スパゲッティにミートソースをかけて食べる事を責めるわけではない。ここ数年の機械事情なら十分に理解して購入したつもりだ。ただ、出来合いとはいえどんな不真面目な人間よりも乱暴に物を扱う自販機に頼ったのがいけなかったか。
「ぐちゃぐちゃだ……なぁ、食うか? アーティ」
 そう言って言葉を上にした、黄金よりは鈍く光り色彩も暗い橙色の頭髪には小さな光が乗っている。ただの発光体よりは感情豊かに、DDが口にした言葉へ反応を示しているのか、直線的に数回飛び回った後、定位置とばかりに頭から肩へと滑り落ちる。
「見た目が悪いだけだぞ? しかしまぁ」
 見た目が全てか、DDはそう口にしてため息をついた。
 発光体、アーティ――アーテミシア――と呼ばれた物体は現代においての電子端末を持ったこれも『生物』の一固体である。どういう経緯で顔を持たぬ、空中を浮遊する物体が生まれたのか定かではなかったが、気づけばDDはこの電子妖精に名前をつけ、彼ないし彼女もそれを受け入れているようである。

「あら、お食事中? 間が悪かったかしら?」
 ミートソースよりは血をそのままかけたような食事に落胆し、腹の空き具合に諦めをつけたその時、艶かしいヒールの音がビルの一室に現れた。
「いや、丁度腹いっぱいになったところだ。 ――気持ち的にだが……何か用でもあんのか?」
「用がなきゃ、来ては駄目? 『甘ちゃん』のDDぼうや」
 自宅を兼ねているとはいえ、ビルの一室には柔らかい絨毯などという代物はない。ここに来る途中でもそんな物は一つもないと言うのに、いつも視界に入るまで気配の分からない女。
 柔らかい足の形が良く見えるジーンズに上はラフなシャツと、そこら中の男からすれば格好の餌食になろうものの、未だに彼女が襲われたという話は聞いた事が無く。
「ぼうやはやめろってんだろ、このオバハン。 ……で、メイリー。 今日の報酬はいくらだ?」
「あらいやだ! 依頼内容も聞かずに報酬の話?」
 大げさに肩を竦めて見せる。このメイリーという女はDDから見れば所謂、常連客だ。大抵はとびきりの難題を、最終的には金にならない依頼ばかりを持ってくるのだから、便利屋としては迷惑極まりない。
「そうねぇ……DDの今欲しいもの……。 でいいかしら? 良いわよね? アーティ?」
 DD本人から交渉成立のサインを貰えなければ、電子妖精にまで同意を求める。勿論、アーテミシアは主人の思考を汲み取ってくれるようではあったが、何故かメイリーの視線には弱いらしい。発光する身体を一瞬、閃光のように光らせたと思えばどこかへと隠れてしまう。
「欲しいもの、ねぇ……。 なんでもいいんだな?」
「さぁ? ぼうやの働きようによるわ」
 相棒の電子妖精が彼女を恐れているからと言って、別段DDが持ちかけられた依頼を請け負う必要は無い。が、何故だろう、メイリーという女が持ち寄る依頼内容はいつも聞くより先に。
「ま、いいだろ。 話してみな」
 報酬は必ず支払ってもらう。そう、付け加えてDDは二つ返事で了承してしまうのだ。女に弱いわけではない、弱みを握られているわけでもない、ただふいに微笑むブラウンの唇が昔見た女性を彷彿とさせるのだった。

 ***

『いい? よく聞いて頂戴、まず潜入でしくじらないコト。 今回はデータキューブの回収に回って欲しいから、商品を傷つけられちゃ困るのよ』
 依頼内容は簡潔にするならばメイリーの言葉通り。この街に点在する倉庫街を牛耳るマフィアへ近づき、データキューブを回収する事にある。
(こき使ってくれるぜ、俺にゃ内容も知らせねぇ癖してよ)
 左目でアーテミシアを確認すると、どう反応して良いのか分からないのだろう。柔らかな光は小さく光り、依頼品であるデータキューブの在り処を探っているようにも思えた。

 街にマフィアが存在する点はこれもDDにとって、そして世界の人間にとっては至極当然の事実である。
 現在の政治を動かしているのもそういった組織が暗躍しているからに過ぎなく、統治者は演劇で言う張りぼての如き存在であった。
 ただし、マフィアとはいえ規模の問題が生じている。倉庫街を牛耳る組織もなかなかに手広い事業を扱っているようではあったが、如何せん広げすぎた感は否めない。
(旧式の枷かよ……こんなんで今時人間が捕まんのかねぇ……?)
 壁は全て鋼鉄に埋め込まれた電子機器により、そこから伸びた鎖で人間を捉え監禁する仕組みになっている。
 所謂人身売買や奴隷、この付近で扱われる事業はそれであり、元は本部でない為、機械化された物は『あらゆる出来事に慣れた者』にとってはプラスティックの紐に繋がれた程度の感覚でしかなかった。
(ガセか? いや、あいつがいちいちガセなんて面倒なモン掴ませねぇだろ)
 事前にメイリーからこの倉庫街の何処かにデータキューブがあると情報を仕入れてきた。女の話は信用するなとはよく言ったものだが、依頼主との関係が長いせいか彼女が報酬以外にデマを仕入れてきた試しは無い。
「……アーティ、俺から離れて様子を見て――」
 言い終わる前に遮られた言葉を置いて、アーテミシアは素早く電子機器の隙間へと潜り込んでいった。
「おい、誰だテメェ……ここのモンじゃねぇなァ?」
 幸か不幸か、旧式である機械類は人の大きな足音をよく聞かせてくれる。
 人間が一人ならば、ただこの組織の『事業』に使われるだけだ。が、あらゆる電子機器をハッキングする事が出来るアーテミシアを連れていれば話は違う。働き蜂が仲間を呼ぶように大事になるのは必至なのだから。
「あー、わりぃ。 迷っちまった」
 勿論、大嘘である。
 人、異形の人間と言われる者達の中でも特に秀でた聴覚はアーテミシアを隠すだけの余裕を見せ、DDは同族である人間――異形の人間にはそれぞれ個性がある為、同じ者は存在する事は少なく男もまた筋肉にまみれた身体に両腕は狼を思わせる灰色の毛並みをしていた――へ、取り繕った笑みを投げかける。返ってくるのは、獲物を捉えた肉食獣の瞳。
「そうかァ、迷っちまったかァ……そりゃ、運が」
 悪かった、と男は言葉にする前に肉付きの良い足をDDに向かい走らせていた。純粋な獣との亜種なのだろう、異常な強さではなかったが見た目の体型とは違い足も速く、咄嗟に受身を取った身体は長い爪を持つ拳を食らい、いとも容易く地に転がった。
「随分……、熱烈な、かんげい」
 抜刀をしようか、銃を抜こうか、ふいに考えてその選択肢を消したDDは地に伏せった己の身体をそのまま投げ出しながら相手を見据える。
「ああ、歓迎してやるよ兄ちゃん。 便利屋なんて俺も良く聞いたもんだが、案外わりに合わないモンだなァ。 ま、これで一巻の終わりってこった甘ちゃんよォ」
 マフィアが占拠する建物とはいえ、見回り程度のする話にしては長すぎる。半ば飽きた声と単語を聞き流し、終わったその後に降って来る、腹部への蹴りに吐き気を催しながら、倒れた身体と共に意識を緩やかな波に任せてしまえば後は相手の思うが侭。
「流石にこいつァここじゃまずいなァ。 ランクAに突っ込んどくかァ」
 DDの胸倉を掴み、その顔を舐めるように凝視した男は一度、喉から低い笑い声を漏らすのだった。


 出荷される人間にはそれぞれランクがあると聞いた事がある。無論、聞いただけの話が本当であるかなどどうでも良いものではあったが、今思い出してみれば成る程。この街では中程度の機械管理がされた倉庫内、手足を二重に拘束された自らの首にはSと表示されたプレートが分かりやすく着けられている。

(ここらじゃコレが限界ってコトかね? 都合が良いっちゃ、いいが……)
 先に潜入した倉庫内で最後に聞いた男の言葉によれば、ランクの高い場所に自分は連れられた事になる。が、首についたダグにはS。基本的な商品基準で考えればSはAよりグレードが高い事になり、つまりこの界隈に巣食うマフィアは機能していてもボスの存在しない、言わば支店という事になるだろう。
「とりあえずだ、潜入成功ッと。 アーティ、居るか?」
 DDが捕らえられた場所は鋼鉄の扉で一個の個室を作っている。無論、監視カメラも存在しているだろうが声色を低くすれば問題はない。アーテミシアについてもそうだ、流石に『固定位置』につく事は出来ないだろうが、手足を捕らえていた鎖が自動的に外れると同時に、小さな光りは扉の端末前で光った。

「オーケーオーケー、ここの奴らがサボってくれてりゃいーんだが……さっさと終わらせようじゃねぇか」
 意識は完全に回復。元々DDの人ならざる身体が一時的なダメージを半減していたせいか、狸寝入りから覚めた気分も上々だ。起き上がるその時に腹部が『飯が欲しい』と訴える痛みには流石に参ったが。
「しっかし……」
 扉が開いてしまっては監視モニターからすれば一大事と取れるだろう。アーテミシアが作動させている端末を半ば強引に毟り取ると素早く監禁室から脱出する。
「依頼品はどうよ? っと、あー……ご丁寧に得物まで取られちまってるな、そっちと合わせて調べてみてくれ」
 毟り取った端末単体で動く筈は無く、あちらこちらとむき出しにされているケーブルを繋いでゆけばようやく、本格的な電子妖精の出番となる。通常の機械と違い、妖精という意識を持ったハッカーは物として評価するならば一級品だ。
「データキューブデータキューブ……と、おい随分ちっこいなァ」
 小さな画面には倉庫内の配置図が表示され、その管理室に依頼品はあるという結果が示された。データキューブと言うからにはそれ程大きな物は予想していなかったが、実際結果を見ると数センチ四方だろうか、丁度他組織と取引の予定までが取り付けられている。

「得物は奴らにぶん取られちまったし、奪回しながらってトコだろうな。 よし、ありがとよアーティ」
 出てきて良いと端末を叩けばDDを心配していたのだろうか、ふよふよと心もとない光りが辺りを漂う。
 電子妖精、ハッキングの腕前は一流だったとして、この相棒に欠点があるとすれば人間的な感情要素があるという事であろうか。
(ま、ありがてぇけどな)
 心配という考えを持たない人間と違い、これがアーテミシアを信頼する根拠なのだ。
 ふいに見据えた別の人間へと走り出す足の速さとは裏腹に、滑らかな橙色の髪で電子妖精を宥めつつも、DDは腕に内蔵された刃をもって監視者を切り伏せるのである。

 ***

 鮮血にと鈍い銀色が混ざる管理室はまさに凄惨な光景と言えた。
 初期にDDが潜入した倉庫とは違い、捕らえられた監禁室から連なる通路には幾人もの監視者が売り物の脱走を騒ぎ立てる。
(依頼品を壊しちゃいねぇだろうが、こりゃ面倒になってきたな……)
 監視の者が仲間を呼ぶ前に抹殺する。胸元を叩き切ったかと思えば、甲殻の一際硬い蹴りで首を跳ね飛ばす状況にも陥った。途中、満足げに本来自分が持っていた刀や銃を我が物として持ち歩く相手に対しては襲い掛かって来なかろうが奪い、またその命を奪った。
 景色の移り変わりなど無い、鋼鉄色の通路がDDの通る度に鮮血色に染まり、生き物独特の死臭を漂わせ始める。
「アーティ、セキュリティは解けたか? 長居はしたくねぇからな、取ったらさっさと行くぞ」
 DD自身も返り血にまみれ、白い肌の殆どが人の色を見せなくなった頃、辿り着いた先での厳重なシステム管理による依頼品。データキューブのブロック。アーテミシアがそれを無効にし、更にタワー型の上部から三センチ四方のそれが現れて十数分は経過しただろうか。通常からすれば早い依頼遂行だろうが、自身としては手間取り過ぎている。

(こんなちっせぇモンが欲しいっつーのがどうかしてるぜ)
 データなのだから何か良い情報が入っているのかもしれない、それについてメイリーは一言もDDに漏らす事は無かったが、奪った代物は街外れのゴミ処理場。見慣れた鉄くずの奥に彼女が指定した紙に包み投げ込め、そんな『よくある』取引方法を用いられている。もっと言うならばこちら側への報酬はアーテミシアが確認する段取りだ。

「あー……。 ホント、どうかしてやがる」

 倉庫街を脱出し、依頼品を指定の紙に包み懐にしまったと安堵していれば今回の依頼、実に面倒な状況になっていたらしい。監視者は出会い頭に消してきた筈が、監視モニターは『あの場』だけでなく、マフィア全体からの監視として置かれた物でもあったのだ。その証拠に、逃走経路である路地には無数の人間が、もっと悪い事に頭上からは。
(狙撃手じゃねぇか……こりゃ、留まってもいられねぇな)
 前方には普段見かける喧嘩の数十倍の人員がDDを狙い、襲い掛かる。一見、そんな中でたった一人の命を狙う事は難しいようにも思えるが、命の価値が低いと思い知らされる現代。獲物が居ると思われる方向に向かって無差別に狙撃手からの弾丸は降り注ぐ。
「おっと、悪いね」
 長身ではあるが細身の身体はこの状況下、上からの弾丸に多少強い。向かい来る歩兵の如き人だかりを縫い、藍色の刀は戦場に舞った。
「て、テメェッ!!」
 狙撃から逃れる為、盾にした何人もの人間は銃弾に倒れる寸前、何度も同じ言葉を吐いた。彼らの痛みは死の憎しみとして放たれた後、言葉はやがて激痛に変わり、DDが手を下さずとも辺りの激しさと共に薄らいでゆくだろう。
 しかしいくら避ける自信があったとして、この状況を続けるわけにはいかない。
(武器に銃器は使わねぇ……。 さっすが、働き蜂ってトコかここでドンパチすりゃ、手前も餌食だからな)
 狙撃手以外で銃を使う者はDDを目の前にした者のみだ。それ以外で狙う者がいたとすれば相当地上の仲間を減らしたいのだろう、減るという事はそれだけ自らの死も意味しているのだから。
 それでもマフィア側から支給された拳銃及び機関銃をさげ、ナイフや刃物で向かってくる戦闘は滑稽なものだ。嗅ぎ慣れた生臭い臭いをすり抜け、苦い笑みを零したDDはふと、目にとまった『ある物』を器用な手先で相手から奪うと。

 かちり。

 針金より少し太い鉄線で作られた旧式のスイッチを口で抜き取り、次の瞬間、群集の真ん中へと投げ、DDは向かい来る誰をも相手にせずひたすらに走った。
「おい、今何か飛ばなかったか?」
 地上戦に混ざった男の一人がそう言葉にし、それが自分達に支給された手榴弾だったと気付いた時には既に遅く、狙撃手の点在するビルもろとも轟音を立てて全てが完全に消え去ったのである。

 ***

(ったく、手間かけさせ過ぎなんだよ……これで報酬がゴミだったらただじゃおかねぇ)
 街外れのゴミ処理場、見納めとなる依頼品を最後に覗けば青く光る。よく眺めると美しい品であった。
『心配かしら? 安心して頂戴。 こっちはぼうやのお家にちゃあんと、届けておいたから』
 転がっている手短なジャンク品を通しアーテミシアから送られてくるメイリーの声にDDは不信感を抱きつつも、依頼品と同程度の鉄屑へ、紙くずとして投げる。
「こっちはオーケーだぜ、てかあんた依頼品の詳細なんて俺はまだ聞いてな……――」
 ぶつん。
 一方的にメイリーと自分を繋ぐジャンク品から音が消えた。これは確実に元が壊れているから切れたものではない、あの依頼主が勝手に切ったのだ。
「くっそ! ここでとっ捕まえてやろうかあンの女ッ!!」
 どんな商売をしていようが、欲しい物とくれば金と相場は決まっている。
 分かっていると思い手短に依頼内容を聞いて飛び出した事も原因し、その肝心な情報について聞く暇も無く通信が切れたのだから、報酬は置いたとアーテミシアが確認はしているらしいがどうせろくな物ではないだろう。
 捕まえ問いただしてやりたいが、だからと言って、この依頼品を取りに来るのがメイリーである保障も無い。『今欲しい物』単純だが乗ってしまった自分も悪い。

(ま、今回はこれで良しとすっか)

 そんなDDの言葉は相変わらずだと。以前誰とも思い出せない人物にそう、笑われた事もある。
 依頼が終わり、自分に降りかかった災難も終わった。この後はまた、のらりくらりとした生活を送れば良いのだ。
 こうしてまた一つ、こなした出来事に盛大なため息を吐き、帰路を辿るDDは矢張り、常連客の置き土産ないし依頼品を簡素な部屋で見つけた時、更に脱力する事だろう。

『ここの自販機は出来が悪いからそれで済ませようとしちゃ駄目よ、ぼうや』
 なかなか美しい書体で書かれた置手紙に、出来たてのナポリタンスパゲッティー。
 どう見ても手作り感のある遅い昼食と香りに、腹は盛大に鳴ったがDDは暫くメイリーの作った食事を眺めたままだったという。
 彼女の依頼を断れない理由。それはきっと、遠き日に見た母親を脳裏に浮かばせるからなのかもしれない。食した経験の無い手料理を眺める姿はほんの少し、闇夜の月に照らされ暖かく輝いていた。


END

クリエイターコメントDD様

始めまして、この度はプライベートノベルオファー有難う御座います。
初のプラノベ。そして映画内との設定のようで、性格から世界観全てにおいて捏造した風にもとれ気に入って頂けるかとても心配では御座いますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
改変可能とも御座いましたので各所、地味にストーリー軸を変えている所が御座いますがこちらも宜しかったでしょうか?
SFは特に好きなジャンルですので機械や街の情勢描写等、書いていてとても楽しませて頂きました。
様々な点について捏造しておりますが、これは駄目だったという描写等御座いましたら申し訳御座いません。
また、髪の色につきましては文体としてしっくりさせる為オレンジと書かずに橙色と表記しております。
この点につきましてはいけませんでしたらご一報頂ければと思います。

それでは、またシナリオなりプラノベでお会い出来る事を願いまして。

唄 拝
公開日時2008-09-17(水) 19:00
感想メールはこちらから