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<ノベル>
ブライム・デューンの鼻腔を、微かな匂いがくすぐった。その匂いに招かれるようにして彼は足を向けたテントの先には黒いスーツ姿のサムと、その傍らでは汗をだらだらと流しつつ大鍋をかきまぜている男たちがいた。
「これは」
「おう、なにしてるんだ」
ブライムとほぼ同時に声をあげた者がいた。ブライムが隣を見ると同じく匂いと、そして人の集まりに興味心をくすぐられたルドルフであった。
サムは現れた一人と一頭に引きつった笑みを浮かべた。
「闇鍋パーティです」
「闇鍋パーティ?」
「なんだいそりゃ。闇鍋? ジャパンの伝統ポトフかい」
ルドルフの問いにサムは曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
「これ、食べられるのか?」
「ええ、たぶん」
ブライムの問いにサムは答えた。そのとき、たぶんというところに思いっきり力をいれる。
「参加するのでしたら、自分の持っている食べ物を一つ出してもらうようになるんですが……それを鍋にいれて、みんなでつついて食べるんです。ちらしは、こちらですが」
サムは、この企画を勝手に立ち上げた上司が作り出した闇鍋パーティのご案内のチラシを差し出した。
必要な参加方法と、可愛い運動会のイラストが描かれているちらしをルドルフとブライムが覗き込む。
「面白い。俺にも一枚かませてくれ」
「食べ物をいれたらいいんだな」
「参加するんですか」
サムが一人と一頭に驚いた視線を向けた。
「面白そうだからな」
「食べ物なら害はないだろう」
危機感のない二人にサムは頷き、参加者用紙を差し出した。
「こちらに名前を書いてください……ブライムさんと、ルドルフさん……では、鍋の中に、食べ物を最低一品いれてくださいね。えー、生贄ではなくて、参加者お二人、ごあんないしまーす」
サムは二人を煮えたぎる鍋の傍に連れていった。
ぐつぐつと煮詰まっている鍋は、見た目だけでいえば、決してまずそうではない。むしろ、かつおの匂いがしてなんとも香ばしい。
「じゃあ、俺は」
ブライムが懐をまさぐった。その中には大量の隠してある食べ物がちらついたが、その中から彼は黄色いバナナを取り出した。
「皮は剥いたほうがいいか」
「当たり前です」
サムのつっこみにブライムは素直に従いバナナの皮を剥く。
「せっかくだ、バナナに旨みをつけるか」
バナナの皮を剥きつつブライムが鍋にかがみ込むと、するりと皮を剥かれていたバナナが、ぽちゃんと音を立てて鍋に落ちた。それに目を奪われたブライムの視線は鍋へと向いた。
「あっ」
「落ちちまったなぁ」
ルドルフが鍋を見て呟く。
「……すまん」
「え、なんですか、その間のあるお詫びは」
サムが困惑した顔でブライムに尋ねる。
「魔法が、バナナではなくて、鍋事態にかかった」
「えっ……!」
「おう、どういう効果があるんだ」
腕組をしてルドルフが言う。
「食べ物一つ、一つに。どれかの味覚が強く影響する。……ロシアンルーレット的な要素がくわわったと思えば問題ないだろう」
「へー。面白そうじゃねぇか。男は度胸だ、なぁサム」
「あ、ああ〜〜」
ルドルフは豪快に笑うのにサムはジーザスと呟き、天を仰いだ。
サムの横では、彼の上司が親指をぐっとたててブライムに輝かんばかりの笑顔を向けていた。ブライムは無言で頷き返した。
「よし、俺は好物のイネ草でも」
「ルドルフさん、それはよしましょう。せめて、せめて人が食べられるものにしましょう」
サムが慌ててルドルフを止めにはいる。これ以上鍋に変なものが投与されるのだけは避けなくてはいけない。
「いいんではないのかな。味を引き立てるぞ」
「上司!」
サムが叫ぶのに上司はにこりと笑っている。
「サム、これは市民との交流だ。些細なことで気にしちゃいかんぞ」
「些細なことですか! ルドルフさんも、せめて、人間も食べられる物をお願いします」
「しかたねぇなぁ。じゃあ、これだ。カワイ子ちゃんに振舞おうと持参した。ターキーだ。これだったら問題ないな」
「ええ、どうぞ」
上司がにこにこと笑ってルドルフを促す。
ぽちゃん。
ターキーが鍋の中に投げ込まれ、その周りを汗だくの男たちが詰め寄って鍋を一度かき回したあと、鍋の上に蓋がなされた。
「煮詰まるまで、しばし待つと。その間に皿と箸をどうぞ」
サムは用意してあった割り箸と紙皿をテントの中に用意してあったのをとりだして、ルドルフに差し出した。
「にしても、カワイ子ちゃんがいねぇなぁ。ヤローばかりか」
「そうですね。むさっくるしいですし、じゃあ、サム、女装しろ」
上司のとんでもないさらりとした一言にサムは思わず、ブライムに皿を渡そうとしていたので、彼を巻き込んでずっこけるところだったが、しっかりとブライムの腕がサムを支えた。
サムが振り向きざまに、ぎろりと上司を睨む。
「市民との交流だ、これも……なぜかテントのところに女物のスーツがあるのだよ。それで一つ是非ともこのパーティに箔をつけたまえ」
「……逃げ道がまるでないんですね」
サムは観念した。
事前に用意されていたとしか思わない女性物のスーツ。下はばっちりミニスカートである。
サムが着慣れない女服を着替えにテントの奥へと消えている間にルドルフは周囲を見回した。
隣にいるブライズは歓声があがっている出し物のほうに視線を向けている。
ちょうど人の視線が鍋から離れているのに、ルドルフはそっと持っていたウォッカの瓶を取り出すと、蓋をさっと開けると、豪快に液体を流し込んだ。
「ん? なにかしたか」
「なにもしてねぇぜ」
ブライムの問いに空になったウォッカの瓶を後ろに隠してルドルフはニヒルに微笑んだ。ふと顔をあげると、上司がぐっと親指をあげていた。ルドルフは口元をつりあげて、蹄を立て返した。
「すいません。お時間がかかってしまって」
奥のテントから、ようやく女装し終えたサムが現れた。ピンク色のスーツ、ミニスカート、さらにはハイヒールと動きにくさのオンパレードにサムはよろける。
「おおっ、目を細めてみれば、ボーイッシュなカワイ子ちゃんみえるぜ。刑事さんよ」
「すごく似合っているぞ。一目見れば女かと思うくらいには」
「お二人とも……ありがとうございます」
二人の嬉しくない感想にサムは力なく笑った。
「じゃあ、鍋の蓋を開けましょうか」
そっと鍋の蓋を開けると、ぐつぐつと煮詰まった鍋は湯気をたてて、かつおの濃い匂いが鼻腔をくすぐった。
「闇鍋のルールは、はじめに箸をいれて、掴んだ食べ物を責任もって食べるというものです。みなさん、覚悟はいいですね」
「おう、いっちょやるか。にしても何かがはいってるんだ」
「こちらで調査したのは、うつぼ丸々一匹、クッキー、だしにはかつお、ガム、俺のいれたバーガー、ルドルフさんのターキー、ブライムさんのバナナ、上司の高級肉」
「ガムは……ちょっといやだな」
ルドルフが眉間を寄せていう。
「そもそもトナカイって、そういうもの食べても平気でしたっけ?」
サムとしてはルドルフに、この鍋を食べて腹痛をおこされてはたまらないので一応言っておく。いや、何を食べても下手すると腹痛くらい起こしそうだが。
「雑食だ。問題ないぜ」
かっこよくルドルフが言い返す。ルドルフならば、なんだって美味しく召し上がってくれそうな男らしさをサムは見た。
「……そろそろいいか? サム」
箸と紙皿をもってスタンバイをしているブライムが待ちきれないように言う。
「待ってください。上司がいませんよ」
サムが参加者の一人であるはずの上司がいないのにはたと気がついて視線を向けると、上司がいたはずのところでは、そっと黒い猫のぬいぐるみが置かれていた。
『持ち病しゃっくりが発生したので、病院にいってきます』
かなり嘘くさい置手紙にサムはがくりと肩を落とした。
「逃げられた……」
「おう、刑事さん、はやくたべるぞ」
「まだか、サム」
二人に急かされてサムは逃げるタイミングを見事に失った。
それも捕らえられた宇宙人よろしく左右をはさまれてサムは観念した。
「では、いっせーのせ」
三人は、ほぼ同時に箸を鍋にいれた。
そして、出した。
「おっ」
「ん」
「あっ」
サムの箸には、黄色いバナナ。
ブライムの箸には、クッキー。
ルドルフの箸には、ガム。
「ルドルフさん、すばらしい引きのよさですね」
「やったな、ルドルフ」
サムが驚いた顔をし、ブライムが無表情で言う。
「くっ……食べればいいんだろう。食べれば、これを。俺も男だ。食うぜ! ふーふーふー。いくぜ、トナカイをなめんなよ!」
箸にしっかりつ掴んでしまったガムを見てルドルフは苦渋たる顔を作り言いながらも猫舌ならぬトナカイ舌のためにガムに息を吹きかけて冷ます。
「では、いただきます」
三人はほぼ同時に箸についた食べ物を口にいれた。
「っ……ば、バナナは甘いものなのに、なぜか、かつおの味がっ」
「……甘い。が、湿ってるな。これは」
「ん、噛めば噛むほどに意外とマイルドだぞ。このガム」
三人はもそもそと食べていく。
味と見た目にかなりギャップはあるが、幸いにも食べられないようなものではなかった。
バナナを食べているサムにブライムが視線を向けた。
「いい思い出になるな」
「かつお味のバナナは、あまり食べませんからね」
サムが苦笑いと共に言葉を返す。
「お前の上司は、こうやって思い出を作ってやりたかったんじゃないのか。部下たちが仕事で過労死しないためにも」
ブライムが誰かに告げるでもなく、囁くようにサムがバナナを根性で食べ終わらせて視線を向けた。
「ブライムさん」
なぜかサムがブライムに迫っていく。
「ん?」
ブライムが下がるとサムが寄っていく。一向に距離が開かない、むしろ、縮まっている。
「傍らでみるといい男ですね」
がしっとサムがブライムの手をとる。
「サム?」
「お優しいし、その凛々しい顔がなんとも」
「なんか酒臭いぞ、お前……なぜ」
「おお、俺がいれたウォッカが利いたようだな。やっぱり酒は欠かせないだろう」
そういいながら意外と美味しかったらしいルドルフがウォッカを片手に酒盛りを始めていた。その傍らには、いつの間にか上司がルドルフのコップに酒を注いでいた。すっかり大人のお楽しみモードである。
「ブライムさん、いい思い出を作りましょう。二人で」
「落ち着け、サム」
酔っ払ったサムの肩を押さえつけてブライムが声をあげる。
ぐつぐつと煮える鍋の傍でウォッカを飲むルドルフと上司が笑いながら、その様子を見ていた。
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クリエイターコメント | 今回は闇鍋パーティに参加、ありがとうございます。 神聖なるダイスの神さまと、ノリのよいお二人のおかげで、楽しかったです。 |
公開日時 | 2008-10-29(水) 22:10 |
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