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<ノベル>
〜密会〜
暗い室内に二つの影が蝋燭の明かりに照らされ浮かびあがる。
「そろそろあの二人を‥‥」
「おいおい、まだ時期尚早じゃないのかい?」
透き通るような少女の声と力強く低い声が影の動きに合わせ飛び交った。
「でも‥‥わたくし我慢できませんの‥‥いっそ、この手で‥‥」
ぐっとか細い手の影が握りこぶしを作る。
「だとしてもだ、タイミングが肝心だ。下手に動くと感づかれるぜ?」
太い影がワインを揺らし、面長の顔へと運び込んだ。
「それはわたくしに言い考えがございますの。おじさま手伝っていただけますか?」
「やれやれ、跳ね馬ちゃんにはかなわねぇな‥‥」
ブルルゥと獣のような声をだしたあと、二つの影はワインの入ったグラスを軽く合わせあうと飲みだす。
窓から見える町並みは嵐の前ぶりを予感でもしているのか静かに二人を見守っていた。
〜春眠、アオイを惑わす〜
桜の舞い散るなか、杵間神社の舞殿に一組の男女が見える。
雅楽の調べにあわせて荘厳な雰囲気が高まり、二人の末永い御多幸を祈念する神職の祝詞奏上、巫女による神楽舞の奉仕が始まった。
誰がどうみても結婚式である。
共に嬉し恥ずかしといった雰囲気で二人は頬を桜色に染めて盃を三三九度飲んだ。
誓いの詞
今、杵間の神のみ前に、
私たち結城元春と新倉アオイは結婚の
礼を行いました。
今よりのち私たちはお互いに全福の至情を捧げて相愛し、
相敬し、相信じ精励家業にいつくしみ、苦楽を共にして
終世かわることありません。
よってここに誓いの詞を‥‥。
「んなもん、するかー!」
がっしゃーんと机をアオイはひっくり返した。
「何だ、授業中に居眠りをしていたのになおかつ廊下に立たないというのか?」
「え‥‥!? 今の‥‥夢?」
こめかみに欠陥を浮かべている現代国語の教師(といっても外見は一昔前の体育教師そのもの)がにこやかに微笑んでアオイを見ている。
「授業中に居眠りをするな! 廊下に立っていろ!」
「ちょっと、センセー! 時代錯誤も甚だしいし、体罰だよっ!」
怒声を上げる現国教師にアオイが抗議をすると、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。
「きりーつ、礼、着セーキ」
学級委員が何事もなかったかのように挨拶をすると、騒動が一旦幕を閉じる。
「机を転がすなんて、昔のアニメのようですわね」
アオイの元に着て散らばった教科書などを広いながら北条レイラはくすくすと笑った。
「う、うるさいっ! アレはきっとレイラのせいだよ」
アオイはレイラに食ってかかる。
最近、学生の身でありながらムービースターと結婚したレイラの挙式にアオイも参加していた。
だから、あんな夢を‥‥夢を‥‥。
「見るわけあるかー!」
がっしゃーんと再びアオイは机をひっくり返した。
顔が真っ赤であるアオイの暴挙はクラスメイトの大半は「相変わらずツンデレだなぁ」となれたものである。
ムービースターと呼ばれる異能者がいる銀幕市ではこの程度のことは日常茶飯事だ。
もっとも、認められない大人も多数いるのだが‥‥。
「授業中に寝ていたと思っていたら暴挙にでるとは‥‥アオイ殿は腹でも減っているか?」
昼休み後の一回目の休みということもあってか、結城元春はアオイとレイラのやり取りを仲介するよう間に入ってきた。
「デリカシーないわね! もっと女心理解しなさいよ、堅物っ!」
「む、むぅ‥‥いつもながらに容赦ない‥‥しかし、それほど元気であれば一安心だ」
アオイが怒ると元春はたじろぐが、いつものアオイらしい姿にどこか安心したかのように頷く。
優しげ元春の顔が、夢に出てきた姿と重なり、体温がますます高まってきた。
夢に出てきたから、急に意識したんだと言い聞かせる。
元春の年は18らしいが、ムービースターであり出身世界と銀幕市の常識が異なることから高校一年に編入していた。
(なんで‥‥同じクラスなのよ‥‥)
今日という日ほど元春と同じクラスであることをアオイは悔やまずにはいられない。
「あら、もうすぐ次の授業が始まってしまいますわ。手早く片付けましょう」
レイラが時計を見て気づくも、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り出し二人は急いで机を元に戻し教科書などを拾い出すのだった。
〜ミッション・イン・パッシブ〜
「見守るだけというのも退屈なものだ」
一連の行動を眺めていたルドルフは腕時計を眺めた。
下校時刻まであと一時間。
レイラが行動を起こし、迎えにいくには十分時間があった。
「だが‥‥あれだな、跳ね馬ちゃんがじれったく感じるのも無理はないな」
双眼鏡で再びアオイ達のいる教室を眺めなおしてルドルフはふぅと息をつく。
今日眺めてみれば、アオイと元春は互いに意識しあっているようでもあるが後一歩距離が近づかない感じだ。
ルドルフの経験則からいっても、このままでは二人は平行線をたどるしかない。
「ボーイもワイルドキャットも機は熟しているのに収穫をしないと腐っちまうぜ」
銀幕市で張り込みの必需品といわれるアンパンを齧り、ルドルフは一人ぼやいた。
しかし、それでも外野が近づいていいものかと疑問にも思う。
ロミオとジュリエットのように障害があってこそ成就する愛もあれば、周囲が下手に盛り立てることで冷めてしまう恋もあるのだ。
「願わくば、これからやることが天使様の祝福を受けて欲しいものだ」
租借したアンパンをルドルフは牛乳で飲みほす。
その後、らしくないことを言った自分を笑う‥‥幸せを運んできたのは自分達だと思い出したのだ。
〜作戦開始〜
「あー、もー日誌なんてメンドクサイー! 何で、こんな古臭いことやっているのかワカンナイシー」
昼間の出来事を記憶の彼方にすっ飛ばしたアオイは放課後学級日誌と格闘していた。
「そなた字が汚いな‥‥名は体を表し、字は心を表すという。汚い字ではそなたの心の穢れが治らんぞ」
「うっさいな! 別にどうだっていいでしょ! いちいちアタシにつっかかんのやめてよね」
後ろから覗かれた元春に字の汚さを指摘されたアオイは口を尖らせながら仰け反る。
「俺はそなたの今後を心配してだ‥‥」
元春が途中で言葉を失った。
只でさえ短いアオイのスカートがすすっと動き、元春の目線からだとアオイのスカートの下のものが見えるか見えないかギリギリになっている。
「あたしの心配なんてしなくていいでしょっ‥‥保護者でも何でも無いんだから! 今日はあんたのせいで滅茶苦茶なんだからね!」
「お、俺はそなたの‥‥」
アオイが元春の心境など気づかないままありったけの言葉をぶつけていると、元春の体がドンという物音と共にアオイの方へ向かってきた。
元春がバランスを崩し、アオイにもたれかかってくる。
不意を付かれたアオイも対応できるはずなく、元春の体を背中で受け止めた。
バランスをとるためか元春の腕がアオイを包み込むように回され、しっかりと抱きしめる。
「くっつく切っ掛けを作ってあげたのですわ」
アオイが顔を真っ赤にしていると、元春の横顔の後ろに悪戯っぽい笑みを浮かべるレイラの姿が見えた。
「あとは若い二人にお任せしますわ。ごきげんよう」
レイラはアオイと視線が合いながらも恭しく礼をすると共に窓から飛び降りる。
この教室は2階でありムービースターでもないレイラが飛び降りたら、どうなるかアオイでも予想がついた。
でも、頭がそう思っていても体が動かない。
「ん‥‥俺は‥‥う、うわぁ!?」
元春が目を開けて、状況の整理にしばしかかった後、急に慌てだした。
「ぎゃー! は、離れろー! 痴漢! 変態! スケコマシ!」
アオイも元春の動揺で調子を戻したのかぎゃーぎゃーと叫び暴れる。
「離れる、離れるから落ち着け!」
「馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
夕暮れの教室で男女二人きりだというのに色気も何も無い光景がただ広がっていた。
〜見守る二人〜
「折角のお膳立ても無駄のようでしたわね」
「まぁ、こればっかりは仕方の無いことだ」
アンパンと牛乳で早めのディナーとばかりに食べあうレイラとルドルフはアオイのクラスを双眼鏡で眺める。
騒ぐだけ騒いだ二人は落ち着いて下校準備を始めていた。
物足りないと思う反面、これでこそこの二人だともいえる。
「出会いは運命的でも結びつくまでも勢いがあっちゃ、先が疲れてしまう。恋の駆け引きは長く楽しめ‥‥そういわれている気もするな」
「でも、少しは成果があったのかもしれませんわよ?」
ダンディに語るルドルフをつっつき、レイラは校庭を歩いていく二人を見せた。
元春がアオイに引っ張られる形ではあるが、二人は手をつなぎ帰路へと向かい始めている。
「一歩といえない前進だが、この後はじっくり見守った方がいいんじゃないのか?」
「まだですわ、きっと近いうちにゴールインさせてみせます」
「やれやれ、バンビちゃんにはかなわねぇな」
夕日を受けて伸びる元春とアオイの影が一つに重なるのを眺めながら、二人は静かにその場を去った。
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クリエイターコメント | 完成しました。
筆の進みが速く楽しかったです。 結末については今後の二人を期待する形でしめてみました。 ちょっとじれったいリプレイかもしれません。
これからの二人はどうなるのか楽しみにしつつ、筆をおこうと思います。
それでは運命の交錯するときまで、ごきげんよう |
公開日時 | 2009-04-09(木) 21:40 |
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