★ 気合と根性と岡持ち ★
クリエイターミミンドリ(wyfr8285)
管理番号328-7355 オファー日2009-04-03(金) 22:35
オファーPC クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
<ノベル>

【靴紐・カラス・黒猫=不吉】
 クラスメイトPは機嫌が良かった。
 爆風で乱れたりしていないブラウンの髪を揺らし、今日は眼鏡のヒビもなく、服も爆風に汚れることもなく、彼はとにかく上機嫌だった。
 なんたって今日は朝から不運な出来事が少ないのである。なにかあったと言えば、せいぜい靴紐が急に切れて転んだり、触れた途端電子レンジが爆発を起こしたり、黒猫の尻尾を踏みつけて思いっきり引っ掻かれた程度のことである。
 ――これでラッキーな方だというのだから、普段の不運ぶりが偲ばれるというものである。
 彼の頭上ではカラスが不吉な感じに鳴いていたが、クラスメイトPは気付かない。
「大安吉日を選んだ甲斐があったなぁ」
 そして今、クラスメイトPは【あの国】に向かっている途中である。
 うっかり返すことができなかった例のペンダントを先王に返却すべく、彼なりの綿密な下調べのもと何のイベントもない日を選び、かつ大安吉日に決行という念の入れよう。決行というと大袈裟かもしれないが、今まで【あの国】に訪れた時はいずれもイベントに巻き込まれてあまり無事ではなかったことを考えるとなんとなく納得できそうな気もする。
「あ、見えてきたよ山田さん」
 メカバッキーの山田さんががじがじと頭に噛みつくのを愛情表現だよね!と無理矢理ポジティブになりながら、Pは聳え立つ城門を見上げた。
 見上げた際にぽかーんと口が開くのはお約束である。

「しょおぐーん!昼飯が出ないってどーゆーコトですか!」
「俺らの昼飯がぁー!許すまじ!」
 そのころ、王城内食堂。
 そこには、午前の訓練が終わり泥と汗にまみれた兵士たちがひしめき合っていた。同じく泥と汗にまみれてはいるが兵士たちと比べると暑苦しさが7割減の将軍、ベオは兵士たちのブーイングを受けて肩を竦めた。
「仕方ねーだろ、料理長がデート行っちまったんだから」
「あ、それでナナキ将軍いないんですか」
 ナナキと料理長が恋仲なのは某大会の時に暴露されて久しい。しかし、料理長が抜けただけで城の厨房が動かなくなるものなのだろうかと思う者もいるかもしれないが、そこはそれ、料理人たちは我らが料理長の恋路を見守るべく、責任者に直訴してまで休みをもぎ取ってデバガメしに行っているらしい。
 ちなみに責任者は大将軍だったのだが、直訴の現場に居たベオはアイザックがあっさりと許可を出したことに頭痛がした。
(どーしてこう先王様といいアイザックさんといいあの狸ジジィといい)
 この国の重鎮はトラブルを手招くような輩ばっかなのだろうか。なぜ火消し役が年長組ではなくナナキやベオ、シークなどの若者組にまわってくるのだろうか。
(普通後始末っていうのは落ち着きを身につけた年齢の連中がやるモンだろが)
 兵士たちのブーイングを聞き流しながら、ベオは先王陛下と大将軍と左大臣の三者に落ち着きがあるかどうかを考えてみた。
「……腐るほどの余裕は持ち合わせてるがなぁ……落ち着き、ねぇ。あの三人から最も遠い言葉だよな」
「ベオ将軍!聞いてるんですか!」
「遠い目なんかしたって女は寄ってきませんよ!」
「死ねぇぇぇ!イケ面!」
「お前らこの間から俺に対して妙に殺意てんこ盛りじゃね」
「気のせいです!」
「そうです気のせいです!ずっと前からイケ面はDeath★って思ってました!」
「どっちにしろ殺意満天じゃねーか」
「ベオ将軍の憂鬱=イケ面の憂鬱なんてどーでもいいんです!」「そうだ!」俺たちの腹事情に比べればゴミだ!」「屑だ!」「むしろ奢れ!」「オ・ゴ・レ!!」「オ・ゴ・レ!!」「どこもかしこも忙しいつって出前断られるんですよ!?これはもう神の思し召し、将軍に奢ってもらえというお告げ!」「オ・ゴ・レ!!」「オ・ゴ・レェェェェァアアアア!!」
「そこ覚醒すんじゃねえ暑苦しい。花見の季節だからしゃーねーだろ、弁当屋は忙しい季節なんだよ」
「腹減ったぁぁぁ!!」
「メシはどこだゴルァァァァァ!!」
 腹を減らした兵士たちは、餓えた獣と同義である。普段食の楽しみを存分に謳歌している彼らの食に対する執着といったら、コーラを目の前にしたペプシ○ンよりも凄まじい。食事を抜かれることによる禁断症状は激しく、徐々に殺気立ち始め、最終的には兵士たちのほぼ全員がバーサーカー状態へ到達する。ただしこのバーサーカー、食べ物を持って近づかなければただの生ける屍なので割と無害である。
「夕メシはその分豪華だろうし、まぁそれまで我慢するこったな」
『え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』
「イイ年した野郎がえーとか言うな、女じゃあるまいし」
「そレダかラ女の子にもテナインデすヨー」
「んだとォォォ!将軍てめぇぇぇぇ!!」
「死ねやー!モテ男は死ねやァァァ!!」
「俺はなんも言ってねーだろが!?」
 どこかの誰かの発言が過日の騒動の名残に触れたせいか、別方向へ向けられたベクトルに暴動でも起きそうな険悪な雰囲気が漂う。八つ当たりという名の暴動が起きる前に逃亡しようかとベオが身構えた時。

「あっ!出前少年!」

 この瞬間に兵士たちの間に走った衝撃が皆さんにはお分かりだろうか。
 天上のファンファーレのごとく鳴り響いた「出前」の二文字に兵士たちはまさしく闘牛の大群と化した。

【左大臣=作為的人災】
 まず、クラスメイトPが城門を通過しトラブルに巻き込まれることなく食堂まで来られたのには理由がある。Pの一種天才的な事故遭遇率にかかれば、城門から一歩入った時点で地雷を踏んだり砲弾が飛んできたり馬に轢かれたり乱闘に巻き込まれたり、原因不明の崩落に巻き込まれたりする筈である。
 奇跡的にそれらの事故に遭わなかったのにはわけがあった。
 城門前で、クラスメイトPは孫と散歩中の左大臣に出会ったのである。
 左大臣と出会った時点で既にトラブルに巻き込まれていると言えなくもないが。
「ホホゥ、これはこれは」
 三つ編みにした真っ白な髭を手で扱いて、にまりと笑う。いかにも何か企んでますといった風なその笑みに思わず一歩引いたクラスメイトPだったが、もともと人が好く礼儀正しい彼、引け腰で挨拶をする。
「あ、こんにちは左大臣さ」
「出前少年ではないか!久しぶりじゃのぅ、よくまあここまで大きくなったのぅ、元気にしておったか?ワシは最近ぎっくり腰が再発してのぅ、動けんのでベオとかいう小童に背負ってもらっていたのじゃが、あ奴仕事があるからと逃げおっての、全く最近の若いモンは根性のない、人一人背負って仕事くらい出来んようではこの国の将来も危ぶまれると言うもんじゃ、そう思わんか出前少年よ?シークは呼んでも出てこんしのぅ、知らんぷり決め込んでおるのじゃよ、ふふふ来月のあ奴の給料が楽しみじゃが、近場の兵士に頼むと皆土下座して勘弁してくださいと言うので給料カットで済ませてやったらの、鬼と叫んで泣くので恨むなら将軍を恨めと吹き込んでおいたわい、その内天罰が下るかも知れぬのぅベオ将軍ふぉっふぉっふぉ、それにの、この間タルトなる菓子を買ってこようとナナキ殿下に頼んだのじゃが全く最近の若いモンは根性が」
 おばちゃん顔負けでまくしたてる左大臣の肺機能は一体どうなっているのか、すみません息継ぎはいつしているんですかと尋ねたい勢いである。ツッコミどころがたくさんありすぎてどこから突っ込んでいいのか分からない相変わらずの左大臣に、クラスメイトPは元気そうだなぁ良かった良かったと良い点だけ見ることにした。なかなかスルースキルの発達しないクラスメイトPだが、どう反応すればいいのか分からなくてスルーというのなら若干できなくもない。
 しかし、左大臣の孫、『孫ッ!!』と書かれたゼッケンをつけて山田さんと取っ組みあっている幼児。この少年、左大臣が井戸端会議に集うオバチャンよろしく喋りまくっている間にクラスメイトPの体によじ登り、かっと目を見開いて「まっちょじゃない!」と叫んだ挙句、Pの頭に乗っていた山田さんに目をつけたらしい。
 今もクラスメイトPの服をしっかと掴んで山田さんとPの頭の上の座をかけて噛みつき合っている。Pは僕の頭の上って争うような場所なのかなと思いながらなんとか二人を宥めようとするが、視線を逸らすと「こりゃ、老人の話はきちんと聞かんか!教訓というものはこういう所から受け取ってゆくもんなんじゃぞ、大体最近の若いモンは(以下略)」と左大臣に叱られ、人の好いPはそれをきちんと聞いてしまい、結果彼は山田さんと左大臣孫の猛攻によりボロボロになってゆくのを甘受することしかできず、眼鏡を守るので精いっぱいだった。
 ちなみに今一番の教訓は、左大臣に出会ったらなるべく素早くその場から立ち去ることであろう。
 幼児にまっちょじゃないと叫ばれ男として何か哀しくなったような気がしたPだったが、Pの頭頂部の座を見事山田さんが勝ち取った頃には男の一生の友達がひと束くらい毟り取られていた。
「将来、ハゲないといいな……」
 涙をこらえながらつるっとした左大臣の額を見てうっかり呟くと、渋々自分の陣地に戻った孫をあやしていた左大臣の目がキラリと光る。
「ォホン、そういえば出前少年は何用で来たのかね?観光かの?」
 千切れて飛んだボタンを悲しい気持ちで見つめていたPは、嵐に遭ったかのようにくしゃくしゃになってしまった頭を掻きながら、ポケットから小さな包みを取り出す。
 ようやく本題である。
「えっと、これを返しに来たんですけど」
 Pが包みを差し出すと、左大臣が興味しんしんに乗り出してくる。背の小さい孫がぴょんぴょん飛び跳ねてその包みを覗こうとするのを抱き上げてやって、Pは顎に手をやる左大臣に視線を戻した。
「ほう?」
 左大臣の手が遠慮なく包みに伸びて、中身を取り出す。中から現れたペンダントを摘み、細かい細工を矯めつ眇めつ日に透かして見る。
「それを先王さんに返しに来たんですけど……」
 左大臣の動きが止まった。
「今、どこに居るか知ってますか?」
 そそくさとペンダントを包みの中に戻し、孫を抱いて距離をとった左大臣は胡散臭いほどの笑顔で「儂は知らんのぉ」とほざいた。その目がちらちらと城門の上の方を見ているのは気のせいだろうか。地面に映る城門の影、その上で大きな影が動いているのは……?
「まぁ、ベオ将軍なら知っておるかもしれんのぅ。今食堂にいるから案内しようぞ」
「あ、ありがとうございますー!」
 城内で一人でうろついたら絶対に迷子になると自分の体質を省みて確信していたPは、その天の助けとも言える申し出にぱっと笑顔になった。左大臣さん、結構いい人かもなぁ、という気持ちまで湧いてくるが、実際いい人なのかどうかは左大臣の笑みをよく見て判断した方が良いと思われる。
 孫がもの言いたげに見上げてくるのをウィンクで黙らせた左大臣は、門兵に声をかけてさっさと中に入っていく。
「あ、待ってくださ……あてッ」
 クラスメイトPは何もないところで躓いて顔面から地面と仲良くなったりしながら、慌てて左大臣を追いかけた。

「ここが食堂じゃ。あとはベオ将軍にでも聞くと良い」
「あ、どうもありがとうございました!おかげで迷子にならなくて済みました」
 この広い城内、一人で入ったら絶対迷子になる確信のあるPの言葉は妙に真実味があった。彼は決して方向音痴ではないが、不幸を呼び込む体質なのだから迷子にならない確率の方が少ないのである。むしろ迷子にならなかったら、その分割り増しになった不幸が訪れそうで逆に怖い。
「わ……」
 Pは食堂を覗いて感嘆の声を上げた。
 広い。
 100m走が行えそうなほどの奥行きと開放感溢れる高い天井、大きなステンドグラスがふんだんに光を取り込み、石造りの建物の中だというのに申し分なく明るい。並べられたテーブルと椅子には所狭しと兵士たちが座り、その大方はたった今外から帰ってきたかのように土埃で汚れている。椅子が足りずあぶれた兵士たちは床に胡坐をかいてカードゲームに興じていた。
 その中で、一際兵士たちが集まっている一角に目をやると、汚れてはいるが上等の衣装を着た青年が椅子に腰かけて、面倒そうに何事か捲し立てる兵士たちの相手をしている。
 見覚えのある顔に、クラスメイトPが食堂の中に足を踏み入れると。

「あっ!出前少年!」

 いったい誰が叫んだのか、そんな声が聞こえたと思った瞬間クラスメイトPは筋肉の群れに呑み込まれていた。


「おじじ、お昼に食堂に行くなってこういうことだったん?」
「そうじゃのぅ、『孫ゼッケン』でワシの孫に手を出したらゴニョゴニョということは主張してあるがのぅ、万が一ということもあるからのぅ。ワシの恐怖もまだまだ、食欲には勝てんからの。先王陛下の恐怖にはまだまだ敵わんわい」
「おじじぃ、せんおうへーかって、どこにいるか誰もしらないんじゃなかったん?べおって人は知ってるん?」
「ベオ将軍も知らんじゃろうのぅ。先王陛下は探せば探すほど見つからない、天邪鬼な方だからの」
 孫の手を引きながら、左大臣はほっほっほと笑った。


【生還せよ!】

「あっ!出前少年!」

 クラスメイトPはその声が響いた途端、兵士たちが修羅と化すのを目撃した。手に持っていたカードを放り投げ、椅子を蹴飛ばし、兵士たちが恐ろしい勢いでPに迫る。
「ええええええちょっ、うわぁぁぁ近っ、近い?!あわあああああああ!?」
 ぐわぁっと胸倉を掴み上げられ、周り中から食欲に踊らされた怒鳴り声が降り注ぐ。そのほぼ全てが食べ物の名前をひたすらに叫んでいると知って、クラスメイトPは切実に聖徳太子のスキルを習得したくなった。
「出前出前出前出前出前出前出前出前出前だとぉぉぉ!?」「肉!肉ゥー!」「カツ丼プリィィーズ!」「テンプラ!テンプーラ!」「から揚げ弁当100個ォ!」「スシ!寿司だぁぁぁ!スシはどこだ!」「ボルシチ!ボルシチ食わせろぉぉ!」「メシぃぃぃ!メシやあぁぁぁ!」「焼き肉ぁ!」「フライドチキン!山盛りぃぃぃぃぃぃぃ」「ピザよこせぇぇい!ピザ!6枚だけでいい!」「鳥重!」「親子丼!」「お好み焼き20枚頼むぅう!」「ウドンだ!麺を食わせろォい!」
「つ、九十九軒はラーメン屋で」
 なんとか聞き取った部分からその答えを返すと、クラスメイトPはぼとっと地面に落されて再び兵士たちの頭上に放り上げられた。
「ラーメン!」「ラーメン!?」「ラーメンだと!」「ラァァァァァァメェェェェン!」「タンタンメーン!」「俺は知っている、知っているぞラーメンという食い物を!」「あっつあっつゥゥゥ!」「豚骨!トンコツ注文オッケイ!?」「ショーユラーメン食いてぇぇぇ」「ギョーザ50人前届けてくれえぇぇ」「10秒以内で!」「いや5秒で!」「いやいや0.3秒に決まってんだろ!」「お前ら馬鹿かァァァ!0.00001秒以内に決まってんだろうがァァァ!」「そうか!」「なるほどナットク!」「俺たちはバカだった!」「カレーは!カレーはあるのか!?」「それくらい自分で作れやァ!」「白米!ライスは銀シャリは!?」「塩ラーメンこそラーメンの最高峰なのだよ諸君フハッ」「俺もとんこつゥ!」「味噌はあるのか!?」「五目ラーメンってあるか!?あるよな!?」「なかったら探しに行くぞ兄弟!そう、この世の果てまでな!」「応さァ!」「俺たちはどこまでも一緒だぜ!そう、胃袋の中までな!」「ジョニィィィ!」「マイケルゥゥゥ!」「注文のない奴は消えやがれィ!」「メシだ!俺たちは常に飯を求めている!」「諸君、俺は飯が大好きだ!」「カニチャーハンのない中華料理屋なんてぇぇ!」「ラーメン屋だよ!」「チャーシューメン!肉だ!肉をたっぷり!」「メンマたっぷりで!」「メシを!俺たちは一心不乱の飯時を待っている!」
「お、覚えきれなっアダダダッ!?」
 もみくちゃにされながらなんとかケータイを取り出そうとするPだが、取り出した瞬間に押され飛ばされ落され、数々の災害を共に乗り越えた愛機は手を離れて宙に飛ぶ。
「あっ」
 更に踏まれ、
「ちょっ」
 噛まれる。
「って山田さーん!?それ食べちゃ駄目ぇぇぇ!?ペッしなさい、ペッ!」
 あっちこっち引っ張り回されて耳元で怒鳴られ、空腹で我を忘れた兵士たちに胴上げされ落され放り投げられ吊り上げられ、意識が薄れていくのを感じながらPは眼鏡は無事だといいな……と物悲しい気持ちになった。


【将軍=世話役】
「おーい、大丈夫かー?」
 ひらひらと頭の上で振られる手と落ちてくる声に、クラスメイトPは既視観を覚えながら意識を取り戻した。なんだか前にもこうして起こされたような気が……?
「あれ……?山田さん、喋れたっけ……」
 視界一杯に山田さんのメタリックな口が映り、クラスメイトPはそう漏らした。
「って、痛っ!?ちょ山田さん!?なんで僕の顔面に噛みついてるの!?前が見えな、い……っ!!」
 山田さんを剥がそうとしてふらふら立ち上がったPはお約束通り何かに躓いてコケて、倒れそうになるのを思いきり後ろに反って阻止したところ後頭部を壁にぶつけて蹲った。
「……絵に描いたような不運さだよな、相変わらず」
 呆れたような声がして、山田さんがベリッと剥がされた。
「あ、ベオさん!」
「よう、出前少年。随分タイミングの悪い時に来たもんだな」
 呆れたような同情したような表情を隠さないベオの後ろでは、兵士たちが食堂の床で腕立て伏せと腹筋をしていて暑苦しいことこの上ない。ほとんど全ての兵が床で運動をしている光景は一種圧倒的な眺めであったが、ベオは気にした様子もない。Pの視線に気づいて振り返り、怠けている兵士を見つけて「サボんな!」と怒鳴ってからPに向き直る。
「あー、あいつらは気にすんな。食堂で騒動起こした罰だ」
 騒動の引き金というか、一端でもあるPはなんだか申し訳ない気持ちになったが、Pを見る兵士たちの顔にことごとく「飯飯メシメシ」と書いてあるのに気づき、出前魂がいらん情熱を燃やし始めた。実際に「メシメシメシメシメシ」と呪詛のように呟く兵士たちもいて、食欲にギラリと光る目はちょっとしたホラーだ。
「あっ、あの、出前をしますから、皆さんのご注文を」
「ストップ!動くなてめぇら!」
 Pの言葉を遮ってベオが怒鳴った。見ると、腕立て伏せをしていた兵士たちのほとんどが今にも走り出しそうな体勢でぴたりと静止している。クラウチングスタートの体勢をとる兵士もおり、イノシシのように鼻息荒くPに狙いをつけている。なんというか、まさに獣である。
「あのな、下手な事言うとまたボロボロにされんぞ」
「うっ……すみません」
 注文も聞き取れない先ほどの狂乱を思い出したPは一瞬つまったが、火のついた彼の出前魂はそう簡単にはおさまらない。
「じゃあ、順番に注文を言ってもらえます……か」
 兵士たちの目がカカッと光ってじりじりと動き出そうとする。
「自分でメシ食いに行った奴らはともかく、ここにいる連中だけで100人近いぜ。注文全部覚えきれんのか?」
「ケータイがあれば大丈夫……?です、たぶん!」
「よし野郎どもケータイを探せぇぇぇ!」「ケータイ!ケータイってなんだ!?」「バッカお前小さい機械だよ馬鹿!」「バカって二回言ったかてめェ!?」「小さい機械だ!」「小さい機械を探せ!」「手のひらサイズだ!」「俺たちのメシがかかっている!」「ケータイはどこだァァァ!」「ケーターイ!どこだァァァ!返事しろー!」「K鯛?」「どんな鯛だよ」「何!?鯛を探すの!?」「機械で出来た小さな鯛だと!?」「てめぇらぁぁ!鯛を探せェい!」
「てめーら鯛じゃなくて携帯電話探すんだからな?」
 脱線し始めた兵士たちの伝言ゲームをベオが修正する。小さな機械を探すてんやわんやの騒ぎは、数分で終了した。
「あっ、それです!どうも!」
 紆余曲折を経てようやく運命の再会を果たしたケータイを握りしめ、Pはパカッと音をさせてケータイを開いた。
「あ、壊れてない……!よかった……」

 プツッ

 ……。
 ……。……?
 …………!!
「電……池、切、れ……?」
 クラスメイトPは、自分の口から零れる思考が死滅したかのような声を聞いた。

「この世の無常というものを垣間見た気がしました」
 のちにこの時を振り返ったクラスメイトPはそう語ったという。


【根性でいけ】
 注文過多、ケータイは電池切れ、徒歩、おまけに九十九軒の親仁さんは夕方から“親父の会”なる詳細不明の会にでるため不在。
 これらのことから纏めるに、クラスメイトPはなるべく早く注文を覚えてなるべく早く九十九軒へ帰りなるべく早く注文の品を持って行き来しなければならない。思わず頭を抱えて座り込みたい衝動に駆られたPだったが、ここで諦めるわけにはいかない。
「おい、無理なら別に」
「や、やります!出前は根性です!ちゅ注文を……」
 物凄く悲壮な顔をしていたのかベオが声をかけてくるが、ここは引くわけにはいかない。きっと僕の出前魂が試されているんだ……!と、兵士たちに影響でもされたのだろうかという熱血な思考が彼の中に広がる。
「いや本当に大丈夫か?」
「大丈夫です!き、気合いで……!」
 ぐっと拳を握り締めるPを若干不安そうに見て、ベオは「整列!」と兵士たちに声をかけた。
 それからが大変だった。
 兵士たちが一人一人注文を言っていくのをしっかりと記憶しなければならない。
「え、ぇーと、チャーシューメンが45、醤油ラーメンが14、豚骨ラーメンが22、ギョウザが36人前、味噌ラーメンが4つ、塩ラーメンが……」
 頭がこんがらがりそうになりながらなんとか覚えようとするPの姿を心配そうに眺めて、ベオがシークを呼ぶ。どこからともなく現れた黒尽くめの隠密部隊隊長は、ベオと似たり寄ったりの表情をしていた。
「あれ、手伝ってやってくんねぇか?どうもこう、見てると危なっかしいつか……」
「……確かに。暇な部下にも手伝わせましょう」
 ちなみに、きちんとメモをとってはいるのだが、九十九軒に行くまでに無くす気配がぷんぷんするので気合で覚えようとしているPだった。

「とんこつ25、醤油17、チャーシュー53、ギョウザ67、味噌……」
 念仏の如く注文を唱えて忘れないようにしているクラスメイトPは、山田さんに噛みつかれても気付かない。
「騒がしい」
「先王陛下!?」
「ほぉ?……面白い、付き合ってやろう」
 だから、本来の目的である先王陛下が現れてPをバイクの後ろに乗せてくれても、集中したまま気付かなかった。風に煽られた先王陛下の髪が顔面にぶつかっても気付かなかった。シークがそれを見て代わりに痛そうな顔をした。
「親父さーん!とんこつ25、醤油17、チャーシュー53、ギョウザ67、味噌9、塩5、チャーハン26!出前入りましたぁ!」
「豪勢な客だな、任せとけィ!」
 威勢のいい返事をした店主が次々とラーメンを作り、クラスメイトPはそれを岡持ちに入れて自転車に跨る。ちなみにPの後ろでは、隠密部隊隊長が頭と腕に合計7つのラーメンを乗せていたのだが、そのある意味見物な光景にPが気づくことはなかった。
「こちらの方が速い」
 Pの襟首を捕まえてバイクの後ろに乗せると、法定速度ギリギリの速度で道路を突っ走っていく。その後ろからは7つのラーメンを持った黒尽くめが追従しており物凄く目立っていたが、クラスメイトPはそれに気付かず、先王は気付いてはいたが全く気にせず、シークは人並みの羞恥心を持っていたが速度を保ったままラーメンを運ぶのに集中しておりそれどころではなかった。一応覆面をしていたのがささやかな抵抗だったのだろうが、一行の怪しさが倍加したのはいうまでもない。
 だがそれはそれ、さすがは銀幕市、同じ行程を何度も繰り返すうちに道行く人はそれほど気にしなくなり、奇異の目で見る人もほとんどいなくなった。
 毎日コスプレよりも凄い様相の人物たちが様々な騒ぎを起こす場所である。危険でないと分かれば、住人もそれほど注意を払わない。
 余談だが、後日手伝った隠密部隊員がこのラーメン運びにハマり、某ラーメン屋にバイトを申し込みに行った時のセリフは「隊長のようにラーメンを7つ持ってバイクを追い抜いてみたいです!」だったという。それを聞いて隊長は胃痛を覚えたとか、なんとか。


【クラスメイトP=天才的なタイミングの悪さ】
「こ……れで、ラスト―――!」
 最後のラーメンを運び終わった瞬間、クラスメイトPはレベルが上がる効果音の幻聴を聞いた気がした。やり遂げた漢の顔をしたPは、岡持ちを天に突き上げて凱歌を上げる。
「ご苦労さん、よくやったな出前少年」
 ベオが労いの言葉をかけるのへ爽やかな笑顔を返しつつ、クラスメイトPはシークに頭を下げた。途中でラーメンをこぼしそうになった際、シークが器用にも肩で支えてくれたのである。その時にシークがラーメンを7つ持っているのに気づいて感動したPだったが、シークが後に語ったところによると穴があったら隠れたい心境だったという。
「ありがとうございました、シークさん!凄かったです、本当に助かりました!」
 目を輝かせたクラスメイトPが純粋な賛辞の言葉を贈るのが、何と言うか、一番ダメージだったシークだが、基本人が良く苦労人な彼は「いえ、気にしないで下さい」と疲れた笑顔を浮かべて最後まで手伝っていたのだった。
「そういや、結局何しに来てたんだ?」
 「美味い!美味いよかーちゃん!」「天国だ!」「ラーメンうめぇぇぇぇ」「ギョーザのタレこっちよこせ!」「あっ馬鹿それは俺のだ!」「んだコラァやるかァァ!」「俺が勝ったら最後のギョーザは俺のもんだぁぁ!」と騒ぐ兵士たちにラー油を投げて黙らせながら、ベオがお代を計算しているPに問いかける。
「え?あ、はい、先王さんにペンダント……ってああ!?」
 そういえばさっき先王さんいましたよね!?と慌てて周囲を見回すPだが、既に先王の姿はどこにもない。
 クラスメイトPは気付いていなかったが、ラストを叫んだ時にはその場にいたのだから、タッチの差と言うべきか。つくづくタイミングが悪い。
 ギョウザの取り合いで取っ組み合いを始める兵士たちの投げた箸が頭上に落ちてくるのを避けながらきょろきょろと視線を巡らせるが、やはりどこにも見つけられず、クラスメイトPはため息をついて後頭部からラーメンの汁をかぶった。
「あっちっっ!?あつ、あつっ!な、何!?」
 ギョウザの取り合いが大乱闘にまで発展した食堂では、ラーメンのお椀が飛び交い、ギョウザが飛び交い、チャーシューが飛び交い、それを箸で掴む腕があり、直接食べに行く口があり、争う箸があり。
 実はこの連中、食事のたびにおかずのとり合いで大乱闘を起こしている。大人げないことこの上なかったが、この国の連中は大方がこんな家庭で育ちこんな家庭を作るのだから、最早お国柄とでも言うべきかもしれない。
 ちなみに、おかずを一品でも落とすと料理長の雷が落ちるため、たとえ宙を飛んでいてもおかずが地面に落ちることは滅多にない。必ず誰かの胃におさまるのだから、ある意味凄いことなのかもしれない。
「先王さーん!?」
「兵士が騒いでる時は先王様はいねぇよ、先王様がいる時はおっそろしいほど静かだからな、ヤツら」
 食事時の大乱闘には慣れっこのベオが自分の分のラーメンとギョウザを確保しながら答える。おかずを巡っての乱闘は処罰対象に入らないらしい、自分のギョウザに手を伸ばす兵士を見つけては近くに飛んできた皿や箸を武器にして撃退している。
「うぅ、じゃあ外に探しに行ってきます……!」
 このままここに居たら絶対に巻き込まれる。今現在巻き込まれていないことが奇跡なクラスメイトPは、入口に向かって駆け出した。
「たっ、いたっ!ラー油の瓶は投げないでくださぁーい!うわぁぁぁん山田さーんラー油が目に沁みるよ……!」
 皿や箸や椅子や汁に襲撃されながら、なんとか入口に辿り着く。
 メンマの引っかかったドアノブを掴もうとした瞬間。
「……ティさンぶツかルぶツかルぶツか、キャ――――!?」
 まさかこんなタイミングで。Pの脳裏に既に慣れ親しんだ嫌な予感が走る。ドアの向こうから聞こえたどこかで聞いたことのある絶叫に、はっとして手を離したが時既に遅く。

バキッ!!「キャ――――――――!?」「えちょっうわぁぁあああああああああ!?」

 向こう側から弾け飛んだドアの木片、緑マントのフール、クラスメイトPは仲良く宙を飛び、爆発エフェクトを纏って乱闘の中に落ちて行ったのだった。


【きっといつか】
「山田さん……僕は、あの、あれかな。目的を果たせないっていうジンクスでも背負ってるのかな」
 結局乱闘に巻き込まれ、ボロボロになり、メガネはひび割れ、ラーメンくさくなりながらクラスメイトPは岡持ちを持ってよろよろと道を歩いていた。Pに話しかけられた山田さんは返事の代わりにPの髪に噛みついたままぶら下がる。山田さんはPの一生の友達を根絶することに生き甲斐でも感じているのだろうか。クラスメイトPは振り払う気力もなくよろよろと家路を急ぐ。
「お土産の桃まんは置いてきたけど……はあ」
 本当はペンダントも置いてきたかったのだが、直接渡した方がいいとベオもシークも、デートから帰ってきたナナキも口を揃えて言うので、また後日返そうと思って本日は引き上げたわけである。
「親父さーん、今帰りまし……っ」
 タイミング良く暖簾が外れその棒が額にぶつかる。蹲って額を押さえるPの耳に、低い笑い声が届いた。
 思わず顔をあげたPは、そこにさんざん探し求めた黒髪の偉丈夫の姿を見て目を丸くした。
「なんて顔してやがんでぇ。知り合いか?」
 咄嗟に言葉が出ないPに、店の奥から店主が声をかける。
 獣の毛並みのような長い髪を払ってPに向き直り足を組んだ男の隣には、これまたどこかで見たことのある大将軍。渋いラーメン屋の店内に異国風の軍服やら戦装束が紛れ込んでいると何か違和感があるが、今はそれどころではない。
「ああ、確かそちらの少年は」
 先王の面白がるような表情を見て、クラスメイトPを見て、アイザックが低く落ち着いた声を出す。
「あ、あのっ!」
 慌ててポケットを探ってペンダントを探し出そうとして、クラスメイトPは足もとに纏わりついた山田さんに足を掬われ、バランスを崩して転んだ。本日二度目、顔面から床と仲良くしてしまったPの頭部に、Pが倒れた衝撃で落ちてきたラー油、胡椒、塩の瓶がちょうど良い位置で激突し、Pは目を回して倒れ込んだ。

「先王さーん!ペンダントをっ、…………あ、れ?」
 次に目を覚ましたPが声を上げると、そこは自分の部屋で。
 もちろん、自分の他には山田さんしかいなかった。
「……山田さん…………。いや、きっと次があるさ……!いつかきっと返せるさ……!」
 いったい何度失敗すれば気が済むのかとちょっと凹みながらも、Pはそう言って自分を慰めたのだった。


 後日九十九軒の親仁さんに訊ねてみたところによると、どうやらあの二人とは例の“親父の会”で知り合ったのだそうで、他にも数人店に来たのだが、たまたまあの時最後に残っていたのがあの二人だったのだという。
 九十九軒のラーメンが気に入ったのでまた来るというようなことを話していたと聞き、クラスメイトPは「僕にも運が向いてきたのかもしれない……!」と希望を持ったという。


 彼は果たしてきちんと返却できるのか?
 ただ一つ断言できることは、クラスメイトPの不運はいつもどんな状況でも予想の斜め上を行く、それだけである――。





クリエイターコメントお待たせしましたミミンドリです。
今回、ほぼお任せというオファーをいただきネタの美味しさに滾ったワタクシでしたが、出来はいかがでしょうか。
お任せしていただいた期待に、少しでも応えることができていれば幸いです。
彼のあまりの書きやすさにうっかり、色々、……書いてしまいました。とても楽しかったです!
色々捏造してしまったので、修正訂正削除いくらでも受付します。すみません。
楽しいご依頼、本当にありがとうございました!
では、また機会がありましたらお会いしたいと思います。
公開日時2009-04-26(日) 19:00
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