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<ノベル>
「いらっしゃいませー」
カラフルポップな綿菓子のような髪型をした店員に挨拶をされながら、太助は喫茶スペースにひょこひょこと歩いてゆき席に着いた。至って暢気に美味しいものを楽しみに来店した太助だったが、無意識に店員数名のハートを撃ち抜いて接客担当を賭けたプレッシャーバトルを発生させていたりして。まあそういうときは得てして無欲な人が勝利をかっさらうわけで。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
バトルに全く参加しなかったし気付いてもいなかったうさ耳赤頭巾な店員が太助のオーダーを取りに来た時点でバトル参加者全員の敗北が確定した。
「んー、そーだなー、ミルクティーとチョコチップクッキーで」
そんな事になっていたとはつゆ知らず、程なく運ばれてきたクッキーをほおばっていた太助は見知った顔を見つけて声をかけた。
「ぽよんす! 健一、元気にしてたか? 遊びに来たぞ!」
「あっ、太助さん。いらっしゃい、来てくれてありがとうございます。私はとっても元気ですよ」
笑顔で接客応対する健一を捕まえて、太助は出し物の内容を尋ねた。
「なーなー、これってどんな感じの出し物なんだ?」
「えっとですね、アート系企画カフェになるのかな。喫茶店もやりながら学生手作りの雑貨とか服とかを売っているんです。あと、ヘア&メイクのサービスもやっていますよ」
「イチオシは何になるんだ?」
「やっぱり目玉はヘア&メイクサービスですね。専門的な勉強をしている人達のサービスですし、髪は長さとかを自由に変えられるスターがいますから失敗してもやり直しが出来ますし。あと、雑貨や服も手作りの一点物なんですよ。さりげなく壁に掛けられている絵も全部学生の作品です」
「そっか。よし、わかった」
「?」
実は太助、食べ終わった後に客引きをする気満々だったりするのだ。
そして食べ終わった後にそれを聞いた店員一同はびっくりしたり喜んだり、一部で瞳のハート化度が2割増になったり。
「あの、凄く嬉しいですけど……いいんですか?」
おずおずと健一がそう訊ねたが。
「だって、友達のやってる事は手伝いたいじゃん!」
そんな嬉しい返事を返されたものだから、思わず店員という立場も忘れて。
「ありがとう、太助君っ」
素の対応になってしまっていたのだった。
「あれ? ぽよんす、何やってんの?」
新倉アオイは綺羅星生徒でもないのに客引きをしている太助を不思議に思い声をかけた。
「ん? 客寄せだぞ」
「いや、それは見れば分かるけど、何でぽよんすが客寄せしてんのよ」
「だって友達が頑張ってるんだぞ。手伝いたくなるじゃん」
「そっか」
いいのかなと一瞬思い、本人が進んでやっているならいいかと納得してアオイは店内に入っていった。
オシャレ大好きなアオイの目当てはショップスペースとメイクスペース。特に気になっているのがヘアアレンジだ。
アオイにとって生まれつきの赤い髪はコンプレックスでもありアイデンティティーでもある。だから目立たないようにショートにしてきたけれど染める事はなかったわけで。でも、銀幕市に来て髪色で変な目で見られる事もなくなり、そうなると伸ばしたり色んな髪型に挑戦してみてもいいかもと少し思ったりもするわけで。とはいえ今までずっとショートで来たこともあり、実際に伸ばしてみたりするまでには至らなかった。
そこに今回の企画カフェである。自在に長さを変えられるのなら当然元にも戻せるわけで、失敗しても大丈夫なら思い切ったチャレンジも出来るわけで。密かに色々やってみたいと思っていたアオイにとってはまたとないチャンスだった。
そんなわけで。
「あ、髪の色はこのままで、長さ変えてアップにとかしてみたいんだけど。それに合わせてメイクとか、服の試着も。いいかな」
「大丈夫ですよ。イメージとしてこんな感じとかありますか」
「クール系かな。出来れば前衛的なのチャレンジしてみたいかも」
「わかりました」
カーテンで区切られたスペースで、鏡に映る店員と向き合いながら髪を整えて貰う。ロングにした髪を、まずはボリュームを出しながらトップに向けてアトランダムにピンで留めていく。
「へえ、雑誌で見た事はあるけど本当にすぐに出来るんだ」
「見た感じ複雑そうですけど意外と簡単に出来る髪型もあるんですよ」
そんなちょっとした新発見や初体験も交えつつ色々な髪型を試している間に、和服をパンクに着こなした店員がいくつかのアイテムを選んで持ってきた。お店でも見かけそうなプルオーバーやライダースジャケットから、斬新なデザインのフリルカーディガンやワンピースなどなど。分野もカジュアルからゴシック・サイバー・パンクに始まりカテゴライズすら難しい物まであったりして。
「うわすごっ。……あれ? どこかで見たようなのも混ざってる気がするんだけど」
「ああ、ショーに出品した物や撮影協力で作った衣装の試作品とかもありますから」
服飾系の部活や学科では活動や授業の一環でそんな事もやっているとか。どうりで見覚えあるわけだと納得しつつ、アオイは店員と相談しながら何パターンか着てみながらトータルコーディネートを決めて。試着後に再び髪を整えて、メイクはショーをイメージして強めに。
そうして出来上がった新倉アオイ・綺羅星アートスペースセレクションバージョン。テーマは「闇に浮かぶ情熱」。
コルセットやチュールスカートなどを用いたパンクテイストを織り交ぜたゴシック色の強い黒×赤コーデに、髪はボリュームのあるアップスタイルにして薔薇のコサージュをアクセントに。メイクも強めのアイシャドウに寒色系のリップでダークなイメージに仕上がっている。
「あ、これって写真撮ってもらったりとかも出来るのかな」
「はい。デジカメでよければすぐにプリントできますよ」
鏡に映った自分の姿に満足したアオイはせっかくだからと記念撮影をお願いする。そしてせっかくのついでに。
「あっ、久しぶりー。今から記念撮影するんだけど、せっかくだから入らない?」
「あ、お久しぶりです。私でよければ喜んで」
偶然仕事の手が空いていた健一と。
「ぽよんすも一緒に入ろー」
「おう、いいぞー」
客引きをしていた太助、それにヘアメイクやフィッティングの店員も一緒に。
「結はヘアアイロンかコームか何か手に持って。健一はモデル経験あるから大丈夫か。リサは少し首傾げで。新倉さんはアンニュイな表情の方が服装と合いますよ。太助さんは元気な感じで。それじゃ撮りますよー」
写真にはうるさいらしいドールスタイルの店員の指示に従って写真に収まった。かなり個性的な集まりの写真になったのは言うまでもない。
あまり長時間拘束するのも悪いからと、太助の客引きは記念撮影で終了となった。
まだ手伝いたい気持ちもあったけれど、店員達に「文化祭自体をいっぱい楽しんでもらう方が嬉しいから」と言われては無理に続けるのも悪い気がする。
せっかく来たのだから居候させてもらっている老夫婦へのお土産を買っていこうと雑貨スペースに足を運び、ガーリィな店員に選ぶのを手伝ってもらう。
「どんな物をお選びですか?」
「そだなー、年とか関係なしに毎日の生活で使えるのがいいな」
「なるほど、そうなるとー……」
スペースをざっと見渡した店員は、インテリア雑貨スペースのある物に目を付け太助を連れて行った。
「こちらの木製食器なんてどうでしょう」
「おお、いい感じだな」
そこにあったのは木目を活かした温かみを感じられる木製食器。お椀やプレートにスプーンなどが綺麗に並べてある。
「手に取ってみてもいいですよ。飾るだけでなく実際にも使えるようになっています」
独特の感触にほんのりと木の香りも感じられて。他にもエコバッグやウォレットチェーンなどいくつか勧められたが、少し迷ったものの太助はこれをお土産にすることに決めた。
執事服の店員が包装をしている間にお会計を済まそうと豹柄ロックスタイルの店員に声をかける。
「いくらになるんだ?」
「あ、太助さん。えーと、お手伝い分を差し引いて……」
「ん? 別にそんな気をつかわなくてもいーぞ」
「いえいえ、ずいぶん助かりましたから。ほんの気持ちですよ」
「そっか。ありがとな」
手伝ったお礼を思わぬ形で返され少し驚きつつ、笑顔に笑顔を返しつつ代金を払い包装された食器を受け取った太助は、アンケート記入を済ませて幸せな気分で他の出し物を見に行ったのだった。
実は密かにお礼がまだあったり小さい物ファンの店員が割と奮発していたりするのだがそれはまた後程。
一方、太助とは別にアクセサリや小物類を中心に雑貨スペースを見ていたアオイは十分に堪能してから喫茶スペースに。ちょうどオーダーを取りに来たのが健一だったので注文ついでにそれとなく話を振ってみる。
「レモンティーと……レープクーヘン?」
「ドイツのクリスマス菓子ですよ。時期が近いからって作ってきた人がいまして」
「じゃあそれで。で、最近どう?」
「楽しくやってますよ」
それじゃオーダー通してきますねと一度席を離れた健一は、何故か注文した分に加えてもう1人分の紅茶を持って戻ってきて、そしてアオイと同じ席に着いた。
「あれ、お店は?」
「休憩もらっちゃいました」
学年違うとなかなか会わないですし、って。なんでも実体化時の経緯を知っている店員が気を遣って休憩を入れてくれたらしい。ちょうど空いている時間帯というのもあるみたいだけれど。
ともあれさっきの話の続きが出来るわけで、出来ればファッショントークしたいなと思っていたアオイには都合がいい。
「ふーん、レープクーヘンってこんなのなんだ」
「ツリーの飾りにも使うらしいですよ」
何でも長持ちするから長寿を意味するらしいとか。そんなドイツのクリスマスの話に始まって話はファッション方面へ。
「ケルヴェインロッカーの新作チョーカーとか格好いいですよね」
「トゥインクルルビーの新作可愛いよね。あ、でも自作派なんだっけ」
さっきの試着の話からお互いの服装から好きな分野やブランドから、ガールズトークは弾むと止まらなくなるわけで。
「健一、そろそろ戻ってー」
「はいー。それじゃ、そろそろ」
「あ、うん」
気付けばたっぷり30分は話し込んでいた2人だった。
仕事に戻る健一を横目に、アオイはアンケートと会計を済ませて店を後にした。
「お疲れー」
文化祭が終わり、アートスペースを開いていた教室では後片付けとアンケート集計が行われていた。
「どれどれ、『ギャラリーと販売スペースを透明なビニールのついたてで隔てたらスタイリッシュにならないか』だって」
「確かフロアごと分けるんでしたよね」
「まあ、そうだけど。でもギャラリーフロアに販売物置くときには使えそうじゃないか?」
「こっちはシンプルだよ。『いい物はいい、よく分からない物は分からない』って」
例えばそんな提案があったり、接客などの評価や中には苦情もあったりして。
「でもおおむね好評だったと見てよさそうね」
「うーん、でも」
「どうしたの?」
「一番人気があったのって、メイクスペースみたいなんですよね」
「あー……企画食っちゃった?」
「そうとも言い切れませんけど……」
そんな誤算もありつつ、今回の集客や販売益のデータにアンケート結果は後日まとめられ、芸術企画進行のための重要な資料となったのだった。
ちなみに。
太助が持ち帰ったお土産の木製食器、お手伝いのお礼にファン精神が上乗せされた沢山のキャンディや一口チョコレートが一緒に付いてきて包装を解いたときには老夫婦はたいそう驚いたそうな。
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クリエイターコメント | 作中に出てきたブランドは想像の産物です。 仮に同名のブランドが実際にあったとしても一切関係はありません。 なお髪を伸ばしたままか戻したかはPL様がご自由に判断して下さい。
ということで参加して下さった皆様、ここまでお読み下さった皆様、 ありがとうございました。 ちょっぴり捏造多めで書いたのでやりすぎてないか少々不安もあるのですが とても楽しく書かせて頂きました。 素敵なお洋服はあこがれです。着られるかどうかは別の話になるのですが。
なお芸術家さん達の企画はひょっとしたら続きがあるかも、ないかもな感じです。 予定は未定ということでどうかひとつ。
読んで頂いた皆様に楽しんで頂ければ幸いです。それでは。 |
公開日時 | 2008-12-28(日) 23:50 |
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