★ 【White Time,White Devotion】イルミネーション・スマイル ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-5742 オファー日2008-12-09(火) 22:28
オファーPC 新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
ゲストPC1 新倉 聡(cvbh3485) エキストラ 男 36歳 サラリーマン
<ノベル>

「あっ、お父さん、こっちこっち!」
 新倉アオイ(にいくら・あおい)は、改札口から出て来た父に向かって大きく手を振った。
 そこそこの距離があったものの、声は届いたらしく、きょろきょろと周囲を見渡していた父、新倉聡(にいくら・さとし)の視線がアオイに行き着き、次の瞬間、彼は、満面の、至福めいた笑顔になった。
「アオイちゃんただいま、久しぶり……!」
 恐ろしいほどの瞬発力でウルトラダッシュ、突進というのが相応しい勢いでアオイのもとへ辿り着くや否や、彼女を全力で抱き締める。
 アオイは「わぶ」という妙な声とともに父の腕の中に埋まった。
 スーツの匂い、父の匂い、父の温もりが彼女を包み込み、息苦しさにもぞもぞもと身動きしつつ、アオイは、全然変わってないなぁと苦笑する。
「あああああ会いたかったよアオイちゃん……! 元気だった? 風邪とか引いてない? あとあと、一年もほったらかしにしちゃってゴメンね、寂しくなかった……!?」
 アオイがそんな感慨を抱く中、聡はというと、
「仕事のためなんて言い訳にもならないけど、ずっと傍にいてあげられなくてゴメン、本当にゴメンね! あ、あ、もしかして怒ってる!? お土産いっぱい買ってきたから許して、ね! 
 彼女をギュウギュウと抱き締めたまま、周囲の奇異の視線にもまったく気づかぬ様子で、一年間も家を空けてしまったことを必死で謝りたおしている。
 アオイなどは、外資系商社の有能な課長が世界中を飛び回るのは仕方がないと思っているのだが、父にはそうも行かないらしい。
 何せ聡の世界は娘によって成り立っているので、アオイに嫌われたら、彼のアイデンティティは崩壊するのだ。そんなことになろうものなら、本気で首を括るとかガス管を咥えるとかどこかの断崖絶壁から飛び降りるとか、そういう過激かつ危険な手段に訴えかねない。
 その辺りは、アオイにも判っている。
 彼が、自分のために、すべてを捧げてくれていることも。
 だからアオイは苦笑して、悟の背中をぽんぽんと叩くのだ。
「怒ってないよ、気にしないで。お疲れお父さん、久しぶり。帰って来てくれて嬉しい」
 父の腕に、胸に埋まりながらアオイがそう言うと、聡はそこだけ地震でも来たかのようにぶるぶる震え出した。
 ――アオイの言葉に感激して、涙が抑えきれなくなったらしい。
 うぉおおぅなどという男らし過ぎる嗚咽とともに熱い涙を滾らせつつ、ひとしきり娘を抱き締め、全身で感激を表現する聡。
 いつものことではあるのだが、アオイは少し呆れた。
「……お父さん。そろそろ息苦しいんだけど。何か注目されちゃってるし」
 そう言うと、聡はアオイの体温を惜しむようにもう一度彼女を抱き締め、それでようやく手を離した。
「で、どうする、お父さん? このまま家に帰る?」
「えー、せっかくだからデートして帰ろうよ、クリスマスだし! そうそう、クリスマスプレゼントは今晩サンタさんが持って来てくれるから、もう少し待っててね」
「ん、判った、楽しみにしてるね。じゃあ……ちょっと歩こうか、あっちの方、イルミネーションとか、すごく綺麗だし」
 アオイが言うと、聡は満面の笑みで頷き、ごくごく当然のように彼女と腕を組んだ。
 アオイは呆れたが、長期出張から帰って来たばかりという事実を鑑みて、そこは不問にしておく。
「しかし……すごい人出だね。クリスマスなんだから、当然だけど。お父さん、向こうはどうだった? ドイツだっけ、今回行ってたのって」
「ああ、うん、すごかったよ。ドイツってね、クリスマスまでの四週間、各地にクリスマスマーケットっていうのが出来るんだよ。向こうは皆、敬虔なクリスチャンだし、クリスマスっていうのは、彼らにとっては一年を締め括る一番大事な行事なんだよね」
「クリスマスマーケットか……へえ。どんなのなんだろう」
「パパが今回行ってきたのはローテンブルクのクリスマスマーケットだったから、ちょっと小ぢんまりしてたけど……皆、とても楽しそうだったよ。すごい人出でね、ごった返してて、皆幸せそうなの。パパまでうきうきした気持ちになっちゃった」
「そっか。写真とか撮って来た? また見せてね」
「うん、クリスマスグッズも買って来たから、一緒に飾ろうね、アオイちゃん」
「って言ってもクリスマスって今日で終わり……まぁいいか」
 父の仕事のこと、海外にいた間の生活、健康状態、そんなものを他愛なく尋ねつつ街を歩く。
 聡はというと、自分がいなかった一年間の、娘の日々について聞きたがった。
 愛しい娘の傍に一年間もいられなかったのだ、当然、質問は尽きないし、必死である。
「学校はどう? ひとりで大丈夫だった? 一軒家に女の子のひとり暮らしなんて、パパもう心配で心配で……ハッ!? ま、まさか彼氏なんか作って一緒に住んでたりしないよね!?」
 心配性にもほどがある、妄想力のたくましい――たくましすぎる父だが、アオイにとって父と言うのは物心ついたときから『コレ』だったもので、年頃の少女が父親に抱くような嫌悪感は特になく、また鬱陶しいと思うこともなく、飛躍しまくる聡の妄想も至って普通にスルーする。
「学校はフツーだよ。平気。まぁ……結構楽しいかな、色々あってさ。お祖母ちゃんも伯父さんたちもたまに来てくれてたしさ、特に困ったこともなかったよ。……はぁ? 彼氏って……一緒に住むとかそんなのあるわけ……」
「だっ、だだだだって心配で心配で……ッ! え、だってアオイちゃん、パパのお嫁さんになってくれるって言ったよね!?」
 必死の形相で迫る聡に、アオイは呆れの含まれた溜め息をこぼす。
 確かにそんな約束をした覚えはある。
 ――十年くらい前に。
「あのねお父さん。幼稚園のころの話、未だに持ち出すの止めてくんないかな、いい加減」
「だ、だって、だって……!」
「だって、じゃないよ、もう。四捨五入したら四十路なんだから……もうちょっと、こう、威厳とか貫禄を……」
「そこで四捨五入しないで、もう少し若いままでいたいからっ」
 とはいえ、驚異の童顔の持ち主である聡の外見は二十代半ば程度だ。
 学生結婚で、かなり早いうちに子どもが出来たにしても、高校生の娘がいるようには、とても思えない。
 当然、連れ立って歩くふたりも、親子などではなく、兄妹か、もしくは恋人同士のように思われているだろう。
 アオイは別に、そのことについての特別な感慨はなく、また嫌だとも思っていないので、父と腕を組んだまま――というか、腕を組まれたまま――、人ごみでごった返すショッピング街を歩いていた。
「わ、すごい、綺麗だねお父さん」
 広場めいた通りに出たとき、アオイは思わず歓声を上げた。
 すっかり葉の落ちた街路樹に、無数の光が瞬いている。
 赤、青、白、黄、緑、紫、金や銀。
 色とりどりのイルミネーションが、周囲を輝かせていた。
 その一角では、ファンタジー映画から実体化したと思しきムービースターが、手の平から雪の結晶のかたちをしたシャボンのようなものを生み出して、周囲へと舞わせている。
 手の平ほどの大きさのあるそれらが、イルミネーションの光を受けてゆらりゆらりと輝く様は、幻想的で美しい。
「……綺麗だね、ホント」
 もう一度呟く。
 この街以外にはありえない幻想の力を見て、銀幕市のことを思うとき、アオイの心には、どうとも表現し難い感慨が灯る。
「どうしたの、アオイちゃん?」
 不思議そうな聡の言葉に、アオイは首を横に振った。
「ううん……何かね、色々あったなぁって思って。柄じゃないよね」
「そんなことないよ、アオイちゃんはアオイちゃんだよ。……いいことも悪いことも、いっぱいあったんだね。楽しいことも哀しいことも、いっぱいあったんだね」
「……うん。友達が出来たよ。色んな人たち。あのねお父さん、銀幕市って本当に不思議なんだよ。今度、色々案内してあげるね、友達も紹介する」
 友達が出来ず、いつもひとりだったアオイ。
 彼女は孤独が嫌いではないし、ひとりでいることを嫌だとも思わないが、銀幕市では、ひとりではない時間が増えたこともまた、事実だ。
 アオイの周囲に集う人々は、皆が皆個性的で、思考の方向性こそ違えど、アオイに向ける笑顔は紛れもない本物だ。皆の向けてくれる好意、純粋な善意に戸惑うことも多いけれど、彼ら彼女らが与えてくれる賑やかな時間を、アオイは確かに愛している。
 愛という言葉でではなく、単純に、幸せとか嬉しいとか、そういう感情でもって。
「……いいところだよ、銀幕市って。お父さんも、きっと、すぐに好きになる」
 友人たちの笑顔を脳裏に思い描きながらアオイが微笑むと、聡は何故か眩しそうな顔をした。
「どうしたの、お父さん?」
「ん? アオイちゃん、いい顔してるなぁって思って。パパの知らない人みたいな、大人の顔してたよ、今」
 しみじみとした聡の言葉に、アオイはくすくすと笑った。
「そうかな」
「うん。きっと……それも、この街のお陰なんだろうね」
「……うん。また、話を聞いてくれる?」
「もちろん。夜通しだって聞くよ」
「あはは、ありがと、お父さん。……あのね、色々なことがあったんだよ、大変なこともいっぱいあったけど、思い出してみたら、それはどれもがいい思い出で、皆と一緒なのも悪くなくて――……」
 賑やかで幸せな喧騒の中を、父と娘はゆっくりと歩く。
 ちかちかと瞬くイルミネーションは、まるでふたりに向かって微笑んでいるようだった。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!
幸せな年末を描くプライベートノベル群、【White Time,White Devotion】をお届けいたします。

父と娘の、少し風変わりな、しかしお互いにお互いを思いながらのクリスマスの一時……というイメージで書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

楽しく、軽やかなお話に仕上がっていれば幸いです。

言動などでおかしな部分などがありましたら、可能な範囲で訂正させていただきますので、どうぞお気軽に仰ってくださいませ。

それでは、楽しんでいただけることを祈りつつ。
またの機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2008-12-25(木) 22:10
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