★ Angelus ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-7424 オファー日2009-04-17(金) 23:00
オファーPC 鳳翔 優姫(czpr2183) ムービースター 女 17歳 学生・・・?/魔導師
ゲストPC1 ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
<ノベル>

 午後二時。
 季節は春と夏の中間。
 事件の影響で人通りの絶えた、ひっそりと静まり返った街角でのことだった。
 よく晴れ渡った空の下で、
「貴方がナナシさん? ……ふぅん」
 小首を傾げた鳳翔優姫(ほうしょう・ゆうき)を、ナナシと呼ばれた男は淀んだ――しかしどこか熱に浮かされたような――目で見つめていた。
 優姫はそれを、恐れ気もなく見つめ返す。
「妙な気配に包まれてるんだね、貴方は」
 腑抜けのような、あまりにも、不自然ですらあるほどに希薄な存在感の男の周囲を、ねっとりと濃厚な、甘ったるい匂いを放つ気配がたゆたっている。
 それは現実の匂いとして認識できるものではなく、それなりに心得のある人間にのみ感じ取れる類いの代物で、不快感を催すと同時に、ふらりと惹きつけられてしまうような、そんな『匂い』だ。耐性のないものならば、この場で意識を囚われてしまってもおかしくはない。
 これを放っているのがナナシ本人でないことは明白だが、どちらにせよ、決して清らかな存在ではないだろう。ナナシの目つきを見ていれば、彼が何かに魅入られているかもしれないという可能性にはすぐに行き着く。
 男は人形師だという。
 しかも、神の手とでも言うべき技量を持った、当代一の。
 年の頃は二十代後半のように見える。
 中肉中背の身体に、黒ずんだ不健康な肌と、艶のない茶色の髪、生気のない緑の目の、顔立ちだけならどこにでもいそうな青年だ。
「それで、貴方が犯人、ってことでいいのかな? こうやって、出て来たってことは。……何でこんなことしたの?」
 答えなど期待もしていないまま優姫が問うと、
「愛し……愛される気持ちを集め、凝縮すれば……あの人に、愛しい天使に逢える……」
 予想に反してぼそぼそと呟いたナナシの目に、不可解な輝きが宿る。
 それが狂おしいまでの恋情だとは、恋愛を理解出来ない優姫には判らなかったが、ナナシが自分の願望のためにこれらの事件を起こしたのだということは理解できたので、彼女は小さく息を吐いた。
「それで、僕の友人や、他の恋人たちを襲ったのか」
 眠ったまま目覚めない少女の笑顔を思い出しながら、質問というよりは確認の調子で言う。
 ナナシからの答えはなかった。
 ただ、じわり、と、彼を包む不可解な空気が敵意めいたものを滲ませただけだ。
「……気をつけた方がいいぜ」
 静かに身構える優姫に、低く警告したのは、“黙っていれば二枚目”のルイス・キリングだった。
 今回の、一連の事件の協力者……と言えば聞こえはいいが、要するに優姫が『いないよりはまし』と引きずり込んだある種の被害者である。本人は巻き込まれた自分を楽しんでいるようだったが。
「どういうこと、ルイスさん?」
 変装用のカツラや、戦いの邪魔になりそうなふわふわふりふりした衣装を無造作に脱ぎ捨てた――もちろん、中にいつもの動き易い服を着てきたのだ――あと、親友に『出して』もらった日本刀の鯉口を切りながら、ナナシを見据えたまま優姫が言うと、
「あいつ、かなりの高位悪魔が憑いてる」
 ぼそり、と返してルイスが剣を抜く。
「悪魔? 本人は天使って言ってたけど」
「天使が心を集めて来いとか言うかよ。いやあいつの世界ではどうなのか知らねぇけどな、天に属してるにしちゃ、まとってる空気が聖性から遠過ぎる」
「なるほど。……まぁ、辻褄は合うよね」
「ああ」
「……でも、ってことは、彼を倒しただけじゃ事件は解決しない?」
「だな。黒幕を引きずり出さねぇことにはどうしようもねぇや」
 油断なく様子を伺いつつもぼそぼそと会話を交わすふたりの前方で、ナナシがぶつぶつと独り言を呟いている。
 何を言っているのかとそちらに意識を凝らした優姫は、
「逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢う逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢う逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢えるなら逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢い」
 虚ろに熱っぽいそれが耳に届くと同時に、こんな明るい、強い陽光の輝く時間帯であるにもかかわらず、冷水を頭からぶちまけられたような錯覚に陥り、また、
「……そうまで思う貴方の心に沿ってあげられないことを、ほんの少し気の毒に思うけど……でも、それは、罪のない僕の友人や、他の恋人たちを襲っていいっていう許しには、ならないよ」
 恋とはなんなのか、たったひとつを欲するとはどういうことなのか、どんな気持ちなのか、判らないなりに、本当ならばその思いは祝福されるべきで、穢されざるべきものなんだろう、と、思いもした。
 もちろん、それは、決して相容れぬ思いでもあったのだが。
「だから……お前たちの心を、もらう。私の天使を、この世界に呼び戻すために」
 熱っぽい口調で人形師が言い、右手を空に掲げた。
「アンジェラ……力を貸しておくれ。この強きものたちから心を取り出して、君に捧げるから」
 ナナシがそう告げると同時に、くすくすという蠱惑的な笑い声が響き、
「嬉しいわ……ナナシ。ワタシの愛しい人。これでようやく、ワタシはあなたと結ばれることができるのね……」
 空中から不意に現れ、愛しげに――どこか嘲るように言ってナナシにしな垂れかかったのは、美しい天使の人形だった。
「ワタシも手伝うわ、ナナシ。……これでワタシは完璧になれる。さあ……ワタシたちが愛し合うために、ふたりから奪い尽くしてしまいましょう」
 アンジェラと呼ばれた人形が、くすくすと笑って言うと同時に、ふたりの周囲に、アンジェラと同じ姿かたちの、しかし明らかに雰囲気の違う何十体もの人形が滲み出るように現れ、優姫とルイスを取り囲んだ。
「……なかなか厄介だなこりゃ」
 ルイスが肩を竦めるのを、優姫は冷静に見つめ、そしてまた人形師たちと対峙する。

 * * * * *

 優姫の友人が、恋人とのデート中になにものかに襲われ、恋人ともども目を覚まさなくなったのは、およそ三日前のことだった。
 彼女の見舞いに行った優姫は、その病院で、似たような事件が頻発していることを医師から聞いた。
 どうやら、恋人といるときに襲われる、というのが共通しているらしい。
 複数の人間が、ふたりが意識を失う前に、これと言った特徴のない男が、恋人たちの傍へ近づいていくのを目撃しており、まずは彼を調査することが友人を目覚めさせるための第一歩だろうと思われた。
「……人形師は、恋人同士でいると現れる、か……」
 しかし優姫は残念ながら永遠のフリーだ。
 恋愛と友愛はどう違うのだろう、と真剣に悩むくらい、色恋とは縁遠い。
「うーん、囮囮、と……」
 そのため、まず、一緒に囮役をやってくれそうな、そしていざ荒事となれば心強いパートナーとなる……までは行かずとも、せめて足手まといにはならないような、協力者探しから始めなくてはならなかった。
「あ、これにしよう」
 小一時間ほどかけて携帯電話のメモリを吟味した優姫は、アドレスの底の底にルイス・キリングの名前を見つけ、本人の都合や意志はまるっと無視して自分の中ですべてを決定させた。
「あ、もしもしルイスさん? うん、そう、僕。あのさ、今暇でしょ? 暇だよね? だったらカフェスキャンダルまでちょっと出てきて欲しいんだけど……え? ああ、そんなのあとでいいじゃない、大丈夫大丈夫、何とかなるって。うん、じゃあ待ってるから、急いで来てね」
 一方的かつ人の話をまったく聞かない電話でルイスを呼び出し――本人は何か趣味に没頭していたようだったが、そんなことは優姫の知ったことではない――、全力で巻き込む態勢を整える。
「もー、優姫ちゃんったらせっかちなんだからっ。せっかくイイコトしてたのに、だいなしよっ」
 ややあって現れたルイスは、黙っていればただの男前なのに……という残念な雰囲気を撒き散らしつつ優姫の席までやってきて、それから、彼女の表情のうちに何かを感じ取ったのだろう――この辺りは素直に感心する優姫である――、
「……何かあったんなら、手伝うけど?」
 そう言って、優姫の前に座った。
「それはありがたいな」
 はじめから巻き込む気満々だったことはおくびにも出さず、優姫はルイスのためにティーセットを注文したあと、事情を説明し始めた。
 結果、ふたりは、恋人同士のふりをして、被害が頻発している周辺を歩き回ることになったのだった。
 そして、そこから三日。
 ルイスから恋人らしさなどを教わりながら――周囲に気を配ったり、友人知人に出くわして誤解されかけたり、色恋に疎過ぎる優姫を面白がったルイスが提示した、明らかに間違った『恋人同士がやるべきこと』を優姫が素直に実践して、周囲に奇異の目で見られたりしながら――あちこちを歩き回っていたふたりの前に、くだんの人形師は姿を現したのだった。

 * * * * *

 天使は美しかった。
 天使は、十代後半から二十代前半程度に見える、美しい女性の身体を持っていた。
 陽光に煌めく絹糸のような金髪に、見つめていると吸い込まれてしまいそうになる澄んだ碧眼、雪のように白い肌、背にはガラスのように透き通った優美な翼。抱き締めれば折れてしまいそうな華奢な身体と、白く細い手指、すらりとした首筋にしなやかな背中。通った鼻梁にかたちのいい唇、切れ長の瞳、ふっくらとしてやわらかそうな頬。
 作り手がどれだけ精魂を込めたのかが一目で判るような、素晴らしい造作の人形だった。
「……なるほど、何となく、判った」
 ルイスが苦笑とともに言う。
「何が?」
「ま、想像だけどさ。あの人形師は、何かの事情で天使に恋をしたんじゃないかね」
「なるほど」
「でも、あいつの世界は、人間と天使が結ばれるような場所じゃなかった。だからあいつは、寂しさを紛らわすために、天使とそっくりな人形を作り続けた。……そこに、悪魔がやってきたんじゃねぇの? あんまり強くて一途な思いって、悪いものも呼び寄せちまうもんだからさ。それで、魅入られちまったんじゃねぇか、ってのがオレの予測なんだけど、どうよ」
「ん……言われてみれば、納得。僕には、彼の気持ちは判らないけど……大変だね、恋をするって」
「そうだな、オレも身内を見てると時々思うよ」
「……だけど、だからって、放ってはおけない。あの子や、他の人たちは、何も悪いことをしてないんだから」
 優姫が言い、日本刀を抜き放つと同時に、アンジェラが無数の人形をふたり目がけてけしかけた。
 緩慢な、ぎくしゃくとした気味の悪い動作で、美しい人形たちが優姫とルイスに殺到する。
「……」
 優姫は、無言のまま人形たちを斬り倒そうと身構えたのだが、
「あら、いいの?」
 アンジェラ本体から降りかかった美しい声、多分に嘲りを含んだそれに、
「人形たちには、今までに奪った心が封じ込めてあるのよ。人形が傷つけば、心の持ち主たちも傷つくわ」
 動きを止めざるを得なかった。
 心を奪われ、人形の中に封じられただけの、罪なき人々。
 その中には優姫の友人や、彼女の恋人の心もあるはずだった。
 迂闊に攻撃して、取り返しのつかない事態を引き起こすわけにはいかない。
「……」
 やはり無言のまま刀を退き、人形たちから距離を取る優姫を見て、アンジェラがくすくすと嗤う。人形師は、そんなアンジェラに見惚れるばかりで、事態の異常さには気づいていないようだった。
「囚われてんな、あいつに」
 ルイスがぼそりと言い、ロザリオを外した。
「どういうこと?」
「人形師さ。あの人形……アンジェラっつったっけ? あれに宿った悪魔に支配されて、操られてるんだ」
「じゃあ、支配を打ち消せたら、事態は進展するってこと?」
「だろうな。……オレは人形たちの動きを止める。優姫ちゃんは、人形師を止める。ってことでOK?」
「了解」
 優姫が頷き身構えると同時に、ルイスの両眼が妖しく光った。
 瞬間、緩慢な動きでふたりを包囲しようとしていた人形たちの動きがぴたりと止まる。
「さて……オレの魔眼で、どこまで支配を奪えるかな……?」
 明るい青の双眸を光らせ、ルイスが端正な唇を笑みのかたちにする。
「む」
 人形師が顔をしかめた。
「私の集めた大切な心を……奪う気か。許すわけには、行かない」
「はっ」
 ナナシが支配の力を強めようとするのへ、ルイスが嗤う。
「あんたにとっての大切な心じゃねぇだろ? これは、それぞれの人たちにとって大事なもんだ。あんたが好き勝手にしていいもんじゃねぇ。……っつっても、届いちゃいないだろうけどな」
 両手を組み合わせ、印を切るルイスの横顔は、紛れもない男前だ。
 それを見ていると、おちゃらけて明るいルイスと今のルイス、どちらが彼の本性なのか、優姫には判らなくなる。
「ぐ」
 ナナシが低く呻いた。人形師に支配権が傾き、動き出そうとした人形の動きが、またぎくしゃくとぎこちなくなったのだ。
「おのれ……」
 ぶつぶつと何ごとかをつぶやく人形師。
 にやりと笑ったルイスの目が、優姫をちらと見遣った。
「こっちは行ける。そっちもOK?」
「OK」
 低く囁き交わした瞬間、優姫は奔った。
 人形師とルイスの間で支配権が行き来しているためだろう、滑稽ですらある不自然な動きでがくがくと震える人形たちの間を滑るようにすり抜け、一瞬のうちに人形師の懐へと入り込と、
「な、」
 人形師が驚愕の声を上げる間も、アンジェラが優姫を引き剥がす暇も与えず、右手の平をナナシの額に押し付け、彼女を彼女たらしめる異質な能力、『消失』の魔法で持って、アンジェラのナナシへの支配、影響力を消去する。
 手の平の中で、バターがとろりと溶けて流れ落ちるような感覚。
 ――消去が成功した証明だ。
「!」
 人形師の身体がびくりと震えた。
「おのれ!」
 シャアと牙を剥き、恐ろしい形相をあらわにしたアンジェラが、三十cmばかりに伸びたナイフのような爪で優姫に襲い掛かるが、彼女はそれをわけもなく避け、天使の殻を被った悪魔から距離を取った。
「う、うう……」
 人形師がゆっくりと地面に崩れ落ちていく。
 ふと空を見上げた双眸には、理性の光が戻って来ていた。
「ナナシさん、大丈夫?」
 優姫が声をかけると、膝を折り蹲った人形師が顔を上げた。
「わ、私は……」
「天使の人形に宿った悪魔に操られて、人の心を奪って回ってた。それだけだよ」
「……!」
 刀を手にアンジェラを牽制し、睨み合う優姫の言葉に、ナナシの眼が見開かれた。
「アンジェラ……そうか、私はあの人に恋焦がれるあまり、闇を呼び寄せてしまったのか……!」
 それは、正気に戻った人間の反応であり、言葉だった。
 アンジェラが、悪魔が舌打ちをする。
「余計なことを……せっかく、人の心のエネルギーで、我が身を強化しようと思っていたものが、だいなしだわ。……その報いは、受けてもらうわよ」
 美しい天使の顔が、獰猛で冷酷な喜色に染まる。
 人形師はそれを見て苦悩の表情をしたあと、
「アンジェラを、本体を破壊すれば、奪われた心は解放される。すまない……頼む……!」
 そう、優姫とルイスに向かって言った。
「……了解。ルイスさん、サポートよろしく?」
「はいよっ。安心して突っ込んでくれて構わないぜっ」
 駆け出していく優姫に、ルイスがおちゃらけた、しかし強い意志の込められた声で請け負い、また、印を切る。
「ヒトの分際でワタシに楯突こうと? ――愚かな!」
 耳元まで口が裂け、牙が剥き出しになった恐ろしい顔で吼えたアンジェラの周囲から、蛇や触手を髣髴とさせる暗闇が噴き上がった。
 それは槍のような鋭さで、隼のように突っ込んで行く優姫を貫かんと殺到したが、
「甘い甘い、サッカリンくらい甘いぜ!」
 何故か蔗糖の五百倍という甘味を持つ人工甘味料を比喩に持ち出してルイスが笑い、
「峻烈なる断罪の槍、オラトリオの八番!」
 不可触でありながら水晶のように煌めく、美しいのに厳しく恐ろしい輝きを放つ槍を、天から無数に降らせ、暗闇の触手を優姫に届かせることなくすべて消滅させてしまった。
「ぐ、この、」
 暗闇が消滅した一瞬、アンジェラには隙が出来た。まさか、あれをあんなにもあっさりと破壊されてしまうとは思っていなかったのかもしれない。
 優姫は、その一瞬を見逃さなかった。
「……悪いけど」
 するり。
 アンジェラの間合いへ、一呼吸で入り込む。
「貴方を野放しには、出来ないな」
 淡々と言って、一歩踏み込み、踏み込むのと同じ呼吸で刀を揮う。
 左下から、右上に、刀の切っ先が撥ね上げられる。
 自分自身に干渉し、身体能力を増した優姫の膂力は同年代の少年少女とは比べるまでもなく、刀は人形の、アンジェラを装っていた悪魔の仮宿の、その華奢な胴を、見事真っ二つに断ち割っていた。
「ガッ!」
 獣じみた声が漏れた。
「僕は……ヒトを守るために在りたいから、さ」
 よろりとよろめいた人形の、左肩から右脇腹まで、くるりと反した刃で袈裟懸けに斬り下ろす。
「!!」
 そこへ、
「凄絶なる葬送の業火、カンタータの十五番!」
 ルイスが放った炎の魔法が炸裂し、オレンジ色の業火が人形を包み込んだ。

 ギャアアアアアアアァ――――…………ッ!!

 断末魔の絶叫が長く尾を引く。
 しかしそれも、徐々に弱く、小さくなっていく。
 火はアンジェラを捕らえて離さず、悲鳴が途絶えてのち十数分もの間燃え続け、美しい人形を完全に灰にし、プレミアフィルムをころりと無造作に転がらせてようやく消えた。
 それと同時に、数十体の人形たちがその場に崩れ落ち、動かなくなる。
 人形の身体から白い光がふわっと浮かび上がって、それもすぐに消えた。
 アンジェラが消滅して支配も消え、奪われた心が持ち主たちのもとへ還って行ったのだろう。
「……終了、かな」
 光を見送り、刀を鞘に戻しながら優姫が言うと、
「だな」
 人形師に手を差し伸べて助け起こしながらルイスが笑った。
「す、すまない……私が、こんな……」
「あーまぁ、そこはとりあえず対策課に行くのが一番じゃないかな。オレたちじゃなんとも言ってやれねぇし」
「……そうか」
 ナナシは憔悴していたが、足取りはしゃんとしていたし、表情には理知と落ち着きが戻って来ていた。
 今の彼ならば大丈夫だろうと優姫は思う。
 きっと、すぐに立ち直り、自分のやるべきことや愛すべきものを見出すことができるだろう、と。
「やれやれ……」
「どうした、優姫ちゃん?」
「ん、恋って難しいものだなって」
「ああ、なるほど。でも、」
「うん?」
「だからこそ、皆、そいつに夢中になるじゃねぇの?」
「――……ルイスさんのくせに、至言だね、それ」
「お褒めの言葉ありがとう……って、ちょっと今何か言葉に棘があったような気がするわよ!?」
 目を剥くルイスに少し笑い、優姫はナナシを促して歩き出した。
 ルイスが携帯電話で対策課に連絡を入れてくれたので、すぐに事態は収拾されるだろう。
「……さて、お見舞い、行かなきゃね。きっともう目覚めて、何でこんなところに、って慌ててるだろうから」
 右往左往しているだろう少女の顔を脳裏に思い描きながら優姫は呟く。
 そんな彼女を、午後の太陽が照らしている。

 ――日常は、また、すぐに戻ってくることだろう。

クリエイターコメントお待たせいたしました!
毎度のことながら代わり映えのしない挨拶で申し訳ありません。

オファー、どうもありがとうございました。
天然真摯な優姫さんと、おちゃらけているけれど実はカッコいいルイスさんとの関係と、色恋という難解な心の動きを孕んだ戦いとを描かせていただきました。
書きながら、おふたりが並んで歩かれると、さぞかし会話が噛み合わないんだろうなぁなどと、色々想像してしまいました。

それでも実はぴたりと合う呼吸や、思いに関する考え方などが、きちんと描けていればいいのですが。


それでは、どうもありがとうございました。
またご縁がありましたら、是非。
公開日時2009-05-24(日) 18:40
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