★ ウォーター・シュプール ★
クリエイター紅花オイル(wasw1541)
管理番号422-4803 オファー日2008-09-27(土) 21:01
オファーPC ガーウィン(cfhs3844) ムービースター 男 39歳 何でも屋
ゲストPC1 柝乃守 泉(czdn1426) ムービースター 女 20歳 異界の迷い人
ゲストPC2 八重樫 聖稀(cwvf4721) ムービーファン 男 16歳 高校生
ゲストPC3 柚峰 咲菜(cdpm6050) ムービーファン 女 16歳 高校生
<ノベル>

「ん、よし。完成っと」
 カチリとコンロの火を止め、鍋の中美味しそうな湯気を上げる肉じゃがの出来栄えに、柚峰 咲菜 (ユズミネ サナ)は花咲くような笑顔をほころばせた。
 小皿の上、菜箸でジャガイモを一つ取り上げ割って中を見る。火の通りも、染み具合も完璧。
 フーフー息を吹き掛けて頬張れば、口いっぱいにおイモのホクホク感と甘みがたちまち広がった。
 我ながら上手に出来た、これなら何処に出しても恥ずかしくない。きっと誰もが美味しいと言ってくれる。
「う〜ん。でも、ののは食べられないんだよねぇ……残念」
 肩にへばり付き、一緒に鍋の中を覗き込んでいた自分のピーチバッキーに向け話しかけると、咲菜は愛おしそうにいつも一緒の魔法の生き物に頬を寄せた。
 ののも嬉しそうに擦り寄ってくる。
 土曜の午後だった。
 今日は朝からお洗濯にお掃除。スーパーへ行き、一週間分の食材もまとめ買いしてきた。
 今は今夜の夕食準備の真っ最中だった。
 高校進学の為銀幕市に越してきた咲菜は、現在マンションで1人暮らしをしている。
 家の事、生活の事、全て1人でやらなければならなかったが、性に合っているのか家事は苦にならなかった。
 学校の友達からは、16歳にして家事全てを完璧にこなせるお母さん、なんて冗談で言われている。
「せめていいお嫁さんになる、位にして欲しいなぁ……」
 呟きながら、咲菜はエプロンを外し家を出た。向かうは隣の部屋の、友人宅だ。
 高校の入学式で知り合った同級生である八重樫 聖稀 (ヤエガシ マサキ)とは、家が隣同士という事もあり、互いにご飯を作りあったり朝が弱い彼を起こしてあげたりと、家族のような付き合いをしている。
 今日の夕食当番は咲菜だった。
「聖稀、もうアーチェリーの練習から帰ってきてるかなぁ?」
 勝手知ったる他人の家。お邪魔しまーす、と一声掛けて引いた玄関の扉には鍵は掛かっていなかった。どうやら家に居るようだ。
 入るなり、一斉に駆け寄ってきたシベリアンハスキーと白と黒の仔猫の3匹が咲菜を出迎えてくれる。
「コンニチハ。ぷーちゃん、ふくちゃん、ぼたちゃん!」
 彼らに笑みを向け、聖稀―?と声を掛けながら進んだ先のリビング。
 そこには――……
「えぅ!?」
 仁王立ちで腕を組む聖稀と、彼が睨みつけるその先、フローリングの上神妙な表情で正座されている、ガーウィンと柝乃守 泉 (キノカミ イヅミ)の姿があった。
「……ど、どうしたの!?」
 驚き駆け寄る咲菜に、正座の2人が助かったぁ〜とばかりに同時に涙目で顔を上げる。
「賭けてやがったんだよ、運動会の時」
「え?」
 驚く咲菜に振り返り、はぁ〜と深く息をつくと、聖稀はヘアバンドの上から苛立たしげに頭を掻き毟った。
 先日行われた『バッキー運動会』。そこで咲菜と聖稀は、それぞれのバッキー ののとぱんたを伴い、バッキー徒競走に参加した。
 その2人と2匹の勝敗を、どちらが勝つかガーウィンと泉の2人は賭けをしていたという。
「で? 何を賭けたって?」
「俺はまさきちが勝ったら…夕飯に高級肉のすき焼き……」
「わ、私は…咲菜ちゃんが勝ったら、家事1日交替って……」
 ふえ、と声を震わせる泉の頭には、既に黒い獣耳が飛び出し恐怖にペタリと寝てしまっている。
 あのさ、と低い声を発す聖稀の顔は、とてもじゃないが怖くて見られない。
「泉はいいってば。どうせこのオッサンに無理矢理賭けようとか、言われたんだろ?」
「ハイ……」
「あっ、コラ、裏切り者! なんでさっさと立ってんだよ! 相棒だろ、一連托生だろォ!? コイツだってしっかり賭けに乗ったんだから、同罪……いえスミマセン何でもないですゴメンナサイ俺が悪かったです」
 何でここまで怒られなければいけねぇんだー、と内心思いながら、ヘコヘコとガーウィンは頭を下げた。
 年は大分離れていたが、ガーウィンが会う度構い倒したくなる程気に入っている、この友達のような、兄弟のような、親子のような、そんな関係の少年は、普段はそれでももう少し気さくなのだが、怒らせたら怖い事は確かだった。
 大人しくガーウィンは、聖稀の説教を食らう。
 何故ここまで聖稀が怒っているかと言えば、あの時頑張っていたののとぱんたと、そして咲菜との楽しい思い出を、大人のイヤらしい悪ノリと欲望で面白がられたのが許せなかったからなのだが、平素それ程口数が多くも無い年頃の男の子。
 しかも後ろに、最近気になる女の子の張本人である咲菜がいる。
 聖稀の口から、その心中がワザワザ語られる事がある筈もなかった。
「で? 結局賭けはどうなったんだ?」
「あ? ああ、そりゃーあの結果じゃー……、なぁ?」
「え? あ、ハイ。皆一緒に転がってゴール、でしたからね。引き分けかなって……」
 引き分け、のその言葉に、ニヤリと聖稀が笑みを浮かべる。
「じゃあ、俺と咲菜の勝ちって事で。俺達の要望をきいてもらおうじゃないか」
「え?」
「げぇっ!」
「うえっ!?」
 突然の展開に、揃って声を上げたガーウィンと泉だったが、いつにない聖稀の迫力ある黒い笑みに、2人は頷くしかなかった。
「というか言うこと聞くよな、ガーウィン?」
 今までとは打って変わり、パッと明るい笑顔を見せると、聖稀は咲菜に向け振り返る。
「咲菜、どうする?」
 突然振られ、咲菜は首を傾げた。
 うーん、とひと唸り。ふと閃いたのは、先日友達が行ってきて楽しかったと言っていた場所だった。
「そうだ。皆でプールに行きたいな!」
 咲菜のその一言で、明日の日曜日の予定は決まった。


 やって来たのは、銀幕市の中心部より少し離れた郊外にある大型室内プールだった。
 季節はもうすぐ冬支度も始まろうかという秋。
 しかし迎えた日曜日のその日は、見事な秋晴れで心地良い小春日和。
 季節なんか気にせず突入した商業施設には、たくさんの市民の姿があった。
「うお!」
「……ッ!」
 歓声と共に、ピュ〜と軽薄な調子でガーウィンが口笛を吹いた。
 ガーウィンのふざけたその様にいつもなら憤る聖稀も、しかし遅れた現れた2人の、特に咲菜の水着姿に、目を奪われ言葉を失くした。
「お待たせしました」
「遅くなっちゃってゴメンナサイ」
 泉は黒のビキニである。
 シンプルなデザインであるがショーツのサイドにはリボンがあしらわれ、大人っぽい雰囲気の中、年頃の女の子らしさを演出している。
 普段は肩の辺りで括っている銀髪も、今は纏め上げ高い位置で束ねたポニーテール姿だ。
 本人はいつもより露出の多いその格好に恥ずかしそうだったが、抜群のスタイルと高身長は周囲に向け如何なく泉の魅力を見せつけていた。
 対して泉の横、控えめに佇む咲菜は、ピンクと白の花柄ワンピースだった。
 小さな花が全体に散りばめられたワンピースの下、更に重ね着のように白のフリルが覗く裾。
 胸元の中央と、腰のサイドには同じく白のリボンが揺れている。
 フワリとロングの栗色の髪は、いつもとは違いゆるく頭の上まとめられ、何本かは下に垂らされている。
 洋服と言えば、洋服に見えない事もない水着。しかし普段なら絶対穿かない様な丈の短さが、そこから覗く白い足が。いつもとは違う髪型が、晒された項が。
 明らかに普段の咲菜とは違っていて、聖稀は目が離せなかった。
「え、と……」
 この場合、何か言った方がいいのかと、聖稀はゴクリと息を飲む。
 可愛いよ? 似合っているよ? そんなの、自分のキャラじゃないし、似合わない。
 でも何か言わなきゃいけないような気がして、咲菜も何か言われるのを待っているような気がして。表面はいつものまま、内心聖稀は慌てた。
「咲菜……」
「うん?」
 やっと呼べた名前。次の言葉が寸前まで出掛かって、口の中止まっている。
 もう一息、あと1回深呼吸したら。自然とそれは声となって零れ落ちる筈だった。
 しかし。
「よっしゃー、行くぜ! 最初はウォータースライダーだっ!!」
「ええっ?」
「ぎゃッ!」
 突然ガーウィンに手首を掴まれ、聖稀は引っ張られた。
 ガーウィンの反対の手には、泉の腕が握られている。
「あ、待って皆ぁ!」
 転びそうになりながら、突如走り出したガーウィンと、巻き込まれた聖稀、泉の背を、咲菜も慌てて追いかける。
「てめっ、ガーウィンこの野郎!」
「すげぇな、このプール! 俺様こんなの初めて、初・体・験……! 大感動だぜ、ヒャッホーーーウッ!!」
 結局、ガーウィンに無理矢理引っ張られ走らされてしまった為、その日聖稀は咲菜の水着姿に関して、結局一言も感想を言えずじまいとなってしまった。


「何やってんだよもう……」
「う、ううう……っ」
 結局、その後ウォータースライダーの上まで全員引っ張って上ったガーウィンだったが、はしゃぎ過ぎのわんぱく中年はそのまま勢いでダイブし、何故か器用に滑らず長い水の滑り台を転がり落ちていった。
 泉はあまりの高さに腰を抜かし、仕方なく聖稀が負ぶって階段から降りる羽目に。
 気遣わしげに震えるその背を撫でながら、咲菜が後に続いた。
 下に降りてみれば、何故か一番楽しんだ筈のガーウィンは、プールの縁に突っ伏し悶絶していた。
「どうした、ガーウィン?」
「だ、大事なトコ打った……」
「……ダサいなオッサン」
「え? 大丈夫ですか、ガーウィンさん!?」
 慌てて駆け寄る咲菜にふるふると手を伸ばすガーウィンは、哀れみ全開の声で言った。
「咲菜…痛くしたトコ、撫で……ごはぁっ!!」
「いっぺん死ねッ!!」
「きゃっ! ガーウィンさん!?」
「ほっとけ、咲菜!」
「え、でもぉ……」
 泉を背負ったままの聖稀に蹴られ、水中に落とされたセクハラキングは、哀れプカーッとプールの中浮かび、やがて流れて消えていった。


 流れるプールでは流れに逆らって泳ぎ、波のプールでは1人本当に波乗りをかまそうとして係員に怒られ、散々はしゃぎ捲くったガーウィンが落ち着いたのは、売店のデザートを賭けて勝負した早泳ぎ競争が終わった後だった。
「おらよ」
「ん」
「ちぇー、何で負けたかなぁ。自信あったのに……」
「オッサンはしゃぎ過ぎ。散々暴れ捲くった後で体力残ってなかったんだろ。年寄りは疲れるのも早いしな。……まあ? 全開時でも負ける気はしねぇケドな」
「言うねぇー。まあ吠えるだけタダってな?」
「うるせぇ」
「ハイハイ、お子様は勝利の品を黙って食ってろ」
「んぐっ」
 あんまんを口の中に突っ込まれ、仕方なく聖稀は口を噤んだ。
 もぐもぐと咀嚼しながら、視線を向けるのは遠く壁側に作られた子供用プール。
 そちらへは咲菜と泉が今、2人でバッキーを連れ泳ぎに行っている。
 2人の姿を認め、楽しそうなその光景に、聖稀は両目を細めた。
 聖稀の視線の先、釣られそちらの方に顔を向けたガーウィンは、休憩スペースのイスに腰掛け、屋内なのにパラソル付きというまるで意味のない丸テーブルの上肘をつくと、突如口調を改めた。
「どころでよ、まさきち」
「うん?」
「あんまん、美味いか?」
「あ? ああ、まあ」
「あんまってよ、アレに似てるよな。アレ」
「はぁ?」
 突然の振りに、ガーウィンに視線を向けた聖稀は、彼の姿に脱力した。
 ガーウィンは、しなだれかかるようにイスに横座り、右手は頭、左では胸の前で膨らみを描き、ウフンとシナを作っている。
「オッサン……」
「どうだった、にょ・た・い?」
 ニヤァと悪い笑みを浮かべる中年オヤジ。
「泉の野郎、アレで案外ボインちゃんだろ? おんぶで密着。まー羨ましいったら!」
「あのなぁ!!」
「それとも? やっぱりまさきちはボインちゃんより、ナインちゃんの方がー好みかぁー?」
 意味ありげに向けられた視線に、ぐっと唸る聖稀。
 それはもしかしなくても、咲菜の事を言っているのだろう。
「見惚れちゃって。そのクセ気の利いた事、何にも言えねぇでやんの」
 それは、男女別れて着替えに向かい、その後の待ち合わせ場所で、聖稀が咲菜の水着姿に言葉を失くした初めのあの時の事だ。
「……あんたが、邪魔したんだろ」
「一生何も言わなそうな空気だったから、助けてやったんだろーが。感謝しろよー?」
「誰がするかッ」
 突然始まった恋愛相談に、居た堪れず聖稀は顔を背けた。
 薄っすら染まる少年の頬。そこは茶化さずにガーウィンは、トレードカラーの真っ赤な海パンから覗く足を大きく組む。
「大体よぉ、お前は押しが足りないよ。押しが」
「うるせ」
「もっとバーンッとアピールせにゃ! バァーンッと!!」
「アピールって、何を?」
「せっかくの水着! その肉体美でメロメロにしてやれ!」
「ハァッ? 意味わかんねぇよオッサン!」
 ビシッと指を突きつけられたのは、意外に筋肉質な聖稀の体だった。
 長めの裾のトランクス型海パンから覗く太ももや、しなやかに引き締まった上半身は、幼い頃から続けてきたアーチェリーのお陰で、綺麗な筋肉が付いたアスリートの体だった。
「名付けて、『俺脱いだら凄いんです作戦』! やらないか!」
「誰がやるかっ!!」
 年の割には落ち着いた雰囲気を持つ聖稀も、ガーウィンと一緒だとどうも調子が狂うらしい。
 普段からは想像出来ない程のハイテンションで続く、漫才のような掛け合い。
 ガーウィンと聖稀の恋愛相談は、まだまだ終わりそうになかった。


「のの上手だね、こっちこっち」
「交互に足を動かして。ハイ、イチニ、イチニ!」
 一方子供用プールの咲菜と泉は、それぞれののとぱんたの手を取り、泳ぎの練習をしていた。
 短い足を懸命に動かし前に進もうとする2匹のバッキー。
 その可愛らしい姿に、咲菜も泉も終始笑顔だ。
 いい加減泳ぎ疲れたのか、咲菜の体によじ登ろうとしがみ付くののに、2人は揃ってプールの縁に腰掛けた。
 パシャパシャと浅い水面を蹴りながら、不意に訪れた不思議な沈黙。
「そういえば……」
 何気なく顔を見合わせ、不意に思い出した前から聞きたかった疑問を、2人は同時に発していた。
「聖稀君とはどうなんですか?」
「サンクトゥスさんとはどうなんですか?」
 互いに放られた直球を互いに受け取りそこね、一瞬ポカンとする。
 タイムラグの後やっと意味をなし落ちてきた言葉の意味に、2人は同時に赤くなって慌てた。
「聖稀はっ、そのっ、大切な友達です!」
「サ、サークは大切な人!」
 泉の言う相手は、同じ映画の出身で、今はガーウィンのガレージで共に暮らす家族のように大切な存在であるユニコーンの青年だ。
 ちなみに鈍い咲菜にも分かる位あからさまな程相手に思われているにも関わらず、泉は一切彼の思いに気付いていない。
 一方咲菜は、突然聖稀の事を言われ驚いていた。
 自分でも顔が赤くなるのが分かる程、ドキドキしている。
 学校でも時々周囲にからかわれる。いつも一緒にご飯を食べて、朝起こしたり、頻繁に遊びにいったり。
 でも聖稀と咲菜の関係は、恋人同士ではなく、あくまで仲の良い友達だ。
 家族のように大切な、掛けがえの無い、友達である。
(でも、どうしてだろ……)
 友達にからかわれたり、こうして泉に聞かれたり、そうする度に胸がドキドキする。顔が赤くなる。
 そして、少しだけ。胸が、きゅっとする。
 これが何なのか分からなくて、自分の気持ちが分からなくて。
 膝の上のバッキーを胸の中抱きしめ、咲菜はその柔らかい体にそっと顔を埋めた。
「あれあれー? お嬢さんどうしたのー? どこか具合でも悪い?」
「え?」
 突然頭上から投げかけられた粗野な声に、驚き咲菜は弾かれたように顔を上げた。
「さ、咲菜ちゃん、行きましょう!」
 少しだけ声の震えた泉が、慌てて咲菜を立ち上がらせ促す。
 しかしその行く手は、声を掛けてきた男達によって阻まれた。
「ヒュ〜、可ッ愛いねぇ〜。もしかして、モデルとかアイドルとか? 芸能人だったりしない? オレどっかで見た事あるかも。一緒にお喋りしようよ〜」
「こっちのお姉さんはスタイル抜っ群―っ。レベル高いねぇ! な、2人でしょ? こっちもだから、2:2で遊ぼうぜ?」
 ガラの悪い男達はどうやら大学生のようだ。
 軽薄な笑みを浮かべ、やたらと手を伸ばしこちらに触ろうとしてくる。
「や、止めて、ください……っ!」
 咲菜を庇うように、その前に立ったのは泉だった。
 グイグイとナンパ2人組を押し逃げようと試みるが、簡単に腕を取られ捕まってしまう。
「あ、泉さん!」
「ぎゃひっ」
 ほとんど免疫の無い泉は、見知らぬ異性に触られ既に涙目だ。
 頭からは耳が飛び出し、尻尾は足に巻いてしまっている。
「わーもしかしてムービースターさん? すげぇ、この耳本物―?」
「あ、ヤッ! 触らないでください……ッ!」
「泉さ……わわっ!」
 ぐいっと男に近付かれ、咲菜は大きく仰け反った。
「近くで見ると益々可愛い〜。ね、付き合ってよ、お嬢さん」
 男の大きな手が近付いてくる。肩を触られそうになり、足が竦んだ。
 こんなにも、誰かに触れられるのが怖いと思ったのは、初めてかもしれない。
「や……っ!」
 思わず、咲菜は両目を瞑った。
 一瞬脳裏に浮かんだのは、聖稀の顔だった。
 それを、どうして、と思う前に――……。
「ぐえっ!!」
「え?」
 すぐ近くまで迫っていた気配が突然なくなり、次いで鈍い悲鳴と大きな水飛沫が上がった。
 瞳を開けて、驚く。目の前には、黒いサングラスをかけたガーウィンと、聖稀の姿があった。
「な、なんでサングラス…なんですかぁー……ッ!」
 その場にへたり込みながら、安心したのか泉が2人の出で立ちに涙目で突っ込みを入れる。
 咲菜は、あわてて泉の元に駆け寄った。
「んー? この方が、正義の味方っぽいだろーん?」
 ニヤリと振り返り、サングラスを人差し指で押し上げるガーウィン。
 聖稀は、黒いレンズの向こう申し訳なさそうに顔を歪めながら、遅れてゴメン、と小さく呟いた。
「な、なんだお前ら!」
 子供用プールに蹴落とされ、這い上がってきたナンパ野郎達が声を荒げる。
「なんだ、って。や、言っただろ? 正義の味方だって」
「ハァ? 頭イカれてんのかオヤジ!!」
「嫌がってるの2人に無理強いするな」
「馬ッ鹿! そこは『俺の女に手を出すな』位言えって、まさきち!」
「バッ、てめっ、ふざけんなガーウィンッ!」
「……な、なんだコイツら。チクショウ人に蹴り入れといて、ただで済むと思ってんのかコラァ!!」
「ハイ、思ってますヨ。さっきの蹴りの十倍増量、さらにオマケ付きでボッコボコにしてやんよ! ウラ、ガキ共かかって来いッ!」
「ほざけっ!」
「てめぇだろ!!」
 叫ぶなり、一斉に乱闘が始まった。
 しかし殴られているのは、ほとんどナンパしてきた男達。
 ガーウィンと聖稀は、軽快なステップで相手の攻撃を交わしていく。
「あれ…ぱんた……?」
 それまで側に居た筈の聖稀のバッキーが居ない事に気付き、咲菜は慌てた。
 ぱんたの姿を求め、キョロキョロと首を巡らせる。
「あ、ぱんた駄目…っ!」
 視線の先、戦う飼う主の元駆け寄るブラック&ホワイトバッキーの姿に咲菜は悲鳴を上げた。
「あ、咲菜ちゃん!」
 泉の制止も聞かず、慌てて咲菜は前に飛び出す。
 水際の寸でで、手を伸ばし抱き上げたぱんたに安心したのも束の間、不意に咲菜はバランスを崩し転びかけた。
「ふわっ!?」
 傾く体が水面に吸い込まれていく。
 落ちる、と目を瞑った。来る衝撃に備え、体が硬直する。
 しかし次の瞬間、咲菜の体は物凄い勢いで引っ張られていた。
「ま、聖稀……」
 ドッドッドッと心臓が鳴る。
 咄嗟に手を伸ばし、咲菜を引き上げてくれたのは聖稀だった。
 ぎゅっと腕の中に抱きとめられ、聖稀の早い心臓の音に、触れた肌の体温の高さに、つられ咲菜の鼓動も駆け足になる。
「助けてくれて…あ、ありがと……」
「咲菜」
「え……?」
 何時にない、真剣な聖稀の声。
 突如力の込められた腕に、強く抱きしめられ、咲菜の動揺は跳ね上がった。
「どうし……」
「そのまま」
 更に強く胸元に押し付けられ、咲菜は恐る恐る顔を上げた。
 こんな聖稀、知らない。こんな真剣な声、知らない。
 初めて見る、聖稀の顔。
 驚きと戸惑いでいっぱいになりながらも、咲菜は懸命に聖稀の表情を窺った。
 しかし、
「いいか、見るなよ?」
「ふえ?」
 見るなと言われた次の瞬間、キャーと上がる泉の悲鳴。
「ガ、ガガガ、ガーウィンさん! しまって! ソレ早くしまって下さーいっ!!」
「ソレとか言うな! 俺様のビッグなお宝!!」
「アホかっ! ガーウィンさっさとズボン上げろ! 咲菜に、んな恐ろしいモン見せんじゃねぇ!!」
 水中に撃沈したナンパ組の最後の抵抗だったのだろう。
 沈む寸前捕まれた裾に、ガーウィンの水着は膝までズリ下ろされ、彼は今生まれたままの姿全開になっていた。
 泉の悲鳴と、聖稀の罵倒を受け、慌てて水着を引き上げるガーウィン。
 そのガーウィンの慌てっぷりに、
「あは…あははははは……っ!」
 咲菜は笑った。
「咲菜……?」
「あは、ゴメン…でも、可笑しくって……あははははっ!」
 怖かった。怖かったけど、助けに来てくれた。
 だから心底安心して、可笑しかったのだ。
「ふふふ…はははははっ!」
 つられて、泉も笑い出した。
 聖稀も、ガーウィンも笑みを零す。
 腕の中抱きかかえられた、ののもぱんたもどこか楽しそうだ。
 突然のナンパ事件と解決に、揃って笑い出した4人は、直前の緊張感など何処へ行ったのか、いつまでも笑い続けた。


 このまま死なれても困るから、と不埒な2人組をすくいプールの縁に乱暴に投げ捨てた所で、遅まきながら騒ぎを聞きつけやっと飛んできた係員にガーウィンは舌打ちをした。
「うら。逃げるぞ」
「うひぃ!」
「ったく、しょーがねぇなぁ!」
「ふぁわわっ!」
 ガーウィンは泉の、聖稀は未だ笑いの納まらない咲菜の手をそれぞれ握り、4人は駆け出した。
 元々悪いのは白目を剥き床で伸びている2人組だったが、過剰な正当防衛だった気がしないでもない。
 ここは逃げておくのが正解である。
「ふーう、ここまでくりゃ安心だろ」
 全力疾走の後、先頭のガーウィンに引きづられるようにして辿り着いたそこは、何故か大勢の人の列の中だった。
「え? アレ?」
 流れに乗って、押されるようにグイグイと人の列は前に進む。
「コレ、なんの列ですか?」
「えへ」
「……えへ、って。ガーウィン、お前……」
 どうやら確信犯であるらしい。
 茶目っ気たっぷりで、舌を出し視線はあさって可愛らしくパチパチと瞬きする男に嵌められ、気が付けば4人は高いスライダーの上にまで来てしまっていた。
「うひいいィィッ!?」
 既に泉は腰が砕け立っていられない状態だ。
 しかし最初の時と違って、後ろは大勢の人の待つ列。ここから引き返す事など出来なさそうだ。
 係に促され、ガーウィン、泉、咲菜、聖稀の順で、4人揃って乗せられたのは黄色のゴムボート。
 どうやらこれに乗り、下まで一気に滑り降りるウォータースライダーのアトラクションであるらしい。
「うっしゃ、行くぜ皆!」
「ぎゃーっ、無理です、イヤァーッ、助けてぇーっ!!」
「わ、わわっ、高い! 流れも早い!? きゃぁーっ!!」
「のの、ぱんた、しっかり捕まってろよ!?」
 全員が互いの体をしっかり抱きしめ、1つのチームになる。
「ひゃほーいっ!!」
「ぎぃやあぁぁーーーッ!!!」
 年甲斐も無いガーウィンの奇声と、泉の絶叫と共に、4人のボートは弾丸のように一気に下まで駆け抜けた。


「泉、お前なー。ナンパされ過ぎ」
「たっ」
 ペシッと額を叩かれ、泉は肩を落とした。
 尻尾こそ出ていないが、ションボリとした泉から見えない彼女の尾の様子は自然想像が出来た。
 楽しかった時間もあっという間に過ぎ、外はすっかり暗くなってしまっている。
 プールから駅に向け歩きながら、聖稀は上を見上げる。
 濃紺の絵の具をぶちまけたかのような夜空は、所々塗り忘れの星が煌き輝いている。
「ガーウィンさんって、優しいよね」
 軽妙なやり取りを続けながら前を歩く、何でも屋とその相棒の2人の背中を見詰めながら、不意に咲菜が隣の聖稀に向け呟いた。
「はぁ? どこが!?」
 心底驚き、同意出来ない、と高い声を上げる聖稀。
 今日一番に助けてくれたヒーローに向け、柔らかい笑みを返しながら咲菜は続けた。
「だって。恥ずかしがり屋な泉さんを楽しませようと、色々引っ張ってってくれるし。私にも、大丈夫かー疲れてないかーって、さり気無く気を使ってくれるし」
 聖稀を見上げる咲菜の瞳は、夜空の星に負けない位キラキラ輝いている。
「聖稀だって、普段は学校じゃそんなに喋らないのに。ガーウィンさんの前だけ違うよね。ガーウィンさんが、聖稀の元気な部分、いっぱい引き出してくれている」
 私には出来ないよ、と心の中で付け足しながら、咲菜は未だ呆けたままの聖稀に笑顔を向けた。
「やっぱりガーウィンさんは、優しいよ」
 それは別に気を使ってるとか、何か深く考えて、他人の事を思って行動しているとかじゃなく。
 あの男が本能のまま生きているだけで、それが周りを巻き込み、結果そーゆー事になってるんじゃないかって。
 聖稀は思ったが。
 何も、言えなかった。
 咲菜の考えを、否定したいんじゃなくて。咲菜の言う事も一理あるかな、と思った訳でもなくて。
 そんな風に考える、咲菜が、凄いなって。
「……あー」
 凄く、いいなって。聖稀は思った。
「うん……」
 でも。水着の時と一緒で、上手い言葉が出来こず。
 結局、聖稀は小さく頷いただけだった。



 ガタン、ゴトン。電車は揺れる。
 4人を乗せて、揺りかごのように。
 いつの間にか互いに肩を預けて、寄せ合って眠ってしまった。
 あまりにも、楽しかったから。あまりにも、心地良かったから。
 ガタン、ゴトン。夢の中、囲む笑顔はこの街で出来た大切な人達。
 寝過ごしたって、気にしない。最後の電車でも大丈夫。
 皆揃って手を繋いで帰ろう。そうすれば、もっと居られる。一緒に居られる。
 ガタン、ゴトン。どこまでも、いつまでも。
 どうか、今この幸せな時が、ずっと長く続きますように。


クリエイターコメントこの度はオファーありがとうございました。
『バッキー運動会』の後日談を、ご指名頂き本当に光栄です。
4人の皆さんがいつまでも楽しい時を過ごせますように。
少しでも気に入っていただければ幸いです!
公開日時2008-11-16(日) 22:20
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