★ そこにいる、ということ ★
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号589-6304 オファー日2009-01-11(日) 18:06
オファーPC ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
ゲストPC1 コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
<ノベル>

 自分が映画から実体化した存在なのだ、という事は、対策課で一番最初に教えられた。特に何の感慨もなく、そうなのか、とそのまますとんと受け入れたと思っていたが、どうやら自分の理解が及んでいなかっただけらしいと最近よく思う。
 この街だからこそ、彼はここで「生きて」いられる。本来会うはずのなかった相手とも会って、話をすることもできる。
 それは果たして幸せなのかどうか、今の彼には判別がつかない。
(こんな事を考えられるほどには、平穏、か)
 彼が今まで生きてきたのは、こんな生温く優しい世界ではなかった。この街だって色んな不確定要素を孕んでいるし、いつ弾けるともしれないのだからそういう意味ではすごく不安定だけれど。
 こうして呑気に、ただ街を散歩できる時間が持てるのは「ここにいる彼」だからこそだろう。
 世界が呑気なのは良い事だと自分に言い聞かせるように呟き、何かを探すように視線を巡らせた。
 それに気がついたのは、単なる偶然だろう。何だか見慣れた顔だなと思い、通り過ぎかけ、ふと足を止めた。
 見慣れた顔。見慣れすぎた顔。毎朝鏡を見る度に彼を見据えてくる、あれは自分の顔ではないのか?
 少し身体を後ろに傾けるようにしてもう一度見直し、確かに自分だと認識して僅かに眉を潜めた。
(あれは……私の出ている映画、か?)
 疑問を覚えながら視線を巡らせれば、それが並んでいるのはレンタルショップのDVDの棚だと分かる。ならば彼の周りの顔触れを見ても知った顔ばかりのあれは、確実に彼の映画を収めているのだろう。
(私の出てる、はおかしいのか。私は役者じゃない。あれから、私が出てきたんだ)
 そうなのかと複雑に呟き、気づけばその店に足を踏み入れていた。


 コレットが部屋を訪ねてきた時も、彼は「自分の映画」をぼんやりと眺めていた。
「こんにちは、ファレルさん」
「ああ。こんにちは、コレットさん」
 ぼんやりしたまま答え、彼女が首を傾げながら入ってくるのも分かったけれど映像から目を離せなかった。
「何か面白い番組でもしています?」
 尋ねながら隣に来たコレットは、画面の中で戦っている主人公を見て目をきょとんとさせた。それからファレルに視線をやり、またテレビに向き直り、あら、と頬に手を当てた。
「これ、ファレルさんの映画なんですか」
「みたいですね」
 まるで他人事のように答えるファレルにコレットは小さく苦笑し、一緒に見てもいいですかと尋ねてくるので一つ頷いた。そうしている間にも映画はどんどんと展開していき、ほんの五分ほどで立案を終えて行動に移している。
(あの時は、あいつが最後まで反対して。朝までかかってようやく結論を出したんだ)
 映画の中では、五分でも。彼の中ではあの場所に至るまで、一日以上かかっていた。
 どうして自分がこれを見ているのか、さっぱり分からない。筋書きになんて興味はない、彼はその時間を「生きて」いた。記憶の中には、映画にはない仲間と交わした軽口さえ残っている。この先どうなるかなんて、教えてもらわなくても知っている。
 役者が気になるわけでもない。それは「映画俳優」などではなく、ファレルにとっては大事な仲間で、打ち倒すべき敵だ。誰の顔を見ても懐かしくは思うが、こんな風に映像におこした物を見たいほど遠い記憶でもない。
 それならどうして、と自問したままただ映像を眺めていただけのファレルの横では、危ないわとか、危険だわとか、そっちは駄目よといちいち反応する声が聞こえる。
 どうやらコレットはそれを見るのは初めてのようで、はらはらした様子で見守っているのがよく分かった。
 彼女にとっても、これはどんな意味を持つのだろう?
 今隣にいるファレルの姿を映し出した記録か、それとも単なる娯楽映画か。
 知らず映像を眺めるのを忘れて感情豊かに見入っているコレットばかりを眺めていた。
『ファレル……!』
 唐突に彼の耳を打ったのは、映像の中で呼ばれた声。そちらに顔を戻すと、当然ながら知った顔がそこにいる。映画でいえばヒロインの立場にいる、大事な仲間。助けに行った彼を見つけて繰り返し名を呼ばれた、その時の記憶は刺激されるがそれ以上ではない。
 ただ今まではらはらと見守っていたはずのコレットが、少し間の後にぽつりと呟いた。
「綺麗な人ね」
 その呟きを聞き、そうなのだろうかと心中で首を傾げてしまった。
 ファレルにとって、彼女は大事な仲間だった。彼はリーダーだったのだから全てを守る義務はあったが、彼女は自分の背を守ると言ってくれた。確かに頼りになる仲間として信頼していたが、顔の造作など気に留めたこともなかった。
 だが、コレットが言うならば「綺麗」ではあるのだろうか。
 そんな程度の認識しかできないでいると、コレットがちらりと視線を向けてきた。
「好きだったの?」
 何気なくといった疑問に、まさか! と思わず反射のように声を張り上げていた。
 何度も言うが──実際に口にはされていないのだが──、彼女は大事な仲間だった。そういう意味では大切だし、仲間としては好きだ。けれどきっとコレットが尋ねた「好き」は別の意味で、それはファレルにとって有り得ない感情だった。
 それをどう伝えるべきなのかと言葉を捜している内に、コレットはふぅんと何度か頷いてまたテレビに向き直った。
 あ、と思った時には「映画」はクライマックスに向かっていて、コレットは再び心配そうにおろおろと見入り出したのが分かって、続ける言葉を失くしてしまった。
(どうしてもっと、こう……)
 告げられる言葉なら、幾つもあったはずだ。彼女を好きではなかったし、今彼が好きなのは──、
 小さく溜め息をつき、肘を突くようにしてテレビに向き直る。言葉を紡ぐことが苦手なのは、元々の彼の性質だ。今更変えられるはずもない。言いたいことは山ほどあっても、それを簡単に伝えられる相手でもないのだから考えても仕方がない。
(貴方のほうが好きです、なんて)
 言えるはずがない。
『覚悟はいいか』
 画面の中から、自分が尋ねる。コレットは何故か胸の前で祈るように手を組むと神妙な様子で頷いて苦笑を誘うが、実際に笑う気分にもなれない。
 敵地に乗り込む以上の努力を強いられる、まだ覚悟なんかできてない。



 映画が終わり、ファレルが死んだ後に反乱軍が無事に勝ったことを教えてくれた結末を見て、僅かばかりほっと息を吐いていた。
 この結末を確かめる為だったならば、これを借りて来て見ていた価値もあると納得したのに、何故か隣でコレットは泣きじゃくっていた。
「コレットさん?」
 どうかしましたかと慌てているのに平坦にしか聞こえない声で尋ねると、だってファレルさんがと呟いたきりまた激しく泣いてしまう。
 ファレルはあの結末を安堵さえして受け入れたにも拘らず、コレットは反乱軍の勝利よりも彼の死を悼んで泣いてくれるのか。
(ああ。この人があの世界にいたら……)
 もう少し、無茶な戦い方を控えただろうか。
 ちらりと詮無い考えが頭を過ぎり、いなくて良かったのだと心中に呟く。
 コレットがいる事で、彼の選択肢は大分狭められてしまう。この街ではそれも受け入れられるが、今見た「世界」で、ファレルは自分にそれを許せない。
 この街に実体化した事が、もし夢と消えても。今彼の為に泣いてくれるコレットが傍らにいる、この時間は「今のファレル」の中にはちゃんと残る。
「そんなに泣かないでください。……お茶でも淹れましょう」
 落ち着きますよと言い置いて茶を淹れに向かい、戻ってきた時にはコレットの涙もようやく止まってくれたらしい。
 ほっとしたままコレットが持ってきてくれたお菓子を食べながらお茶を飲んで少し話をした頃には、もう夕方になっていた。遅くならない内に帰りますねと笑ったコレットを引き止めるだけの情報も理由もないから、そうですかと頷いて玄関まで送る。
「あ、ここでいいですよ。お邪魔しました」
「いえ。……また、いつでも来てください」
「そんなことを言うと、本当に押しかけてきちゃいますよ」
 次はクッキーでも焼いてきますねと笑いながら靴を履き終わった彼女が、それじゃあここでと頭を下げた拍子に口を開いていた。
「貴方のほうが」
「?」
 何、と小首を傾げるコレットに、無理なく言葉が続く。
「貴方のほうが……、綺麗ですよ」
 小さすぎる声でも、すぐ側にいるコレットには届いただろう。
 何の話だろうかときょとんとしたコレットは、彼が続けられる言葉を探している間に思い当たってくれたらしい。くすりと小さく笑い、すごぉく今更と笑いながら揶揄される。
 それに返す言葉がなくてそうですねとばかりに俯きかけた時、ふわりとコレットが笑った。
「でも、嬉しい。ありがとうございます、ファレルさん」
 すごく嬉しいのと照れたように笑いながら告げられる声は耳にくすぐったく、言葉も失くしてただ見惚れていた。

クリエイターコメント色んな意味で長らくお待たせしてしまいましたが、どうにか書き上がりました。自分の実力不足を痛いほど噛み締めておりますが、できる精一杯で書かせて頂いたつもりです。少しでも気に入ってもらえましたら幸いです。

どうにも言い訳がちになってしまいますので、多く語るのはやめておきます。この度はオファー頂きまして、ありがとうございました。
公開日時2009-01-16(金) 14:30
感想メールはこちらから