★ 夜に漂う ★
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号589-8500 オファー日2009-06-30(火) 23:52
オファーPC ヤシャ・ラズワード(crch2381) ムービースター 男 11歳 ギャリック海賊団
ゲストPC1 アスラ・ラズワード(crap4768) ムービースター 男 16歳 ギャリック海賊団
<ノベル>

「あんちゃん……、起きてっか?」
 ぽつりと尋ねたヤシャの声に応えるように、ゆぅら、と緩く尻尾が揺れた。
 海賊船から少し離れ、海を臨める崖の上。何となく兄弟二人でやってきたそこで、昼間は虎の姿をしているアスラがのんびりと寝そべり、その身体に寄りかかるようにしてヤシャが座っている。
 二人一緒に受けた呪いのせいで今は虎の姿となっている兄のアスラは声にはしてくれないが、閉じていた目を開けてそっと窺ってくる。ヤシャはそれを感じながらも海を見据えたまま、ぽつりと呟くように尋ねる。
「この街、もう消えちゃうんだよな」
 厳密に言うと、消えるのはこの街にかけられた魔法、だ。ただ言わんとすることは分かるのだろう、アスラはそれを指摘せずに頷くような仕草をした。
 ヤシャはそうだよなとあんまり実感してないような様子で呟き、立てた自分の膝に両肘を突いて顎を乗せた。
「親父はこの街を守るために頑張ったんだよなぁ」
 頑張ったというなら、この街の全員が。それでも中でも活躍が目覚しく、そして今回唯一戻らなかったのは兄弟が所属する海賊団の船長。直接の知り合いならずとも多くの人が彼を讃え悼むが、ヤシャは彼が戻ってこないという事実を上手く受け止められずにいた。
「だってさぁ、親父じゃん。帰ってきそうじゃねぇ、何かすっげー普通に」
 馬鹿笑いしながらさー、とぽつぽつと呟くように語ると、アスラは少し困ったように目を伏せた。ゆらり、と尻尾が揺れるのが視界の端に見える。
 ヤシャは頬杖を突いたまま、溜め息をついた。
「帰ってきそう、なのになぁ」
 帰ってこないのかなぁと、呟くと何だか鼻の奥がつんとした。他の仲間たちの前では絶対に泣きたくないし、泣いたら何かもう「いなくなった」と認めてしまうようで、それが嫌で悔しくて必死に堪えていたけれど。過去形で喋ることさえ嫌だけど、……でも。
 同じように信じ難い、信じたくないと思った面々が、彼のプレミアフィルムを海から拾い上げたらしい。それがあるということは、この街にもう彼はいない、という何よりの証──。
 じわっと、目の端が熱い。痛い。唇を痛いほど噛み締めるのに、ぼやっと視界が歪んだ。
「ど、して……、だよ。どうして親父なんだ、何で親父がいなくなっちゃわないとなんないんだよーっ!」
 怒鳴るように叫ぶと、ぼろぼろと涙が落ちた。船の上では決して見せないが、ここには実の兄たるアスラしかいない。張り詰めていた気が、ぷつり、と切れると今度は涙が止まらなくなる。
 まだ十一才でしかないヤシャにとって、信頼し敬愛していた船長の喪失は耐え難い痛みだった。実感がない内は普段通りに過ごせたとしても、プレミアフィルムの引き上げや時間が経つにつれ姿を見ないという事実が重く圧し掛かり、激しく泣きじゃくる。
「まだ一杯教えてほしい事もあったのに、……一緒に遊んでくれるって行ったのに! まだ全然世界中の宝なんか探し尽くしてねぇのに、っ、嘘つきー!」
 うわあと声を張り上げて泣き叫んでいると、のそりと身体を起こしたアスラが慰めるように身体を寄せてくれる。
 ひどい嘘つき何で親父が置いてかないで。自分でも分からないまま叫び、ふかりとしたアスラにしがみつくようにして縋る。ただひたすら泣きじゃくる間、アスラは黙って尻尾で肩や頭を撫でてくれていた。


 今まで堪えていた分、激しく泣きじゃくった弟は日が落ちて狼の姿になった。人の姿に戻ったアスラは泣き疲れて眠ってしまった弟の柔らかな毛並みを慰めるように撫で、ぐっと唇を噛んだ。
 こんな呪いを受けたのは、彼のせいだ。怖がる弟を連れて森に入り込み、そこで呪いを受けた。ヤシャは彼の無謀のとばっちりを受けただけで、実の親にまで捨てられたのだ。
 申し訳なさすぎてあまり口にもできないが、二人で海に流された時、ヤシャになら殺されても仕方がないと思った。彼を食らってヤシャが生き延びられるならそうしてもいいとさえ思い詰めた、それを助けてくれたのが今彼らが身を寄せている海賊団だ。
 海は、彼ら兄弟にとって碌な記憶にならないはずだった。何の慈悲も希望もなく、絶望そのものを湛えていたあの暗さには今でも寒気を覚える。
 常に飢えと乾きに満ちていて、大量にあるはずの水は彼らの周りでからかうように揺れているのに彼らを救ってくれなかった。昼は毛皮を纏ったアスラが特にばてるほど容赦なく太陽が照りつけ、夜はヤシャの毛皮に縋って二人で丸まっていなくてはならないほど寒かった。
 その空腹と苛酷な環境を齎した海に生きる、海賊。警戒したのは僅かだけ、死にかけていた彼らを引き上げて豪快に笑った船長は、惜しみなく水と食料を与えてくれた。呪いの事を知っても動じた風もなく、寧ろ面白ぇと笑い飛ばされ。行く先がないと知ると、そのまま船に置いてくれた。
(船長……)
 太陽、正に彼はそんな存在だった。二人で漂っている時はあれだけ恨めしかった灼熱は、けれど夜に震えていた彼らを確かに救い上げてくれた。その船に乗る全てが仰ぎ、焦がれる、強い光。
 その側にあれる事を喜んだのは、ヤシャだけではなかったのに。
 幼い弟は、アスラよりもずっと早く彼とその船に慣れた。何より船長に憧れ、崇拝し、父を慕うように気づけば親父と呼んでいた。最初のきっかけを失ったせいでアスラは呼べずにいたけれど、ずっとそう呼べればいいと願っていた。
(どうして、あんたが)
 ヤシャが泣きながら叫んだように、どうして彼が失われなくてはならなかったのか。
 幼い頃から仰いでいた太陽が失われ、どれだけ心細いだろう。船に乗る全員が、多かれ少なかれ喪失感に苛まれている。今まで頑なに受け入れていなかったヤシャまでが泣き叫んだ、あれは彼が喪われたと受け入れた事に他ならない。
「分かってる……、受け入れても受け入れなくても、もうあんたはいない。そんな事……っ」
 分かっている、理解している。それでも受け入れ難いのは、どうすればいいのか。
 ヤシャがいるから努めて大人ぶっているが、アスラだってまだ十六才だ。いきなり空から消えた太陽に、ただ嘆きたいほど打ちひしがれている。
「親父……」
 呼びたかった、ずっと。今はもう、叶わない。
 唇が震え、泣きたくなる気持ちごと噛んで堪えて狼姿のヤシャを抱き上げた。そうして太陽を失った帰るべき船へと足を向けながら、意地でも泣かないと決めて前を見据える。
「あんたは消えてなくなったわけじゃない……、ただ、夜になって沈んだんだ」
 そうだろう、と思い出すあの笑顔に向けて、親父と小さく呟く。
「停滞してるのに飽きて、……先に宝探しに出たんだ。残されたクルーの身にもなれよ」
 誰が進路を示すんだよとぼやくように続け、発作的に泣きたくなったのをもう一度堪えて抱いて運ぶヤシャを見下ろした。
「もうじき、この街の魔法も解ける……、そうしたら、追いかけたらいい」
 彼はただ、先に行ったのだ。後からでも、必ず追いつけるはずだ。待ちきれず先に行ったはいいが、一人だと淋しくてきっとどこかで待っているはずだから。自分の勝手を棚に上げて、追いつくなり遅え! と怒鳴られるかもしれない。たまに子供じみた船長は、それでも彼らを見捨てたりしないから。
「だから、……もう泣くな」
 夢の中でまで泣きそうにしているヤシャに、宥めるように言い聞かせるようにして囁く。今ここにいない事を受け入れても、完全に失われたはずがない。
 それなら、また同じ船で。一緒に航海に出よう、とびきりの財宝を求めて、楽しい旅はいつでも始まる。



「ヤシャ」
 いつまで寝てる気だとアスラの声が目覚めを促し、ふあ、と大きく欠伸をする。うーんと身体を伸ばし、早くしろと心なし嬉しそうに呼んでくる兄を見上げる。あんちゃん? と首を傾げると、何やってんだぁとドアの向こうから懐かしい声が聞こえた。
(懐かしい?)
 昨日も寝るまで宴会をしていたはずだ、どこかの島に降りた覚えもないならいつも通りずっと皆この船にいたのに、何が懐かしいのか。
 自分の思考ながら何の事やらと首を捻っていると、さっさとしねぇと置いてくぞ! と楽しそうに船長に急かされる。慌てて兄を見上げると、アスラが早くしろと手を伸ばしてきた。
「島が見えたんだ、お宝だぞ!」
 早くしないと別の奴に先を越されるぞと脅され、慌てて部屋を飛び出す。何だか、すごく懐かしく楽しい気持ちがこみ上げてくる。
 甲板に出て、思わず高く吠えた。太陽のない空は心細いけれど、でも彼らの太陽は確かにこの船にあるから。煩いと怒鳴りつけてくる仲間の声の間に、先越されたなぁと笑う船長の声。
 部屋から出てきたアスラだけでなく、甲板にいる全員がどこか懐かしむように見つめるこの船の太陽。
 ああ、帰ってきたんだと呟いた声は、誰が発したものだったかも分からず船長の鬨の声に紛れた。

クリエイターコメント少し遅くなってしまいましたが、最後のプラノベ書き上がりました。
かの有名な海賊団の方の最後の日々を書かせて頂くということで、何やら手がぷるぷるしてしまいましたが。
受け入れ難い現実と、それに向き合う姿勢をちゃんと描けたでしょうか。幼い兄弟様にとって、少しでも救いの見える形で書き上がっていればいいのですが……。
少しでもお心に添う形になっていますように。

大事なシーンをお任せくださいまして、誠にありがとうございました!
公開日時2009-07-07(火) 18:40
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