★ ホーンテッド・ハザード! ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-4191 オファー日2008-08-18(月) 09:31
オファーPC ケト(cwzh4777) ムービースター 男 13歳 翼石の民
ゲストPC1 チェスター・シェフィールド(cdhp3993) ムービースター 男 14歳 魔物狩り
<ノベル>

 そこは、ひっそりとした恨みと怨念に満ちているはずだった。ひんやりとした空気と、またひやりとする恐怖とにも。しかしここにはあの、恐怖と、でもほんのちょっとの期待に包まれた声が響くことはない。
 ――怖がって、くれない。誰も怖がってくれない、なんて……
 その想いは、いつしか形を得る。

「っぎゃあああぁぁっ!?」

 銀幕市某所。昼間から盛大に悲鳴が上がっていた。目の前をゆーらゆーらと漂う青白い発光体……というかいわゆる火の玉……を目の当たりにしてしまったケトは、おのれの不運を嘆いていた。別にばらばらで行くんじゃないし、一人じゃないんだから怖くないだろと言って彼をここに連れ込み、今は隣を平然と歩く、さらさらとした黒髪の少年の腕をがっとつかんで引っ張る。
「ひっ、ひひ、火の、火の玉!! 火の玉がッ!」
「……ああ、そうだな」
 彼……チェスター・シェフィールドは笑いを噛み殺しながらそれに相槌を打った。チェスターには、火の玉はどう見ても上方向に釣り糸が生えている、ひらひらのそれっぽい飾りつき電球のように見えてしょうがないのだが、それ以上にあまりに気持ちよく反応するケトが見ていて楽しくて仕方ないのだ。
 偶然見つけて入ったお化け屋敷。そこにそれがいつからあったのかは知らないが、二人は何となく成り行きで入ってみようということになったのだ。折しも季節は夏。肝試しには、ちょうどいい。
「……と思ったけど、それにはちょっと微妙だな」
 お化けや仕掛けの感想としては、本音はそんな感じだった。
「えっ!? な、ななな何が?!」
 チェスターの呟きは思わず声に出ていたらしい。ケトが、深緋色の髪が風を孕むほどのものすごい勢いで振り返る。それにチェスターは、ひらりと手を振った。
「いや、なんでもない」
「何でもないんならさ、でっ、でで出ようぜこんなとこ!!」
 ケトは踵を返すと入ってきたところの扉に飛び着いた。なにも出口まで行かずとも、ここから出てしまえばいいのだ! 渾身の力を込めたはずの腕はしかし、がたんと扉に音をたてさせただけにとどまった。
「……っ、うん?」
「出るのか? 何だつまらな……ってどうした?」
 背後からかかったそのチェスターの声に、首を後ろに向ける。わがことながら、なんとなく、首がぎぎいっという音を立てたようにも思えた。……なんとか口は開いたが、言葉が出てこない。紅色の瞳は、はっきりと恐怖を張り付けていた。
「とっ……とびとび……」
「……は?」
「扉が、あか、ない……」
「ふーん……?」
 思わずあごに手を当て唸っているチェスター。
「なっ、なんでそんなに冷静なんだよ! 危険だろ! 危険だよ!」
 思えばこんなお化け屋敷があった記憶はない。……となれば、この現象は……
「まさかムービーハザード、か……?」
 その言葉に、誘う様に火の玉が通路の奥へと消えていった。相変わらず釣り糸ごとではあったが、恐怖でパニック寸前のケトの眼中に、映るわけがなかった。
「うわああ、火の玉が誘ってる!? 行ったらどうなっちゃうんだ俺達!」
「行くぞ」
「いっいい、行くのか……?!」

 がこんっ!!
「うぅーらぁーめぇーしぃーやぁぁあ!?」
「うわあああああッ?!」
「うぉっ!?」
 突如近くの墓石が跳ね上がり、白装束に身を包んだ女がすさまじい形相で現われる。二人揃って思わず半身を引くケトとチェスター。しかし。
「っあぁぁッ?! 目が! 目が合った?!」
「これ良く見るとあんまり……っておい、転ぶぞ!?」
 制止を振り切って走るケトの頭に、何か弾力のあるものがうにょんと当たった。あまり気持ちがいいとは言い難いその感触に、思わず足がもつれる。
「っぎゃあああぁぁ!」
「どうした?」
「なんか頭に! 頭にあたあた」
 ころんだケトは慌てて立ちあがる。いったい今のは何だったのか。別に知りたくもないが原因がわからないのも怖い。左右を確認してからごくりと唾を飲み込み、決意を固めて上を見上げ……
「ひゃああああっ?!」
 突如首筋や羽のあたりに走った、異様な冷たい感触に飛びあがる。氷になでられたなどというものとは雰囲気が違う、なにか生き物めいた、生々しい感触。しかし温かみは一切感じられない……
「あ、悪い。ここまで驚くとは」
 振り返った先には、先ほどケトにぶつかったものであろう紐がくくりつけられたこんにゃくを手に、苦笑するチェスター。
「な……!?」
 思わず絶句するケト。しかしチェスターが突然、その背後を指さした。
「おい、あれ」
「ひぁっ!? なっなな何だよ!」
 慌てて振り返る。そこには変わらず三叉路になった通路があるだけだった。……いや待て。さっきは一本道ではなかったか? それが今は、三叉路?
「ち、ちちチェスター!」
「三叉路か……まるで生きた迷路だな」
「のっ、のんびり発言してる場合とかじゃないし! ここ、本当に何が……!?」
 思わずひき返そうとしたケトは再び『例の彼女』と目が合ってしまうのだった。
「うぅーらぁーめぇーしぃ――」
「ぎゃあああああぁぁっ?!」
「……いや、それ二回目だから」

「次、どっち行く?」
「出口のある方!」
「……どっちだ」
「右! 右に行こう! そんな気がする!!」
 気絶したケトを起こしてから進むこと少し。T字路に突き当たった二人は、薄暗い照明の中、どんなシチュエーションにしたかったのかが不明な、何となく血塗られたようなまだら模様をもつカーブミラーの前でどちらに行くか悩んでいた。
「……右でいいのか?」
 血らしきものの付いた鏡など、ケトは見られる訳もない。仕方なく下のあたりを見ていたのだが、足もとになにやら白骨のようなものが見えてあわてて目をそらした。
「何だよ……いや、見てない! 見てないったら!」
 正直な話、チェスターの方は事情が違っていた。血のような模様とはいえ、『のような』なのだから、おおむね特に何も感じることなくそのカーブミラーを見ていた。彼が見る限りでは右側など、あからさまになにやらゾンビめいたものがうろついているように見えるのだが……先が見えてしまっているなど、どう考えても設計ミスとしか思えない。
「じゃ、右行くか」
 T字路を右に曲がる。曲った先には……
「うがあぁぁぁ!」
「わああああああっ!?」
 ゾンビめいたものと真正面から対峙するケト。
「……やっぱり、そうだよな」
「助けてぇぇぇッ!」
 目を見張るほどの素早さでケトがチェスターの後ろに隠れようとした。しかしかくかくと動いたゾンビに後ろから手をのばされ、その皮が骨にまとわりついたような指が、がっとケトの羽根にかかる。それは、実際は触れた程度だったのだが、それだけで十分だった。ぴたりと固まったケトは、ぎぎいっと首を後ろへ向ける。ひたりと、ゾンビと視線が絡み合う……そんな気がした。なんだかよくわからないけれど肉の削げ落ちた頬だとか窪んだ眼窩だとかが、すぐ目前に――
「うわああああぁぁっ?!」
「え、ちょっと――」
 くるりと回れ右をしたケトがチェスターの横を抜けていく。残念ながらゾンビと鉢合わせることになってしまったチェスターは、そのゾンビを掴んで顔を見合わせた。作りものもいいところだ。……むしろどことなく愛嬌がある気すらしてくる。と、ケトが戻ってきた。必死の形相でチェスターの袖をひく。
「ま、また道が変わってるよっ! どこ行きゃ出口になるんだよ」
 チェスターは思わずゾンビの腕を掴んで彼と一緒にその先を示した。
「あっちじゃねぇか?」
「ぎゃーっ、ち、ちちちょっとその腕ッ!?」
 顔を真っ青にするケト。さきほどからコロコロと表情が変わり、おそらく一人で入っていればつまらなかったであろうこのお化け屋敷であっても、まったく飽きない。むしろ面白すぎる。チェスターはゾンビを道の隅の方に安置すると、先に立って進みだした。
「よし、先に進むぞっ」
「ま、待ってっ、置いてくなってば!!」

 時折上がる悲鳴と、けれどどこか楽しむ空気。まるで夏の暑さごと現世を忘れたようにはしゃぐ声と、どうしたって拭いきれない恐怖感。
 ――もしかしたらもう得られないかもしれないと思っていた、どうしたって聞きたかった、その歓声、が。

 今は、十分すぎるくらいにそこには溢れていた。

「ど……どっちだ……」
 もはやケトは必至だった。この恐怖の時間を何とかして終わらせたい思いでいっぱいである。かなりもう歩いていることだし……
「そろそろ出口でもいいんじゃないかと思う。っていうか出口であるべきだ! そうに決まってる!! どこだよ出口ぃぃ!?」
「……全部声に出てるぞ」
「ひ・だ・り・だ! 左に行こうぜ!」
 薄暗く、ひやりとした重いように感じる空気がわだかまっていたその先には……最初にも見たような扉があった。
「で……出口だっ!」
「そうじゃない可能性もあるけどな」
 チェスターのコメントにはケトは耳を貸さず、ノブに手をかける。ぎっと少し体重をかけて、外向きに押しあけた。……ふわーっと、真白い夏の陽光が二人の両目を刺す。今まではすっかり忘れていたような、うだるような夏の暑さがまとわりつき、しつこいくらいの蝉の声が世界を満たした。
「うわっ」
「やったーっ! 外だッ!!」
 ケトが満面に笑顔を浮かべて両手を伸ばした。日差しは暑いが、夏らしい。しんとしたあのおどろおどろしい空気もなく、アスファルトやら何やらで熱された空気が懐かしくすら感じる。
「一体何だったんだ……」
 陽光に茶の瞳を細めつつ、チェスターは振り返り……
「ケト」
「何だよもう入んないか……え? あれ?」

 ――そこには、なにもなかった。

 いや、なにも無いといえば嘘になるだろう。そこには一つの映画のフィルムが落ちていたのだ。しかし、それだけ。お化け屋敷があった跡など、どこにもなかった。
「ハザード、だったのか?」
「……みたいだな」
 ケトはそれを地面から拾い上げようと手を伸ばした。その瞬間に、ふわりとまた首筋に冷たい風が吹いた気がして身を竦める。
「――あれ?」
「今、何か聞こえなかったか?」
 一陣の風はひんやりとして、まるであのお化け屋敷の中の空気のようだったけれど。
 でも聞こえた声は確かに、ありがとうと聞こえた気がしたのだ。

「……さんざん驚かされた記念に、それ、もらっとくか?」
「いや、でも、ほ、ホラーなんだろこれ?!」

 ――夏の空に、二人の声が溶け込んでゆく。



クリエイターコメントオファーありがとうございました!

お化け屋敷という夏らしいオファー、
しかも仲のよいお二人ということで、
とても楽しく書かせていただきました。

お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2008-08-21(木) 19:10
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