★ ケトとチェスターのおかしなダンジョン ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-4482 オファー日2008-09-03(水) 23:47
オファーPC ケト(cwzh4777) ムービースター 男 13歳 翼石の民
ゲストPC1 チェスター・シェフィールド(cdhp3993) ムービースター 男 14歳 魔物狩り
<ノベル>

「……おい、バカケト」
「バカじゃねぇよ、ケトだよ。なんだよ、チェスター」
「これはなんの冗談だ?」
「冗談じゃないみたいだけどなー」
「なに気楽に笑ってんだ、このバカケトッ!!」
「いってぇー! なんだよ、殴ることないだろ、痛いだろ!」
「んなこた、どーでもいいんだよ!」
「よくねぇよ、痛ぇよ、バカチェスター!」
「お前にバカって言われたくねぇよ、バカケト!」
「またバカって言った!」
「っだー! んなこたマジどうでもいい! 俺はっ! なんでこんな『まさしく大ボスがいます』的な洞窟の前に立ってなきゃならねぇのか聞いてんだーっ!!」

 遡ること、数分前である。
 ケトとチェスターはゲームセンターへと向かう途中であった。空には夏の名残か太陽がサンサンと輝いている。
 そんな中でもテンションが高く元気なのは、ケトであった。
「なあなあ、チェスター! 今日は何やる? シューティング? ミュージック系? ドライブもいいよな!」
 ぴょんぴょんと跳ねるように歩くケトに対し、ポケットに手を突っ込んで太陽のまぶしさに若干辟易しているのがチェスターである。
「そうだな、シューティングにすっか」
「……自分から言っといてアレだけどさ、あの血がどばーってヤツ? うえぇ」
「いやマジ自分から言っといてアレだな、ケト」
 胸を押さえてがくりと肩を落としたケトを横目に、チェスターが笑う。
 いつもの会話、いつもの道。そして、いつもの曲がり角を曲がったところで、異変は起きたのだった。
「ん?」
「おあ?」
 ぐにゃりと歪む空間。眩しい光がふつと閉ざされ、じりじりとした暑さが消え、一陣の風が二人の髪を乱した。
 目の前に広がるのは、茫漠とした荒野。その中に、荒れ果てたと言うがまさしく似合う、村。こんな場所に集落があること事態が不可思議な、まるで唐突な村だった。
「な、なんだここ?」
「さぁな。ハザードかなんかに巻き込まれたか……ちっ、めんどくせぇ」
 がりがりと頭を掻いて、チェスター。
 と、村の方にゆらりと影が蠢いた。思わず身構える。それらはゆらゆらとこちらへ向かって歩いてくる。さながらゾンビのような動きに、ケトはひぃ、と悲鳴をあげた。
「……」
 呻き声のような音がして、チェスターは眉をひそめた。愛銃に伸ばしかけた手を止める。
「勇者さまじゃ」
「とうとう我らが村まで来てくださった」

「いやほんとマジ無理だから」
「ま、ま、そう言わずに」
「いや言うだろ言わずにいられるかよ」
「お願いします、勇者様」
「いや勇者じゃねぇからマジで」
 村長の家らしいところで村民に囲まれて、チェスターはぐったりとしていた。
 服装が替わっているからということだけで、勇者としてしまうとは、なんつー単純思考。ムービーハザードだと推測されるから、何某かの映画であるのだろう。こんな映画を作った制作者側は何を考えているのか。単純すぎる。まるで苦労をしない、RPGのようだ。しかしRPGならば、宝箱があるだけまだ楽しみがあるというものだ。しかし、ここにはそれは期待できない。村がこの有様なのだから、期待をしろという方が土台無理な話である。
「えーやだやだ、痛いのやだもん」
「ま、ま、そう言わずに」
「やだったらやだ。痛いのやだし戦えないし無理無理」
「お願いします、勇者様」
「勇者様って言われても、やなもんはやだ」
 意外な抵抗を見せたのが、ケトである。
 それは彼が言うように、戦闘力がないこともあり、血を見るのも、想像するだけで頭がくらりとしてくるのだ。自分から痛い思いをしに行くなど、絶対に嫌だ。
 頑として譲ろうとしない二人に、疲れ切った村人達はさめざめと泣き出した。泣かれたって、嫌なものは嫌だし、面倒なことは面倒だ。
「では、我らが宝を差し上げます」
 宝、という言葉にチェスターがぴくりと反応する。
「今は錆びれた村ですが、それはすべてあの洞窟に住む化物が奪い去ってしまったからです」
「その宝は、すべて勇者樣方に差し上げます」
 どうか、とひれ伏した老人たちに、ケトは相変わらず不平そうだ。
「宝って言われたって、痛いのは」
「行くぞ、ケト」
「ほら、チェスターだって、……って、ぇえええ!?」
 ケトが宙返りをしそうな勢いで驚きを見せた。
「すべて、っつったな? その言葉に、嘘はねぇな?」
 口端をつり上げたチェスターの目には不穏とも取れる光が輝いている。老人たちは気圧されながらも、しかし今この時を逃す訳にはいかない。
「もちろんでございますとも」
「化物を倒し、平和を取り戻してくださるならば」
 チェスターは満足そうに頷くと、ケトの首根っこを掴んでガタガタという扉を押し開けた。

 そして、最初に戻る。
 その洞窟の前に立って、チェスターは思わず顔を引き攣らせたのだった。
 化物とは聞いていたが、ラスボスクラスの化物とは聞いていない。ぱっと見ただけでこれはヤバイと思わせる空気を醸し出している洞窟に、チェスターは大きくため息を吐いた。
 何はともあれ、受けると言ってしまったし、何より宝。この洞窟内には宝がざっくざくなのである。ラスボスクラスの化物ならば、ゲームで考えてもかなり期待できるだろう。
「なあなあ、戻ろうぜー、痛いのやだー」
 口を尖らせてケト。しかしチェスターは、いつも持ち歩いている愛銃を引き抜いて、洞窟へと入っていった。
「うえぇええ。俺のことバカとか言ったくせにぃ」
「うるせぇ、バカケト。宝のあるダンジョンだと思えばいい。思い込む」
「またバカって言った! あーもー、置いてくなよ、怖いだろっ!」
 こうして二人は、怪し気な洞窟へと入ったのであった。

 ◆ ◆ ◆

 洞窟の中は、不自然に灯された松明がゆらゆらと揺れ、まるで誘っているようにも見える。その光はチェスターとケトの影をまるで生き物のように蠢かせた。
「うぅぅ、やだなぁ、なんか寒気もするしよ」
 チェスターの上着の裾をちょっぴり掴んで、ケトは怖々と辺りを見渡す。松明は灯っているが、道が曲がりくねっていて、見通しは悪い。幅は二人並んで歩いてもまだ余裕がある。見上げればすぐに天井だが、まっすぐに立って歩けた。
「んなもん、どうでもいい。宝だ宝」
 寒気なんぞには慣れている。慣れていると言っても、あまり嬉しいものではないけれども。しかしチェスターの目は、お宝財宝を探すためのものになっている。寒気もモンスターもどんと来いだ。
「ん?」
 チェスターが足を止める。松明に照らされたわっかりやすい場所に、三つのボタンが並んでいたのである。なんという初歩的な罠。チェスターは軽く笑ったが、そうでない者が自分の後ろにいた。
「あれ、これだけ色違うじゃん」
 ひょいとのぞき込んで、迷う事なく手を伸ばす。
「ばっ」
「え?」
 ぽちっとな。
 まさしくそんな感じである。
 途端、カチリと人工的な音がして、チェスターはケトを蹴り飛ばした。
「ってぇ、何す」
 ドガカァッ!
「……。」
 目の前に数本の矢が壁に突き刺さり、ケトは言葉を失った。目と鼻の先。はは、目と鼻の先って、こういうことを言うんだぁ。そんなことを真っ白になった頭で思う。ギギギギ、と首を回し、かと思うと、ばったりとその場に倒れた。
「なんだって?」
 チェスターが上から見下ろしてくる。
「アリガトウゴザイマシタ」
 よろしい、と頷いて、チェスターは壁を調べ始めた。ボタン以外の不審点は見つけられず、軽く息を吐く。まあ、初めから宝が見つかっては、面白くもない。
 ケトがよろよろと起き上がったのを見て、チェスターは再び歩き出した。
 相変わらず不自然な灯りがゆらゆら揺らめいて、影は前へ後ろへ蠢く。天井は少しずつ高くなってきたようで、飛んだり跳ねたりしても頭をぶつける心配はないほどになった。松明の間隔は広くなり、暗い闇が多くなる。ケトが振り返ると、もう入り口の光は見えなくなっていた。しっかとチェスターの袖を掴み、足元や壁をきょろきょろと見回しながら進んだ。
 ──が。
「ん?」
 突起物が沈む感触がして、視線を下ろすと。
 右足の下にはポチッと踏まれた黄色いボタン。
 罠でーすと、派手に主張していた。
「っぎゃああぁああああぁああああっ!!」
「うわぁああっ!?」
 松明の元に照らされた黄色いボタンが、轟音と土煙を上げながら一瞬にして暗い穴へと変わった。ケトは真っ逆さまに落ちそうになるが、チェスターが反射的に踏みとどまったお陰で、落下は防がれた。なぜならケトはチェスターの裾を掴んでいたから。チェスターにしてみれば、とんだ迷惑である。ただ、お約束のように顔面を強打したけれども。ケトが。
「いってぇーっ!」
「いいからさっさと上がれっ! 重いっ!」
 暴れるケトに、チェスターは怒鳴り声を上げる。
「そ、そんなこと言ったってよ、早く上げてくれよチェスター!」
「だーもう、おまえ、背中の羽は飾りかっ!」
 ケトはポンと手を打つ。
「あ、そーか」
 ……手を、打った。
 打っちゃった。
「っぎぃやうぇえええええええええええっっ!!!」
 絶叫とともに、ひゅー、と穴の中へと落ちていったケト。きらりと光ってお星様に鳴ったように見えた。思わず合掌するチェスター。
 さて、どうしたものか、とりあえず松明でも投げ込んでみるか、と思ったところで、へれへれになったケトが背中の羽をパタパタとはためかせて穴から這い出て来た。
「しっ……死ぬかと思った……っ!!」
 地面に着いた途端にべちゃりとうつ伏せに倒れ込むケト。
 彼の美しい透き通った蒼い二対の翼は、飾りではない。確かに飛ぶ事の出来る、翼である。が、飛ぶという行為は歩くのと同じ体力を使うので、疲労があるのだ。
「おい、ケト」
 あきれ顔のチェスターが、ぺしぺしとケトの柔らかな髪を叩く。赤い瞳をちろりと上げて、眉間に皺を寄せている顔を見て。
 ぶわわ、と目から滝のような涙が溢れ出た。
「うわぁああ、怖かった、超怖かった、マジ超絶怖かったぁああああっっ! どこまでも落ちてくし見えないし真っ暗だし落ちる音しかしないし真っ暗だしぃぃいいいいぃいいっっ!!」
「ちょっ、抱きつくな……って、鼻水つけんなバカケトッ!!」
 ぱかんっ、と景気の良い音がして、ケトが蹲る。
「ぃぃってぇ……」
「自業自得だ、さっさと鼻拭け」
 ゴシゴシと鼻をこするケトを横目に、チェスターは大きなため息を吐いた。罠に嵌ってばかりで、ちっとも肝心の宝が見つからない。視界は悪いし、じめっとしてるし、鼻水はつけられるし、良い事無しである。
 腕を組んで、曲がりくねった先を見やると、壁に映る松明が微かに揺らぐのを見た。
 あの炎の揺らめき方は。
 チェスターは微かに口端を持ち上げた。
「いいか、静かにしてろよ」
「わかってるよ、静かにするくらい出来るさ、ナメんなよ、簡単だ」
「だからその口数を減らせって」
 ぐいー、とケトの頬を引っ張って、チェスターは壁に沿ってゆっくりと歩いていく。ケトは赤くなった頬を押さえながら、その後ろに続いた。そろそろと、無駄のない足で揺らめく松明の傍まで行くと、土の壁が十センチほど沈み込んでおり、ボロボロの木の扉が鈍色の取っ手を光らせていた。ほとんど擦れて見えないが、扉には何かがのたうっている彫り物がされているようだ。
 チェスターは目を閉じて耳を澄ませる。風の音。松明がそれに煽られて低い音を立てる。それ以外の音はしない。
 小さく頷いて、チェスターはドアの向こうへ行くようにケトに合図した。木の扉が見えていないケトは嫌そうに顔をしかめたが、チェスターの目が異様に光ると慌てて反対側へ移動した。そこで初めて、扉を見る。腐りかけているように見える扉は、所々に穴が空いている。中に灯りはついていないようで、もしも中に誰かが居たならば、松明に照らされた扉の前を誰かが通ったのに気付いただろう。
 開けるの? と目でケト。当然だ、と不敵に笑うチェスター。
 ケトはがっくりと肩を落とし、それから洞窟の奥を見やる。遠くに松明が見えるが、それ以外は見えない。壁際に体を寄せて、チェスターに頷く。それを見やって、チェスターは腰に隠している拳銃を構えた。ケトの顔が歪む。お宝の為なら、そんなものは気にならない。
 チェスターは取っ手に手をかけ、押した。蝶番が高く低く悲鳴を上げて、部屋の中へと開いていく。
「すっげーっ!!」
 恐々としていた態度一変して、ケトは目を輝かせた。
 松明に照らされた部屋の中には、宝箱や金貨銀貨、宝石類に装飾煌びやかな短剣などが、所狭しと山積していたのである。
 これにはチェスターも満足そうに笑った。
「なあなあ、チェスター! これ、持ってっていいのかなぁっ! なあっ!?」
「そりゃ、いいだろ。宝を戴くついでに、ボスを倒しゃいいんだからな」
 チェスターの言葉に、ケトはくるりと宙返りをした。早速、ポケットに金貨などを突っ込んでいく。一方のチェスターは部屋を見渡して、小さく息を吐いた。お宝はすべて戴いていくつもりだったが、ざっと見たところ五畳半、さすがに全部は持っていけない。
「うぇっ……とぅわあぁぁああっ!?」
 聞き慣れた悲鳴と、金貨の山が盛大に崩れる音がして振り返る。と、ぴくぴくと痙攣するケトの足が山の隙間から見えていた。やれやれとお宝の山を掻き分け、ケトを引っ張りだそうとしたところ。
「っ……うわっ!?」
 自分もはまった。なんたる不覚。その衝撃で金貨が流れ、ケトが顔を出す。頭を振ってチェスターを見る。
「あっははは、チェスターおかしーっ!!」
「うるせぇっ! 先にハマったヤツに言われたかねぇよ!!」
 二人揃って金貨まみれになりながら這い出す。
「……で、お前はなんでハマったんだよ」
「ん、ああ、これこれ」
 じゃーん、と手を開いてみせたのは、松明の光を受けてゆらゆらと揺らめく、紫色の玉だった。
「大きさといい、なーんかイワクアリゲじゃね?」
 手の中で転がしながら、ケトは光に透かしてみたりする。よほど気に入ったらしい。それに小さく息を吐いて、改めて金の山を見やる。と、金の山に鈍い光を見つけて、チェスターは目を細めた。今度は填まらないように、金貨の山を這うように登っていく。
「なになに? なんかあった?」
 チェスターの様子に気付いたケトが、紫の玉をポケットに突っ込んで振り返り一歩踏み出すと、床に散らばった真珠と思しきネックレスを思いっきり踏み付け、ステンと後ろにひっくり、おまけに頭まで打った。痛い。
 チェスターは滑る金貨に足を取られながら、それに近づいた。周りを金銀に囲まれているので分かりにくいが、近くで見れば、やはり剣である。明らかに西洋剣と見て取れるが、鍔は日本刀のような丸い形をしている。それ意外はまるで飾り気のない、無骨な剣だ。
 足元を確認し、柄を握った。両手でゆうに掴める、両手剣だ。手にすぅと吸い付くように感じて、チェスターは一瞬怯んだ。軽く口端を歪める。引き抜いた。見た目にはずっしりとしたものだが、握ってこうして持ってみると、羽のように軽い。
「ダンジョンったら、やっぱ剣、ってか」
 軽く振る。思った軌道を描いた。見た目は無骨だが、良い剣だ。
「ち、チェス、ター」
 ケトの狼狽したような声。今、とても良い気分なのに、一体なんだ。振り返る。思わず口端を歪めた。
「ダンジョンったら、やっぱモンスター、ってか」
 入り口の小さな扉を塞ぐ、牛のような角を生やした二足歩行する毛むくじゃら。ゲームらしく、ゴートとでも呼んでみようか。右手には、定番らしく手斧。震えているケトには悪いが、リアルでゲームを味わえると思えば、楽しいものだ。
 鈍色に輝く、引き抜いたばかりの剣を構える。ゴートは腰を抜かしているケトに狙いを定めているようだ。跳んだ。頭上に大きく振りかぶり、重力を味方につけて脳天に振り下ろした。ゴートの赤い瞳が揺らめく。手にほとんどなんの感触もないまま、チェスターは着地した。どずん、と重いものが倒れる音がする。立ち上がれば、ゴートが真っ二つに裂けて倒れていた。軽く剣を振る。一振りで、血のりはすっきりと取れてしまった。
「こりゃ、拾いもんかね。ケト、次行くぞ」
 上機嫌に振り返って、チェスターは頭を掻いた。
 ケトは泡を吹いて目を回していた。
 血、苦手だもんね。ごめん。

「うあぁ……きぼちばるい……」
 目覚めてしばらくしても、ケトはふらふらとしていた。チェスターが剣を持っているのも一因のようだ。普段は拳銃を持っているが、それは腰に差していて見えない。それが、チェスターの肩ほどまでもある大剣は、背に負っているのである。ぎらりと光る刃を見るだけで、もう頭はくらくらである。
「だー、もう。おまえ前歩け」
「やだよ! 怖いもん!」
「じゃあ文句言うな」
「無理っ!」
「もう黙ってろ」
「それも無理っ!」
 そんなやり取りをギャンギャンと続けながら、扉を見つければ嬉々として開け、小躍りして宝を引っ掴んでいった。残念な事と言えば、最初の部屋以外は、小さな宝箱の中に宝石一つがぽつりと入っているだけだったり、怪し気な色の小瓶が並んでいたり、薬草と思しき葉っぱが入っているだけだったりで、金銀財宝、というよりも、ダンジョンだなぁ、と思わせる、しかし使い道のよくわからないアイテムばかりだということだろうか。が、そんなもん気にしない。銀幕市に持っていけば、売れるかもしれないからだ。そんな二人の様子は、盗賊さながらである。が、そんなもん気にしない。だって、お宝収集の方が大事だから!
「だからちゃんと前見て歩けーっ!」
「ちゃんと見てたよっ!」
「だったらなんでこんなことになるんだっ!」
「俺が変なボタン踏んだからっ!」
「やっぱおまえのせいじゃねぇかーっ!!」
 まあ、その間も罠に引っかかったりしたのは言うまでもない。今は、なんかでっかい岩に追いかけられている。ついさっきまでは、ゴートの群れに追いかけられていた。
 ちょっと休もうと寄りかかった壁が動き、ゴートの睡眠場所であったらしい。幸いであったのは、ゴートの足が遅いのと、ケトたち二人の逃げ足が以上に速かった事だろう。剣は出来るだけ使わないようにしたのは、チェスターのケトに対する思いやりだった。卒倒されて餌にされるのはごめんだ、という思いもあったが、ああもう追いかけっこだから! とチェスターが言った途端に、なぁんだ! と持ち前の身軽さと調子の良さを活かしてゴートを翻弄し、罠にまで引っ掛けて笑い転げたのは、ケトである。
 それにしても、なんかもう走ってばっかりだ!
 今までずっと曲がりくねった道であったのに、転がる岩の為だけにあるような一直線の道。この走りやすさが、今は憎い。
「あっ、なにこのボタンっ!」
「だから学習しろーっ!」
「もう踏んじゃったっ!!」
 新たに踏んだそのボタン。どごん、と轟音がして、思わず振り返る。忌々し気に落ちていく岩。肩で息をしながら、二人はへたりと座り込んだ。
「なあなあっ! 押してよかったろ!」
「……今回だけはな」
 だけ、を強調して言うと、ちぇっ、と笑うケト。ともかくも転がり落ちてくる岩からは解放されたのだ。こんな状況になってもお宝はしっかり抱えてるんだから、すごい。
 息が整ってから、二人はようやくのんびりと歩き出した。
 道は相変わらず剥き出しの土で、奥に進めば進むほどじめじめとして、靴やズボンはドロドロに汚れていた。
「おっ」
 ケトが声を上げる。
 目の前には、今まで見てきたようなこぢんまりとしたボロボロの扉ではなく、二人の倍はありそうな大きな石の扉がどっしりと構えていた。扉には何匹もの蛇が絡み合った荒々しい彫り物がしてあり、松明に揺らめいて不気味に見えた。
 チェスターは手を触れて、ぐ、と押してみる。びくともしない。ケトも試しに押してみるが、いたずらに体力を消耗しただけであった。
 こんな扉があるのだから、この奥はもう村人達の言う化物がいるだけであろう。しかし、扉は開かない。
「……倒した事にして、戻るか」
「それもいーなー」
 笑って、ふとケトは変な穴があることに気付いた。首を傾げて、それから思いついたように袋の中をあさる。ちなみに袋は、お宝探しの最中に発見のち拝借したものである。意外と大きくて丈夫そうだったので、便利だなぁと、それにお宝を入れて担いで来たのだ。それで走ったんだから、ホントすごい。
 ともかくも、がさごそと取り出しては壁にあてて戻し、取り出しては壁にあてて戻し、ということを繰り返す。
「何やってんだ、ケト」
「ん、やー、ほら、ここの穴さ、ちょうど何か入りそうじゃね?」
 言われて見ると、確かにわざとらしいと思えるほどに綺麗な穴が空いている。しかも、ちょうど蛇の目に当たる部分だ。あれでもない、これでもない、とケトがやっている間に、チェスターは彫り物をまじまじと見上げた。
 蛇は四匹、絡み合っているように見える。それぞれに顔をもたげてこちらを見下ろしているが、一匹だけ這うように首を差し出している。それが、ちょうどケトがあれじゃないこれじゃないとしている蛇だ。
 そこでふと、チェスターは背中に負った大剣を手に取った。
 曇りのない重量感のある刃。無骨な柄。両手剣に似つかわしくない、丸い鍔。
「あっ、これでどーだっ!」
 ケトの声で、チェスターは顔を上げた。ポケットから取り出したのは、紫色の玉。確か、一番最初の部屋で見つけたものではなかったろうか。慎重に、穴からこぼれ落ちないようにそっとはめ込む。
 かちり。
「……。」
「……。」
 穴にはぴったり嵌ったが、変化はなさそうだった。
「これもハズレかーぁ? どーすりゃ開くんだよ、もー」
 ケトがごろりと寝転がった、その時。
 ごぉん、と腹に響く轟音を立てた。ケトが飛び起きる。石の扉はゆっくりと、ゆっくりと開いていった。
「あ、……あた、っちゃった?」
「大当たりだな」
「やべぇえええええっ、どうすんだよ、俺、戦えねぇよっ!?」
「どーにかなんだろ。……多分」
「多分!? 多分って多分って……っ……」
 言葉を途中に、ケトは息を呑んだ。
 広大な、と言ってはばからない、広間だった。
 先ほどまでとは打って変わって、すべてが石造りの広間。
 ずらりと並んだ柱が、天井を支えているようだ。
 その天井は高く、松明程度の灯りではただ影を落とすのみ。
 そして、その中央に、その巨体はいたのである。
 蛇。
 それは、巨大な蛇だった。
 四つの頭を持つ、巨大な蛇。
 翼もなく、足もなく、ただ胴体から尾と思しき部位に絡み付く、四つの鎌首をもたげた蛇。
 薄暗い中に、爛々と目が光る。
 ケトはなんだか気が遠くなるような目眩がした。
「化物、ね。確かに化物だ。まさしくラスボスって感じじゃねぇか」
 チェスターは不敵に笑う。手に持った大剣を、構えた。
「え、ちょ、マジでやる気? いくらなんでも無理じゃね?」
 すでに逃げ腰のケトの声に、チェスターは笑みを深くした。
「怖かったら、そこで指銜えてろよ」
 それには、さすがのケトもかちんと来た。
「バカにすんなよ、俺だってやるときゃやるんだ、あんなもん、怖くねぇよ。メシ取るって思えばいいんだろ、俺は狩りをして生きてきたんだからな。こんなの、ただのデカいヘビだ」
 すっくと立ち、自前の弓矢を構える。
 それを横目に見て、チェスターはふと口元を綻ばせた。
「んじゃ、行くか」
「おうよ」
 四つの蛇の頭が、不気味に蠢いた。

 先に動いたのは、巨大な蛇だった。
 四つの頭が巨大な顎を剥き、鋭い牙が迫る。
「……っの、デカイくせに案外俊敏!」
 上に高く跳躍して、ケトは矢を番えた。巨大とはいえ、頭を撃ち抜かれたら倒れるしかないはずだ。キリキリと矢を引き絞り、重力も味方につけ、放つ! 矢は狙い通り、その眉間に命中した。しかし、体が大き過ぎる。まるで五月蝿いハエを追い払うように、頭一つふっただけで、蛇は再び鎌首をもたげた。
「デカいってムカつく!」
 壁を蹴り、ケトはさらに矢を打ち込む。まるで怯んだ様子もなく、蛇は金の瞳を光らせケト目掛けて顎を剥いた。ひぃ、と喉の奥で悲鳴を上げながら、ケトは近くの柱を蹴った。蛇は真直ぐに突っ込み、その巨大な顎でがっきと柱に食らい付く。
「へへっ、ざまみ、……ろぉ!?」
 ケトは目を見開いた。蛇はあろうことか、柱を喰い破ったのだ。ガラガラと音を立てて崩れていく柱。ケトはすぅと血の気が引いたのを感じた。
「ボサッとすんな、バカケト!」
 声に、ケトは反射的に石床を蹴った。耳に石が砕ける、いや、岩が砕ける音が飛び込んで来た。床に転がって体勢を立て直すと、一瞬先まで居た場所に、蛇の頭が突っ込んでいるところだった。その首を、チェスターが手にした大剣で切り落とす!
「うえぇ」
「言ってる場合か!」
 一足飛びに飛んで、チェスターはケトの首根っこを掴むと、強引に引いて柱の影に飛び込んだ。それとほぼ同時に、蛇の頭が柱に激突する。ぱらぱらと石が振り、チェスターは小さく舌打ちをした。
「ったく、キリがねぇぜ」
「なんだよ、頭はあと三つだろ?」
 言うと、チェスターは腕を振る。柱の影からそっと覗くと、先ほど切り落とした首が転がっている。うう、と口を押さえながら視線を上にやると、四つの頭が鎌首をもたげていた。
「うえぇ、どういうことだよ、首が治ってる」
「切っても切っても意味ねぇな、これは」
「えええええ、どうすんだよ、喰われたくねぇよ!」
「うるせぇ、俺だって嫌だよ!」
 怒鳴り合っていると、ぬぅと覗く紫の瞳。二人は顔を引き攣らせて、床を蹴った。紫の瞳の蛇が、柱に巻き付く。ミシミシとメリメリと音を立てて、柱がまたひとつ崩れていく。
 蛇の首の上を走った。ぐわりと迫るもう一つの首。スピードを緩めず、そのまま駆け抜けた。ぞぶりと、蛇の牙が別の蛇の首を掻いた。夥しい血がほとばしり、噛みちぎられた首は床に亀裂を作って落ちた。胴体に繋がっている首はボコボコと隆起し、ぞるりと新しい頭が生えてきた。
「マジどうやって倒すんだ、こんなの!」
 ケトが叫ぶ。
 矢も効かない。剣で首を落としても意味がない。チェスターは頭を回転させた。剣が、今は手にずっしりと重い。四つの頭が鎌首をもたげた。
 そこで、チェスターは、まるでパズルのピースがかっちりと合ったような気がした。
 ──これだ!
「ケト、行くぞ」
「はあ? 行くって」
「紫の目だ」
 言われて、ケトは視線を走らせる。
 蛇の頭は、四つある。三つは金の瞳。一つは紫の瞳をしていた。そして紫の瞳をした蛇は、他の蛇よりも低く構えている。
 そして、チェスターの持っている、剣。
 西洋剣に似合わぬ、丸い鍔の。
 ケトはチェスターを振り返る。
 笑った。
「行くぞ!」
「おう!」
 二人は駆けた。
 ケトが四つの首を目掛けて、矢を射る。煩わしい、と蛇は大きく頭を振った。金の瞳の三つの首が、振り上げたその鎌首を重力と共に振り落としてきた。
「……っでぇい、デカイってのはいいよな! ダメージ絶対少ねぇもんな!」
 ケトが悪態を付きながら、首の隙間を縫って跳躍し、後ろに下がった。思った通り、前へ前へと食らい付いてくる。と、何かに引っかかって後ろへステンと転んだ。ついでに頭も打った。マジ痛い。
 チェスターが駆ける。紫の瞳。唯一、首を振り上げずに避けた頭。ギョルリと、巨大な丸い紫の瞳にチェスターの姿が映り込む。金の三つの首が牙をむいた。
「させるかっ!」
 金の瞳に向けて、手が掴んだものをぶん投げた。投げて、それが怪しい色の小瓶であることに気付く。どうやら足に引っ掛けたのは、お宝袋だったらしい。それが目に命中すると小瓶が割れ、中身が目薬宜しく、金の瞳に降り掛かった。蛇は奇声を上げてのたうち回る。
「ナイス、ケト」
 大剣を耳の横に構える。羽のように軽い。瞬きもしない、紫の瞳。ぐんと足に力を込めて蹴る。真直ぐに刺し貫いた。
 怒号。
 轟音。
 扉が崩れ落ち、柱が倒れていく。
「うえ、え、なになにっ!?」
「多分、アイツを倒したからハザードが崩壊してんだ!」
 言い終わるや否や、チェスターは動かなくなった蛇を飛び越えて走っていく。ケトもお宝袋を掴んで追った。蛇の上に立つと、向こうに光が見えた。あれが出口か、と思う。
 天井から大小の岩と言える瓦礫が落ちてきて、ケトは悲鳴を上げながら避けていく。柱の傍を走ったとき、お宝袋を瓦礫がかすった。
「あっ、あっ、宝が落ちていくぅー!」
「んなもん、構うな! 死ぬぞ!」
「死ぬのは嫌だぁああっ!!」
 走った。
 走って走って、瓦礫の落ちる音とお宝が零れていく音を後ろに聞きながら、光の中に飛び込んだ。

「ぐえっ」
 べちゃりと前のめりに倒れて、ケトは飛び起きた。じりじりとした熱さのアスファルト、少し暗い、いつもの曲がり角。その先には、いつものゲーセンが賑やかな音を立てている。
「も、戻って来れたのか?」
「みたいだな」
 言いながら、チェスターは右手に掴んだ大剣を見た。ハザードは消失しても、これは消えなかった。村人達の言う、「お礼」なのだろうか。軽く振る。羽のように、軽い。
「あーっ!」
 ケトの声に、チェスターは振り返った。ぼろぼろになったお宝袋をのぞき込んで、ぷるぷると震えている。なにかと思っていると、ケトがばさっと袋を広げた。
 見事に大穴が空いている。
「ぜーんぶ落としてきちまったぁ! 俺のお宝ーっ!!」
 チェスターにしてみれば、最後のボス戦までよくもまぁ落とさずに持って来れたものだ、と思ったのだが。ケトがじとりとチェスターを見る。チェスターは軽く肩をすくめ、ポケットから金貨を取り出した。
「えっ、何、なんで持ってんのっ!?」
「剣だけ取って、他に持ってこないわけねぇだろ」
 にやりと笑い、チェスターはくるりと背を向けた。慣れない剣を使ったのだ、シューティングでスカッとしたい。
「ずるい、ずるいぞ、チェスター!」
「ずるくねぇよ、落としちまったおまえが悪いんだろ?」
「でもでもっ、チェスターは剣も持ってるじゃねぇか! 金貨一枚くらいくれよ!」
「やだ」
「じゃあアイス驕って!」
「なんでそうなんだよ」
 空は雲一つない、青空。
 夏の最後を彩るように、蝉の声が響いていた。

クリエイターコメントたいっっへんお待たせ致しました……っ!
申し訳ない限りです。

ダンジョンと聞いて、これはもう洞窟しかない! と勝手に思い込み、このような形に相成りました。
楽しんで戴けたなら、幸いと思います。

この度は、オファーありがとうございました!
公開日時2008-09-26(金) 19:10
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