★ あなたの隣に恋泥棒 ★
<オープニング>

「ねえねえ。キミさ、ヒマじゃない?」
 低い素敵な声で男が囁く。常木 梨奈はいらっしゃいませの言葉も忘れて男を見た。
 綺麗な指が黒髪をサラリとかき上げた。サングラスをあげると、涼しげな目元が笑いかける……はずだったのだろうが、汚れた爪にべたついた髪、埃だらけのサングラス。目元には隈ができていた。
 確かにその声はウットリするほどセクシーで、よく見ればイケメンかもしれないが、髭くらい剃ってください!、である。
 およそ午後のカフェには似つかわしくない風体だ。
「ナンパはお断りしてるんですよ」
 焦って小声でそう言うと、彼は困った様にサングラスをはずして違うんだよ、と首を振った。
「あのさ、ここはどこ? 俺が誰かキミ、知ってる?」
「記憶喪失なんですか?」
 よく見ると、どこかで見たことある様な……彼女の脳内で恋愛映画の検索機能がフル回転した。結論はいくらも待たずに弾きだされるワケで。
「もしかして、『あなたの隣に恋泥棒』の黒井マトンさん?」
「それじゃ羊肉じゃないですか」
「違いましたっけ?」
「何となく……違うような気がします」
 複雑な表情で二人は睨み合った。やがて対策課にご案内しましょうか?、と彼女は素晴らしい解決策を見出したのだった。


「ちょっと、困っているんですよ」
 対策課の植村直紀が集まった皆に言った。
「こちらはムービースターの黒井マトンさん」
 いやその名前は違います、と穏やかに黒井は否定したが、咳払いと共に無視された。
「実は黒井さんは記憶喪失なのです。映画の中では……」
 植村の調べによると、この映画は20年ほど前のものらしい。大してヒットしなかったからマイナーである。梨奈が黒井の名前を知っていたのは幸運だと言えるだろう。映画の詳細は不明だが、派手なナンパ男が偶然地味に働いている幼馴染みと出会い、本物の恋をするみたいなストーリーらしい。
「俺は悪役なの?」
 首を傾げる黒井に誰も返事をしなかった。
「その、今のまま、浮浪者みたいにうろうろナンパ……じゃなくて、情報を探されるのは困るんですよ」
 苦情が来てます、と植村は渋い顔をした。
「とにかく、まずは風呂とか」
「服を新調したりとか」
 植村と梨奈が次々に言う。
「ご免なさい……俺あっちで待っています」
 きらーんと光る視線に耐えきれず、黒井は隣の部屋に引っ込んだ。


 植村は黒井が先に部屋から出て行くと、こっそり額の汗を拭った。
「記憶を取り戻すといえば、ショック療法なんだけど、どんなショックを与えればいいものかわからないですしね。そもそもムービースターが記憶喪失なんて」
 梨奈がうーん、と首を捻った。
「そう言えば確か、映画の中でも記憶喪失になっていましたよ」
「本当ですか?」
「交通事故で記憶喪失になり、やっぱりナンパ癖は治らずデートスポットを巡り歩くのだけど、例のヒロインに出会うんです」
 その娘は地道に喫茶店のウェイトレスをしていて……と梨奈はやっと思い出し、私みたいじゃないですか、と目を輝かせた。
 しかし、その娘が実体化しているかどうかは知りようがない。
「それで、どうやって映画の中では記憶を取り戻すのですか?」
「覚えていません」
 とりあえず他に思いつかなければ、身だしなみを整えてデートスポットを巡り歩くとか、彼が記憶を失う前にやっていそうなことをやらせてあげるといいかもしれない。
「……とにかく何とかこの事件を解決して黒井マトンさんを幸せにしてあげて下さい」
 どうぞ宜しくお願いします、と植村は集まった皆に頼むのだった。

種別名シナリオ 管理番号429
クリエイターKei(wcnd2305)
クリエイターコメントお初にお目にかかります。Keiです。
シナリオについてはOPの情報からご自由にプレイングをかけて下さい。
黒井マトン(?)氏をめぐる物語の結末は皆様次第です。
植村氏の依頼は「記憶を取り戻す」ではなく「黒井さんを幸せにする」ことです。
今のところはハートフルで楽しいノベルをお楽しみ頂ければなと思っています。
ご縁がありましたら、どうぞ宜しくお願いします。

●プレイングはご自由にお書き頂ければと思いますが、まず行動、余力があれば心情、セリフ等お書き添え下さいますと、嬉しいです。

参加者
ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
パイロ(cfht2570) ムービースター 男 26歳 ギャリック海賊団
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
リャナ(cfpd6376) ムービースター 女 10歳 扉を開く妖精
<ノベル>

●出逢いのお時間
 再び対策課の片隅。
 黒井羊肉氏はパイプ椅子でため息をついていた。市役所は、彼にとってはどうも落ち着かない場所だった。塵一つなく拭き浄められたグレーの書類戸棚が、お行儀よくしろ、と睨みをきかせている様な気がする。
 実は今日だけではなく、銀幕市に来てからずっと彼はイライラして不安だった。
(「しかも俺はマトンなどと言う名ではない、絶対」)
 ドアが開く音がした。そんな彼によう兄弟!、と声をかけたのは人間じゃなかった。
「し、鹿……?」
「鹿じゃねえ! ホラ、赤鼻といえば有名な……」
「トナカイですか!」
「そう、俺はルドルフ。有蹄類同士宜しくな、兄弟」
 兄弟……暗さを増すマトンに陽気に言う。ルドルフが二本脚なら多分肩でも叩いていたところだ。
「オイオイ、色男が台無しじゃねえか。そんなナリじゃ、カワイ子ちゃんに嫌われちまうゼ?」
 そしてダセェー、クセェーと繰り返す鸚鵡がルドルフのあとに飛び込んでくる。
「『まずはそのダッセェ外見なんとかしなっ!』、と言ってる」
 ルドルフは獣ゆえ鳥語がわかるのか、さっと通訳してくれた。
「コイツは鳥に見えるが……いや今は鳥だが、こう見えて面白い男なんだぜ。実は俺達はな……」
 彼等は対策課の依頼を受け、黒井マトン更正の任務を帯びてやって来たのだった。直にまたドアが開く。
「ちょ、マジでダサイし。ありえなくないっ!?」
 赤い髪の女の子が腰に手を当てて立っていた。しかめ面をしてつかつか歩いてくると、そのままマトンの周りを距離を置いて一周する。顔がますます歪むのは臭いせいだ。こりゃ酷いわ、と思いつつ彼女が目を上げると、マトンと視線がぶつかる。彼の瞳が優しげに瞬く。
「キミ、可愛いね? 名前聞いてもいいかな?」
 新倉アオイは思いっきり退いた。目があった瞬間にこの男は星を飛ばして来た、絶対に。そんなんはいい男の専売特許、しかも清潔なヤツに限る……。
 壁まで文字通り飛び退いて漸く返事をした。
「あたしはアオイ。あんた、黒井マトンさんだよね?」
「黒井は多分合ってますが、マトンは違います」
 アオイが眉を吊り上げたが、瞬く虹色のプリズムに二人の間は遮られた。窓硝子から射す午後の日ざしに透明な羽が揺れる。蝶が飛ぶには少し寒いけど、その羽は小さな女の子の背中に生えていた。
「マトン? マトン? あたしはリャナ」
 ヒラヒラ飛んでマトンの肩に留まろうとしたが、くっさーと鼻を摘んでアオイの側まで下がった。
「おいひほぉーな名前だね! あたしが手伝ってあげればひゃくまんりきよ!」
 リャナがだいじょぶよ、と頷き、アオイは咳払いをして続けた。
「いい、マトンさん? これからあんたの大改造計画を実行するから大人しくついて来るように」
 ついでにウインク禁止、と念を押すと、マトンは不服そうにすごすご頷く。
「あ、俺って女の子には弱いんです。こんな小さい子は初めてみたけど」
 リャナに近づいてよく見たそうなマトンだが、一歩近づけば一歩下がられて諦めた。幸い今日の天気は晴れ、外を出歩くにはいい日だ。
「わかった、行こうか。俺を好きにしていいよ」
 マトンの哀愁を誘う表情もアオイの眉根の皺を一ミリ深めただけだった。

●変身のお時間
 富士山のなだらかな裾には雲がかかっている。青い空に鳥が飛んでいたが、残念ながらすそ野の一部は欠けていたりした。そんなタイル張りの背景を眺めつつ、パイロはおちぶれムービースターの頭上でぬくぬくとしていた。真っ昼間の銭湯はガラガラに空いている。それにさすが銀幕市、喋る鳥を連れての入浴も二人分入湯料を払えば問題ないらしい。
「ヒツジー、よく洗ったな? よーく洗ったな」
 頭の上で鸚鵡が喋る。羊と呼ばれても、湯にくつろぐ立派な体躯は人間のものである。
 マトンとかヒツジとか!
 俺はそんな名じゃないと思いつつももう諦め気味のマトンだった。威勢のよい鳥の喋りに湯ったり返事をする。
「洗う間もずっと見てたくせに」
「きちんと洗ったな!!」
 洗ったな、と黄金色の鸚鵡はマトンの耳元で繰り返した。
 パイロは輝く黄色をベースに所々極彩色の羽毛が美しい鳥だ。さっきアオイに聞いたところによると海賊船で飼われているらしいが、実際この鳥自体が宝物じゃないかなとマトンは思った。
「で、オウム君……」
「俺はパイロってんだぜ。覚えとけよー」
 覚えとけよーと繰り返して、パイロは石鹸の匂いのする湯気で肺を膨らませた。足元のマトンの長い髪は洗ってきちんと束ねてある。無精髭も剃ってやっと人並みに清潔だ。
 改造計画くらいはつきあってやろうとやって来たパイロだったが、久々の大きな湯船は悪くなかった。 俺様には敵わねぇが、意外にこいつイイ男かも、とパイロは気持ちよさそうなマトンを見た。髭の剃り残しはねえよな、と厳しくチェックし、シャンプーの清潔な香りに達成感を感じるパイロだった。
 湯から上がるとマトンは百円を入れたドライヤーでまずは鸚鵡の身体を乾かし、次に自分の髪に風を当て始めた。大型の鏡を一緒に覗き込みながら、パイロは更なる変身を模索する。コイツ髪が伸び放題だからな。何ならもう少し軽めのヘアスタイルにしちゃどうだ? それに……。

「前髪はー、もう少し、かるーく流したほうがいいとおもうの」
 魔女っ子帽のリャナがヘアスタイリストの周りを飛び回る。マトンは大人しくチェアに身を沈め、サロンのロゴが入ったケープにくるまれて、鏡の中の自分を眺めていた。
 ウィンドウからは聖林通りの上等なブティックや行き交う人々が見える。スタジオを模したモノトーンの店内で、美容師達が魔法の様に客のヘアを仕上げていた。カット鋏がメタリックな輝きを放って優雅に動く。
 リャナはマトンの前髪を持ち上げると、そのまま飛んで横に流れる様に運んだ。
「どーかな? いいよねっ」
 宜しいですか、と美容師がマトンに聞いた。
「うん、いいよ。俺は可愛いリャナに任せっきりだから」
 マトンの声は穏やかで、むしろ眠そうだった。
「あー! マトンがいい顔で笑った。よかったね、ハッピーだね」
 リャナはますます張り切り、こうすれば、と髪をあっちこっち掴んでは飛んでみる。
 いつの間にか、マトンは長い睫を閉じてこっくりしていた……。

●ラブリィなお時間
 アオイの赤い髪が優しい風にふわり揺れた。緑の灌木と裸の木々の間に花盛りの梅が彩りを添えている。
「映画おもしろかったね!」
 隣で同意の笑みを浮かべるのはマトンだが、今朝ほどとは別人だった。今の彼は細身の体に黒のジャケットを軽く羽織っていた。銀の鎖が剥き出しの鎖骨のあたりで揺れている。上から下まで聖林通りでの戦利品だ。アオイはお気に入りのゴスパンク系のお店でたっぷり時間を過ごした。例え仕事でマトンの為の買い物であっても悪くないひとときだった。ダセェーと忙しげに鳴くパイロをお供にショッピングを楽しみ、そのあとはパニックシネマで封切られているアクション映画を見てきた。
「マトンさんもおもしろかった?」
「映画を見るのは初めてでしたけど、スリルいっぱいでしたね」
 アオイはニッコリ笑った。人付き合いは余り得意な方ではないが、年上のダメダメお兄さんは手懐け易かった。今は清潔でアオイ好みの服を着ているから、ちょっとは好感が持てるというものだ。映画はちょうど見たいと思っていたし、一石二鳥だった。
「ホラホラ、あそこにいますよー」
 リャナが前方を指さした。パイロが一直線に飛んで行き、一行に気づいたルドルフは手をあげて合図する。
「いたいた、トナカイ。今日は草を食べて怒られてないね」
「うるせえよ、ヤマネコちゃん。この自然公園は緑が多くて俺のお気に入りなんだぜ。パーッと駆けるとスッキリするからなあ」
 言葉を切ると、ルドルフはマトンを上から下までじろじろ見た。
「……ふーん、ヤマネコの割にちゃんと仕事はしたんだなァ。別人みたいだぜ、兄弟?」
「この服、アオイさんが見つけてくれたんですよ。それに映画デートもしてくれたし、ホントに彼女は優しいです」
 ね、とマトンがアオイを見た。ルドルフがおもしろそうに二人を見比べる。
「な、マトンさんのクセに何言って……。あ、あたしは映画も見られたし好きな服屋にも寄りたかっただけなんだから!」
 アオイはぷいっとそっぽを向き、パイロとリャナが一斉に喋り出す。
「風呂は俺、風呂は俺」
「髪はあたしよ。いいでしょー?」
 ルドルフはやっとムービースターらしくなったマトンを感心して見つめた。
「おお、二人も上出来だな」
 これなら浮浪者と間違えられて苦情が出ることもないはずだ。それに朝会ったときよりもずっと落ち着いた雰囲気だった。
「さあ、リハビリにナンパなの。マトン、行くよ!」
 リャナが張り切って肩に載り、夕方近い公園をまずは二人で歩く。
 あの人はどう?、とリャナが張り切って指さすが、その声に振り向いた女性は警戒したのかそそくさと立ち去った。
「あれー、恥ずかしがりだね。よし、次はあの娘!」
 何人か二人で女性に声をかけてみたものの、芳しくなかった。だがその割に、マトンは笑っていて落ち込んでいる風でもない。リャナは次の女性を探したが、ふと気になって聞いた。
「これからどーしたい?」
「え? リハビリにナンパするんでしょ」
 彼は妖精にふふっと微笑む。
「あー、そういう意味じゃなくて。この町どう思う? 何も思い出せなかったら、ここで暮らせばいーじゃない」
 リャナの青い瞳が愛くるしくマトンをみつめた。扉を開いてくれるという妖精も、彼の記憶の扉は開けられそうにもなかった。視線をはずしてマトンはただ言った。
「……何だか、今日はナンパ成功しそうにないな。リハビリは今度にしてもいい?」
 うん、と頷いてリャナは言った。
「マトン、元気だして」
「俺、すっごく気分がよくなったよ。リャナとも過ごせたし」
 どうもありがとう、と美青年はぺこりと妖精に頭を下げた。おいおいー、とルドルフ達が呼んでいる。
「行こう、リャナ」
 肩にどうぞ、とマトンは空中のリャナに手を差し伸べた。ちょんとその指に留まっても妖精は体重を感じさせない。肩に滑り降りたリャナは一生懸命言った。
「よくわかんないけど……みんな親切だからへいきだよ! あたしもいるし」
「わかってる。有難うね、リャナ」
 妖精を肩に載せた男は、夕陽が照らす公園を歩いて行った。忙しい一日はもうすぐ終わる。

●そして大人の男達は人生を語る
 日がとっぷり暮れる頃、トナカイとマトンとオウムは――こう書くとまるで動物園だが――連れだってとある店へやって来た。ルドルフが物慣れた風で扉をくぐる。
「まだ時間が早いから空いてるな」
 ジャズが流れる小さな店の名は『hoof』。カウンターに僅かなテーブル席があるだけだが、イカしたバーだった。
「ええ。って、誰ですか――!!!」
 いつの間にかオウムが消えて金髪の派手な男が連れにいた。ルドルフはさして驚きもせず、人型になったのかとあっさりしたものだ。
 してみると、このカッコイイ兄さんはやはりパイロか……。テーブル席の一つに陣取りながら、マトンはしげしげと彼を見た。流れる金の髪の先っぽは色鮮やかなオウムの羽になっていて、それだけが昼間のオウムと今のパイロを結びつけている。
「何にする?」
 ルドルフがいつもの、とオーダーして他の二人に聞いた。どうやらここは、彼の行きつけらしい。
「やっぱ海賊はラム酒だよな」
 とパイロがミリオネーアをオーダーすると、マトンも主体性なく俺も同じと頷く。
「なんだ、ヒツジもラムが好きなのか?」
 それともひょっとしたら、マトンは自分が何の酒が好きなのかさえ覚えていないのか。
「え……ラムのカクテルとかカッコいいですよね?」
 そうだろ、とここで二人は意気投合した。本当はビールが好きだが海賊は格好良くラムを飲むのだとパイロが機嫌よく喋る。
 マトンが海賊の話しに水を向けると、彼は滔々と自分の飼い主……じゃなく相棒の海賊船の船長のことを話した。アルコールがお口を滑らかにするのは銀幕市でも、ムービースター達でも変わらないらしい。
「所詮ギャリック以上に素敵な奴なんざこの世にはいねぇから、他の奴のことなんかとっとと忘れちまいな。ぶっちゃけそれ以外はどいつも似たり寄ったりだ」
 カクテルグラスが何度目かの乾杯にいい音を立てる。今夜は時間の流れも早かった。
「まぁ身の程にあった出会いでも適当に見付けるんだな。ちなみにオレの相棒に近寄んじゃねぇぞ!!」
「その人、男でしょ。ご心配なく」
 しらっと言ってマトンは酒をあける。くすりと口の端が上がった。
「そう言えば兄弟、今日はナンパがうまくなかったな。次は俺が手ほどきしようか?」
 ルドルフがグラスを手にマトンを覗き込んだ。パイロもニヤニヤしながらカクテルに口をつける。だが、マトンの答えは意外なものだった。
「いや、何か気が乗らなくて。この街には綺麗な人が多いけど、今日はもっと誘いたい人が出来て」 
 ルドルフとパイロは顔を見合わせた。意外にコイツは惚れっぽいのか……だが、名前を聞き出すと二人は一様に驚いた。
「はぁ? あの小さい妖精と小娘を?」
「本気か、兄弟? 実はロリコ……」
 ゲフゲフとルドルフが言葉を呑み込むが、マトンはさらに言葉を続けた。
「それだけじゃなくて、トナカイ君とオウム君もです」
 テーブル席は静かになった。ジャズピアノの旋律が鮮烈に彼等の時間を満たす。
「友情ってヤツですかね、これが? アイ・ライク・ユーより少しディープなこのキモチ!」
 マトンの頬はぽってりと赤らみ、楽しそうに笑ってぐびーとグラスを傾ける。ルドルフは冷静に彼から距離をとって咳払いした。パイロでさえも口を閉じてマトンの迸る口上を聞いた。
「ここに来てからずっと一人で何もわからなくて不安でした。女の人にむやみに声をかけては無視されて……でも今日みんなが親身になってくれて、俺ここでもやって行けそうな気がしてきました」
 マトンはぐずぐずと涙と混ざった鼻水をすすり上げた。この男、泣き上戸だったらしい……。
 その夜、ルドルフとパイロは泣きながらおかわりを続ける変な男に気の済むまで飲ませてやった。どうやらマトンにとっては自棄酒ではなく祝い酒らしかったから。
 紙ナプキンをマトンの前に押しやってルドルフはパイロに囁く。
「何とか依頼は達成らしいな」
「けっ。ヘタレ住人を一匹増やしちまったぜ」
 カクテルグラスを空にすると、パイロはにいっと笑って次の酒をオーダーした。
(「……こっちも祝い酒、ってな」)
 マトンは幸せそうにグラスを置いて、とろんとしていた。瞼が今にもくっつきそうだ。ビールと一緒に水がいっぱいに注がれた背の高いグラスを店の人間が置いていく。
「な、ところでこの間ギャリックがよ……」
 二人はいつもの話題に戻り、銀幕市の新入りはテーブルで安らかに寝息を立てていた。
 ――そのうちマトンもベテラン住人に仲間入りすることだろう。

クリエイターコメントご参加有難うございました。プレイングも頑張って頂いて楽しく書かせて頂きました。

なお、マトン君は本当の名前を見つけて正式に住民届けを出すようです。
どこかでお会いしましたら宜しくお願いします。
公開日時2008-03-21(金) 20:20
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