★ 鬼の休日 ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-476 オファー日2007-05-07(月) 14:47
オファーPC 白亜(cvht8875) ムービースター 男 18歳 鬼・一角獣
ゲストPC1 珊瑚姫(cnhy1218) ムービースター 女 16歳 将軍家の姫君
<ノベル>

 大江山に、銀の矢のような雨が降っていた。
 雨は新緑を濡らし、葉桜になったばかりの山ざくらに露を含ませ、むせ返るような若木の匂いを立ちのぼらせる。
 白亜の、腰まで伸びた髪は濡れそぼって、水を吸った薄絹に散り、漆黒の流れをつくっている。京のやんごとなき姫もかくやとばかりの細おもてを、雨粒が叩くのも構わずに、美しい鬼は静かな目で『彼』を見据えていた。
 細い喉元に突きつけられているのは、凄まじい呪を込めた太刀の切っ先。安倍晴明が術をかけた玉鋼を素材とする、鬼退治に特化した剣だった。
「……酒呑童子よ。何故、逃げぬ?」
「御主に追い詰められたは、我の不覚。切るが良かろう」
 源頼光より太刀を託されたという『彼』は、まだ若い武士だった。酒呑童子を頂点とする鬼の一族を討伐するために、頼光配下の四天王とともに見出された青年である。
 酒呑童子は、白亜の兄だ。しかし白亜は兄を守るため、頼光たちに、我こそが酒呑童子であると思いこませていた。その恐ろしさだけが巷間に広まっている酒呑童子だが、実際にすがたを見たものはいない。燃えるような赤毛と髭の、大熊のような巨漢であるとも、いや、ひとを惑わすために見目麗しい体裁を取っているらしい、とも云われているため、白亜が身代わりとなることも可能だったのである。
 ――今。
 単身、大江山に出向いた武士を足止めするべく、迎え討とうとした白亜は、その剣の威力に屈した。
『彼』がその手に力を込めさえすれば、白亜の細首など一太刀で切り落とせよう。しかし、若き武士は先刻から、凛々しい顔を苦渋に歪ませたまま、微動だにしていない。
 武士も鬼も等しく、天からの雨を受けている。
 やがて『彼』は、喉の奥から意外な言葉を絞りだした。
「逃げろ」
「何と?」
 予想もしなかった提案に、白亜は耳を疑う。
「純白の角を持つ鬼よ。逃げてくれ。わしからも、頼光さまからも、四天王のかたがたからも、晴明さまからも。この太刀が、おぬしを切ってしまう前に」
「……異なことを」
「大江山からも、京からもだ。どんな追っ手もかなわず、誰もおぬしに手出しができないような、異境の地へ。そして、出来うることなら――」
 雷鳴と閃光が、空を裂く。

 ――世界が、反転した。

 ★ ★ ★

(……ここは、異境?)
 足もとに、馴染みのない固い感触があった。石のようなものが敷かれた、広場のような場所に立っていたのだ。
 慌てて見回した白亜の目に映ったのは、林立している不思議な建物。外壁に透明な玻璃(はり)が張られ、太陽を反射して眩しく輝いている。
 遠く青空に霞んでいるのは、大江山とは似ても似つかぬ、見覚えのない山。
 ――青空?
 そう、空が、晴れている。
 たった今まで、雨に打たれて『彼』と対峙していたのに?
 白亜は両袖を広げてみる。全身濡れねずみで、重くなっていたはずの衣服は、いつの間にか爽やかに乾いていた。すがすがしい風が吹き抜け、黒髪はさらさらと靡く。
(……いったい……?)
 何が起こったのかわからずに茫然としつつ、とぼとぼと歩き出す。
 といって、行く当てがあるわけでもない。すぐに、慣れぬ道に足を取られて体勢を崩し、木の幹に顔をぶつけてしまった。うつむいていたせいで前が確認できなかったのだ。
 痛む鼻をさすりながら見上げれば、これもまた、想像を絶する樹木だった。枝も張らず、幹だけが天を突くように伸びている。空中に幾重にも広がるのは、大鷺の飾り羽根に似たかたちの、ふさふさした葉。
「こんにちは。あのねそれ、ヤシの木って言うんですよ」
 若い娘の声がした。里の娘や京の女に忌み嫌われていた鬼は、自分に掛けられた言葉とは思わずに、つい、前後左右を見てしまう。
 しかしあたりに白亜以外の人影はない。すりむいた鼻を指さして首を傾げると、娘はにっこりと頷いた。
 灰色の服の、地味な印象の娘だが、真面目そうで品の良い顔立ちである。
「実体化したばかりのムービースターさんですよね? 私、『対策課』の職員です。住民登録はお済みですか?」
「……住民……登録……?」
「ああ、やっぱりまだでしたか。最近、銀幕広場にいきなり出現するムービースターが多いから、見かけたら保護してあげなさいって上長に言われてて。居合わせて良かった。市役所にご案内しますね」
 娘は白亜の手を取って、てきぱきと歩き出した。

「ようこそ、銀幕市へ。それではこちらの用紙にご記入下さい。書き方がわからなければ、私が代筆いたしますよ」
 娘に先導されて入った建物は『市役所』というらしかった。光沢のある台には『映画実体化問題対策課』と記された大札と、『住民登録受付』と書かれた札が並んでいる。
 窓口でそう言ったのは、大江山でも京でもついぞ見たことがないほどの、穏やかな面差しの青年だった。『彼』よりは少し年かさだろうか。
「白亜(ハクア)さんですね。お年は――長命種なので不明? では、外見から判断して18歳とさせていただきます。ご職業は――特定のお仕事をお持ちではない? では、所属団体名でも種族名でも属性でも……一角獣(ユニコーン)の姿を併せ持つ長命種『鬼』? わかりました、では、表記は『鬼・一角獣』にしましょう」
 聞かれたことに白亜がぽつぽつと答えるたび、記入欄は埋まっていく。住民登録はあっという間に完了した。
 職員からはひととおり、事情の説明を受けた。
 どうやら今まで自分がいたのは『映画』と呼ばれている平行世界であること、この街に魔法が掛けられたせいで、もとの世界から時空を超え、移動してしまったらしいこと、白亜と同じ立場のひとびとが、日々、大量に出現し、暫定的にこの街の『市民』になっていること――
 何が起きたのかは、おぼろげながら、わかった。
 だが。
(これから、どうしたらよいのか……)
 どんな追っ手もかなわぬ異境へ行けと、『彼』は言った。そして、その言葉どおりに白亜は来てしまった。そんな場所があるはずはないと、答えようとした瞬間に。
 鬼を狩ろうとするどころか、親身に声を掛け、自然な仕草で手を差し伸べてくれる人々がいる街。しかしこの地には、兄たる酒呑童子もいなければ、『彼』もいない。
「お住まいに困るようでしたら、仮設住宅のご紹介もいたしますよ。こう見えて私も不条理ホラー映画出身のムービースターなので、戸惑うお気持ちはよくわかります。何でもご相談くださいね? あの、良かったら銀幕市を案内しましょうか?」
 白亜を市役所に連れてきた娘は、その不安と困惑を見て取ったらしい。心配そうに聞いてくる。しかし、そうそう娘に世話をかけるわけにもいかぬ。白亜は、誰かに面倒を見て貰うことに慣れていなかった。
 軽く頭を下げ、市役所から出ようとしたとき。
 白亜とすれ違いざまに、走り込んできた和装の娘がいた。表情豊かな目をした、明るい雰囲気の少女である。
「あ〜〜れ〜〜! 大変ですえ〜! 仮設住宅に水漏れが発生いたしました〜〜。部屋中水浸しで、廊下まで溢れて大騒ぎです。大至急、銀幕市水道局の出動を願いまするっ」
「珊瑚さん……。まさかそれ、どこかの発明家が建物に手を加えようとして失敗したんじゃ?」
「失敗ではないと申しておりましたえ。『おかしいな? お不動くん収容のためのからくり機能つき地下水路の設計は、これで完璧なはずだが』と」
「ですから、わけのわからない無断改装はやめてくださいとあれほど。……ああもう、わかりました、すぐに水道局に連絡します」
「ほわいとでーに実体化したばかりですのに、すっかり有能な職員になって、頼もしいですのう〜」
 電話口で水道局を必死に拝み倒している職員に目を細めてから、珊瑚と呼ばれた和装の少女は白亜に向き直る。退出するつもりだった白亜は、何となく毒気を抜かれてその場に留まっていたのだ。
「む? この初々しさは、もしや、登録したてのむーびーすたーですな。思い出しますのう、住民登録もすませないうちに、不動明王型巨大ろぼっとを火星人に奪われたあの日のことを」
「巨大ろぼっと……? 火星人……?」
 矢継ぎ早に繰り出される未知の単語に、白亜は気が遠くなりそうだった。
「お名前は何と?」
「は、白亜」
「白亜どのですか。妾は珊瑚姫。すちゃらか特撮時代劇『世直し姫君、からくり妖変』出身のむーびーすたーです。まあ、それはささいなこと。実体化の先輩として、生きていく上でどうしても覚えておかなければならない、大事なことをお伝えしますえ」
「……大事なこと?」
「左様。この市役所を出て、道なりにまっすぐ行きますと、『銀幕ふれあい通り』と表示のある商店街に突き当たります。その角に、すきんへっどの店長がいる『まるぎん』というすーぱーがあるのですが」
「すーぱー……?」
「そう、すーぱー『まるぎん』の特売日は、毎月10日、20日、30の、0のつく日。この日は、食料品売り場の商品が全て1割引きになります!」
「……(何て答えたらいいのかわからず無言)」
「さらに! 毎週日曜日には朝市が立って、そのときはなんと、産地直送の馬鈴薯、玉葱、人参が、おーる100円の大特価。そして見切り商品は無料でご自由にお持ち帰り下さい状態なのです。おわかりかえ?」
「……(迫力に押されてこくこく頷く)」
「うむうむ。それさえ押さえておけば生活に不自由はございますまい。ところで、誰か一緒に、実体化しましたかえ?」
 白亜は首を横に振る。今のところ、見知らぬ世界でひとりぼっちだ。
「……そうですか。それでは、親しい友だちができるまでは淋しいですのう……。あいわかりました、それでは妾が先輩として、商店街のでぃーぷな攻略法を伝授いたしましょうぞ」
 珊瑚姫が白亜の手を引っつかむ。今日はよくよく、女性に手を握られる日だ。
「珊瑚さーん! 今から水道局の係員が仮設住宅に向かいます。現場で水漏れの状況を伝えてくださ……ちょっと珊瑚さん?」
「立ち会いは、ろくでなしの発明家がすれば宜しい。妾は白亜どのと『銀幕ふれあい通り』にて、でぇとせねばなりませぬゆえ」

 ★ ★ ★

 舗装されたまっすぐな道の両脇に、珍しい店が建ち並ぶ。
 それはほんの少し、京の大通りを連想させた。もちろん、そこで商われているあれこれは、白亜が想像すらしえなかったものばかりであったが。
「まずはへあすたいるや、ふぁっしょんを変えてみるのも、気分転換になっていいですえ。某発明家が稼ぎもないくせに『銀幕はいから理容室』の常連で、無精ひげを剃っては『ぽいんと』をたんまり貯めておりましてのう。使ってしまいなされ」
 珊瑚姫が最初にいざなったのは、『理容室』という場所だった。髪を整えたり、ひげを剃ったりするところであるらしい。
 店主ー! 美少年客を連れてきましたえ〜、と、珊瑚姫が叫ぶ。
「や、これは可愛らしい。女の子かと思ったよ。ひげをあたる必要はないし、せっかくの見事な髪だ、毛先を揃えるだけにしようかね?」
 壮年の店主は、白亜を鏡の前の椅子に座らせ、首まわりに大きな白い布を巻きつけた。
 鏡の向こうから、白い角を引っ込めた長い黒髪の少年が、途方に暮れた顔で見つめてくる。
「……いや、切ってしまっていい。できるだけ、この世界に馴染むように」
 鏡の中の自分を見つめ返し、白亜は呟く。
 この異境は、我が世界にあらず。
 いつかは、辞さねばならぬ。『彼』のもとに戻り、酒呑童子の身代わりとして倒されねばならぬ。されど――
 あの瞬間、『彼』は云ってくれたのだ。出来うることなら、穏やかに暮らしてくれ、と。
 
 だから、これは。
 別の異境から来た少女と時を過ごす、もの珍しいひとときは。
 しばし、鬼であることを失念できる『休日』なのだろう。

 少し目を閉じ、再び開いたとき。
 鏡の中には、耳が隠れる程度に切った毛先を洒落た感じに跳ねさせた、当世風の少年が映っていた。

 ★ ★ ★

「この髪型なら、中性的かつ、かじゅあるな服が似合いそうですな。店主! 美少年客ゆえ、大さーびす価格でこーでぃねーとぷりーずですえ〜!」
 理容室を出てすぐ、珊瑚は白亜の背を押すようにして、次なる店舗『杵間ジーンズ専門店』に突進した。長身の華やかな女性店主が、にこりと笑みを向ける。
「あら可愛い子。珊瑚ちゃんのボーイフレンド?」
「さっき市役所でなんぱしたばかりの友だちですえ」
「もー。発明家さんといい、珊瑚ちゃんってもしかして面食いなの?」
「……いんや。それについては、妾は激しく訴えたい。殿方は顔ではありませぬえ〜。心意気ですえ〜。甲斐性ですえ〜」
 軽口を叩きながらも、これがいい、あれが似合うと、店主と珊瑚はふたりして、白亜を着せ替え人形にし始めた。

 試着室から出てきた白亜を見て、店主と珊瑚は揃って歓声を上げ、手を打ち合わせた。
「素敵! どこのジーンズモデルって感じよ。珊瑚ちゃんのチョイス、センスあるわぁ」
「店主の品揃えの賜物ですえ。よっ、この商売上手!」
「あの……」
 女性たちにちやほやされている状態が落ち着かず、白亜はもう一度試着室に籠もってしまった。

 その後も延々と、銀幕ふれあい通りツアーは続いたのであるが――
「良いですか? 『まるぎん』の店主は若い娘に弱いのです。こう、目を潤ませて『まけてください……』と云えば、食料品売り場の全お総菜に値下げしーるを貼ってくれますえ」
「……しかし、我は」
「本来の性別は置いといて、店主の前では、ぼーいっしゅな『若い娘』のふりをするのです。良いですな?」
「……(迫力に負けてこっくり)」

 この調子だと、珊瑚姫の住まう仮設住宅を紹介されてしまうかも知れない。
 それがいいのか、悪いのか、それさえもわからない。
(兄者。我は、どうすれば……)
 天を仰げば、大江山ならぬ杵間山の、稜線が見えるばかりだ。

 ともあれ。
 長い休日に、なりそうだった。

 
 ――Fin.

クリエイターコメント初めまして。オファーありがとうございました!
記念すべき初プライベートノベルは、おまかせをいいことに銀幕市版「ローマの休日」に挑戦してみました。
バックボーンの映画内容には、主人公側に、頼光+四天王+安倍晴明等、大物どころを派手に配置し、大捏造してしまいました。イメージなさっていたものと齟齬がありましたら申し訳ありません。
どうぞこれからも、銀幕市にて良い休日を過ごされますよう。
珊瑚も、及ばずながらお手伝いさせていただきます。
公開日時2007-06-02(土) 18:50
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