|
|
|
|
<ノベル>
この島は銀幕市に近づいているのだから、赤道直下の太平洋に浮かんでいるものではないはずなのに、密林の中はひどく蒸し暑い。聞いたこともないような鳥の鳴き声が、どこからともなく飛んでくる。謎の植物が繁茂する一画を調査することになった4人は、地響きのような寝息とイビキを聞き、目的地に着いたことを確認した。
4人――シャノン・ヴォルムス、梛織(ナオ)、白亜(ハクア)、レドメネランテ(レン)・スノウィスの身なりは、ほぼ普段着に近い。ジャングル探検にはあまりふさわしくない出で立ちだ。探検に役立ちそうなモノを持ってきているのは梛織くらいだった。他にメンバーが特別に持ってきたモノと言えば――レンは氷水(氷の割合が多分を占める)入りの水筒、シャノンは刀、白亜は眠気覚ましのドリンク剤。
銀幕市という環境にだいぶ慣れてしまったので、突然現れた密林の島に来るにも、彼らはさして装備にこだわらなかった。
「あっづい……すっごくあづい……」
「そりゃ雪国育ちにゃキツイよな」
レドメネランテが大汗をかきながら、水筒の水をがぶ飲みしているのを見て、梛織は純粋に、彼を気の毒がった。持ってきたミネラルウォーターはすでに彼に譲っている。
先頭を行くシャノンが、そっと前方をさえぎる枝葉とツルをかき分け、刀が切り払った。視界は開け、4人の前に、すさまじい極彩色の世界が広がる。
「うっわ、なんだこりゃ」
マズい料理でも食べたかのような表情で、梛織が吐き捨てた。
「花は多少色が濃いほうが美しいだろうが……あまりハデすぎるのも考えものだということか」
シャノンは不敵にも見える苦笑いを浮かべた。
咲き乱れている花は、おおよそ原色だった。赤の隣に青があり、黄の隣に黒があるだけで、目というのはすぐに疲れてしまうらしい。白亜はわずかに顔をしかめた。淡々としている彼がそうしてしかめっ面になったのは、色の洪水のためだけではない。根やツルに巻かれている怪獣たちが見えたのだ。
「島の駆動音かもと思っていたが……こいつらの寝息だったか」
「まァ、でもハズレかどうかはまだわかんねぇぞ。調べてみねぇことはさ」
「見て、動いてるよ」
レンがツタに巻かれた怪獣を指した。
いや、怪獣を絡め取っているツタやツルのほうを指したのか。
ウゾウゾ、ザワザワと不穏な音を立てながら、濃緑の植物は蠢いていた。眠っている怪獣の腹や胸の動きとはまた違う。植物が意思を持っているかのように動き、現実ではありえないスピードで繁茂していく様子は、ひどく不気味だった。
「ボクの世界にもああいう植物はいたけど……ソレに似てる感じがするなぁ」
蚊の鳴くような声で呟いたレンは、不意に、あ、とアイスブルーの目を見開いた。
「もし、もしもだよ、この花と草がアレとおんなじなんだったら、親株があると思うんだ」
「除草剤でも撒くか? 調査も楽になる」
シャノンは皮肉を言って歩きだした。足音は小さい。ただ草が踏まれる音だけが彼についていく。
「あ、ま、待ってくださいよう。コレ、ほっとくんですかー?」
「しーっ」
レドメネランテの肩に手を置いて、梛織が人差し指を唇に当てた。ぐむっ、と口をつぐんで、身を乗り出していたレンは振り返る。梛織の後ろには白亜もいて、深い漆黒の目でレンを見つめていた。
レドメネランテが素直に黙ったのを見て、白亜は梛織よりも先に歩きだす。
4人は、静かに静かに、沈黙の花園を歩いた。奇妙な色合いの怪獣たちは、寝返りも打たずに眠っている。ツタが絡みついているせいで、打ちたくても打てないだけなのだろうか。怪獣の耳や、まぶたの下の目は、どれもかすかに動いていた。彼らは夢を見ているのかもしれない。夢を見ているのであれば、眠りは浅い。
白亜は歩きながら、カフェインがたっぷり入った眠気覚ましを飲んだ。
ハデな色彩は、調査の障害でしかなかった。梛織はそのうちサバイバルナイフを抜いて、目立つ大輪を切り飛ばすようになっていた。青臭さがかすかに風に混じり、色彩がもたらす苛立ちと吐き気もほんの少しだけ治まる。
「ふぁ……」
不意にそんなあくびが聞こえて、黙々と調査を続けていた男たちは振り返った。しんがりをつとめていたのは――というより、おっかなびっくり、キョロキョロしながら進んでいたせいで、自然としんがりになってしまっていのだが――レドメネランテ。凍える国の王子様。彼が大あくびをしていた。
「おい!」
梛織が声をひそめてレンに呼びかける。先を進んでいたシャノンも、厳しい表情で戻ってきた。
「こんなところで昼寝する気か、王子様」
「あ……その……、違うんです。なんだか、ちょっと……きもちわるくて……」
レンは顔をしかめて、またあくびをした。どうやら、ソレは生あくびらしい。小柄な体躯は、クラッとよろめいた。その足が、何かを踏んだ。何か、そう、ぐにゃりとしたものを。
「わっっ!!」
溶けかけたネズミと鳥だった。ヘンな匂いを放っている。黄色とも黄土色とも言えない、不快な色の粘液に包まれていた。
自分の足が踏んだものを見て、レドメネランテは思わず大声を上げた。白亜が肩をすくめ、シャノンと梛織が同時に「バカッ」と小声で叫ぶ。しかし、レンの大声は取り消せなかった。運の悪いことに、レドメネランテのすぐそばに、ツタと花に覆われた怪獣の顔があったらしい。
「ギョワワワワゲゲゲ!」
眠りから覚めた怪獣は、ライオンのようなたてがみを生やしたトカゲだった。花とツタとツルを引きちぎりながら、怪獣は首をもたげる。
レンは尻餅をついた。シャノンと梛織、白亜は身構える。
「やはりな。誰か必ず音を立てると思っていた」
「待て。様子がおかしいぞ」
刀を振りかぶり、跳ぼうとしたシャノンを、白亜が制した。
目覚めた怪獣の咆哮が引き金になって、次から次へと、眠っていた怪獣が身体を起こしていく。赤と黄色と青と、紫と白と……ハデな花々も、吹雪のように飛び散った。しかし、巨大な怪獣たちは、4人の探検者に見向きもせず、身をよじって苦しげな声を上げ――
「うわ」
「きたねぇ!」
怪獣たちは、ゲエゲエ吐き出した。たちまち4人は、強烈な悪臭に囲まれた。しかしこの臭気こそが、この辺り一帯にたちこめているヘンな匂いの源だったようだ。
シャノンは顔をしかめて、袖で口元を覆った。もとからこの匂いには気をつけていた。花の匂いで眠らされるというのは、よくあることだ。それを危惧していたのだが、どうやらかれらを眠らせていたものは匂いではないらしい。
梛織は完全に引いていた。というよりも、俗に言うドン引きだった。一瞬、肝心の調査や観察のことも忘れてしまったが――あくまで一瞬だ。
「もしかしたら、こいつら――」
シャノンと白亜が梛織の顔を見る。
「酔っぱらっちまってんじゃねぇか?」
酒に酔っているということではない。三半規管をやられているほうの『酔い』だ。梛織の言葉を受けて、白亜は尻餅をついたまま動けなくなっているレドメネランテに駆け寄った。
「立てないのか」
「うぅぅ、きもちわるいです、はきそうですぅ……花を見てたら、なんだか……」
「そうか。この花は色で酔わせて卒倒させるんだ」
白亜は頷くと、レンの目を真正面から覗きこんだ。
「私の目を見ろ」
素直な王子は、白亜の黒い瞳を見つめ返す。白亜から見れば、酔っぱらってしまったレンの焦点は合っていなかった。それでも、簡単な幻をかけてやることはできる。
「!」
レドメネランテが目をしばたいた。
彼の視界から、いちめんに咲き誇り、怪獣の身震いで飛び散る花びらの、一切の色が消えてしまった。奇妙な色使いの怪獣たちも、モノクロになった。グルグル回転していた世界が、ゆっくりゆっくり動きを止めていく。
「……!」
花の色を認識できなくなったレンは、ソレに気づいた。気づいた瞬間に身体が硬直した。蒼い目をいっぱいに開いたまま、王子は息を呑む。
レドメネランテの視線を追って、梛織もゴクリと生唾を飲んだ。
ツタと花に絡め取られていた怪獣は、すべてが目覚めたわけではない。この騒ぎの中でも、微動だにしない小山がある。どきつい色合いの花とうごめくツタに覆われた怪獣は、ミイラのように干からびて、死んでしまっているように見えた。一帯の植物は、ただ酔わせていたわけではないのだ。間違いなく、捕食している。
慌ててレンが立ち上がった。彼の足には、すでに1本のツタが絡みついていた。1本だけだったのは幸いだ、彼の力でも容易に引きちぎることができた。
怪獣たちの苦悶の声の下敷きには、カサカサ、ザワザワという不気味な音。ツタとツルは群生している木々にも魔の手をのばしている。
「放っておくワケにもいかないな」
「でも、どうする? まさかこの辺一帯放火するわけにもいかねぇし」
「……親株」
白亜が足元のツタを引っぱりながら呟いた。
「ソレがあるとすれば、どこにあるか……」
まるで彼の疑問に答えるかのようなタイミングで、地面が揺れた。
島の動力部に異変が起きたのか。
はじめ、4人が4人ともそう考えた。
だが、どうも様子が違う。もっと浅い、すぐ足元が震源地らしい。シャノンが、3人の仲間に、下がれと言った。そう言う彼は一歩前に出ていたし、……笑っていた。
奇妙な怪獣たちも、地震には驚いている。叫びながらオロオロと右往左往する彼らは、やがて足を取られるようにして転んだ。何百トンあるのかわからない巨体が倒れていけば、地面の揺れには拍車がかかる。
土と草、怪獣の干からびた死体が盛り上がり、巨大な生物が土中から現れた。
球根に6本の脚が生えた、ソレは『怪獣』としか呼べないモノ。球根からはもちろん茎が生えて、葉が生い茂っている。枝はツタで、無数の花を咲かせていた。花と花の間からは、コイルのようなツルが飛び出している。
「親株だな」
梛織が呟いた。
シャノンはすでに走りだしている。
白亜は無言で、目を丸くしながら球根怪獣を見上げていた。レドメネランテは……口と目を開いたまま、また尻餅をついた。
酔っぱらって吐いていた怪獣のうち、逃げだすだけの体力があるものは、一目散に逃げだした。逃げられないものは、球根怪獣が伸ばしたツルに絡め取られて、地面に押しつけられていく。どうやら球根怪獣は、捕らえていたものが大量に目覚め、拘束を解こうとしていたことに焦ったようだ。もしくは、怒ったのだろう。
シャノンは刀を手に、ムチのように振り回されているツタをかわしながら、怪獣の死骸から死骸へ、軽々と飛び移っていく。目障りな花々は切り飛ばし、確実に球根に近づいていった。
「おい、王子様! できれば手伝ってくれ!」
梛織は腰を抜かしたレドメネランテのそばにいる。彼の蹴りは鋭く、まるで刃の一閃のようだ。狂ったように辺りを蹂躙するツタと花々を、彼の回し蹴りが切り飛ばす。極彩色の花吹雪が、密林の中に散っていく。
梛織に呼びかけられ、白亜に手を引かれて、レンは我に返った。白亜は冷静にツタをかわしながら、黒い瞳でレンの顔を覗きこむ。
「あの球根を叩かねばならない。貴方は、妖術を使えると聞いたが」
「こ、氷の魔法なら……」
「この暑い地に生えている植物の化物だ。冷気に強くはないだろう」
レンは唇を引き結んで、こくりと頷いた。白亜が何を言わんとしているか、どうするつもりなのか察しがついたから、覚悟を決めたのだ。
白亜は鋭い爪でツタを払いながら、レンの手を引いて走りだす。怪獣の死骸を迂回し、足を掴もうとするツタを振り払いつつ。梛織はサバイバルナイフと蹴りでふたりの道を開けた。
シャノンは。
視界が開け、球根の化物が見えた。シャノンはどこをどうして登ったものか、球根の上に立って、刀を振りかぶっているところだった。壮絶な笑みが垣間見えた。首根っこに狙いをさだめた、処刑人の笑みだ。
ざんっ!
ただの一撃で、シャノンは球根からのびている太い茎を叩き切った。茎とは言っても、樹木ほどの太さだ。青臭い液体が切り口から噴き出した。
怪獣は悲鳴も上げない。口も目も鼻もなかった。ただ、赤い根の脚を激しく動かして、苦悶の様子を見せた。
レドメネランテを抱えて、白亜が跳んだ。シャノンが立つ高さまで跳んだ。
氷雪の国の王子様は、フードから顔を出し、両手を突き出す。
密林の中に、鳥肌が立つほど冷たい風が吹いて、凪いだ。シャノンはひらりと怪獣の背から飛び降りていた。
レンが放った氷結の魔法は、茎の切り口に命中した。ピキピキパシパシと音を立てながら、みずみずしい維管束は凍りつく。球根怪獣の脚は、痙攣していた。
「もう1回!」
地面に降り立った白亜が、レンを放す。緊張で余計に青褪めたレンは、もう腰を抜かさなかった。両手をかざした。アイスブルーの目は、光り輝いた。
梛織が、シャノンが、目を細める。
密林の中を吹雪が吹き荒れる。
花もツタも球根も、たちまち霜に覆われ、しまいには完全に凍りついてしまった。
「――よし、仕上げといくか」
シャノンが懐からサイレンサーつきの銃を抜き、凍った怪獣に向けて、立て続けに5発ばかり撃った。彼がいったんそこで連射を止めたのは、梛織が走っていくのを見たからだ。
「おらあっ!」
全速力で助走をつけて、渾身の飛び蹴り。
シャノンが穿った弾痕に、梛織の蹴りがめり込む。
そして――
凍った球根は、砕け散った。
暑さでたちまち氷は解けていき、土と草の匂いがヘンな匂いに混じっていく。
怪獣はいなくなっていた。趣味の悪い色使いの花は、早くもしおれ始めている。
障害がなくなったおかげで、4人は調査に集中することができたが、どうやらこの周辺に動力部への入口はないようだった。
「ハズレかよぉ、残念!」
「しかし、あの化物を捨て置いていては、後々面倒になっていただろうからな。収穫はあったと思うが」
「俺も身体を動かせた。良しとしよう」
汗を拭う3人の後ろで、レドメネランテがぐったりと座りこみ、水筒を傾けた。
「……あう」
水筒はカラッポ。
それを合図に、4人は怪獣島を後にするのだった。
|
クリエイターコメント | こんばんは、龍司郎です。ご参加ありがとうございました! このシナリオでは動力部を発見できませんでしたが、厄介な怪獣を1頭倒してもらうことができました。お疲れさまです。生きている草木というのは意外と燃えづらかったりするので、氷の魔法は有効でした。探検と戦闘、楽しんでもらえたら嬉しいです。それでは、機会がありましたら、また龍司郎をヨロシクお願いします。 |
公開日時 | 2007-06-12(火) 20:00 |
|
|
|
|
|