★ 異境にて、花を臨む ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-560 オファー日2007-06-12(火) 21:06
オファーPC 白亜(cvht8875) ムービースター 男 18歳 鬼・一角獣
ゲストPC1 平賀 源内(cmtd7730) ムービースター 男 34歳 からくり設計者
<ノベル>

 白亜は早起きである。そして、勤勉である。
 生まれたての朝日が放つ最初の光を、銀幕広場のヤシの木が浴びるころ、まるで打ち合わせたようにぱっちりと目を覚ます。そしておもむろに冷水で顔を洗い、身じまいを整えるやいなや、住まいの近辺を竹箒で掃き清めるのだ。
 ショートカットにしたさらさらの黒髪は、ぴしっと折り目のついた三角巾で覆う(注:白亜は電化製品全般が不得手で当然アイロンも使えないため、布類に張りと折り目をつける手段は「寝押し」オンリーである)。
 なお、いまどき珍しい竹箒は、実体化したてのときに知り合ったとある姫君から、「二本持ってますから、一本白亜にあげますえ〜」と言われて貰うことにしたのだった。
 姫君はカフェ・スキャンダルでアルバイトをしながら、『対策課』から非公式に紹介された仮設住宅で暮らしている。同じ建物の住人である発明家の平賀源内は、白亜が銀幕市での生活に馴染めるよう何かと骨を折ってくれるのだが、今のところ効果はそこそこである。
 洗いたての白い木綿のシャツ(注:当然ながら洗い物は洗濯桶と洗濯板使用。ちなみに洗濯板は明治末から大正にかけて使われていたものなので、白亜的には驚きな文明の利器)に、ジーンズ姿で掃き掃除をしている美少年の図は、ご近所に住まう奥様方がつい目を細める朝の風物詩でもあった。
「お早う、白亜ちゃん。いつも感心ねぇ。うちの娘なんか、まだ寝てるっていうのに」
 今日は燃やせるゴミの日だ。お向かいの、『須藤』という表札の家から出てきた奥様が、銀幕市の市章つきゴミ袋を所定の位置におき、さっそく声を掛ける。
「……おはよう、ございます」
 とりあえず挨拶だけはしたものの、特につきあいがあるわけでもない、顔見知り程度のご近所さんだ。あまり親しく話しかけられても、まだどう答えていいのかわからない。
「あの子ったらねぇ、一応社会人だっていうのにいっつも遅刻ギリギリまで布団の中なのよ。目覚ましなんか、3回は止めちゃうの。残業が多い会社でね、帰ってくるのも遅いし、そうじゃない日でも、これもお付き合いなのよ勤め人は辛いのよ! とか言いながら飲んでくるしで、もう」
「仕事……が、忙しいのか。疲れているのではないか?」
 娘さんの私生活だだ漏れ状態に、白亜はそう返すのが精一杯だった。特に愛想をこめたつもりもなかったが、どうやら奥様の好感度は急カーブで上昇したらしく――
「まぁ……! なんて優しいの。んもー、いっそ白亜ちゃんがうちの娘だったら良かったのに……って、あらごめんなさい、男の子だったわね。あんまり可愛いものだからつい」
「……いや。気にしなくていい……」
「そうだ、ちょっと待ってて」
 奥様はぱたぱたといったん家のなかに入り、すぐに、花柄の陶器の容れ物に透明な薄い膜(ラップ、というらしい)を被せたものを持って出てきた。
「夏場はいやね。こまめに火を通さないと、つくりおきの煮物も足が早くって。うちの娘は朝はフルーツヨーグルトとサラダしかいらないなんていうし。残り物で悪いんだけど、たくさんあるから、良かったら」
 そう言いながら差し出されたところをみると、つまり、この容器に入った料理をくれる、ということのようだ。
(おすそわけは有り難く頂戴するのが礼儀ですし、生活の知恵ですえ〜)
 姫君にこの街を案内してもらったとき、そんなことを言われたような気もする。
「……どうも」
 それだけ答えて受け取った白亜に奥様は満足したようで、今度お茶しましょうね、美味しいケーキを買っておくから、などと言って家のなかに戻っていった。
 
 手渡された「おすそわけ」に、白亜は困惑しながら目を落とす。
 馬鈴薯と人参と玉葱と――猪肉に似たものを出汁で煮た惣菜「肉じゃが」である。
 火を入れたばかりらしく、ラップは、ほっこりとした湯気でくもっている。容れ物もまだ温かい。
 なごやかで楽しそうな家庭の様子が垣間見えるような気がして、心までも暖かくなりそうな料理だ。
(だけど……)
 花柄の陶器をぎゅっと掴み、唇を噛みしめる。
 あの食事も――善良そうな老夫婦が、怖ろしい裏切りを隠して供した食事も、ほのぼのと温かな団欒の空気を纏っていた。
 常世の沼が生々しく引きずり出した、悪夢の残滓。疵は克服しても、疵痕は残る。
「おすそわけ」を、素直には喜べない。
 だがその一方で、邪心なく、誰かに何かを分け与えたい気持ちは理解できるし、それはたしかに、自分の中にも存在する感情なのだ。
 掃除が終わったら、もらった「肉じゃが」を持って、源内を訪ねてみよう。科学者でもある源内が調べたあとでなら、安心して食べられるではないか。
 知り合いに貰った素晴らしい野菜もたくさんある。
 自分が「おすそわけ」をしたならば、何かが見えてくるかもしれない。

 ★ ★ ★

「これはまた、見事な野菜だな。ありがとう白亜。こんなに持ってくるの、大変だったろう?」
 つややかな赤紫の、張りのある茄子。ずっしりと重い南瓜。粒が揃ったみずみずしいトウモロコシ。色鮮やかなトマトとピーマン。夏野菜の山を籠ごと受け取って、源内は置き場所を探す。室内は、足の踏み場にも困る状態であった。
「……おいこら。そんなにきょろきょろびくびくしなくても、洗濯機も掃除機もテレビも電子レンジも、おまえを捕って食ったりしないぞ?」
 源内に割り当てられた部屋では、稼動中の洗濯機が唸っていた。かなり型落ちの機械なのは、市役所が回収した粗大ゴミを引き取って修理したものだからである。
 同様に型落ちではあるけれど、電気掃除機も、オーブンつき電子レンジも、大型液晶テレビも、あらゆる家電類はひととおり揃っていた。電気代は、太陽を利用した自家発電装置『ハイパーエレキテル:バージョンMAX』を屋根に取り付けることによって賄っている。
 所狭しとジャンクっぽく積まれているのは、まだ未修理の粗大ゴミ類である。市役所の『人と自然の共生・循環型社会推進課』略称『推進課』から委託されて、家電のリサイクルを行っているのだ。
 いつもいつも姫君に就職先がままならないことを嘆かれている源内だが、たまにはこうやって、ささやかながら内職レベルの糧を得ているのである。
「まあ、ゆっくりして行け。姫さんもそのうち、バイトから帰ってくるだろうし」
 ジャンクの山を押しのけて、白亜が座れるスペースを作ってから、源内は冷蔵庫を探る。
「麦茶でいいか?」
「う、うん」
「姫さんの部屋には、ひととおり飲み物や菓子類が常備されてるんだが、なにぶんにも男子禁制でな……うわ、何も俺の麦茶まで管理しなくても」
 源内が取り出したペットボトルには、黒マジックで【お客様専用ですえ! 源内は水でも飲みなされ】と大きく書かれていた。
 湯呑みに注がれた麦茶を受け取り、白亜はほっと息をついた。
 畳に置かれた肉じゃが入りの器に、源内は目を落とす。
「これは、どうした?」
「朝、もらった。近所の、女のひとから」
「おすそわけか。美味そうじゃないか。自分で食べればいいのに」
 静かに、白亜は首を横に振る。そうするにはまだ、不安を拭いきれないのだ。
「何が入っているかわからないから、源内に調べてもらってからの方が、いいかと思って」
「……なるほど。慎重だな」
 源内の目がすっと鋭くなる。白亜はびくりと肩を震わせた。
「責めてるわけじゃない。おまえの半生からすれば、むしろ当然の判断だ。だがな」
 一気に破顔して、源内は湯呑みを指差す。
「おまえは今、俺が出した麦茶を、何の疑いもなく飲んだろう?」
「あ」
 湯呑みの中身は、すでに半分以上減っている。夏の陽はすでに高く、冷たい麦茶はありがたかったのだ。
「なあ、白亜。俺は基本的に、たとえ異種族間であろうと、ひとはひとを信じたい生き物なんじゃないかと思うんだよ」
「そう……かな」
 果たしてそうだろうか。ひとを信じようとし、わかりあえるかも知れないと思った鬼たちの甘さが、あの凄惨な殺戮につながったのではなかったか。
「俺がそう思っているだけの話だがな。甘ちゃんでお人よしで愚かしい限りだが、こいつ感じのいいやつだなと思ったら、信じてしまう。思うに、おそらくはおまえもそうだったんじゃないか?」
「私、も……?」
 いかにも純朴そうな、土を耕して生きてきた老夫婦。皺の深みさえ味わい深かった彼ら。言葉は含蓄に満ち、笑顔は穏やかで。
 ――そんなひとたちに優しくされて、とても嬉しかった。
「そう、だからこそ、裏切られると手酷い疵を負う。おまえはたぶん、須藤さんちの奥さんにも、裏切られるのが怖いんだろう?」
「そう…。そう、かな……。……あれ?」
 何度もそうかなと繰り返してから、白亜ははたと源内を見る。この肉じゃがを作ってくれた女性が誰であるか、源内は知らないはずなのに……?
「はっはっは、銀幕市中の奥さんやお嬢さんがたから差し入れをもらい続けて一年弱。料理を作ったのが誰かくらい見ればわかる。このジャガイモの色艶と照り具合、味醂と醤油の絶妙な使いかた、きちっとした面取り、煮崩れなしに形よく仕上げられている手腕。煮物を作らせたら天下一品の、須藤さんちの奥さん以外に誰がいる?」
「そう、なのか?」
「ところで須藤さんちには、OLのお嬢さんがいるだろう?」
「そう、みたいだけど」
「お嬢さんからの差し入れには注意しろ。休みの日にたまにお菓子を作るんだが、これがまた、食べると確実に腹を壊す代物だ。100%善意なのが始末に負えん」
「そう、か」
「だからといってむげに断るのも悪いし、逃げるのにも技術がいるよなぁ。妙齢の女性を哀しませたくないしな。須藤さんちのお嬢さんは、ちょっと日本人離れしたグラマラスな美人なんだこれが。この前も」
 源内が、須藤さんちのお嬢さんの魅力語りを始めたところで、白亜はラップをめくり、ジャガイモをひとかけら、ひょいと口に放り込んだ。
 ほろりと崩れた肉じゃがは、じんわりと、どこか郷愁を誘う味がした。

 ★ ★ ★

「持ち込んでくれた肉じゃがだけじゃなぁ。何か茶菓子類はなかったかなぁ……」
 はずみがついてもくもくと食べ始めた白亜を見て、源内は冷蔵庫の中や棚の上などを探る。どこもかしこも散らかっていて、何が食べ物で何が危険なものかさえも判然としない。もしかしたら、この部屋で安全安心確実なのは、須藤家の肉じゃがだけかも知れないと思いかけた矢先、棚の隅からぱらぱらと、ピンク色の銀紙で包まれたものが落ちてきた。
「これ……。何だ?」
 つまみあげて、くん、と匂いをかいでみる。夢のようにうっとりと甘い、とろけんばかりの香りがした。 
「ああ、それはチョコレートといってだな、いや普通のチョコじゃなくて話せば長いことながら」
 源内は、去年の年末にこの街で起きた事件のことをかいつまんで話し始めた。
 魔法がかけられて以降、あらゆるアクシデントに見舞われてきた銀幕市だが、聖夜に現れた美しいムービーハザード、忘却の森と封印の城については特異な位置を占める。
 恋人たちの物語を封印し、湖のほとりに建つ城の探索は、むしろロマンティックな歓迎すべきイベントとして受け入れられ、ふたり乗りのボートで訪れるものが後を絶たなかった。
 その間、忘却の森の秘密めいた木陰に於いても、恋人たちの甘い語らいが――あってしかるべきはずだったのに、どうも違う方向にスパークしたらしい。その夜、森全体を揺るがしたといわれる漢たちの熱い絶叫の記録は、ありとあらゆる事件を網羅しているはずの銀幕ジャーナルのバックナンバーにも残されておらず、もはや伝説化しているのだが、それはともかく。
 その忘却の森に、姫君が食材の調達にいったそうなのだ。
 何でも彼女は、「バレンタインデー」という行事に合わせて「チョコレート」なるお菓子を用意しようとし、その材料であるところの「カカオ」の木を森で見つけたらしい。
 そして彼女が作ったチョコに源内が手を加えて特殊効果を与え、それはその後、バレンタインデーを戦禍に巻き込んだチョコレートキングがらみの事件で活躍――ある意味――することになったのだと言う。
「チョコレートキング特集なら、当時の記事が載った銀幕ジャーナルがあったはず……。ああ、ここだここ」
 広げられたページには、チョコレートキングの城の威容と、お菓子の兵隊たちが写っている。さらに、杵間山に舞う薄桃色の巨大怪獣と、対峙する6人の美少女戦士たちも。
「これは、妖異か……? それに、この女の子たちは……?」
「う、ん。ショコラドンという怪獣が現れてな。この戦士たちはそいつを倒すために臨時結成された部隊で、それぞれに花の名前がついている」
 ――『しだれ桜』、『胡蝶蘭』、『白百合』、『ひまわり』、『紫牡丹』、『紅薔薇』。
 美しい呼び名と、目を奪うような美少女たちの写真を対称させてひとりひとり解説してから、源内の指先は『しだれ桜』で止まった。
「ちなみにこの戦士は、悪役会の某親分だ。そのう、このチョコを食べて変身したわけだ」
「ええっ!?」
 白亜は目を丸くした。悪役会には前々から憧れていて、何とか加入できないものかとさえ思っていたのだ。
 しかし、いつも遠巻きにまわりをうろうろしているだけで、なかなかきっかけがつかめない。親分と同様の経験をすれば、口べたな白亜にも話の種ができて、あるいは――
 ピンク色の銀紙を、じっと見つめる。
「この菓子、食べてもいいか?」
「構わんが……」
 何といっても白亜は、卵の殻をくっつけた雛鳥のように、この街でおぼつかないひとり歩きをしている少年だ。いきなり美少女化チョコを食べさせるのはちょっと大人として抵抗がある。姫さんが聞いたら何と言うやら、などと逡巡する源内をよそに、白亜は銀紙の中身を思い切って食べた。

 ――さらさら、ふわり、と。
 ショートカットにした髪が、艶やかな光沢を帯びながら見る間に伸び、背と腰を覆う。
 華奢な腰はいっそう細くくびれ、胸はふっくらと柔らかみを増す。
 もともと色白の肌はいっそう透明度が高くなり、朝露に濡れた薔薇の花びらのようなくちびるが、冴え冴えと映える。
 ぬばたまの黒髪を桜貝さながらの指先で掻き上げて、白亜は、長い睫毛に覆われた瞳をしばたたかせた。
「……落ち着かない」
「そりゃそうだろう」
 源内は笑いながらその肩を叩く。
「無茶ついでだ。姫さんが帰ってくるまで買い出しは待とうと思ってたが、せっかくだしな。その美少女っぷりを生かしてもらおう」

 ★ ★ ★

 白亜こと美少女戦士『すずらん』の初陣先は、何を隠そう銀幕ふれあい通り角のスーパー『まるぎん』であった。
 本日は「0」のつく日ではなく、したがって特売日ではない。それでもなお、お得な買い物をするために店主を攻略するのが、与えられたミッションである。

「おーい。店主」
「あ、なんだ源内さんか。今日はあの元気なお姫さまは一緒じゃないんで? じゃあ、悪いけどビタ一文まけられませんなぁ」
「あの……。こんにちは……?」
 源内をチラ見してスルーを決め込んだ店主だったが、その陰に隠れるようにしていた白亜が顔を見せるなり、劇的な変化を見せた。
「これは源内さんも隅に置けない。別のお姫さまをお連れとはいやいやまあまあ。何ともお美しいですなぁ。お姫さまは、今日は何がお入り用で?」
「……特選和牛カルビ1kg、無農薬玄米『ミルキークイーン』5kg、杵間山名水仕込みの麦味噌1kg、それと」
 前もって渡されたメモを読み上げると、店主は激しい勢いで頷く。
「かしこまりました! お値打ち価格で勉強させていただきましょ!」
「あと、お総菜も……。合鴨パストラミと、海老にら饅頭と、銀幕風メンチカツ」
「はいはいはいはい。値引きシールですね! お姫さまがお望みなら何割引きのでも貼らせていただきまっせ!」

 ★ ★ ★

 そして白亜は、戦利品の「おすそわけ」を貰って帰ることになった。
 牛カルビと玄米、合鴨とにら饅頭とメンチカツの他、肉じゃがを食べきって空になった器に、麦味噌を詰めて。
 器は御礼代わりの麦味噌を入れたまま、須藤家に返すつもりだった。
 器の上には、夏咲きのツツジが一輪。
「おまけしときますよ。お姫さまには、花が似合いますからね」
 そう言って、店主が渡してくれたのだ。
 
 少女の細い手で、白亜はツツジを陽にかざす。
 このツツジは、杵間山に咲いていたらしい。遠く霞む稜線が、異境となった故郷に重なる。

 大江山は、花の山でもあった。
 今頃は、全山が谷空木(たにうつぎ)の薄桃色と、山ツツジの赤で彩られているだろう。


 ――Fin.

クリエイターコメントこんにちは、神無月まりばなです。再びお会いできて光栄です。
銀幕市鋭意適応中のけなげな白亜さまに対して、どうも源内はいらんこと教えるおじさんっつーかなんつうか。むしろ源内のほうが面倒を見ていただいているような気もいたします。
せっかく美少女化していただいたので、是非コードネームもと思い、かなり悩みましたが『すずらん』にしてみました。
それでは、白亜さまの銀幕市ライフが、これからも充実したものであることを祈りつつ。
公開日時2007-07-11(水) 18:00
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