★ 銀色の幕が上がる ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-1165 オファー日2007-11-04(日) 23:00
オファーPC 朱鷺丸(cshc4795) ムービースター 男 24歳 武士
ゲストPC1 白亜(cvht8875) ムービースター 男 18歳 鬼・一角獣
ゲストPC2 平賀 源内(cmtd7730) ムービースター 男 34歳 からくり設計者
<ノベル>

ACT.1★鬼岳伝異聞

「銘を、『銀雷』とする」
 それは、ひと以外のものを斬るためにつくられた剣だった。
 柄頭と縁金に刻まれたは――晴明桔梗紋。鍔は、赤みを帯びた銀の龍が巻きついて形を成している。刀身を鞘から引き抜けば、乱れ波紋が白い炎のようにゆらめき立つ。
「朱鷺丸よ。これを持ち、大江山の酒呑童子を成敗せよ」
 名高い陰陽師の館にて手ずから渡された太刀は、凄まじい呪を秘めながら、どこか、哀しみを纏った輝きを持っていた。深淵で懸命にもがいてもがいて、もう逃れられぬと自覚したものが持つ瞳に似た、澄み切った絶望の色だ。
「――御意」
 鬼を殺すための刀が、これほど痛ましい美しさを持っているのは何故だろう。
 浮かぶ疑問は言の葉にせず、押しいただいて朱鷺丸は顔を上げる。
 晴明は背を向けて、襖障子を開け放つ。その表情は見えず、感情は読めない。肩ごしに見える夜空には、満月が煌々と照り映えるばかり。
「迷うておるか?」
「否。そのようなことはございませぬ」
「隠さずとも良い。鬼どもに咎はない故、迷うのも道理。あれは本来、無欲で素朴な、いわば山に棲まう神のようなもの」
 抑揚のない声で、陰陽師は云う。
「されど我らは、鬼を滅ぼさねばならぬ。都を脅かす、忌むべき影を消すために。ひとが持つ負の念が鬼を贄として育ち、京を怨霊の巣窟としてきたが故に」
「……わしは」
 鞘に収めた『銀雷』を、横倒しに膝に乗せ、朱鷺丸は声を落とす。
「鬼を一匹、ごく近くで見かけたことが、ございます。鬼一族の里の地形を調べにまいった折り、山毛欅(ぶな)の林の中で」
「ほう」
「漆黒の馬を思わせる、気高い獣でございました。額には、冴え冴えとした純白の角がありました。山毛欅の幹に隠れ、気配を殺していたはずのわしを、それでも敏感に察したようで、梢の中を風のように走り去っていきましたが」
 ――山に神がおわすなら、たしかに、あのような姿なのでございましょう。
 呟いて、膝の上の太刀を見れば、一条の月光が鍔に落ち、銀の龍の意匠を浮かび上がらせている。
 ひとを守るため、ひとならぬものどもの血を吸い続けるであろう、この剣。
 満月が妖しく照り映える。『銀雷』には、ひとの罪も弱さも愚かしさも、呪とともに込められているのだとでも云いたげに。

 † †

 雷鳴が轟き、閃光が天を裂く。
 空が、号泣する。
 大江山の山毛欅林が雨に打たれる中、朱鷺丸は、白亜の細い喉に『銀雷』の切っ先を突きつけていた。
 人型をとった鬼は、純白の角とぬばたまの黒髪を雨に濡らし、静かな目で武士を見据える。
 濡れそぼったその衣装までもが純白なのは、覚悟のうえの死に装束だからか。
 ――こやつは、酒呑童子にあらず。
 わかっている。身代わりなのだ。
 兄と一族を守るため、あえて殺されるつもりなのだ。
 自分は、この手に力を込めるべきなのだろう。こちらとて、守らねばならぬものがある。弱く愚かしいひとびとが暮らす、愛すべき都を。
 それも、わかっている。わかっては、いるけれど。
 思いがけぬ言葉が、こぼれ落ちた。
「逃げろ」
「……異な事を」
「大江山からも、京からもだ。どんな追っ手もかなわず、誰もおぬしに手出しができないような、異境の地へ。そして、出来うることなら――」
 最後まで云わせずに、白亜はゆるやかに首を振る。
「そんな場所があるはずはない」

 鬼は自ら倒れ込んできた。
 太刀が、華奢な身体を残酷につらぬく。

「我は逃げられぬ。……逃がすために、逃げられぬ」

 抱き留めた腕の中で、白い衣装が鮮血に染まっていく。
「なんということを……」
 朱鷺丸の慟哭は、轟いた雷鳴にかき消された。

 † †

 日の本に集う、八百万の神々よ。
 あなたさまがたのなかに、夢の神はおわしましょうや?
 どうか。どうか。
 この、山の神のような一角獣を哀れと思うなら。

 せめて夢の神に、伝え給え。
 夢のなかにしか有り得ぬ、遥かなる異境に匿い給え。
 
ACT.2★気がつけば銀幕市

 閉じたままのまぶたに、眩しい日射しが落ちる。
(ここは……?)
 いつの間にか、気を失っていたらしい。
 頬を撫でる風は晩秋の冷ややかさ。空気はさらりと乾いている。
(雨が止んだのか? ……しかし、面妖な)
 背中が痛い。土煉瓦のようなものが敷かれた場所に、仰向けになっているのも解せない。
 耳を澄ませば、京の大通りを思わせる、ひとびとが行き交う気配。土と緑の匂いの代わりに、食べ物や花の芳香が入り混ざった、雑多な生活の香りがする。
 少なくともここは大江山ではなさそうだが――いったい何が起こったのだろう。
(……ん?)

 ほてほて。
 ほてほてほて。
 ほてほてほてほて。

 先刻からずっと、朱鷺丸の頬は、何やら柔らかいものによって叩き続けられていた。
 幼い天女に羽毛入りのお手玉をぶつけられてでもいるような、ほのぼのとくすぐったい、えもいわれぬ感触である。
「にゃーん。にゃんにゃん!(訳:大変大変、実体化したばかりのムービースターが倒れてるよ!)」
「んにゃっ。にゃあ、にゃお(訳:ちょっと、さっさと起きなさいよ。こんなところで寝てると風邪引いちゃうんだからねっ)」
「にゃ、にゃあー。んにゃー(訳:もしもし、お侍さま。しっかりなさって)」
 目を開けたとたん、目に沁みるような空の青と、薄桃色の肉球が視界にあふれた。
 思わず半身を起こす。三毛と茶トラとキジの、愛らしい子猫たちと目が合った。三匹ちょこんと並んで朱鷺丸を見つめている。
 頬を叩いていたのは、この猫たちの前足だったらしい。
「猫……。猫が介抱を……?」
「にゃっ♪(訳:あっ、気がついた♪)」
「に、にゃん、にゃーっ。にゃああ!(訳:べ、別にあなただけに親切なわけじゃないんだからね。わたしたち、正義の味方だから、困ってる人を放っておけないだけよ!)」
「にゃあん。うにゃん?(訳:住民登録はまだのご様子ですね。よろしかったら市役所にご案内しますよ?)」
 猫たちはにゃーにゃー鳴いているだけなのに、なぜか、云わんとしていることが伝わってくる。
 状況がこれっぽっちも把握出来ず、茫然と子猫たちを見つめていたところ。
「よう、人助けご苦労さん。まぁ、みぃ、むぅ。今日も可愛いな」
 黒い玻璃鏡めいたものを掛けた派手な着物の男が通りがかり、子猫たちを三匹まとめてひょいと抱きかかえた。
「にゃあ〜(訳:やぁん。セクハラはやめてよ〜、源内)」
「にゃっ、にゃん!(訳:そうよ、業務妨害だわ!)」
「にゃ! うにゃあぁぁ〜。……ごろごろ(訳:きゃあ! 喉を撫でるのはやめてくださぃ〜。……ごろごろ)」
「……この猫たちは、いったい……」
 かろうじてそれだけを、朱鷺丸は口にした。
 男は猫好きであるらしく、それは楽しそうに子猫たちを構っている。
「『三匹の子猫 〜宇宙マグロ大戦争〜』出身のムービースターだ。三毛が『まぁ』、茶トラが『みぃ』、キジが『むぅ』。性格は『まぁ』が元気、『みぃ』がツンデレ、『むぅ』がおっとり」
「いや、名前や性格詳細を知りたいわけではなくて……」
 いっそう、謎は深まる。むーびーすたーとは何ぞや? つんでれとは如何なる意味か?
 困惑する朱鷺丸に、男は黒い玻璃を外し、微笑みかけた。
「朱鷺丸だろう? 俺は平賀源内と云う。あんたと同じように、別の世界からこの街に来た」
「なぜ、わしの名を」
「あんたのことは、そう――俺たちの共通の友人から聞いたことがあるんでな」
「――友人だと?」
「ああ。今は随分と知己も増え、ここに馴染んで来てはいるが、当初はひとりで淋しそうだった。あんたが実体化したと知れば喜ぶだろう」
 不可思議な言葉を放ち、源内は、朱鷺丸を立ち上がらせるために手を差し伸べる。
「ようこそ、銀幕市へ」

 † †

「なるほど……。つまりここは、夢の神のしろしめす、異境なのだな」
 朱鷺丸は、源内と、まぁ、みぃ、むぅに伴われて市役所に向かう道すがら、彼らから口々に説明を受けた。事態は複雑なようで、全貌の把握は無理にしても、我が身に何が起こったかについては呑み込むことができた。
「聡明だなぁ。理解が早くて助かるよ。かちこちの石頭かと思ったが、案外、――よりも適応は早いかもな。着いたぞ、市役所だ」
 源内が、誰かの名前をさらりと口にした。雷鳴のなかで呼んだ、あの鬼の名前に聞こえたが、しかしそれは案じていたがゆえの聞き違いかも知れない。
 もしも神が願いを聞き届け給うたのであれば、逃がすために逃げられぬと云っていた漆黒の鬼こそ、この異境に逃れていてほしいものを。

「しやくしょにようこそー。あたらしくじゅうみんとうろくするひとは、うけつけカードをとってじゅんばんをまってね」
 受付台を見て、朱鷺丸は戦慄した。
 人と魚と植物が混ざった風な、奇っ怪極まりない生き物が鉢に植わり、舌っ足らずの口調で指図していたのである。
 腰から上だけは可愛らしい人形に似たそれは、長い髪を彩る髪飾りのごとく、世にも美しい淡い桃色(後で聞いたところによれば、べびーぴんく、と云うらしい)の花を咲かせていた。
 鬼でも怨霊でもなさそうだが、強いて云えば妖異か。
 鉢植えの生き物は、源内の顔を見るなり、小さな両手を差し出す。
「あ、げんないだ。ねー、パンはぁ? おなかすいたー」
「すまん人魚姫。今日は持ち合わせがないんだ。今度来るときは必ず」
「ぜったいだよー。でないとそのねこたち、たべちゃうよ。うふふ、やわらかくておいしそう」
「にゃあ!(訳:きゃー!)」
「んにゃ!(訳:いやー!)」
「にゃん!(訳:やーん!)」
 怯える子猫たちを見て舌なめずりする様子は、ひとや動物を襲って喰らうあやかしと同じものだ。
 ――これは、倒さねば!
 倒れていた自分を介抱してくれた、まぁ、みぃ、むぅの危機に、朱鷺丸は身構える。
「凶悪なる妖異め! おぬしこそ『銀雷』の錆にしてくれる!」
「おいおい、気持ちはすごくよくわかるが、こいつはな、話せば長いことながら」
 源内の長い話を聞いている余裕はなく、すらりと太刀を抜いて、一閃。
 人魚姫と呼ばれた奇っ怪な生き物は、哀れまっぷたつに――なったかと思いきや。
 なんと、両手ではっしと刀身を受け止めていた。
「しつれいね。しごとちゅうの『しょくばのはな』にたいして、なにそのたいど」
「『銀雷』を素手で白刃取りするとは……」
 朱鷺丸は茫然と、人魚姫を見つめる。
「おぬし、只の妖異ではないな?」
「しょくばのはなだっていってるでしょ。んもー、あんたみたいな、じゅうとうほういはんのムービースターは、ほんとは、ぎんまくしけいさつしょがそっせんしてとりしまるべきなのよね。だけど、それやってもきりがないからって、けっきょくなあなあになっちゃってさ。むかつくぅー。しちょうにじきそしようかしら」
「なんだなんだ人魚姫。言葉をマスターしたら、すっかりお役所的物云いが身についちまったな」
「……あの」
 もしかして、『銀雷』を抜かないほうが良かったのだろうか? と、煌めく太刀を持ったまま立ちすくむ朱鷺丸の背を、源内はぽんと叩いた。
「こいつのことは気にするな。市役所のカウンターに何か変な鉢植えがある程度の認識で構わん。それよりほら、住民登録だ。さっさと済ませてしまえ」

 † †

 何とか手続きも終わり、朱鷺丸は晴れて銀幕市民となった。
『対策課』から配布された『現代語ハンドブック』と、『ムービースターの背景を知ろう:世界観総まとめガイドブック初心者用』、『銀幕市の歩き方:Lv.1』を携えて、源内と三匹の子猫に案内され、いったん、カフェ・スキャンダルに腰を落ち着ける。
 未だかつて想像したこともない『喫茶店』とやらいう場所を、平安時代の武士は物珍しげに見回した。
 ひらひらした、裾の短い衣装の娘が、『紅茶』や『ケーキ』なるものを運んでくる。
 温かで香しい匂いが満ちる。甘い香りに目を白黒させながら、慣れぬ手つきでフォークを持った朱鷺丸は、ケーキをおそるおそる口に運ぶやいなや、ぱっと顔を輝かせた。
「これは……。美味い!」
 ぱくぱくもぐもぐと食べ進め、紅茶をごっくんと飲み、あっという間に皿もティーカップも空になる。
「気に入ったんなら良かった」
「こんな美味いものを供する店があろうとは。まるで楽園のようだ」
「甘いものが好きなら、それこそ『楽園』に行ってみるのもいいかもな。『銀幕市の歩き方』89頁に載ってる」
「これはまた、なんと美しい店構えと店主……。そして極上の菓子……」
『楽園』の店内写真とメニューの一例を、朱鷺丸は食い入るように見つめていた。
 かと思うと、やおら、勢いよく立ち上がる。
「源内。まぁ、みぃ、むぅ。いろいろと忝ない……いや、ありがとう。わし……俺は今から、ひとりでこの店に行こうと思う。何事も経験だ」
『現代語ハンドブック』で仕入れたばかりの言い回しを使いこなす朱鷺丸に、源内は思わず拍手した。
「おお、頼もしい。自立心旺盛なのはいいことだ」
「ではこれにて御免。じゃなかった、また会おう!」
 よほどスイーツに魅せられたらしい朱鷺丸は、猛ダッシュ状態でカフェを出、『楽園』方向へと走り去る。

「にゃああー(訳:頑張ってねー)」
「に、にゃあ!(訳:し、心配なんてしないんだからねっ!)」
「にゃん。にゃ〜ん(訳:新作のタルトが出てるはずですわ〜。ごゆっくり)」
 激励とともに見送った、まぁ、みぃ、むぅだったが、朱鷺丸の姿が見えなくなってから、とある衝撃の事実に思い当たった。
 一斉に「やばっ」という顔を見合わせる。
「……うにゃあ。にゃあ……(訳:……ねえ、源内。今日ってさ、月曜日だよね……)」
「それがどうした」
「にゃにゃん。にゃあん?(訳:白亜が『楽園』シフトに入ってる日じゃない。亜子ちゃん絶賛お仕事中だよ? まずいんじゃないの?」
「ははは。まぁは事情通だな。……って、うっわあ! しまったああああ!」
 言われて源内も青ざめた。
 朱鷺丸と白亜は、それぞれの枷と責任を背負って対立した、ものすごシリアスな関係だったというのに。
 何の予備知識も免疫もない朱鷺丸を、よりによって、『楽園』という名の地獄的女装空間で美貌を披露している亜子たんと、いきなりご対面させることになってしまう。それってどんだけ驚天動地。
「ショックだろうなぁ。朱鷺丸が、森の娘特製ワンピに身を包んだガーリーでフェティッシュな亜子ちゃんを見たら。白亜だって、もとの世界での知り合いには見せなくない、合わせる顔がない、みたいなことを云ってたしなぁ」
「にゃあん……(訳:それくらいで済めばいいけど……)」
「他に何かあるか、みぃ?」
「うにゃあ。にゃ、にゃう!(訳:だって『楽園』よ? 朱鷺丸みたいな真面目で凛々しい殿方なんて、格好の餌食にされちゃうに決まってるじゃない。女王陛下と森の娘さんたちに、美味しく料理されちゃうこと請け合いなんだからねっ!」
「そんな、いくら女王陛下でも、実体化したての初心者を美★チェンジするほど無慈悲じゃなかろう」
「んにゃう……(訳:源内さん……)」
「なんだ、むぅ?」
「にゃっ(訳:甘いですわ)」

 結論からいって。
 むぅの言うとおり、源内の認識は果てしなく甘かった。
 女王陛下にも、そして、白亜に対しても。
 
 † †

 朱鷺丸&白亜、in銀幕市感動のご対面に責任を感じたひとりと三匹は、慌てて後を追いかけた。
 そして、『楽園』の外壁に張りつき、成り行きをこっそり窓から覗き見することにしたのである。

「にゃあー。んにゃんー(訳:わー。亜子ちゃんのすずらん柄のワンピース、かわいー)」
「に、にゃっ。うにゃあ(訳:ち、ちょっとお、朱鷺丸ってば、何も気づかないで呑気に『和栗となると金時のタルト』とかフォンダン・ショコラとか頼んでるわよお)」
「にゃ……。にゃおぅ(訳:白亜さんが朱鷺丸さんに気づいて、はっとなってます……。そおっと女王様に耳打ちしてますわ」
「にゃ。ん、にゃん(訳:朱鷺丸も、やっと亜子ちゃんのほうを見た。あ、お茶吹いてる)」
「ふにゃっ(訳:そりゃ吹くでしょうよ)」
「にゃあぁ……。にゃにゃ……んにゃ(訳:あぁ……。女王様のツタが……朱鷺丸さんを拘束して……)」
「にゃっ♪ にゃご(訳:ラッキー♪ 朱鷺子ちゃん爆誕の瞬間が見れるなんて)」
「むにゃお。にゃにゃ(訳:白亜が女王陛下をたきつけたのね。そういえば白亜って、『楽園』がらみだと性格黒くなるわね)」
「にゃー、んにゃにゃ〜(訳:ええ、いつもより二割増しで黒いですわ〜)」
 
 子猫たちとて女の子。
 めくるめくスイートな女の子向け光景(???)を面前で展開されてしまい、正義の味方の本分はさくっと忘れた。
 つまり、仲良く頭を並べ、耳をぴくぴく動かし目をきらきらさせながら見守ったのだ。
 源内のほうは、朱鷺丸の受難をとても人ごととは思えない。
 助けに行きたいのはやまやまだが、うっかり踏み込むと我が身までも源内子ちゃんにされてしまう。
(……許せ! 朱鷺丸!)
 結局、源内は、凛々しい武士の、帆布を引き裂くような悲鳴に目幅泣きしつつ、壁に張りついてがたがた震えることしかできなかった。

ACT.3★キャンディ・プレイは薔薇の色

【記録者注】
 読者諸兄には、銀幕ジャーナルの当該記事を参照されたし。

ACT.4★夢が見る夢

『楽園』の、本日の営業が無事終了し、亜子たんと朱鷺子たんが武装解除を許されるまでにはいろいろあったわけだが、ともあれ、ふたりはなんとか白亜と朱鷺丸に戻り、店から出てきた。
「あれ、源内? まぁ、みぃ、むぅも」
「ずっとそこにいたのか?」
 壁に背を付けたまま、魂を宇宙の果てに飛ばして放心状態の源内と、対照的にわくわくいきいきぴちぴちな三匹の子猫を見つけ、揃って目を見張る。
「…………『楽園』に行ってみろとか朱鷺丸に云ったのは俺なんで、……その、責任上……」
「にゃー! にゃん♪(訳:ふたりともお疲れさまー! あのね、感動しちゃった♪)」
「う、うにゃお。んにゃっ(訳:ふ、ふん。いいもの見せてもらってありがとうなんて思ってないからねっ)」
「にゃ〜? にゃお……?(訳:あのう〜。朱鷺丸さんがお持ちのそれって、契約書……?)」
「ああ」
 女王陛下と交わしたばかりの、これで朱鷺子ちゃんも『楽園』メンバーよ♪ な、金の薔薇模様の箔押し美麗雇用契約書を手に、朱鷺丸は遠い目をする。
「成り行きで、そういうことになったのだが――なあ、白亜」
「なんだ」
「そもそも、おまえは何故、あの格好で働くことになったんだ? しかも見たところ、そんなに嫌がってはいないというか、馴染んでいる様子だったが」
「それは……」
 …………。
 ……。
 ………………。
 ……………。
 ……………………………。
 たっぷり五分ほど考え込んでから、白亜は言った。
「説明が、非常に難しい」
  
 † †

 すでに日は落ち、街のあかりが灯っている。
 群青の空にちらほらと星が瞬きはじめ、ゆっくりと満月が昇り始めた。
「ふたりとも疲れたろう。俺の住んでる仮設住宅で、一服していかないか? そろそろ姫さんも、バイトから帰ってきてるころだろうし――そうだ、朱鷺丸には、これを渡しておこう」
 源内は、懐から名刺を取りだした。
「……銀幕市立中央病院、研究棟特別班所属……?」
「ムービースターたちの心のケアも担当している。何かあったら尋ねてこい。ストレスが溜まるようなら、早いうちに対処しないとな」

 見上げた夜空は濃度を増していた。星に囲まれて、満月は煌々と輝く。
 月光が、降る。
 しずしずと上がるのを待つばかりの、銀色の幕のように。
「夢みたいだな」
 白亜が、笑みを見せた。
「――どっちが?」
 それは、大江山で対峙したときのことか。
 それとも、この場所での、思いがけない邂逅のことか。
「どっちもだ」
「……そうか」
 わかっている。異境での暮らしは、永遠には続くまい。
 我らは、かりそめの住人なのだと。

 ――それでも。
 夢の神の腕(かいな)に抱かれ、運命の枷から逃れることのできた鬼は、今、朱鷺丸の隣で笑っている。
 

 ――Fin.

クリエイターコメント朱鷺丸さまには初めまして。銀幕市へようこそ。
捏造OK、オールおまかせを良いことに、ACT.1では、記録者の妄想を全開させていただきました。
実体化と、朱鷺子たん『楽園』デビューエピソードを絡めて、無駄に整合性を取りながら時間軸を調整してみましたところ、リンク率当社比2割増しどころか12割増しくらいになっております。
いきなし濃い世界へGOなさったお姿に漢を感じました。この調子なら、すぐに銀幕市に馴染めますね(親指立てつつ)。
何かございましたらば源内が心のケアをいたしますので(あまり役に立たないかも知れませんが)、心おきなく異境をご堪能くださいませ。
公開日時2007-11-29(木) 20:50
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