★ 猫耳冥土(&執事)喫茶繁盛記 ★
<オープニング>

 銀幕市の綺羅星学園から10分ほど歩いたアップタウンに、とあるケーキ屋さんがあった。
 ここが桜崎聡美の自宅でもあった。家に帰るなり、とんでもない話を母から聞いて、聡美は……非常に困っていた。

「猫耳冥土喫茶〜? おかあさん、本気なの!?」
 こともあろうに母が、今、開いているケーキ屋さんを閉めて、猫耳冥土喫茶をすると言い出したのだ。
「あら? 聡美ちゃん? 聡美ちゃんなら、私にそっくりで可愛いから、猫耳と猫尻尾と冥土服、似合うわよ〜?」
 聡美の剣幕をものともせず、母はのほほんとしている。その様子を見て、聡美はさらに苛々する。
「うちはね、『銀幕アップタウン物語』に出てきた、由緒あるケーキ屋さんなんだよ? それを……店を畳んで別の商売始めるなんて、ファンが聞いたら、何というと思う!?」
 そう……聡美たち親子は普通の人間ではない。ムービースターという映画の中の人間が実体化したものであった。聡美たちは『銀幕アップタウン物語』というほのぼのした人情ものの映画の中で、主役をしていた家族なのだ。
 ケーキ屋というものに、それなりに誇りを持っているのだ。少なくても、聡美は……。
「でもねぇ……そんなこと言っても、実際には、うちに客全然入らないし」
 母はのんびりとした口調でシピアなことを言う。その言葉がぐさっと聡美に突き刺さる。
 そうなのだ、このケーキのケーキは全て聡美の手作り製である。手作りといえば、聞こえがいいが、その実、家庭で作るケーキと味はそんなに変わらない。家庭で作れるものをわざわざ買いに来る客など、映画の中ならともかく現実の世界ではいないのだ。
「それにねぇ……実体化したからには、あたし達も生活していかないと、いけないし? それにはお金が必要なのよ〜?」
 そういわれてしまうと……それ以上きついことは言えない……。しかし、しかし……せめて、別の方面から抵抗してみる。
「何で猫耳冥土喫茶なのよ……。他にも違う商売はあるでしょ? それに……あたしもおかあさんも司も、喫茶店のノウハウなんて、全くないよ?」
「それは……臨時のバイトを雇いましょう? 喫茶店の営業を手伝ってくれる子を? この街には喫茶店を経営している人や、喫茶店で働いている子が多いわ。そういう子たちに手伝ってもらえばいいのよ」
聡美は、はぁ……と息を吐き出す。渋々母の案を受け入れざる得なかった。

 早速、聡美は求人のポスターの製作に取り掛かった。しかし、聡美にはデッサンの才能はないと自覚している。どうしてもこれという出来のポスターが、なかなかできない。
 それでもようやくポスターを完成させ、それを弟の司に見せてみせた。
「ねえねえ、これ、どうかな?」
「……姉ちゃん……ばかっ? こんなポスターで働きたがる奴、いないよ」
「もう……そんなこと言うなら、あんたが書いてよ」
「人を巻き込むなのよな、ウザウザ……」
 司はテレビを途中で見るをやめると、自分の部屋に引っ込んでしまった。
 聡美はようやくうーんうーん、うねって、募集文句を捻り出した。
 それはこんな台詞だった。

 『あなたも猫耳冥土(&執事)喫茶で銀幕市に萌えを広めてみませんか?』

 ポスターを貼ると、早速、調理のバイトを希望する者が2人来た。
 1人は綺羅星学園に通う高校生の女の子。
「料理、好きなんです。将来は自分の店を持ちたいと思っています。どうか、勉強する機会をください」
 1人は料理のカルチャースクールに通うおじいちゃん。
「……はぁ? 料理のことなら、任せてくれ……しっかりカルチャースクールで勉強したぞ。おや、何の話をしておったかの? ……わしの耳はまだ遠くないぞ?」
 ……さて、どちらを雇うか? 接客の猫耳冥土さんと猫耳執事さんはバイトの子でもいいけど、コックくらいちゃんとした専属の社員を雇いたい。
 これも……手伝いできてくれるはずの、バイトの子と一緒に決めよう……。

 こうして……猫耳冥土(&執事)喫茶(まだ名前はない)はオープンしよう、としていた。
 しかし、その前途はかなり多難であった……。

「というか、何で学生のあたしが経営者代理しているのよ! 幾らおかあさんが料理も家事も破壊的に駄目で、ものぐさで、経理しかできないから、といって!!」
「じゃあ、口出ししなければいいだろ? まったく……自分から口出しして、文句言うなんて、ウザウザ……」

種別名シナリオ 管理番号482
クリエイター相羽まお(wwrn5995)
クリエイターコメント こんにちは、相羽まおです。
 皆さんとは初めましてですけど、どうか宜しくお願いしますね♪。
 これがわたしの初シナリオとなります。どうか、こんな不慣れなマスターでもいいと興味を持ってくださった方は、参加してみてください。

 一応、このシナリオでして欲しいことは4つの中から何れかです。

 ・喫茶店の内装などの手伝い。
 ・喫茶店の宣伝の方法の提案と実行。
 ・女子高生とおじいちゃんとどちらかから調理人を選ぶ。
 ・喫茶店を開店し、実際に接客を行う。

 なお、おじいちゃんはああ見えて料理の腕前は一流です。ただし、耳が遠くて、ボケてます。女子高生は態度はきちんとしていますけど、料理の腕前は並程度です。

 行動をする際には、以上の点を踏まえてみてください。
 シナリオはほのぼのな感じを目指しています。

参加者
ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
フェイファー(cvfh3567) ムービースター 男 28歳 天使
北條 レイラ(cbsb6662) ムービーファン 女 16歳 学生
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
<ノベル>

 周囲には沢山の学生がいる。ここは銀幕市アップタウン、姫羅星学園の近くで、駅から通う生徒の通学路になっていた。
 新たに猫耳&猫尻尾冥土喫茶を開く場所しては、立地条件は最高であろう。しかし、その立地条件の良さがありながら、ケーキ屋を開いていたときは、客は全然来なかったのだ。
 ――今度は大丈夫かなぁ……?
 開店に向けて店の前を掃除していた桜崎聡美は、はぁっとため息を付いた。
 掃除を終えると、次の準備のため、聡美は掃除道具を持って、店の中に引っ込んだ。

 制服姿の少女2人と年の若い青年が何やら道で言い争いをしていた。
 少女の1人は赤毛のショートカットをしている。姫羅星学園の制服の上にカラフルなセーターを着用し、パンツが見えちゃいそうなくらい、ギリギリまで短くしたスカートをはいている。春とは言えまだ肌寒いのに、脚をそんなに出しても元気いっぱいであった。そして大き目のヘッドホンを耳に掛けている。
 もう1人の少女は黒髪のロングをしている。制服のスカートをギリギリまで長くし、脚を上品に隠している。制服をきちんと身に着けており、楚々とした女性らしい仕草の一つ一つに、育ちの良さが窺えた。
 少女たちの傍には2匹のバッキーがいて、赤毛の少女の剣幕に目を丸くしていた。
 一方、青年の方はいたずらっ子みたいに目をキラキラさせていて、表情がクルクル変り、ちょっと少年めいた感じがする。片手にはなにやら大きな荷物を持っている。
 この青年に、赤毛の少女――新倉アオイはさっきから怒りをぶつけていた。
「もう、ウィズ! いったい何なのさ! 授業が終わるなり、こんなところに連れ出してッ!」
「いいから、いいから! 早くこの中、入ろうぜ?」
 ウィズと呼ばれた青年はアオイともう一人の少女の背中を押して、正面の建物の入り口に押し込もうとする。もう一人の少女――北條レイラは、不思議そうにウィズに尋ねた。
「でも……本当に何の用事ですの?」
「いいから、いいから」
 ウィズは強引に2人を建物の中に連れ込む。アオイとレイラは悩みながらも、ついその強引さに流されてしまう。バッキーも飼い主の少女たちの後に続く。
 中は所々コンクリート剥き出しの、まだ改装中らしい店舗だった。アオイやレイラと同い年くらいの少女が、作りかけのカウンターのところで、なにやら書類を見てうなっている。この少女こそ、店の事実上の責任者の、聡美であった。
 聡美は、騒がしく入ってきたウィズたちを見て、目を丸くした。
 しかしそんな聡美の様子を気にせず、ウィズは軽い調子で、聡美に声を掛ける。
「あ、オレ、港で海賊喫茶っての経営してるんだけど良ければ手伝おうか? で、バイト、3人応募ね」
 ウィズの勢いに釣られて、聡美は返事する。
「あ、はい……ありがとうございます!」
 アオイはウィズの言葉を聴いて、目を丸くした。
「はぁっ? バイトぉ? 聞いてないよ! 本人の意思を無視して、話を進めないでよねッ!」
「苦学生のアオイちゃんに代わってバイト見つけてやったんだぜ? 喜んでくれると思ったけどなぁ?」
「勝手に苦学生にしないでよッ!! 大体ここ、何のお店なのさッ? 見た感じ作りかけの喫茶店みたいだけど……?」
「あーっ、えーっと……メイド喫茶☆」
 ウィズはニッコリ笑った。
「メ・イ・ド・喫茶!?」
 アオイはあんぐりと口をあける。
 メイド喫茶って、あのメイド喫茶!?
「服も作って来たんだぜ、似合うと思うけどなぁ?」
 ウィズは持ってきた荷物より、メイド服を取り出してみせる。まるで男性の萌えを体現したみたいな……可愛らしくブリブリでギリギリのミニスカメイド服を。
「はぁっ? 何であたしがこんな格好しなきゃいけないワケ!?」
 アオイは服を見て、自分がこれを来たことを想像して顔を赤くしながらも、ウィズにより激しい勢いでがなりたてた。こんな服着るなんて、恥ずかしい、物凄く恥ずかしい。ぜーったい、嫌だ。
「アオイちゃんなら似合う、似合うぜ。自信持てよ」
「そんな問題じゃなくて……うーっ……こんなの……」
 何と言っていいか分からず、アオイは口ごもる。隣で見ているレイラに助けを求める。
「もう……レイラからも何か言ってやって!」
「わたくしはその……海賊喫茶でバイトをしておりますし、こういう仕事は慣れていますから、お役に立てれば嬉しいですわ」
「そういう問題じゃなくて!! 何でメイド喫茶なのか、ということ!」
 最初は驚いて3人のやり取りを聞いていたものの、聡美は恐る恐る口を挟む。
「あの……無理にしなくてもいいんですよ? それはうちは今、猫の手も借りたいくらい大変だから、働いてくれるのは嬉しいんですけど、その、無理してもらわなくても……」
 そう言われて、アオイは困ってしまう。何だか、駄々こねている自分が子供みたいで、申し訳ない気分になってしまう。でも、だからと言っても、メイド服は恥ずかし過ぎる! それに男に媚びているみたいで嫌だ。
「でも……」
 アオイは言い淀む。そんなアオイに、レイラはにっこりと微笑みかける。
「この服、アオイには凄くお似合いだと思いますわ。何だか見ていると元気が湧いてくるような、そんな服のように思えますの。わたくしもこの服を着たアオイが見たいです」
「だから、そういう問題じゃなくて……」
 アオイは本当に途方に暮れてしまう。
 そんなアオイの葛藤を見て取ったのか、ウィズが聡美に尋ねてみた。
「なぁ、なぁ、オーナー? 働いたら、バイト代出るんだよな? どれくらい?」
「はい、それは勿論出しますけど……ええっと……」
 聡美は具体的な金額を提示する。
 それを聞いて、アオイは目を丸くした。
「そんなに!?」
 正直、海賊喫茶のバイト代より、高い。
 アオイの驚きを見て、今度は聡美が困った顔をする。
「えっと……その……うち、そんなに裕福じゃないんです。でも、やっぱり人手は欲しいから、バイド代は奮発させてもらったのです。これがうちの払える最大の値段なんですよね……」
「オーナーとレイラもメイド服、着るんだよね?」
「はい」
「勿論ですわ」
 聡美とレイラは頷く。それで覚悟は決めた。恥ずかしいのは確かだけど……でも、そんなに貰えるなら、ちょっとくらい我慢してもいいかな……。
「じゃあ……そんなに言うなら……ちょっとだけ頑張るよ」
「よしっ、決まりだな。じゃあ、早速、これを着て、仕事だ!!」
 ウィズはミニスカメイド服を広げて、アオイに迫る。アオイはじりじりと下がる。
「ちょ、ちょっと!? まだ開店前なんだから、メイド服着る必要ないじゃん!!」
「だって、店の宣伝しないといけないだろ? だから、それを着て、チラシを配ってきてよ」
「えーっ……」
 でも、そういう理由があるなら、仕方ない。アオイは渋々着替えることにした。バッキーのキーを従えて、店の奥にある更衣室へと向かった。

 健康的な裸体が、ライトの灯りの下、惜しげもなく曝け出される。
 躊躇いもなく、あっさり身に纏った衣服と湿った下着を脱ぎ捨て、全裸になり、そのままシャワールームに行く。今まで学校にいたから、この季節とは言え、それなりに汗を掻いていた。その汗を今は洗い流したい。
 シャワーのノズルを捻ると、最初は冷たい水が飛び出してくる。それが日焼けしていない白い肌の上に大量にかかる。かなり冷たくて苦痛だったが、でも、それで声をあげたりはしなかった。
 水は次第にお湯となり、冷えた肌を暖めていく。白い肌が、ほんのりとピンク色になっていく。
 やがて、身体をある程度温めて、汗を洗い流すと、シャワーを止めた。透明だけど暖かなお湯の雫がその素肌の上を滑るように流れていく。その感触が少し心地よい。
 もしここに人がいて、その裸体を見たなら、意外と逞しい身体つきなのに驚いただろう。その優しげで癒し系の容貌や、お洒落な服の上からは想像もできない、しなやかな筋肉が服の下には隠されていた。それを見たならば、この者が決してただの美大生ではない、と否応なしにも理解させられる。
 吾妻宗主は身体をタオルで拭いて、バスローブをしっかりと着込むと、フェイファーの待つリビングルームへと戻った。
 フェイファーはゴロンと横になってテレビを見ていて、リビングに戻ってきた宗主のことを気に掛ける様子はない。もぐもぐと、宗主の作ったクッキーを寝っ転がりながら食べている。
 宗主はバッキーのラダを膝の上に抱えて、フェイファーの隣のソファに腰を下ろすと、フェイファーに向かって語りかけた。
「もう少ししたら、出かけるよ、フェイ」
「ああ、いってらっしゃい」
 もぐもぐ……とフェイファーはテレビに夢中で気のない返事をする。宗主はそんなフェイファーの背中を見下ろして、見守るような優しげな微笑を浮かべる。
「メイド喫茶でバイトすることにしたんだ。対策課の依頼でね、求人広告のポスターが出ててね……」
「ふぅん……」
「ほら? 前にフェイに言われて、メイドカフェ『楽園』にいっただろ? そこで幾つかレシピ習ってきたから、それが役に立たないかな、と思ってね。たまにはお菓子ばかり沢山作るのもいいかな、って」
「あっそ……」
「楽しそうな依頼でしょ? 一緒にどう?」
「やだ、めんどい」
 フェイファーは宗主の方を見もせずに言う。よっぽどテレビが面白いらしい。
 何のテレビを見ているのだろう、と目を移すと、それは野球もののドラマのようだった。中学時代の元チームメイトに色々不満をぶつけられて落ち込んでいるピッチャーに、キャッチャーが近づき、そしてそっとピッチャーの手を握り締める。ピッチャーの手は冷たく緊張している。それを知り、キャッチャーはこのピッチャーの心底力になりたい、と思うシーンだった。このシーンに話しかけられたら、確かにうっとおしいだろう。宗主は嫌な顔一つせず、ラダを撫でながら、ドラマが一区切りするのを静かに待った。
 ドラマが終わるとフェイファーがようやく振り返って、宗主に聞いてくる。
「それで?」
「ああ、だから、フェイも一緒にメイド喫茶で働かない?」
「って、俺もメイドの格好をしないといけないのか?」
「いや、男は執事の格好でいいらしいよ。フェイに似合うと思うけどな?」
「興味ないね……宗、一人でいってくればー?」
 フェイは今度は新聞を拾い上げると、チャンネル欄を見つつ、リモコンで適当にチャンネルをいじり始める。宗主は一応、フェイファーに言っておく。
「でも……北條さんも居るらしいよ?」
「アイツも居るのか!」
 フェイファーは再び振り返って、少し興味を持ったように宗主の顔を見つめた。宗主はその視線を受け止め、微笑で返しながら、依頼の内容を話す。一通り説明を聞いて、フェイファーは理解したように頷いた。
「なるほどな……」
「どう? 働いてみる気になった?」
「偶には気分転換もいいしな。ああ、いいぜー」
 そう言って、フェイファーは勢いを付けてソファから立ち上がる。そして宗主の腕をぐいぐい引っ張る。
「ほら、早くいっみようぜ、そのメイド喫茶とやらに。宗、早く早く!」
 ポトンとラダが床に落ちて、そのまま宗主の素足にじゃれ付くようについてくる。
 宗主は釣られて玄関まで引っ張られつつも、困った顔をして、フェイファーを引き止めた。
「まあ、待って? ……さすがにこの格好じゃ、外、いけないから、ちょっと着替えてくるよ。少し時間くれないか?」
 宗主は顔を下に向けて、バスロープ姿の自分を目で指してみせた。この格好で外を出歩くのは、いくら何でも無茶だろう。宗主はそっとフェイファーの手に手を添えて、フェイファーの手を外した。
 フェイファーは宗主の姿を上から下にじろじろ眺めた。そして納得する。
「確かにその格好じゃ、外出れないな。だが、着替える必要はないぜっ!」
 フェイファーはパチッと指を鳴らす。その途端、宗主はバスローブ姿から、ダーク色の冬服にチェンジしていた。若干いつもの服とデザインは違うが、そこはフェイファーがおぼろげな記憶から適当にイメージして作ったのだろう。でも、フェイファーもファッションセンスは宗主に劣らないから、宗主の目から見ても満足できるお洒落な衣装になった。
「これでいいだろ?」
「ああ、これで十分だ」
 宗主は微笑みながら頷く。
 そのまま宗主たちは部屋を出て、アルバイトを募集しているというメイド喫茶に向かった。
 そのメイド喫茶は宗主の住んでいる場所からそんなに離れていなかった。店に入るとそこには、作りかけのカウンターの奥に少女が1人とその手前に青年が1人いた。少女が宗主とフェイファーに聞いてくる。
「こんにちは。あの……どのようなご用件でしょう?」
 宗主は少女と青年に対して、きちんと礼をする。
「アルバイトの募集を見て、来ました。どうか責任者に合わせていただけませんか?」
「あ、私がそうです」
 少女はぺこんと頭を下げる。意外と責任者が若いので、宗主は少し驚いた。でも、それは顔には出さない。きっと何か事情があるのだろう、と察した。宗主にも聞かれたくないことは沢山ある。
 それから宗主はフェイファーに視線を移した。フェイファーと自分の自己紹介をするために、フェイファーの位置を確認したのだ。フェイファーはその宗主の視線には気づかない。ただ、訝しげに、じーっと青年の方を見つめていた。そしてフェイファーは思い出したように、青年に声をかける。
「あ! えっと……おまえ、杵間神社に来てたよなー?」
 フェイファーは青年がお社に商売繁盛の祈願をかけていたことを思い出したのだ。
 だが、青年の方はフェイファーのことを知らないみたいだ。
「ああ、そうだけど……あんたは?」
「俺はフェイファーだぜ。おまえは?」
「オレかい? オレはウィズって言うんだ。ギャリック海賊団の一員だ。あんたが、あのフェイファーか。よろしくなっ!」
 ウィズはフェイファーの噂を聞いているみたいだ。
 宗主もウィズとは初対面であったが、ウィズの噂は兼々聞いていた。続けて挨拶する。
「きみがウィズかい? 俺は吾妻宗主と言うんだ、よろしくね」
 宗主は友好的な笑みを浮かべてみせる。ウィズは、ああ、あの……とやっぱり心当たりがありそうな顔をすると、それからきちんと宗主に挨拶を返す。それからニヤッとフェイファーへ笑いかける。
「ところで……来てるぜ、レイラちゃん」
 クイッと店の奥を指してみせた。
 その方角からは確かに、レイラのものらしき話し声が聞こえている。フェイファーは嬉しそうな顔をし、軽やかに扉に近づく。
「おっ、いるのか? じゃあ、早速挨拶してないとなー」
 その扉に手を掛けて、開けようとした。しかし、その直前、ウィズは声をかける。
「あー、今はその扉、開けない方がいいぜ?」
「どうしてだ?」
 そんなことを言われて、フェイファーは手を止めて、振り返って、不思議そうにウイズの顔を見た。ウィズはニヤニヤしながら答える。
「レイラちゃん達、今、着替えてるから。殴られる覚悟があるなら、開けてもいいけどさー」
「じゃあ、やめておくよ。殴られたくないからな」
 フェイファーは動揺する様子もなく、あっさり引き下がった。ウィズは詰まらなさそうな顔をした。
 そんなウィズへ、ふと気づいたことを宗主は尋ねてみた。
「ということは、2人とも、メイド服に着替えているのかい?」
「ああ! 作ったチラシ、配りに行ってもらおう、と思ってさ」
「ふうん……それは楽しみだね」
 純粋にレイラたちの着飾った姿を見るのが楽しみという思いから、宗主は柔らかい声でそう言うと、あとはじっとレイラたちが出てくるのを待つことにした。

 レイラたちはまだ更衣室にいた。まだ制服も脱いでない状態だった。
 アオイはウィズから渡されたメイド服を広げてみて、つくづくそれを眺める。それから顔を赤くして、ぶつぶつ不満をレイラに言った。
「まったくー、何であたしがこんな服着ないといけないのさ。別にあたしが着ても、誰も喜ばない、と思うけどなー」
「そんなことはない、と思いますわ。アオイがそれを着たら、きっと可愛いですわよ」
 レイラはおっとりとアオイを嗜める。そう言いながらも、ゆっくりと制服のスカートを脱いで、それからスカートを脱ぎ終えると、今度はブラウスを脱ぎ始める。アオイはそのレイラの様子を眺めながら、さらに不満そうに言った。
「それは……レイラのメイド服はまだましだから、いいけどさぁ。あたしのメイド服は、こんなにスカート、短いんだよ?」
 レイラのメイド服は、クラシカルなロングスタイルだった。メイド服であることには変わりないが、アオイの着るメイド服ほど、萌えは追求されていない。どちらかというと、上品な感じがした。
 それに……レイラは綺麗だ。同じ女性のアオイから見ても、レイラは惚れ惚れとするほど、スタイルがいい。それに揺ぎ無い信念の持ち主であるため、それが内面より外面ににじみ出ている。
 対するアオイは……というと、子供時代に散々赤毛でいじめられたし、正直、あんまり人前で目立つ行動はしたくなかった。それにアオイは見た目は派手だが年相応に潔癖な少女なので、やっぱり男に媚びるのは嫌だという思いが強かった。
 レイラは下着姿になると、ゆっくりと手馴れた動作でメイド服を身に付け出す。しかし、まだアオイが着替えてないのを見ると、レイラはアオイへ諭すように言った。
「嫌なら、やめてもいい、と思いますわ。服も嫌々着られたくないでしょうし?」
「うん……」
「でも、その服、良く見てください? 一針一針、丁寧に縫い上げられているでしょ? 団員の皆が、がアオイのために頑張って仕上げたのですよ?」
 うーん……とアオイは手に持ったメイド服を眺める。
 結局自分の言っていることは我侭なのだ。これは仕事なのだ。不満を言いながら仕事されても、周りも雇う方も嫌だろう。
「そうだね、一度引き受けたんだし、不満言っちゃ駄目だよね。分かった!」
 アオイはパッパと豪快に服を脱いで下着姿になると、ミニスカメイド服を身に付ける。服はアオイのサイズに本当にピッタリだった。どうしてあたしのサイズ、分かったんだろう、とアオイはちょっと恥ずかしく思う。でも、それだけこれを作った人は、アオイのことを見ててくれたのだろう。そして丁寧に着心地いいように、この服を作ってくれたのだ。
 レイラも着替え終わると、レイラはアオイの手を取って、鏡の前へ引っ張っていく。
「ほらほら、見てみてください」
「えーっ……いいよ、別に……」
 アオイは嫌がる。どうせそんなに可愛くないんだから、見たくない。しかし、レイラは黙って鏡を目で指す。促され、アオイは渋々鏡を覗いて、自分の姿を見た。
 確かに……その……レイラの言うとおり……鏡に映っている自分は、可愛いかもしれない……。ううん、凄い可愛い。まるで自分じゃないみたい。
「え、えっと……その……」
 ただ、自分を可愛いかもということを素直に言うのも照れくさかったので、アオイは口ごもってしまう。レイラは、何でもお見通し、というようにクスクス笑った。
 そして今度は扉の方へアオイを促す。
「さっ、アオイ、いきましょう。皆にも見てもらいましょう」
「えーっ、まだ……心の準備がッ!?」
 アオイは少し抵抗するものの、あんまり暴れてレイラを傷つけたくないので、結局はレイラに引っ張られ、外に連れていかれる。
 更衣室の扉が開く。外には、ウィズと聡美の他に、いつの間にか見知らぬ男の人が2人いた。
「うわお!」
 ウィズが驚いた顔をして、アオイをじろじろ見てくる。
「な、何よッ!」
「馬子にも衣装?」
「どうせあたしは馬子ですよッ!」
 アオイはウィズの靴を思い切り踏んづけた。ウィズは脚を抱えて、痛そうな顔をする。
 一方見知らぬ2人の青年は、アオイを見てから、レイラの方へ視線を移した。
 片方の黒髪の野性味のある青年が、いかにも自分は幸せだといっているような無邪気な笑顔で、レイラに言う。
「……似合うぜ、レイラ」
「まあ! 天使様……」
 レイラは心底嬉しそうに微笑む。その言葉とレイラの顔つきを見て、アオイはこの黒髪の青年が誰だか分かった。レイラが良く話ししているフェイファーという天使だ。でも、もう片方の銀髪の青年のことは知らない。
 じーっとアオイはその銀髪の青年を見上げる。青年はアオイの視線に気づき、微笑んでくる。
「何を見ているのかい? お嬢さん?」
「あ、えっと、その……あたし、レイラの知り合いの、新倉アオイと言います」
 ぺこん、と頭を下げた。銀髪の青年はフェイファーを指差しながら、微笑む。
「あ、俺、フェイの同居人の、吾妻宗主ね、よろしく、新倉さん」
「はいっ!」
 元気良くアオイは返事する。宗主はじーっとアオイのことを失礼にならない程度に見つめて言う。
「その服、似合ってるね。可愛いよ、元気なイメージがして……君には似合ってる」
「で、でも……スカート、短すぎません……?」
 アオイはちょっと赤くなり、小声でいってから、つい脚をもじもじさせてしまう。あんまりそういう媚びるような仕草は嫌なのだが、やっぱり恥かしさのあまり、好きとか嫌いとか言っている余裕がない。
 宗主はにっこり微笑んだ。
「大丈夫、スカートは短いけど、その……品のない感じはしないから。むしろ元気、というイメージがよく出てる。本当に良く作られているよ」
 それを聞いて、ホッとアオイは一安心した。
 えへんとウィズが胸を張ってみせる。本当は別に怒ってないのに、照れくさかったので、アオイはついウィズにベーッと舌を出してしまった。
 しかし、そんなことでは当然、ウィズはめげない。これくらいのじゃれ合いはいつものことなのだ。ウィズはゴソゴソと荷物を漁り、2組の猫耳と猫尻尾を取り出す。
「じゃあ、2人とも、これを付けてね」
 レイラはそれを受け取って物珍しそうに眺める。
「まあ……これをですの……?」
 アオイは不満の声をあげる。
「えーっ、何でよッ! メイド服だけじゃ、駄目なの……!?」
 意外なことに、ウィズもそれには同意するというように、うんうん頷く。
「それはそうさ。オレのデザインしたメイド服はそれだけでも可愛いからな」
「じゃぁ、それ、つけなくていいじゃない……」
「でも、付けたら、もっと可愛くなるぜ。それに、猫耳&猫尻尾冥土喫茶は、オーナーの意向だしな」
「……本当?」
 アオイは聡美へ疑いの視線を向けた。聡美は申し訳なさそうに頷く。
「私の意向ではなくて、母の意向ですけど……。お母さんってば、猫耳冥土の格好をしたあたしの姿、見てみたいって……」
「えっと……やめるようにできないのかな?」
「うちの母の暴走を止めるのは、私では無理です……」
 それを聞いて、アオイはがっくりと肩を落とした。渋々、猫耳と猫尻尾のセットを受け取る。
 その場で頭に猫耳を付ける。それから、ミニスカートの後ろをまくって、猫尻尾を付けようとする。つい猫耳をここでつけているうちに我を忘れて無防備になってしまった。それから、ハッと男性陣の存在に気づいて、周りを見回す。ウィズと目が合う。
「ちょっと! ジッと見てないでよね。スケベッ!」
「スケベって何だよ、オレはこの場で着替えしてたあんたを呆れてみてただけだぜっ!」
 ウィズは赤くなって、反論する。もう一度、スケベッと言ってアオイは、タッタッタと更衣室へ小走りに駆けていった。レイラもフェイファーに声を掛けて頭を下げると、アオイの後に続いて、更衣室へと入った。

 猫耳と猫尻尾を更衣室でつけると、ウィズに言われたので、アオイとレイラはチラシを持って、呼び込みに行くことにした。
 制服のスカートもこれくらい短かったけど……このメイド服を着ていると、さらに男性の脚へ向ける視線が気になる。アオイはレイラの後ろに隠れるように、心持いつもより小さい幅で歩く。
 それに比べてレイラは毅然としていた。チラシを胸元に抱えて、背筋をピンと伸ばして、堂々と歩いている。レイラはアオイを力づけるようににっこり微笑む。
「ほら、アオイ、笑って、笑ってくださいな」
「う、うん、そうだよね! こんなのあたしの柄じゃないッ! スマイル、スマイル!」
 女は度胸! こうなったら気持ちを切り替えて、どうどうとすることにした。歩幅をいつもどおりに戻して、まっすぐ前を見る。
 目的地に着くと、アオイはチラシを片手に取り、道行く男性にサッと差し出した。
「お願いしますっ!!」
 アオイの大声に驚いた顔をしたものの、男性は素直にチラシを受け取った。
「やった! 受け取ってくれたよ!」
 アオイはレイラの手を取って、きゃきゃ、騒ぐ。それからはというもの、いつもの調子でチラシを配ることができた。
 いつの間にか、2人の周りには人が集まってきていた。集まった人は、アオイとレイラの写真をパシャパシャ取り始める。ちょっとした撮影会だ。
 断りもなしに写真を取られるのは嫌だったが、最初は、これも店の宣伝になるから仕方ないと思い、頑張ってチラシを配った。しかし、それで気を大きくしたのか、撮影する人が段々ローアングルで、写真を撮るようになってくる。レイラはまだいいけど、アオイはスカートの中身が見えそうでまずい。さすがに注意することにする。
「ちょっと……あんた、何してるのよッ!」
 アオイにきつく言われて、注意された人は罰が悪そうに顔色を悪くする。
「あー……うー……」
 カメラを抱えると、じりじりとアオイから逃げるように遠ざかっていく。その人にレイラは微笑みかける。
「普通に取る分には構いませんから……お願いしますから、嫌がるようなことはしないでくださいね?」
 その人はレイラの柔らかい口調に安心したように、コクコクと素直に頷いた。
 レイラのおかげで角が立たないで済んだ。レイラは凄い、とアオイは改めて感心する。そして場を収めてくれたレイラに感謝する。でも、アオイは素直に表現できなかったので、レイラに聞こえるか聞こえないかくらいの超小声で、俯きつつ、ぼそぼそと声を掛けた。
「レイラ……がとう……」
「何ですの?」
 レイラは聞こえなかった、というように、にっこり笑った。もしかしたら、聞こえたのに、聞こえなかったふりをしてくれたのかもしれない。でも、そう思っても素直になれないアオイは、顔を赤くして、思い切り顔を背けてしまった。
「ううん……何でもないッ! 何でもないんだからねっ!」
 そんなアオイの様子を見て、レイラは楽しそうにクスクス笑った。でも、それ以上、そのことについてはレイラは何も言わなかった。
 その後は、順調にチラシを配ることができ、何とか全て配り終えた。
 2人は店に帰還することにする。
「終わったねェ……」
「はい、少しでも宣伝になると、いいのですけど……」
 レイラは少し心配そうに言う。そのレイラの背中をアオイはバンと力強く叩く。
「まっ……何とかなる、なる! さぁ、早く次ぎの仕事、手伝いにいこ!」
 アオイは脚を早めて、レイラを置いていくようにさっさか進んでいった。
 その背中を見ながら、レイラはそっと微笑む。チラシ配りの間に、すっかりアオイはいつもの調子を取り戻していた。前向きなアオイが、レイラは大好きだった。
 ――わたくしもアオイに負けないように頑張りましょう。
 レイラもアオイについていくため、一生懸命、足を動かした。

 レイラとアオイがチラシ配りしている頃、男性陣と聡美は経営について、話をしていた。
「ねえねえ、提案があるんだけどさぁ?」
 そう言って、ウィズは皆の顔を1人1人見回す。
 聡美はきょとんと首を傾げた。
「提案……ですか?」
「ああ、聞いて欲しいんだけど、いっそターゲット女性客に絞った方がいいと思うんだ。どうかな?」
「えっ……でも、メイド喫茶って、普通は男の人がターゲットですよね……?」
「それなんだけど……」
 ウィズは理由を説明する。
 ウィズは前に銀コミ(銀幕市の同人誌即売会イベント)に参加していたことを皆に明かした。勿論、彼自身が同人誌を作って設けていたことは内緒にしたが。でも、その募集スペースと来場者数から見て、銀幕市のメイド喫茶の需要はそれ程高くはない、とウィズは見ていた。もちろんこの街は楽しい事、新しい物を好む傾向にはある。しかし、一見客が一回転して採算の取れる大都市ならまだしも、地方都市の銀幕市では、精々もって開店一ヶ月までだろう、というのがウィズの見立てである。それ以降、一般の集客は期待出来ないだろう。
 大きく分けて、メイド喫茶を訪れる客は、3種類になる。話題性で来店した一般客と、メイド服属性の男性と、そして女性だ。
 長期的な経営ビジョンからすると、一般客は先ほど述べた理由で外す。
 では、男性客はどうかというと、多くの男性客を集める人気店は大抵看板である人気メイドがいるが、アイドル性が強く求められるこのポジションには、元々そのアイドル志向の無い今回のメンバーでは難しい。
 となると、横のつながりと再来店の期待できる固定客を狙い、“メイド服を着る事が好きな女性客”をメインターゲットに定め、“喫茶&メイド服販売”の抱き合わせ経営をしたらどうだろうか、とウィズは考えたのだ。
 聡美はウィズの話に熱心に聞きつつ、感心して、うんうん頷いている。話が一区切りすると、聡美は幾つか確認を取った。
「それで、じゃあ、具体的にはどうするのですか?」
「それはさっきも説明したように、喫茶店だけでなく、メイド服の販売も同時に行うのさ。つまり女性客は、美味しいスイーツを食べながら、店員の着ているメイド服を色々チェックできる。そして気になる服は試着も出来るし勿論購入出来る、というシステムにすればいいと思うんだ。制服は日替わりでデザイン変えを週7着用意する。そして3ヶ月に一度制服を入れ替える事によって客の回転を促せばいい。宣伝は、客の横のつながりと口コミを使う。それでどうだい?」
「でも、その衣装はどうやって調達するんですか? うちはそんな予算はないですけど……?」
「それはウチに任せといて」
 ウィズは持ってきた荷物を広げた。そこにはアオイとレイラが先ほど着ていたメイド服以外に沢山のメイド服が入っていた。
「これ、オレのデザインで、ウチの団員が仕立てたメイド服。売掛でもいいし、ご希望ならそっちで直販してくれちゃっても構わない。宣伝集客効果抜群だと思うけど。どう?」
 再びウィズは皆の顔を1人1人見回す。
 最初に目があった宗主は微笑みを浮かべてみせる。
「いいんじゃないかな? 俺は賛成だな」
 フェイファーも手を叩いて、賛意を送る。
「おもしれーんじゃねぇの? やろうぜー?」
 最後にウィズは聡美を見た。聡美はこくんと頷いてみせる。
「いいアイデアです。反対する理由はないです。どうか宜しくお願いします」
 聡美の言葉を聴いて、ウィズは、やったと小躍りした。
 実は、この店を手伝うことにしたのも、実はこのメイド服の販売で便乗して金儲けすることと、やや不純だった。でも、そうはいっても、引き受けたからには、どうせなら楽しんで金儲け……張り切って手伝うつもりでいた。儲け話も上手くいったし、実際見て店の雰囲気も良さそうで楽しくアルバイトできそうだし、いいこと尽くめだった。
「これを見て欲しいな」
 ウィズは荷物から取り出したメイド服を、1枚1枚丹念に広げてみせる。普通のミニスカメイド、ロングメイドの他に、ナースメイド、セーラーメイド、アリスメイド、チャイナメイド、巫女メイド、シスターメイドなどなど……沢山の種類のメイド服があった。これは全部ウィズがデザインして、同じ海賊団のヴィディス・バフィランが仕立てたものだった。
 その中のナースメイドの服をちょっと持ち上げて、聡美は顔を赤くする。
「これ、私も着るんですよね……」
「ああ、勿論」
 聡美は困ったような恥かしいような顔をしてもじもじしていたが、やがて覚悟を決めた顔をした。
「分かりました。私が来て喜ぶ人がいるか、分かりませんけど、頑張ってみます」
「そんなことないぜ。聡美ちゃんが可愛い格好したら、喜ぶ奴、沢山いると思うけどな?」
 ウィズは励ますために力強く言ってみせる。聡美は自信がなかったから困った顔をしたものの、ウィズの好意は分かったので、少し笑って頷いてみせる。
「じゃあ……早速、着てみようぜ。サイズ、合わせないといけないしな」
「え、ちょ、ちょっと!?」
 聡美の手を引っ張り、ウィズは聡美を更衣室まで引っ張っていった。

 そんな風に経営の方針を1つ1つ決めていく。そこにメイド服を着たアオイとレイラが戻って来た。
「ただいま……って、オーナー、どうしたの、その格好?」
 アオイは聡美の格好を見て、驚いた顔をする。その表情を見た聡美は、顔を赤くし、所在なさげに俯いた。聡美はウィズに言われて、ナースメイド服に着変えていたのだ。
 ウィズはアオイへ、自信たっぷりに言う。
「オーナーにもオレの持ってきた衣装、試着してもらってたんだよ。可愛いだろ?」
 ウィズに言われて、まじまじ……とアオイは聡美を見た。
 アオイより先にレイラが、聡美を力づけるように柔らかな口調で、聡美を褒める。
「まあ……可愛いですわ。良くお似合いですわよ」
「うんうん、似合ってる……似合ってる!」
 アオイも力を込めて言った。聡美はますます居心地悪そうに身体を縮こまらせる。
 そんな聡美の背中を、ウィズはバシッと叩く。
「オーナーが恥かしがってちゃ駄目だろ? 皆の模範になるように、キビっとしてて欲しいな」
「はいっ!」
 確かにその通りだ。オーナーが恥かしがってたら、他に対して示しが付かない。聡美は気合を入れて、恥かしいという気持ちを意識しないようにした。
 そこにアオイは、皆へチラシを配り終えた報告し、それから疑問を投げかけた。
「それで、今まで、何、話してたの?」
 ウィズは今までの話し合いの様子をざっと説明した。次は、コックをどうしようか、話ししようとしていたところだった。ウィズはそれについては特に意見はなかった。宗主もフェイファーも特に意見はないらしい。どうしようか、とウィズも宗主もフェイファーも考え込んでしまう。
 アオイは事情を聞いて、皆と一緒に考える。そして皆より一足先に考えがまとまり、身を乗り出して、力強く発言した。
「あたしはおじいちゃんに一票!」
「……どうしてです?」
 聡美は尋ねる。待ってました、とばかりアオイは力説する。
「結構、銀幕市ってカフェ充実してんだよね。美味しいお店多し、街の人も皆、舌肥えてる感じで。それでなくても強豪店、結構多いもん。絶対美味しい方がいいって! 学生、雇えるならいいけど、無理だったらあんたがフォローして、最終的には味盗むくらいの勢いで料理上手くなれるよう、頑張るしかないんじゃない?」
 アオイの考えは一理ある。
「そうだな、それがいいかもな」
 ウィズもアオイの意見に賛成した。
 レイラも宗主もフェイファーも、次々に賛意を示していく。
 それらの意見を聞きながら、聡美はアオイの言葉を一応良く検討した。そして結局頷いた。
「そうですね……分かりました。アオイさんの意見は正しいと思います。アオイさんの意見を採用とさせていただきます」
「やったね」
 意見が採用されたことが嬉しくて、アオイは両手を合わせて、無邪気に微笑んでみせた。

 オープン前日……夜遅くまで、開店のための準備を進めていく。
 宗主は1人、厨房に篭っていた。
 明日、この店に出すレシピは、大部分、宗主が考えたものであった。メイドカフェ『楽園』で教えてもらったレシピを元にアレンジを加えたものと、それと宗主が作り出したオリジナルのレシピにアレンジしたものもを合わせ、タルトやシフォン、パイ、ムース、ロールケーキなど、様々な新しいお菓子のレシピを作り出していった。そのお菓子を作るための材料は、春の果物の中でも安価なものをウィズに仕入れを頼んでいた。準備は万端であった。あとは皆の意見を聞いて製作するだけだ。
 そして宗主は今、最後の仕上げとして、椅子に座って、一心不乱に絵を描いていた。
 そこにコンコンと扉がノックされる。宗主が返事すると、レイラが部屋に入ってくる。
「あの……お茶をお持ちいたしましたわ」
「ああ、有難う……」
 スケッチから顔を上げ、宗主はレイラに礼を言い、微笑みかける。レイラはそっとテーブルに紅茶を載せる。それから興味深そうに絵の方へ視線を向けた。
「まあ……水彩色スケッチですわね。これは……お菓子の絵のようですけど……?」
 レイラは不思議そうに、宗主へ視線を移した。宗主は、構って構って、と足にじゃれ付くラダへ愛しそうに目を向けてから、レイラと目を合わせて答えた。
「完成した絵を見せた方が他の人も意見が言い易いかなと思ってね」
「それなら、わたくしもその絵、見せてもらっても宜しいでしようか?」
「ああ、どうぞ」
 宗主は快諾し、絵をまとめてレイラに渡す。レイラは受け取って、一つ一つ丹念に絵を鑑賞した。どの絵も素晴らしいものだった。まるで目の前に本当にそのお菓子が存在しているようだ。写実的な絵ではないのだが、でも、イメージは本当によく分かる。この絵を描いた人のセンスがうかがえる。
「どれもおいしそうですわ。正直……全部食べてみたいです」
「それは良かった」
 朗らかに宗主は笑う。レイラも釣られて笑みを浮かべる。
「このお菓子、全てメニューに載せてしまいましょう?」
「じゃあ、北篠さんがそういうなら、そうさせてもらおうか」
 宗主はレイラの意見を聞いて、頷いてみせた。
 それから宗主は真面目な顔になって、他に気になっていたことについて、レイラに意見を尋ねた。
「ところで茶葉をどうするか、悩んでいるんだ。幾つか心当たりがあるんだけど、どこの店から仕入れようか、迷っていてね」
「紅茶ですの? それなら、わたくしも少し意見を言ってよろしいでしょうか?」
「ああ……?」
 宗主は椅子に座ったまま、傍らに立つレイラを不思議そうに見上げた。レイラは唇に指を当て、ちょっと言葉を選びつつ喋る。
「紅茶と言えば、やっぱり一番有名なのは英国ですわよね?」
「うん」
「それに英国にもメイドはいます。それなら、いっそう、メニューにアフタヌーンティーやハイティーなどを取り入れ、イギリス風にしてみてはいかがでしょうか?」
 それを聞いて、宗主はちょっと考える。しばらくしてから、宗主は満足そうな笑みを浮かべた。
「そうだね……それは名案だ」
「では……?」
「ああ、それを採用してもらうようにオーナーに伝えとくよ。有難う……君は可愛いだけじゃなくて、賢いんだね。フェイがお気に入りなのもよく分かるよ」
 宗主は手放しで、レイラを褒める。レイラは照れたように頬を赤くしつつ、穏やかな笑顔を浮かべて、宗主へ感謝の意を示した

 いよいよ、開店当日、フェイファーは宗主から接客のレクチャーを受けていた。ここしばらく、宗主は暇があればフェイファーの接客のマナーを教えていた。フェイファーも飲み込みは早かったので、大体のマナーは身に付けた。
 でも、それなりに覚えることは沢山あったので、疲れてしまった。少しフェイファーは休憩することにして、椅子に座って、皆の様子を眺める。そこにスッと横からカップが差し出された。美味しそうな紅茶の香りが鼻をくすぐった。
「もし宜しければ、1杯、味見して頂けないでしょうか?」
 見上げると、そこには長いスカートとヘッドドレスのヴィクトリア朝のメイド服に身を包んだレイラが、微笑みながら立っていた。
「ああ、いいぜー。おいしそうだな、これ」
「はい、吾妻様に教えられた通り、わたくしががんばって入れてみましたから。でも、吾妻様ほど上手くはないので、お口に合うか、心ですけど……」
「まあ、飲んでみれば、分かるぜー。じゃあ、頂くな」
 フェイファーはカップを口に運び、紅茶を一口啜る。
 飲んだ瞬間、周囲がパッと光に満ち溢れた気がした。
 美味しい!
 その紅茶は凄く美味しかった。宗主の味とはちょっと違っていたが、逆に宗主の味がしたなら、これほど驚かなかっただろう。どちらが美味しいか、とは比べられないが、宗主の味にはフェイファーは慣れていたからだ。だが、今、飲んだ紅茶は、品があって慎ましいのに、それでいて明朗で潔く良くて……まるでレイラみたいな味であった。新鮮な美味しさを味わい、フェイファーは驚いたのだ。
「美味しいッ! いける、いけるぜ、これっ!? 凄く美味しいよ!」
 フェイファーははしゃぐような声を出し、満面の笑顔でレイラを見上げた。レイラはお盆を胸に抱え、頬を上気させ、嬉しそうな表情をする。
「気に入っていただけたなら、良かったですわ。おかげでわたくしも自信が持てましたわ。有難うございます」
「自信もっていいぜ。これは本当に美味しかったから」
 そう言いながら、フェイファーは嬉しそうなレイラの顔をにこにこ見ていた。レイラはそれに気づいて、不思議そうに見返してくる。
「どうかなさいましたか?」
「いいや、やっぱりレイラは……可愛いな、と思ってなー!」
「まあ……」
 レイラは一瞬目を白黒させるが、直ぐに笑顔になる。
「有難うございますわ。天使さまも素敵です」
「当然さっ。俺の美貌は完璧だからな」
 冗談めかして言いつつも、フェイファーは褒められて、満更でもなかった。
 しばらくフェイファーはその美味しい紅茶を夢中で味わっていた。それからふと、周りの様子に気付く。周りの皆は、開店の準備のため、凄く忙しそうだった。何だか、予定していたより、慌てているように見える。
「なあ、レイラ? 周りの皆、どうしたんだ?」
「はい、それが……何でも手配していたインテリアが届かないとかで、色々もめているそうですわ」
「ふうん……」
 フェイファーは紅茶を飲みつつ、ちょっと思案を巡らせる。紅茶を全て飲み終えると、カップを横のテーブルに置いて、立ち上がった。
「よし、じゃあ……手伝ってやるか」
「天使様??」
 レイラは不思議そうにフェイファーを見つめた。
「何をなさるおつもりですの?」
「まあ……任せてな!」
「あの……わたくしも一緒に行って宜しいでしょうか?」
 フェイファーはじーっとレイラを見下ろす。でも、レイラはただ真っ直ぐな瞳でフェイファーを見返している。その瞳にレイラの気持を受け取り、フェイファーはそっとレイラに手を差し伸べた。
「じゃあ、いくかー?」
「はい」
 レイラは嬉しそうに微笑む。
 レイラと手をつなぎ、フェイファーは外へと出た。そしてそっと……レイラをお姫様抱っこした。突然、ふわりと抱き上げられ、レイラは驚いた声を出す。
「きゃっ!? て、天使様?」
 でも、レイラは嫌がらない。フェイファーのことを完全に信頼しているからだ。嫌がるどころか、僅かの間で落ち着きを取り戻すと、逆に落ちないように、しっかりフェイファーの首根っこにしがみつく。
 フェイファーはレイラから微かな香りがするのに気づく。レイラの付けている香水の香りだろう。香水の香りまで品がありつつもそれでいて明るくて潔いので、レイラらしいと嬉しくなって微笑んだ。レイラもフェイファーの笑みに気づいて、そっと笑みを返す。
 そしてフェイファーは背中から、白い4枚の翼を広げると、高く、高く宙へ舞い上がった。そのまま喫茶店の上空まで飛ぶ。眼下には、ちょっと汚れた喫茶店の建物がある。
 レイラは不思議そうに間近のフェイファーの顔を見上げ、尋ねた。
「天使様? いったい何をするつもりですか?」
「それは……こうするのさ」
 フェイファーは悪戯っぽく微笑む。そしてすっと息を整えると、歌で力を紡いだ。建物に精霊の息吹を注ぎ込む。徐々に建物の時間は戻っていき、まるで建築したてみたいに綺麗になった。
「まあ……天使様……」
 レイラは感嘆の声を出した。これほど凄い魔法を見せられ、素直にフェイファーの実力に感心したのだ。
 だが、フェイファーは納得していなかった。幾ら綺麗にしてみても、建物自体が地味な感じがする。難しい顔をして考えていたが、やがてフェイファーは考えをまとめた。
「よし、ならば……これでどうだ!」
 フェイファーは指をパチッと鳴らす。
 建物の周囲の光の屈折率を変え、優美で繊細なロココ様式の建物に見えるように変えた。ここから中は見えないが、内装もインテリアもロココ調に変えた。
 ますますレイラは目を丸くする。
 そんなレイラを見て、ますますフェイファーは得意になる。レイラに尋ねる。
「これで……十分手助けになったよなー?」
「はい。皆、喜ぶと思います」
 レイラはこくんと頷いた。
 しかし、レイラはまだ何か言いたそうな悪戯っぽい顔をしている。フェイファーはそれに気づいて尋ねる。
「んっ? どうかしたかー?」
「それが……わたくしの聞いてるメイド服は、ヴィクトリア調のものなのですけど……」
「あ……」
 ロココ様式は18世紀のフランス、ヴィクトリア調は19世紀イギリス、全然時代も文化も違う。
「じゃあ……変えるか……」
 フェイファーは再び指をパチッと鳴らそうとした。しかし、その指を両手でぎゅっと握って、レイラは止める。
「……レイラ?」
「このままでいいですわ。わたくし気に入りましたから……様式に違いはあれど、それも味があっていい、と思いますわ」
 レイラは微笑みながら、フェイファーを見つめる。フェイファーはそっと手を下ろす。
「そっか……レイラがそう言うなら……」
 そしてフェイファーは再び大地へ降り立ち、今や見違えるほど立派になった喫茶店の中に入っていった。

 いざ開店してみたら、予想以上に大忙しだった。これだけ客が集まったのは、ウィズのインターネットを使った宣伝や、アオイやレイラのチラシ配りのおかげだろう。
「いらっしゃいませ、お嬢様。今日はごゆっくりおくつろぎくださいね」
 ウィズは執事服を身に纏い、目をキラキラさせつつ、来客した女性客を笑顔で恭しく迎える。礼儀正しくしていても、ちょっとした仕草に茶目っ気が出てしまうのがウィズらしいだろう。
 「きゃあ、可愛い!? おにーさん、格好いい」
 女性客はそんなウィズを見てきゃきゃ、騒ぐ。それに対して、ウィズも執事らしい礼をなくさない程度に、ノリノリに応じてみせた。
 宗主は喫茶店で働いてた事のある経験を活かし的確に、きびきび丁寧に接客を行っていた。服は執事服で、銀の耳と銀の尻尾を付けていた。それが宗主の魅力をより一層引き立たせていた。
「いらっしゃいませ、今日のお勧めはこちらのセットですけど、いかがでしょうか、お嬢様?」
 厚かましくならない程度に、そのお客にあったと思われるお菓子を紹介する。
「あ……じゃあ……それ、ください……」
 ポッ……女性客は宗主の色気に当てられて、顔を赤くする。でも、宗主はそれに気づかないふりをしつつ、親切丁寧に客をもてなした。
 フェイファーはレイラに合わせたヴィクトリア調の執事服と、黒い猫耳と猫尻尾を付けて、接客を行っていた。猫耳と猫尻尾を付けなさいといわれたとき、フェイファーは訝しがったが、今の流行と説明されて、素直に付けた。
「お嬢さま、お味はいかがですか?」
 フェイファーはお客の前に立って、にっこりと澄ました笑顔を見せる。女の子はポーッとその笑顔に見とれている。宗主のレクチャー通り、接客は粗がない程度に無難にこなしていた。
 でも、直ぐに飽きてしまった。
「少々失礼しますね」
 そう言って、お客様のテーブルの前を離れる。それを目ざとく見つけたウィズがフェイファーにこっそり尋ねる。
「……おい、何処行くんだよ?」
「気分転換。俺様、ちょっときゅうけいー」
 そう言って、フェイファーは休憩室へと入ってしまう。飽きたり、疲れたりすると、直ぐ休憩をしてしまうのが、フェイファーらしかった。
「あ、あの子の洋服、可愛い」
 別のテーブルにいる女性の客の集団が、アオイとレイラと聡美の着ているメイド服を見て、きゃあきゃあ騒いでいる。
 聡美はナースメイド服を着て、レジについて、会計をしていた。いざ働いていると、聡美の場合は急がし過ぎて恥かしいと感じている暇もなかった。一生懸命、働く。
 アオイとレイラも大忙しだった。女性客にターゲットを絞ったとき言え、勿論メイド喫茶だから、男性客も沢山来る。そうした相手を応対するのが、アオイとレイラの役目だったからだ。
「いっ、いらっしゃいませ、ご主人さま」
 アオイは口ごもりながらも、必死に客を出迎える。日頃慣れない口調なので、つい口篭ってしまう。それでも必死に元気一杯挨拶した。元気一杯、というところがアオイらしいだろう。
 そんなアオイの傍にツツッとウィズが近寄って囁く。
「おいおい、アオイ……お客さまに粗相のないように……な?」
「大丈夫よ! ちゃんとしっかりできるからッ!」
 ついアオイは大声で言ってしまう。ウィズはクスクス笑いながら注意した。
「ほら……なっ。口調?」
「うーっ……」
 そういわれると反論出来ない。
 一方、レイラの方は日頃から礼儀作法はしっかりしていたので、きちんとメイドらしく行儀良く振舞っていた。
「いらっしゃいませ……ご主人さま」
 客がテーブルにつくと、レイラは直ぐに注文を取りに行く。目の前の客は何だか柄が悪そうな身なりの2人組みの客だった。じろじろとレイラを嫌らしい目で見つめると、レイラの手をぎゅっと掴む。
「俺の注文は……あ・ん・た」
「わたくしは今、仕事中ですわ。ご冗談はおやめください」
 レイラはその客の手を振りほどき、毅然とした態度で注意する。しかし客たちはそのレイラの態度にカチンと来たようだ。
「何だよぉ。客の言うことには何でも従うのが、こういう店のやり方だろ? 金か、金なら、払うからさー?」
「そういうサービスはここではしておりません」
「ひでぇ、感じわりぃなぁ……」
 でも、そのつれなさがその客の連れのハートをヒットしたようだ。
「いいなぁ……その態度……ますます調教してやりたいぜ……まずパンツをご開帳といきましょうかぁ?」
 レイラのスカートをパッとめくりあげようとする。レイラは素早く後ずさりして、その手をかわした。微かにスカートはまくれ上がり白い太ももが見えたものの、下着までは客には見えなかっただろう。
 そして……いつの間にか、レイラの手には、2丁の拳銃が握られていた。その拳銃を2人の顔の前に、つきつける。
「これ以上、迷惑かけるのでしたら、お引取り願えないでしょうか?」
 レイラは微笑んでいる……だからこそ、余計恐ろしい。躊躇いもなく引き金を引きそうな、そんな気配がする。
「ぎゃぁ! た、助けてくれっ!?」
「こ、殺される」
 2人組はガタガタ震えて、命乞いする。そして一目さんに店を飛び出して行った。
 アオイは騒ぎを見て、レイラの傍に駆けつけてくる。
「レ、レイラ!? さすがに銃はやりすぎだと思うよ!?」
「大丈夫ですわ、中に入っているのは、クラッカー弾ですから」
 それを聞いて、アオイはホッとした。レイラはまだオドオドとこちらに目を向けている客たちに見えるように銃を掲げてみせる。それから、引き金を引いた。
 パン!
 と激しい音がし、リボンとかが銃から飛び出てくる。
 一瞬、周囲の客は驚いたものの、直ぐにパチパチと拍手を飛ばしてきた。女性客が多かったので、自分がレイラの立場だったら凄い嫌だっただろうと感じ、それでレイラが毅然とした態度で相手を撃退したので、それに好感を持ったみたいだった。
「今日はめでたい日です。皆様、騒ぎましょう。そして楽しいひとときを過ごしてくださいませ」
 レイラは高らかに宣言し、そして注目しているお客さんに一礼した。
 店は再び、活気を取り戻した。

 忙しかった一日が終わった。聡美はレジにて、今日の売り上げを計算して、記帳していた。そこにフラフラと母がやってくる。
「今日はどうだったかしらぁ?」
「それが……もう……凄い儲かったよ! ウィズさんのアイデア、大正解だったわ。バイトに来てくれた皆には、本当に感謝しないとね……」
 嬉しさのあまり、大きな声で聡美は喋る。それを聞いて、母は満足そうな顔をしつつも、一応さらに確認する。
「それは良かったわ。それで……何とかやっていけそうかしら?」
「うん! これなら……何とか生活していけそうよ!」
「そう、安心したわ。……やっぱり私の猫耳冥土喫茶というアイデア、間違っていなかったのね」
 聡美の返事を聞いて、母は自慢げな態度になる。それが不満だったので、聡美はぶーっと頬を膨らませた。
「だから、バイトの皆のおかげだって!!」
「でも、バイトの人と巡り合えたのも、私のアイデアがあったからでしょ?」
「そうだけど……何か違う……」
 母の言い方だと、今回の件で一番貢献したのは母みたいである。そうじゃない、一番貢献したのはアルバイトに来てくれた皆だ、と聡美は言いたかったのだ。
 でも、それは分かってるというように、母はそっと聡美の頭を撫でた。
「お礼、言うわ。ちゃんと、皆にね」
「うん」
 こくん、と素直に聡美は頷く。
 母はそれから聡美の顔を愉快そうに覗き込んでくる。
「でも、女の子2人いたわよね? 友達になれた?」
「……友達にはなれなかったかな……でも、2人とも一生懸命、頑張ってくれた」
「じゃあ……男の子たちはどうだった? 好きな人、できた?」
「な、何、言ってんのよ!?」
 聡美はカーッと赤くなる。でも、母は怯まずさらに追求する。
「3人とも格好良かったわよね? それぞれ違う魅力があるというか……。ウィズくんは人付き合いが上手い感じ。吾妻くんは知的で大人な感じ。フェイファーくんはやんちゃな感じ。誰が好み?」
「うーっ……そりゃ、3人とも格好いいけど……仕事の付き合いしてるんだから、そういう対象には見てないの!」
「勿体無いわね……私があなたくらいの年の頃は男の子と付き合うことしか考えてなかったのに……」
「お母さんと一緒にしないで! もう……記帳する邪魔だから、あっち行ってて!」
 聡美は母の背中を押して、店から追い出した。
 母がいなくなったのを見届けてから、ふうと溜息を吐いて、壁に寄りかかる。しみじみと疲れた、と思った。でも、やり遂げた満足感はある。
 「さてと……早めに記帳を終えて、お茶会している皆と、合流するぞ!」
 聡美は再び記帳を再開した。

「あ、まだ始まってなかったみたいだね……良かった!」
 いつもの制服姿に着替えたアオイが、お茶会の準備をしていたレイラにそう声を掛けた。開店日も終了し、これから宗主のアイデアで、お疲れお茶会をすることになったのだ。
 レイラはアオイに手近な席に座るように促す。
「とりあえず、今、準備していますから、座って待っててくださいね」
 レイラはまだメイド服のままだ。お茶会の準備するなら制服よりメイド服のままの方がいいだろう、と着替えず今まで皆のために準備していたのだ。
 アオイは余計なお節介かな、と思いつつも、やっぱり申し出る。
「あ、あたしも手伝うよ。レイラだって疲れてるんだし」
「わたくしでしたら、まだまだ元気ですわ。それに……あんまり台所に人が沢山いますと、吾妻様の邪魔になりますし」
 先ほどアオイが手伝うと言ったときと同じことをレイラは言う。あんまりしつこくしても返って邪魔かな、とそれなら遠慮なく座って待つことにする。
 周りを見回すと、準備が出来るまで暇しているのはアオイだけではなかったみたいでる。ウィズはモバイルでインターネットをしていて、フェイファーはテレビに噛り付いていた。
 アオイのバッキーのキーとレイラのバッキーのサムライも、今までほっておかれたのが寂しかったのか、構って欲しそうにアオイに擦り寄ってくる。
 とりあえずキーのことは手でしっしと追い払い、サムライは脚に擦り寄るに任せて、アオイは手近な週刊誌を取って、時間を潰すことにした。
 しばらくして、聡美も記帳を終えたらしく、ここにやってきた。聡美はレイラに申し訳なさそうに言う。
「すみません、お茶会の支度、手伝わないで……」
「いいんです、オーナーは仕事していたのですから。ゆっくり休んで待っていてくださいな」
「でも……」
 アオイは聡美へ向かって、おいでおいでと手招きした。聡美は迷う素振りをしたが、素直にアオイの隣に座る。
 聡美はアオイの顔を覗き込んで尋ねる。
「それで……今日はどうでしたか?」
「んっ? 楽しかったよッ。色々あったけどね」
「はい、色々ありましたね……」
「でも……」
「はい?」
 言い淀んだアオイの顔を、聡美は不思議そうに見つめる。アオイはカーッと顔を赤くして、手をぶんぶん振った。
「何でもないッ! 何でもないんだからねッ!」
「…………?」
 聡美は疑問に思ったものの、アオイは多分楽しかったとかそういうことを言いたかったのだろうけど、そう言うのが照れくさかったのだろう、と察し、それ以上追求しないでおくことにした。
 アオイもそれ以上追求されないようにするため、その場をごまかそうと手に持っていた週刊誌を開いて、パラパラと捲った。
 それから再び時は流れ……美味しそうな香りが漂ってきた。やがて台所で調理していた宗主が、沢山の料理を運んできた。レイラも宗主を手伝い、料理をここへ運んでくる。彩り豊かな料理が、食卓を埋め尽くした。
「うおー、おいしそうだなー!」
 フェイファーは幸せそうにテーブルの上の料理を眺める。
「すげ、ご馳走! もう食べていいのか?」
 ウィズは感極まったように声を出し、宗主に確認を取った。
 アオイも聡美もお腹がペコペコだった。
 皆の表情を見て、宗主は頷く。
「ああ、冷めないうちに食べよう」
「いただきまーす!!」
 皆で挨拶すると、食事を一生懸命食べ始めた。
 こうして楽しいお茶会が開始された。

 猫耳冥土喫茶――最初は成功するか、心配だった。
 アルバイトの募集を出したときは、どんな人が来るか、心配だった。
 でも、募集に応じてくれた人は感じが良くて、皆、お店のために頑張ってくれた。
 皆が支えてくれたから……皆のおかげで続けていけそうだ。
 アルバイトの期間が終わったら、再び会えるか分からないけど、でも、こうして巡りあえた出会いを大切な思い出としたい。
 本当に本当に……皆……有難う!

クリエイターコメント こんにちは、相羽まおです。今回はこのシナリオにご参加していただいて、有難うございました。

 今回は結構長めのノベルになってしまいました。読むの大変ですよね……ごめんなさい。
 でも、つい楽しくて、夢中で書いていたら、こんな長さになってしまいました。
 これと言うのも魅力的な皆さんのキャラクターに出会えたおかげです。本当に感謝です。

 もし機会があれば、また、参加してくださいね。よろしくお願いいたします♪。
公開日時2008-04-12(土) 14:30
感想メールはこちらから