★ フィルムの影に猫が棲む ★
クリエイター陸海くぅ(whxr5851)
管理番号458-2525 オファー日2008-04-05(土) 23:44
オファーPC 式 純也(caxv4999) エキストラ 男 40歳 ホラー映画の俳優?
<ノベル>

 面白いのが入ってきた。ヨレヨレのスーツを着て、髪はボサボサ。いや、あれは最近だと無造作ヘアという奴なのかな? 我輩には良くわからない。そんな人間が、我輩の住む部屋に新しく入居してきた。名前は……。


「これで敷金無しの、しかも水道代込みの二万円だなんて……」
 くたびれたスーツの男――式純也――は室内を見回しながら不動産業者に話しかける。
「今を逃したら、あっという間に埋まってしまいますよ、こんなお得な物件!」
「そう……ですね。私も物件を選べるような余裕もありませんし……。ここに決めます」
 力説されるとそれが正しいと思ってしまうのが純也の悪い癖だった。この時もその能力を遺憾無く発揮し、条件に似つかわしくない低賃料の部屋を借りると決めたのだった。まぁ、あまり物件を選べるような貯金が無いのも本音ではあったのだが……。

 純也が身の回りの物だけの引越し荷物を持って入居してきた日。鍵を開けて入ったそこに“それ”はいた。真っ黒でしなやかな体躯の四足の動物……つまり猫である。
 入ってきた純也を品定めするかのようにじっと見つめる猫。純也にしても『どこかから入り込んだんだろう』程度の認識であった。少なくともその日は。
 心許ない所持金の中から石鹸を買って、それを手に引越しの挨拶。住人がいたのは右隣だけであったが、平和な近所づきあいには必要な事である。
 翌日からは仕事探し。何せ生活費がほぼ底を突きかけている状況にあっては悠長に構えても居られないのだ。朝一で出かけては、無料で配布している求人誌を何冊か持って帰って邪魔が入らぬように鍵を閉めて求人誌とにらめっこの日々。時折、入居初日に見かけた黒猫が迷い込んできては求人誌を一緒に見ていたりするのも、純也は気にしなかった。邪魔をするわけではないのだから。
 やがて、彼は一つの職にありついた。俳優と言っていいのかどうかは微妙だが、一応は役者の仕事である。自分に出来るのか、とても不安な仕事だったが、四の五の言っていられる状況ではなかった。
 撮影が一段落し、ゆっくりと部屋で横になっている時、黒猫が横で純也と一緒になって寝転んだ。
 今まで何度も見ているのでさして気にするでもなく純也は黒猫を撫で始める。そこで、ふと気付いた。今……いや、今までずっと、この黒猫は“一体どこから入ってきたのか”と。求人誌とにらめっこしている時、自分は部屋を締め切っていたのだ。なのにこの黒猫は“いつの間にか”横にいて“いつの間にか”いなくなっているのだ。
 ――ざわり。
 締め切った室内の空気がわずかにどよめく。
 冷たい汗が背中を流れる。
 ゆっくりと……純也は撫でている手を止めて、黒猫が横になっていたであろう場所を見やる。
「…………!!」
 声にならない叫び。黒猫がいたはずの場所にはぽっかりと穴が開いていた。否、黒い影がその空間を支配しているのだ。影はウネウネと、まるで生きているかのように蠢き、その大きさまでも変えてゆく。天井まで伸びたかと思えば、手のひらほどの大きさに縮む。そんなことを幾度か繰り返し、一瞬にして部屋一杯に広がったかと思った瞬間、影は何事も無かったかのように姿を消し、何の変哲も無い部屋の姿が現れた。
 しばらく呆然としていた純也だったが、我に返ると弾かれた様に部屋を飛び出し、一目散に部屋を紹介してくれた不動産会社に向かった。

「あー、やっぱり……」
 純也の話を聞いた業者の男が呟いた。
 男の話によると、こういう事だった。あの部屋にはムービースターが住み着いているのだと言う。いや、それはムービースターと呼称してもいいのか疑問な存在。フィルムの黒い影。神のイタズラのようにフィルムに現れるそれが、何の拍子にか命を吹き込まれたのが、あの黒猫だと言う。
 ただ、それは何の危害を加えることも無く、退治することを持ちかけても大家は「一度生まれた命、何の危害も無いのなら失わせるには忍びない」と、退治を聞き入れなかったらしい。
 それを聞いて、もちろん純也は部屋の変更を切り出したが、やはり先立つものが必要なのだ。それを用意する事が出来ない純也には、引越しなど出来そうも無かった。

 不動産会社から純也が帰ってきたとき、黒猫はまたそこにいた。何事も無かったかのようにそこにいて、じっと純也を見つめていた。
 ゆっくりと部屋に入り、少し距離を置いて座りこむ。恐怖と、人生をかけたやせ我慢。二つが純也の心の中でせめぎ合いを始める。どちらに軍配が上がるのか、それは本人にもわからない……。


 式純也と言うその男は、今でも我輩の住む部屋にいる。今までと違い、すぐに出て行かなかったのには驚いた。もうしばらく、この男で遊べそうである。そう思うと、我輩は少し楽しくなる。
 たった一人でいるよりは、やはり誰かと一緒にいた方が楽しいのだから……。


クリエイターコメント オファー、ありがとうございます。少し難しい題材だったので、上手く書けているといいのですが。
 猫好きな為、影の姿がほぼ猫メインなのはご容赦ください(苦笑
公開日時2008-04-06(日) 19:40
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