★ 名探偵・薄野マモル子事件ファイル ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-2258 オファー日2008-03-08(土) 14:40
オファーPC 薄野 鎮(ccan6559) ムービーファン 男 21歳 大学生
ゲストPC1 レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
ゲストPC2 ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
ゲストPC3 小暮 八雲(ctfb5731) ムービースター 男 27歳 殺し屋
ゲストPC4 アディール・アーク(cfvh5625) ムービースター 男 22歳 ギャリック海賊団
ゲストPC5 千曲 仙蔵(cwva8546) ムービースター 男 38歳 隠れ里の忍者
ゲストPC6 神撫手 早雪(crcd9021) ムービースター 男 18歳 魂を喰らうもの
ゲストPC7 姫神楽 言祝(cnrw9700) ムービースター 女 24歳 自動人形
ゲストPC8 フェルヴェルム・サザーランド(cpne6441) ムービースター 男 10歳 爆炎の呼び子
<ノベル>

 探偵服に身を包み、彼女は鋭い眼光でその人物を見据える。しなやかに伸びた腕。その先の指をビシリと指し、彼女。名探偵・薄野マモル子は静かに、けれど確信に満ちた声ではっきりと言い放つ。
「犯人は……あなたね!」
 それきり、静寂。
 辺りにいる人々はそれぞれに、マモル子を、その指の先を見ている。
 その緊迫した空気が、急にふっ、と和らいだかと思うと。
「……っと、こんな具合かな?」
 振り向き、やんわりと笑顔を作って薄野 鎮は言う。そのギャップに、見ていた人々はほんの一瞬だけ呆気に取られる。
「まもちゃん、すごーい」
 いち早く、そう言ったのはルシファだった。一歩前に出て、顔一杯に嬉しそうににっこりと笑みを浮かべて。
「ありがとう。ルシファさんも、雰囲気出てて良かったよ。ね、レイドさん?」
 小さく笑いながら、薄野は軽くレイドに顔を向けて話す。
「ほんとっ!? えへへー。嬉しいな。ね、ね。レイド。私、雰囲気出てて良かったって。レイドもそう思う?」
 嬉しそうに笑うルシファに、レイドは嬉しいような困ったような半々の笑みを浮かべて答える。
「あー……、うん。よかったな。まぁ。雰囲気はでてたな」
「レイドさんもよかったですよ。苦労人。っていう感じがひしひしと出てて」
「鎮様。これを」
 姫神楽 言祝がハンドタオルとスポーツドリンクを薄野に差出し、薄野はありがとう。とお礼を言ってから続ける。
「言祝さんもすごく上手だったね」
「ありがとうございます。けれど、レイド様には及びませんわ」
 にこりと。そう言ってレイドにタオルとドリンクを差し出す。サンキュ、とレイドは軽く返事をして受け取った後に口調を変えて続ける。
「オイ、言。それは皮肉かよ」
「滅相もございません」
「大体俺はこんなこと……ルシファが無理やり…………」
 くたびれたトレンチコート姿で呟きかけたレイドの言葉を聞き、小暮 八雲がポンとその肩を叩いて小さく頷きながら同意する。
「分かる……分かるぞレイドぉ。お互い苦労性だもんな。俺だって鎮さんが参加しろって言うからしかた……」
「ん? 何か言った? 八雲さん」
 必要以上ににっこりとした笑みで薄野が八雲に問いかける。それを見た八雲は瞬間的に背筋をピンと伸ばして答える。
「ま、鎮さん!? いえ、たまにはこういうのも楽しいなー、なあんて。ほんと、そう話してたんですよ」
 そう。それならよかった。と言って向こうを向いた薄野にほっと安堵しながら、八雲は言祝から受け取ったタオルでそっと額を拭う。
 その様子を溜息混じりに見ていた千曲 仙蔵。しかし、と一呼吸置いてから話し出す。
「なかなかに難しいものだな。普段と違う立ち振る舞いを意図的にするというのは」
「そうだね。作って振舞うというのは、いささか難しいものがあるね。何故かって? 目の前に綺麗なレディがいるのに私の本心を伝えることが出来ないことさ。……おっと、これは親切に、ありがとう。丁度稽古の後で喉が渇いていたんだよ。宜しければお茶でも如何かな? 君の為に丁寧に紅茶を淹れさせてもらうよ」
 言祝からタオルとドリンクを受け取り、お茶に誘うのはアディール・アーク。その様子を見て仙蔵は呟く。
「アディール殿は今とさほど変わらぬ様に見えるのだが……」
「そんなことないよ。いくつも、言いたい言葉を我慢しているよ」
 二人の会話を聞き、ふふと笑っていた薄野の探偵服の裾が、ちょん揺れる。見ると、フェルヴェルム・サザーランドが、その裾を軽く引いていた。
「お兄ちゃん。私はあんな感じで良かったのでしょうか?」
 僅かに、不安げな顔で薄野に尋ねるフェルヴェルム。薄野は安心させるようににこりと笑って答える。
「うん。すごくよかったよ。本番でもあんな感じに出来たらばっちりだよ」
 それを聞いて、安心したように良かった。と呟くフェルヴェルム。
「それじゃあ本番までもう少し……、あ」
 言いかけて、何かに気がついたように薄野は神撫手 早雪を呼び止める。
「ん?」
 いつものニコニコ笑顔で振り返る早雪。
「早雪さん。本番では、足、浮いちゃわないように気をつけてね」
 ぷかぷかと、僅かに地面から離れて浮いている早雪の足を指差して薄野は言う。
「……うん。つい、忘れちゃうなー」
 ぼーっとした感じでそう呟いた後、お腹に手をあてて早雪は言う。
「お腹、すいた」
 小さく笑ってからちらりと時計を見る薄野。皆の注目を集めるように軽く呼びかけた後、お昼にしよう、と声をかける。
「お昼を食べた後、軽く最終確認をして、その後は本番だから、みんながんばろうね」
 思い思いに返事を返す面々。
 銀幕市民ホール舞台裏。ボランティアで演じることになった演劇。名探偵・薄野マモル子事件ファイルの本番直前の事だった。


「聞いた話と、随分違うんだが……?」
 がやがやと賑わう観客席を舞台袖から覗いて、レイドが言う。
「わー。人がいっぱい」
 真似して覗き込んだルシファが感嘆の声を漏らす。
「ホールでの公演と言っても、そんなに知名度の高い催しではないから、集まっても数十人であろう……と、お聞きしました」
 そう、それだよ。と、言祝の言葉にレイドが合いの手を入れる。
「多分……これの影響ですよね」
 おずおずと切り出したのはフェルヴェルム。壁に貼ってあるポスターを指差しならが言う。
 そこには探偵服に身を包んだ薄野鎮、もとい薄野マモル子が犯人は……あなたね!≠フ謳い文句と共にビシリと写っている。
 注目の若手女優が演じる名探偵。事件の裏に隠された悲劇を、あなたは知ることとなる。
 そんな煽り文句を眺めながら、薄野は苦笑する。
「あは……はは、は」
 若手女優。どうやら、ポスター作製の任せ先の人は、薄野を女性と勘違いして作ってしまったみたいだった。
「まぁ、ここまで来たらやるしかねぇだろ」
 肩を落としているレイドに八雲が言う。
「ま、そうなんだけどな……」
「うん。そろそろだ。みんな、準備はおーけー?」
 気合を入れるように、薄野は一人一人の顔を見て言う。
「勿論です! 鎮さんの演技力を見せ付けてやりましょう!」
 気合十分で八雲が叫ぶ。
「しょうがねぇな。……まったく、面倒なもんに引っ張り込みやがって」
 そう言いながらも、ニヤリと笑いながらルシファを見るレイド。
「えんげき。楽しみー」
 天真爛漫な笑みでルシファ。
「打ち上げ、楽しみだなー」
 今から打ち上げの様子を思い浮かべているのは早雪。
「こらこら、それはまだ早いぞ。早雪殿」
 すかさず突っ込みをいれる仙蔵。
「麗しの姫君たちに、僕の演技をプレゼントしないと、ね」
 微笑たたえてアディ。
「だいじょうぶ……ちゃんと出来る」
 暗示をかけるように小さく呟くフェルヴェルム。
「もう……始まりますわね」
 ちらりと時計を見て言祝。
「よし、それじゃあ。最高の舞台にしよう」



『――様々な映画から、登場人物や出来事が現実になってしまう銀幕市。この物語は、そんな銀幕市に一軒の探偵事務所を構えている名探偵・薄野マモル子の事件の一つである』
 言祝の読み上げる流麗なナレーションの中、垂れた暗幕が徐々に上がっていき、探偵事務所の室内が現れる。
「そりゃあもう。あの時のマモル子さんの活躍ったら」
「ふふ。そうなんだー」
 ソファーに座って楽しそうに話しているのはピリッとしたスーツ姿の八雲と、普段と同じ服を着たルシファ。
「その時、やっくんは何していたの?」
 わざとらしく、ふふ。と微笑んでいたずらっぽくルシファが言う。
「ん? 俺か? 俺は勿論、迫り来る敵から必死にマモル子さんを護ってだな」
 早口で言う八雲に、ルシファはほんとかなぁ。と合わせる。
「こらこら、嘘言わないの。八雲さんは腰抜かしてただけでしょ」
 トレイに乗せたお茶をルシファ、八雲の前へと置き、八雲の隣へと腰掛けながら薄野鎮演じる薄野マモル子が言う。
「そっ、そんなことないですよマモル子さん。あれは……その、不意の攻撃に対して待機してたんですよ!!」
「はいはい。じゃあそういうことにしておこうかしらね」
 小さく笑いながら言うマモル子に、そんなぁ〜。と泣きそうな声の八雲。
 ――カランカラン。
「よ。お邪魔するぜ」
 不意に鳴ったベルと共にドア口から覗き込んで挨拶をするのは、くたびれたトレンチコートを羽織ったレイド。
「来やがったぜ。無能刑事が」
 冗談交じりに言った八雲の言葉に、マモル子が八雲を軽くたしなめてからレイドを歓迎する。
「いらっしゃい、レイドさん。ルシファさんも来てるわよ。どうぞお茶でも飲んでいって」
「あ、お兄ちゃん」
「お。ルシファも来てたのか。んじゃ、ちょっとお邪魔するぜ」
 言いながら事務所内に入ってきてルシファの隣に腰掛けるレイド。マモル子がすぐにお茶を用意して差し出す。それを見て苦笑混じりにレイドが言う。
「おいおい。そういうのは助手の八雲の仕事なんじゃないのか?」
「ダメダメ。八雲さんに任せると、お客様に向かってお茶をひっくり返したりするから」
 あはは。と笑いながらマモル子。ルシファを向いてそうそう、と続ける。
「さっきのお話ね。八雲さんが腰を抜かしていた時に、レイドさんに助けて貰ったのよ」
 格好よかったなぁ。と小さく、マモル子。
「あんたがそう仕向けたんだけどな……ったく、人使い荒いぜ」
 溜息混じりに言うレイドに、ルシファが目をキラキラさせて言う。
「お兄ちゃん、すごーい。まもちゃんの役に立てたんだ」
 ずず。とお茶を一啜りした後、マモル子は薄く笑ってレイドに話しかける。
「それで、今度はどんな事件が起きたのかしら?」
 マモル子その言葉を聞いて、ルシファはピンと背筋を伸ばし、八雲はポケットから手帳を出して広げる。その様子を見たレイドが、やれやれ、と小さく置いてから話し出す。
「一応言っておくが、これは世間話の一つだからな。情報を漏らしている訳じゃないぞ」
「勿論。分かっているわよ? 私たち、友達だもんね。世間話の一つや二つもするわよね。刑事さん」
 け・い・じ・さん。とわざとらしく区切って言うマモル子に、レイドはちらりとルシファを一度見てから続きを言う。
「昨日の夜の事だ。広場近くの公園で殺人事件があったらしい。被害者はムービースターの男性。しかも最悪な事に、そのスターの死を知った恋人が、今日の朝、後を追うように自殺した。刑事課(こっち)の方は、別の大きな事件が入っていて手一杯でな、なかなか人員がさけない状態なんだ」
 あくまで世間話を装い、わざとらしく喋るレイド。ルシファは探偵の真似事の様に興味深そうに頷き、八雲はレイドの言葉を必死にメモしている。
「殺人事件……。それだけじゃどうにも、ねぇ」
 そう言ったマモル子の言葉に、レイドはお茶を飲み干し、ニヤリと笑って立ち上がる。
「どこかの探偵さんが好きそうな事件だったな。俺のとこにも資料が回ってきたから、ディスクにコピーしておいたんだが、はて、何処かに落としちまったみたいだなあ」
 そう言いながらドアへと向かうレイド。くたびれたトレンチコートのポケットから、一枚のディスクがコトリと床に落ちる。
「あ、レイド。何か落とし――」
 言いかけた八雲の口を、慌ててマモル子が押さえる。
「こらこら、野暮な事しないの」
 苦笑交じりのマモル子の言葉に、あ、そうか。と八雲が納得する。


 舞台が変わり、殺人事件の現場の公園へとやってきたマモル子、八雲、ルシファ。辺りを調べていたマモル子に、話しかける人物がいた。
「やぁ。これは麗しいお嬢さんだ。その美しい顔に立ち振る舞い。名探偵・薄野マモル子君とお見受けしたが」
 普段とはちょっとだけ違う服装のアディがマモル子に声をかける。勿論。仮面は健在だ。
「あなたは……」
「マモル子さん……、あの仮面。さっきの資料にあった現場の……」
 八雲が手帳をめくりながら小声でマモル子に話しかける。
「アディール・アークさんね」
「こえはこれは、有名な姫君に名前を覚えていただいていたとは、なんとも光栄な」
 マモル子の言葉に、両手を広げた大振りな仕草でアディが答える。
「あなたは、もう警察の取り調べは受けているわね。だから私からまた聞くこともないけれど、現場にその仮面が落ちていたそうよ」
 遠慮なく、マモル子は言い放つ。
「はは。その事なら何度も取り調べを受けたよ。仮面はいつもスペアを持っていてね、その一つを何処かに落としたみたいなんだ」
 そう答えたアディ。それより、と口調を甘いそれに変えて続ける。
「君の取調べなら、是非とも受けてみたいね」
 そこまで言って、アディは今気がついたような仕草で、おや。と言ってルシファを向く。
「これはこれは、挨拶が遅れて申し訳ない。白百合のように可愛らしい姫君。初めまして。私はアディール・アーク。アディとお呼び下さい」
 優雅な仕草でお辞儀をするアディに、ルシファはびくりとしてマモル子の背に隠れる。
 照れ屋さんなんだね。と微笑むアディ。
「そうそう。名探偵の姫君」
 ルシファから目を離し、マモル子へと身体を向けるアディ。八雲が咄嗟にアディとマモル子の間に入る。
「八雲さん。大丈夫よ」
 八雲を手で制し、一歩前へ出るマモル子。そのマモル子にアディは一枚の写真を渡す。
「その少年を訪ねるといいよ。殺害現場を見ていたそうなんだが、私の勘だと、それ以上の何かをその少年は知っている。生憎、その少年は私には話してくれないけれどね。少女の相手なら得意なんだけどね、はは」
 言いながら去っていくアディに、マモル子は声をかける。
「……待って!! ……あなたは、何者なの?」
 ピタリと、足を止めるアディ。数秒間の沈黙の後、軽く肩で笑ったかと思うと、振り向かないまま答える。
「名探偵アディール・アークさ。名探偵の姫君」
 去っていくアディを見送るマモル子の手に収まっている写真を、八雲が後ろから覗き込む。それを真似てルシファが覗きこんだ時、その顔がピクリと反応した。
「この子のこと、知ってるの? ルシファさん」
 反応を示したルシファを見逃さずにマモル子は聞く。ルシファは小さくコクリと頷いた。


 一度暗幕が下り、舞台は銀幕広場へと変わる。広場の隅には子供らしい服装のフェルヴェルム。マモル子達三人に目を向けると、気まずそうに目を逸らして歩き出そうとする。それを見た八雲がフェルヴェルムを捕まえようと走り出す、が、すぐに段差に足をとられて転んでしまう。
「待って!」
 叫んだのはルシファだ。その声を聞き、背を向けて歩いていたフェルヴェルムの足がピタリと止まる。
「こんにちは、フェル君」
 フェルヴェルムの前に行き、ルシファが挨拶する。フェルヴェルムは気まずそうに二、三回周囲を見回した後、小さく挨拶を返す。
「こんにちは……ルシファお姉ちゃん」
 ちらりと、マモル子は写真の少年と目の前の少年を見比べる仕草をして、小さく頷く。
「こちら、名探偵の薄野マモル子さんと、助手の八雲さん」
 ルシファがフェルヴェルムに紹介すると、フェルヴェルムは途端にビクリとして言い放つ。
「わた、ぼ、僕、何も知りません」
 一瞬、わたし、と言いかけたが、直ぐに言い直すフェルヴェルム。幸い、場面が場面なので大した違和感もなく進めることが出来た。
「うん。わかったよ」
 優しく微笑んでマモル子は言う。
「マモル子さん! このガキ、怪しくないですか? おいガキんちょ。知ってることを全部おしえ……あ、いや、なんでもない……です。ガキ……いえ。ボクちゃん」
 言いかけた八雲だったが、途中でマモル子の過剰すぎる笑顔に気がついて言い直す。
「怖がらせちゃダメだよ? 八雲さん?」
 笑顔のままに、マモル子。
「あ……はい。マモル子さん……あの、俺が怖いです……あ、いえ……」
 そんな二人のやり取りをまるで聞いていないように、心配した表情を浮かべたルシファがフェルヴェルムに尋ねる。
「フェル君。知っていることがあったら、教えて?」
 その言葉を受けたフェルヴェルム。泣きそうな顔になった後、ルシファとマモル子を見比べる。
「何も……知らないです。ごめんなさい!」
 そう言って走り去るフェルヴェルム。同じくらい泣きそうな顔でルシファが走り去っていくフェルヴェルムの背を見続ける。そのルシファの顔を、さらにマモル子が見ている場面で、暗幕が下りる。


「俺が犯人だ」
 再び暗幕が上がった時、舞台は探偵事務所内へと移っていた。そこには、マモル子達三人の他、普段のような着流し姿の仙蔵。先の発言も仙蔵のものだ。
「と、いうと、どういうこと?」
 厳しく、試すような視線でマモル子が仙蔵に返す。
「言葉どおりの意味だ。俺が殺した」
 ソファーに座る仙蔵。仙蔵に向かい合って座るマモル子。その隣の八雲は、何かあったらすぐ対処できるようにと僅かに腰を浮かせている。
「八雲さん。万が一の事を考えて、ルシファさんを外へ連れて行って貰えるかしら」
「え、でも。マモル子さん危ないですよ」
 マモル子の言葉に、すぐさま八雲が反対する。が、マモル子は大丈夫。と言って続ける。
「大丈夫よ。争うつもりなら、こんな風にして来ないわ。そもそも、この人が犯人だと決まった訳じゃないしね」
 でも……と反論する八雲だが、しぶしぶ言うとおりにする。ルシファを案内しながらも、仙蔵を警戒して目を離さないように。
「で、えぇーっと。仙蔵さん。だったかしら。二人を殺したのは、あなたということでいいのかしら」
 仙蔵を見て、マモル子。
「……鎌をかけているつもりか? 俺が殺したのは、男の方だけだ。女の方は自殺したと、今朝方知った」
「なるほど。それじゃあ、どうして警察に行かないでウチへ来たのかしら?」
 尋ねるマモル子に、間髪いれずに仙蔵は答える。
「実際に捜査をしているのはこっちだろう」
「そうね」
 ルシファを外へと先導していた八雲が戻ってきてマモル子の隣に座る。
「あなたに頼んだのは、さっきの少年かしら?」
 呟いたマモル子の言葉に、仙蔵がピクリと反応する。
「頼まれてはいない。これは、俺の意思だ。もういいだろう。殺したのは俺だと言っているんだ」
 口調を荒げて言う仙蔵に、マモル子はよくないわ。と反論する。
「私は、犯人を捜したいわけじゃない。真実を知りたいのよ」
 静まる室内。ふぅ。とマモル子は小さく溜息をつくと、席を立って窓の外を見る。
「大体のことは、分かったわ」
 外を見て呟くマモル子。むぅ。と仙蔵が小さく呟く。
「犯人が分かったんですか!? マモル子さん」
 八雲が勢い良く立ち上がって嬉しそうに言う。
「まだ、勘だけどね。これから形にしていかなくちゃ。もうすぐルシファさんがレイドさんを連れてくるだろうから、それから」
 そこまで言って、マモル子は、ふふ。と妖しく笑みを浮かべると、面白そうに後を続ける。
「さて、面白くなりそうね」


 舞台が一度暗くなり、右半分だけがライトで照らされる。探偵事務所のドアを挟んで外の場面で、事務所へとやってきたレイドとルシファの姿があった。
 レイドがドアの前へと立った時、事務所の中からドタン。と一際大きな音が聞こえる。ルシファと見合って訝しげに眉を細めるレイド。そのまま取っ手に手をかけようとした時、勢い良くドアが開け放たれ、転がり出るように何かが舞台袖へと抜けていく。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 次いで聞こえたのは、マモル子の叫び声。
 転がり出たものを目で追っていたレイドとルシファだったが、その叫び声を聞いて直ぐに事務所内へと駆け出す。ぱあっ、と左半分にもライトがあたる。
 事務所の中には、背を向けて座り込んでいるマモル子と、そのマモル子に寄りかかって倒れている八雲。
「いやぁ……八雲、八雲ぉ」
 すすり泣くような声でマモル子。何かを察したレイドがルシファを遮るように立ち、マモル子に声をかける。
「……おい、どうなってる」
 マモル子は一瞬だけぴくりと動きを止め、震える肩で振り返る。その胸と手は、ねっとりと紅く染まっていた。
 そしてマモル子に寄りかかるようにしていた八雲の胸には、ギラリと紅を反射するナイフが突き立てられていた。
「八雲さんが……刺された。私を庇って」
 虚ろな様子でそこまで言ってから、はっと気がついたようにマモル子は叫ぶ。
「レイドさん! 追って!! たった今出て行った仙蔵っていう人よ! 八雲さんを刺したのは」
 言い終わる前に、レイドは舞台袖へと走り出す。あたふたとレイドの背と八雲を見比べるルシファ。
「……やっくんは」
 蒼白な顔で呟いたルシファ。マモル子は答える。
「息は……あるみたい。ルシファさん、レイドさんを追ったほうがいいかもしれない。私も救護の人が来たら行くから」
 その言葉を聞いてルシファはレイドを追って事務所を飛び出した。


 場面が変わり、辺りは公園の装いになる。
 舞台中央で佇むレイドに、小さな何かを胸に抱えて駆け寄るマモル子。
「すまん。振り切られた」
「あなたももう来ていたのね」
 レイドの奥に目をやり、そこにいるアディに話しかけるマモル子。
「レディを待たせるわけにはいかないからね」
 軽口で答えるアディ。それに気がついたレイドが声を漏らす。
「あんたは……」
「そ、容疑者。自称名探偵だけどね。私が呼んで来てもらったの」
「君からのお誘いとあらば、何処へだって喜んで赴かせてもらうよ。時間が無かったから君に似合う素敵な花を持ち合わせれなかったのが、唯一の心残りといえば心残りだけれど、そうだね。例え持ってきたとしても、君の美しさにはどんな花すらも霞んで見えてしまうね」
「そ……そう。それより、ルシファさんは? 一緒じゃないの?」
 苦笑いで話を逸らすように言ったマモル子の言葉に、レイドは渋い顔で返す。
「事務所に残ってるんじゃあ、ないのか?」
 その問いかけに対し、首を振ったマモル子を見て、レイドは大きく舌打ちをして直ぐに走り出そうとする。が、その腕をマモル子が掴んで止める。
「大丈夫。まだここに来てないのなら、すぐに来るわ。……お客さんを連れてね」
「お客さ――」
 マモル子の言葉の意味を聞き返そうとしたレイド。しかし、最後まで言い終わらないうちに、ルシファとフェルヴェルムが現れる。驚き顔でマモル子を見るレイド。マモル子は、ふふ。と面白そうな笑みを浮かべている。
「まもちゃん、やっくんは……?」
 おずおずと聞いたルシファに、マモル子は左右に視線を泳がせてから静かに答える。
「残念だけど……」
 マモル子はそこまで言って、隠すように胸に抱えていた一本のフィルムを見せる。
「八雲さんは……ムービースターだったから」
「なっ――!」
「――っ!!」
 言葉を失うレイドとルシファ。
「そんな……だって、さっき」
 見る見るうちに涙を浮かべて膝をつくルシファ。
「父が……あの方を、殺したのですか?」
 すぐに察してフェルヴェルム。
「そう……なるかしら、ね」
 言い辛そうにマモル子。そこへ、舞台袖から仙蔵が現れる。
「貴様あーーっ!!」
 瞬間的に銃を抜いて銃口を仙蔵へと向けるレイド。咄嗟にマモル子がその腕に飛びついて抑える。
「待って……っ!」
 強引に銃を握った腕を持ち上げようとするレイドを、マモル子が必死で抑える。
「くっ」
 しばしの問答の後、吐き捨てるように呟いたレイドは、力を抜いて銃を降ろす。ふう。とマモル子は肩で息をついて話し出す。
「今回の事件。内容自体は単純なものだったのよ」
 そっと。辺りが暗くなり、マモル子だけにライトがあてられる。
「けれど、たった一つの思い込みが事件を難しくしたの」
 組んだ腕で一本だけ指を立てて、客席を向くマモル子。
「事実的な証拠となるものは何もないわ。けれど、今までの行動を全て繋ぎ合わせると」
 すう。と一本だけ立てた指を高々と掲げるマモル子。
 しなやかに伸びた腕。その腕を勢い良く振り下ろし、ビシリと指差しながら、マモル子は静かに、けれど確信に満ちた声ではっきりと言い放つ。
「犯人は……あなたね!」
 マモル子の声が高々と響いた瞬間。ぱあっと照明がステージを照らす。
 そしてマモル子の指の先。驚いたようにマモル子の指先を見つめていたのは。
 ルシファだった。
「私……わたし……」
 次第にしゃくりをあげるルシファ。
「おい……そりゃ、どういう…………」
 言葉を失ったようにレイドがマモル子とルシファを交互に見る。他の三人は別段驚きもしないで伏せた目でルシファを見ている。
「こんなことになるなんて……ごめんなさい……。フェル君……ごめんなさい。仙蔵さん……ごめんなさい。ごめんなさい…………やっくん」
 泣き崩れるルシファ。そのルシファの肩に、マモル子はそっと手を置いて話しかける。
「大丈夫よ。ルシファさん。今回の事件。最初から最後までを通して、被害者は一人もいないの。あなたも知っているでしょう? 被害者に見せる、その方法を」
 はっとしてマモル子を見上げるルシファ。そしてその視線の先に、舞台袖から出てきた八雲の姿を確認して、嬉しそうに叫ぶ。
「やっくん!」
 ルシファの声に、八雲は片手を上げて返事を返し、それを見たマモル子は先を続ける。
「そーゆうこと。これ? 勿論これはただのフィルムよ。プレミアフィルムじゃないわ」
 フィルムをひっくり返して見せながら楽しそうに話していたマモル子。ふと、思い出したようにアディに向かって言う。
「そうそう。名探偵さん。頼んでおいた方はどうなっているのかしら」
 待ってましたと言うように、その言葉を受けてアディが一歩前へ出て大振りな仕草で話し始める。
「勿論。ぬかりはないよ。それと、今回の名探偵役は、君さ。今日の私は、そうだね。ただのエキストラに過ぎないよ」
 アディが言い終わらないうちに、早雪と言祝が並んでアディの後ろからやってくる。その顔を見て八雲が声を荒げる。
「あ。あいつらって、殺された男と自殺した女じゃないですか! マモル子さん」
「そうよ。姿を隠していた二人を、アディさんに探して貰っていたの」
「なるほど、な」
 察しが着いたように頷くレイド。
「そういうこと。たった一つの思い込み。それは、二人が死んでいる、と思い込んでいたこと。けれど実際は違った。ムービースターを死んだ事にするのは、簡単なのよ。少しの小道具と、数人の証言者だけ」
 左手にフィルム。右手には懐から取り出した血のついたナイフをひらひらと揺らしてマモル子は言う。気まずそうに、フェルヴェルムが下を向く。
「どうして、私だってわかったの?」
 ルシファが言う。
「犯人……と、いうより、そうね。ルシファさんが何かに関わっているというのは、すぐに気がついたわね」
 どうして……。とうな垂れるルシファにマモル子が先を続ける。
「些細な事に対する勘でしかないのよ。アディさんと最初に会った時、ルシファさんは私の後ろに隠れた。どうしてかな? と、それが不自然に思えたの。だってルシファさん、人見知りするタイプじゃないでしょう?」
「そんな……ことで」
「本当に些細な事。でも、事件ではこういった普段と違う些細な事は、必ずと言っていいほど何かに繋がっていくの」
 言葉なく地面を見るルシファ。マモル子が先を続ける。
「現場に仮面が落ちていたから、もしかしたらアディさんもその場を見ていたのかもしれない。そう思ったんじゃないかな。って、そんな風に気になっていたからでしょうね。フェルヴェルムさんと会った時も、二人の深刻すぎる顔が気になった。恐らくは、ルシファさん。フェルヴェルムさんに嘘をついてもらうのは申し訳ないと思っていたんでしょう?」
 こくりと、小さくルシファが頷く。
「難しかったのはここからね。どうして仙蔵さんが来たのかが分からなかった。このことで、作られた事件だというのは確信できたけどね。だって展開が速すぎるんだもの」
 そこまで言って、マモル子はけど、と仙蔵を向いて話す。
「今考えると、親心だったのかもしれないわね」
 フェルヴェルムの視線に、仙蔵は目を逸らして渋い顔をする。
「だから、ルシファさんを事務所から帰した後、八雲さんと仙蔵さんに協力してもらったの。決して悪いようにはしないから、って。アディさんに連絡を取って頼みごとをしたのもこの時ね」
「二人が生きているというのは私も調べで分かっていたけど、流石にこの短時間で探すのは骨が折れたよ」
 はは。と笑いながらアディ。
「いい方法ではないけど、鎌をかけたわけ。実際に死者が出てしまった。ってね」
「あ、はは。さすがまもちゃん……すごいな」
 乾いたような笑いでルシファが言う。
「さて、最後の仕上げね」
 マモル子がそこまで言ってから、大きく息を吐いて続ける。
「どうして、こんな事をしたの?」
 問いかけたマモル子の言葉に、それまで黙っていた早雪と言祝が口を開いた。
「それは……」
 ほとんど同時に口を開いた早雪と言祝。一瞬見合った後、早雪がニコリと一度微笑んでから、マモル子を向いて続ける。
「どうしてこんな事をしたのか……。すべては、ルシファくんの優しさなんだ。それを説明する為には、まず、僕達の出ていた映画のことを話さないといけないね」
 早雪がそこまで話すと、照明が徐々に落ちていき、幕が下りていく。



 『――それはきっと、どこにでもあるような恋物語』
 静まり返ったホール内から、ぽっと浮かび上がるようにナレーションが入る。
 『でも、それは二人にとって、たった一つだけの恋物語』
 ホール内によく響くどこか甘い声は、アディの声だ。
 『そしてそれは、悲しみの物語』
 ゆっくりと。幕が上がっていく。薄暗いステージに照明があてられ、ベッドに横たわる少女が現れる。
「……遅いな」
 呟くように独り言を言った少女は言祝。枕元の棚に置いてある時計を引き寄せ、重々しい仕草で身体を起こす。品の良いネグリジェ姿が掛け布団から露になる。
「もう、約束の時間なのに」
 拗ねるような口調でそう言って時計を戻す言祝。すると、ステージの逆側にライトがあてられ、一人の青年が現れる。
「今日も……来てしまった。僕が行っても、ただ彼女を傷つけるだけだというのに」
 それは普段通りの姿の早雪。ぷかぷかと浮かびながら悩んだような声で言う。
 そこで両のライトが落とされ、一瞬ステージが暗くなる。そして直ぐに、ベッドとそのすぐ横に二つのライトが照らされ、言祝と早雪が現れる。
「やぁ。少し遅くなってしまったね」
「もう、遅いよ。何をしていたの? でも、来てくれて嬉しい」
 笑顔の早雪に、言祝も嬉しそうに答えて、そっと手を伸ばす。
 数秒間の沈黙。行き先を失って佇む言祝の指を見つめながら、早雪は小さく首を振る。
「……だめだよ。僕は死人(しびと)だ。僕が触れれば触れるほど、君の死期が早まってしまう。こんな風に近くに留まり続けることだって本当は……」
 その言葉を受け、言祝はしゅんとして伸ばした手を戻す。
「どうせ……私の命は長くはないもの。それなら、あなたに一度も触れることなく死んでいく。その事の方が私は嫌よ」
「そんなこと……」
 言いよどむ早雪。
 そこで早雪にあてられていたライトが落ち、言祝だけが照らされたまま、ナレーションが入る。
『身体を患っている少女。少女は幽霊に恋していた。例え、幽霊との逢瀬が自らの身体を蝕んでいくものだと知っていても、少女は幽霊との逢瀬を望んでいた』
 そこで言祝のライトが落ち、代わりに早雪が照らされる。
『幽霊の青年。その青年は少女に恋していた。例え、幽霊である自分との逢瀬が、少女の死期を早めるものだと知っていても、逢瀬を望む少女の誘いを断る事が出来なかった』
 再び、二人にライトが照らされる。
「……好き」
「僕も、好きだよ」
 微笑みあう二人を照らし、徐々にその光が暗くなっていき幕が下りる。
『しかし、そんな二人の逢瀬も長くは続かない。逢瀬を知った少女の父親が、娘の身体を蝕む青年に激怒し、除霊師を雇って青年にある術をかけてしまったのだ。それは、人間の近くにいると、徐々にその存在を失っていくというもの』
 幕が上がり、舞台は森の中にある池へと移る。
『術をかけられた青年は、しかしそれでも少女との逢瀬を辞めることはなかった。それに業を煮やした少女の父親は、より高位の除霊師を雇い、青年を消そうとした。しかし、いち早くそのことに気がついた少女は、青年と一緒に逃げ出したのであった』
「はぁ……はぁ」
 舞台袖から走ってくる早雪と言祝。舞台中央に差し掛かったとき、言祝が足を縺れさせて転ぶ。
「だいじょうぶ?」
 足を止め振り返って、倒れこんでいる言祝を見ながら早雪が言う。
「……さぁ」
 そう言って伸ばしかけた腕を、何かに気がついて引っ込める。悔しそうに、口を噛み締めながら。
「追っ手が、すぐそこまで来ている。君だけでも戻った方がいいのかもしれない」
 人のざわめきと足音の効果音の中、早雪が言う。
「嫌よ。今戻ったら、きっと次はあなたの来れないような場所に閉じ込められてしまう。もう二度と会えなくなってしまう。そんなの、嫌よ」
 ふるふると、首を左右に振りながら言祝。
「でも、もう逃げることも……」
 言いかけ、二人は同じタイミングで見詰め合っていた目を横に向ける。森の中の、ひっそりとした池。
 再び見つめ合う二人。
 コクリと。言祝が頷き、早雪に向かって手を伸ばす。
 ほんの数秒の間。
 コクリと。早雪が返し、言祝の手に自分の手を重ねる。
 がっちりと。握り合ったその手を支えに、言祝は立ち上がって微笑む。
「初めて、触れ合えたね。思ってたより、ずっとずっと温かい」
 愛しそうに。二人は握られた手を見る。
「愛しているよ」
 池へと一歩進んで、早雪が言う。
「私も、愛してる」
 もう一歩進み、言祝が返す。
 ゆっくりと池の中へと進んでいく二人。胸辺りの深さまで歩いたところで、早雪がトンと地面を蹴る。
 早雪の胸に言祝が寄り添うようにして、二人は流れていく。
「来世では、きっと幸せになれるよね。私たち」
「そうだね……きっと」
 穏やかな二人の声が響く中、静かに幕が下りていった。



 再び幕が上がった時は、舞台上はあの公園での出来事に戻っていた。
「それが僕たちの映画」
 そう言った早雪の続きを言うように、次は言祝が言葉を紡ぐ。
「銀幕市に実体化した私たちは、本当に幸せだった。こっちでは、どんなに近くに居ても、どんなに触れ合っても。私の身体が蝕まれていくような事はなかったから」
 でも……。と声を落として言祝は続ける。
「この間。映画内の除霊師がこの街に実体化したの。その除霊師は、彼を除霊することに囚われていて、この街のことを何度説明しても、知らぬ存ぜぬで彼を消そうとするの。それを知った彼女が……」
「だって……」
 涙声で、ルシファが割り込んで続ける。
「折角、この街では二人幸せになれたんだよ? それなのに、酷いよ。こんなこと」
「あーー。……ったく」
 聞いていられない。とでも言うように、レイドがルシファの涙を乱暴な仕草で手で拭い、先を続ける。
「お前は……兄の仕事ぐらいちゃんと覚えておけよな。こんな風に、誰にも涙を流させないために、俺たち刑事がいるんだよ」
 乱暴な。でもこれ以上ないくらいに優しげな声でレイドがルシファに言う。
 その様子を見てそっと目を伏せたマモル子を、じっと八雲は見ていた。
「なんとかしてやるよ。お前もだ。こんな大げさな事件にしやがって、大規模な捜査班が出てはいなかったからまだいいものの……反省文程度は書いてもらうぞ? それでなんとか許してもらえるように頼んでやるから」
 やれやれ。とでも言うように。小さく溜息を吐いてから、くたびれたトレンチコートの襟を正してレイドは舞台袖に歩き出す。
「ほれ、そこの二人に、少年と親父さん。あとルシファも。ついて来い」
 途中、振り返ってそう言い、五人とも歩き出す。ルシファがマモル子を振り返って言う。
「まもちゃん、ごめんね。あと、ありがとう」
 申し訳無さそうに、でも、最後は嬉しそうに笑顔だった。
「まーた世話になっちまったな」
 振り返らないまま片手を挙げてレイド。
「いいのいいの。また遊びに来てね。よければみんなも」
 マモル子も答える。
「さて、それじゃあ私もそろそろ。みんなが笑顔になれて、よかったよ。やはり女性は、笑っているのが一番素敵だからね」
 そう言って歩き出すアディに、マモル子はふふ。と笑って返す。
 そしてステージには、マモル子と八雲だけが残る。
「それにしても、流石マモル子さんですね。あっという間に事件解決! あ、今回は俺も、結構役に立ちましたよね!?」
 矢継ぎ早に話す八雲に、そうねぇ。と笑って歩き出すマモル子。
「もしも、仙蔵との演技の時のように実際にマモル子さんがピンチになったら、俺、きっと盾になりますからね」
 その言葉を聞いて、マモル子はピタリと足を止めて八雲を振り返る。
「ばーか」
 冗談っぽい口調で、ちょんと指先で八雲の額を押してから再び八雲に背を向けて歩き出す。
「わっ……とっ」
 突然の出来事にバランスを崩した八雲が、転びそうに片足で飛び跳ねる。
「……しなくていいのよ、そんなこと」
 トーンを落とした声で、呟くようにマモル子は言う。
「何かいいましたか? マモル子さん」
 バランスを立て直した八雲が、走ってマモル子を追いながら言う。
「出来るのかなぁー。八雲さんに」
 ふふ。と笑いながらそう言ったマモル子は、面白そうな笑顔だった。
 そんなぁ〜。と、そんな八雲の叫び声を後に、幕は下りていった。



「お疲れ様ー」
「おつかれ〜」
 演劇が終わり、薄野宅。役者9人で打ち上げをしていた。
「いやー。大反響でしたね、マモル子さん」
 感慨深げに言う八雲の言葉に、薄野は苦笑交じりで答える。
「八雲さん? もう舞台は終わってるよ」
「え? あ、マモル子じゃなくて鎮さんですね。ははっ」
「楽しかったー。ね、レイド」
 笑顔のルシファに、レイドは渋い顔で答える。
「言っておくが、俺はもうやらないぞ」
 言い放つレイド。実は、公演の後、あまりの観客動員と反響だった為、シリーズにして定期的に公演してくれないかと頼まれていたのだ。
「鎮さん。このポスター。家に貼りましょうか」
 貰ってきた宣伝ポスターを広げて八雲が言う。
「ん。おいし……」
 乾杯から絶えず口を動かし続けているのは早雪。空になった早雪の皿に、言祝がテキパキと料理を乗せていく。
「今回、一番ギャップがあったのは言祝殿だったな」
 拗ねたような口調で喋る少女を思い出しながら、仙蔵が言う。そうだね。と相槌をうつフェルヴェルム。
「そんなこと、ないのに」
 そこへ言祝が劇中の口調でそんなことを言うものだから、辺りは途端に笑い声に包まれる。
「お兄ちゃんは、全然違和感なかったですね」
 ぽつりと呟いたフェルヴェルムの言葉に、薄野が苦笑い。
「なんだか、今でも女性として接するべきなのか迷っているよ」
 冗談交じりにアディが言う。
「はは。でもなんか、舞台の上となると、新鮮だったなあ」
「すごく自然でしたよ」
 鎮の言葉に、八雲が返す。
「それって、喜ぶべきかそうじゃないのか迷うよね……」
 あはは、とみんなが笑うその打ち上げは、深夜まで続いていた。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。

ええ。推理させる気はありません(笑(汗
このあたりのことは、後ほどブログの方で……。

と、いい忘れていましたが最初に。
このたびは、素敵なプライベートノベルのオファー。ありがとうございました。
オファー頂いた時、ゲスト人数に仰天しました。
なんとなーく、いつものデフォルトのゲスト上限を上げたところに、いきなり……!
と、言っておりますが、本人はものすごく楽しんで執筆できました。素敵なオファーに感謝です。

今回、かなり自由に執筆させていただいたので、ちょっと不安……。はっちゃけすぎてたりしないかな……? 楽しんで頂けたならとても嬉しいです。
執筆期間もオファー頂いた日から2ヶ月近くもあったのに、本当ギリギリ。

演劇中は、舞台を見ている感じで表現することを心がけたのですが、うまくできているといいなー。

と、それでは。積もる話は後ほどブログにということで、よければ是非に読みに来てください。

それでは、失礼します。

オファーPL様が。ゲストPL様がそして作品を読んでくれたすべての方が、少しでも幸せな時間を感じてくださったのなら、私はとても幸せに思います。
公開日時2008-05-11(日) 21:30
感想メールはこちらから