★ 【崩壊狂詩曲・異聞】Pathos & Logos ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-5453 オファー日2008-11-23(日) 23:56
オファーPC 月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
ゲストPC1 ヴァールハイト(cewu4998) エキストラ 男 27歳 俳優
<ノベル>

 惨劇がステージのスクリーンを彩り、一面を赤で塗りたくる。
 それで呆然とし、怯えて泣き出すような可愛らしい神経はすでに磨耗して久しく、月下部理晨(かすかべ・りしん)は同行者であるヴァールハイトとともに一般客を避難させた。
 今回のコンサートの主役であり、友人でもある歌い手が気にかかり、ステージ付近へと戻った辺りで、周囲を沈鬱な暗闇が包み込んだ。
 暗闇はまるで、圧し掛かるかのように、会場すべてを覆い、視界を黒で閉ざす。
「……何だ、これ……?」
 咽喉元をせり上がる、危機と不安の感覚は、恐らく理晨の、長年戦場で培われて来た勘が告げるものだ。
「よく判らんが……あまり悠長にはしていられない雰囲気だな」
 指先、髪の一筋までもが息を飲むほどに美しい、神の造作かと疑いたくなるような姿かたちの男、すらりとした長身をシンプルだが趣味のよい、明らかに高級と判るスーツに包んだ彼が、特に取り乱した風でもなく言うのへ、理晨は呆れの含まれた視線を向ける。
「おまえって……」
「ああ、どうした?」
「何でそんな、無駄に落ち着いてるんだろうな? とてもじゃねぇけど、俺より十も年下なんて思えねぇや」
「……無駄に、だけ余計だ」
 理晨の言葉に、ヴァールハイトが低くこぼす。
 語尾に諦めが混じっているような気がしたが、錯覚だろうと受け流し、理晨は周囲を見渡した。
「ジーク、どう思う」
「無害なムービーハザード……とは、とても思えんな」
「……だな。何か、こう、頭が重くなるみてぇな――……」
 言いかけて、理晨は目を瞠る。
 表情が凍りついたのが、自分でも判った。
 暗闇の向こう側に、あるはずのない光景が見え、息が詰まる。
「どうした理晨、何かあるのか?」
 ヴァールハイトの声が遠く聴こえる。

(ほしい)

 ずしりと圧し掛かる、その言葉。
 胸の奥深く抱いていた、叶うはずのない願望が引きずり出され、増幅される。
 それを不自然だと思う余裕は、理晨にはなかった。
 視線の先、暗闇の中では、理晨がもっとも苦しみ、哀しみ、絶望した光景が展開されていた。
「理晨、一体――……」
 訝しげなヴァールハイトの声は、これが彼には見えていないことを示している。
 理晨のためにだけ紡がれる最大級の悪夢と絶望。
 それは、
「クロード、レイ、アメデ、フォルクマール、アニタ、ブランカ、ギィエルミーナ、クラウディオ、ダヴィデ、エルネスト、ホセ、ラフィタ、ロドルフォ、何で……」
 十三年前――正確には、十二年と数ヶ月だが――の、“あの事件”、傭兵団ホワイトドラゴン壊滅の光景、だった。
 サブマシンガンの一斉掃射を受けて、誰よりも理晨を慈しみ、愛し、大切にしてくれた、がさつで大雑把だが温かく優しかった家族たちが、次々に斃れ、動かなくなっていく。
 理晨はそれを、自分が震えていることにも気づかず、呆然と見詰めるしかなかった。

(ほしい……壊れてしまう前に)

 十数年の時間をかけて、何とか乗り越えてきたはずだった。
 死んで行った『家族』が、生きてほしいと理晨に願うから、理晨の幸せを祈ってくれていることが判るから、理晨は生きなくてはならなかった。生きて、生き残った、そして新しく増えた『家族』たちと、幸せにならなくてはならなかった。
 けれど。
「ごめん……ごめん、ごめん……!」
 本当は、知っている。
 五十人以上の傭兵たちが、どう考えても不利な戦況において逃げることなく、真っ向から挑んで死んでいったのは、自分を生かすためだったということを。そしてそのために被害が拡大したということを。
 ――そう、映画『ムーンシェイド』の、傭兵団『白凌』の面々が、漆黒の傭兵をそうやって生かしたように。
 武装組織によって家族を殺害され、自身も癒し難い傷を受けた理晨は、戦禍の申し子であり、人間の暴虐と残酷さをその身に映す象徴でもあった。
 自分のような人間を、子どもを作らないために、救い主であるサイラスが設立した傭兵団ホワイトドラゴンに入団し、日々を戦いのため、その向こう側にある『戦争のなくなる日』のために費やしてきた。
 ホワイトドラゴンは決して一枚岩ではなかったし、聖人めいた完全な善人などいはしなかったが、それでも、そこに集う皆が、サイラスの言う世界を夢見て、ホワイトドラゴンの人々を家族同然に愛し、助け合い支え合って生きてきた。
 行く場所も帰る場所もない理晨にとって、ホワイトドラゴンこそが故郷だった。
 ――それを喪わせたのは、自分なのだ。
 生き残った人々は、自分の意志でしたことなのだからと誰も理晨を責めはしなかったし、口に出してそれを言えば哀しませるだけだと判っていたから、理晨は沈黙を守った。
 けれど、自分を生かすために、逃がすために、理晨のために活路を開こうと斃れていった、たくさんの愛しい顔を、理晨は片時も忘れはしなかったし、傷は心のそこかしこに残った。

(本当は)

 震える身体を抱き締めるようにして、思う。

(あの時、俺が、)

 銃弾が、『家族』を血まみれにしていく。
 ヴァールハイトの声も、今は聞こえない。

(ああ――……皆に、会いてぇ、よ……)

 誰の所為だとか、誰が悪かったとか、誰が間違っていたとか、そんな議論は不毛だ。
 『今』はただこの時しかなく、『あの時』はあの一瞬しかなく、それぞれがそれぞれに決断し、何かのために命を賭した、本当はそれだけのことだったのだろう。
 けれど、心の、傷ついた魂の奥底で眠っていた虚しい渇望は、この『場』に増幅されて浮かび上がり、理晨をじわじわと苛み、追い込んで行く。
 もう二度と会えないことが哀しい。
 もっと、ずっと、一緒に、同じ時間を共有したかった。
 彼らが自分に生きろと望んだように、理晨もまた、彼らに生きていてほしかった。
 名前を呼んで、頭を撫でて、子ども扱いするなと膨れる自分を盛大に、豪快に笑い飛ばしてほしかった。

(本当は、あの時、)

 誰にも、兄弟同然に育った金眼の彼にすら言えずに、心の奥底に燻っていた渇望が何なのか、知っている。

(――……俺も、死んでしまえれば、よかった)

 口にすれば、生き残った誰もが激怒するだろう願望だ。
 理晨自身、赦されるはずのない願いだと、自分のために斃れていった人々への、最大の侮辱だろうと思っている。
 それでも、ただ、哀しくて、哀しくて、苦しくて、辛くて、痛くて、寒くて、癒されることのない傷と、消えることのない過去と、生きなくてはという思いともう何もかもを終わりにしてしまいたいという狂おしい渇望、もう二度と会えない人たちへの、頑是ない子どもがぐずるかのような哀しみが、交互に入り乱れて理晨を千々に乱れさせる。
 ――苦しいのは、生きているからだ。
 そんなことは、判っている。
 判っているけれど。

(そうしたら、皆に、会える)

 ほつり、そう思ったら、足元で鈍く輝くガラス片が目に入った。
 もう、『そう』するしかないような気がした。
 のろのろと手を伸ばし、それを握り締める。
 破片の先がぷつぷつと皮膚を切り裂き、血を流させたが、そんなことはどうでもよかった。終わりにしてしまえばいいという内なる声が大きくなりすぎて、心臓が潰れそうだ。

(俺は、汚ぇ罪人だ。――なのに、皆、どうして)

 受け入れ、赦してくれる『家族』が、今は酷く哀しい。
「……」
 そこから逃れたい一心で、鋭く尖ったガラス片を手首に押し当てた。
 あまりにも激し過ぎる、不自然なほどに強い、その終焉願望に、何かがおかしいと気づく余裕など、理晨にあろうはずもなかった。
 そして、鈍い光を放つガラスの欠片が、理晨の手首を深々と切り裂く――……
「まったく」
 その、前に。
 何の変化もない、静かな声とともに、力強い腕が、理晨の手を掴み、彼を止めた。
「っ!?」
 息を飲んだ拍子にガラス片を奪われ、理晨は憎しみすら覚えて目の前の男を押し倒した。そして、倒れた彼に馬乗りになり、血に濡れた両手でその首を絞め、
「何で邪魔するんだ、何で……!」
 叫ぶ。
 今この瞬間には、自分を終わらせることだけが最善のように感じていたから、それを妨げる誰もが敵だとすら思っていた。
「俺は罪人で、償えない罪を背負ってる。だから」
 だから生きていてはいけないのだと、一息に結びついてしまう己が思考を、おかしいと感じることは、理晨には出来ない。
 しかし。
「馬鹿を言え」
 ヴァールハイトは、本名を略式でジークフリート・フォン・アードラースヘルムというこの美しい男は、尋常ではない理晨の握力に絞められて、苦しくないはずがないのに、どこまでも沈着で、静謐だった。
 伸ばされた手が、すらりと長く、白く美しい指が、理晨の頬に触れる。
「――おまえが罪人でも何でも、俺はおまえがいい」
 まっすぐで、てらいのない、何ひとつとして躊躇いのない言葉。
「……ッ!」
 それは、理晨の意識を、激しく打ち据えた。
 ヴァールハイトは、理晨が罪人でもいいと言ったのだ。
 理晨の背負う罪もなにもかも受け入れて、それでも理晨がいいと言ったのだ。
 『家族』たちは、理晨のそれを罪ではないと言ってくれる。
 理晨は確かに救われていたけれど、同じくらい苦しく思っていた。自分だけが赦されていいのだろうかと、こんなに救われていいのだろうかと、苦しく思っていたのだ。
 それゆえに、ヴァールハイトの言葉は、すんなりと理晨に届き、理晨に浸透した。
「……ジーク……」
 名前を呼び、手を離す。
 それと同時に、歌が聞こえてきた。
 恐らく、ステージの方からだろう、あまりにもすさまじい、美という美を掻き集めたかのような、神々しくすらあるその歌声は、愛の歓びを高らかに伝え、教える。
 激情が、潮が引くように去ってゆく。
「……俺、は……」
 正常な意識が、ゆっくりと戻って来る。
 自分が今何をしていたか、それがどれだけ奇妙で理不尽なことかがようやく認識でき、ヴァールハイトを見下ろして、理晨は、
「ええと、その……」
 気まずげに彼の身体から降りると、
「悪い、ジーク」
 ヴァールハイトを引っ張り起こしながら小さく詫びた。
 ――生きていること、生かされていること、愛されていること。
 それが欠片ほども重荷ではないとは、言えない。
 しかし、許し愛し受け入れてくれる人々の思いを否定したくはないし、そんな自分を幸せだと思う。
「別に、どうということはない」
 ヴァールハイトは、憎らしいほどに普段通りだったが、
「おまえの『家族』の誰もが、おまえを守りたかったし、生きていてほしかったという、その気持ちは、判らなくもない」
 そう言った時、アイスブルーの双眸が、ほんの少しやわらかくなった。
 理晨は言葉もなく頷く。
 ちょっと泣きたい気持ちになったけれど、さすがに恥ずかしいので、ぐっと堪える。
「ん、だよ……」
 ヴァールハイトの向ける視線が照れ臭くて、仏頂面でごちる。
「ああ、どうした」
「なんで、おまえは、そんなに普通なんだよ……? それじゃ俺が、どうしようもなく弱い、めちゃくちゃ駄目な人間みてぇじゃねぇか……」
 理晨がこぼすと、ヴァールハイトはかすかに笑った。
「そんなもの、決まっている」
「あ?」
「俺がほしいものなど、この世にたったひとつしかないし、俺の渇望は、常にそのたったひとつを向いている。目の前にそれがあり、苦しんでいる。――揺らぐ暇など、あると思うのか」
「……」
 恥ずかしいくらい真っ直ぐな、こんなところだけ少年のような純粋さを残した言葉に、理晨はもう、何も言えなくなって、ヴァールハイトのスーツの袖口を掴んだ。
 ヴァールハイトがまた、密やかに笑うのが判って、嬉しいような、恥ずかしいような、幸せなような、苦しいような、そんな気持ちが心臓を満たし、理晨全体を包み込む。
 俺より十も年下のくせに生意気だ、と強がる余裕も、なかった。
「まぁ……いい、帰るか」
 誰かが、根源たる何かを解決したのだろう、いつの間にか闇は晴れ、あの狂おしい『場』は消滅していた。
 美しい、眩しいほどの星空が、頭上には広がっている。
「……うん」
 理晨は頷き、ヴァールハイトと連れ立って歩き出した。

 ――きっと、これからも、苦しみは尽きない。
 それでも、こうして差し伸べられる手があるのなら、苦しみを抱きながら生きるのも悪くない、と、思った。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。
コラボシナリオに関連するプライベートノベル、【崩壊狂詩曲・異聞】をお届けさせていただきます。

理晨さんを今なお捕らえ、彩りもする『傷』と、それすら受け入れて愛しく思うヴァールハイトさんとの、許容と赦し、互いに通う信頼と愛情を描かせていただきました。

理晨さんのそれは、弱さであると同時に自己から目を逸らさない誠実さでもあり、それと向き合って生きる限り、彼は過つことはないのだろうとも思いました。

おふたりの関係を、的確に、かつ穏やかに描写できていれば幸いです。

なお、口調や行動などでおかしな部分がございましたら、可能な範囲で訂正させていただきますのでご一報くださいませ。


それでは、素敵なオファーをどうもありがとうございました。
また、機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2008-11-30(日) 11:10
感想メールはこちらから