★ 鮮明なる思い出 ★
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
管理番号105-4787 オファー日2008-09-25(木) 18:00
オファーPC ラルス・クレメンス(cnwf9576) ムービースター 男 31歳 DP警官
<ノベル>

 黒髪の女とすれ違い、不意にラルス・クレメンスは振り返る。
(あんな感じでしたっけ)
 すれ違った女は、振り返るラルスに気付く事無く、颯爽と歩いていく。さらさらと揺れる黒い長髪が、太陽の光を反射して光っている。
 ラルスは進行方向に体を戻し、再び歩き始める。
(あの日も、こんな風に良い天気でしたね)
 そっと口元を、綻ばせつつ。


 ラルスがまだ、12歳だった頃。彼は占術師ミアの用心棒として旅をしていた。奴隷に近い、富豪の愛人だったミアは、占術師・霊能者としての名を上げた。そうして、ラルスを連れて世界を回るようになった。
 黒髪青目を持つ、見た目の美しさも手伝い、ミアは有名な霊能力者として有名になっていった。行く先々でミアは人を集め、料金と引き換えに霊能力を発揮したり、占いをしたりした。
 ただし、ミアは仕事以外の事はほぼ何もしないといってよかった。訪れた先での宿泊する場所を決めるのも、生活する上で必要な買い物をするのも、三食の料理をするのも、毎日着ている服を洗濯するのも。ミアは何もしない。それは、用心棒という肩書きのはずのラルスの役目であった。
「俺、用心棒だよな?」
 ラルスがそんな言葉を漏らしたのは、治安があまり良くない国で、短い間家を借りて住んでいた時期の、昼下がりだった。
「ええ、用心棒よ」
 にこやかに、ミアは答える。ミアの目の前には湯気が立ち昇るパスタの皿がある。とろりと絡められたパスタソースは、ミートソース。もちろん、ラルスのお手製だ。
「なら、何で俺はこうしてお前の飯を作っているんだ?」
「あら、ちゃんと用心棒のお仕事もしたじゃない。昨日なんて、素敵な立ち回りだったわ」
 ミアはそう言いながら、フォークを手に取る。
「ああ、そうだな。お前がいきなり霊能力で探し物を当てて見せるとか言い出して、硝子玉を通行人に向かって投げつけたからな」
「投げつけたんじゃないわ。手が滑ったのよ。そのお陰で、用心棒としての仕事が出来てよかったじゃない」
 ミアはそう言いながらパスタを口に運ぶ。「あら、ちょっとチーズが足りないんじゃない?」
 ラルスは「あのな」と言いながら、ふるふると拳を握り締める。
「いい加減、その霊能力とかいうのも止めろよ。ミアには、霊能力なんてないんだからな」
「嫌よ、今更。霊能力は、止めないわ」
 ミアには霊能力はない。あるのは、人より鋭い観察力と、人より速い頭の回転だ。
 超能力が認められつつある世で、ミアはそれらを生かして霊能力があるかのように演じているのだ。
「占いはともかく、霊能力はやばいだろうが。そのうち、変にやっかんだ奴が出てくるぞ」
「その時こそ、ラルスの出番じゃない。用心棒なんだから」
 それより、チーズは? とミアは言う。
 ラルスは「そうじゃないだろう」と、どん、と乱暴に粉チーズの入った瓶をテーブルに叩きつける。
「粉チーズ一つ、満足に自分で出せない! トラブルの原因になる霊能者をやめない! もっと、自分を見つめ直せ!」
 怒鳴られ、ミアは「何よ」と言いながら、フォークを皿の端に置く。
「なら言わせて貰うけど、ミートソースには平らな生パスタが一番合うの。でも、これはスパゲティでしょ?」
「は?」
「だから、ラルスだってちゃんと出来てないじゃないって言いたいのよ」
 ミアの主張に、ラルスは鼻で笑いながら「馬鹿らしい」と言う。
「自分でパスタ一つ茹でられないくせに、何を言い出すんだか」
「心外だわ。ラルスだって、私がいないと何も出来ないんじゃないの?」
「寧ろミアこそ、俺が居ないと何も出来ないだろうが」
 ラルスの小ばかにするような言葉に、ミアは「そんな事ないわ!」と言いながら立ち上がる。
「ラルスが居なくても、何てことないわ!」
 力強く言うミアに、ラルスは「何だと?」と言い、くるりとミアに背を向ける。
「じゃあ、勝手にしろ!」
 ラルスはそう言い放つと、駆け出してその場を後にする。ばたん、と乱暴に叩きつけられるドアの音が家中に響く。
「ふん、見てなさいよ。ラルスなんていなくても、十分何でもできるんだから」
 ミアはそう呟き、再び席についてパスタに手を出す。既に、パスタはすっかり冷め切ってしまっていた。


 ラルスに啖呵を切って、数十分後。家の中は驚くほど荒れてしまっていた。
 パスタを食べ終えたから、皿を洗おうとしたが、皿は綺麗に割れてしまった。
 それを片付けようと手で破片を取ろうとし、指先を切ってしまった。
 指先の傷を何とかしてやろうと救急箱を探し、棚の上のものを豪快にぶちまけてしまった。
 ぶちまけられた中に包帯を探し出して巻こうとしたが、上手く巻けない為に床の上を転がっていってしまった。
 仕方なく絆創膏で傷口を押さえた頃には、ミアの回りは酷い状態になってしまっていたのだった。
「……もう、嫌」
 ぽつりとミアは呟く。頭の中で、ラルスの「俺が居ないと何も出来ない」という言葉が何度も回る。
「たまたま、上手くいかなかっただけよ」
 ぽつりと呟く。そうして、ミアは立ち上がる。
「気分を変えよう」
 そう言って、ミアは外へと出かけていく。家の中の惨状は、とりあえず忘れる事にした。上手くいけば、ラルスがいるかもしれないと淡い期待をして。
 だが、外に出てもラルスは居なかった。辺りをきょろきょろと見回したが、痕跡一つ見つけられなかった。
「もう……」
 小さく呟き、ため息をつく。そして、何か買い物でもしようと、店に向かおうとしたその瞬間だった。
「……見つけたぞ」
 低い声が聞こえたかと思うと、ミアの背後に男が数人立っていた。どこかで見た顔だ。
「えっと……どなたかしら?」
「もう忘れたのか! こちとらお前のせいで、商売に失敗してしまったというのに」
 男はそう言って唸る。そういえば、とミアは思う。目の前の男に、商売についてアドバイスと言う名の占いをしてやったような気がする。
「お前についての情報を調べたぞ。そうしたら、別の街では降霊術の詐欺を行っていたそうじゃないか!」
 この詐欺師め、とミアは罵倒される。ミアは何かしらの弁明を立てようとするが、上手く言葉が出ない。
 目の前には、銃口がつきつけられていた。下手な事をいえば、容赦なく発砲されるだろう。
「お前のせいで、お前のせいで!」
 男はそういうと、すっと手を揚げる。合図だ。構えている銃を、発砲せよ、という。
 ミアは強く目を閉じる。頭の中で、ラルスの「霊能力なんてやめろ」という声がする。トラブルを巻き込むから、やめろという言葉。
 こんな時にまで、思い出すなんて。
 ミアは強く強く目を閉じたまま、自らの体に襲い掛かる銃弾を覚悟する。
――が、銃弾はミアに届く事はなかった。代わりに、ひい、という声が聞こえた。恐る恐る目を開けると、そこには獣の腕が力強くミアの前に突き出されていた。
「だから、言っただろう。やめろって」
 そう言いながら、獣の腕は手を開いてぱらぱらと銃弾を地に落とす。ミアを狙った銃弾は、全て掌に収められたのだ。
「ラルス……!」
 ミアは獣化したラルスに飛びつく。
「おい、邪魔をするな」
 ラルスはそう言いながら、ミアを引き剥がす。
「貴様、獣化能力保持者か!」
 男が一歩後ろに下がる。明らかな侮蔑の目だ。獣と同じだと、その目が物語っている。
 ラルスは牙をむき出しにし、銃を持っている男達に襲い掛かる。
「噛まれるな! 噛まれれば、感染するぞ!」
「そんな事、あるか!」
 怯えと侮蔑を併せ持つ目に睨み返しながら、ラルスは男達を蹴散らしていく。そうして、占ってやった男の前に立つ。
「お前で、最後だ」
「ま、待て! 俺はただ、そこの詐欺師を」
「黙れ。命が惜しければ、何も言わない事だな」
 じろり、と強い目線で睨みつける。男は何か言おうとしたが、その視線に射抜かれたように何度も頷いた。
 それを見ていたミアは妖艶に微笑みながら、男の前にしゃがみ込む。
「お詫びに、占いを授けるわ。今は何も生み出さないから、少し時期を待ちなさい。もう一月位すれば、いい風が吹くから」
 ミアはそう言い、すらりと立ち上がる。男は目に涙を浮かべ、もう一度深く頭をたれた。
「ラルス、来てくれたのね」
 立ち上がりながら、ミアは言う。
「俺は、ミアの用心棒だからな」
 ラルスの言葉に、ミアは「そうね」と言って微笑んだ。


 ラルスは思い出す。そこで終われば、今日まで鮮やかに残る、強烈な印象としての思い出にはならなかっただろう。
 疲れて帰った家は、惨状の名に相応しい状態だった。休みを欲する体に鞭打って、なんとか家の中を片付けたのは未だに嫌な思い出として残っている。
「全く……」
 ラルスが呟いたその時、携帯電話が震えた。電話の相手を確認し、ラルスは小さな笑みをこぼしながら通話ボタンを押した。
 懐かしい思い出を話すのも、悪くないような気がした。


<今でも鮮明に思い出す惨状を話しつつ・了>

クリエイターコメント お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。
 この度はプラノベのオファーを頂きまして、有難うございました。いかがでしたでしょうか。
 過去のお話という事で、現在とは違う雰囲気になるように書かせていただきました。イメージを崩してなければ幸いです。
 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
 それでは、またお会いできるその時迄。
公開日時2008-10-07(火) 18:20
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