★ 【White Time,White Devotion】雪光にて捧ぐ ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-5642 オファー日2008-12-06(土) 23:09
オファーPC アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
ゲストPC1 ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
<ノベル>

 そっと部屋を抜け出し、アルは裏庭に面した縁側から空を見上げていた。
 ちらちらと舞い降りる雪の、やわらかな白を見詰め、小さく息を吐く。
「……ふう」
 義父とその守役の住まう古民家での、年越しパーティの最中のことだった。
 家主の人柄か、色々な人間が出入りし、いつも賑やかな古民家だが、様々な縁があって、今年は更に人数が増え、食卓は大賑わいだったし、食後の今も、明るい笑い声がここまで聞こえて来る。
 義父はそろそろ、年越し蕎麦の準備に取り掛かっていることだろう。
「……まるで、こんな時間が、こんな年が、今までずっと続いてきたような気がする」
 銀幕市に実体化して二年強が過ぎ、ままならぬ、苦しみに満ちた故郷での日々を払拭するほどに穏やかな毎日を許されて、アルの時間はその一分一秒までが満たされている。
 不自然な魔法に歪められた街では、様々な事件が、様々な騒動が、様々な哀しみが街を、市民を襲ったが、それらも、アルがアルらしく、望むように生きていられるという意味では、決して艱難辛苦ばかりではなかった。
「不思議な、ものだ」
 この二年でアルは変わった。
 劇的に、確実に、アルは成長を続けている。
 アルが変われたのも、この街のお陰、この街の人々のお陰だ。
 愛されること、必要とされることの喜びを経て、自分が愛する歓び、大切な人を守りたい幸せにしたい笑っていて欲しいと思うようになった驚きと歓喜とを、アルは噛み締め、抱き締めている。
「ルア……おまえの、お陰だ」
 今はもういない――否、実際には、アルの中で脈々と生きているのだ、『彼』は――半身、アル自身の心の闇の名を呼び、黄金へと変化した目を細める。眩しい金眼は、ふわふわと降り積もっていく雪を、羽毛のように映している。
 真っ白なものを見ると、自分を思い出して嫌だ、と思っていた頃のアルも、今はもう、遠い。
 大切な人が出来て、愛したいと思った。
 愛するためには、前へ進まなくてはならなかった。
 そのために、アルは、自分が始祖の吸血鬼となることを選び、受け入れた。
 心の闇を、そして、何よりも厭った、始祖の血を。
 ふわふわと、羽毛のような雪が降り積もる。
 純白の雪に照らされて、周囲は驚くほど明るい。そして静かだ。
 寒さを感じないのは、この古民家に、そこに存在するだけで周囲の環境を整えてしまう天人という生き物が、ふたりも住まっているからだろう。
「雪とは、美しいものだったんだな……」
 小さく呟き、空を見上げる。
 ふわりふわりと舞い降り、降り積もっていく、自ら光り輝くような純粋な白。
 自分の色がそれであるのなら、己もまた、自ら輝き、自分を愛し慈しんでくれる人々を照らし温めねばならないのだと、漠然とした決意の中で思う。
 自分はこの世界でたくさんのものをもらった。
 たくさんの愛情と善意に支えられてここまで来た。
 だとしたら、アルは、その愛情に応えなくてはならない。
 惜しみなく与えられた抱擁、大きな手、笑顔、背中を叩く手、頭を撫でる手、アルのことが好きだとか可愛いとか大切だと言ってくれる声、言葉、絆と約束、穏やかな体温。
 それら、今のアルを作ったすべてのものに、アルは報いなくてはならないのだ。
 そして、報いなくてはならない、と義務のような言葉にしながらも、アルは、恩を返せる自分、何の躊躇いもてらいもなく愛を返し、愛を注げる自分を、とても貴く喜ばしく、この上もなく幸せに思っている。
 人を思うこと、誰かを愛することがこんなに幸せで、充足をもたらしてくれるものだったなんて、と、込み上げる微笑に身を委ねたところへ、
「アル、休憩か? まぁ……大騒ぎだもんなァ」
 同映画出身の相棒、ルイス・キリングがひょっこりと顔を覗かせた。
「ルイス、お前も休憩か? らしくないな。お前のことだから倒れるまで騒ぐだろうと思っていたのに」
「お祭り騒ぎの代名詞ですみませんね!?」
 いつも通りの反応を見せるルイスにかすかな笑みを向けたあと、アルはまた、雪の舞う空を見上げる。
 夜空を覆う、分厚く重苦しい雲から、この美しい欠片が生まれるのだと思うと、少し不思議な気分だった。
 汚泥の中に蓮華が咲く、その真理なのかもしれないと思う。
 アルが静かに空を眺めるその横顔を、ルイスが凝視している。
「……どうした、ルイス」
 そのことに気づいて声をかけると、ルイスは言葉に詰まった。
「いや……その、何でも……」
「僕は変わったか、ルイス」
 誤魔化そうとするのへ、問う。
 ルイスはしばらく黙り込み、ややあって、小さく頷いた。
 頑是ない少年のような仕草だとアルは思い、そう思うようになった自分をおかしく思う。
「……色々、あったからな」
 そう言って、アルは、雪の舞う夜空の中に過去の自分たちを見透かそうとでも言うように、目を細めた。
 今日のこの日に至るまでに、たくさんのことがあった。
 いいことも、悪いことも、楽しいことも哀しいことも、背筋が凍るような恐ろしいことも、絶望も希望も渇望も。
「まずは……家族が出来たよな」
「ああ、父も祖父も兄も出来た。……得難いものだ」
「アルは恋人も出来たし?」
「ルイスには残念ながら出来なかったようだがな」
「うぉうっその返しで来るとはッ!?」
「お前は、友人とも再会しただろう」
「あー……あいつね。嬉しかったっちゃ嬉しかったけど、大変な部分の方が多かったような……オレよりトラブルメーカーってどうなんだろう、あいつ」
「ルイスの雛形のような男だな、確かに」
「まぁ、生き方の見本ってのは確かなんだけどさー」
「……あとは、お前が堕ちたこともあったっけな」
「う、その節はご迷惑をおかけしました……戻ってこられて本当によかったぜ」
「僕も、お前を殺さずに済んで本当によかったと思う」
「それから、――……ルアのこと、かな。アル、あいつは……」
「生きているとも」
「え」
「僕の中で、僕とともに、これからもずっと」
「……そっか」
 ルイスは、アルと半身がどうなったのか、具体的には知らない。
 知らないなりに、納得しているのだろうとは思う。
「もう今年も終わるんだな」
 ルイスが小さく呟き、雪に覆われつつある裏庭を見遣った。
「もうじき新しい年とは……時間の経つのは早いものだ」
「ホントに。この一年間、結構色々あったけど、何か、思い出してみれば、どれもあっという間だったな。楽しいことも、大変なことも、さ」
「ああ。来年は……どういう年になるんだろうな」
「だなぁ。オレは、楽しい一年だったらいい、って思うけど」
「まったくだ。飛躍のある、充実した一年に出来るよう、努力しなくてはな」
 希望や目標を口にしながらも、きっと同じことを考えている。
 夢の街の夢が醒める日のことを、思わずにはいられない。
 徐々に見えてきた夢の終焉、銀幕市の行く末への危惧、神々の思惑、自分たちの消滅。
 スターである自分たちの未来は決して明るくないだろう。
 アルもルイスも、自分たちがいつかは消えるのだと知りながら、後悔しないように生きられる最善の道を模索し、歩いている。歩くしかないのだと、知っている。
「最後の日、か……想像すると、物寂しいな。いつかは来るんだろうって、それは魔法が解けるとか解けないとかそんなんばっかじゃなく、生きてる限り誰にでも訪れるものなんだろうって、判ってるんだけどさ」
「ああ、そうだな。だが……決して、それを哀しみだけだとは思わない」
 アルが、本当に幸せそうに微笑むと、
「それは、どういう意味で? ……いや、訊くまでもねぇ気はすんだけど」
 ルイスが思わず聞き返す。
 アルはかすかに頷いた。
「そうだな、確かに、もう逢えなくなることは哀しい。だが……しかし、それ以上に、失って惜しいと思える人に出会えたことが嬉しいのだ」
「……それってお兄様のことだよな」
 ルイスの声が、少し尖り、彼が拗ねていることを教える。
 アルは苦笑した。
 始祖にされたアルと、始祖と人間の混血であるルイス。
 ふたりを繋ぐ始祖の血は、同じものだ。
 血の繋がりはまったくないふたりだが、それゆえ、吸血鬼としては、ふたりは兄弟に相当する。
 アルが兄で、ルイスが弟。
 今までは仄かに関連を疑うことはあっても、成長を止めた心のままではその事実すら受け入れられずにいたが、半身と融合を果たし、始祖吸血鬼としての道を歩み始めたアルには、そのことが実感を伴って認識出来るようになった。
 ルイスが、もっと前から、アルを兄として認識し、彼がアルの幸せをずっと願っていてくれたことも。
「……拗ねるな、馬鹿者」
 アルはルイスの首を捻れるくらいの勢いで自分に向ける。
 ゴキンという鈍い音がしたが、うごふなどという呻き声が聞こえたが、気にはしていない。
「お前は僕の弟だ」
 真摯にルイスの目を見つめ、厳かに宣言する。
「ぅえ、いや、あの……」
「僕には大切な人がいる。大切にしなくてはならない家族がある」
「ん、ああ、判って、」
「だが、同時に、僕にはお前も大切だ、ルイス」
「……ッ」
「手のかかる、馬鹿で間抜けでどうしようもなく駄目な、誰よりも今を真剣に生きようと足掻く大切な弟、それがお前だ。他の誰がどう言おうと構わない。僕はいつでもルイスを認めるし、その生き様を褒めてやる」
「いやあの、ええと、その……」
 しどろもどろになったルイスが、青い視線をあちこちに彷徨わせる。
 ルイスは今まで、アルの幸せを祈り、そのためにたくさんの手助けをしてくれた。不甲斐ない兄を慕い、支えて、今日のこの日まで導いてくれた。
 だからこそ、アルは、ルイスに幸せになってほしい。
 そのために、どんなことであっても、それがルイスの選択であるならば、受け入れ、認め、褒めて慈しもうと思う。
 そしてそれこそが、自分に出来るルイスへの最大限のお返しだろうとアルは思う。

「幸せになれ、ルイス。僕は何があっても決してお前を見捨てたりはしない、そう誓おう。だから、何も心配せず、幸せになれ」
 荘厳に、真摯に誓い、告げて、硬直しているルイスの額に、自分のそれをコツンと触れ合わせる。
「……戻ろうか。そろそろ、年越し蕎麦が出来るころだから、配膳を手伝わないと」
 手を離し、顔を離してアルは言う。
 格好よく宣言してみたが、思い返してみれば、照れ臭く恥ずかしく、アルは耳の先まで赤くなっていた。
 同時に、
「……ちくしょ、なんか……」
 口元を覆ってつぶやくルイスの顔も、月明かりでも判るほど真っ赤だ。
「嬉しいけど、恥ずかしいし、甘えてみてぇって気もするけどいい年こいてみっともねぇような気もするし、アルが成長したのは誇らしい気もするけど置いてかれたみてぇで寂しい気もするし、なんて言ったらいいのか判んねぇ……ああくそ、調子狂う……」
 ぼそぼそとこぼす声は、実はアルにはすべて聞こえていたが、彼はそれが耳には届かなかったふりをした。
「でも……」
 もう少し、慣れるまでは今までどおりに振る舞おう、もう少し兄と弟というだけでなく、気心の知れた相棒としての関係も続けよう、そう思いつつ、
「なんだろ、これって……贅沢な悩み、だよなぁ……」
 嬉しそうな、幸せそうな、少年のように可愛いルイスを、もう少しコッソリ見ていたいと、そんな風にも思うアルだった。

 ――古民家の厨からは、出汁のいい匂いが漂い始めている。
 新しい年は、もう、すぐそこだ。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!
幸せな年末年始を描くプライベートノベル群、【White Time,White Devotion】をお届けいたします。

始祖の血を受け入れたことで成長され、始祖として『兄』として歩み始めたアルさんと、そんなおにいちゃんの成長が眩しくて仕方ない、普段とは打って変わって可愛いルイスさんとの、気恥ずかしく照れ臭くむず痒い、でも幸せで胸が温かい、そんな一時を書かせていただきました。

おふたりとは長いおつきあいで、とてもお世話になっておりますので、記録者としても、おふたりの成長、関係の進展に、安堵の呼吸を漏らさずにはいられない次第です。

お互いがお互いを大切でたまらないという思いが、最後の瞬間までおふたりを幸せにし、強くするよう、記録者は祈ってやみません。

素敵な、心温まるお話を書かせてくださって、どうもありがとうございました!


なお、言動などでおかしな部分などがありましたら、可能な範囲で訂正させていただきますので、どうぞお気軽に仰ってくださいませ。

それでは、またの機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2009-01-06(火) 19:50
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