★ 春な忘れそ ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-6697 オファー日2009-02-16(月) 23:47
オファーPC エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
<ノベル>

 早咲きの梅花が、満開を迎える季節である。
 ここ、『銀幕ふれあい通り』商店街――下町の朗らかさと人情、そして無国籍の混沌が独特の情緒を醸し出している一角にも、爽やかな甘酸っぱい香気が満ちている。
 しかし、一見したところでは、通り沿いに梅の木は見あたらない。この良い香りはどこからするのだろうと足を止め、周りを見回してみたものだけが、とある店舗の庭先に植えられた八重咲きのしだれ紅梅が、細くやさしい枝を風に揺らしているのを見つけることができる。
 角のスーパーまるぎんから数えて五軒め、明治時代に建築された民家を活用した茶葉専門店である。大通りに面してはいるのだが庭が広いので、やや奥まった店構えとなっている。ひっそりした佇まいゆえに営業店とは思わずに、外観の美しさだけを鑑賞して通り過ぎる人も多い。
 上品な老婦人が切り盛りしているその店を、正式な店名は別にあるにも関わらず、古くからの顧客たちは親しみを込めて『お茶屋さん』と呼ぶ。昔の農家ふうの趣ある土間、壁は漆喰、磨き込まれたアカガシの大黒柱、床はけやき板。張り出した軒先の下には、居心地のいい縁側が広がっている。 
 店主の名は、幸知子さんという。
 夫を亡くして以来、仕入から販売に至るまで、彼女がひとりで行っている。
『お茶屋さん』は、ご近所のご老体たちが集っては囲碁や将棋などを楽しむ、のんびりした社交場でもあった。

 ――さて。
 見かけは美形騎士。中身は「おじいやん」。
 個性派揃いの銀幕市民の中でも、かなりアバンギャルドなキャラクターを有する我らがエンリオウ・イーブンシェンは、お手伝い兼用心棒兼友人として、お茶屋さんの二階に下宿している。
 のほほんまったりな彼の性格からして、ここの下宿人として最適というか何というか、エンリさんて銀幕市に魔法が掛かる前からいませんでしたっけというか何十年も前からここに住んでますよねというか幸知子さんとは前世から茶飲み友達でしたよねというか、まあそんな錯覚を与えるような根付きっぷり溶け込みぶりで、近隣のご老人の人生相談に乗ったり(と言ってもエンリさんが相槌打ってるだけで相談者が自己解決)、やんちゃでしたたかな子どもたちにお小遣いを巻き上げられたり(といっても一袋398円、まるぎんの特売だと半額で買えるコイン型チョコレートキャンディ程度)、突如巻き込まれた難事件を魔法で解決(水道工事の予告を見逃して断水で困ってた喫茶店マスターに天然水を供給)したり、腕自慢のご老人の将棋や囲碁などの相手を(この界隈で一番将棋が上手なのは、昨年のアマチュア竜王戦でベスト4に入ったゴクウじいちゃん、囲碁ではアマチュア7段の腕前を誇るケンシロウじいちゃんなどだが、エンリさんかなり上達したので最近ではそういったトップクラスのゲーマーを凌駕するほどである。危うしゴクウ&ケンシロウ)したりなど、日の出から日の入りまでをそんなこんなで恙なく暮らしており――

  * * *
 
 昨日までのみぞれまじりの天候とはうって変わった、あたたかな陽気の朝だった。
 開店準備と品出しを終えたエンリオウが縁側に腰を下ろす。庭先のしだれ梅が揺れ、ふわりと梅香が漂った。
「ごくろうさま。少し、ゆっくりなさってくださいな。ケンシロウさんからいいお茶菓子をいただいたのよ」 
 紬の着物に襷がけをした幸知子さんが、お盆に和菓子と湯呑みを乗せて差し出してくれる。
 お茶請けの和菓子は『梅絹(うめぎぬ)』。紅梅酒と白梅酒を使って練り上げたのし梅である。絹の手ざわりを思わせるなめらかさと、口にひろがる香気。抑制の利いた甘みも品がいい。素朴な萩焼の湯呑みからは、香ばしい茎茶が湯気を立てている。
「……おや。茶柱だ。縁起が良いねぇ」
 湯呑みを覗き込み、エンリオウは微笑む。
 この世界に相当適応していなければ出てこない発言である。幸知子さんは和服の袂に手を当てた。
「うふふ、ありがたいこと。貴方はそう仰ってくださると思ったわ。茶柱が立つようなお茶は良くないお茶だなんて、意固地なひとは云いますもの」
「そうなのかい? だって、幸知子さんのお茶はどれも美味しいよー?」
「お茶屋さんが、良くないお茶を出せるわけないじゃありませんか。ただ……、これは玉露から選別した茎茶ですけれども、いわゆる茶柱という現象が起こるのは、二番茶ということになってますの」
「二番茶?」
「そこまではまだ、ご存じないのね」
 くすくすと幸知子さんは笑う。おっとりと穏やかで、気品のある笑顔の持ち主だが、なかなかどうして芯の強い、気丈な女性でもある。エンリオウも、今までに何度もやりこめられているほどだ。
「優しくて素直なエンリさんに、ひとつ、海千山千の商売人の知恵をお教えしましょう」
 エンリオウの手元の茶柱を眺めながら、幸知子さんは言う。
「どうして、茶柱が立つと縁起が良いんだと思います?」
「さあ……? 滅多にないことだからなんじゃないの?」
「それもありますけれどね。……実はこれは、駿河商人の販売戦略でしたのよ」
「ふぅん……?」
「玉露は、お茶の木の新芽を摘んで作るでしょう? これが一番茶。次に出た芽で作るのが二番茶。そして二番茶は、葉だけでなく茎までも混ざってしまう――店頭で売り出したとき、どういうことになるか、わかります? 一目で品質の違いが明らかなんですよ」
「んー。みんな一番茶ばかり買っちゃう、かな……?」
「そのとおりですわ。一番茶ばかりが先に売れ、二番茶は売れ残ってしまう。それに困った駿河商人は一計を案じたのです。二番茶に茎が混ざっていることを逆手にとった。すなわち、『茶柱が立つと縁起がいい』と」
「ほうー」
「おかげで二番茶が飛ぶように売れるようになりましたの。もともと安価で買いやすかったこともあります。広告展開の勝利ですわね」
「そうなんだねー」
 ゆっくりゆっくり相槌を打っていたエンリオウは、しかし駿河商人の商売っ気に感嘆はしたが、そのしたたかさを否定はしなかった。
「そう聞いてもやっぱり、茶柱が立つと縁起がいい気がするなぁー。だって結局、お茶が売れて商人さんもうれしくて、買った人たちも楽しくお茶が飲めて、不幸になったひとっていないからねー」
「エンリさんならではの、すてきな発想ですわね」
 にこやかに頷いた幸知子さんも、縁側に腰を下ろした。
 自分用の湯呑みに、急須から茎茶を注ぐ。

 ――…ぽ。

 またも茶柱が立ち、エンリと幸知子さんは、顔を見合わせて笑う。
「ほら、縁起がいい」
「そうですね。いい一日になりそうですわ」

  * * *

「もう10時半だねぇ」
「あらほんと」
 他愛もない話をのんびり交わしながら、のし梅を食べ終わったふたりの耳に、馴染み深いBGMが聞こえてきた。
 スーパー『まるぎん』タイムセール開始時の合図である。
 軒先から身を乗り出せば、いざ、今日の特売商品をゲットするべく、ずどどどどどどーと押し寄せてくる銀幕市素敵な奥様ズが巻き起こす土埃が目に入る。
 だが、これもいつものこと。
 エンリオウも幸知子さんも、お茶をもう一杯飲んでから、ようやく湯呑みを置いた。
「エンリさんは、これからお出かけになる?」
「うん」
 お出かけ――つまりは、のんびり銀幕市散歩。それがエンリオウの日課なのだ。
 途中でなにがしかの事件に遭遇し、解決の手助けをすることも多々あるけれど、そこらへんはあくまでも不測の事態であって。
 何事もなければ、単なるひとり歩きである。
「そうだなぁ。塩味のポップコーンがほしいんだけど、『ジェノサイド・ヒル』のワゴンは今日はどの辺かなぁ……。カフェ・スキャンダルで一休みして……、『名画座』で一休みして、それから『楽園』で一休みして……」
 一休みのオンパレードも、これまたいつものことである。
 にこにこ頷いた幸知子さんは、
「もし、お荷物がなければ、帰りに『まるぎん』で、お醤油を買ってきてくださるとうれしいのですけれど」
 と、頼み事をした。
「わかった。まかせて」
「……覚えていたらで、よろしいですわ」
 そう念を押したのは、エンリさんてば、まるっと忘れちゃうケースが多いからであった。

  * * *

 そして、春の陽が傾きかけるころ――
 お茶屋さんの庭先に、珍しい客が訪れた。

 三毛の子猫である。名前は『まぁ』。
 子猫が、正義の味方属性のムービースターだということを、何度か見かけたことのある幸知子さんは知っている。それについては驚かなかったが、しかし。

   ずずーーっ、ずずずーーーっ。
   うんしょ、こらしょ。

 目を見張ったのは、子猫がバスタードソードを引きずっていたからだ。
 それも、エンリオウの魔法剣「ウンディーネ」を。
「んにゃああ〜〜。にゃあぁ〜(訳:ふぅううう、やっと着いたぁ。重かったぁ。こんにちはぁ、幸知子ちゃん〜〜〜。エンリちゃんいるぅ?)」
「あらあら、まぁちゃん。いらっしゃい。エンリさんは、まだお散歩から戻ってきてないんだけど――どうしたの、その剣」
「んにゃああ。にゃああう(訳:それがねぇ、エンリちゃんがねー、ポップコーン買ったときにワゴン脇に忘れてったんだって。でね、少尉から頼まれたの。『邪魔だ。返しとけ』って)」
「あらあ。大事なウンディーネさんをお忘れになるなんて」
 幸知子さんが頬に手を当てた、そのとき。
 ウンディーネも腹に据えかねたらしい。
 魔剣はゆるりと青い水を生み、水は美女のすがたを取った。
(まったくですわ。冗談じゃありませんわ。塩味ポップコーンに気を取られて剣を忘れるなんて、騎士としてちょっとどうかと思いますわ! 幸知子さんからもまぁさんからも、あのおじいやんに何か言ってやってくださいまし!)

  * * *

 美女3名がとっちめてくれようと待ちかまえる中、エンリオウは『楽園』の新作タルトをお土産に、呑気に帰ってきた。
「あれ〜? ようこそ、まぁちゃん。……ん……? いたの、ウンディーネ」
(いたの、じゃありません!)
「よかったよかった。どこに置いたかな〜って思ってたんだ」
(まさか、忘れたことにも気づいてなかったんじゃないでしょうね……?)
「……んーー」
(やっぱり。わたしにも魔剣としてのアイデンティティがありますのよ。わたしを手放すのは<水の聖域>に返してくださるとき。それが筋ではありませんか!)
「親切な子猫ちゃんが届けてくれたんだから、いいじゃないか」
(そういう問題じゃありませんわ。ポップコーンワゴンのそばに立てかけられていたおかげで、すっかり香ばしい匂いが染みついてしまいましたのよ。全身、美味しそうな塩味ですわ。どうしてくださるの!)
「ああ本当だ。何だかお腹が空く匂いだねぇ〜」
 のほほんと笑うエンリオウにつられて、幸知子さんが取りなしに入る。
「まあまあ、ウンディーネさん。貴女がエンリさんをお慕いしてらっしゃるのはよくわかりますわ。片時も離れたくないほどに――そんな貴女に飛梅の故事をご紹介しましょうね」
 少々苦しい話のそらしかたをしたのは、しだれ梅が視界に入ったからだ。
(飛梅……? 梅が、飛ぶのですか、この世界では)
「伝説ですわ。むかし、菅原道真という、学者であり政治家でもあるかたが、無実の罪で京を追われ、遠い地に左遷されましてね。彼はこよなく梅を愛していて、邸内にはたくさんの梅の木が植えられていたそうです。そのうちの一本が、あるじを追って、一夜で左遷先へと飛んだそうですの」
(……それは、とても美しいお話ですけれど……)
 しかしウンディーネは、釈然としない顔だ。
(あるじを甘やかしすぎではないのかしら……? わたしだったら、あるじが迎えに来てくれるまで待っていますけれど……)
「あらでも、こうは考えられないかしら? 道真さんが現地の梅に気を取られ、自分を忘れてしまう前に行動を起こしたと」
(そうですわね……。罠に落ちて無実の罪を着せられるということは、良く言えばひとの良い、悪く言えば脇の甘いうっかりもののあるじですものね。ぼーっと過ごすうちに忘れ去られてしまうよりは……、だけど……)
 エンリオウそっちのけで、ウンディーネは考え込む。


  東風(こち)ふかば 匂ひおこせよ梅の花
  あるじなしとて 春な忘れそ

                ――菅原道真


 ちなみに。
 幸知子さんから頼まれたお醤油は、しっかりきっぱり、忘れたらしい。


 ――Fin.

クリエイターコメントこのたびは、素敵オファーをありがとうございました〜!
エンリオウさまの一日は、さりげなくもエピソード満載で、全てをきっちり書き起こしますとほのぼの大長編スペクタクルになりますね。 
記録者、ダイジェストでお送りしましたが、ウンディーネさんの性格が捏造気味というか、神無月風味過ぎるキャラクターになっており申し訳な……(小声)。
公開日時2009-03-09(月) 23:10
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