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<ノベル>
私は記録者である。よって名は秘す。
……それにしても。
桜の季節だというのに、今日は何やら蒸し暑い。花冷え、とかいう美しい言葉はどこ行った。
ただでさえ、黒ショールの真知子巻きやらサングラスやら黒コートやらなファッションだと道行く人々に生暖かい目で見られてしまうというのに、だらだら汗流しながら物陰から誰かをつけ回していた日には通報確実の完璧な不審者ではないか。
うっかり銀幕署に拘束されても、私の日頃の行いが行いだからして、絶対、編集長は身元保証人になってくれないし、同僚の記録者さんたちも他人のふりするんだきっと。捨てないでえぇ〜。
しかーし!
それでも私は往く。往かねばならぬッ。
なぜならば目の前を、薄野鎮くん21歳童顔女顔が歩いているからである。記録者として後を追わずにいられようか。
たとえ、私とすれ違う皆さんが、ずざざざざっと音を立てて後ずさりしていくとしても!
ご存じのかたも多かろうが、薄野くんは『対策課』から依頼を受ける度、女装して案件に対処してきた。
その方がベターだろうという総合判断によるものなので、本人の意志なんぞは二の次である。そして実際、女性の姿で現場に臨み事件に挑んだときの効果は絶大だったのだ。
そして私立大学の男子学生は、本人のあずかり知らぬところで、『注目の若手女優』『女装のエキスパート』等の称号を得てしまったらしい。依頼に応じる際には、女物の衣装が入った『謎の紙袋』を渡されるのが定番になっているとも聞く。
そんな薄野くんのウワサは『楽園』方面からも聞き及んでおり、前々から是非記事にしたいと思っていたのだが、なかなか機会に恵まれなかったのである。
うん、そりゃあね、薄野家の前に24時間張り込んでさ、出入りする皆々様に思いのたけをぶつけて取材のお願いをするという強硬手段も執れなくはなかったんですけどね。でも、愛の押し売りが過ぎて薄野くんに嫌われてしまっては本末転倒じゃないですか。だから自粛してたの。褒めて?
……銀幕市のどこからも褒め言葉が聞こえないまま、そんなこんなの紆余曲折を経て、今。
偶然にも、彼と遭遇することができたのだ。ばんざーい!
ちなみにここはアップタウン。庶民な私にはちと敷居が高い、綺羅星ビバリーヒルズのロデオドライブ風ショッピングモールのほど近く。瀟洒なレストランが点在する地域である。
薄野くんはたった今、私の前を通り過ぎ、レストラン『サザンクロス』に入っていった。
『サザンクロス』は、さまざまな地場野菜や山菜、ジビエを素材として組まれたメニューの洗練ぶりに定評がある店だ。
その日の仕入状況によりメニューは変動する。中でも、山菜料理が好きな市長のために考案された『春の森のパスタ』と『春の森のサラダ』は、口コミで評判が伝わったのと、素材が手に入る季節が限られているというレア感もあって、滅多にお目にかかれない幻のメニューとなっている。
また、歴代シェフの腕の良さでも知られているようだ。以前ここに勤めていた本田シェフが、銀幕ベイサイドホテルの総料理長となったのは、店を訪れた支配人に見いだされ是非にと請われたのがきっかけであった。
本田シェフから引き継ぎを受け、現在、店の中心となっているのは工藤シェフである。
彼が得意としているのはイタリアンなのだが、実はパティシエ&ショコラティエとしてのほうが有名だ。あるファッション雑誌で、テイクアウト用の絶品シュークリームが紹介されたところ大変な反響を呼び、開店前に行列が出来るほどの人気ぶりである。
しかしながら若きシェフは、シュークリームばかりが売り切れになってしまうのもバランスが悪いと考えたらしい。
サザンクロスはこのたび、期間限定ながらアフタヌーン・スイーツバイキングに踏み切ったのだ。
パティシエ工藤が、腕によりをかけた各種新作スイーツが一定料金で食べ放題という太っ腹企画である。
――そして当然ながら、薄野くんの目的も、それなわけで。
*** 〜 *** 〜 ***
うっとりする甘い香りが、店内いっぱいに立ちこめている。
銀のワゴンに乗せて運ばれてくるのは、宝石で作った小さな花束のようなスイーツ。
コーヒーリキュールを染みこませたスポンジに、ホワイトコーヒークリームを巻き込んだカフェロールケーキ。チョ
コレートガナッシュのアップルパイ。レモングラスのシロップにひたしたサバラン。グレープフルーツと桃の2色ムース。色とりどりの野いちごを散らしたクレームブリュレ。クラッシュした和栗を練りこんだ、甘さ控えめのモンブラン。マーブルチョコレートで作った容器に入れたフレッシュチーズのムース。シナモンとダークチェリーとオレンジカスタードのタルト。ぱりっと薄いホワイトチョコと各種ベリーを乗せたコンポート。薔薇のバタークリームをサンドしたマカロン。
クレープは注文の度に焼いてくれる。グラン・マルニエとカラメル入りのチョコレートソースをたっぷりかけるも良し、好みのフルーツジェラートを添えて食べるのも良し。
……ううむ。
店の隅っこに陣取り、私も注文しつつ、クレープがつがつ食べつつ、やだ何どれもこれも超美味ッ、とか言いつつも、思う。
――やりすぎだ、工藤(呼び捨て)。
その意気やよしとは思うが、まだまだ青い。銀幕市民のスイーツにかける情熱と胃袋を甘く見ている。
こんなことでは、ベイサイドホテルイベントの食べ放題スペシャルランチに厨房瞬殺されててんてこ舞いになり、ホテルスタッフと手と取り合って泣いてる総料理長と同じ目に遭うぞ。
それに。
私が密かに得た情報によれば、どうやらベイサイドホテルの支配人は、もっと厨房を充実させ、総料理長の激務を和らげるべく、工藤シェフをも引っこ抜くつもりらしいのだ。
しかしサザンクロス側としては、本田シェフを持っていかれたときも相当な痛手であったのに、その穴を埋めてくれた工藤シェフをも奪われてしまってはレストラン経営に支障が出ようというもの。支配人の野望を阻むべく、水面下ではシビアな大人同士のビジネスバトルが繰り広げられているのである。
それはさておき、薄野くん。
その食べっぷりたるや、すさまじい。
「すみませーん、カフェロールケーキとアップルパイ、ふたつ追加で!」
「かしこまりました」
「あ、サバランと2色ムースも」
「はい」
「あとクレームブリュレとモンブランとチーズムースとタルトとコンポートとマカロンもお願いします」
「……はっ、はい。つまり全種類ですね」
「クレープも焼いてください。添えるジェラートはマンゴーと完熟メロンと朝摘み苺とロイヤルショコラの盛り合わせで」
「盛り合わせで?」
「盛り合わせで!」
そのたびに、ウエイターは厨房とフロアを必死に往復し、銀のワゴンの回転率もめまぐるしかったが。
……そうこうするうちに……。
厨房から……。
複数のすすり泣きが聞こえてきて……。
やがて。
げっそりやつれた工藤シェフが、焼きたてクレープを自ら運んできた。
「ご贔屓くださいましてありがとうございます。急な企画でしたが、おかげさまで大変なご好評をいただき、感謝にたえません。…………それで、………その、まことに申し訳ありませんが……、お客様。これが最後のクレープとなりました。どうか、お許しのほどを………」
……まあ、工藤シェフにも良い勉強になったであろう。
将来、ベイサイドホテルの厨房で同じ目に遭うかもしれないから、予行演習ってことで。
*** 〜 *** 〜 ***
スイーツを心ゆくまで食べまくったあげく、お土産に絶品シュークリームまでもらって大満足の薄野くんは、上機嫌で店を出た。
見失ってはならじと、私も電信柱の影から影へ身を潜ませ、後を追う。
――っと。
「ねえ、君。ちょっと待って」
青年がひとり、薄野くんに走り寄ってきた。おとなしげな印象である。サザンクロスのスイーツバイキングには男性客もたくさん来ており、彼も先ほどまでは店内にいたはずだ。
「何か?」
「いや……、その……」
振り返った薄野くんと目が合ったとたん、青年はどぎまぎしたふうに口ごもった。
ぽつんとひとりでスイーツを食べていたこの青年が、自分の注文もそっちのけで、薄野くんのほうばっかりちらちら意識してたのを私は知っている。
そんな男性客は、実は他にも多数いた。無理もないが皆さん、薄野くんのことをすっかり綺麗な女性だと思い込んでて、まずその容姿に胸ときめかせ、さらにその食べっぷりに驚嘆してフォーリンラブ★になっちゃったぽいことが伝わってきた。
「……よく、あの店に来るの?」
「ときどき」
「……こんど、いつ、来る?」
「さあ?」
ちょー、お兄さん、こっちまで甘酸っぱくなってくるからやめてー!
記録者思わず道端で首筋かきむしっちゃう。真知子巻きの上からんなことするの大変だけど。
――とかやってる間に。
「いっやあ、惚れ惚れしちゃったよ。甘いもの、好きなんだ?」
「抜け駆けすんなよー! 俺も彼女と話したいよ」
なんと。
別口のお兄さんが、ふたりも追加で登場しやがった。
「ちょーっと待った! 僕が先だ」
「どけよおまえら。彼女ー、名前、教えてくれないかな?」
……さらに追加でふたり。
「品切れで残念だったね。食べたりないんだったら、別の店に行こうか?」
「スイーツはもういいよな? それよりお茶しようぜ」
さらにふたり。ってことは計7人。ひゅう。すごい実力。
で。
わらわら寄ってきた7人の殿方は、誰が先にこの美人さんをナンパするか、しばし路上でひと揉めしていたが、
「道を空けてくれない? 帰りたいんで」
愛しい美人さんの殺気のこもった眼光により、哀れ全員、退けられたのだった。
*** 〜 *** 〜 ***
(ふむふむ、これは小ネタとして使えそう)
電信柱を背に、まるぎんのチラシを4つ折にして切って片端をホッチキスで止めた地球にもお財布にも優しい手作りメモを広げ、書き込んでいたときである。
「記録者さん」
「何よ、私今忙し……うひぃ、う、薄野くん……!?」
なんてことでしょう。薄野くんからお声が掛かってしまったぞなもし。
「忙しそうだね」
「や、忙しいようなそうでもないようなだけど、わ、私にご用かしらあぁ〜〜?」
まさか話しかけてもらえる日が来ようとは夢にも思わなかったので、思わず声を上ずらせる。
どうやら薄野くん、記録者がずっと後つけてたことに最初っから気づいてたっぽい。やるなおぬし。
「もしヒマだったら、うちに遊びに来てほしいなって思ったんだけど」
「うちっ? うちって薄野くんち? たくさんムービースターがいて誰から取材していいか迷いまくる記録者垂涎の薄野家にッ?」
「うん、みんな記録者さんに会いたいみたいで。外出してる居候もいるから――今はええと、小暮八雲と千曲仙蔵と神撫手早雪とメフィウス・カルバレノの4人かな」
んまあ。
まあまあまあ!
記録者、がばっと取材メモを確認する。どなたもロックオン中の人材だったからだ。
【小暮八雲氏に関する詳細情報】
高い身体能力と動体視力、優れた反射神経を持つ一流の殺し屋。鍛えた肉体とナイフを使った肉弾戦を得意としている。暗殺者の組織同士の抗争を描いたアクション映画『銃の見た夢』から実体化したムービースター。薄野くんが入れてくれるコーヒーがお気に入り。
ところで薄野くんて、八雲さんの殺し屋としての師匠だった女性に瓜ふたつなんだよね。
そんで薄野くんてば、それわかったうえで師匠の仕草や口調を再現するソフトSプレイがマイブームなんだよね?
で、八雲さんはすっかり翻弄されてて薄野くんに頭上がらないんだよね?
ん? 記録者の認識、どっか間違ってる?
【千曲仙蔵氏に関する詳細情報】
『忍の隠れ里』に登場する忍者。隠れ里の忍をまとめる重鎮の1人。里で内紛が起きたため、仲間と故郷を失い各地を放浪。里のことを恋しく思いながらも、自らが心から仕えることの出来る主君を1人で探し続けている。お茶の淹れ方にこだわりあり。薄野家のお茶は仙蔵さんが淹れてる模様。
薄野くんと主従関係にあるわけじゃないけど、薄野くんが八雲さんをからかう際には完全に薄野くんの味方に回ってるあたり、いいひとだよね。
ところで『楽園』で仙子ちゃんになったのって、あれ、薄野くんのたくらみじゃなかったっけ? そこんとこどうなの? あのときのダメージ、克服できた??
【神撫手早雪氏に関する詳細情報】
劇場公開アニメ『優しい死神』の主人公。際限なく魂を喰い続ける神が自らを封印し隠し通すために作り出した、人間としての仮の人格「番人」。魔力や呪に対しては絶対的な強さを発揮する。常に笑顔でニコニコ。常におなかがすいている。死の気配や魔力に敏感で、呪いや魔力を“美味しそうな気配”として認識。
生活力皆無。常に誰かに世話をしてもらわなければ生きていけない――って、あらやだ、記録者、噴いた鼻血でメモの先が読めないわ。だって外見年齢18歳の銀髪の美少年っすよ。誰かの庇護を受けて生活なんて、そんな耽美で危険な……と思ったけど、他記録者さんの記事を拝読した限りではほのぼの健全な日常生活でひと安心。薄野くんの人徳(?)ね。
【メフィウス・カルバレノ氏に関する詳細情報】
中世の西洋をモチーフにファンタジーの要素を加えたアニメ映画『黒魔術師の執事』から実体化した、とある黒魔術師に仕える執事。主人の身の回りの世話から、秘書業務、料理、給仕、食器や酒類の管理、部下の監督、武術、魔術、庭の手入れ等なんでもござれ。実はかなり名の知れた魔術師であるようなないような。
………正真正銘、完全無欠の執事さんだッーーー!!! これぞ女の子の夢ーーーー!!!(記録者興奮のあまり大絶叫)
それも62歳ですよ62歳。やはり執事は年齢を重ねませんとね。いえ、若いイケメン執事もそれはそれで良いですがげほんごほん。
ところで銀幕市って、執事人口少ない気がする。記録者が調べた限りでは(頼まれもしないのに調べてみました。見落としがあったらごめんなさい)メフィウスさん以外にはムービースターの執事さんがひとり、ムービーファンの執事見習いの学生さんがひとり、だったような。
こここ、このひとたちと会えちゃうわけ? 千載一遇の大チャーンス!
これをものにしなければ記録者がすたる。
武者震いしながらメモをガン見している記録者に、薄野くんは優しい仕草で小首を傾げる。
「だけど、お仕事が忙しいようだったら迷惑かな……」
「いえっ! ヒマですヒマです超ヒマです空中2回転半捻りイナバウアーしちゃうくらいヒマですとも、ええ! さあ行きましょう急ぎましょう、八雲さんと仙蔵さんと早雪くんとメフィウスさんが待つスイートホームへいざ!」
「じゃあさっそく、おもてなしの準備をしなくちゃですね。メフィウスに連絡しておきます」
鼻息荒く歩き出した私をしばし押しとどめ、薄野くんは携帯を取り出した。メフィウスさんらしき相手に、何かを小声で指示している。
……ものっそ、イイ笑顔で。
(ってことはメフィウスさんがお出迎えしてくれるの……? わーお。どうしましょう!)
――お帰りなさいませ、無名のお嬢様。いつもお仕事お疲れ様です。本日のディナーは天然真鯛の香り蒸し、根セロリとトリュフのソースを添えてご用意してございますが、お食事前に富士桜高原麦酒の限定ビール『デュンケルヴァイツェン』を、大ジョッキにて如何でしょう?
とか何とか言ってくれちゃったりして。きゃー。いや、真のお嬢様はご帰宅早々、地ビールを大ジョッキで飲んだりしないとは思いますけどね。
もーすっかり私の目には、お花とハートとお星様が乱れ飛んでいる。
妄想大爆発の記録者であったが、後で思うに、実は、これでもかなり控えめだったのだ。
薄野くんがすげぇイイ笑顔だった意味に気づかないあたり、記録者、まだまだウブだと言えよう。
だって薄野家では、想像を絶するめくるめく光景が待ちかまえていたのですもの……――!
*** 〜 *** 〜 ***
えーと。
私の記憶が確かなら、銀幕市にノイシュヴァンシュタイン城はなかったはずである。
銀幕市に魔法が掛かった年のクリスマス、銀幕市自然公園内に出現したムービーハザード『忘却の森』の『封印の城』が、建物としては近いかもしれないが、あのハザードはとっくに消えてしまったわけで。
しかし、今。
目の前にどどーんとそびえる美しい城は、どっからどうみてもノイシュヴァンシュタイン城。
芸術を偏愛したバイエルン王、ルートヴィヒ2世が予算つぎ込んで趣味に走っ、もとい、その理想を追求した『夢の城』である。
しかも、城の前には。
なにやら素敵げなコスチュームに身を包んだ殿方たちが、並列してお出迎えしてくれてるではありませんか。
恭しく控えている執事服のおじいさまは、まごうことなきメフィウスさんだとして。
……はて?
他の皆さん、私がジャーナルで見たことのある写真の服装と、全然違うんですけど?
「……ねえ、薄野くん」
「何でしょう?」
「薄野くんちって、ノイシュヴァンシュタイン城だったっけ?」
「違うけど、記録者さんに楽しんでいただこうとメフィウスが頑張りました。僕は主ってわけじゃないから、これは彼の好意」
「……んじゃ、お城の前にいる白馬の王子様が、どう見ても早雪くんなんだけども、あれは……」
「記録者さんをお迎えするため、頑張りました」
「そしたら、その横の芦毛の馬に乗ってる、かっこいい王様は八雲さん?」
「記録者さんに喜んでいただくため、頑張りました」
「すると、鋼鉄の鎧の騎士さまは、やっぱり仙蔵さんなのね」
「記録者さんをおもてなしするため、頑張りました」
「っていうか薄野くん、いつの間に青年貴族風のコスしてんのーーー!」
「記録者さんを驚かせるため、メフィウスが気を利かせてくれたみたいだ」
「うわあぁぁぁ! 私まで女王様風の黒いドレス着てるー?」
「記録者さんの清楚な体型を生かすデザインになってると思うよ」
「……ありがと。ささやかな胸回りの表現に気を遣ってくれて」
いやん、気がひけるわぁ。
やっぱり女王様って、どっかの薔薇の君みたいなぼんきゅっぼんじゃないとさぁ〜。
などと、柄にもなくもじもじしている私に、薄野くんはにっこり微笑み、
「騎士→王→王子の順で、エスコートしますね」
と、仰ったのだった。
*** 〜 *** 〜 ***
水晶のシャンデリアが輝く大広間の、大理石のテーブル。
メフィウスさんが運んできたアフタヌーンティーセットを前に、私と向かい合った騎士さま――仙蔵さんは、緊張で顔が思いっきり強ばっていた。騎士の衣装も、大変お似合いなんですけどね。
「ごめんなさいね。私なんぞのためにコスプレホストクラブみたいなことさせちゃって」
「こすぷれ? ほすとくらぶ?」
「わかんないのならいいの。ずっとそのまま、汚れのないあなたでいてね」
「……うむ。記録者殿も、そのまま清らかで……」
清らか――なのか? と考え込んでしまうあたり、仙蔵さん、少しは銀幕市に適応してるのかも。
*** 〜 *** 〜 ***
「……八雲さん。気持ちはわかる、わかるけどッ。そんなに落ち込まないで。緋のマントも王冠も、すっごいサマになってるよ。立派な王様だよ。全然おかしくないよ?」
八雲さんは仙蔵さんと選手交代でテーブルに来るなり、そのまま突っ伏してしまった。
この状況がさぞストレスなのだろうと、私はおろおろしたのだが。
「……違う」
「ん?」
「落ち込んでない。むしろ、ありがたい!」
がばっと顔を上げた八雲さんは、私の手をがしっと握りしめる。
んままままままぁぁぁーーー!
「無名の記録者とやらが来るって聞いて、どんなものすごい格好させられるんだろうって思ってたんだけどな。何だよ結構まともじゃん。少なくとも雲雀(ひばり)とかいう源氏名を名乗らなくても済んだ!」
あっ、そうか。
八雲さん、美漢女メイド化したのが超トラウマだったんだ。
「あんたは男に女装させる趣味とか、ないよな?」
「あーうーおー」
「そこでなぜ目を泳がせる?」
……いえね、私めも、過去に『楽園』絡みの記事を書かせていただいたことがありましてですねもごもご。
*** 〜 *** 〜 ***
「早雪くんて、王子様の格好してても全然違和感ないね」
「そうかな」
「わざわざ白馬に乗る演出までしてくれて、ありがとね」
「歩くより楽だから、別に」
「そっか。ところで早雪くんさあ、私が『うちで暮らしなよ』って言ったら、来てくれる?」
無名の記録者、ダメもとで美少年をナンパしてみるの巻。
「でも僕、生活力ないよ?」
「大丈夫! 私もないから!」
「じゃあ、誰が世話してくれるの?」
「……さあ?」
……記録者、ナンパ失敗。
*** 〜 *** 〜 ***
「メフィウスさんて、すごい魔術師なんですね? この光景を見れば、わかりますよ」
「さて。どうでございましょう」
「お手数ついでにちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」
「本日は女王様として遇させていただくつもりでございます。なんなりと」
*** 〜 *** 〜 ***
薄野くん扮する青年貴族は、それまで席にはつかず、少し離れてテーブルを見守っていた。
彼のほうをちらりと見やり、私はメフィウスさんに耳打ちをする。
「かしこまりました」
彼がうやうやしく頭を下げた瞬間。
大広間に――音楽が流れ始めた。
そして……、
薄野くんの衣装が、変わる。
ウエストに大きなリボンをあしらった、ロイヤルブルーのロングドレスに。
チュールレースを使用したパニエで大きく膨らんだスカートを見て、薄野くんは慌てる。
「……何事っ?」
「んー、やっぱりね、せっかくお招きいただいたわけだし」
私のほうは、黒のタキシードに変化させてもらった。薄野くんに歩み寄り、片手を差し伸べ――
「踊っていただけませんか?」
「――踊る? ここで?」
「うん。薄野くんとダンスができるのも、これが最初で最後だと思うから」
「……すごく基本的なことを聞くけど」
「なあに?」
「僕、エスコートされる側?」
「当然」
「当然」
「当然」
「当然」
「当然でございます」
私を含めた5人が、同時に、きっぱり言った。
*** 〜 *** 〜 ***
ちなみに私。
ダンスは少々難有りでございまして。
「記録者さん記録者さん。足ーーー!」
薄野くんに散々、悲鳴を上げさせることになりましたけれども。
――Fin.
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クリエイターコメント | 大変っっっっ、たいっっへん、お待たせいたしましたぁぁぁぁ〜〜! この度は薄野家の皆様と、無名の記録者との絡み度高いオファーをいただき、まことにありがとうございます! 記録者、鼻血の海で溺れそうでした。 ……ウフフ、いいの? いいのね? と怪しく呟きながらタックルする勢いで、がっつり絡ませていただきました。
無名の記録者、一度、作中でダンスのお相手をさせていただきたいと妄想していたのですよね。とうとう薄野さまのような美女(ん?)をエスコートする機会に恵まれ、思い残すことはございません。
これからも、薄野家の皆様に幸いあらんことを。 |
公開日時 | 2009-05-24(日) 18:40 |
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