★ ハンターを狩るもの ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-5057 オファー日2008-10-20(月) 23:47
オファーPC シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
ゲストPC1 エリク・ヴォルムス(cxdw4723) ムービースター 男 17歳 ヴァンパイア組織幹部
<ノベル>

「吸血鬼や、人狼の被害続出。人外を専門に狙うヴィランズ出現――か。いつものことながら、ぶっそうな街だな、銀幕市は」
 夕刊に目を通しながら、シャノンは呟いた。ここは、ヴォルムス・セキュリティ。シャノン個人が経営している会社である。マンションの空き部屋を簡易事務所としているのだが、これが見事に整備されており、結構居心地がいい。
 仕事の合間に、一息入れて、そのまま一日を怠惰に過ごしたくなる程度には、快適だった。もっとも、シャノンが寄せられた依頼を無碍にすることは、まずない。だから仕事がある限り、この休息も一時のものでしかなかった。

――不愉快ではあるが、すぐにでも潰れるだろう。この街で、悪党は栄えない。知られた以上、明日か明後日には消えているさ。

 見ていた新聞を畳んで、マガジンラックに。机に向かって、仕事の続きに取り掛かった。
 彼は実際に現場に出向くことが多いのだが、それでも書類からは逃れられない。うんざりしても、彼にしか捌けない事柄はある。経営者は、色々な意味でも楽な職業ではなかった。
 適当に処理していくうちに、ドアがノックされる。――シャノンは、ノックの音で、相手が誰だか知った。
「大変そうですね。……少しは、休憩した方がいいですよ」
 入ってきたのは、エリク・ヴォルムス。シャノンの実弟である。
「休憩は、さっき取った。日付が変わる前に、処理したいものが多くてな。……肩が凝って仕方がないが、これも務めだ」
「そうですか……なら、この件は後に回したほうがいいかもしれませんね?」
 エリクは、依頼書を持参してきていた。ヴォルムス・セキュリティは、依頼の成功率に定評のある会社である。会社の窓口を通しての物が大半だが、たまにシャノン個人に持ち込まれる場合や、こうしてエリクが拾ってくるケースがある。
「内容次第、だ。状況が切迫しているなら、仕方あるまいし……書類を一時でも放り出す価値のある仕事なら、考慮もしよう」
「内容だけでも、目を通されますか? 新聞にも出ていましたから、ご存知かもしれません」
 新聞、と聞いたとき。シャノンは、奇妙な予感を感じた。依頼書を手に取り、一見した後、苦笑。
「なるほど、大事だ。これは、机上の雑事にかまけている場合ではないな?」
 予感に違わず、まさしくそれは、先ほど新聞で見かけた事件。件のヴィランズ退治の依頼だった。
 まさか、自分が退治する側になるとは思っていなかったが、これはこれで趣のある事例だった。偶然とはいえ、己が目にした事件を、即日で解決させる。なかなか痛快ではないかと、シャノンは思うのだ。
「相手は複数。目撃者の証言では、四人まで確認されているとのことです。――僕も、ご一緒しましょうか?」
「勿論。こんな大事を、一人で独占しようとは思わないさ」
 改めて、依頼書に目を通す。報酬は、相場と比べても格段に良い。こうした書類には、依頼主の事情までは書かれないことが多い。よって、こうも多くの代償を払う理由は、想像するしかないが――。
「今宵は、月の灯りも寂しい。人が魔を狩るには、良い時期だ。……奴らは、動くだろう」
「はい。他の連中を追っかける余裕など、与えはしません」
 引き受けた以上、最善の努力をするのみ。一日でも遅れれば、被害は増すばかりだ。今日で打ち止めにさせるためにも、迅速な行動が求められる。
「さっそく、出るか。準備は……聞くまでも、ないか」
「すでに万端、整えてあります。――さ、参りましょう、兄さん」
 そして、兄弟は闇夜に赴く。狩人を狩る為に。その傲慢を叩き潰し、夜の種族の奥深さを知らしめる為に――。


 ヴィランズが拠点としているのは、銀幕市郊外の廃工場だった。内部の地図も依頼書には送付されており、これらは二人の頭に叩き込まれている。
 乗り込むべき敵の拠点は、もう程近い。工場に一歩足を踏み入れば、一味を掃討するまで、戦いが続くものと考えねばならないだろう。
「問題は、ここからだな。依頼者からの情報では、何があるか、わかったものではないらしいが……」
「工場が用途を無くしてから、もう三年ほどになると聞いています。把握しているのは、潰れる前の工場内部。三年の間に、どれだけ様変わりしたのやら。……今となっては、もう確認しようがありませんね」
 ここまでは依頼人のツテで探れたらしいが、相手はハンターである。中に罠の一つや二つ、仕掛けていないはずがない。内部の地図は過去の物であり、今は廃工場にどのような改造が施されているか、知れたものではないのだ。
 経験上、ハンターという手合いは、道具の調達から整備、休息の拠点となる箇所を、もっとも重視する傾向が強い。これらの守備には、相当力を入れているはずだ。たとえ主力が出払っていても、問題ない程度の備えはしてあるはず。
「ねぐらに何も仕掛けないような、無用心な相手でもあるまい。……気をつけて、進まないとな」
 シャノンも同類であるから、理解できる。ハンターは、継戦能力に欠けてはならないのだ。戦いは、一度で済むとは限らないし、その一回で敵を殲滅したとしても、これで全てが決するということはありえない。
 人外の存在は、この世に有り余るほどいるのだ。標的とする獲物の範囲が広ければ広いほど、戦いに費やす時間も跳ね上がっていく。
 そうである以上、疲れた身体は効率的に休める必要があるし、武器の補充は欠かせない。よって、その為の拠点をないがしろにするような手は、絶対に打てないことが解る。よほどの事情か、何かの作戦でもない限り、自分の家の戸締りを忘れることは、ありえない。
「中に全員いるのか、一部は狩りに行ったのか――。後者だとしたら、最悪挟み撃ちにされる可能性があります」
「しかし、そちらの方が都合がいいとも言える。出払っている奴らが居るなら、居残り組を集中的に狙える。返す刀で、戻ってきたハンターを潰せば、各個撃破の形になるだろう?」
 シャノンの言は、まさしく理想的だった、そのように状況が進めば、こちらの負担も最小限で済む。――しかし、不安要素がないわけでもない。
「それをさせないように、僕なら罠を張りますね。……なるほど、こう考えると、少しは敵の出方も想定できそうです。必要なのは、外敵の侵入を阻み、動きを鈍らせることを目的としたトラップ。あるいはバリケードか、何か。それで時間稼ぎをして、引っかかった獲物を囲んで始末する。ありえそうな話ではありませんか?」
「そうだな。しかし、あまり考えている時間も無いぞ? エリク。連中が出て行っているとしたら、それはムービースターを狩る為だ。丁度いい所で、こちらに注意を振り向かせてやらんと、また被害者が出かねない」
 エリクの思考は、シャノンも頷ける部分が多かった。ただ、こうして悠長に考察している間にも、差し迫った命の危険が、誰かに向かっているのかもしれない。
 内部で手間取ることを考慮に入れるなら、そろそろ出向いた方が良いだろう。シャノンはエリクを促して、行動を開始する。
「まったく、これだから節度のないハンターは困ります。準備だって、万全にさせてくれないのですから」
「節度があったら、俺達が出張る必要もなかっただろう? 準備だって、万全でないことの方が多いさ」
「……まさに。一度でいいから、一から作戦を立案して、準備を完全にしてから、仕事をこなしてみたいものですね。現実的では、ないかもしれませんが」
「出来れば、な。ともかく、この依頼を片付けてから、考えたらいい」
 シャノンは笑って、相槌を打った。それから顔を引き締めて、廃工場へと向かう。エリクも、彼に続く。
 もう、ここから先は敵の陣地である。警戒を怠らず、人目を避けるように、忍び込んだ。

――周辺に、気配は、ないか。

 敷地内には、特に仕掛けはないらしい。とすれば、工場の内部に全てが集中している、ということになる。
 ハンターどもに気取られるのは、まだ先にしておきたい。優秀な狩人ほど、油断からは程遠い境地にいる。おそらく奇襲はかけられまいが、限りなくそれに近い状態を、二人は狙いたかった。


 廃工場は、三年の月日に相応しく、ところどころが痛んでいた。
 隙間風の上に、雨漏りもあるらしく、室内に水溜りが見られる所もあった。

――やはり、想像したとおり、いくつかの通路が封鎖されている。侵入路を限定させ、罠に導く態勢が整っていると見るべきか。

 さりとて、道を外れて行くのも問題である。封鎖、それ自体が罠であり、破れば何らかの罠が作動するかもしれない。そこまで悪くなくとも、居場所を知られてしまえば、狭い通路で囲まれる結果となる。それは、あまり愉快な状況ではなかった。せめて、広い部屋に出るまでは、無茶は控えるべきだろう。

――頼む。

 アイコンタクトで、シャノンはエリクと意思疎通を行う。敵のホームで口を開けば、それだけで探知されかねない。このような事態を見越して……という訳でもないが、親密な相手と組んで戦う場合、やりとりが簡単で済むのは、大きな利点だった。
 ここから、エリクが先行し、シャノンがその後ろを守るように進む。気配の察知、突発的な攻撃への対応は、シャノンの方に分がある。エリクは前面に注意を払い、罠の調査と解除に意識を払った。
 分担作業によって、効率化を図る。強引に進むことも、この二人ならば不可能ではなかっただろう。しかし、敵に対する情報が不足している以上、うかつな行動は避けるべきだった。

――慎重の上に慎重を重ねても、失敗する時はするものだが……初めから巧手を諦めるのも、しゃくだ。

 力にものをいわせるのは、最後の手段に取っておくのが良い。あまり吸血鬼としての力に頼りすぎると、それを封じられた時に痛い目を見る。
 相手は、ハンターなのだ。こちらの弱点となる手段を持っていたとしても、おかしくはない。
 あのハンター達の犠牲者に、吸血鬼の名があった。ならば、警戒しておくのが無難であろう。己の不死性が、どこまで通用するのか……シャノンは、気がかりだった。


 堅実に通路を進んでいくうちに、彼らは一つの違和感を覚えるようになる。
「静か過ぎますね。怖いくらいに」
「気配がまるで感じない? ……ますます、怪しいな。こいつは謀られたのかもしれん」
 前情報を疑った方が、いいかもしれない。拠点を移動するという事態は、確かに想定されてしかるべきであった。滅多にないこととして、あえてパターンを考えていなかったが……。
 あれだけ派手に動いていれば、最悪自分が標的になることも考える。だから、移動して難を避けようとするのは、理屈で言えば、確かに正しい。費用や手間を考慮すると、シャノンなどは好まない手法である。それゆえの、盲点。

――だとすれば、ここは無駄足、早々に切り上げて、捜索しなおさねば……。

 シャノンが、撤退の判断を下そうとした時。その瞬間、彼らは罠にはまった。
「うおッ……何だ!」
「身体が、重い……。それに肺に突き刺さるような、この空気――もしや、ロケーションエリア?」
 見る見るうちに、廃工場が様相を変えていく。――二人は、目の前で周囲が岩場へと変貌する有様を、見届けたのだ。
 一定の間隔をあけ、規則的に並べられた、石模様。それに石で積み上げられた建築物と、芸術品のような石細工が、周辺に現れる。ここまで来れば、敵がロケーションエリアを展開したことを、疑う余地はない。
 自分たちは、ハンターを打倒するつもりで、深入りしていた。それが結果として、この場から脱出を難しくさせている。
「この不自由さは、ロケーションエリアの効果か? 人外の能力を制限する力と見て、間違いないな」
「付け加えるなら、この場にいるだけで、僕らはダメージを受け続けるようですよ? しかも、再生能力が封じられている。――認めるのはしゃくですが、恐ろしくやっかいな手合いだと、判断せざるを得ないでしょう」
 手足に重りを乗せたような感覚と、背にのしかかる重量感。これでは、機敏な動きが殺されてしまう。
 また、呼吸するだけでも、内部からじわじわと痛めつけられていく感じがして、ひどく不快だった。集中力が乱されること、はなはだしい。こんな心理では、普段ほど精密な射撃もできないかもしれなかった。
「やってくれるな。少なくとも、弱者をいたぶるしか能が無い、そんな連中ではないらしい。ああ、そこだけは、褒めてやるよ」
「何を、悠長な……結構まずいですよ? これは」
 不快感に耐えながら、探索する。もうここは敵の領域。こちらの居場所から武装まで、全て見透かされていると考えるべきである。ならば、もう何も取り繕う必要はなかった。
「逆に考えろ。ここまで大規模な手段を用いる以上、戦力の出し惜しみはしないと見ていい。つまり『今夜、被害者が出ることはない』訳だ。ここにいる奴らを全員叩きのめせば、それで済む。結構なことじゃないか?」
 結局、力技での解決を余儀なくされたのだ。シャノンとしては、あまり楽しくない展開だが――好都合といえば、好都合。ロケーションエリアを用いた以上、短期決戦しかないのだから。
「望むところだ。奴らが獲物と思い込んでいる物が、どれほど物騒な奴であることか。骨の髄まで、教えてやろう」
「兄さんの、その余裕が羨ましいですよ」
 三十分以内に片をつけるつもりならば、そろそろ最初の攻撃が来る。
 敵の初動を予測することは、できない。しかし、一度放たれた矢は、目標を射抜くまでは止まらぬもの。そして射掛けられたなら、その軌道で、敵の居場所がわかる。

――初撃は、向こうに譲る。

 シャノンの意図を、エリクは正しく理解した。石の建造物を遮蔽物に、二人は別れて待ちの体勢。
 つばを飲み込む音さえ、聞こえそうな空間。……ついに、戦いの火蓋が切って落とされる。
「ッ!」
 自分が放ったものではない、銃声。さらに激痛。
 シャノンは、この戦いで追い込まれ、重傷を負うことを覚悟した。


 脇腹を貫通した銃弾は、銀製だった。基本に忠実と褒めるべきか、この状況を笑うべきか、シャノンは少し迷った。
「兄さん!」
「来るな! お前は敵を追え!」
 感情的になりかけたエリクを、シャノンは一喝して諭す。致命傷には、程遠い一撃だ。
 エリクもそれをやっと理解して、索敵に乗り出す。撃たれたことで、狙撃の方角がわかった。ここは、身体能力と格闘に秀でた、エリクが出向く場面。情に溺れるような贅沢は、ここでは許されない。

――よし、いいぞ……。動きがいくらか鈍くなったが、それでも常人には捉えられん速度だ。

 エリクの目は、闇の中でも物を識別することが出来る。動物的な感性も備わって、彼の目から逃れられる者は、そうはいない。
 シャノンはエリクの後ろに付き、サポートしてやればいい。敵がどれほどの集団なのか、散らばっているのか、固まっているのか、不明瞭であるものの……一つ一つ、潰していけばいい。三十分は、短いのだ。敵が勝負を急げば急ぐほど、こちらに好機はでてくるものと、シャノンは考えている。

――不安要素といえば、敵の武器か。

 再生能力の制限は、二人にとって大きな問題だった。今なら、心臓を打ち抜かれるだけで、死にそうな気がする。実際には、なってみなければわからないが、試しにやってやろうと思うほど、シャノンは剛毅ではない。
 先ほど受けた銀弾の痛みは、ひどくなるばかりだった。これは自分の知識にはない、特別製であるかもしれない。他にも、対吸血鬼用の武器が用意されているとしたら……?
「クッ」
 銃弾が、足をかすめる。
 反射的に撃ちかえすと、低い悲鳴の後、何かが倒れる音がした。……これで、おそらくは一人。情報によれば、あと三人は確実にいる。
「見つけた……!」
 前方でエリクが敵を視認、これを接近の後、倒す。この程度の状況で、ナイフの腕前は衰えない。
 致命傷は避けながら、きちんと戦力を削ぐように、意識を刈り取った。これで、戦闘中は目が覚めまい。
「まだ、解けないか」
 ロケーションエリアは、正しく展開されていた。倒した二人は、使用者ではないらしい。
 これほどの規模の物だから、大事を取って、戦いを仲間に任せきっているのではないか? そんな考えも浮かんだ。
 だとしたら、他の仲間が全滅しても戦おうとせず、尻尾を巻いて逃げる可能性さえあるではないか。
「嫌な、想像だ……ッ」
 エリクへの援護射撃に、手を動かしながら、シャノンは思考した。調子の悪さから、思い通りに着弾しない。それに苛立ちつつも、連射で正確さを補い、せわしなく撃ちつづける。
「こいつらのリーダーは、どこだ?」
 彼は物が見えすぎる為に、あまりに遠くの所までを見通してしまう。相手の動きを、的確に分析できてしまう。
 最悪の事態について、考えが及べば、気も急くだろう。――まして、現在は環境までが彼の敵に回っている。胸を打つような鈍痛と、重くのしかかってくる感覚の、不合理さ。それらがシャノンから注意力を奪い、そして……。
「兄さん!」
 シャノンの援護で追い詰めた敵を、エリクが沈める。そして不穏な気配に振り返った、彼が見たのは――。
「ああ……」
「まだ、大丈夫だ。前を、見ろ。……エリク」
 肩から血を流す、兄の姿だった。
 エリクの方も、前衛として突っ込むうちに、体中に細かな傷を負っている。しかしシャノンのそれは、傷跡が少ない代わりに、深かった。
 痛ましく見える、傷付いた兄の姿に、エリクは言葉を無くす。
「――チッ。呆けている暇はないぞ。いままで三人やれたが、どうも後二人はいる雰囲気だ。ロケーションエリアが解けても、気は抜くなよ?」
 遠くからの射撃に眉をしかめ、遮蔽物を背に彼は言う。
 肩の負傷も、シャノンは気にも留めていないようだった。エリクはここで己の役割を再認識し、行動を開始したが、問題なく兄がサポートに入ってくれる。まるで、かの人物からハンターとしての力量を奪うことは、誰にも出来ぬというかのように。
「腹立たしいですね。……どうも!」
 的確な牽制、援護射撃にとって、エリクが格闘に持ち込む。ナイフで武器を狙い、浅く切りつけてから、渾身の蹴りで打ち倒す。
 うめき声の後、また一人、敵ハンターが沈んだ。苛立っていたので、かなり荒っぽく打ちのめしたが、これくらいは我慢して欲しいとエリクは思う。
「……いけません、ね」
 熱くなっていたせいで、自分の傷の痛みも忘れていたらしい。無茶な突撃を行った、当然の結果として、負傷がある。動きが鈍くなっていることも影響して、無視できないほどにはエリクも傷付いているのだ。
 これはいけないと、ようやく彼は思い直したが、いささか遅かった。
「あれ――?」
 身体が重い。
 いや、重いのではなく、動かない。重量を感じるというような規模ではなく、エリクは指一本動かせない状態になっていた。
 見れば、足元に液体が垂れているのがわかる。それは自分の周りに垂れ流され、靴の裏にも……。

――敵に未知の武具が存在する可能性を、失念していましたか。

 凍り付いている、のではない。靴の裏に張り付き、その呪縛を身体全体へと及ぼしているのは、間違いなくこの液体の影響。
 いつ、どこからこれを持ち出し、仕掛けたのか。そんなことを、エリクは考えていた。
「すみません、兄さん」
 心臓に向けて、銀の銃弾が向かってくる。それを、まるで他人事のように見つめていた。エリクがこの期に及んで詫びるのは、やはり兄に対して。

――僕は、良き弟では、なかったのかもしれませんね。

 そうして、彼は自分の最後を受け入れようとした。
 他ならぬ、兄の前で。あの彼が、こういうときに、どんな行動に出るか。きちんと考えれば、わかったはずなのに。
「何を――」
 走りこんでくる、足音。そして、衝撃。
「ぼけッとしていやがる! ――くそッ。帰ったら酷いぞ、本当にな……」
 エリクは、自分が蹴り飛ばされた事を理解した。そして、ようやく身体に自由が戻ったことも。
 あの液体の呪縛は一時的で、極めて不安定であったらしい。外からの力で、あっさり消え去ったのだから。この点、彼は幸運であったといえるだろう。
「その、傷……」
「気にするなよ。こういうときに命を張るのが、兄弟ってものだ。違うか?」
 シャノンの態度に、変わりはない。しかし、それ以外はひどいものだった。
 改めて増えた銃創。今度は、腹部を突き抜けている。このままでは、ロケーションエリアが消えるのを待つことなく、シャノンの命は消え去るだろう。エリクは頭のどこか、正常に機能している部分で、そう判断していた。
「う、ああ――」
「待て待て! ああ、まったく、本当に手の掛かる弟だ……ッ!」
 シャノンは激昂したエリクを抑えながらも、態勢を立て直す為に物陰に引っ張り込んで身を隠し、作戦の建て直しを検討する。
「時間は、ある。まだ、少しな。……いいか、冷静さを失うな。二度とは言わん」
「申し訳、ありません……」
「悔いるのも、後だ。――どうにも、あと一人だけ、厄介なやつがいるらしい。一筋縄ではいかん相手だ。気を、引き締めろ」
 顔を見合わせて、決意を新たにする。時間的余裕はないが、ここで猪突する方がもっと危険だ。それは二人の、共通の認識だった。
 敵のロケーションエリア展開から、もう二十分ほどはたっている。こうして話している間にも、相手はこちらを打倒するために、手を打ってくるはずだ。相談する手間さえ、今は惜しい。
「ここまで温存していたが、もういいだろう。エリク、お前のロケーションエリアを展開するんだ」
「あ……そうか」
「やっと気付いたな? ここまで来たら、もう焦る必要もない。いい具合に、こちらも追い詰められた。連中は、詰めの段階に入るだろう」
 後一歩。その勝利を確信する間際が、もっとも危ない。勝ちを目の前にした余裕から、思わぬ落とし穴にはまってしまう。
 そういうハンターも、この業界では多いのだ。こればかりは、当人の資質に依存する。いかに注意しても、気が緩む一瞬は、あるものだ。
 それに、あのハンターたちは、銀幕市に来たばかりの新参。ロケーションエリアについては、本能で理解できても……。他の住人と同時に展開した経験は、ないのだろう。
 でなければ、無警戒に近づいてくるはずが無い。シャノンは、敵が忍び寄ってくることを、敏感に感じ取っていた。これはエリクも同様で、だからこそシャノンの意図も読める。

――ロケーション・エリア。

 二人以上のムービースターが、同時期にロケーションエリアを展開した場合、双方の世界が入り混じった、奇妙な空間が出来上がる。
 相手方の能力に、エリクの能力が付け加えられ……より効力の強い方が、表面にはっきり表れる。石で作られた、まがい物の建築物。それを覆うように、木々と草が生えだし……深い森の中へと、皆をいざなった。
 空には、血の様に紅く輝く月。これに照らされ、二人は本来の能力を取り戻す。正確には、敵の力の制限を受けてから、エリクがそれ上回る力で能力を発現させている、というべきであるが……これは、もはや些事。ほどなく、敵のロケーションエリアの方が、解除されよう。そうすれば、後はシャノンとエリクの独壇場である。
「切り札は、先に切らせる。戦術の基本だ」
「後出しのじゃんけんが、反則なのと同じ理由ですか。……さて、では鬱憤を晴らさせていただきましょう」
 二人の傷が、徐々に治癒されていく。この傷が全てふさがるのと、ハンターたちを狩りきるのと、どちらが早いか。
 それはそれで、興味深い競争であっただろう。惜しむらくは、誰もその正確な瞬間を、確認できなかったことである――。


 苦戦し、相応に傷も負ったが、それはすでに過去のこと。シャノンとエリクは、ハンターたちを掃討した。 
 ロケーションエリアが解け、元の廃工場に戻る。倒れたハンターたちを回収して、捕縛。一箇所に集めてから、対策課に通報した。
「これで、片付きましたね。一事はどうなることかと思いましたが、無事に成功させられたようで、なによりです」
「そう、だな。……夜が明ける前に何とか出来たのは、僥倖だった」
 依頼人への報告に、残してきた書類の決裁。やらねばならない仕事は、まだ残っている。
 体を動かしたことで、随分と気は紛れたが……日常的な雑務に戻る事を考えると、やはり憂鬱だった。
「こうして、現場に出ることの方が、よほど性に合っているんだがな」
「同感です。僕も、幹部として安全な場所にいるよりは、こうして実戦の空気を感じていたい。……どんなに失敗を犯しても、この気性だけは、変わらないようです。こんな所は、兄さんと一緒なんですね」
 対策課の職員が、連中を引き取りに来るまで、まだ間がある。彼らが護送されていくのを確認しなければ、二人の仕事は終わらない。
 警戒だけは怠らずに、シャノンは口を開いた。
「少しは似ていないと、兄弟らしく見えないだろう? 今回は、格好を付けさせてもらえたが……次は、どうかな。将来的には、エリクの方が強くなるかもしれんぞ?」
「まさか」
「今だって、近接戦闘、純粋な格闘能力では、お前に一歩譲る。完成されてしまった俺とは違って、エリクにはまだ伸び代があるんだ。案外、きっかけさえあれば、簡単に追い越されてしまうかもな」
 冗談めかして、シャノンは言う。しかし、その本心に嘘はなく、本当に思ったままのことを口にしている。
 エリクには、それがわかった。だが、やはりなかなか信じがたく思う。

――この完璧な人を、乗り越えていく日が、果たして来るのだろうか?

 贔屓の引き倒しとでも言うべきだが、エリクにとって、シャノンは理想像に近い。身近な肉親ではあっても、尊敬する気持ちの方が強く、ある意味崇拝に近い。
 彼にとっては、シャノンの言を疑うことも、なかなか難しいことではあったが……だからといって、全てを受け入れるには近すぎる距離である。兄にして、偶像。それが、エリクの持つ、シャノンへの感情だった。
「そろそろ、か」
「え? ――あ」
「そろそろ、対策課の職員がみえる。俺は出迎えに行ってくるから、ここは頼んだ」
 エリクは、彼の意図するところを、正確に読んだ。その上で、感謝する。
「最後の、仕事ですね」
「ああ、だから、任せた」
「了解。健闘を、祈ってください」
「健闘も何も……なあ? ま、いい。そうしておく」
 シャノンは、廃工場を出て行く。エリクはそれを見送ってから、部屋の隅……ちょうど物陰に隠れて、死角になっている部分を見る。
 そして一足飛びに接近すると、はたしてそこには、最後の生き残りがいた。ロケーションエリアを展開していたのは、おそらくこの男。この場に留まっていたのは、機会をうかがって、逃亡なり仲間の救助なりを狙っていたからだろう。
 しかし、それもここで終わった。急に飛んできて、目の前に立ちふさがる。本能的に銃を向けるも、エリクのナイフで弾かれ、無防備な姿を晒す。
 彼の行動に動揺している間に、ハンターの意識は刈り取られた。最後の仕事は、つつがなく終了する。

――兄さん。超えられるかどうかは、まだわかりません。しかし、必ず、追いついては、見せますから……。

 見せ場を残しておいてくれたことに、エリクは感謝した。
 車の止める音が聞こえる。人がくる足音、それに続く話し声に、兄の存在感も混じっている。
 残った一人も縛り上げて、エリクは彼らの到着を待った。シャノンが来れば、きっと賞賛の一言も付け加えてくれるだろう。それが今、彼の一番の楽しみだった――。

クリエイターコメント このたびは、リクエストを頂き、まことにありがとうございました。
 設定など、何か問題がありましたら、お気軽にご相談ください。
 では、また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
公開日時2008-11-19(水) 22:00
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