★ 忠誠は、どこへ ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-5445 オファー日2008-11-22(土) 21:55
オファーPC 千曲 仙蔵(cwva8546) ムービースター 男 38歳 隠れ里の忍者
ゲストPC1 雷太(cuzd7877) ムービースター 男 12歳 忍者
<ノベル>

 ここに、ある一つの忍者集団がある。
 戦国時代の初期、類稀なる忍によって指導され、作り出された隠れ里。そこに住まう彼らは、一般に知られることなく、影でその能力を発揮していた。

――名が鳴り響くようでは、大事に触る。居場所が知れれば、復讐される。

 名が知られることの利点より、知られぬまま影で生き、そこで得られる行動の自由を、彼らは優先した。
 所在がわからねば、襲撃を受けることもない。忍の数どころか、里の規模も見当が付かないとなれば、これを打ち倒すにはいかほどの戦力が必要か、それさえわかるまい。
 となれば、誰しも彼らを敵に回すことに、二の足を踏もう。そもそも、忍は暗殺する側の人間であり、される側では決してない。名も知れぬ者達が、どこで動いているかさえ、依頼者にはわからないのだ。
 うかつな行動は、命取りになり兼ねない、となれば……これを恐れるのは、当然のなりゆきであったろう。
 つなぎをつける人材さえ確保して、結果を確実に出し続けていけば、仕事にも困らぬ……と言う訳だ。怖がられるような力は、味方にすれば、この上なく頼もしいものだから。
 ここで、つなぎ役にも決定的な情報は与えず、たえず監視していれば、危険が身近に迫る事を防止できよう。
 また、彼らは噂の流布の防止と、実力の隠蔽の為、『名』を持たぬ。後に世に知られる、甲賀、伊賀、風魔などとは違い、ただ無名の忍者集団として、存在していた。そこには有名な忍者の名もなく、あるのは例外なく優秀である、という保証のみ。
 いつしか、その忍たち、隠れ里などを総称して『無名衆』と呼ばれるようになる。実態がつかめぬ存在は、神秘性によって過大に評価されるもの。これもまた、里を作り上げた、先人の知恵であった。


 だが、それらが完全に守られていたのは、三代目まで。
 現在の、四代目の頭領は、実力に見合った地位と、名声を欲した。今はそれを指示する若者たちも多く、以前の里の掟を重視する長老たちとの間で、微妙な緊張が高まっている。
 そんな時代の、ある日のこと。夕方から夜に変わる頃合に、自宅から出て、屋根に上がる者がいた。そうして、暗くなる空を見上げながら、彼は言う。
「ままならぬ、ものよな」
 この男、千曲仙蔵という、れっきとした里の重鎮である。
 仙蔵も、若い世代の忍として、現頭領を支持していた。仙蔵は、もう三十と八。言うほどに若くはないが、老いてもいない。働き盛りの年齢であるため、気持ちの方が若い連中に向いてしまうのだろう。
 これまで数々の実績を残しており、里でも屈指の実力者といってよい。頭領にも長老にも顔が利き、若者のまとめ役になることも多かった。そして、聞いてみれば、彼らに共感する部分も、かなり出てくるのだ。
「変わらぬ今か、発展の未来か。今に満足している者は、変化を嫌うだろう。将来に夢を見たい者は、解放を望むだろう。……しかし、未来の結果を見通すことなど、誰にも出来はしないのだ」
 これは仙蔵のみならず、事情に通じている者、全てが悩む難題であった。彼は自分に理があると確信しているが、反対する長老たちの意見も、拝聴する価値があると考えている。

――今まで暗躍していた者が、表に出る。その際の反発、反動は、俺たちの想像を超えるものではないか? だが、このまま闇に生きるとしても、それは破綻を遅らせるだけの、一時しのぎに過ぎぬのではないか……?

 頭領と若者たちは、『我らは力を誇示し、世に名を知らしめ、大名にこれを高く売りつける。そうして、生活と地位の向上を図るべき』……と主張する。確かに、筋は通っていた。
 無名衆は、実績こそ優れていたが、決して安穏と過ごして来られたわけではない。時に貧しさに根をあげて、逃亡を計るものもあり、戦以外の場面でも、死者を出すことがあった。
 これは神秘性の反動、とでもいうべきもので――存在の不認知が、結果として彼らに貧しい暮らしを強いていたのである。
 まず第一に、権力の庇護を受けられぬこと。居場所も知れぬ隠れ里では、援助も出来ない。もし飢饉などで餓えることになったら、餓死者の発生を覚悟しなければならぬ。
 そして第二に、物流がか細い為、、日々の生活に支障をきたしやすいことが挙げられる。依頼の代金は充分に頂いても、それを用いて物に変え、里に運ぶ手段は限られてしまうのだ。
 何しろ、世間からの干渉を避け、人目に触れぬことを徹底しなければならないのだから……大量に物品を持ち込むことは、不可能。食料はある程度自給できるにしても、忍具や武器、衣類など、外部の資材が必要なものは多いのだ。
 最後に、文化、商業、技術の発展に取り残されてしまうこと。これが一番の問題であった。

――特に我ら忍は、外を飛び回る機会が多い。発展が都に限るならば、諦めもしようが……ほど近い村々までもが、富の恩恵に与りつつある。なぜ、我らだけが我慢を強いられねばならぬのか? そう問い詰められれば、返答に窮する。

 いわゆる、戦国の技術革新である。争いは競争を生み、経験を蓄積させ、技術を促進させる。米や野菜の品種改良に、医療の進歩。人口増加による労働力の向上。人が集えば、物も集る。商人が行き来し、物品と引き換えに、銭も落としてくれるのだ。さらにはこれが安定すれば、有用な商法も確立される。金の回り、物資の回りが良くなり、効率が増大。戦による影響さえ抑えられれば、生活は豊かになる一方だった。
「他者の豊かさが、羨ましい。妬ましい。……こうした感情を抑えるのは、難しかろうよ」
 この好循環の波を目にしながら、己の貧しい現状を享受できるか? ……すでに枯れたような年寄りはともかく、若者はそれでは納まらない。同じだけの富を、いや有能さに見合った繁栄こそ、望むはずだった。

――ただわからぬのは、その闊達な若者の中に、現状を変える事を望まぬ連中がいることだ。彼らとて、時代の流れを理解していように。

 若者たちが、皆が皆、里の現状を変えようとしているわけではなく……中には、里の運営を維持すべき、と考える者もいる。
 そんな連中は、改革を望む者達よりも、さらに過激な主張を行っていた。それが『初代頭領の志に反する者は、ことごとく罰すべき』と言う内容の物で、仙蔵としては眉をひそめざるをえない。
 若者らしい血気が、古い因習を守る方向へ向いたとき。その力は、多くの痛みを他者に強いるだろう。仙蔵は、それを危険視すると共に、どうしようもない、哀れみの感情さえ抱くのである。

――自分たちを、ことさらに特別な存在だと、言い立てたいのだろうか? 大衆におもねる事を、堕落と捉えたのだろうか? なら、まだ青臭い思想だと、思わぬでもないが。

 これで、忍としての力量が飛びぬけているだけに、始末が悪い。ほんの数人に過ぎないのだが、影響力が強すぎた。中には、里の長老衆と繋がりが深い者もいる。
 もし、そうした過激な若者が、長老に取り入ることに成功したら。そして、長老衆が本気で腰を上げる事態となれば――陰鬱な想像が、頭を駆け巡る。
「せめて、命を預けるに足る、ご主君がおられれば……」
 嫌な想像を振り切って、仙蔵は呟く。この無名の里は、特定の主君を持たなかった。閉鎖性を考えるなら、当然の処置であったのだが、やはり忍は人に使われるもの。
 どうせ使われる身に過ぎぬのならば、有益に使いこなしてくれる主を持ちたかった。能力を認め、おおやけに成果に報いてくれる、良き主を……。
 それが神秘性を無くす結果となったとしても、権力の庇護の下、いつか発展することを夢見て、戦い続けていける。子の代か、叶わぬなら、孫の代には――。今よりも良い暮らしをさせてやれると、信じられたであろうに……。

――それに内紛など、起こらずに済む。主君がいれば、絶対の、権威があれば……誰もが納得して、その方針に従うだろう。我らに相応しい主君さえ、いてくれたら……。

 暗くなった空は、星がきらめいていた。あの輝きほどに、未来は明るいのであろうか。思えば思うほど、不安が心に募っていく。口先で、長老たちを説き伏せるだけの自信はない。さりとて、若者たちを完全に統率するだけの器量など、自分にあるとは思えない。己の無力さを、ただ嘆いていた。
「む? ……雷太か」
「仙蔵さま、任務だべ。……何か、考え事でも、してたんだべかぁ?」
 思索に浸っていた所で、雷太が屋根へと乗り出してきていた。子供らしい愛嬌と相まって、場の空気を和らげる。そんな雰囲気を持ってはいるが、れっきとした忍者だった。
「わかるか?」
「だって、仙蔵さま、むつかしい顔してるだよ。おらにだって、それくらいはわかるだ」
「ふむ。成長したな、これは、先が楽しみだ――が。任務だと?」
 気を緩めてばかりも、いられない。仕事が入ったのなら、これに応えねばならぬ。身を起こして、仙蔵は問うた。
「仙蔵さまにしか出来ないから、って……言付かってきてるだ」
 雷太は、それから任務の詳細について語った。
 内容自体は、よくある諜報活動。敵国の情報を入手し、それを依頼主に届けるだけの役割だ。少しばかり遠出することになるが、仙蔵にとっては苦でもない。
「お前でも、代わりが勤まりそうなものだが……?」
「でも、頭領からの、直々の任務だよ? 仙蔵さまにしか頼めないって、本当に言ってただ。間違いねぇ」
 別に、疑っているわけではない。確かに、中身はただの情報収集だが、わざわざ仙蔵に持ってくる辺り、失敗が許されぬ仕事なのだろう。

――頭領に、なんらかの考えが、あってのことか?

 ならば、疑問は差し挟むまい。里は今、内部の抗争が現れ始めている所。こちらの弱みを見せないためにも、確実に任務をこなす必要がある。
「実は、おらも明日には任務に付く予定だべさ。子供の手が欲しいらしいんで、そこまで行かなきゃならねぇ。なんか最近、忙しいだなぁ」
「遠いのか?」

「ううん? すぐに帰ってくるから、仙蔵さまの出迎えは、きちんと出来るべ」
「……俺のことなど、気にするな。お前はお前の、仕事に励めば良い。子供とはいえ、一人前の忍者なら、個人の感情は抑えよ。そして、確実に成果をあげて……帰ってくるのだ。わかったな?」
 仙蔵は雷太が可愛くもあったが、きちんと自制して、指導する程度の常識は踏まえていた。
 忍の世界は非情なもの。親愛の情に溺れて、任務をおろそかにしてはいけない。慕う人の帰りを心待ちにし、出迎えたいという、健気な心も、この場では不要なものであるはずだった。
 ……しかし、この犬のような忠誠が、可愛くないといえば、嘘になるが。
「ともかく、任務については、承知した。これより向かうと、伝えてくれ」
「はい、仙蔵さま!」
 元気良く返事をする雷太、それを労うように、仙蔵は頭を一撫でする。

――なるべく早く済ませ、里に帰りたいものだ。ここ最近、どうにも嫌な、胸騒ぎがしてならん……。

 仙蔵はすぐに準備を整えると、闇夜に紛れて、里を下ってゆく。
 里の今後を案じるが故に、彼は急いだ。現状維持と、成長志向。反発しあう二つの主張が、争いを呼び込むことになりは、しないか……?
 雷太が里に留まっていたならば、多少は当てにすることも出来たろう。しかし、彼も明日には任務に出向く身であり、対立する二派の架け橋になることは、期待できない。
 もし、急激に事態が動いて、悪い方向へ作用したなら……? それを不安に思うからこそ、なおさら気が急くのだ――。


 仙蔵と、雷太が出て行った後。これ幸いにと、動きだした勢力がある。
 まず、怪しい動きを見せたのは、現状維持派の若者数人。それについで、里の長老たちである。長老たちは、すでに現役を退いており、後方での生産活動や、後進の指導にあたっている。その経験と実績から、頭領も彼らには敬意を持って接しており、実権はなくとも、里の中では強い影響力を持つ存在といえよう。
 今回は、過激な現状維持派によって持ち上げられた立場であるのだが、里の現状を憂う気持ちは本物。改革を望む者とは別の意味で、彼らも里を愛しているのだ。
「行ったか。これで、邪魔者を抜きに、事を進められるというものよ」
 仙蔵と雷太が受けた任務は、彼らが出したもの。現頭領の指令と称して、適当な依頼をまわす事など、長老どもにとってはたやすいことである。
 彼らが任務について、もう三日が過ぎていた。機は熟したと、彼らは判断する。
「今こそ、好機よ。この里のあり方を変えよう、などという腐った考えは、完全に滅さねば成らぬ」
「最近の若者は、冒険好きで困るわ。今までの在り様を変えて、どうして生きられよう。――まあ、ほんの数人じゃが、こちら側には若く、優れた後進が付いてくれておる。彼らのためにも、間違った行いは、早急に正さねばなるまい」
 屋敷の中、暗い一室。真夜中の会場にて、里の長老たちは合議を行っている。その内容は、どこまでも怪しく、物騒な代物であった。
「それも、穏やかな手では、もはや収まるまいて。一旦、掃除が必要よなぁ? 初代様に顔向けできぬような事態には、させられぬよ」
「まさに、まさに。……この里の人数も、少々増えすぎた。隠れるには多すぎる人数も、この際は足かせじゃ。間引きの良い機会であると、捉えても良いじゃろうて」
 状況は、仙蔵が考えている以上に、深刻な段階に入っていた。まがりなりにも重鎮といえる立場に彼はいたが、それでも全てを知りえることは不可能である。
 長老にも気に入られていた仙蔵だが、若者たちに迎合する態度を見せたとき、すでに彼は見限られていた。そうして重要な情報からは隔離され、この時を迎えてしまったのである。
「頭領は、しばらく頭を冷やしていただかねばな? 頭領は頭領、瑣末な扱いはできぬ。間違っても、こちらは殺してはならん。――他に適任がおらぬ、という事情もあるでな」
「それはそれで良いとして……他の連中が問題よな。抱き込める連中は抱き込んだが、圧倒できる数ではない。何より、仙蔵が一番の難関よ。下手に突付いて、敵に回しては、あまりに惜しい手駒ではないか?」
「ふむ……奴の立ち位置は、どちらかといえば、若者と頭領の側。されど、こちらに理解を示していないわけでもない。――まあ、単純に殺したくないとも思うのう。わしはあの男が好きじゃし、若者の心を掴むのも上手い。これは、他の者にはない美点じゃて」
 混乱した里を纏めるのに、仙蔵ほどの適任者はいないだろう。彼が賛同するだけで、長老衆は生き残りの支持を得られる。そうした下心もあってか、彼の処分には皆慎重だ。
「奴の力は、有用。しかし、こちらに引き込めることも叶わぬ。ならば……」
 仙蔵の立ち位置は、非常に微妙な物であった。力ある忍は彼一人ではないが、最強に近い手駒ではある。失ったときの痛手を考えると、出来れば消耗したくない。また『万が一』の事態となった場合、仙蔵の力は里の最後の希望となろう。うかつに処断することも出来ず、かといって長老に唯々諾々と従うような、単純な手合いでもない。
「この事態を知れば、奴はどこまでも我々と話し合おうとし、必要ならば影腹を切ってでも諌言しに来るであろうな。下手な武士以上に、忠義と自己規範に厳しい男じゃからのう」
 ならば、せめて邪魔できない所に追いやり、早めに決着をつける……というのが、彼らの苦肉の策であった。勝負を急ぐ必要が出てきてしまうが、前々から計画していたことでもある。彼らは、ただ現状への不満を述べるだけで、具体的な方策も練れぬ若者とは、老獪さが違った。
 年寄りは、年寄りなりに智恵が回る。頭領とて思案はあろうが、手足が伴わなければ意味がない。年の功……とでもいうべきか。保身に関しては、この爺様たちは気合が入ってる。
「仙蔵のついでに、奴の子飼いの下忍も遠ざけておいた。あれが巻き込まれて、死にでもしたら……彼奴め、流石に態度を硬化させるであろうからな」
「おお、まさに。……ふむ。貴様も、歳は食っても呆けからは遠いのう」
「ククッ、ただ古臭いだけではないぞ。爺には爺の強さがある。最近の若者は、力が有り余りすぎて、脳漿にまで智恵が回らぬようでなぁ……。それだけで済めば良いものを、余計な欲まで抱くから始末が悪い」
「なに、なに。こちらもとやかくは言えぬわさ。粛清を行おうと思う程度には、こちらも血生臭いゆえ」
 仙蔵は、蚊帳の外に置かれたまま、結果だけを見せ付けられたら――。その時、もっとも強い立場に居る人間に、彼は従うだろう。彼は、己の本分をわきまえている。この見立てに、間違いは無い。
「そういう意味では、やはり仙蔵は希有な男よ。あれは衣食住に不満は見せぬし、女や富に拘泥する性質でもない。己を殺して奉仕することを、ごく自然に受け入れておる。……皆が皆、ああして生きられれば、こんな風に悩むことも、なかったであろうに」
 ため息と共に、言った。そうして、この場に集った長老たちは、様々な議論を重ねていく。
 そして、一通り語りきった後、長老たちの声に混じって、ここで若者らしい、張りのある声が響いた。
「あいや、失礼。ご高説、まことにもっともと存じまするが……此度の集会の目的は、具体的な方策を述べること。そろそろ、結論に至ってもよろしいのでは――?」
 それはまさに、この場にはそぐわぬ、若々しさに満ちていた。
 発言した者の傍にも、若い忍が控えている。その者達は、口を利くことは許されていないが……この場で力量ある忍を控えさせるのは、一種の示威行為に近い。
「ふむ……そうで、あるな」
「まさに。歳を食うと、繰言が多くなって困る。……よし、では述べようか」
「――ありがたく」
 うやうやしく、若い忍は答えたが、長たらしい年寄りの喋りに、いささか飽いているようでもある。
 不遜であったが、誰もそれを指摘はしなかった。というのも、彼こそが、この集会の主催者といって、過言ではないからだ。
「源蔵。ぬしが、やれ。仔細は、任せる」
「……は」
 源蔵と呼ばれた男こそ、若者の中でもさらに過激な、里の信奉者であった。彼は現体制の存続を望み、反対派を叩き潰そうとしている。
 単純な戦闘能力であれば、仙蔵と同等か、それ以上の力の持ち主である。お互いに面識もあり、その能力と実績には、敬意を払っていたものだ。
 だが、源蔵と彼の決定的な違いは、『人望で人をまとめる』のではなく、『力と恐怖で人を引き付ける』型の指導者であることだ。
「我々の話は、聞いていたな? ある程度の被害は許容しよう。ただし、頭領を殺すことは許さん」
「本当に、それだけでよろしいので……?」
「許す。わしらには、実戦に出る力など、もはやない。結局の所、貴様ら若者の力を借りねば、何も成せぬというのが正直なところよ」
「――ご謙遜を。我らには、智恵が決定的に欠けておりまする。それを補えるというだけでも、存在価値は大きいかと」
 歴代の頭領や、長老たち。もっと広く言えば、里そのものに対して、忠義を誓っている。源蔵とは、そういう男であった。
 それを一貫して守り、一度もぶれたことがないというのだから、この信念の固さ尋常な物ではない。仙蔵とは別種のカリスマ性と、古きを守り、因習を次ぐ覚悟に溢れた、一種の怪物である。
「里の在り方を変えようとする、愚か者。此度は、それらを一掃する好機。こうして長老衆の快諾が得られたことこそ、なによりの成果と思いますれば……」
「惜しいの」
「……は?」
 源蔵は、けげんそうな表情で答えた。惜しい、と目の前の老人は言う。だが、その真意がわからないのだ。
「貴様が、頭領でないことが、よ。いやこの際、仙蔵でも良かったのだ。あれならば、まだマシであったろうに」
 頭領は、血縁で継がれていく。それが、しきたりである。だがその在り様が、かえって好ましくない現状を招いたのではないか……。
 むしろ、有能で勤勉な、源蔵のような男にこそ、継がせるべきではなかったか。一人の老人は、つい、そんな考えを頭によぎらせてしまうのである。
「現頭領は、道を違えておられるだけ。正せば、済むことでありましょう」
「……ついに、耄碌したかの。今のは、忘れてくれ」
 所詮、戯言である。この考えを肯定してしまえば、それは愚劣な若者たちと同じものになってしまう。
 古い伝統を投げ捨てて、新しく、目覚しいものを頼る。過去の偉人を冒涜し、ただ目の前の繁栄に飛びつく、無思慮さ。それが許せないから、こうして密談を行っているのではないか。
「もう、良い。準備は?」
「すでに」
「配下は?」
「配置に」
「よし、行け」
「はッ……! 行くぞ、三太、陣!」
 源蔵は、こうして里の粛清へと取り掛かったのである。彼の子飼いの部下は、そう多くない。今、傍に控えている者を含めても、十人にも満たぬ。
 だが戦闘能力にかけては、一騎当千の兵であると、彼は確信していた。それに、長老衆が口説き落とした連中を含めれば、里の忍の、およそ三割を掌握したことになる。
 ここで、さらに敵の中核となる、優秀な忍を仙蔵のように任務で遠ざけておけば……実質、戦力の半分以上を手にしていることになる。充分に、勝算はあった。

――里は、我らが守る。それには、貴様らが、邪魔なのだ。

 源蔵を初めとする、現状維持を望む忍たちは、志を同じくしていた。
 そして、頭領や仙蔵を初めとする、その他大勢の若者たちも、里を守りたいと思う気持ちは、本物であるはずだった。
 思想の違い、感覚の違い。守りたい物、愛する物も、同じ彼らが、この程度の理由で、殺し合う。
 お互いに理解を示さぬまま、どうしようもなく、すれ違った結果が、この悲劇であるならば。神も仏も、この世には、存在しないも同然であろう――。




 仙蔵と雷太が任務より帰った時、里の状況は一変していた。
「里が……何者の襲撃だ!」
 斬り伏せられた死体。荒れた家屋。今も聞こえる悲鳴は、明らかに敵の襲来を表している。
 情勢は? 頭領は? 戦い続けている仲間は? わからないことだらけであるが、ともかく仙蔵は現状の把握に努めた。
「血は……固まっていない。死んだのは、ほんの少し前、か」
「こっちもだ。仙蔵様、それにこの切り傷、刀だけじゃない。手裏剣の刺さった後があるだよ」
 すると、敵は我らと同じ忍の集団であるということになる。手勢はいくらか、目的は何か。次に知るべきは、そんなところか。
「早く戻れたのは、存外の幸運であったのかもしれん。予定通りであれば、里に着くのは二日は後になったはずであるからな……」
 仙蔵と雷太は、存外な幸運により、予定よりも早く、任務を終わらせていた。結果、道中で出会うことになり、帰参もかなり前倒しになったのだが……。
 その為に、彼らは里の異常を、思い知ることになってしまったのだ。これを仙蔵は幸運と称するが、結果を見ても、同じことが言えるかどうか……。


 源蔵と、その配下の忍たちは、仙蔵らが戻ってきた事を瞬時に悟った。
「……来たか」
「いかが、なされます?」
 彼らは忍である。また、この里のことは、知り尽くしているといってもよい。
 不測の事態に備え、外部からの侵入を警戒するのは、当然の処置。仙蔵を即座に襲わなかったのは、彼の力量を察してのことである。
 また、彼ほどの忍ともなれば、こちらから仕掛けるだけで、おおよその状況は飲み込めよう。そうなると、仙蔵は事態の深刻さを理解し、即座に的確な行動を取らせてしまう。
「私が、直々に相手をする。貴様らは、控えて……いや、そうだな。三太と陣は私と共に来い。他は残敵の掃討に専念しろ」
 抵抗する者達は、まだ完全に押さえ切れてはいない。ここで仙蔵を介入されるのは、好ましくなかった。
 ならば、まだ曖昧な推察しか出来ていないうちに、奇襲をかけて討ち取るのが良い。それが失敗しても、三人がかりであれば、充分に仕留められるであろう。
「――よろしいので? 長老衆は、あの男を評価されていましたが」
「知らぬ」
「……は?」
「長老は、『任す』、『許す』、と申された。ならば、そのように。我らが最善と信じる道を進むのみよ」
 源蔵はそう言い放つと、配下を下がらせ、命令どおりに後始末を。彼自身と控えの二人は、仙蔵の元へと向かった。
 すでに、大勢は決している。頭領は確保し、長老衆に預けた。反対はせぬまでも、協力的ではない者は、一箇所に押し込めて監視している。こちら側に迎合した忍に関しては、適当にその監視と、警備に当たらせていた。
 残った敵も強いが、少ない。――あと一日。それだけあれば、源蔵らは確実に仕事をこなし、本当の意味で、里を元の状態に戻したであろう。
「惜しい、な」
 だからこそ、思う。この一日の差を、縮められたことに。
 仙蔵と真っ向から立ち会えば、源蔵とて容易くは勝てぬ。数で攻めても、犠牲は避けられまい。それゆえの、奇襲である。上手くはまれば、被害を抑えて最大の戦果を挙げられるだろう。
 仙蔵に情報が集っていないことが、彼にとっての最大の武器であった。仲間面して近づけば、かなりのところまで警戒心を下げられる。あとは、如何にして、初太刀で仕留めるか。その点のみ、追求すればよい。

――悪く、思うな。これも里のため。

 冷厳な表情を維持したまま、源蔵は粛清を行い続ける。その手が血に塗れようと、己の正しさを疑わない。独善とも、純粋ともいえる感情の波で、彼の心は満たされていた。



 仙蔵が、異変の一端について知ったのは、源蔵と接触する直前であったといってよい。
 落ちていた死体を、一つ一つ検分するうちに、いくらかの不振を抱くようになる。だが、確信はもてない。思索に時間を割こうにも、まず里の現状が目に付いて仕方がないので、深く考察するにはいたらなかった。
 ともかく、頭領の元にたどり着けば、何かしらのことはつかめるだろう。そう思って、移動していたのだが……。
「仙蔵さま!」
「……雷太、騒ぐな」
 誰かが、こちらに向かってきている。
 その気配を感じたのは、雷太よりも、仙蔵の方が早かった。明確にこちらを追っている動きから見るに、相手は自分たちが誰であるか、知っているはずだ。
 でなければ、こうもあけすけに近づいては来ないだろう。

――敵ならば、もっと巧妙に近づいてくる。すると、これは味方か?

 警戒を解くつもりはないが、まずは現状の把握が第一である。近づいてくる者が、敵であれ、味方であれ、何かしらの情報は引き出せよう。
 判断は、そのあとでよい。
「いいか、早まるなよ。この状況、あまりにも判断材料に欠けている。……俺がいいというまで、隠れておれ」
「……はい」
 相手の力量にもよるだろうが、雷太の存在は切り札にも、足かせにもなる。彼には隠れ身の術で、敵から距離を置かせ、絶妙の機会に横合いから殴りつけさせるのが、もっとも良い。
 しかし、それとて状況を見定めて使わねば、雷太を殺してしまいかねない。あれは、あまりに仙蔵を慕いすぎている。言われたこと以上の働きをして、無理をしてしまう可能性が、どうしても抜けきらないのだ。

――もう少し、感情を制御する術を見につけさせねば。才能はあっても、こればかりは年月による成長を、待たねばなるまい。

 仙蔵は、ここで雷太を使い潰すつもりはなかった。ゆえに慎重に慎重を重ね、近場の家屋に身を潜めさせると、腰を据えて、仙蔵は相手を待つ。
「貴様は……」
 そして、その相手と顔をあわせたとき、仙蔵の脳漿に、戦慄が走った。
 かの者の名は、源蔵。彼が動いたということは、事態はそれだけ深刻さを表しているのだと、思ったのだ。
「源蔵。この有様は、どうしたことだ」
「どうしたもこうしたもない。里が、襲撃を受けた。それだけの、ことだ」
 仙蔵は、何か怪しく思いつつも、その言を受け入れた。同時に、止まっていた頭脳が活性化し、思考が進められる。
 聞いた限りでは単純な話ではあったが、彼は源蔵ほどに、楽観的に言う気にはなれない。何より、己の想像が正しいとするならば――。
「頭領は?」
「無事だ。しかし、それ以外の被害が大きい。しばらくは、まともに仕事を請けられまいよ。……厳しい、ことだ」
「そこまで、人死にが出たのか」
「存外に、敵が強力で、しぶとくてな。計算したくはないが、三割は消耗してしまったようだ。重傷者を含めるなら、五割か六割。――まさに、悪夢よ」
 源蔵の言葉に、嘘偽りはない。
 それがわかるだけに、仙蔵は天を仰いで、嘆息した。

――なんという、ことだ。

 三割の損耗と一口に言うが、内容は輪をかけて深刻である。これが一割、二割ならば、まだしも最低限の線で、里の運営を続けられただろう。
 だが三割。重傷者含めて六割となると、半数以上の忍が、依頼をこなせなくなるわけで。そうなれば、里の異常を外部に知られるであろうし、この機を狙って、続いて攻めてくる勢力がないとも限らぬ。
 いや、そもそもの前提として、防備においては完璧といえる、この里が。こうも酷い損害を受けてしまった、悪夢のような事実。
 ここから嗅ぎ取れる結論は、仙蔵にとって最悪の物となる。それを否定する為に、彼は続けて源蔵に問うた。
「いつ、襲撃を受けた? どこから、攻められた? 敵の規模は? 敵の勢力は?」
「襲撃を受けたのは、昨夜だ。攻められたのは、西口。あそこは改修途中であったから、攻めやすかったのだろう。規模は……把握していない。勢力についても、同様だ」
「そうか。……そうか」
 律儀に、源蔵は問いの全てに答えてくれた。それらを理解すると、仙蔵は迷いを振り切ったように、確たる瞳で相手を見据えた。これには源蔵もひるんだのか、思わず問い返す。
「どうした? 仙蔵。何か、気がかりでも……」
 源蔵の呼びかけも無視して、仙蔵は静かに刀を抜いた。
「満足か? 源蔵。確かに、里のあり方は、これでもう変えられぬであろう。しかし、これが行き着く先は、ただの破滅。それさえ、貴様は気づかなかったか!」
「なに、を」
「俺は、死体を検分した。残る太刀筋と、現場の状況で殺した相手の戦術がわかる。……お前は、嘘をつかなかったな? 嘘をつけば、それだけで悟られると思ったのだろうが……。あれだけ言葉を晒せば、わかるものよ。たった一日で、これほどの被害を受けるなど。仮に外敵の侵入があったとて、内から手引きでもしない限り、不可能であろうが!」
 一足飛びに真実を射た、結論。
 仙蔵は、死体を一目見たときから、この事態を疑っていた。ここまで互いの対立が深刻になっていたとは、気付かなかったが……それは、己の不明に過ぎぬ。同じ流派の太刀筋に、里独自の手裏剣術で殺された遺体。さらにこの中には、まったく抵抗の形跡無く、後ろから刺されて殺されたものまであった。
 こうも状況がそろえば、身内が敵に回った為に被害が拡大したと、そう見るのが至当。ここに来て、更なる不明の上塗りは、出来ない。仙蔵はこの点、まこと忍者の名に相応しい鋭敏さ、明晰さを備えていた。
「言い訳は、無用ぞ? 貴様が以前より、『忍の里はずっと隠れ里であり続けるべきだ』という主張をしていたことは、わかっている。大方、俺の不在にかこつけて、粛清を行っていたのだろう? それに長老衆にも顔が利いたな? おおかた、そちらにも働きかけて、うまく老人どもをそそのかしたのだろう。――そう考えれば、全てのつじつまが合う」
 源蔵は、仙蔵の力量を正しく評価していたが、頭脳までは考慮していなかった。早い話が、軽い会話で騙せる人間であると、侮っていたのだった。
 結果、隙をついて奇襲するどころか、情報を吐き出しただけで何も得ることがなく、対話は終了する。これは、源蔵の計算違いであり、明確な落ち度であった。
「もし、己の行動にやましいところがないならば、これより共に頭領にまみえよ。その上でならば、善後策を練ってもよい」
「……むう」
「どうした? なぜ答えぬ。……もしや、頭領にも危害を加えたのではあるまいな?」
 実際、源蔵は頭領を捕縛し、地下牢へ放り込んである。考えを改めるまでは、そこで反省させるように……というのが、長老衆の命であったからだ。
「貴様は己が主張の為に、相反する理想を持った頭領を、監禁した。――これが俺の想像なのだが、否定できるか?」
 源蔵は首謀者であり、実戦指揮の隊長でもあるが、敬うべき物を粗末にできない男でもある。仙蔵はそれを理解していたから、万が一にも殺されてはいないだろうと思っていた。
「……これまで、か」
「なにがこれまで、だ! よし、認めたな。ならば、貴様は俺の敵だ。あの世で、同胞に詫びるが良い――」
 だがやはり、それでも彼の目には、この行いが謀反と同じようにしか見えない。もとより忠義に熱い男は、この時点で、すっかり頭に血が上っている。激情のままに、源蔵へと斬りかかった。
「――許しは、請わぬ」
 仙蔵の斬撃は、源蔵の刀によって、防がれた。そのまま押し合い、つばぜり合い。刀を抜き、近接した状態で、二人はまだ語る。
「……それだけの力を持ちながら、なぜ暴走した」
「これだけの力を持っていたからこそ、どうにかせねばならぬと、そう思った!」
 腕力だけを見ても、二人は里の水準を大きく超えていた。お互いに手を取り合って、里の発展に力を尽くしたならば。それだけで、未来は安泰であったろうに。
 しかし時代は、彼らに同一の思想を抱かせなかった。惜しみながらも、道を違えたならば、討たねばならん。
「三太! 陣!」
「く――」
 ここで、二人の忍が源蔵の加勢に入る。とっさに飛びのいて、距離を取った仙蔵だが――。

――かすった? ……いや、服だけ、か。

 上着が、手裏剣によって裂かれた。投擲の術に関しては、仙蔵も自信がないでもない。当てる方も、かわす方も、里では屈指と自負していた。
 だが源蔵の相手をしながら、手裏剣の名手が二人。これらの攻撃を捌き続けるのは、ひどく難しいと判断せざるをえない。
「どうした! 貴様の力は、その程度か!」
 さらにやりにくいのは、敵が自分の能力を把握している、ということだ。
 仙蔵は、相手と目を合わせることができれば、念を送って体を麻痺させることができる。だが、戦闘を始めてからというもの、連中はたくみにこちらの視線から逃げ続けている。
「なんと……器用な」
「なんと言おうと、負け惜しみにしか聞こえぬな!」
 接近しても、目はあらぬ方向へむいている。これで集中力が途切れず、失敗もしていないというのだから、よほど訓練を積んだのだろう。……対仙蔵用に特化した、専用の訓練を。
「腕を鈍らせたか? 貴様の力は、こんなものではないだろう!」
 源蔵の罵倒に対しても、言い返せる余裕がない。飛び交う手裏剣を避け、太刀筋を読んでは交わし、反撃に出ようにも、三人がかりでは隙もつけず……。

――かすり傷でも、負えば、終わりだ!

 忍の武器では、直接致命傷を与えることは難しい。ゆえに、毒などを塗って、確実性を高めるのだ。特に手裏剣などは、その傾向が顕著である。
 だが、そのために、相手取った側は常に相手の攻撃を完全回避しなければならぬ。たとえ僅かでも、傷口から毒が入ってしまえば、その時点で死ぬ。この精神的重圧が、さらに仙蔵を追い詰めていた。
「む、くぅ……」
 仙蔵とて、ただやられるばかりではなく、もう一つの異能を持って、徐々に敵の力を奪ってはいるのだ。
 それは口震術『病葉』といい、独特の方法で唇を震わせることで、空気に干渉し、目標の周囲に空気の渦のようなものを作り出す術だ。
 この空気の渦に取り込まれると、体が重くなったように感じ、徐々に体力を奪われる。相手の動きを鈍らせ、同時に体力も奪うこともできるのだが――。
「それで体力が尽きる前に、貴様を殺せば済むことよ!」
 数で押し込まれている現状では、敵の消耗より、こちらの消耗の方が大きい。なにしろ敵は、同じ里の忍。こちらの能力を知った上で、能力の発動を最小限にとどめるよう、考えて攻撃してきている。
 結果として、仙蔵が作り出せる空気の渦は小規模となり、効果も薄くなる。一気に攻められる状況ではなく、消耗戦を強いられ……敵の体力が尽きるより前に、こちらが先に果ててしまう。そんな未来が、容易く想像できた。

――頃合、か。

 ここから戦局をひっくり返すとしたら、その手は一つしかない。
「雷太! いまだ!」
「わかっただ! うぅおォォ――!」
 身を隠したまま戦況を窺っていた雷太が、ここで動いた。
 飛びクナイで三太を射抜き、鎖鎌で陣の首を刈った。これで状況は逆転。瞬く間に、二対一となる。
「……誤算続き、だな。仙蔵だけならばまだしも、雷太。貴様まで、戻ってきていたのか」
「おらが生きているうちは、仙蔵さまに手出しはさせないだ。……死ぬのは、あんたの方だよ」
 これでも、源蔵は逃げる、という手を打たなかった。逃げてどうする、という感情が、彼を支配していたから。
「――降伏しろ。そして、頭領の前で、裁きを受けるのだ」
「御免、こうむる。私は、間違ったことはしておらん。負ければ、正道に変わり、邪道に取って代わられる。……貴様らのことだぞ?」
「邪道? 俺たちは、ただ、里に日の目を――」
「それが、いかんというのだ! 日の目を見させて、それでどうなる? ――我らは、所詮、忍なのだぞ!」
 それは、源蔵の魂の叫びであった。
 忍という職業の、卑しさ。それを心底知っているからこそ、希望を持つことを恐れる。現状にしがみ付き、ただ昨日と同じ今日を。今日と同じ明日を望み続ける。
 こうして生きていくことに慣れてしまった。そう生きる事を強要され、柔軟に世を渡ることができないくらいに、不器用で。しかし古来の慣習を守ろうとする、誠実に溢れた男の、心からの叫びであった。
「我らは勝たねばならない。そして、子々孫々に、同じ生活を約束させねばならない! それが、里で生きるということだ――」
 源蔵は、仙蔵と尋常に立ちあった。
 そして、そうなった時点で、彼の敗北は、決していた。

――口震術『病葉』。

 余裕のできた仙蔵が、本気の術で、源蔵を打ち据える。
 そのまま、捕らえることも、できたが……あえて、仕留めた。それこそが、慈悲であるように、彼には思えたのだ。
「よく、やってくれた。雷太」
「へへ。たいしたことはないだよ」
 雷太を労う、仙蔵。しかし状況は、決して芳しい物ではなく――。

――こちらこそ、許しは、請わぬ。せめて、安らかに眠るが良い。この上は、生き残った方が、辛かろうからな。

 戦い終わったあと、真に絶望したのは、彼のほうであった。



 仙蔵は、その後も事態の収拾に動き、数日後……ようやく、この乱は収束する。
 被害は甚大。人的被害も、物的被害も、恐ろしいほどであった。そこまでに抵抗が激しくなったのは、日々の対立から、里内部の人間関係がこじれていったことが、原因として挙げられる。
 他にも、考察すれば様々な要因が掘り起こされるであろうが……そんなものは、今更、であった。
「長老衆は、始末した。……頭領は、後を追うように、死んだ。この里は、もう……」
 源蔵を倒した後、敵対した忍を討ち果たし、長老衆には報いを与えた。
 あの時点では確かに劣勢であったが、源蔵とそのとりまきが死んだことで、浮き足立ったのか。あるいは、仙蔵の武勇に恐れをなしたのか。
 存外にあっさりと、ことは片付いたのである。……ただ、その過程の中で、頭領は心労から病をこじらせ、天に召された。後継者もおらず、里は頭領となるべき人物を、永遠に弔ったのである。

――もはや、里は維持できぬ。解散するほか、ない。

 有力な人物は、仙蔵だけしか残らなかったという事情もあり、彼は独断で、里を解体。
 生き残った者たちの自由にさせた。中には商人となったり、農民になったものもいれば、主君を探して遠くへと旅立ったものもいる。
 そして、仙蔵は……雷太と共に、放浪する道を選んだ。
「あては、ないぞ」
「仙蔵さまが、いるだ。おらにとっては、それで充分だよ」
 これで仙蔵には、雷太を養う義務ができてしまった。財産といえば身一つ。この状態で、他人の命まで背負うのは、重荷である。
 だが、仙蔵はそこにこそ、希望を持たねばならなかった。いまだに人がついてきてくれるという事実を下に、己の力を証明させねばならぬ。
 そして、今度こそ、主君を持つのだ。そうすれば、此度のような凄惨な戦いは、起こらずに済む。

――ご主君。そう呼べる方の下へ……。

 二人は、主を求めて、旅に出る。
 その先に待つのは、地獄か、真の主か。それを知る者は、まだ、いない……。

クリエイターコメント このたびは、リクエストを頂き、まことにありがとうございました。

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公開日時2008-12-22(月) 18:00
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